バカ親に対抗するには、どのようにすればよいか

 どうも最近の親は、あまりにもバカな言動が目立ちすぎる。
 何せ、今、学校現場は親に対し、注文はつけられない状態だ。注文なんかつけようもんなら、親からの相当きついバッシングが待っている。
 そういうわけだから、バカ親の繁殖率というのは、すさまじい勢いで伸びているらしい。
 このオレの友人の教師は、教育者として忍耐強く、温厚な方だと思うのだが、その彼が
「信じられないことを言ったり、やったりするお母さんが例年、必ずいる」
と言う。
 オレの友人の教師は、新入生を担任すると必ずすることがあるという。
 それは、過去のバカ親の事例を持ち出して、やんわりと「こういう事例には、学校側は対処しかねる」と伝えることだそうだ。
 バカ親に対抗するには、事件が起こってしまってからではダメだという。
 起こる前に、過去の事例を全員の前で伝える。それだけで相当な抑止力になるのだという。
 その説明会が終わると、母親たちは決まって親密に打ち解けあい、
「私たち、あそこまでバカじゃないよねぇ」
と、口々に言い合い、それをネタに盛り上がるのだそうだ。
 友人の教師は複雑な心境で「説明会をやってよかった」と思うそうだ。
 では、いったいどんなバカ親がいるのか。例えば
(1)
深夜に電話をかけてくる
 担任している子どもの母親から深夜に寝ている担任に電話がかかる。カラオケの真っ最中らしく。大音響が聞こえてくる。
「明日の短縮授業は、お弁当を持たせるんでしたっけ?」
という、のん気な声が聞こえてきた。
 カラオケをやっている最中に、急に明日の朝の準備が不安になったんだろう。
(2)
子どもの授業中に担任に電話をかけてくる
 授業中にもかかわらず、担任に何かと電話をかけてくるバカ親は毎年のように出現するという。
(3)
学校での共同生活の最低限のルールを学ばせるために、注意したら親が怒鳴り込んでくる
 これもオレも何度も経験しているから驚きはしないのだが、「注意した人=敵」と思うらしい。サルのような短絡さで物事を決めつけ、理由などはおかまいなしだ。
 教育の目的は「子どもを自立させること」だというのが、まったく理解できてないんだよ。
 要は「気に入らない」から、怒鳴り込んでくるのであって、そこには、子どもを一人前の大人へと育もうという意志などまったくない。
 学校や教師に任せておけばいいことに、あれこれ口出す前に、親としてやれることがわからないっていうのは、どういうことなんだ。
 まず、毎日の食事や健康管理は厳しくしょうぜ。バランスの良い食事と十分睡眠を確保するためには、必然的に「早寝と早起き」を厳守しなければならない。
 しかし、これを怠っている親の何と多いことか。まさに、この部分にこそ「過保護であれ」とオレは声を大にして言いたい。
(4)
テストでひどい点数を取ったことに腹を立て電話をかけてくる
 わが子があまりにもひどい点数を取ったことに腹を立て、放課後に電話をかけてくる親がいたという。
 あろうことか、その親は「今すぐ家に来て、うちの子に勉強を教えてほしい」と迫ってきた。
 そんな親、いるわけないと思うだろう。ところが、やはりいるところにはいるのである。ここまでくると、ちょっとした利己主義なんて吹き飛ぶよな。
(
吉野敬介:1966年生まれ、予備校(東進ハイスクール客員)
 古文講師)

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私は約900学級の授業を見て、今の教師に足りないものに気づいた

 ある年、私は約900学級の授業を見た。見ていて、いらいらすることが多かった。なせだろうとかと考えた。
足りないものが「教材・モラル・笑顔」にあることに気づいた。
1 教材が決定的に弱い
 教材が決定的に弱い。つまり知性があっても弱い。
 よい授業は、今も昔も教材がよい。子どもが熱中するものを提示している。
 多くの教師は、教科書を教えながら、その教科書の内容をきっちりつかんでいない。「これだけは何としても教えたい」というものを鮮明に持って授業に臨んでいる教師は多くない。
 私は教科書を最低20回くらい読む。教科書の内容が鮮明になるまで何回も読むことである。すると、そこで教えなければならない内容が鮮明になる。
 単元ごとに読むと、中心になることや、最も面白いことが見えてくる。こうなると、教科書の順序にとらわれず授業は「最も面白いところから切り込む」ということだ。
 そうすれば、今までと違った授業展開になる。次は子どもたちが「何が食べたいか」ということを教えてくれる。子どもたちが教えてくれた内容へ進めば、子どもの意欲も下がることはない。
 きっちり教材研究した教材を提示し、的確な発問・指示を行えば、どんな子どもでも変容する。
 教師は教材を調べる時間がないという。私は現場の忙しさはよく知っている。「時間はあるものではない。自分で工夫してつくるものである」というのが私の主張である。
 教師の技として「時間の管理のしかた」があると思う。私の家の机の周りには、すぐ使う資料や本を置き、捜すために、いちいち動かなくてよいように配置を工夫した。
 この仕事の次はこれと順序を見えるように工夫している。そうしないと時間が足りなくなる。
 また、今できることをあとでやろうなどと先送りしないことだ。今やること、これにつきる。
2 モラルがない
「何しろ、挨拶一つできない、教師としての最低限のモラルさえ身につけていない教師が多い」と多くの校長がなげく。挨拶一つできないというのだから、こちらも驚いてしまう。
 ある若い教師が、突然連絡もなしに学校を訪ねてきた。「授業を見せてくれ」という。1時間だけと言っていたのに4時間参観して、無遠慮に子どものノートをひっくり返して見たりした。
 帰りぎわ、「自分でもこの程度の授業ならできるという自信を持ちました」と言った。
 授業を見ても「見る人の実力ほど」にしか授業は見えないのである。ある人には見えて、ある人には見えない。見ることも技しだいである。このことに気づいてない人が多い。
 お礼もいわずに帰っていった。もちろん礼状もなかった。「技を磨く」ことも「マナー」も身につきそうにない教師だ。
 このような教師に、いやというほど出会った。常識を疑うような人に時々出会う。教師の人間教育をやり直さなければならないのかと思う。
 授業の名人といわれる人たちは、みんな笑顔が素敵である。声の出した方も心得ていて、てきぱきと、大きな声で話すのは、聞いていて気持ちがいい。そして、大きな声で笑う。
 名人はどことなく「品」がある。「品」というのは人間性である。教師に大切なのは、この「品」のよさである。
「お前ら、そこで何をしとるんじゃ」と言った女教師など品のかけらもない。教師の言葉づかいの悪さが問題になる。
 教師と子ども、保護者と信頼関係を築くにはどうすればよいか。
 教師の指導技術が低いと子どもが教師をバカにする。教科書に書いてあることをそのまま板書する。それを説明している。こんな教師に、子どもたちは技を感じるわけがない。尊敬し信頼するわけがない。
 今の若い教師は、子どもにやたらと甘い。いくら行儀が悪くても、他人のじゃまをしても厳しく叱れない。信頼関係をとりもどすには「やさしさと厳しさの使いわけ」をすることだ。
 ふだんは、やさしさが必要だし、子どもをかわいがらなければならない。しかし、時には、厳しく叱り、正さなければならない。
 そして、最も大切なことは、教師が身をもって態度で示さなければならない。言うこととすることが違っていては、子どもは教師を信頼しない。
 子どもが育ってくると、保護者が教師を信頼するようになる。これが一番はやい信頼関係のつくり方である。子どもが心から教師を信頼するようになったとき、保護者も教師を信頼するようになるのである。
3 笑顔
 話をしても、授業をしてもニコリともしない教師がいる。まるで能面のようである。
「ニコニコしていたら、子どもにバカにされる」と、ある中学校の教師が言った。それで私は
「ニコニコしなくても、すでにバカにされていますよ。今日見た授業でもそう見えましたよ」
と言ったら、ムッとした顔をしていた。
「授業は楽しいものだよ」ということを教師の表情でも示さなくてはいけない。笑顔は教師の義務だと私は考えている。
「一度も笑いのない授業をした教師は、授業終了後、直ちに逮捕する」という冗談を私は20年も前から言っている。
 私が若い教師のとき、子どもから「先生はネクラだから、もっと明るくならないと子どもから嫌われるよ」と言われ、びっくりした。
 このことがあって以来、笑顔の練習をし、面白い話をするように心がけてきた。
 顔の表情は練習次第で変わる。私がやっている方法は、机の上に常に10センチ四方の鏡を置いて、時々表情を見ることである。
 毎日、何度となく自分の表情を見ていると「自分の表情のクセ」がわかる。
 特に電話をかけるとき、どんな顔で話しているかわかる。笑顔のないときは、言葉もきつくなっている。
 これではいけないと反省し、急に笑顔をつくってみると、何と言葉が変わってくる。反省の材料になる。わずか100円の鏡で、ものすごい勉強ができる。
 これは「技」というよりは「人間性」といった方がよいだろう。ネクラからネアカに人間を変えるのである。これも教師の義務であると考えている。
 私は、子どもたちや保護者の前に立つと自然に笑顔ができるようになったと思っている。しかし、飛行機の客室乗務員にはかなわない。客と話したりするとき、必ずこぼれるような笑顔になる。
 教師はサービス業である、笑顔を身につけたいものだ。せめて子どもの前だけでも笑顔を絶やさないようにしたいものである。
 わたしが見た授業の名人や有能な教師はみんな笑顔がすてきである。
 笑顔のある教師の授業は、やわらかく、暖かく、子どもたちものびのびと学習している。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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荒れた小学校六年生の担任になったが、子どもたちの対人関係を向上させるには、どのようにすればよいのでしょうか

 五年生のときから、まとまりがなく、騒がしくて、指示が通らないというクラスの担任になりました。
 まだ、新学期の四月早々なのですが、想像以上に大変な学級だとの印象を持ちました。
 身体に障害のある子どもや、能力に偏りのある子どもなど、個別に配慮しなければならない子が数名います。
 けれども、その子どもたちを支える雰囲気は学級にはなく、力のある男子三名が周囲の子どもたちを威圧して、些細なことでぶつかりあっています。
 女子は、二、三人の小さな仲よしグループに細かく分かれて、仲間はずれがあるようです。授業を成り立たせるのも一苦労です。
 四月の段階ですから、子どもたちは私の様子を見ています。「ここしばらくが勝負」という感じがします。
 学級を立て直し、子どもたちの対人関係を向上させるには、どのようにすればよいのでしょうか。
 特に荒れている学級を引き継ぐ場合、子どもたちは教師と対峙し、反発して教師と相いれない存在と考えがちです。
 ですが、子どもたちの中にある、緊張感や不安の背景にある「よくなりたい」という願いに注目したいのです。
 まず、学級の個々の子どもが「自分はどうなりたい」と感じ「仲間や先生にどのようにあってほしい」と願っているのかを考えます。
 たとえば、力で威圧して、他の子を従えようとしている子は、どのようになりたいと考えてそれを行っているのでしょうか。
 そのことで、仲間や先生からどのように扱ってほしいのでしょうか。その行動の背景にある願い、たとえば「みんなに注目をされたい」に注目します。
 それを感じとりながら、その願いを建設的に生かしていく方向を探るのです。感じとったことを、そのままその子に語ってもよいでしょう。
 個々の子どもたちの中の願いを探るために、さまざまなチャンネルを使うようにします。授業の終わりに、ちょっとした自由記述式のアンケートをとるのも一つの方法です。
 たとえば「学級会をもっと楽しくするには」とか「友だちから、もらいたい元気になる言葉」で、アンケートをとるのです。
 その結果を、学級通信などで全員に知らせてもよいでしょう。個人が何を願い、何を感じているのか、コミュニケーションの場をつくり、そこで意見が交換されるようにするのです。
 また、学級ですから、さまざまな不快なことも起きるでしょう。
 小さなけんかやトラブルが起きたときに、どちらが正しいのではなく
「どのようにすれば、けんかが起きなかったか」
「どうすれば、こじれた関係が修復できるのか」
を学ぶ機会として考えます。対人関係の結び方を学ぶチャンスと考えるのです。
 時間があれば、けんかをした者同士を反対の立場に立たせて、もう一度スローの録画のように再現してもらってもよいでしょう。
「どこで、どのように言えば、お互いが傷つくことなくいられたのか」
を考えながら、何度か再現してみます。
 お互いが自分のふるまいに一点でも気がつけば、それでよしとするのです。
 このことを通して、学級という対人関係場面を楽しむ方法を具体的に教えるのです。
 また、お互いを知り合うために、子どもたちが楽しめるイベントを多く企画します。学級を楽しくします。
 新学期の始めですから、お互いが相手について知る機会を多く設けるとよいと思います。
 現代の子どもたちは、表面上だけを他者に合わせる傾向があります。集団は仲間に気をつかう煩わしい場になってきています。
 お互いがどのように感じ、考えているのかを出し合い、近づけるような機会を多くもつことが必要だと思います。
 自分とはどのような人なのか相手に語り、相手から受けとってもらう、構成的グループエンカウンターの手法がさまざまに活用できるかもしれません。
 学級活動の中などで人間関係の安心感を演出するようなさまざまなゲームを試みるとよいでしょう。
 あるいは、特定の能力がある子が活躍できるものではなく、意外性やハプニングの起きやすいイベントが、よいでしょう。
 授業でも討論の時間を多く導入するのもよいと思います。楽しく快適な体験となるように工夫することが大切です。
 クラス内の小さな仲よし集団の中でリーダー格になっているような子をクラスに参画してもらうように働きかけ、仲よし集団を互いに結び合わせていくこともできるように思います。
 一緒に生活する者として、その場を楽しく過ごせるように工夫すること、そして、お互いが適切なコミュニケーションができる機会を増やすようにします。
 それを通して、子どもの対人関係を結ぶ力を向上させていくと、学級のまとまりをつくり出していくことになると思います。
(
小林正幸:1957年群馬県生まれ、東京都港区教育センター教育相談員、東京都立教育研究所相談部研究主事等を経て東京学芸大学教授。不登校を始め学校不適応、ソーシャルスキル教育、教育相談、教育技術を研究)

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教師の話の揚げ足をとったり、授業をかき回す子どもがいるとき、どうすればよいか

 教師の話の揚げ足をとったり、授業から脱線した発言をしたりして授業をかき回す子どもがいます。
 教師の指示に対して「いやだー、やりたくない」などと、大きな声を出したりして、授業の雰囲気を壊してしまう子どももいます。
「何ですか、その言葉は」
「だいたい、きみはね・・・・・」
と、子どもの言葉を感情的に取り上げると、ますます授業が脱線することになります。
 では、どうすればよいのでしょうか。
 授業と関係のない発言は、軽く受け流し、流れを変えずに授業を続けます。
 授業の流れを乱す発言があっても、真剣に取り合わないことです。
「ハイ、ハイ」と応じて、軽く受け流し、それまでどおり授業を進めるように心がけましょう。
 ただし、他の子どもをバカにしたり、周りに迷惑になるような態度をとる場合は別です。
「〇〇くん、今の言葉をもう一度言ってみなさい」
 と、毅然とした態度でビシッと叱りましょう。
 ほとんどの場合、これだけで指導はOKですから、後は何事もなかったかのように授業を続けることです。
 注意してもなお、授業をかき回す発言を繰り返す子どもがいるかもしれません。
 そういう場合は、他の子どもたちの判断を見せるのが効果的です。
「〇〇くんの行動が、立派だと思う人?」と、子どもたちみんなに問うのです。
 友だちの反応を見て、四面楚歌の状況を感じた、その子は、もう授業をかき回すような発言をしなくなるものです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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若い教師は保護者があまり信用してくれない、どうすれば保護者が満足してくれるのか

 保護者が若い教師に期待していることは
1 先生の子どもへの温かい気配り
(1)
公平に指名してくれる
(2)
対応に温かさが感じられる
(3)
子どものレベルに合わせ、楽しい雰囲気がある
(4)
作品をよく見て、温かいコメントがある
(5)
板書が丁寧である
(6)
教室がきれいで、落ち着きがある
(7)
子どもの机の中や学用品を見てくれている
2 若いっていいね
(1)
明るい表情で、熱心に語りかけてくる
(2)
自分の考えを、自分の実践をもとに分かりやすく話してくれる
(3)
一人ひとりの保護者と気さくに接する
(4)
批判的な保護者に温かく接する
3 遊び、スポーツ、そして掃除、いつも一緒にしてくれる
以上のような視点でもって、保護者は若い教師の活力を期待して見ているのである。
 初任者であっても、初めからベテラン教師と同じことをしなければならないが、だれでも最初からうまくできる人はいない。
 子どもの指導だけでなく、社会人としての生き方も必要なので、悩むのは当然のことである。保護者に信用されていないのではないかと若い教師は思うでしょう。
 教師が若いか、ベテランに関わりなく、信頼される基本となるものは、専門職としての見識と実践力である。
 指導方針や学級をどう作るか、具体的な抱負を明らかにして、学級懇談会や学級通信などで保護者へ周知するとよい。
 しかし、保護者は若い教師の新鮮な活力に期待しているはずである。 
 最も大切なのは、一人ひとりの子どもをよく知っていることである。
 若い教師が、子どもといつも一緒に遊んだりすると、子どもから親近感とともに、信頼される度合いが増していく。それが子どもから家庭に伝わり楽しい話題になる。
 そのうえ、子どもを十分観察できることから、一人ひとりの長所が把握できる。
 このように、教科指導と生活指導の両面の基礎データを十分蓄えておくと、保護者との直接の話し合いでも、具体的に子どもの実情を伝えることができて、保護者は担任の指導ぶりがよく分かって満足する。
 要するに、若い教師の謙虚さだけでは、かえって心配される。また、子どもとの具体的な対応が見えてこない抽象的な教育論では、あまり信用されない。
 保護者会が近づくと「気が重い」という若い教師が多い。「大変だ」「いやだ」と受け止めないで、専門的な見識を披露する絶好の機会とプラス思考で迎えたい。
 準備を整えて、安心して次のように保護者と接したい。
(1)
構えすぎない。構えてしまって、柔軟性に欠けた対応になると、保護者はその様子に不安感をもつ。
(2)
笑顔で公平に。ユーモアがでればさらによい。
(3)
清潔な髪形と服装。場違いと思われるようなスタイルを避けよう。
(4)
明るく丁寧な話し方で接する。
(5)
包容力のある対応をしよう。
(
関口 寛:1931年生まれ、元宮城県仙台市立小学校長)

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保護者会で保護者と担任が関係をつくり、信頼されるには、どうすればよいのでしょうか

 保護者会では、担任は終始、笑顔で明るい声で話すようにします。保護者の話をよく聞き、笑顔で相対していると保護者会も自然と和やかに終えることができます。
 保護者によい気分で帰ってもらうことができると、担任への信頼につながります。
 保護者会の机の配置で多いのはコの字型とロの字型です。ほぼ全員がお互いに顔を見ながら話したり聞いたりできます。
 初めての保護者会では、名前が分からないと不便でもあり不安でもあります。名札を準備し付けるように、お願いしましょう。
 初めての保護者会では、先生の自己紹介の内容を簡単にプリントして準備しておきます。
 教師になった理由、趣味・特技、好きなこと、苦手なこと、座右の銘、どんな学級にしたいか、具体的な実践、お願いしたいことなど、項目一つ一つについて説明をします。
 もし、時間にゆとりがあれば、質問を受けます。楽しい質問で場が和めば、保護者会もスムーズに進みます。
 保護者会での質問は、類似の質問がないかを全員に聞きましょう。似たような質問を持っている保護者がいる場合、一緒に伺ったほうが効率的です。
 質問の回答は学年や学校で共通理解した上で答えるようにします。即答できない場合は、学級通信や学年だよりで伝えるとよいでしょう。
 保護者会で、保護者に自己紹介してもらい、ひと言話してもらうときには、指名して名前を呼びます。わが子のよいところや家でのエピソードをひと言話してもらうと、和やかな雰囲気になります。
 先生からも学校での様子をひと言返します。こうすることで、保護者とちょっとした会話ができます。
 学校での様子を知らせる最もよい方法は、授業の様子を映像に撮ってみせることです。普段の様子が見られますから、保護者によく分かってもらえます。
 休み時間に遊んでいる様子を映像で見せるのも、とても喜ばれます。
 保護者は、わが子が担任と親しく話をしていたり、担任から親しく話かけられたり、何か一緒にやっていたりする場面を見るとほっとするのです。
 映像に全員の子どもが映っているか必ずチェックします。
 すばらしい行いをした子どもをほめたたえることであっても、特定の子どもの名前を出して話題にするのは避けた方が無難です。紹介する場合は、誰のことか特定できない程度に話すようにします。
 保護者会で、保護者が聞いてよかったと思う内容を話すようにします。教師としての情報網を駆使して、保護者が興味をもつ子育ての話を準備しておきましょう。
 保護者会では、持ち物や生活習慣上のお願いしたり、1年間の行事の予定を説明したりする機会があると思います。
 保護者にとってよくわからないことが多いでしょう。具体物を見せたり、写真に撮って見せると分かりやすいでしょう。
(山中伸之:1958年生まれ。栃木県公立小・中学校教師。実感道徳研究会会長 日本群読教育の会常任委員)

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騒がしい教室を叱る以外に変える方法には、どのようなものがありますか

 騒がしい教室を乗り越えるには叱る以外にも。いろいろな考え方や方法があります。
 従来の「静かに」「座って」を前提にした学びのスタイルを「明るく」「アクティブ」を前提にした学び合いに変えるのです。例えば、
1 授業の導入を工夫する
 いま、授業導入で一番大切なのは子どもたちを授業に引き込む「つかみ」の技術です。子どもの関心を教師に向かせることです。
 例えば、国語の授業であれば、授業冒頭でちょっとした漢字遊びをします。
「3分間で木のつく漢字をできるだけたくさん集めましょう」
 というような遊びです。
 ちょっとした漢字遊びが子どもたちの気持ちを授業に誘導します。
2 指示の内容を板書する
 クラスには教師の口頭での指示だけでは、教師の言葉を聞き逃し、パッと内容をつかめない子どもがいます。板書での指示も必要です。
3 子どもたちが落ち着かないときは「クイズ型の問題」を
 荒れたクラスの子どもたちが、ダランとしていました。次の時間から「国語クイズ」を使って授業をするようになった。例えば、
「吾輩は、1 猫 2 犬 3 豚」
というような3択ならば、どの子どもも参加できます。
4 時間を決め、ノートに書く作業をする
 言語力の育成にはノートに書く作業が最適です。例えば
「この物語の季節はいつですか?」
 と発問し、答えと短い理由を書いてもらいます。
 3分などと時間を指定すると集中して書く作業ができます。
 机間指導をしてクラスの実態を把握していきます。
 制限時間3分の百マス自由作文を実践している先生もいます。 
5 テレビのお笑い番組のネタで授業の息抜きをする
 お笑い番組をときどきチェックしてネタを仕込み、授業の息抜きをします。
 ズルズル話がそれていくのさえ気をつければ脱線は有効な教育技術です。
6 教室がザワついてきたら、一斉に音読・問答をする
 教室がザワついてきたら、教師が設問を読み上げ授業を展開させていきます。例えば
「設問を読みます。先生の後について読みなさい」
 コツは短く区切って読むことです。長いと声がそろわないからです。
 みんな一斉に問答をします。例えば
「小説の題名は何ですか」(一斉に)「走れメロスです」
「主役は誰ですか」(一斉に)「メロスです」
 ときどきユーモアを交えるといいです。
7 雑談タイムを設定する
 教室がザワザワしてきたなと思ったら、短い休憩(雑談)タイム(例:3分間)をとります。休憩後はグンと集中力がアップします。
 休憩タイムをとることを予告しておくとよいです。あるとわかると我慢して聞く時間が伸びるようです。
(上條晴夫:1957年山梨県生まれ、小学校教師(10年)、作家、教育ライターを経て東北福祉大学教授。お笑い教師同盟代表、専門は教師教育学、教育方法学、ワークショップ)


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教師は「人好き」でなくては勤まらない、子どもになめられる教師の特徴とは

 教師の仕事はその人のパーソナリティ(持ち味、個性、人柄)の表現である。教育の知識があっても、現実的に教育行為に表現していかないと、教育にならない。
 教師は人に接する職業であるから「人好き」でなくては勤まらない。教えてさえいればよいというものではない。
 では、どういう教師が「人好き」の教師か。それは「自分を受け入れている教師」である。
 教師は自分が教師であることを受け入れて、教師であることをエンジョイしなければならない。
 自分はしがない教師であるとか、教師にしか向かない人間であるとか、自己否定的な態度では、子どもを受け入れ、子どもとともに人生を過ごす喜びが得られない。
 教職員相談室にある小学校の女教師が来て「どうも子どもが好きになれない」と打ち明けた。にこやかな態度で接しているので問題は今のところおこらないが、このにこやかさは営業用の微笑である。
 家に帰るとぐったり疲れている自分に気づきだした。「本当は高校教師になりたかったのですが、小学校にまわされてしまったものですから」と言う。
 小学生が好きになれないのは、この女教師のなかにある「子ども心」を嫌悪しているからである。
 ふざけたり、甘えたり、笑ったり、遊んだりしたいのが「子ども心」であるが、彼女自身にこういう心を解放することを自ら抑制しているのである。
 自分の「子ども心」を許容できない教師は自分が「よい子」「申し分ない子」であろうとしすぎているのである。人から悪く思われたくないからである。
 状況に応じて自由に「子ども心」を出し入れする「大人心」を必要とするのである。
 子どもに接する教師は自分のなかの子ども心を許容し、エンジョイできなければならない。
 教師は覇気、ガッツがなければならない。
「子どもになめられて授業ができない」など相談にやって来る教師で、スポーツのできる人に出会ったことがない。
 こういう人の特徴は青年らしさがないことである。私は処方箋の一つとして、攻撃性を外向化できるスポーツをすすめている。
 水泳とかのように単独プレイより、剣道とか野球とか、相手に攻撃性をぶっつけるスポーツをすすめることにしている。
 スポーツにおける攻撃性は、憎悪のない攻撃性である。ゆえにスポーツマンの教師であれと、私はいいたいのである。
 人間はやさしさや、愛だけでは生きていけない。そういう母性のほかに父性つまり粉砕精神を必要とする。今日の教師にはこれが欠けているように思う。
(
國分康孝:1930年大阪府生まれ、 東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長などを歴任し、日本教育カウンセラー協会会長。構成的グループエンカウンターを開発した)


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子どもの持ち物がなくなり、保護者から弁償を求められたとき、どう対応すればよいか

 子どもが持ち物を紛失するということは、なかなか防ぐことができないものです。私自身も担任しているクラスで何度か発生しました。
 持ち物の紛失や盗難を予防するには、物がなくならない環境を整えていくことが第一です。教室内を整理整頓するようにします。
 子どもの持ち物が紛失したとき、保護者の気になることは、紛失した持ち物だけではなく「先生は本当に心配してくれているのか」と、教師の心も探しています。
子どもの持ち物がなくなったことを心から心配している」ということを行動で、できる限り示します。
 子どもの持ち物がなくなったときは「やれることはすべて行う」ことです。
 例えば、クラス全員で探すのはもちろんのこと、放課後に手の空いている教師の協力を得て、探すなど、できることはすべてします。
 紛失物の弁償を保護者から要求があった場合、弁償しなければならないのでしょうか。
 学校内で子どもの持ち物が盗難にあったとき、教師に過失などがなく、違法性が認められない場合は、賠償責任を負う必要はありません。
 教師個人に落ち度があり、不法行為が成立した場合は、公立学校の場合は地方公共団体が、私立学校は学校と教員個人が責任を負います。
 教師に落ち度がない場合は、弁償する法的義務はなく「学校側に過失がない以上、紛失した物の弁償には応じかねます」と、要求に応じられないことを説明するべきでしょう。
(
丸岡慎弥:1983年神奈川県生まれ、大阪市公立小学校教師。教育サークル「REDS大阪」・銅像教育研究会代表、事前学習法研究会会長)
(
大西隆司:1976年奈良県生まれ、弁護士)

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子育てや教育のキーワードとは何でしょうか、思春期の子どもに具体的にどう接すればよいか

 人間が生きていくうえで、甘えは絶対必要なものです。決して甘えるなと言ってはならない。
 甘えは、ひとことで言うと、相手の愛情を求めることです。
 甘えが満たされるとき「自分は愛されている」と感じます。「自分は愛される価値のある存在なんだ」と感じます。
 相手に対する信頼と自己肯定感が育ちます。それが安心感につながります。
 自己肯定感は、
「自分は大切な人間だ」「生きている価値があるんだ」「自分は自分でいいんだ」という気持ちのことで、子育て、教育のキーワードで、これ以上大切な言葉はありません。
 この土台があって初めて、しつけや学力が身についていきます。
 相手を信じることのできる人は、思いやりを持ち、深い人間関係を築くことができます。
 甘えが満たされないとき、相手に怒りが生じ、甘えさせてもらえるだけの価値のない人間なんだと思います。それが続くと、周囲に対する不信感や怒りとなり、自己肯定感が低くなります。
 そういう人は、相手を信じることも、甘えることもだきないので、攻撃的になったりしやすく、高じると、さまざまな問題行動や、心の失調となって表れてきます。
 どうすればよいのでしょうか。
 話を聴いてもらうことで、子どもは、親に甘えたい気持ちが満たされ、安心します。また、小学生の間なら、抱っこや、スキンシップなども、まだ十分、有効です。
 少なくとも小学生の間くらいまでは、十分甘えを受け止めてかまいません。
 十歳以降は、親離れしていく時期で、依存の対象は親から友だちに変わってきます。それでも、親の存在は大切です。
 子どもはさまざまに裏切られ、傷つきます。そんなとき、親はしっかり受け止めてやってほしいと思います。
 反抗は自立のサインです。子どもは、批判的なことも口にし、自己主張を始めます。
 そういう話を、しっかり聴く、ということです。子どもはよく見ています。正しいことを、きちんと認めることで、子どもも、自分の感じ方や判断に自信が持てるようになるのです。
 小学校高学年以降、思春期に入ると、自立は、反抗や親への批判、攻撃という形を取ってきます。
 反抗や批判をしてくる、ということは自立がうまく進んでいるということです。子育てが間違っていなかった、と喜んでほしい。
 反抗期が激しく出る場合があります。それはたいてい、それまで反抗ができず、よい子でいたか、あるいは抑えつけられていたため、思春期に一気に爆発した場合に多い。
 そういう場合は、付き合うのに、相当、苦労と忍耐が必要です。
 では、子どもをどのようにして自立させればよいのでしょうか。
 子どもに安心感を与え、自信をもたせる、ということです。
 子どもは自分で悩んで、考えて、成し遂げることで自信を持つのです。
 人から言われた通りにやって、成功しても、子どもの自信にはなりません。ですから、できるだけ手出し、口出しは控えたほうがよいのです。
 子どもが失敗したときは
「ここまで、よくできたじゃないか。ここまで、できただけでもりっぱだ。次は、きっと成功するよ」
 と言われると、自信を回復します。
 思春期にある子どもたちに、どう接していけばよいのでしょうか。
 ひと言でいうと「子どもの揺れに付き合う」「子どものあとをついていく」ということです。子どもに指示、命令をしない。
 子どもの前に立って「あっちへ行け」と指示しない。手を引っ張らない。背中を無理に押さない。先回りしない。ちゃんと歩きだすまで「待つ」ということです。
 もう一つは「見放さない」という態度です。
 子どもに振り回されて「もう知らん、勝手にしろ」と突き放さない。
 子どものあとをついていって、子どもが振り返ったら親が「大丈夫だよ」とうなずいてくれるという関係です。
 ただし、どこへ行こうと「分かったよ」と、ついていくことではありません。
 本当に危ない所に向かっていくときは、きちんと止める。これも「見放さない」ということです。
 思春期に具体的にどう関わればよいのでしょうか。
 まず大切なのは「親が肩の力を抜く」ということです。
 思春期になるまで育ててきました。たとえ親がいなくても、これから何とか生きていくことはできます。ですから、子育てで一番大変な時期はもう過ぎました。
 もう中学生になった子に、いまさらああしろ、こうしろと言っても、そんなに変わりません。
 ここまできたからには、なるようにしかならん、といった現実を認めてしまって、肩の力を抜くということです。
 親が肩の力を抜くと、親が楽になります。親が楽になると子どもも楽になります。
 そうすると、険悪な家庭の雰囲気も次第に和んで、笑いが出るようになります。
 せめて家庭だけでも、ほっとしたいと、みんなが願っているのではないでしょうか。
 思春期に親として出来ることは何でしょうか。
 一番簡単で、大切なことは「話を聴く」ということです。
 思春期の子どもはあまり親に話をしてきません。しかし、ごくたまに、親に話を聴いてほしいと思うことがあります。そういう時には、親がいくら忙しくても、しっかり聴くということです。
 また、親に頼み事をしてくることがあります。よほどの事情があるのですから、そういうときは、親は徹夜をしてでも、真剣に応える必要があります。
 かんじんな時に、親に拒否されたり、無視されたりすると、もう親を当てにしなくなり、相談もしてこなくなります。
 子どもの心が順調に育つために一番大切なことは、自己肯定感を育むことです。そのために大切なことは、子どもを「ほめる」ことです。
 思春期の子どもでも、心にスッと入るほめ言葉は「ありがとう」です。
 上から目線でほめられると思春期の子どもはイライラします。ところが、感謝の言葉である「ありがとう」は、人間として対等です。
 自己肯定感を育む「ありがとう」というほめ言葉は、さまざまな人間関係で苦しむ、思春期の子にこそ、必要なのかもしれません。
(
明橋大二:1959年大阪府生まれ、精神科医。真生会富山病院心療内科部長。専門は精神病理学、児童思春期精神医療。NPO法人子どもの権利支援センターぱれっと理事長)

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子どもの「死ね」といった教師に対する言葉の暴力に、どう対応すればよいか

 子どもたちは悪気もなく、容姿や体のことに関して、気にしていることをズバッと言うことがあります。私もずいぶん傷ついたことがあります。
 若いころ「先生は足が太いね」と言われた時に、すごく気にしていた私はスカートがはけなくなりました。
 私はプライドが高いというか、自分に自信がなかったからだと思います。
 子どもはそういうことを何気なく言うものだ、ということを認識していれば、ぎこちなく対応することもありません。たとえば、
「そうね、きみのようにすっきりした足だったらいいね」
「そうだよ。でも、失礼だね。あなたに関係ないでしょ」
と、高学年の生意気な子には言ったりして、おおらかに対応すればよかったのではないかと思っています。
 ある女性の新採用の先生は、すごく太っていました。三年生を受け持ったのですが
「先生はデブだ」「かっこ悪い」「体育なんかできないだろ」
とか、ありとあらゆる失礼なことを言われました。
 それで、その先生は家に引きこもり、学年主任の先生が話を聞きに行っても、もう学校には行けないと泣いたそうです。五月になって辞めてしまいました。
 子どもは、心ない言葉を口に出します。それも、弱点だと思っていることや、嫌だろうと思っていることなどを平気で言ってきます。
 そういうことを言うのが、子どもだと思ったほうがいいのです。子どもは天使ではありません。相手を思いやって、話してくれるなんてことはありません。
 大人が見て見ぬふりをしてきたことを、遠慮せず言うのです。そういう意味で、弱みを見せると、また、かさにかかって攻めてきます。
 負けてはいけません。心は動揺しても、口だけは
「そんなこと、あなたに言われる筋合いはない」
「あなたも私くらい太ってみなさい。いっぱいおいしいものを食べてきたから、こんなに大きくなったんだから」
「でぶはやさしいんだよ」
とか、勝手な理屈をこねて、子どもを煙に巻くことも必要です。
 ある校長先生は、低学年の男の子に「死ね」と言われたそうです。
 この子は誰にでも気に食わないことがあると、ひどい言葉を投げつける癖があったそうです。
「死ね」と言われた子や先生は、その子を怒鳴るか、怒ってたしなめるかしていました。「あいつは、何度言ってもわからないんだよ」と、もてあましていました。
 ところが、その校長先生は違いました。
「そうか。死んじゃえばいいんだね。死んでもいいけど、明日から君と話すこともできなくなっちゃうんだね」
「悲しいな。ごはんも食べられなくなっちゃうな」
と、悲しそうに言いました。それを聞いた子はびっくりして思わず
「校長先生、死んじゃだめだよ」
と言ったそうです。
 言葉の暴力に対するには、そういうことを言ってはいけないのだ、ということを教えることも大事ですが、それよりも感じ取らせることが、大切だと思います。
 対応の仕方によっては、こんなに穏やかにその子に気がつくようにさせることができるのです。
(
卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)

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授業の名人に必要なのは才能やセンスではない、ではどうすれば授業名人になれるか

 授業の名人と呼ばれる教師はたくさんいます。しかし、最初から上手だったはずはありません。では何が、名人の域に達するか、凡庸な水準に留まるかを分けるのでしょうか。
 実際、新任早々、独創的な授業を生み出す教師、動物的な勘で子どもの気持ちをつかんで放さない教師がいます。しかし、そういった教師はごくごく少数です。
 ごく普通の才能なりセンスしか持ち合わせない教師が、そこそこの名人になることは十分可能であると思います。
 私は仕事上、数多くの授業の名人に接してきました。センスがよい、才能を感じさせる教師も少なくありません。しかし、それだけに頼って名人になれたわけではありません。
 それどころか、若いときは、むしろ不器用な方であった。子どもたちとの関係もギクシャクして困ったという教師も少なくなかった。
 私も授業が上手ではなかった。どうすれば少しでもいい授業ができるようになるのかを知りたくて、名人と呼ばれる教師を訪ね、全国を歩き回りました。
いったい何が決めてになったのでしょうか。
 各人各様なのですが、授業の上達のために「継続して取り組んできたことがある」ということです。例えば
(1)
毎日、クラスの子一人ひとりに何をしてやれたか考える
 初任校の校長から
「放課後、教卓のところに座り、子どものいない机に一つひとつ目を落としては、今日はこの子はどうしていたか、自分はこの子に今日何をしてやれたかを考えなさい」 
と教えられたといいます。
 それを20年間、授業のある日は1日も欠かさず実行した。
 最初のうちは、思い出せない子がいるものです。申し訳ないという気持ちになります。明日は、まずその子に目を向けようとします。
 すると、これまで見過ごしていたその子ならではのよさ、健気さ、悲しみといったものが、ひたひたと感じられてきます。
 そうして、自分の何が問題か、どこをどうすればよいかも見えてくる。そのことを懸命に思案していく毎日になります。
(2)
教材を集める
 授業づくりに悩んだあげく、教材の重要さに目覚め、毎日、教材の材料となるスクラップづくりに励みました。
 新聞や雑誌を丁寧にながめ、資料やパンフレットなどを集め、おもしろそうなものを、切り抜いてノートに張り付け、いつでも見られるようにしておくのです。
 実際に教材として使えるものは少なく、何年後になるものもあります。
 そうやって、日頃からネタ集めをしておくからこそ、いざというときにいい着想が浮かび、ぴったりの教材を子どもに手渡すことができるのです。
 目を見張るような、すばらしい教材と、それに支えられた授業が一日にして成るものではないという、当たり前の事実を、私たちは思い知らされるのです。
(3)
授業記録を吟味する
 先輩にすすめられて、折りに触れて自分の授業を録音し、授業記録を丹念に吟味してきました。
 取り組んだことのある教師はわかると思いますが、指示が不適切であるとか、説明がわかりにくいといったことに気づくのは序の口です。
 子どもの発言の意図を誤解して板書した時など、すまないことをしたと謝りたい気分になるものです。
 授業中のあの子の発言は、このように受け取ったが、今思い返してみると、違っていたのではないか、という気づきが生じることがあります。
 教師はどうしても、自分が思い描いた流れを中心に据え、個々の子どもの発言を受け止めがちです。子どもの発言をもう一度、吟味する必要があります。
 何が問題であり、どうすればよいかも、突き刺さるほど、感じるものです。
 だからこそ、二度とそのようなことがないようにと、痛みを力に変えながら、謙虚な気持ちで研鑽を積むしかありません。
 あなたが教師であるなら、このような取り組みを毎日続ければ、確実に教師としての力量を向上させていけるに違いないと悟るでしょう。
 名人の域に達するか、平凡な水準に留まるかを分けるのは、たった一つでもいいから、こういった着実に成長できる取り組みを見出し、迷うことなく誠実に継続してきたか否かです。
「継続は力なり」です。それ以外の道はありません。その道を淡々と歩みさえすれば、誰でもそこそこの名人になれると、私は確信します。
 名人と呼ばれる教師たちに何か特別な秘密など一切ありません。
(
奈須正裕:1961年徳島県生まれ、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て上智大学教授。専門は学校教育学 教育方法学等
)

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保護者と会話する、共同して育てる、気持ちを知る、懇談会を成功する、にはどうすればよいか

 保護者と会うのが苦痛だという教師が多い
 若い教師のなかには、保護者と会うのが苦痛だという人がかなりいる。
 教師が自分の親に抱く感情を保護者にむける傾向がある。
 父を怖がっている男教師は父親に低姿勢になるだろうし、父を憎んでいる男教師は、父親につっけんどんになるだろう。
 父を好いている女教師は、父親と親しく話せるが厳しさに欠けるのが難点である。
 母を恋うる気持ちの強い教師は母親には愛想がよく、保護者に好かれる率が高い。しかし、指導的発言ができなくなる。
 こういう現象がおこるのは、若い教師が自分はまだ子どもだと思い込んでいるからである。
 教師が自分はまだ子どもである、世間知らずであるなどと自分を弱小視しないでもらいたい。若い教師は、稚心を去り、大人としての言動を早くおぼえてほしい。
 稚心を去って、まずすることは、預かっている子どもたちの教育を親と一緒に共同で担当するクラスのリーダーを勤めればよいのである。
 例えて言えば、教師は医師で、親は看護師である。医師だけでは治療はできぬ。看護師が脈や体温を測定して医師に報告してくれないと、医師は判断のしようもない。
 看護師が医師の治療方針に従ってくれないと看護の効果もあがらない。
 看護師の中には医師よりも年長者はざらにいる。医師より症例体験の豊富な人もざら。しかし、それでも医師には医師の役割がある。それと同じである。
 保護者と共同して子どもを育てるには
 保護者と共同戦線をはるには、その子の教育方針について意見の一致をみなくてはならぬ。そのためには、教師と保護者の「目標・方法・価値観など」ができるだけ似ていなければならぬ。
 したがって、教師は自分の考え(目標)、方法、子どもの行動観察の結果、自分の価値観(叱る・ほめる基準)を保護者にオープンにする必要がある。
 一方、保護者にもこのことについて、どんどん語ってもらわねばならぬ。例えば、子どもについて何を知っているか、どんなときに子どもを叱っているかなど。
 ぴたりと意見が一致しないこともある。そこで納得できる線を探すことになる。意見が合わないとき、保護者に憎まれることがある。こういうときは、一時引くのがよい。
 多分、保護者が教師を好きになれないことでもあるのかな、と考えるのがよいと思う。そして、初めからもう一度、関係をつけ直すのがよいと思う。会話や雑談からやり直すわけである。
 保護者との会話
 保護者となるべく抵抗をおこさせない会話のしかたがある。例えば
(1)
保護者の自発性を促す
「〇〇してください」と言わず
「このことについて、お母さんができそうなこと、してみたらいいんじゃないか、というようなことはありませんでしょうか」
「私は学校で〇〇をしばらくやってみようと思っているんですが」
と、保護者の自発性を促す方法である。
(2)
成功事例、失敗事例を語る
「もっと、子どもを可愛がってやってください」と言わず
「あるお父さんが、寝る前に必ず子どもにマッサージをしてやったそうですよ」
「そしたら、子どもが、ぼくもたまにはお父さんにマッサージしてあげるよ、言いだして、だんだん仲良くなって、今、親子でラーメン屋をやっているはずです」
と事例を示すのです。
 保護者への連絡
 保護者との連絡で、気をつけたいこと。
 あるとき、私にきつく言われ、しょんぼり立ち去る中学生がいた。私は、その生徒が帰宅する前に保護者に電話で状況を説明し
「今日、ちょっと落ち込んでいるかもしれませんが、しばらく様子を見てください」と、先に手を回しておくとよい。
 生徒によかれと思ってしたことでも、その真意が伝わらないとかえってマイナスで、不用意なトラブルがおこる。
 保護者の気持ちを知る
 子どもが今度の先生はいい先生だと喜べば、親もその教師に好感をもつようになる。
 子どもがいちいち親に報告しなくても、親は子どもの非言語的表現のなかから、折に触れて教師に対する感情や評価を察知するものである。また、友だちの親から伝わってくることもある。
 親が自分の子どもを批判して悪口を言うことがある。同時に、親は子どもに愛情ももっているのである。教師が調子に乗って「たしかに、そうですね」などと同調しないほうがよい。
 まず、教師は子どものよい点をほめることから始めればよい。ほめてから、改善すべき性癖なりに行動に話を移す。
 例外的に悪口ばかりで愛情のない親もいる。多分、親が自分自身を嫌悪している場合である。自己嫌悪の強い人間は他者嫌悪も強い。
 教師は心理学の専門家ではないが、せめて保護者のパーソナリティのどこに問題があるかくらい、読み取れるほど、カウンセリングの勉強をしておくとよいと思う。
 保護者懇談会
 保護者懇談会といっても、保護者が活発に討論に参加してくれないから、教師が一人独演会で座をもたせようとすることがある。
 私の教え子で保護者懇談会に成功している教師がいる。その方法は
 まず、すべての机を教室の端に寄せて、教室の真ん中にダンスができるほどのスペースをとる。
 保護者全員その空間を自由に歩きまわり、お互いに握手する。教師もこれに参加する。
「私は担任の〇〇です」「私は△△です」
などと名乗りながら握手する。初めはてれくさいが、すぐ慣れてくる。
 すんだら二人一組になり、一人3分間、時間をとる。その3分、相手に家庭教育のことなどをどんどん聞く。
「テレビは何時間見ていますか」「勉強しろとよく言いますか」「どんなとき叱りますか」「どんなときほめますか」
など、どんどん聞く。3分後に交替する。聞いた人が聞かれる立場になる。ねらいは、どんな思いで子どもをしつけているかを知ることである。人のやり方を参照できる。
 このあと、二人一組を二つ合流し四人一組にする。子どものしつけで困っていることを、一人一つずつ語るという課題を出す。一人3分もあればよい。
 このときに守るべきルールは、話し合ったことを自分の子どもに洩らさないことである。
 理由は、他の子どもと比較することになるから、劣等感が生じる。それと、子どもが「お母さん、ぼくの〇〇のことを人にしゃべったでしょう」と、親子のトラブルに発展することがある。
 したがって、始める前に、このことを教師は保護者に徹底しておく必要がある。
(
國分康孝:1930年大阪府生まれ、 東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長などを歴任し、日本教育カウンセラー協会会長。構成的グループエンカウンターを開発した)

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きれる子どもの心を理解し、感情が暴走しないようにするには、どうすればよいか

「きれる子」は、ちょっとした出来事をきっかけにして、突然きれて、怒り、衝動的に暴力をふるったり、暴言をはいたりします。
「きれる子」は、身体が安心できるという感覚に身をゆだねることが困難な中で育ってきている傾向があります。
「きれる子」は、周りは常に危険なものであるという感覚におそわれ、一人で自分の身を守ろうとして闘争状態に入ることが考えられるのです。どうればよいのでしょうか。
「きれる子」が、教師を「安全な人」だと認識できるような関係をつくることが、援助を進めていくための基盤になります。教師は叱る人であると感じるようではいけない。
「きれる子」が、きれなくなるためには、大事なことは何でしょうか。
「きれる子」の怒りなどを、身体の感覚のままで感じることができるようになることです。
 教師が「言葉で、きれることが、どんなに悪いことかを言ってきかせる」ことは、ほとんど効果がありません。
「きれる子」と教師が一緒に深呼吸をゆっくりして、身体の感覚として怒りのおさまりを感じさせることが、たいへん援助的です。
 教師が「きれる子」に「怒りをおさめることができたね」ということを、強調して伝えます。
「きれる子」の「怒りに支配されているときの身体感覚」と「落ち着いているときの身体感覚」の差を明確にし、「きれる子」が、身体感覚を感じることができるようになることを助けます。
 怒りをおさめることができたら「どこまで覚えている?」と聞くことで、怒りを引き出す刺激を把握することができます。
 多くの場合「Aくんが、ばかって言った」など、自分を否定するような刺激があったことを話してくれます。
 そのことが「あなたにとっては、とってもいやーなことだったんだね」と全面的に承認することが必要です。
 そのうえで「そのとき、身体のどこがいやーな感じになったのかな?」と、たずねます。
 たとえば「胃がむかむかした」と言えば
「そうか、すごく腹が立ったんだね」
「とってもくやしかったんだね」
「悲しかったんだね」
というように、子どもの身体感覚にあう感情をあらわす言葉を何度も強調します。そうすると感情は暴走しなくなります。
 感情を受け入れてもらえたと「きれる子」が感じたときに、ていねいに深呼吸を教師もともに行うことが、たいへん効果的です。
 身体を通過する深い呼吸は、落ち着いた身体感覚のここちよさを感じることを容易にします。
「きれる子」がよくなっていくためには、家庭のなかでも「安心」できる関係が絶対に必要です。
 家で弱音をはき、ぐずくずし、身体の感じるままの感情を出すことができる子は、学校という社会化の場では、年相応の社会性を学習することができるものです。
 親が子どもの甘えや、ぐずぐずを受け入れても大丈夫で、よい親子関係の証しなのだということを知ることが、ゆとりのある子育てをしていくための援助になります。
(
大河原美以:1958年東京都生まれ、東京学芸大学教授。臨床心理学者。臨床心理士。専門は、子どもの心理療法・家族療法)

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相性があわない子、教師を困らせてやろうする子には、どう対応すればよいか

 子どもも教師も人間ですから、相性があわないこともあるし、教師を困らせてやろうと思う子もいます。
 新年度の始業式から、お互いに、どんな先生か、どんな子どもかを探っていって、次第に折り合いをつけていくのです。
 不幸にして、教師が子どものいじめにあい、学級崩壊になったり、休職に追い込まれたりする場合もあります。教師も生きにくい時代になっているのだと思って、心が痛みます。
 ですが、最終的なところにいく前に、必ずサインは出ているはずです。小さなことでも見逃さず、叱るのではなく、よく話を聞くようにしていかなければならないと思うのです。
 何といっても教師は大人なのですから、余裕をもって大人の知恵を発揮してもらいたいものです。
 始業式で紹介されたら、新採用の若い教師なら、にこにこと笑顔で、簡単に自分の特技や好きなことなどを交えて挨拶するとよいと思います。子どもの心をぐっとつかめたら、しめたものです。
 子どもも、たいていの子は、出会いの一瞬だけは、新しい自分になろうと、期待に胸をふくらませていますから、教師の自己紹介のときがチャンスです。
 しっかり目を向けて、その子を受け止めていくという姿勢を見せていくようにします。
 子どもは教師を見ています。そして、試してきます。ある時の六年生の男の子は
「先生、かったるいから掃除やりたくねぇ。休んでていい」と、ふてくされて言ってきました。教師がどういう対応をとるか試しているのです。そこで、
「やりたくないんなら、やらなくていいよ。遊んで来なさい。あなたが掃除をしなくたって、先生はちっとも困らないんだよ」
「でも、なぜ掃除をしないのか、みんなが不思議に思うよ。全校集会で、なぜ掃除をしないのか、一年生から六年生まで、みんなに説明しなさい」
と、冷ややかに言いました。すると
「あ、そういうことですか。じゃあ、掃除やります」と言って、やりだした。この先生には通じないと思ったようです。
 掃除をしなかったらどうなるか、その子なりに考えたのでしょう。子どもに自分で考えるように仕向けたほうが、よっぽど効果があります。
 頭ごなしに叱られたほうが、子どもは楽です。教師を恨むか、拒否する口実ができ、掃除をしない正当性を持つからです。堂々と掃除をしなくなります。
 そして、叱ることを繰り返して、お互いのメンツがたたなくなるほどになってきて、クラスが荒れてきます。
 そのときは、掃除をするかどうかではなく、叱られることの理不尽さを問題にしてくるからです。
 掃除をやりたくないと言っていた子が少しでもやっていたのを見たら「えらいね。あなたが掃除すると、きれいになって気持ちがいいね」と言ってあげました。
 本当にそう思ったからです。すると、その子は、ちょっとうれしそうな顔をしていました。
 言うことを聞かない子に「どうして、言うことを聞かないの」と聞いても答えるはずがありません。私はそういうとき、部屋を変えて個人的に話すようにしています。
 あるときの六年生の男の子は、目つきと態度で冷ややかに反抗していたので
「あなたは先生を嫌っているかもしれないけど、私はあなたを嫌っていないよ」
「先生は教師だから、いけないことは怒るけど、わけもないのに怒ることはしないつもりだからね」
「いつ、あなたが先生を嫌いになったのか、話してくれると、先生も直しやすいんだけど」と言うと、たくさんの不満をぶちまけてきました。
 誤解している点は正し、私が直さなくてはいけないことは直すと約束し、その子も直すことは直すと約束して、話し合いは終わりました。
 その後も何回か話す機会がありました。目に見えて逆らうことはなくなりましたが、一年間、お互いに笑い合うというところまではいきませんでした。
 それでも、話し合ってよかったと思います。その子の思いも、私の思いもお互いにわかったからです。
 お互いの事情がわかったという経験だけでも、その子には大きいと思います。
 子どもは天使でも、悪魔でもありません。嫌なことはやりたがらない、自分が不幸だったら、人も不幸にするという、普通の人間です。
 教師は子どもの善なるものを導き出し、悪い心を浄化してあげなければなりません。
 教師は自分の感情に押し流されて、怒ったり叱ったりしてはならないのです。
 私は人間ができていないので、わかっていてもなかなか冷静になれませんが、慈愛の心をもって子どもたちに日々接していきたいと願っています。
 私は、少しでも自分が変わらなければ、子どもたちが変わることはないと思っています。
(
卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)

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初対面で相手の心をつかむにはどうすればよいか

 初対面の人と話すのはだれだって気が重いものだ。勇気のいることでもある。
 でも、思い切って声をかけてみると、案外、楽しい人だったりすることもある。もちろん、イヤな顔をされることもある。
 そうした経験を積んでいくうちに「人とは話してみるものだ」と、会話の楽しさを実感できるようになる。
 自分のことをとらわれていたり、思い込みが強かったりすると、人の話は聞けなくなる。頭と心をやわらかくして、人の話を聞きとる力を磨くようにするとよい。
 そうすることで、相手に応じた臨機応変な会話ができるようになる。会話上手な人は、やわらかな心の持ち主なのである。会話が変わればあなたが変わる。
1 会話上手の第一歩は
(1)
新鮮で相手に合う話題を選ぶ
(2)
相手や場の状況を読みとる
 好悪の感情、思い込み、早合点すると、きまずい雰囲気になる。先入観にとらわれない。
(3)
相手に応じて出方を変える
 自分が話したいことばかりしゃべると、相手が退屈する。話しながら相手の反応をキッャチすることだ。
(4)
話は相手なりの受けとり方をする
 自分の言ったことは、相手も同じように受けとるものと思い込みがちであるが、そうではない。
(5)
話の結果を気にしない
 結果を気にするのは自分にとらわれているためである。会話上手な人が輝いてみえるのは、自分にとらわれないで、生き生きと話しているからである。
2 初対面で相手の心をつかむ話し方は
(1)
笑顔は魅力がある
 目から入る印象は強いインパクトを受ける。明るい表情で笑顔を見せる人には親しみを覚える。
(2)
アイ・コンタクトで相手の心をつかむ
 目は口ほどにものを言います。笑顔を向けながら、相手と目を合わせ、目を止めて相手を見る。すぐ目をそらさないことと、圧迫感を与えないよう三秒以上見ないこと。
 相手よりも先に目をそらさないようにし、一秒長く見ること。
(3)
あいさつは相手を変える力がある
 先手の声かけは「人の心をつかむ」力を持っているのだ。先手での働きかけは、人の心をリードする作用がある。
 正直に自分を見せ、共通の関心ごとを見つけると、会話に灯がともる。
3 会話がはずむコミュニケーションの条件は
(1)
会話のキャッチボールを心がける
 自分ばかりしゃべらない。自分のことばかり話題にしない。相手の反応に気を配る。
(2)
同じ背丈でのやりとりが大事
 威張った態度で話をしない。説教口調にならないこと。押しつけでなく、エピソードを交えたりして、きずなを強めていきたい。
(3)
敬語を使うと、年齢差を埋めてくれる
 敬語は対等に話す言葉である。会話のやりとりもスムーズいく。
(4)
相手との心の距離をとる
 立ち入ったせんさく、干渉はしない。近づきすぎると心が傷つく、距離を置き過ぎると心がふれ合わない。工夫し知恵を絞らなければならない。
4 人間関係を修復するための原則とは
 人間関係を修復するために、相手が態度を変えてくれたらと、まず相手に求める人が多い。これでは、一向に関係はよくならない。
 関係修復のために「自分に何ができるか」「自分は何をすべきか」と、考えて、自分からできることを実行に移すのが先決である。
 人間関係の原則は「あなたが変われば相手も変わる」である。きっかけづくりに新しいことを始めてみるのもよい。
(
福田 健:ヤマト運輸入社、言論科学振興協会の話し方運動に参加し理事を経て、話し方研究所を設立し会長。話し方、聞き方の指導・研究・啓蒙にあたり、コミュニケーション・リーダーシップ、人間関係などをテーマに各企業・官公庁で講演・講座活動を行っている)

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親からクレームをつけられたり、学級崩壊を経験するのは当たり前の時代、どうすればよいか

 学校の中で孤立に追い込まれる教師が後を絶ちません。精神的に追い込まれていく教師。どうすればよいのでしょうか。
 
 いまは教師受難の時代です。教師にとって、子どもも親も難しい時代だから、長い間教師をしていれば、一度くらいは学級崩壊になったり、精神疾患になるのも当たり前です。
 
 だから、クラスが荒れても、親からクレームをつけられるのも特別なことではなく、恥ずかしいことではないのだから、一人で抱え込まないようにして、自分の体験を話してお互い支え合っていけばよいのです。
 
 ある教頭先生は学級崩壊を経験しています。当時を振り返りながら
 
「そのとき、周りの教師に支えられて退職せずに済みました。こうして教頭になることもできました」
 
「いま振り返っても、自分の学級運営が格段に悪かったとは思わない。私のクラスにたまたま問題児がそろっていたのです」
 
「荒れる可能性をもった子ども同士が、ある意味、相乗効果を発揮して爆発すれば、どんなクラスでも崩壊してしまいます」
 
「子どもも親も難しい時代だから、一度くらいは学級崩壊になるのも当たり前です」
 
「だから、一人で抱かえ込まないで、お互い支え合っていこうと、呼びかけているのです」と語っています。
 
 その教頭先生がいる学校で、クラスが荒れて悩んでいる先生が
 
「子どもが好きで先生になったのですけど、最近は子どものことを可愛いと思えなくなった。物は飛んでくるわ、黒板に死ねと書いてある」
 
「けれど、この学校には教師同士、お互い何でも語り合え、支え合える雰囲気があるのです。それで私も何とか続けられているんです」と言っています。
 
 管理職がリーダーシップを取って「弱音を吐ける職員室づくり」を進めていくことが一番大切です。
 
 弱音を吐けて、早めに他人に助けを求められることは教師に必要な能力です。
 
 教師には真面目で頑固な人が多い。融通が利かず、問題を一人で抱かえ込んでしまうことが多い。だから、教師の孤立化を防ぐのに大切なのが教師自身の意識改革です。
 
 クラスが荒れても別に恥ずかしいことではありません。親からクレームをつけられるのも特別なことではありません。
 
 これだけ難しい時代なだから、問題が起きるのも当たり前というぐらいの意識をもってほしいと思います。
 
 これからの教師に必要な能力として、弱音を吐けること、早めに他人に助けを求めることが求められます。
 
 溜めこんで、どうしようもなくなった時点でお願いしますと言われても、迷惑するだけです。
 
 理解のある管理職に出会うのは、簡単なことではありません。ではどうすればよいか。
 
 私は、教育相談やカウンセリングの勉強をしている教師が音頭をとって教師同士の支え合いの会をつくるとよいと、提言しています。
 
 有志の集まりですから、最初は数人しか来ないでしょう。しかし、月1回程度、開き続けることが大切です。
 
 成功のポイントは、司会者の教師自身が、自分のクラスでうまくいっていないことを話すのです。
 
 全員が自分の抱えている問題について語ります(1人5分程度)。絶対に批判はしない。
 
 あくまで温かい雰囲気を心がける。そして、一人ひとりの抱かえている問題について、4~6人で知恵を出し合いながら解決策を考えていくのです。
 
 その際、とりあえず、どうなりたいか(短期目標)、そのためにさしあたり何ができるのかを話し合うことです。
 
 少しでも解決のための糸口を手にすることができ「来てよかった」「元気が出たし、得をしたな」と思える会にすることです。
 
 教師同士でグチをこぼし合ったり、無駄話ができるような場所を確保しておくことです。
 
 利害関係のない相談相手を見つけるのもよいと思います。学校外での教師同士のネットワークも大切です。
 
 初任者研修などで知り合った仲間を大切にして、困ったことや悩みなどを打ち明けられる関係を保っておいてほしいと思います。
 
 授業づくりでも何でもいいから、同じ関心をもつ仲間と時々会っていろいろ話す機会をつくっておくようにしてほしいのです。
 
 そんな仲間こそ、何かつらいことがあったとき、最も信頼して相談できる相手だからです。しかも、利害関係のないことが大事。同じ学校に勤務していると、いくら気が合うといえ相談内容によってはばかられる場合があります。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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授業中のおしゃべりを止めさせ、授業に集中させるコツとは

 授業中、教師に気づかれないようにコソコソ話をするのはまだまし。ときには大きな声でおしゃべりを始める子もいます。周りの子もつられて教室に落ち着きがなくなります。
 知らず知らずのうちに、勉強どころではない雰囲気になってしまいます。
 他の人の迷惑になるならないに関わらず、授業と関係のないおしゃべりをゆるしてはいけません。
 一つのおしゃべりを見逃すと、他の子のおしゃべりのきっかけになります。
 一度でも見逃せば、子どもは「先生の目をかすめるなんて、チョロイもの」と思ってしまいます。
 また、別の子を注意したときに「〇〇ちゃんのときは注意しなかった」と、なってしまいます。
 教師は毅然とした姿勢で「授業中のおしゃべりはいけない」という雰囲気が必要です。
 授業中の規律を守るためにも、子どもの学習活動を充実させるためにも、おしゃべりは御法度なのです。
 おしゃべりしている子がいたら、指名します。そこで、こう問いかけます。
「何で、先生に当てられたか、わかりますか?」
「今話していたことを、みんなにも話してあげてください」
と言うと、子どもは困惑して黙ってしまいます。その後で
「授業中のおしゃべりは、みんなで、お互いに注意し合おうね」
と、呼びかけることも忘れずに。
 クラス全体で、注意し合える関係していくことがもっとも重要なことです。
 授業に子どもたちを集中させるコツは何でしょうか
「ボーッとしていても大丈夫」という授業になっていませんか? 
 座席順に音読を回す、「考えましょう」と考えさせる、「わかった人」と挙手させる、といった授業の進め方が、子どもが真剣に参加しない授業をつくっているのです。
 ランダムに指名して音読させる、「書きなさい」と作業をさせる、「まだわからない人」と挙手させる、などと工夫して授業を進めます。
 ボーッとしている子がいれば、
「〇〇さん、先生の話を、もう一度みんなに教えてあげて」
と、ボーッとしていた子をいきなり指名します。ハッとして、困ったあげく
「話を聞いていませんでした」
と、反省します。
 いつ指名されるかわからない緊張感のある授業で、すべての子が参加せざるを得ない状況にするとよい。
 また、話を聞くときは
「作業を中止させる」「物から手を離す」「姿勢を正す」「話す人におなかを向ける」「人が話している間は質問しない」
といった、基本的な聞く態度を、繰り返し指導する必要があります。聞く態度が身に付けば、学力は飛躍的に向上します。
「〇〇さん、先生の話を聞きなさい」
と厳しく叱るよりも、効果があります。
 やり方を工夫するだけで、子どもは授業に集中するのです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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学級編成をやり直すべきだと保護者からクレームがあったとき、どうすればよいか

 新年度初日の夕方、ある保護者から「学級編成に偏りがある。やり直すべきだ」という電話がありました。
 新年度はすでにスタートしています。今さら変更することはできません。どうすればよいのでしょうか。
 もちろん、学級編成をやり直す必要はまったくありません。また、電話をしてきた保護者に、あなたが一人で対応することもありません。
 学級編成は校長の責任です。まずは、管理職にこのような電話があったことをできるだけ早く伝えましょう。
 まずは、その保護者の子どもに「クラス分けにしいて、何か思うことがあったの?」など、受容的な姿勢で聞いてみることが大切です。
 その中で、担任として伝えておかなければならないことなどが、わかってくるでしょう。
 このようなケースでは、子ども自身が偏った見方をしていることが多々あります。
 ですから、焦らずじっくり対話することで問題が解決する場合がほとんどです。
 子どもも保護者も、学級編成をやり直すということがありえないことは、ある程度認識しています。
 もし、匿名でのクレームであれば、管理職への報告のみきちちんと行い、それ以上考える必要はありません。
 この例に限らず、新年度早々は、予期せぬクレームやトラブルに心を傷めることがいろいろあるものです。
 子どもにとっても、保護者にとっても、環境が大きく変化するわけですから、クレームやトラブルはあって当然とも言えます。
 ですから、教師が一人で抱かえ込んだり、落ち込んだりせず「勝負は1年後」と思える、心のゆとりを持っておきましょう。
 徐々に尻上がりに良くなっていくほうが、気持ちがよいものです。
 新年度当初「担任を降りた方がいいかも」という気持ちになった学級が、1年後「できることなら来年も受け持ちたい」という学級に変化したことがあります。
 日々、誠実に子どもたちに向き合っていれば、子どもたちは必ず担任を応援してくれるようになります。
(
玉置 崇:1956年生まれ、公立小中学校教師、教頭、校長、愛知県指導主事、教育事務所長、愛知県市立中学校長を経て岐阜聖徳学園大学教授)

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担任になったとき、子どもや保護者とつながるためには、どうすればよいか

〇学級担任が子どもとつながる
 学級担任になったとき、私が一番大事にしているのは始業式の日です。そのとき、子どもたちが先生に対してどんな印象を持ってくれたか、これがとても大事だと思うのです。
 どの親も、子どもが家に帰って来ると、必ず「どんな先生?」と聞きます。
 そのとき「おもしろい先生だよ」「今年は何とかがんばれそう」そんなふうに子どもが答えてくれると、親も安心し、その後のつながりもうまくいきます。
 そのために、私は始業式の日に、学級開きの時間を取りたいと思っています。それで、各教科の教科書すべてと健康診断書などの書類を一セット揃え、一人ひとりの机の上に置いておきます。
 そうすることで、30分くらいですが、学級開きの時間を確保することができます。
 学級開きの準備のために、私は指導要録を見ておきます。
 学級開きのプログラムは
1 子どもたち一人ひとりの呼名
 私は必ず一人ひとりに言葉をかけます。
「〇〇くんは、運動会のリレーで頑張ったんだってね」
「〇〇さんは、図工が得意なんだってね」
 そういう、ひと言メッセージの情報源は指導要録です。子どものいいところがいっぱい書いてあります。それを見て名簿にメモしておくと、一人ひとりに声をかける材料に困りません。
「みんなのいいところをこんなに知っているよ!」というメッセージになります。そうすることで、子どもたちとの最初のいい出会いをつくることになります。
 子どもは、自分のことを知ろうとしてくれる先生が大好きです。
2 教師の紹介
 教師の価値観を必ず紙に書いて、子どもに伝えます。私の場合
「先生はこういうときにほめる先生なんだよ」と、次のような内容を伝えます。
(1)
つらいことでもくじけず、最後までがんばったとき
(2)
友だちのためにがまんできたとき
(3)
友だちにやさしくできたとき
(4)
みんなの前で、自分の考えをしっかり発表できたとき
「先生が叱るとき」次の内容を伝えます。
(1)
物をかくしたとき
(2)
友だちの失敗やまちがいを笑ったとき
(3)
仕事や学習でなまけ心に負けて、さぼったとき
(4)
友だちをたたいたり、悪口を言って悲しませたとき
これは、最初の日に言うから、子どもたちの心に残るのです。これらはやがて、学級づくりの柱になっていきます。
3 教師からのメッセージ
4 楽しいゲーム
 教師がリーダーになって遊びをリードすることで、遊びを伝え、遊び方を教える機会にもなります。
 それくらいで、あっという間に30分が過ぎてしまいます。
〇保護者とつながるために、親の声を聞く
 保護者は、自分の子どもを大事にしてほしい。何よりわが子のことを知ってほしいという強い願いを抱いています。
 そこで私は始業式から三日目くらいに、親の声を聞くために、次のような用紙を保護者に渡します。
「子どもの指導は、一人ひとりのことを知ることから始ります。そこで、お子さんのことについて、できる範囲で情報を頂ければと思います」
「よいところ、印象に残っている出来事(喜び、大変だったこと、病気などで心配したこと)、こんな指導をしてほしいこと」
を、書いてもらうようお願いします。びっくりするほど親は書いてくれます。
〇子どもが起こした事実からルールをつくっていく
 私の場合は、ルールは強制するのではなく、子どもが起こす事実からルールをつくっていくというのが原則です。
 子どもたちが生活していく上で実際に体験した困ったことをルールにしていくのです。
 もう一つ大切なことは、クラスの子の半数以上が賛成すれば、ルールを変えることができるようにすることです。
〇ゲームを楽しめる心をつくる
 ゲームは最初、子どもたちはなかなか楽しめない。負けるといじける、すねる、泣く、ズルする、ズルした子を攻撃する、などトラブルが起きてしまいます。
 私は、すきまの時間を使って、子どもたちにゲームをしてあげます。そのとき必ず約束をします。
教師「これからゲームをするけど、負けてもすねたり、いじけたり、泣いたりしない?」
教師「ズルはしない?」
子ども「しない!」
 そういう約束をして、ルールやマナーを教えながら、教師がリーダーになって楽しいことを積み重ねていきます。
 教師がゲームを通して身体を開け、自分のリーダー性を鍛えていくことは大切なことです。
 例えば、ジャンケンゲームは、子どもたちの目を教師に集中させることができます。なぞなぞを出して、答えを班で相談させたりすれば、班会議の練習にもなります。
〇子どもと遊び、子どもを理解していく
 子ども一人ひとりの変化と子ども同士の変化をじっくりと見ていく必要を感じています。
 子どもは授業中と休み時間とで、関係性が大きく変化します。子ども理解のため、4月にじっくりと子ども同士の関係を観察します。 
 休み時間の子どもの様子を、子どもたちと一緒に遊びながら観察します。遊びをリードしている子、孤立しがちな子、一緒に行動している子などを発見していくのです。
 もう一度、意識的に子どもと遊ぶ時期は、夏休み明けの9月です。夏休み明けというのは、子どもが変化する時期だからです。
〇困ったときは、周りの子どもたちに聞く
 特に重い課題を持っている子がいて、対応に困り果てたときなどは、周りの子に聞くとよい。子どもたちは幼稚園から一緒ですから、友だちのことはよく知っています。
〇早めに家庭訪問する
 課題を抱えている子に気がついたら、早めに家庭訪問をして親とつながるとよい。
 親から話を聞くことで、子どもの別な一面が見えて、その子との出会い直しができます。
 親の子育てをねぎらいながら、この子をどうしたいと思っているのか、その願いを聞きながら、いっしょに子どもの課題に取り組んでいく、そういうことが大切かなと思います。
(
斎藤 修:1953年福島県生まれ、元千葉県公立小学校教師、全国生活指導研究協議会常任委員)

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学級崩壊したクラスは教師の指導が入らなくなる、どうすれば立て直すことができるか

 学級集団に必要なルールと人間関係がくずれると、教師の対応に不満をもった子どもたちが、うっぷん晴らしをするかのように、言い争いや授業妨害を行い、いじめが横行するようになります。
 それまでの教師の指導がまったくといっていいほど、入らなくなります。
 学級崩壊したクラスは無法的な状態のなかで、子どもたちは無力感がつのり、学級集団への所属感や学級生活に対する満足感が低い状態にあります。
 見通しがもてない学級生活の不満や不安を解消するために、その場その場での刹那的、享楽的な楽しさを求めています。授業中の騒ぎの原因もここにあります。
 しかし、子どもは救世主を求めているに違いありません。
 このような状況になったとき、どのような対応をすればよいのでしょうか。
1 対応の方針
 これまでの学級状態を仕切り直して、新たな気持ちで確実にできることからやり始めることが必要です。
(1)
思いきって、全く初めから学級を再編成するつもりで、再契約法を行います。
(2)
学級生活は楽しいところだと、少しでも感じさせ、不安感を取り除きます。
(3)
学習を保障するために、個別学習を行います。
(4)
一人ひとりの子どもたちへ、相談活動を行い、心的外傷を緩和します。
2 具体的な対応
(1)
学級状態の仕切り直し
 新たな気持ちで再スタートするために「再契約法」を行います。その方法は
1
子どもたちが無記名で、現在の不満や「これだけはやめよう」「これをいったらおしまいだよ」というような内容を書く。
2
教師がそれをまとめて、学級の子どもたちに読んで聞かせ、その内容を黒板に掲示する。
3
教師に対する不満は、できるかぎり受容し、改めることを約束する。
4
学級の問題をどれから解決していくかを全員で確認し、一つだけを当面の目標にする。 
(2)
簡単なゲームを取り入れる
 学級生活は楽しいと少しでも感じさせるために、1日に1回は楽しいゲームやクイズをすることを約束し、教師が主導して、単純なルールで行います。
 教師の指示がとおるようにするために、命令の最初に「はい」と言ったときだけ指示に従う「命令ゲーム」などもいいでしょう。ポイントは「簡単」「短時間」にできることです。
(3)
学習の保障
 一斉の学習はできにくい状態にあるので、個別対応を中心にした学習を展開します。子どもが個々で取り組めるプリントなどの作業学習を多くし、教師が一対一でその頑張りを認めながら評価します。
 子どもが作業に飽きてきたころに「プリントを集中してがんばったね。先生もちょっとつかれたので、クイズを出すよ」と、その授業に関係のあるクイズを出します。
 担任外にも協力してもらい、学級を分割して少人数のクラス編成をする方法も効果的です。
(4)
一人ひとりへの相談活動
 一人ひとりへの援助の時間を設けます。放課後など、担任と教育相談担当の先生が時間を設定して相談にのります。
1
学級への不満を受けとめる
2
居場所のない、まじめな子どもたちの気持ちを聞く
3
悪さをする子どもの逃げ場をつくる
4
いじめられている子や不登校になりかけている子からの相談
(
藤村一夫:岩手県公立小学校教師を経て校長。学級経営スーパーバイザー、上級教育カウンセラー、学校心理士。河村茂雄に師事し、学級崩壊・不登校などを予防する学級経営を研究、日本カウンセリング学会学校カウンセリング松原記念賞受賞
)

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学級活動を効果的にするには、係活動はどうすればよいか

1 当番や係活動
 係活動は、学級内の仕事を分担するために、自分たちで話し合って組織をつくり、全員でいくつかの係に分かれて自主的に行う活動です。学級生活を豊かにすることをねらいとしています。
 いっぽう、当番活動は、学級経営上なくてはならないものです。教師が必要と認めた仕事を交代して、公平に分担する活動です。責任が問われます。
 新年度始めに係を編成する手順は
(1)
前年度までに経験した係活動を出し合う
 例:保健係、お誕生日係、クイズ係、レク係、ギネス係、イラスト係、図書係、配り集め係、窓係、黒板係、連絡係、掲示係、整頓係など
(2)
係活動と当番活動の特質を確認する
(3)
学級を豊かにするために必要な係を選定する
(4)
各係に必要と思われる、だいたいの人数を確認する
(5)
希望を優先しながら、各係の所属を決める
(6)
係ごとに活動内容を検討する
 子どもたち一人ひとりが行いたい活動内容にずれがあります。係は集団で行うため、計画の立案は子どもたちの思いや願いを出し合うことから始め、個々に活動したいことを、係として調整します。
 そして、クラスの子どもたちにその活動を理解してもらうことも大切です。
 活動の計画が固定化しないよう、無理なく実践できるようにしましょう。
(7)
活動内容をもとに係の名前を決定し、活動計画を立てる
 係活動の名称は、子どもの発想をいかし、夢のある楽しいものにすることが大切です。
2 朝の会や帰りの会での係活動
 学級経営上、朝の会や帰りの会はとても大切です。
(1)
朝の会
 朝の会は、授業の開始などの関係で、短くすませなければならない。係活動コーナーは簡潔にしなくてはなりません。
 簡潔に、短い時間で発表するように指導する。活動等の詳細は、係活動コーナーの掲示物による連絡にする。
 例えば「今日の昼休みに、校庭でクラス全員遊びとして、レク係が計画したドッジボール大会をします。ルールは、レク係のコーナーを見てください」
(2)
帰りの会
 時間をとれるなら、すべての係が「お知らせ」などの活動ができるようにすることが、子どもの活動意欲を喚起する手立ての一つになります。
 係からの連絡というだけでなく、他の係への活動依頼や、活動協力を依頼する場としても活用する。
3「係発表会」はさまざまな効果を生む
 各係の活動内容をクラスの全員が理解し、互いに認め合い、励まし合っていく場をつくると、係活動が単独の活動にはならず、学級全体としての活動意欲が高まります。
 「係発表会」は、活動を活発にするだけでなく、発表のしかたを考えたり、発表に向けて準備をしたりすることで、係内のコミュニケーションの深まりにつながります。
 さらに、係の一員である子どもは、自分がクラスに役立っていることを実感でき、達成感や所属意識を高めることにもつながります。
4 係カードで活動意欲を高める
 子ども同士で新たな活動のアイディアを出し合うと、充実した活動が展開されます。
 例えば、カードに「〇〇係さんへ、□□をやってみてはどうですか。きっと楽しいと思いますよ。△△より」と書いた係カードを係ポストに投函し活用すると、効果的です。
 また、係カードで、他の係に活動協力を依頼したり、活動のよさを認め合うと、クラス全体の各係の活動が活発になります。
(
稲垣孝章:1958年広島県生まれ、埼玉県公立小学校教師、指導主事を経て小学校長
)

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子どもが変わる接し方とは、どのようにほめ、叱ればよいのでしょうか

 私は30年以上にわたり、小学校教師として子どもたちと向き合ってきました。授業でもそれ以外の場面でも「子どもが動きたくなるように変身させる」ことこそ、教師の仕事ではないかと思っています。
 授業づくりとは、教材をもとに、いかに子どもを動かすかということです。学級づくりで「子どもが言うことを聞いてくれない」と悩むのは、子どもの心を知らないことが原因かもしれません。
 子どもが「やりたい」という気持ちになって、動きたくなるように仕掛けて、待って、待って、子どもが動き出したらほんの少しだけ背中を押す。これが子どもを動かすときに私が気をつけているやり方です。
 子どもをほめてクラスを動かすには、三段階のほめ方が必要です。三段階できちんとほめれば、子どもたちは目に見えて変わります。
 まず、クラスの誰か一人を一回ほめると、周りの子は「今度は私がほめられたい」と思って動きます。
 ところが、ほとんどの教師は二回ほめません。一度ほめられた子も、二回ほめられないと元に戻ってしまいます。「ほめられないなら、意味ないや」と思うのです。
 そこで、私が実践しているのが「子どもは三段階でほめる」ということです。
 最初、誰か一人の子どもをほめます。二段階目は「さっき、〇〇ちゃんをほめたら、あなたもできるようになったね。すごいね」とほめる。
 そうしたら三段目「全員変わったね。みんなができるようになった。すごいね」
 小さなことですが、こういうことをちょっと意識するかしないかでクラス全体に大きな差が出てくるのです。
 そして、もう一つ「ほめるための仕組み」をつくることも重要です。子どもをほめる材料が集まるように、教師から仕掛けていくのです。
 例えば、私のクラスには給食当番が四人しかいません。当然、四人ではたりません。だから、当番の子は必死になります。「私、牛乳配ってあげるね」と言って手伝う子が必ず出てきます。
 それで給食の準備が整ったときに「給食当番の四人はすごく頑張ったよ。でも、〇〇ちゃんが『牛乳配ってあげるね』と言ってせっせと動いたんだよ」と全員の前でほめる。
 すると、翌日には、多くの子がせっせと手伝うようになっているわけです。
 三段階でほめることと、ほめるための仕組みをつくること。この二つを意識しておくだけで、子どもたちの動きに変化が起こります。
 子どもを叱る場面ではどうするか。重要なのは、叱るラインを一定に保っておくことです。
 一番こまるのは、怒りの境界線があいまいなこと、その場の思いつきで叱ることではないでしょうか。
 私は、新年度の始めに「叱る基準をあえて子どもに見せる」ということを意識的にやっています。
「友だちを傷つける、裏切る、うそをつく」ことを見つけて叱り、私なりの基準を見せておくのです。
 さらに重要なことは、その基準は一本の細い境界線ではなく「ここまで、はみ出ることは想定内という幅をもったラインにしておく」ことです。子どもたちが少しはみ出ることは、あらかじめ想定しておくわけです。
 これは、自動車のハンドルの遊びと同じことです。遊びがなければ、いちいちデリケートに反応してしまって、とても運転しにくい。
 子どもを叱るときも同じで、心のゆとりをもっておくことが欠かせません。
 一定の基準をもって叱ることと、幅をもったラインで見守ること。これは矛盾すると感じるかもしれませんが、この微妙なバランスをとることが実はとしても大切なことです。
 このバランス感覚が、子どもたちとの信頼を築くカギであり、結果的には子どもたちを叱らずに済むことにもつながります。
 私が生活指導主任をやっていたころは、どんなに子どもたちがにぎやかでも、私がマイクをもってスッと前に立つと、ピタッと静かになりました。ほかの教師に「魔法だ」と言われていたほどです。
 子どもたちは、私を怒らせると怖いということをよく知っています。さらに、私が何をしたら怒るか、その基準がわかっているからこそ、静かになります。
 ふだんから、叱る基準を明確にしておけば、子どもを叱る回数もグッと減らすことができるのです。
(
田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師を経て筑波大学附属小学校教師。基幹学力研究会代表、全国算数授業研究会理事
)

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教師がストレスで心がつぶれてしまわないようにするには、どうすればよいか

 教師がストレスを感じたとき、心がつぶれないようにするには、どうすればよいのでしょうか。
 メンタルトレーニングを取り入れるとよいでしょう。スポーツの世界では、大切な試合で最大のパフォーマンスができるように、日頃から心を鍛えています。
 教師の心がつぶれないようにするには
1やる気がでる言葉を言う
 自分のやる気が出るような言葉を自分自身に言います。よい結果になることが多い。例えば、
「何とかなるさ」
「自分だったら、できる」
「どの教師も同じような環境にある。ベストを尽くそう」
2 ストレスを軽減する方法を自分なりに持っておく
 ストレスを感じたら、心の病になる前に、ストレスをなくすようにします。
 ストレスをなくすために、どのようなことをするか決めておきます。例えば
(1)
人に話す
 人と話すことで、ストレスが軽減されます。
(2)
経験豊かな人に相談する
 経験豊かな人に相談してみると、気が楽になることもよくあります。
 自分なりの教育も大切ですが、自分が正しいと思っている方法でも、他の人から見ると、もっとよい方法があると思われることもあるでしょう。
 できれば、20歳代のうちに、他の人からたくさんの感想やアドバイスをもらうべきです。若いうちはプライドも高くなく、素直に受け入れることができるからです。
 優れた実践を参考にして、そのうえで、オリジナルな教育をしていくべきなのです。
「まったく、何ていうこともない問題だよ。もっと図太くなりなさい」
とアドバイスされることもあるでしょう。
 自分にとっては大変な問題だと思っていても、別の人からすると問題にならないといったこともあるのです。
(3)
考え方を一つ高くもっていく
 必要以上にネガティブにとらえていないか、よく考えてみるとよい。漠然とした不安に、自分の心が悩んでいることもあります。
 八方ふさがりに見えても、考え方を一つ高くもっていくと、問題だと思っていたことが、実は問題ではなかったと思えることもあります。
(4)
優れた実践家の考え方に学ぶ
 優れた実践を行ってきた教師は、優れた考え方の持ち主です。
 そのような教師の考え方に触れるのも、教師としてのメンタルを磨くことになります。
 また、尊敬できる教師がいるであれば、その教師にどんな考え方で仕事を進めているのかを尋ねてみるのもよいでしょう。
 ストレスを感じず、毎日楽しく仕事をしている、実力のある教師がいます。
 そういった教師に共通するのは、逆境にあっても負けない考え方を持っています。「自分ならできる」と、楽観的で、前向きな姿勢を持っているのです。
 子どもや保護者、社会のために貢献できることに、喜びを感じることができる教師なのです。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞
)


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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)
(

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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。 長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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保護者が教師のファンになってもらうには、保護者とどのように話せばよいのでしょうか

 私が保護者との関わりで常に意識していることは、保護者を自分のファンになってもらうということです。
 楽しんでもらうときは楽しんでもらい、伝えるべきときは伝え、一本筋の通った先生であると保護者に一目置いてもらう存在になるということです。
 保護者との面談は、わずか一回の会話で、あなたの印象が決まってしまう可能性があります。その機会を最大限に活かすことができるかが大きなポイントになります。
 私が保護者との対話で意識していることは
(1)
敬語を使い、保護者の話をよく聞く
 保護者は教師のちょっとした言葉づかいであなたの常識度を判断しています。
 例えば、保護者が来校したとき「ご苦労様です」という言葉は目上の人が目下の人に使うものとされています。
 
「お世話になっております。ご多忙の中、ご来校ありがとうございます」
という言葉がスマートです。
 人は興味を持ってくれる人に、親近感や信頼感を抱きます。教師が保護者の話を熱心に聞いただけで「なんて、いい先生なんだ」と思います。
 私は、保護者の話8に対して自分の話2くらいが理想と思っています。
 私は経験上、「保護者のことをわかってあげる」=「保護者の話を聴く」ということを強く意識しています。
 そうすると、保護者のニーズや気持ちが理解できて、うまく対応できます。
(2)
保護者の気持ちや苦労を共感する
 
「大変ですよね」「わかります」「おっしゃる通りです」など、保護者の気持ちや苦労を理解していますよということを、言葉にしてあらわす必要があります。
 聞き上手な教師は、保護者に共感し、わが子を「大切にしてほしい」「認めてほしい」とう欲求を満たすことができる教師です。
(3)
担任として、自分の考えを伝える
 「私はこう考えています」「私はこのような方針でクラス運営をしています」と、私はアイ・メッセージで教育方針や人間性を伝えるようにしています。
(4)
積極的に子どもの長所を伝える
 保護者の関心ごとは、わが子のことです。貴重な時間を割いて来校した保護者に、子どもの短所や改善点ばかりを伝えるのは愚の骨頂です。
 長所やどうしても伝えたい、ほほえましい行動・言動を伝えるようにしましょう。
 保護者に「大丈夫でしょうか?」と聞かれたときは、簡潔に改善策も含めて伝えると悪い印象を与えません。
 私はいつでも子どもを見守っているという気持ちを意識しています。
(5)
あらかじめ、話す要点をまとめておく
 私は授業に限らず、子どもたちに伝えたいときは、あらかじめ
「わかりやすい時事ネタから導入してポイントを伝え、具体的な話に落とし込む」
ように話の流れを考え、ノートにまとめておきます。
 たった一回の話だけで、心が離れたり、ファンになったりするのですから。
(6)
わかりやすく話す
 最初に結論を述べます。次にその理由、具体例、締めの言葉の順に話すと納得感のある話になります。
 教師は保護者に流暢に話をしてしまいがちですが、どうしても伝えたいこと、大事な話をする前には、ちょっとした間をあけるようにすると「あれ、何を話すのかな」と聞き手の心に話が吸い込まれます。
(7)
子どもを通して保護者に伝わるようにする
 子どもが自然と保護者に話をしたくなるように振舞うとよい。例えば、トラブルがあったときの迅速な対応、授業の面白さやわかりやすさ、子どもへのちょっとした言葉がけなどです。
 子どもから保護者に伝わると教師の信頼度がアップします。
(
栗田正行:1976年千葉県生まれ、教師、料理人、熟講師を経て私立高校数学教師。コミュニケーションを学び、わかりやすい授業、子どもや保護者への気遣い対応により、塾講師として9割以上の子どもから満足を得た)

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学級開きが成功するポイントとは何か

 人は見た目が9割です。つまり第一印象は見た目で決まるということです。学級開きの日は子どもたちが「新しい学級でがんばろう」と思えるように、教師は笑顔を意識したいものです。
 学級開きで、子どもたちが新鮮な気持ちで、仲間や先生とともに学級をつくっていくことに意欲を生み出し、高めていくことが重要です。
 学級開きの日、子どもたちは担任への関心は高い。どのようなことを言うか注目しています。
 学級開きでは、担任が求める学級像を明確に伝えることが大切です。文章に書いて、担任の思いが子どもたちに伝わるかどうか、子どもの立場で冷静に読み返してみましょう。
 そのとき、はっきりしない不明瞭な話し方で話をしたら、見た目の好感度が高くても、評価は一気に低下するでしょう。担任のはきはきした語り口は、子どもたちの気持ちを高揚させます。
 子どもたちは、ちょっとした担任の配慮に気づくものです。新年度早々はいろいろやることがあって大変ですが、子どもの心をつかむために「あっ、こんなことも」と思わせる演出をしましょう。
 子どもたちが担任のやる気を感じる重要なポイントの一つが教室の環境です。チョークの跡一つないきれいな黒板、空っぽのごみ箱、ほこりのない机やロッカーの中など、新たな学級がスタートするにふさわしい、整えられた教室にしておきましょう。
 学級開きの日は、担任は精一杯に頑張ろうとします。そのために、他のクラスは終わっているのに、決められた時間内で終わらず、いつまで続くんだろうと子どもたちが思ってしまったら、教師のがんばりも逆効果です。
 子どもたちの立場で考えることは、初日が勝負です。時間はしっかり守りましょう。
 子どもたちに、しっかり守ってほしいこと、担任として譲ることができないことはたくさんあるでしょう。
 しかし、あれもこれも伝えたのでは、何も伝わりません。子どもたちの立場で考えましょう。
 例えば「仲間はずれをつくらない」ということ一つに絞るとします。
 学級開き初日から数日間は、係活動や当番活動を決めたり、学級目標を話し合ったりするなど、学級としてのまとまりが必要な場面が続きます。
 それぞれの活動担当を決めるのに、学級全員のことを考え、行動できる子どもであってほしいという願いを込めた「仲間はずれをつくらない」というルールです。
 誰もができることを提案してみるのもよいでしょう。例えば「わが学級は、机の整頓をして1日が終了する」というみんなの共通行動を決めます。
 こうした当たり前のことがしっかりできる学級は、他の場面でもしっかりできるようになります。
 また、担任のこだわり(見た目で気持ちのよい教室)を伝えることにもなります。
「担任から示されたことはしっかりやらなければいけない」
「担任は妥協しない」
ということを、こうした具体的な指示で早々に伝えることも、よい学級づくりのコツです。
(
玉置 崇:1956年生まれ、公立小中学校教師、教頭、校長、愛知県指導主事、教育事務所長、愛知県市立中学校長を経て岐阜聖徳学園大学教授)

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チャイム着席、忘れ物、あいさつ、どんな子も包み込む、指導はどうすればいいのか

チャイム着席は、発想を変え意識改革しよう
 指導ということがわかっていないと、失敗します。ひどいときは、学級崩壊につながります。
子どもがよくならないのは、ほとんどの場合、教師に責任があると思います。
「そんなことはありません。私はがんばっています」なるほど、その人から見ればがんばっているのかもしれません。その人の授業を見ると空回りしていることが多いのです。
例えば、チャイム着席です。
「うちのクラスは、チャイム着席しない」
「2学期になるのに、まだできない」
と怒っている人がいます。
どのように指導しているのかを聴いてみました。
「チャイムが鳴ったら席に着きなさいって、何度も何度もいっています」
私は悲しくなりました。これが教育界の現状なのでしょう。
これでよくなったら、教師はいりません。これは指導ではありません。
まずは、教師がチャイムを守っているかどうかを確かめましょう。
多くの人は、終了のチャイムが鳴っても、授業を続けていませんか。教師が守らないのに、子どもには守らせよう、これは傲慢です。いうことを聴かないのも当たり前ではないでしょうか。
教師の意識、これはかなりずれています。まずは、自分の行動を振り返ってみましょう。子どもには要求するのに、自分はやらない。
自分はやらなくていいと思っていることがいかに多いか。自分の発想を変えない限り、何をやってもうまくいきません。発想を変えませんか。
2 忘れ物をなくすには、まず教師の姿勢を変える
「専科の授業に行くとき、何も持っていかないんです」という話を聴きました。
忘れ物で苦労しているようです。
「口が酸っぱくなるほど、忘れ物をしないようにっていっているのに
どこでもありそうな光景ですね。
これで忘れ物がなくなったら、教師はいりませんよ。ただ口だけで指導しているだけです。忘れ物をさせないための工夫がありません。
これはプロの指導とはいえません。みなさんは、どんな工夫をしていますか。
えっ、私ですか? 私の場合、何もしていません。忘れ物についてあれこれいうことはありません。
忘れ物は、バロメーターの一つだと思っています。
授業がおもしろくない、教師への反抗などが、忘れ物という形としてあらわれると考えています。
ですから、忘れ物をなくそうとやっきになるのは、本末転倒です。
私の場合は。忘れ物をする原因は、他にあるのです。直接そのものを指導しても直りません。
指導すべきは、他にあるのです。
まずは、教師の姿勢です。
(1)
持ってくるのが当たり前という傲慢さ。
(2)
言えばできるという安易な心。
この意識が変わらない限り、子どもを責めます。自分の指導不足を棚に上げます。子どもたちは、教師の傲慢さを敏感に察知します。そんな教師のいうことを聴きたくないのです。
忘れ物は、教師の傲慢さを教えてくれるメッセージなのです。
意識を変えましょう。授業がおもしろければ、忘れ物する子は少なくなります。努力すべきは、授業なのです。
3 あいさつをするようになるには工夫を
「あの子、あいさつしないんですよ」という話をよく聴きます。
教師からあいさつすれば、子どもはあいさつするものですけど
中にはしない子もいるでしょう。
あいさつしない子を怒ってしまうのは、ちょっと待ちましょう。
あいさつしなかったのでしょうか。あいさつできなかったのでしょうか。
なぜしないのかを考える必要があると思います。わざと無視しているのか、氣がつかないのか、面倒くさいのかなどなど。よく見る必要があるでしょう。それをしないで、子どものせいにするのはいただけません。
自分のことを振り返ってみましょう。
あいさつされたのにあいさつできなかったことはありませんか。
私はけっこうありますよ。あっと、思ったとき相手は通り過ぎてあいさつしそこなってしまうことがあります。
用意ができていないとき、反応が遅れるのです。
相手の用意ができるように声をかけてみるといいと思います。
まず、「○○くん」と声をかけます。相手がこちらを向きます。
目があったところで「おはようございます」という。
そうすると、ほとんどの場合「おはようございます」とあいさつがかえってくる。
これは、私の経験です。
ちょっと工夫するだけで、結果は大きく異なってきます。
料理と同じで一工夫を。
4 どんな子どもでも包み込むには、自分キャパシティーを広げる
 私にとって、難しい課題です。私は、あるところでいじめにあっていました。
いろいろな理由で、反撃できませんでした。反撃しないので、相手は図に乗って責めてきます。表で裏で、どんどんエスカレートします。それを、がまんしました。表面上は、何もなかったように過ごしました。
「それは、テクニックだ。本心からではない」と、私の師匠は、すべて見抜かれます。
ですから、嘘をつくことができません。嘘をついても、自分を飾っても、丸裸にされてしまうのです。自分なりにがんばったのですが、叱られました。
自分に対しやさしくしてくれる人は、包むことができます。普通の場合も、包むことができます。
しかし、今まで出会ったことがないくらい、攻撃してくるその人を、包むことはできませんでした。それを包めというのです。
「なぜ、包まん!」と、師匠に叱られました。「あんたのは、まだ本物ではない」
現象面に目を向けると、難しいですね。相手と同じ次元にいると、けんかになります。
ついつい、「どうして」と思ってしまいます。ものごとの裏にあるものを見ないと、包み込めないように思います。
少なくとも、違った見方・考え方をしなくてはいけません。発想の転換が必要ですね。見方・考え方を、高く、深く、広く、厚く。基本的には、自分が修行してきていることでいいと思いました。
問題は、相手が飛び抜けてすごい場合です。自分キャパシティーを広げないと対応できません。「程度があるだろう」と思ってしまいますから。
(杉渕鉄良:1959年東京生まれ、東京都の小学校教師。「教育の鉄人」と呼ばれる実践家、子どもを伸ばす為に命をかける熱血教師。ユニット授業研究会代表。その実践スタイルは全国の教師、保護者から支持を受ける。2003年夏、日経スペシャル「ガイアの夜明け」に出演。PHP「VOICE」や、経済誌「プレジデント」での教育シリーズに取り上げられ、各方面からの注目も高い。ユニット授業、10マス計算、表現読み、指名なし発言など、子どもの可能性を引き出すため、さまざまな工夫を凝らした教育実践を行っている)


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いつの時代にも教師に求められる能力とは

 これまで提言されてきた、教師に必要とされる資質能力として、
(1)
子どもに対する愛情を基礎とする広く豊かな教養
(2)
教育の理念や人間の成長・発達についての深い理解
(3)
教科等の専門的な知識
(4)
実践的指導力と子どもとの心の触れ合い
 これらの基本になるのは、教師の人間性つまり、深い愛情と信頼、人間関係の深さである。
 日本教育会()の調査研究委員会がとらえる、いつの時代も教師に求められる資質能力とは
1 子どもへの人間的指導者としての資質能力
(1)
愛情
 基本となるのは「子どもへの愛情と思いやり」である。子どもが社会の一員として育つためには親と異なる社会性のある愛情が必要である。
(2)
情熱
 仕事に対するひたむきさが求められる。困難を乗り越える力はあきらめずに取り組む姿勢である。その根底には、熱い思いがなければならない。
 情熱こそ、子どもの指導者として意欲的に取り組むときのエネルギーなのである。
(3)
観察力
 指導にさいしては子どもの状況や心情を的確にとらえることが必要である。子どもの心の内を見通す観察力が必要になるのである。
(4)
人間性
 言うまでもなく、原点は教師の人間性である。大人である教師に影響を受けて子どもは成長する。教師の指導姿勢や生活のあり方を受け入れ、成長の糧にしていくのである。
 教師の人間性に責任と誇りを持ち、子どもとしっかりと向き合う姿勢が重要である。
(5)
話し上手・聞き上手
 子どもの気持ちに謙虚に耳を傾け、同時に自分の気持ちをしっかり伝えることは、日常の場で重要なことだ。聞き上手の真髄は相手の立場に立ち心を込めて聴くところにある。
 人間のもつ豊かな表現力とコミュニケーション能力を磨き、子どもや保護者に対して話し上手・聞き上手になることは大事なことである。
2 学習指導者として資質能力
(1)
教科の専門的力量を高める
 教師の職務の第一は教科指導である。教科指導力の有無が子どもとの信頼関係の根拠となる。
 日頃から、教師自ら学び、自信を持って指導できる力量を高めるよう努力が求められる。
(2)
授業構成を改善する
 教材研究が不可欠である。教材内容の理解、子どもの学習状況、教材の扱い方、授業の流れ、評価とその対応など事前に準備することは多い。
 授業は生きものである、常に見直し、改善を図り、より質の高い授業をめざすことがもとめられる。すぐれた教師の授業力を共有することが指導力の向上となる。
(3)
指導方法を工夫する
 日々の授業を振り返り、子どもの声を聞き出し、指導方法の改善を図る。教師同士の学びが重要であり、校内研修の充実が図るようにする。
3 学校組織の一員としての資質能力
(1)
協調性・チーム力
 学校には学年、分掌等の組織がある。協調性をもって仕事をすることが求められる。
 互いに意見を出し合い、議論して合意点を見つけ、リーダーのもとでチームとして機能する組織の一員として仕事ができることが大切である。
(2)
責任感
 与えられた業務に対して責任を持って行うことや、進捗状況を報告し、指示に従い改善していくことが重要である。
(3)
コミュニケーション力
 子どもの指導、保護者への説明、学年や分掌の作業など、すべてについて趣旨、目的、状況、結果等について的確に説明し、伝えることが重要である。
 同時に、常に相手の意見や考え方を聞く姿勢や受容する態度が必要である。
(4)
情報収集力・ネットワーキング力
 正しい情報をできるだけ早く収集することが必要である。特に事故・災害等への緊急対応のためには、多様な収集手段と的確な判断と行動が必要である。
 日頃から、アンテナを高くするとともに、情報収集のネットワークをつくることが大切である。
(4)
事務処理力
 学校には膨大な事務作業がある。限られた時間で的確な処理をすることが必要である。
 そのために、日常的に先を見通し、確かな処理技術を着実に身に付けることが大切である。
4 学級(学校)の経営者としての資質能力
(1)
企画力
 経営の要諦の一つは先を見通す目であろう。
 経営者は人を動かすだけの度量、明確な目標、リーダーシップが求められる。
 そのうえで、的確な現状分析と目標設定、実現に向けた斬新な発想とアイデアを活かす力をもつことが大切である。 
(2)
実践力
 独りよがりな行動力でなく協力者とともに小さな目標を実現しながら目標を達成させることである。
 行動しつつも常に考え、周囲の意見を聞き、修正できる姿勢が大切である。
(3)
危機管理力
 迅速に対応し、被害を最小限にとどめること、関係者へ連絡すること、危機管理体制づくりと情報収集をすること、子どもと家族を第一とすること、事後処理を丁寧し課題を確認することなどが必要である。
 リーダーシップ、指揮系統の一元化、情報の共有等が求められる。
(4)
課題分析力・決断力
 ネックになっている部分を発見し、流れが止まっている部分を取り除き、新たな流れをつくることである。
 問題を見極めるためには、相対的な見方や複眼思考が必要となる。
 また、立場を変えて見ること、別の角度から見ること、組織の外から見ることが大切である。
(5)
思考の柔軟性
 前例にとらわれない発想や柔軟な思考も大切である。そのために、学校以外の目で見たり、子どもや保護者の立場で見たりすることが必要である。
5 教師の成長のために常に学び続ける資質能力
(1)
積極性・向上心
 何事も恐れず行動し、失敗も勉強のうちという精神で仕事をすることが大切である。
 率先して研究授業を実施し、授業を工夫改善し、校外の各種研究会へ参加する。
 勤務先も小学校だけでなく、積極的に他校種を経験したい。幅広い経験が自らの成長の糧となる。常に学び続ける向上心を持ちたい。
(2)
素直さと謙虚さ
 学ぶときに最も大切なのが素直さと謙虚さである。自信過信、慢心の姿勢の態度からは成長しない。
 何事も周囲の意見を正しく聞き、受け入れたのちにそしゃくし、生かして始めて成長につながるのである。
(3)
明るさ・健康
 教師の明るさが周囲を明るくし、元気さが周囲を元気にする。
 不調の時、どれだけカバーできるか、どこまで食い止められるかが、次への回復を左右する。教師は心身ともに健康であることが求められる。
(
日本教育会:全国の幼稚園・子ども園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の学校教育のリーダー、PTA、教育関係者をはじめ、教育に関心のある方は、どなたでも入会できる、総合的な教育研修団体です。会員に月刊誌『日本教育』を発行する。毎年1回、全国各地で、幼・小・中・高・特別支援学校の教職員及びPTA等が一堂に会し教育を考える会を開催している。会費は年額3,100円です。)


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学級が荒れないようにするには、新年度の始め、どうすればよいのでしょうか

 教師が子どものいじめにあい、学級崩壊になったり、休職に追い込まれたりする場合もあります。教師も生きにくい時代になっているのだと心が痛みます。
 ですが、最終的なところにいく前に、必ずサインは出ているはずです。小さなことでも見逃さず、叱るのではなく、よく話を聞くようにしていかなければならないと思うのです。
 何といっても教師は大人なのですから、余裕をもって大人の知恵を発揮してもらいたいものです。
 始業式で紹介されたら、新採用の若い教師なら、にこにこと笑顔で、簡単に自分の特技や好きなことなどを交えて挨拶するとよいと思います。子どもの心をぐっとつかめたら、しめたものです。
 子どもも、たいていの子は、出会いの一瞬だけは、新しい自分になろうと、期待に胸をふくらませていますから、教師の自己紹介のときがチャンスです。
 しっかり目を向けて、その子を受け止めていくという姿勢を見せていくようにします。
 子どもは教師を見ています。そして、試してきます。ある時の六年生の男の子は
「先生、かったるいから掃除やりたくねぇ。休んでていい」と、ふてくされて言ってきました。教師がどういう対応をとるか試しているのです。そこで、
「やりたくないんなら、やらなくていいよ。遊んで来なさい。あなたが掃除をしなくたって、先生はちっとも困らないんだよ」
「でも、なぜ掃除をしないのか、みんなが不思議に思うよ。全校集会で、なぜ掃除をしないのか、一年生から六年生まで、みんなに説明しなさい」
と、冷ややかに言いました。すると
「あ、そういうことですか。じゃあ、掃除やります」と言って、やりだした。この先生には通じないと思ったようです。
 掃除をしなかったらどうなるか、その子なりに考えたのでしょう。子どもに自分で考えるように仕向けたほうが、よっぽど効果があります。
 頭ごなしに叱られたほうが、子どもは楽です。教師を恨むか、拒否する口実ができ、掃除をしない正当性を持つからです。堂々と掃除をしなくなります。
 そして、叱ることを繰り返して、お互いのメンツがたたなくなるほどになってきて、教室が荒れてきます。
 そのときは、掃除をするかどうかではなく、叱ることの理不尽さを問題にしているからです。
 掃除をやりたくないと言っていた子が少しでもやっているのを見たら「えらいね。あなたが掃除するときれいになって、気持ちがいいね」と言ってあげました。本当にそう思ったからです。
 子どもをほめることが大事だといっても、何でもかんでもほめる、ということではありません。
 子どもはすぐ見抜き「そんなこと、ほめられたってうれしくない」と思っています。それは子どもにお世辞をいうことになるのです。子どもにあなどられます。
 反対に、子どもががんばってできたところ、少しでもよくなったところ、人にやさしくしたところ、思いやった行動をしたときなどは、すかさず見つけて、言葉をかけると、子どもはすごくうれしそうな顔をします。
 そういう、子どものよさを見抜く目が大切です。子どもを一人ひとりよく見ていくことが大切になってくるのです。
「気配り」「目配り」「手配り」ができてくれば、教室は荒れません。
 日常生活の中で、そういうよさを見つけ、そのつど「いいね」「すごいじゃない」など、明るく軽く言うようにしていきます。お世辞ではありません。
 すると、子どもは自信がついてきて、明るい顔になっていきます。誰だって自分のよいところを認めてもらえたら、うれしいに決まっています。
 どんなに教師に反抗している子にも、あきらめずに嫌がらずに声をかけていきましょう。劇的にはよくなりませんが、学級の雰囲気は目に見えて、感じよくなっていきます。
 その子の母親や他の友だちに、その子のよさをたくさん話してあげます。すると、回りまわってその子の耳に入って、自分のよさを先生が話してくれたと知って喜んでくれるようです。
(卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)



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保護者が第三者や弁護士をつれてくる場合、どうすればよいのでしょうか

 クレーマーとして有名な保護者が、来校して苦情を言うとき、よく第三者をつれてきます。どのように対応すればよいのでしょうか。
 学校は保護者に対して、学校の生活状況等を報告する義務があります。しかし、第三者との面談や交渉に応じる義務はありません。
 目的を見極め、場合によっては「今日は保護者と直接お話しをさせていただくことになっておりましたので、どうかお引き取りください」と、同席を拒否も。
 不安な気持ちを持ちやすい保護者であれば、誰かに頼りたくなります。
 
「自分で言うことが不安」と、第三者を連れてくるという行動に出てしまうのです。
 まず、その保護者が一番不安に感じていることを探ってみてください。そこから突破口が見つかります。
 もしも、第三者を連れてくる目的が「学校を脅すため」「口げんかに勝つため」であれば、すぐにも来校を拒否する必要があります。
 そもそも、相談は「子どもの成長のため」であり「学校批判」のためではありません。
 たとえ管理職が「子どものために必要な人」と判断したとしても、来校のルールを明確にする必要があります。
 子どもに関する問題は、子どものことを真に理解している保護者と対話をすることが望ましい。
 弁護士が窓口になる場合も、弁護士の側で保護者の意向を確認してもらうように働きかけて進めるべきでしょう。
(
丸岡慎弥:1983年神奈川県生まれ、大阪市公立小学校教師。教育サークル「REDS大阪」・銅像教育研究会代表、事前学習法研究会会長)
(
大西隆司:1976年奈良県生まれ、弁護士)

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教師は子どもが好きだけでは務まらない、どんな人が教師に向いているか

 教師になりたい理由として「子どもが好きだから」という人が多い。けれども「子どもが好き」というだけでは務まらない。
 例えば、保護者と良好な関係を築くことも教師の大切な仕事です。電話で連絡を取ったり、こまめにコミュニケーションを取る必要があります。うまくできない人は、いくら授業がうまくとも、良い教師にはなれません。
 また、他の教職員との連携・協力も教師に求められる資質のひとつです。自分だけちゃんとやればよいという考え方は通用しません。組織の一員として動くことが求められています。
「子どもが好き、でも大人は嫌い」という人は、考え直してみた方がよいかもしれません。
 教師には「五者の精神」が必要であると言われています。学者、易者、芸者、医者、役者です。
「学者」教師は人に学問を教える職業ですから、高度な知識と技能が求められます。
「易者」相手を分析し、然るべき方向に導きます。
「芸者」時には、子どもを笑わせ、楽しい気持ちにさせることも必要です。
「医者」相手の性格や能力を診断し、必要な処置を講じます。
「役者」叱るときも相手をよく観察し、冷静さを保つ演技力が大切です。
 教師は学力だけでなく、人間性も重視されます。
 教師の仕事の中心は授業ですから、教科に対する専門知識は不可欠です。不足していたら、良い授業ができず、子どもたちの学力も身につきません。
 教科への興味関心が強く、教師自身も学び続けたいと考えている人が教師に向いているように思います。
 同時に、いくら教科の専門性が高くとも、人間的魅力が欠けていたら、生活指導や保護者対応など、効果的な指導ができません。
 授業を通じて理解を促すには、日頃から子どもたちと良好な信頼関係を築いておく必要があります。
 特に小学校においては、クラスを束ねる「学級経営力」が重要となってきます。クラスをまとめる力がなければ「学級崩壊」を引き起こしてしまいかねません。
 授業中に、子どもが突然騒ぎ始めたとき、きちんと対応できなければ、授業自体が成立しないのです。
(
佐藤明彦:1972年生まれ、教育雑誌編集長を経て、コンテクスト()社長として教育関連の書籍・映像などを手掛ける)

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いくら注意しても教師の言うことをまったく聞かない子は、どうすればよいのでしょうか

 教師にとって「手のかかる子ども」は、実は教師に「目をかけてほしいと思っている子ども」です。先生に自分のことを気付いてほしい、わかってほしいと心の底では思っています。
 そこで、掃除や給食当番などの指導のときではなく、落ち着いた状態のときに「先手必勝」+「当たり前のことをほめる」を取り入れてみましょう。
 教師にしてみれば「どう言えば掃除をするだろうか」「もっと厳しく叱ったほうがいいのだろうか」と考えてしまいがちです。
 こういった子どもの場合、その方法では解決に時間がかかりそうです。
 先手必勝で、子どものよいところを言葉にして、ほめていくとよい。当たり前と思える行動を見つけて、その子にだけ聞こえる声でささやいてください。
 人は自分のことを言われるときは、小さなささやき声でもよく伝わるものです。そんな地道な取り組みによって子どもとの信頼関係が深まっていきます。たとえば
給食当番の仕事をしているとき「ごくろうさま、今日から給食当番なんだね」
係の仕事をしているとき「いつもありがとう。助かるわ」
体育の授業でドッジボールをしているとき「おーカッコイイ、上手に投げることができるね」
(
男子には行動面がカッコイイと伝えます)
休み時間に友だちと遊んでいるとき「たくさん遊べてすばらしいね」
(
子どもはたくさん遊べること自体に価値があります)
 こんなことまで認めると、子どもが図に乗ってしまうのではないか、と思われるでしょうか? 
 しかし、特別にほめることが見当たらないと思うような子こそ、「当たり前」と思われることを認めていく必要があります。
 もしかしたら、ほめたり認められたりという経験が少なかったのかもしれません。教師から認められた経験は、この子にとってみれば間違いなくうれしい経験になっていきます。
 その経験の積み重ねで「この先生は好きだな」と感じることが増え、次第に教師との信頼関係も深まっていくことでしょう。
 そこまで信頼関係ができると、掃除や給食当番などの具体的な指導もぐっとしやすくなります。
 まずは、子どもの様子を目を皿のようにして観察してみてください。そして、当たり前と思われることも、すかさず言葉にしてほめてみましょう。
 子どもの存在を認めることになります。教師がそんなやり方を意識し始めた段階で、不思議と子どもとの関係はよくなります。
「この子は手のかかる子」「また、あの子だわ」と思っていると、ますます手のかかる状態になります。
「この子の何を認めようかな」と目を皿のようにして様子を見ているときは、案外、子どものよい変化が早く見つけられます。
 教師のとらえかたひとつで、いくらでも子どもは変わっていきます。
(
東ちひろ:幼稚園・小学校教師、教育委員会を経て、「東ちひろマザーズセラピー」主宰。「子育て心理学.協会」代表理事。上級教育カウンセラー、生涯学習開発財団認定コーチ)


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子どもたちは厳しい先生が嫌いではない、信頼されるには父性、母性、子性の全てが必要だ

 子どもたちに気に入られるためには、厳しさも必要である。
 たとえば、学級崩壊である。誰も学級崩壊を望んではいない。
 そこで、子どもたちは見ている。「この先生は、一部のやんちゃくんたちが、授業妨害を始めた時、厳しく叱って妨害を止めてくれるかどうか」を。
 教師のリーダーシップのもとで教室を安定させてもらい、安心して暮らしたいと思っているのだ。
 学級が国だとしたら、まず必要なのはお笑い芸人ではない。警察である。治安を守る警察こそが必要なのだ。教師は一人で警察の役を担当しなければならない。
 それなのに、子どもを厳しく叱れない若手教師が多い。厳しく叱れば、子どもたちに嫌われると思っている。しかし、逆である。
 きちんと叱らない教師は子どもに嫌われ、背を向けられる。リーダーとして信用されない。
 では、厳しいだけでいいのか。厳しいだけのリーダーに子どもたちは、そっぽを向いてしまう。
 今どきの子どもは秩序を守るだけでは納得しない。それにプラスして、自分たちを楽しませて欲しいと要求する。
 子どもたちは、厳しい指導で秩序を守り、なおかつ、楽しさを保障してくれる教師を信頼する。
 これからの教師は、厳しさとユーモアが必要だ。
 授業も同じである。子どもたちは分かりやすい授業を求めている。しかし、それだけでは満足しない。同時に楽しさ、面白さを求めている。
 バラエティ番組に慣れている今どきの子どもたちには、授業には分かりやすさと面白さが必要だ。
 子どもたちに人気がある教師は「怖いけど、面白い先生。厳しいけど、楽しい先生」なのである。
 教師ひとりが、この両方を使い分けるのは至難の技だ。
 しかし、この両方の役を演じられない教師は、これからの子どもたちに受け入れてもらうことは難しいだろう。
 ちなみに、学級担任は一人で「父性」「母性」「子性」の全てを担当できなければならない。父のような厳しさを持ち、母のような優しさを持ち、友だちのように一緒に遊ぶということだ。
 教師は一人で何役もこなさなければならない。これからの教師は本当に大変だ。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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目の前の子どもを救ってあげたいという一心が日本の教育を変える

 今の日本は、多くの人が夢を持つことなく、流れに身を任せて生きているように思います。社会全体が無力感にさいなまれているような感じがします。
 
「人が人を思いやる」という当たり前であるはずのことが現代社会では薄れています。
 私は、これからの社会に求められているものの一つは「ホスピタリティ」だと思っています。それは、相手の立場に立ち、相手に思いやりの心を持って接していき、心配りをしていこうという姿勢です。
 私は、日本の教育を変えたい。そう考えています。
 明らかに公教育の教育現場で欠けているもの、教育で最も重要なもの、それは「ホスピタリティ」だと私は思います。
 
「ホスピタリティ」は、生徒にいつも無償の心でもてなすという意味で、あくまで心のあり方です。いつも、生徒や保護者の立場に立ち、思いやりの心を持って接していこうとする意識です。
「なんとか、目の前の生徒を救ってあげたいという一心」これこそ、ホスピタリティの真髄だと私は思います。
 その気持ちを持ち続ければ、いつかは必ず相手に伝わるものなのです。
 一途に相手を思いやり、成功体験を与えたいと思えば、生徒に興味を持って、一生懸命に触れ合おうとします。
 が、そう簡単には事は進みません。しかし、迷い、悩みながらも最後まで生徒を信じ、励まし、あきらめずにぶつかっていく。
 その結果として「先生のおかげで、こんなふうに変わったよ」と生徒に言われたら、先生にとっても、きっとこのうえない成功体験になるでしょう。
 また、生徒の家族もわが子の成功体験と感動を分かち合い、変わっていきます。
 それは何物にも代えがたい至福のときであり、私は少しでも多くの人たちにこの瞬間を味わってほしいと願っています。
 生徒がいて、保護者がいて、先生がいて、みんな心と心でつながって一つのコミュニティをつくっているのが教室です。
 みんな笑顔で楽しそうにしている。そこに行くだけでみんなが元気になり、夢や目標を持つようになり、明るく前向きに変わっていく。ホスピタリティが日本の教育を変えるのです。
 塾の先生というと、勉強ができて成績がよい人材が求められるというイメージがあると思います。しかし、私は、いわゆる学力よりも人物を重視して採用しています。
 私の塾の先生の適性は、つぎのようなものがあげられます。
(1)
子どもの視点に立てる
(2)
コミュニケーション能力がある
(3)
動機づけができる
(4)
自責性(自分で自分の過ちをとがめ、自分に責任があると考えること)がある
(5)
チャレンジ精神がある
(6)
主体性がある
(7)
モラルがある
 これら、すべての根底にある「人となり」は、目の前の生徒を何とかしたい、という強い想い、つまり「ホスピタリティ」の心があるかどうかなのです。
 この「ホスピタリティ」さえあれば、これらの適性は必然的に身についてくるものだと私は考えています。
 私は「無我夢中」という言葉が好きです。無我夢中の生徒たちを見ると、私は涙が出るくらい感動します。
 いまでこそ、東京個別指導学院は一部上場企業に成長しましたが、ここにいたるまでには数多くの苦難がありました。
 うまく対処できずに落ち込んだとき、私を発奮させてくれたのが、生徒が無我夢中になって学習をしている姿でした。
 机にしがみつき、必死に学習している、そんな姿です。そして、生徒が「やればできるんだね」と満面の笑みをこぼした、あの笑顔でした。
 もしかしたら、私は心のどこかで、人を何かに夢中にさせたいと思っているのかもしれません。
 人が目の前に立ちはだかる壁や課題を乗り越えていく瞬間を見て感動したいと思っているのかもしれません。その瞬間があるからこそ、人は生きていく意味があると思っているからです。
 子どもたちには、もっと無我夢中になってほしいと思います。自分で目標を立て、それに向かって突き進む姿は何よりすばらしいと信じています。
(
馬場信治:1958年東京都生まれ、大学在学中に塾を創設、公文教育研究会を経て、個別指導塾を運営)

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同僚教師と共に生徒を指導し育てるには、どうすればよいのでしょうか

 私は新卒から数えて現任校は三校目である。それ相応に問題に直面し、頭を抱かえ、右往左往しながら行動に移すと失敗し、その繰り返しから学び取ってきた。
 私の校務分掌は研修係である。これまでの学校でもこの係を多く担当してきた。同時に生徒会係も多く担当してきた。
 研修係は教師集団を統率する「上からの係」であり、生徒会係は生徒集団を統率する「下からの係」であるという持論を持って私は組織を動かしている。
 両者に共通するポイントとして「教師や生徒にきっかけを与え、行動をうながす情報を与える」ことである。
 私たち教師は、ほんの小さな「きっかけ」によって意欲がわくことがある。例えば、同僚教師の失敗談を聞いたときがそうだ。また、授業のコツをこっそり聞いたときである。
 さらに、行事や部活動に力を発揮する教師から生徒を育てるポイントを聞いたときだ。
 このように、ほんの小さな「きっかけ」が与えられることで、多くの教師は意欲的になる。
 最近の子どもたちは、自己中心的で巻き添えを食らわないよう、無関心さをよそおう。
 私は、そうした学級の雰囲気を感じ取った場合、問題意識を持つよう誘い、解決の筋道を考えさせる。
 解決策として、副担任や教科担任など学年の教師の力を借りるとよい。担任ひとりで学級経営のすべてを取り仕切るべきではない。
 生徒の荒れには組織化された教職員の組織体制で臨むべきである。
 では、どのような組織体制で臨むべきか。
 役割分担に基づいたキャラクターを演じることで、生徒にバランスよく接していくべきである。
 母親的役割をする母性教師がいて、厳しい叱り役の父性教師がいて、お兄さんお姉さんのようなチャイルド教師がいる。
 そうしたバランス関係のもとに日常の学校生活を過ごすことができれば、子どもたちもストレスを抱えず、他者理解なり自己表現がスムーズにできるはずである。
 ところが、そうした役割分担がなされていない学年や学校の場合、荒れる生徒が生まれてしまう。
 教師は忙しい。しかし、ここ一番、生徒について一緒に活動しなければならない時、このチャンスを逃がしてしまったがために教師への信頼感を失わせてしまった経験などは、誰にもあることだろう。
 自分が生徒と一緒に活動できない場合は、役割分担したチームワーク指導で、別の教師に生徒についてもらえばいい。
 私は校内では、主として父性教師である。しかし、時には母性教師にもなるし、チャイルド教師にもなる。
 一人の教師が時に応じ、機に乗じ役割を変化できるようになれば、生徒の力をまた違った形で伸ばすことができるだろう。
(
山下 幸:1970年北海道生まれ、北海道公立中学校教師)

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子どもたちから、なめられずに信頼を得るにはどうすればよいか

 教師と子どもは、人間として対等な横の関係にありますが、同時に、指導する者と教わる者という、縦の関係でもあります。
 子どもと横の関係のみでとどまってしまえば、教師は指導性を発揮しにくくなり、ときには、なめられたりして、なれあい関係になってしまいます。
 そうかといって、縦の関係を強調しようとすると、子どもとの親しい関係は崩れ、子どもは教師に心を閉ざしてしまいます。
 「厳しくしたら、きらわれた。やさしくしたら、なめられた。もうどうしたらよいか、わからない」と、教師から相談を受けたことがあります。
 この課題に適切に対応する力量こそが、教師の指導力の源になるのです。
 親しい関係を基盤としつつ、教師の指導性を十分に発揮するにはどうすればよいのでしょうか。ポイントとなるのが「教師役割の魅力」です。
「教師役割の魅力」とは、専門性に基づく「教え方のうまさ」や、子どもに関わったり、教えたりするときの「教師の熱意」などです。
 こうした「教師役割の魅力」を伝えると、子どもたちは教師に信頼を抱くようになります。
「教え方のうまさ」で大事なポイントは、最初は教師の指示でやらされていると感じていた取り組みでも「知らないうちに熱中していた」と子どもが感じられるように展開を仕向けることです。
 さらに、取り組んだ後に、子どもがその取り組みの必要性や重要性を感じ「やってよかった」「みんなと関わったり、一緒に学習するおもしろさがわかった」と思うことができれば、次の時間からは自ら取り組むようになるのです。
「教師の熱意」で大事なポイントは「きみの将来のためには必要なんだから頑張れ」という一本気な熱心さだけでは不十分であるということです。
 取り組みの前に、その取り組みの必要性について子どもが納得するように十分に説明することで、教師の熱意が子どもに伝わるのです。 
 日常の関わりのなかで「先生のいう通りに試したらうまくいった」という体験を積み重ねていくことで、子どもたちは教師に対する信頼感を高めていきます。
「教師役割の魅力」を伝える際に重要なポイントは
(1)
教師のことばと行動を一致させる
 子どもは教師の言行不一致に敏感に反応します。ささいなことで信頼を失うこともあります。教師は常に自らの言行を一致させて誠実に接することが必要です。
 子どもたちは守るべきルールが定まっていることで居心地がよくなります。
 まずは「教師が言ったことは守る先生だ」と子どもたちにモデルを見せることで信頼関係を築き、子どもたちもルールを守るようになっていくのです。
 指導するときは、その理由は具体例をあげながら話します。
(2)
授業中と休み時間とでは、けじめをつける
 子どもは、教師と私的な会話をすることで親近感をもつようになります。しかし、授業中も同じような口調で話をすると、わがままが通ると勘違いしてしまいます。
 授業中は「さん、くん」付けで呼んだり、ていねい語で指示を出したりします。言葉づかいを変え、一定のルールに従って行動するけじめを教えることで、子どもと良好な関係を築くことができます。
(3)
子どもの話をよく聴く
 子どもは教師の話を聴いてもらうのが大好きです。
 子どもは教師が自分の話をきちんと聴いてくれると満足し「自分のことをわかってくれる先生」と教師に信頼を寄せるようになります。
 子どもは自分の話を聴いてくれているかに、とても敏感です。手を止め、視線を合わせ、やさしくうなずきながら聴きます。それだけで子どもは安心できるのです。
 どんなに忙しくても教師は手を止め、子どもの話をきちんと聴くことが大切です。
(4)
教師の経験にねざした考えや思いを率直に話す
 子どもたちが「どうして学校に来なくちゃいけないの?」といった学ぶことの意味など本質的な質問することがあります。
 このような問いに、教師がどう向き合い、どう答えてくれるか教師の真価を試すような意味が含まれています。
 子どもたちが聞きたいのは、一般論や損得の話ではありません。教師の人生観など、教師の経験や価値観などの考えや思いを聴きたいのです。
 自分なりの考えを率直に話し、教師の一貫した対応は、子どもたちからの信頼感を得ることにもつながっていきます。
(5)
指示や命令よりも質問形式で行動をうながす
 教師は新学期などの忙しい時は「あれをしなさい」「これをしてはいけない」と指示や命令で子どもを動かそうとしがちです。
 最初のうちは従いますが、だんだんと聞き流しはじめ、従わなくなります。
 指示を出すときは、質問形式で「こうしてみたら、どうかな?」と、望ましい行動をうながすことが必要です。
 子どもはあまり抵抗を感じずに、教師の指示を受け入れ、自ら行動する意欲も高まるからです。
 指示は極力短くして要点だけを述べ、子どもからの発問をうながします。質問させることで、子どもは教師の指示を深く理解し、自発的に取り組む姿勢が生まれます。
(6)
選択肢を示して子どもに決めさせる
 教師は活動の意義や全体像を子どもに説明し、選択肢を示して、子どもに決めさせます。子どもが活動内容に興味を持ち、やってみようという気持ちを引き出すことが教師の役割です。
 こうして「自分で決めた」ことは責任をもってやり遂げる体験を積み重ねることで自信になり、教師への信頼感にもつながります。
(7)
日常活動におもしろさを示して、子どものやる気を引き出す
 そうじや給食活動などの当番活動は同じことのくり返しで、飽きマンネリになりがちです。
 単調になりがちな係活動や当番活動に対して、子どもが楽しく感じる要素を教師が工夫してプラスすることで、やってみようという活動意欲が高まります。
 
「やったら楽しかった」「みんなが喜んでくれた」と感じられるような評価活動を定期的に組み込みます。
 活動の目標を明確にして、期間を決めてポイントや賞を与えたりして、子どもの活動を認めて、やる気を引き出します。
(8)
教師に対する暴言は、冷静さを失わず自分の感情をコントロールする方法を身につけておく
 子どもの暴言に、教師は怒りの感情が出てしまい冷静に対処できないことがあります。
 教師は、冷静さを失わないように、自分の感情をコントロールする方法を身につけておく必要があります。
 例えば「今のひと言、へこんだなー」「これ以上は冷静に話せそうにないね。休み時間に相談室で話そう」と、その場でのやり取りを終了させ、場所と時間を変えて冷静に仕切りなおします。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)


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ふれあいとルールで学級を成立させるには、どうすればよいのでしょうか

 ふれあいとルールで学級を集団として成立させるにはどうすればよいのでしょうか。
 学級を集団として成立させるための骨子は、
(1)
集団内にふれあいのある人間関係を確立する
(2)
子どもたちの行動の基盤となる共通のルールが確立する
という、二点が互いに矛盾することなく成立することです。
 指導重視型の教師は、学習指導と生徒指導にルールを定め、子どもたちの行動を統制しようとします。
 そのようにして作られたルールは、子どもたちへの援助とうまく溶け合わず、子どもたちに不満が蓄積され、学級内にふれあいのある人間関係が形成されないのです。
 子ども同士がつながることや、その過程で学級がまとまるのを援助する、自己確立重視型の教師は、子どもの自己の確立が促進される形でルールを形成しようとします。
 例えば、話の聞き方や話し方、互いの人権を尊重することなど、人が社会生活を送るうえで必要な基本的なマナーです。
 このマナーがあって初めて、子どもたちは自分の話を聞いてもらえる、人からバカにされないと感じ、自ら他の子どもたちと関わろうとするようになるのです。
 つまり、学級のルールが学級内のふれあいのある人間関係の形成を支えているわけです。そして、このルールも子どもたちの考え方が取り入れられて成立していることが多いのです。
 このルールをもとに学習指導と生徒指導も行っていくわけですから、指導と援助のバランスがよいのです。
 子どもたちも教師にやらされているという感じがなく、主体的に学級生活をおくるようになるのです。
 学級集団の形成も、始めは親しい二人組の形成をめざし、学級内に孤立する子どもがでないように努めます。
 それが達成されたとき、二人組の相手をいろいろと変えていき、学級が子どもたちの人間関係で網の目のように結ばれているようにしていくのです。
 そのうえで、小集団での活動を実施し、それがうまくいくようになったら、中集団、そして学級全体集団へと徐々に拡大していくわけです。傷つくことを恐れる子どもたちの心情に無理のない展開です。
 学級集団は子どもたちの個々のつながりを通して、一つにまとまっていくのです。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)


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保護者に「協力してあげよう」という気持ちになってもらえるにはどうすればよいか

 新任教師のころは、はじめは子どもオンリーで保護者のことはあまり考えていません。
 それは仕方がないことですが、子どもを育てるためには、やはり保護者との協力や連携は欠かせません。だからこそ、保護者とは、いい出会いをしたいものです。
 始業式は、子どもにとってもいいスタートを切りたいときですが、同時に保護者も「今度の担任は誰だろう?」「今度の担任は、当たり、はずれ?」と気になっています。
 若い教師だと「若い先生は頼りないのでは」と思っていることも確かです。
 そこで、どうするか?
 始業式での保護者との出会いは、まず連絡帳です。慣れた保護者なら「どうぞ、よろしくお願いいたします」ぐらいは連絡帳に書いてきます。
 そのときに、担任が「みました」のハンコ一つで返すと、保護者は「今度の担任はダメ」とらく印を押してしまいます。
 そこで、ハンコだけでなく、担任からも「こちらこそ、ぞうぞよろしくお願いします」と書けば一応及第点はもらえるでしょう。
 さらにもうひと言
「連絡帳ありがとうございました。私もがんばりますので、今後ともどうかご協力のほどよろしくお願いします。何かありましたら、何でもお教えてください」
というように書くと「今度の先生はていねいだ。協力してあげよう」という気持ちになってもらえるものです。
 全保護者の連絡帳にひと言書けば、効果はもっとあがります。
 私はいつも始業式の日には、必ず全員の連絡帳にひと言書いていました。
「始業式の日のいつ書くの、そんな時間はあるの?」と聞かれそうですが、私は、教科書を配ったあと、子どもたちに名前を書かせてから、しばらくの間、教科書を自由に読ませていました。
 このわずかな時間に全員の連絡帳にひと言入れました。
 私は自分の顔のハンコ(絵と吹き出しスペースの入ったもの)を持っていましたので、それを押して、吹き出しに「担任の仲島です。よろしくお願いします」と書いておくだけでした。
 翌日は、ほぼ全員の保護者から「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事が戻っていました。
 たかが、ひと言の出会いですが、のちのち大きく影響が出てきます。変な言い方ですが、保護者を味方につけると、学級づくりは、まずうまくいきます。
(仲島正教 1956年生まれ 小学校教師を兵庫県で21年間勤務。指導主事を5年間勤務。年48歳で退職。2005年より教育サポーターとして、若手教師対象に、授業づくり・学級づくり・子ども理解等のセミナーを開いている。若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表)

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授業が荒れ、教師の指示を黙って無視する生徒がいるとき、どう授業すればよいか

 授業妨害はしないが、教師の指示を黙って無視する生徒がいる。
 新年度、最初の授業、教室に入ると机の並びがガタガタで横がそろっていない。靴を机の横に置いている生徒が3分の1程度いる。きちんとやることを面倒くさがる、けだるい雰囲気が感じられた。
 2人組みの音読するため、机の横の生徒とペアを組むように指示したのに、勝手に前後で組んでいるペアがあった。
 授業妨害はしないが「面倒なことや嫌なことを指示されたら、無視する」というものだった。授業は荒れ、教師のささいな指示が全員には通らなかった。
 授業が荒れているので、誰もができる問題と、授業の原理・原則に戻り授業を展開するようにした。
 その生徒たちが乗ってきた授業がある。
1 誰もができる問題
 
「ことわざを覚えよう」という、受験対策の次のような穴埋めプリントの答えを黒板に書かせる授業だった。
「次の(   )にあてはまる言葉を書きなさい」
(1)
犬も歩けば / (   )にあたる。
(2)
おぼれる者は / (   )をもつかむ。
(3)
臭いものに / (   )をする。
(4)
猿も / (   )から落ちる。
(5)
(20) 以下、省略
 黒板に1~20番まで番号を書いておいた。
 しばらくして「自分なりに終わった人は前に出て1つ書きます。どれでもいいです」と指示した。
2 空白禁止の原則と変化のある繰り返し
 早くできた生徒は、黒板に書きにいける。
 できなかったところは、黒板を見て写せる。
 書き終わった生徒は、ことわざを音読させる。
教師「ついて読みます」「犬も歩けば棒にあたる」
生徒「犬も歩けば棒にあたる」
教師「おぼれる者は、わらをもつかむ」
生徒「おぼれる者は、わらをもつかむ」
教師「今度は、私が前半、みんなが後半」「犬も歩けば」
生徒「棒にあたる」
教師「逆。みんなが前半」
生徒「犬も歩けば」
教師「棒にあたる」
教師「全員で」
教師・生徒「犬も歩けば棒にあたる」
こうやって、プリントを完成させる生徒を待ちながら何回も音読する。
3 激励の原則
 書きに出る生徒が少ない場合があります。
 そんなときは、黒板に書きに行くのを躊躇している生徒の肩の後ろからふれて「○○くん、△△番どうぞ」と言って、軽く背中を押してあげる。

 
「えー、先生これであってる?」などと、いいながらも、冷めたように見える生徒、おとなしい女子も前に出て書く。
 黒板が全部埋まったら、書いた生徒に読ませる。そして○をつける。
4 ペア活動で巻き込む
 ほぼ全員が書き終わったら。
教師「横の生徒と問題を出し合いなさい」「Aくんが『犬もあるけば』と言ったら、横のBさんが『棒にあたる』と後半を言うのです」
 ペア活動なら、横の生徒にうながされ、やらざるをえない。問題を出し合うので、覚えているかどうかの確認にもなる。
5 緊張場面を作る
 最後に
教師「私が前半をばらばらの順番に言うので、みんなは後半を言います」「おぼれる者は」
生徒「わらおもつかむ」
教師「猿も」
生徒「教師から落ちる」
も効果がある。
6 授業「指示、活動、評価、確認」のサイクルで授業を組み立てる
 教師の話を聞いてノートを取る授業が一般的である。指示を無視する生徒もいる。
 しかし、授業の原則を意識し、このサイクルでパーツを組み立てると、生徒は動くようになった。
 生徒の感想も「国語の授業は生徒参加型でいい」「授業がてきぱきしていて、わかりやすかった」とあった。
(
伊藤和子:1965年生まれ、山口県公立中学校教師)

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3学期、1年間の仕上げと振り返りをどのようにするとよいのでしょうか

 1年間の仕上げと振り返りはどのようにするとよいのでしょうか。
 学級の成長を振り返るだけでは、自分の努力や成長は確認できず「個人の自覚」がうながせない。成長を確認させ、自分のよさに気づかせるとよい。
 重点は「あなたは、こんなところで自分らしさを出しているね」と、お互いに言い合わせたり、それを教師が言うことで、係や当番活動などで表現される自分らしさに気づかせます。
 係や当番などで子どもが自分らしさを表現していた場面を、さりげない会話などで一対一で教師が伝え、子どもに自覚させる。同様に、仲間同士でアドバイスし合わせる。
 独自性に気づかせ、お互いの独自性を認めたうえでの協調をめざす。
 学級で協力した出来事を記録した掲示物や振り返りシートなどを見て、一人ひとりの役割と努力を発見し合う。
「自分はこれでがんばった」「学級の中の一人ひとりがすばらしい」という思いを残させたい。
 結果だけでなく、一人ひとりが挑戦してきた姿を浮き彫りになる具体的な資料を使い、自分の努力を実感させる。
 自分の成長の陰に家族や仲間の支えがあったと気づくことは、自分の存在の価値に気づくことでもある。支えてくれた人に感謝させる。
 卒業学年だけでなく、それぞれの学年修了の記念に文集を作る。学級会で話し合って内容を決め、仕事を分担して進めたい。
 別れ際に、感謝や励ましの言葉を述べながら握手をするのは「忘れないでね」のメッセージ。
「きっと覚えてくれる」と確信できたら安心して離れられ、新しいところでもがんばる勇気がわく。
教師が
「今まで言えなかった感謝の言葉」
「別れた後にも心に残るようなひとこと」
「新しいクラスでもがんばるぞ、いうファイトがわいてくるようなひと言」
を書いてあげましょうと言って、子どもたち一人ひとりが相手に対する別れのメッセージを紙に書いて贈り合うとよい。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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つまらない授業でも、子どもたちを乗せてしまうには、どのような方法があるのでしょうか

 「子どもたちを授業に乗せる一番のコツは?」と聞かれれば、私は迷わず「テンポを上げることです」と答えます。
 今どきの子どもたちは、テンポのないものが苦手です。普通のたいくつな授業のテンポを上げて、子どもたちを無理やり乗せてしまいましょう。
 テレビのバラエティ番組を見ても、芸人さんたちは、ものすごい勢いでしゃべり続けています。子どもたちは、教師の話すスピートはかなり遅く感じているに違いありません。
「お笑い」は勢いが大事です。テンポよく話を盛り上げていくと、笑いが起こりやすくなります。
 授業も同じです。テンポを上げれば、子どもたちは乗ってきます。つまらない内容でも、勢いだけで子どもたちを乗せてしまうことができるのです。
 授業のテンポを上げるためには「教師の話すスピードを速くする」とよい。
 私は意識して早口にしています。子どもも早口にした方がいい。早口は、子どもたちの集中力を高めます。
 話すスピードと分かりやすさは、あまり関係がないようです。私は授業中に次々と指示を出して、子どもたちを動かしています。
 指示をきちんと聞いて、子どもが早く動けばほめる。早く動かなければ叱る。目標タイムを設定して、やり直す。ここれをくり返して鍛えると、子どもたちは動きます。 
 今どきの子どもたちは、説明を聞くのが嫌いです。1分間も説明が続くと子どもたちは聞いていません。「説明を短くする」とよい。
 では、どうするか?「説明を短く分ける」とよいと思います。たとえば、
教師「今から俳句について学習します。俳句。はい」
子ども「俳句」(全員)
教師「俳句は、5、7、5の音でできています。5、7、5。はい」
子ども「5、7、5」(全員)
 早口で声を揃えて言えると、気持ちがいいです。クラスに一体感をもたらします。声出しは学級づくりにも有効です。
 クラス全員でやると、サボる子がでてきます。教師はそれを見逃さないことが大切です。そして、許されないことが大切です。これは、声出しに限らず、全てに共通したことですね。
 座り続けることが苦手な子がいます。そこで立ったり、座らせたりという「小さな」活動を入れるのです。数秒で、しかも手軽にくり返して行える活動をたくさん入れるのです。
 たとえば、
「全員、起立。○○と10回言ったら座りなさい」
「出来たら立つ」
「全員起立。言えたら座る。出来ていたら座る」
 子どもたちを動かしながら話をすると、子どもたちは集中して話を聞いてくれるはずです。
 たとえば、体を動かす○×クイズで、子どもたちに答えさせるのも、楽しいです。
 たとえば、理科の実験で
「アルカリ性の水溶液は、赤色リトマス紙を青色に変える」
「○か、×か?」
「せーの、ドン」の合図で、子どもたちは○×のポーズを出します。
「正解は、・・・・・・○」と、もったいぶって正解を発表すると、子どもたちから歓声があがります。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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子どもたちとの関係がうまくいかない、クラスがまとまらないとき、どうすればよいでしょうか

 子どもたちとの関係がうまくいかない、クラスがまとまらずバラバラになってしまう、といった嘆きを教師からよく聞くようになりました。
 教師の子ども対応の仕方が少しずつズレるために、教師の思いや意図が子どもに伝わらず、子どもたちから反発され、クラスが荒れてしてしまう、といったケースが多いのです。
 子どもと良好な人間関係を形成するためには「教師の人間的な魅力」を子どもに伝えることが第一歩となることが調査結果でわかりました。どのようにすればよいのでしょうか。
1 子どもに親しみを感じてもらう
 担任が替わると「どんな先生だろう」と、子どもたちは教師を観察します。
 子どもたちとの関係づくりの第一歩は、親しみを感じてもらうことです。教師の表情や声のトーン、身ぶり、手ぶりなどが教師の印象を決定づけます。
 たとえば、笑顔で接する。子どもたちの話をおもしろがって聞く。いまできていることをほめる。といったように、おだやかな表情で接し、子どもたちに親近感や受容感をもたせることが大切です。
 子どもたちは、教師の表情や感情に敏感に反応します。教師が「感動した」「うれしい」「楽しい」と率直に表現してみましょう。
 教師がプラスの感情を全身で表現するとクラス全体の雰囲気がなごみ、自然と笑顔があふれます。子どもの笑顔が多いと、子どもとの関係は良好であるといえます。
 子どもと話すことを楽しむ
 子どもと話す時間をつくり(例:2時間目の休憩時間や放課後)、教師が子どもとの会話を楽しむことが大切です。声かけが特定の子どもやグループばかりにならないように配慮します。
 子どもたちの話題に興味を持ち、話しかけることで、教師が子どもたちのことを知り、理解する。
 逆に、子どもたちにとっては、教師の人間的な魅力に気づき、親しみを感じる機会となります。
3 教師の思いや経験などを率直に話し、自己開示する
 教師がいつも「○○してはいけない」「○○すべきだ」と「正しさ」ばかりを強調すると、子どもは堅苦しさを感じ、常に行動を評価されている気分になります。
 子どもと話をするとき、教師という役割を脇におき、ひとりの人間として、自分の思いや感情、失敗して何を学んだかなどを伝えましょう。
 教師が、自分たちと同じ失敗や挫折を経験してきたことが、子どもたちに伝わります。その結果、子どもたちは教師に人間的な親近感をもつようになり、子どもと良好な関係を築くことにつながります。
 子どもを指導するときにも「先生は○○だと思う」と、意見を率直に話すと、子どもは指導を受け入れやすくなります。
 教師の方から子どもの名前を呼んであいさつをする
 今の子どもは他者から拒否されることを過剰に心配しています。あいさつは人と人が関わるきっかけになります。
 そこで、教師の方から子どもたちにあいさつをし、変化に気づいたらひと言、加えてみましょう。「あなたのことを気にかけている」というメッセージが伝わり、子どもたちは安心して教師との関係がつくれます。
 たとえ、子どもから返事がなくても、毎日続けることが大切で、積み重ねが信頼関係の基盤となっていきます。
 子どものがんばりを認める
 子どもは自分の存在を教師に認められたいと思っています。
 その子なりに、頑張ったプロセスや小さなことでも成果を見逃さず「見ていたよ」「知っているよ」と、具体的に一人ひとりの子どもに、さりげなくほめ言葉をかけます。
 教師がどう感じたかを「わたしメッセージ」で伝えます。教師が感情を率直に表現すると、子どもたちとの心の距離が縮まります。
 会話を楽しみ、ユーモアを大切にする
 授業中の規律など、けじめをつけることは大切です。しかし、教師がいつでもまじめな態度で接していると、クラスが堅苦しい雰囲気になってしまいます。
 そこで、子どもと他愛のない会話を楽しみ、ユーモアを織り交ぜて、適度にメリハリをつけます。
 ユーモアは、教師がひとりの人間として「私はあなたを攻撃しませんよ」というメッセージでもあります。
 子どもたちは教師に親近感をもつようになり、教師と子どものあいだに良好な関係をつくることができます。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭・教育相談員を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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親から学習指導への不満が出たら、どのような対応をすればいいのでしょうか

 勉強は親の重要な関心事です。子どもが学校の勉強を理解しているかどうかは、親にとって関心が高いものです。
 テストの点数が悪かったり、家で子どもが「勉強がわからない」と言うのを聞いたりして「どのような指導をしているのか」と、クレームを言ってくる親がいます。
 どのような対応をすればいいのでしょうか。
 このようなクレームを言ってくる親は、テストの点数にショックを受けたり、子どもが「わからない」という言葉に感情的になったりしていることが多い。
 ただ謝るだけでは、親に「頼りない」と感じさせることになります。
「どこがわからないのか、明日、本人に聞いて対応します」と、「対応する」という姿勢を明確に伝えることで、親に安心感を与えるようにします。
 冷静に「どの教科の、どこがわからないのか」を子どもから聞いて、対策を考えます。
 より具体的な対処を考えていることを伝えることで、親を安心させましょう。
 たとえば、九九がネックになっているのであれば、親から連絡があった翌日から、九九を覚えさせたり、筆算のやり方を理解していなければ、授業で確認したりと、その子に応じた対処をします。
 さらにこんなやり方もあります。テストで間違ったところを、再度、○が付くまで考えさせたり教えたりして、すべて○がついた状態にします。
 あるいは、授業の中で全員で復習する方法もあります。「しっかり対処している」ことがわかるようにすることが大切です。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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私は授業している教師がどの程度の技量があるか数分で分かる

 私は、目の前にいる教師がどの程度の技量があるかを、10分ほど話せば分かる。
 授業の場面なら3分もあれば、教師の技量の見当はつく。どこで見極めるか。
 たとえば、表情である。技量ある教師は、表情が豊かなのだ。
 子どもと視線が合うと、その瞬間に、表情が変化する。そのような教師は技量が高い。
 そして、基本の表情に戻ったときには、そこに安定して「相手を大切にする」という基調がある。
 その基調となる表情には「子どもたちが好きでたまらない」という感情が見て取れる。
 また「教壇に立つことが楽しくてしかたがない」との表情も、基調としてほしい。
 新任の教師で、教師の技量が乏しくても、これがあるのなら、間違いなく教師として着実に伸びていく。
 教育技術で賞をもらい続け続けるスーパーな教師から聞いた話がある。
 
「9種類の笑顔を使っていますよ」
 
「子どもを一度も叱ったことないけどね。子どもはしっかりしていきます」
と言う。
 この話を聞いて、教師ならおよその見当がつかなければいけない。
 自分に何種類の笑顔があるか自己評価をし、9種類を考えてみるのが普通だろう。
 力量のある教師は、9種類の笑顔を当然のことと思うはずである。
 もちろん、教師として必要な力量は、他にもいろいろとある。
 教師は、子どもや保護者と向き合ったときに、もっと現実的なところで悩む。
 どの教師も同じような問題を経験し、その中からスキルを身に付けていくのである。
(
小林正幸:1957年群馬県生まれ、東京都港区教育センター教育相談員、東京都立教育研究所相談部研究主事等を経て東京学芸大学教授。不登校を始め学校不適応、ソーシャルスキル教育、教育相談、教育技術を研究)

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保護者ができないことをしてくれる教師は、保護者が味方をしてくれる

 保護者が味方をしてくれる教師はどのようなことをしている教師なのでしょうか。
1 友だちをつくってくれる教師
 家庭で解決できないことの一つに、子ども同士の人間関係がある。
 親がどんなに努力しても、子どもの友だちを代わりにつくってあげることはできない。
 私はクラスの子どもたちに次のような遊びの方針を伝えた。
(1)
学校は勉強する所でもあり、友だちとうまくつきあうことを勉強する所でもあります。
 ですから、友だちが「仲間に入れて」と言ったら、必ず「いいよ」と言ってください。
(2)
仲間と協力して遊ぶ力をつけるために、1週間に2日、みんなで遊びます。もちろん先生も一緒に遊びます。
(3)
みんなで遊ぶ種目は、みんなが一人ひとりやりたい遊びを順番にやっていきます。一学期のあいだは、遊びのリーダーは先生がやります。
 個人面談や家庭訪問、保護者会でも担任は保護者に「クラスの友だち関係については・・・・」とか「Aさんは、今Bさんと・・・・」といったことを具体的に伝えてあげます。
 友だち関係がうまくいかずトラブルをおこす子どももいます。
 友だち同士、うまい関係をつくれる教師は、間違いなく保護者から信頼され、味方になってくれます。
2 子どものためになる話をしてくれる教師
 わが子を先生が成長させてくれたと実感できると、保護者は間違いなく、よい教師だと思い信頼してくれる。
 子どもは、先生から教えてもらった、子どものためになる、おもしろくてわかりやすい、役に立つ話を、家に帰って親に自慢げに話すのが大好きだ。
 誰だって、おもしろい話を聞けば、他の人に伝えたくなる。
 このような話をいっぱい持っていて、子どもたちに話ができるようになればよいのだが。
3 困っている時に、すぐに手をうってくれる教師
 保護者が先生を頼って相談に来る、また苦情を言いに来るというのは、よほどのことである。
 よほどの困っていることでなければ、ふつうの保護者は担任を頼ってこない。
 こんな一大事な時にこそ、すぐに手を打ってくれれば、さすが先生と思い、保護者は必ず味方をしてくれる。
 だからこそ、保護者からのお願いには、何をおいても、すぐにやるのが一番なのだ。
4 よい習慣づくりをしてくれた教師
 たとえば、家庭学習をさせることに苦労している保護者から
「先生になって、毎日、根気よく宿題をする習慣をつくってくれました。あれだけ身に付きにくかった家庭学習が、みちがえるように、この一年でできるようになりました。本当に感謝しています」
と、連絡がありました。
 読書する習慣、勉強する習慣などを育てると、保護者から感謝され味方してもらえる。
5 連絡帳によいことを書いてあげる教師
 連絡帳は悪いことをしたら書くというイメージが強い。
 よくなったことや、頑張っていること、その日に特別よいことをしてくれたこと、を家に連絡するほうが、保護者に喜ばれ信頼される。
 子どもを伸ばすことにもつながる場合が多い。付箋紙に一言でもいいから書いて、連絡帳にはるのもよい。
(
大場寿子:1961年静岡県生まれ、東京都公立小学校校長)

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教師は人好きで、子どもとエンジョイでき、気さくで、打てば響き、覇気がなければならない

 教師の性格に問題があると、よかれと思ってしたことでも、子どもを傷つけ、子どもに恨まれることにしかならない。しかし、当人は気づいていない。
 教師は人に接する職業であるから「人好き」でなくては勤まらない。教師は子ども、保護者、同僚、管理職、地域の人々などとの接触が日常の仕事の大半を占めているから「人嫌い」の教師にとっては教職が苦行になってしまう。
 では、どういう教師が「人好き」の教師なのか。「自分を受け入れている教師」である。
 たとえば、男らしくない自分を嫌悪している教師は、クラスのなよなよした男の子はとかく無視しがちになる。自分を見る思いをするからである。
 もし自分を受け入れているならば、自分と同じような男の子を見ると励ましてやりたくなるものである。
 子どもに接する教師は自分の中の子ども心を許容し、それをエンジョイできるのでなければならない。
 教師は、自分が教師であることをエンジョイしなければならない。
 自分は教師になるべきではなかったとか、自分は教師にしか向かない人間であるとか、こういう自己否定的な態度では、子どもを受け入れ、子どもとともに人生を過ごす喜びにならない。
 教師は、きさくでなければならない。子どもたちが気楽に「先生!」と寄って来やすい人柄でなければならない。
 どういう教師がきさくな教師か。人に対して構えが少ない教師である。
 構えるのは、人から攻撃されるのがこわいからである。自分の生地をまるだしにすると、人になめられる不安があるからである。
 つぎのような人たちは構えが強い。笑顔を見せない、冗談が通じない、タテマエしか出てこない、強がりを言う、人の欠点ばかりあげつらう、知らないことを聞かれたとき「知らない」と素直に言えない。
 状況に適した行動をとるという柔軟さを身につけることが「構え」をとる一つの方法である。
 そのためには、幼少期のしつけを自ら打ち破り、自分で自分の行動のあり方を変容させなければならない。この作業を自己分析という。親からの心理的乳離れである。
 教師がきさくになるための第二の方法は「教師」という役割から抜け出してもよい状況のときに抜け出す勇気をもつことである。
 教師という型にはまった人間になって、本当の自分、ユニークな自分、ホンネの自分を出さないで、世の中をわたる癖がいつのまにかついてしまっていることがある。
 あの人はきれいごとしか言わない。タテマエ主義と映る。だから心の触れ合いがもてない。
 しかし、教師は、必要な瞬間にはホンネの自分を打ち出す勇気がなければならない。
 不安があっても危険をおかす勇気をもつ。子どもたちが信用する教師というのは、そういう教師である。
 教師の仕事は、子どもの行動の良し悪しを明らかにし、これを教え導くことにその本筋がある。
 そのためには、枝葉を切り落として、本質に迫る知力と気力が必要である。毅然とした態度が求められるのである。
 打てば響く教師でなければならない。打てば響く教師とはどんな教師か。子どもたちと同じような感情体験をもっている教師である。
 子どもの頃、先生に好かれなかった教師は、教師と折り合いの悪い子の気持ちがよくわかる。
 今まで順調に人生を過ごしてきた教師は、おそまきながら、人並みの世間を知るのがよい。せめて間接体験をたくさん積むとよい。
 つまり、さまざまな人生体験を経てきた人たちと積極的につき合う、今の自分の環境とちがった状況に身を置く、さまざまな問題生徒とじっくりつき合ってその心情を教えてもらう、さまざまな異なる世界の本を読むことである。
 教師は人生をエンジョイすることが望まれる。人生に憎悪があっては人生を楽しめない。結果の良し悪し、成功・不成功を問題にする生き方では人生を楽しむ余裕がない。
 人生を生きるとは、時の流れの瞬間瞬間を味わうことである。瞬間を味わって生きる姿勢が教師にとって大切な資質ではないか。
 教師は覇気、ガッツがあること。
「子どもになめられて授業ができない」など相談にやって来る教師で、スポーツのできる人に出会ったことがない。
 こういう人の特徴は青年らしさがないことである。私は処方箋の一つとして、攻撃性を外向化できるスポーツをすすめている。
 水泳とかのように単独プレイより、剣道とか野球とか、相手に攻撃性をぶっつけるスポーツをすすめることにしている。
 スポーツにおける攻撃性は、憎悪のない攻撃性である。ゆえにスポーツマンの教師であれと、私はいいたいのである。
 人間はやさしさや、愛だけでは生きていけない。そういう母性のほかに父性つまり粉砕精神を必要とする。今日の教師にはこれが欠けているように思う。
(
國分康孝:1930年大阪府生まれ、 東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長などを歴任し、日本教育カウンセラー協会会長。構成的グループエンカウンターを開発した)

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若い教師が信頼され魅力的な教師になるには、どうすればよいか

 多くの教師は、社会常識を誰からも教わることなく、いきなり「先生」としての立場に身を置くことになる。
 それが十年も続くと、限られた学校という世界だけで世の中をとらえ、価値判断のすべてとなる。
 教師は社会勉強が求められる。世間では人に挨拶するのは当然である。挨拶をあまりしない教師がいる。生徒は口にださないが「生徒に『挨拶しろ』と言う、あの先生こそ、挨拶しなければならないのに」と心の中で思っている。
 人に挨拶をしないというのは「あなたに忠誠を誓わない」というシグナルである。組織内は死を意味する。
 社会常識は名刺の出し方、部屋に入る順番、上座下座などいろいろある。それを教師にしっかり教えてくれる制度はない。歳を取っても非常識の見本のような教師もいる。
 非常識に気づいて行いを改められた人は、確実に一歩成長したといえる。
 私はある人から「やる気と本気の違い、わかりますか?」と質問された。私は答えられなかった。その人は
「やる気には、見返りを期待を期待する心があるのですよ。それが本気となると、見返りを期待するという心が消えて、使命感に変わっているのですよ」
「本気の人の前に立つと、その迫力に圧倒されます」
 果して私は、これまで「本気」になったことがあるのだろうか。使命感があるのかを考えた。私の本気度がまだまだ甘いことに気づかされた。
 仕事を通じて人は成長する。どれぐらい夢中になれるのか、どれくらい情熱を傾けられるのか、現実を生きていく中で少しずつ人は育まれていく。
 泥臭い人生の中にだけ「やりがい」という輝く原石が転がっている。好奇心を失うことなく充実した人生を実現したい。
 自らの強烈な願望と実現しようとする強固な意志が人生を成功へと導く。
 日々、突発的にいろんなことが起きる。それらを冷静に判断しながら、優先順位を誤らぬよう課題の解決をはかっていくことが大切である。
 課題を解決しようとするときは、事実を確認し、メモを取って残しておくとよい。
 課題を解決する場合、組織で動くのが基本である。これを怠ると大きなミスにつながるし、ミスをしても誰も助けてくれない。
 しつこいぐらいに同僚や管理職に報告・連絡・相談(報連相)をし続けることが求められる。そこから信頼が生まれる。逆にそうしなければ信頼は得られないということだ。
 信頼は日常の行いの積み重ねから生まれる。誰に対しても誠実な姿勢を貫くことが大切である。あなたが信頼されるか、されないかは、関係者の人々の総意で、決まっていく。
 仕事で成功する近道は、自分の得手は何かということに早く気づき、それをさらに伸ばすことである。興味関心のあるテーマについて、本を読んだり、人から話を聞いたりして高質な情報を手に入れるよう努めよう。
 それを十年ぐらい継続する中で、少しずつ自分自身の適性が形成されてくる。あなただけのスペシャルな力を身につけよう。
 自分自身の日常の行動や意識を改革するためには、気づいたことをメモに取り、その日のうちにまとめて振り返り、実践を積み重ねないといけない。
 分ったと出来るは全然違う。出来るまで何度も何度も振り返りながら、実践を繰り返すしかない。
 毎日の振り返りと実践の繰りかえしが「出来る」状態にまで自らを高める唯一の方法である。
 仕事を通じて学び、自己の成長が実感できるようとことん取り組み、魅力ある教師になろう。
(
江口宗茂:1959年兵庫県生まれ、学習塾を20数年、組織運営を経て、教育コンサルティング業務会社設立、2011年~2016年私学の中・高等学校の学校長歴任の後、教育コンサルティング業務再開)

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荒れた学年の担任になり、生徒の暴走を止められず休職に追い込まれた

 私(教職経験十数年)は中学一年生の担任になりました。この生徒たちは小学校二年生で、すでに学級崩壊になっていました。
 万引きや喫煙、いじめなどの問題行動で指導がたいへん難しいという、小学校からの申し送りとともに入学してきました。
 それを収めるために、小学校では屈強な男性教師が担任になって、忘れ物をしたら班ごとに連帯責任で校庭を走らせるなど、かなり強い指導をしていました。
 抑圧された小学校を経て、中学校でたががはずれ暴走させてしまったのです。
 生徒同士のトラブルが頻繁に起こり、すぐに学校を飛び出して家に帰ろうとしたりしました。
 それは授業中も休み時間も変わりがありませんでした。何時間も机にふせる子、何かにおびえロッカーから出てこない子、カッターを握って、他の生徒を追いかける生徒もいて、このままでは誰かがケガをするという危機感を持ちました。
 今まで見たことのないような行動でした。
 陰で、周りの生徒の気持ちを逆立てているボス的な生徒、授業をワザと荒らしている節も見られます。
 目に見える問題行動のほとんどは男の子で、女の子の多くも、人間不信、学校不信、自己肯定感の低さが根っこにありました。
 
「どうせ言ってもわかってもらえない」そんな声は女の子からよく出ました。
 保護者会や家庭訪問で状況を報告するとともに、協力をお願いしました。私は朝7時には教室にいて、登校してきた生徒たちと雑談をしました。
 しかし、もう何をやってみても空回り、状況はどんどん悪くなる一方で、職員室での他の教師の視線も冷たく、批判的に感じられました。
「うるせー」「死ね」「帰れ」そんな怒号の中で、私は担任をしている自分の存在理由がわからなくなりました。
 今思えば、もうその頃には私の精神状態がかなり参っていたのだと思います。
 今日は何が起こるのか、誰が爆発するのかと、気持ちが休まる時がなくなり、常に動悸がして、不眠と食欲不振に苦しむようになりました。
 朝、起きられず、勇気を振りしぼって起き上がると、吐き気と頭痛におそわれました。
 家族の朝食は夫が作り出勤するという状態が一カ月ほど続き、このままでは家庭も仕事も共倒れになると思い、休職を決めました。
 数年を経て、やっとそのときのことを話せる勇気がもてるようになり、当時の自分を認められるようになりました。
 生徒同士、教師と生徒とのちょっとした歯車の噛みあわせのズレで、さまざまなことが起こりうるのだと思いました。
 私の、初期の子どもの状態の見きわめの不十分さから、生徒の実態に合わせた学級指導ができなかったという事実を謙虚に受けとめたいと思います。
 復職後、転勤して、私の前にはもう違う子どもたちがいます。
 同じ苦しみを味わう子どもたちが出ないように努力していくこと、そして、私の経験を話していくことが、今の私にできることだと割り切って、今は充実した毎日を送っています。
(
岩手県(匿名)中学校教師)
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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«私は子どもたちから敵だと見られていた六年生の学級の担任になった