初任者の共通する授業の特徴と、どのようすれば授業の改善ができるのでしょうか?

 初任者がまず悩むのは、教科書をどのように教えたらいいのだろうか。どのように授業を始めたらいいのだろうか。発問はどうするのか。子どもたちのノート指導はどうするか。戸惑うばかりで、時間ばかりが過ぎてしまう。
 初任者が次のような状態で授業ができるようになれば、まずは合格点をあげることができる。
(1)
子どもたちの顔を見ながら授業をしている。
(2)
きちんと、はっきりした声で、子どもたちに話をしている。
(3)
机間指導ができている。
 この状態をまず授業で作りあげることが最初の関門である。このことは簡単ではない。
 授業づくりに慣れてきたら、次に考えることは「導入でのひきつけ」である。どうするか。次のことぐらいはできるようにする。
(1)
復習問題を出す。
(2)
いきなり写真を出して「何の写真でしょうか?」と問う。
(3)
「物」を出して、それを子どもたちに見せる。
 特に「物」は大切である。授業への興味・関心が膨らむ。授業づくりには欠かせない。
(4)
音読から入る。
 日常の授業で教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 例えば、国語の「大造じいさんとガン」の教材研究は
1 教科書を読む
 最低2回は読むようにしたい。場面分け(教科書では4場面に分けてある)が必要である。
2 指導書で確認する
(1)
単元目標を確認する
 場面の移り変わりに気をつけて、中心人物の行動や心情の変化を読む。
(2)
指導したい具体的な目標
 単元目標を確認できたら、自分なりに「指導したいこと」に落とし込んでいくが必要である。自分なりの指導イメージが「具体的な目標」である。
 例えば、大造じいさんの残雪に対する気持ちの変化を読み取る。
(3)
1時間ごとの指導
 最初は指導書を参考にしていけばいい。
 実際の授業の流れは「始め-中-まとめ」、どんな「発問」「活動」をさせようかと、とメモ書きし、イメージができればよい。
 ほとんどの初任者の授業を見ていると、共通する特徴は教師が授業の8~9割をおしゃべりする授業である。
 それをなくすためには、教師が子どもたちに発する言葉を「説明・発問・指示」に区別するところから始まる。
 たとえば、「説明」で、勉強することを分かりやすく伝え「発問」で子どもたちの思考に働きかけ「指示」で子どもたちの行動に働きかけるのである。
 教師のおしゃへりを、せめて5割に収めていく必要がある。そのためには
(1)
ノートに書かせる。
(2)
発言させる。
(3)
話し合いをさせる。
(4)
作業や身体を使う活動をさせる。
 初任者の授業はほとんどが「挙手発言」型の授業になっている。いつもよく挙手する3,4人の子どもたちに指名をして、先に進んでいく授業である。
 だから、最大の問題はほとんどの子どもが傍観者になることである。「挙手発言」型の授業は、かなりかたよった進め方と言わざるをえない。では、どうすればよいのでしょうか。
 授業は子どもたち「全員参加」をどのように組み込んでいけるかにかかっている。その基本型は
(1)
学習課題を確認する。
(2)
学習する課題について説明する。
(3)
発問して、子どもたちが考える。
(4)
子どもたち一人ひとりが答えのよう予想をノートに書く。
(5)
ペアで話し合う。
(6)
発表する。
(7)
教師がまとめる。 
 初任者は授業技量というのはすぐには身につかないものである。子どもたちの学力が身についているのか気になる。学力をつけるためには「基礎・基本」を毎日くり返し練習させるとよい。
 例えば、
(1)
国語の授業:漢字タイム(5~10)、音読タイム(5分)、本時(30)
(2)
算数の授業:前時の復習(5分)、本時(35)、本時の復習タイム(5分)
 このような分割法の授業を積み重ねを毎回することによって、きちんとした基礎的な学力を保障していくことになる。
(
野中信行:1947年生まれ、元横浜市立公立小学校教師、学級組織論を研究、実践を私家版で発行した。全国各地で教師向けの講座やセミナーを行っている)

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教師が身につけておきたい、子どもたちの「話し合う力」の指導ポイントとは

 子どもたちの話し合いに必要な指導のポイントとして、私は次の3点をあげたいと思います。
1 全員参加を保障する
 話し合いが始まると、どうしても一部の子どもたちが活躍するという現象がおきてしまいます。
 数名だけが活発に発言をして、残りの多くの子どもが聞き役になり、次第に手遊びを始める、という現象です。
 このような状態が出てこないようにするために、次のような指導を行います。
(1)
自分の考えや意見をノートに書かせておく
 話し合う前に個人作業として書かせておきます。
(2)
ノートにびっしりと書かせる
「箇条書きで、たくさんかきなさい」と指示を出します。
 ノートは話し合いに参加するための作戦基地です。
 準備をしっかりとさせておく指導が、話し合いを充実させるのです。
2「見える化」を心がける
 話ことばは消えていきます。書き言葉との大きな違いです。
 子どもたちのメモ力が十分でない時期は、教師が出された意見を板書するようにします。つまり「見える化」を心がけるのです。
 このときのポイントは、発言された意見の流れがわかるように、横書きにすることです。どの意見に、どのような意見が継がれたのかがわかるようにするのです。
 この「見える化」を行うことで、言いっ放しで終わる話し合いではなく、かみ合った話し合いが成立するようになります。
 子どもたちには「〇〇さんは、・・・・・と言いましたね。でも、私は・・・・・・・・・・」という「相手の意見を引用する」という技術を教えます。
3 新たな発見や気づきを促す
 話し合いをさせた後は、必ず振り返りを行います。
ポイントは
(1)
うまくいったところと、その理由
(2)
うまくいかなかったところと、その理由
を出させる、ということです。
「相手の意見を予想していたことがよかったです。なぜかというと・・・・・・」
「お互いの意見を否定しないで、いいところを認め合うようにしたらいいです。その理由は・・・・・・」
といった発言を引き出したいものです。
 話し合いをそのままにしておくと、子どもたちは、発言した回数や勝ち負けだけに目が向いてしまいます。
 それでは、話し合いの技術も伸びず、話し合うことの価値にも気づきません。
 話し合うことは、その場にいる全員が参加し、みんなで創り上げていくものであり、繰り返し体験することで、その力が身についてくることを実感させたいものです。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞
)


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生徒から暴力を受けたのに保護者から訴えられ裁判になった、どう教師は対応したか

 教師になる前に会社員だった私にとって、上司への報告はどんな小さなことでも、短く報告することの大切さは、身にしみていた。
 何かあったとき、最終的な責任を負うのは、やはり上司であったからだ。
 この「たった一言の短い報告こそが、職場でのコミュニケーションをつくり、一緒に仕事をする中で信頼関係をもたらす」のである。
 私は幸いなことに校長や同僚教師との人間関係で悩むことがあまりなかった。
 教師になりたくて、やっと教師になったのに、辞めたくなるような事件がおきた。
 私が中学3年生の担任をしているとき、2学期の期末テストの前に事件が起きた。
「ペンチを返しなさい」と、ペンチでいたずらをしていた男子生徒2名に注意した。その言葉に2名の生徒は逆切れした。
 私の持っていた教科書の入っていたカゴを蹴り飛ばした。そして、いきなり私に掴みかかった。私は手を出したらこちらの非となると考え、手出しは何もしなかった。
 その後、直ちに警察に通報し、被害届けを警察署に提出した。すぐに診断書を取り、公務災害の手続きを取った。幸い、校長も学年団も教育長も私を助けてくださった。
 事情説明の保護者会では、該当生徒の仲間内の保護者が次々と学校を非難した。しかし、学校側の措置を応援して下さる保護者の声の方が大きかった。
 そんなとき、組合活動に熱心な教師は「子どもの気持ちを考えていない措置だ」と被害届を出した私を非難した。組合員の私に、組合は何も手助けしてくれなかった。
 該当生徒の保護者は、事件直後、教員委員会を訪れた。学校を非難し、謝罪の言葉や子どもの非を認める言葉は一切なかったそうだ。
 教育長は「わしに任せとけ」と私に言って、保護者の訴えを一蹴された。
 保護者から事件の依頼を受けた弁護士が来校された。
 弁護士は「今回のケースは、生徒側の全面謝罪しかない。しかし、保護者は学校側の責任を追及する考えであり、とてもお受けできないと考えている」と、話しされた。
 すると、保護者の態度が豹変した。謝罪なしで判決を迎えることは不利と考え、家庭裁判所での判決の前に何とか、私へ謝罪をしたいと申し入れをしてきた。
 私は申し出を断った。弁護士経由で送られてきた手紙は、開封せずに弁護士あてにお返しをした。
 結局、鑑別所送致、試験観察処分となった。処分が決まり学校へ復帰すプログラムが組まれた。
 まず、最初に私への謝罪である。私は両親、管理職、教育委員会、生活指導の立ち合いを求めた。私は謝罪だけお聞きし、許すとも許さないとも答えなかった。
 冬休み中に半日、登校させ、校長を中心に訓話や授業、作業をした。今後、どう生活していくのかと作文や誓約書などを見せてもらった。
 保護者との今後の方向性についての話は校長にまかせた。
 誓約書には「ちゃんと授業に出ます」保護者も「出させます」と書かれていた。
 しかし、やがてポツポツと授業を空けた。授業中にいないときは所在確認をした。欠課時数を正確に記録し、保護者に伝えていただいた。
 授業に出席している生徒の小テストなどは記録に残し、授業を受けていれば点数が取れる事実を示し「授業が悪い」と言わせないようにした。
 その生徒だけに必要な連絡でも「学級全体」に話をした。私が連絡したことの証拠を残すためだ。
 教師が言っても、生徒が「そんなん知らん」、保護者が「子どもは聞いていない」といった学校の対応への苦情が何度もある。
 知っていても、自分に都合が悪くなれば「知らなかった」という生徒の言い訳を封じるためだ。
「うちの子にだけ意地悪している」という言いがかりをつけられないためでもあった。
 教師からの配布物を欠かしたことはなかった。プリントの隅に私が生徒の名前を書き、隣の子に机の中に入れてもらった。これも確かに渡したという証拠を残すためだ。
 仕事なのだから、理不尽なことがあっても、我慢しなければならないときもある。それも給料のうちだ。
 しかし、何でも我慢する必要はない。卑下することもないし、自分だけを責める必要もない。
 ただひたすら、風をよける方法を考え、実行すればいいのだ。
 支えてくれる同僚や仲間や管理職と、現場で培った先輩教師の知恵をお借りすれば、必ず乗り越えることができる。神様は乗り越えられない試練を与えない。道は必ず開かれる。
((
向井ひとみ:兵庫県公立中学校教師
)

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教師の言葉かけ一つで、子どもたちは成長もし、つぶしてしまうこともある、どう話せばよいか

 教師の仕事の大半は話すことではないでしょうか。しかし、どれだけその大切さを自覚しているでしょうか。
 教師の言葉かけ一つで、子どもたちは成長もしますが、つぶしてしまうこともあります。
 例えば、掃除をまじめにやらない子どもを注意することがあります。
 感情をむき出しで注意をしてはいませんか。くどくどとしつこいくらいに注意していませんか、とげのある言葉で注意をしていませんか。
 子どもたちは、自分のしていることが、いけないことだとわかっています。頭ごなしに注意すると「今度は気をつけよう」という自省の心が生まれてこないでしょう。
 かえって「なんだ、この先生は!」という反発の心が芽生えてくるのではないでしょうか。
 まず、子どもの話を聞きましょう。それから、静かに子どもの心に響くような注意をしたいものですね。
 子どもが自ら問うようにしなければ、子どもたちは同じような失敗を繰り返します。
 よい言葉には、二つの大事なことがあります。
 その一つは「責任のある言葉」です。
 例えば、授業中におしゃべりをしている子どもがいて、教師が「静かにしなさい」と注意したとき、静かにさせる方法を示すか、静かになるのを待つべきだと思います。
 静かにならないまま授業が進められることはありませんか。言葉に責任を持たなければならないと思います。
 もう一つは、子どもへの「愛情のある言葉」ではないでしょうか。
 うわべはやさしい、ていねいな言葉であっても、どことなく冷たい感じを受けることがあります。
 子どもたちは、この先生は私たちを好きではないと直感的に感じるのではないでしょうか。
「よく聞く子どもは、よい子ども」と言われます。
 話すことと同じように聞くことが大切なのです。教師がよい聞き手でありたいように、子どもたちにもよい聞き手であってもらいたいものです。
 聞くことの大切さの他に大切なことは「子どもたちに伝わる」話し方です。そのためには、
(1)
声の大きさ
(2)
話のスピード
(3)
はっきりとした言葉で話す
(4)
具体的に話す
 子どもたちに話をするときは、できるだけ具体的に話をしたいと思います。
 言葉だけでなく、図で示してもよいでしょう。
 子どもたちに話が伝わったかを確認するには「わかった人」と問うのではなく「よくわからなかった人?」と問うようにするとよいでしょう。
(5)
端的に話す
 教師の話はだらだらと長いものです。どんなにすばらしい話でも効果は半減します。聞いているうちにピントがぼけてしまいます。
(6)
一時に一事を話す
 あれもこれもと話すと、子どもたちには伝わらない。
 話すことを分けます。分けることが、わかることに通じます。一つのことについて話すようにします。
(
奥平厚洋:元千葉県公立小学校教師
)

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保護者から服装や髪形、持ち物など生活指導へのクレームが来たら、どうすればよいでしょうか

 服装や髪形、そして持ち物など、生活指導についての保護者からのクレームはあとをたちません。
 保護者から「服装や髪形は個人の自由ですよね!」と言われたら、どうすればよいでしょうか。
 生活指導についての保護者からのクレームは、教師が一人で対応してはいけません。
 学校全体に関わることですから、生活指導主任や学年主任に必ず報告して指示を仰ぎ、すぐに回答することは避けましょう。
 学校は集団生活を学び基礎学力を身につける場です。「個人の自由」がすべてまかり通って良いわけがありません。
 保護者からのクレームに、何でもかんでも恐れ入る必要はありません。丁重に、しかし堂々と「学校の目的は」「集団生活とは」と、教師としての論を示しましょう。
 持論を堂々と伝えることで、他の子どもの生活指導にも一貫性ができます。
 それでも、直す気がないのであれば、それは仕方ありません。教師は、堂々と意見を述べたのです。「正しいことは正しい」と見解を示すことが大切です。
 以前「願掛けのミサンガを外したくない」と、申し出た子どもがいました。親も同じ意見です。
 その子のことには触れず「必要のない物を学校に持ち込まない」ことを学年集会で子どもたちに話し、ほとんどの子を納得させました。
 周りの子の様子を見てか、その子は次の日からミサンガを外して登校するようになりました。
 きまりを守る雰囲気をしっかり固めておけば、子どもは、なかなか逆らうのは難しいものです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる
)

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授業中、子どもが騒ぎ出したとき、どうすればよいかわからない場合、その対処法とは?

 子どもたちの騒ぎの元を冷静に分析して、つぎのように対処する
 子どもの側に問題があるとき
(1)
乱暴な子などが学級をかきまわす
 教師の言動や子どもたちの応答をきっかけに、笑ったり批判したり、動き回るなどして騒ぎの原因をつくる。
(
対応)ふだんから、乱暴な子どもなどへの働きかけを行い、学校での生活の仕方やルールを理解させる。あおり行為に、安易に乗らないよう、周りの子どもたちへも指導を強める。
(2)
学級の特定の子どもに対して異常な反応を示す
 特に、弱者、障害のある子に対して、その失敗や不出来をあざけたりして騒ぎのもとをつくる。
(
対応)学級がいじめ集団の状態なので、道徳や学級活動、給食時、朝の会・帰りの会などで「思いやりの心」を訴え、育てていく。
(3)
心身障害をもつ子が騒ぎを起こす 
 自閉症の子どもが騒ぐ、身体障害の子どもが思うようにならなくて暴れるなどしてクラスが騒然となる。
(
対応)心身に障害を持つ子どもがクラスにいる場合、健常児に支援のあり方をきちんと説明する。例えば、状態に応じて手を貸す、援助をしないなどを理解するように話をする。
 教師の側に問題があるとき
(1)
教師の指導力が弱いことから騒ぎ出す
 教師の声が小さくて教室内に指示が行き渡らないとか、授業の流れからすぐに脱線して別の話題に移る癖があるなど、教師個人の力量不足が原因となって騒ぐ。
(
対応)騒ぎ出す元を作っているのが自分であることがはっきり分かった場合は、自己研修に努めるほかはない。
(2)
教材研究や授業準備が足りないために騒ぎ出す
 子どもにきちんと納得させる説明ができない。指導書にたより過ぎて授業しているうちに分からなくなった。準備していた教具が不足していた、などから騒ぐ。
(
対応)万全の教材研究、準備をしたうえで授業に臨む。
(3)
事態の収拾の仕方が悪いため騒ぎが大きくなる
 騒ぎに勝る大声で静めようとする、カッとなって怒る、どうしたらよいか分からなくなる、などにより騒ぎが大きくなる。 
(
対応)教師がまず落ち着き動揺しない。わざと小さな声で話し出す。あえて騒ぎたいだけ騒がせたうえ、沈静するのを待つ。
 騒がしくなったときに、静かにするルールを子どもたちと話し合って作る。例えば、何かの合図でパッと静かさを取り戻す、メリハリのある学級づくりをする。 
 授業内容に関する騒ぎなら認める。
 教材、教具に問題があるとき
 事前の準備のときに、不備、不足をチェックする。
(
佐藤信彦:元宮城教育大学附属小学校教頭・宮城県公立中学校長・仙台市立中学校校長
)

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クレーマーに対応するコツは何か

 私ども苦情の対応をしてきた者から言うと、一部の保護者は、わがままと非常識をとても感じます。クレーマーに匹敵するものだと思います。
 ただ、コミュニケーションが上手ではないため、どんな言い方をしたらいいか分からないため、自分の有利な話にもっていくことにも原因があります。
 それから、何らかの不満をイチャモンによって表現していることが考えられます。
 苦情を受ける側と言う側の双方がアマチュアだということです。ここに非常に大きな問題があるのではないかと思います。
 苦情を受けている教師は、苦情脳というものが発達しておりません。
 苦情脳とは、どんな苦情でも相手の立場で聞ける裏読みをする思考法で、一つの方向性を導き出す時にすごく大事なんです。
 保護者が言おうとしていることをすべて聴くことが非常に大事なことです。
 なぜなら、すべてを聞いてしまうと、相手は武器がなくなったのと同じです。だから言わせてしまうということなんです。
 相手の話を途中で折るなんてことはとんでもないことで「まだ、ありませんか、他にもありませんか」と言って、聴きつづけます。
 保護者の意見に時間をかけて、すべて聞いていくと、相手の本音が見えます。
 その本音が見えたときに、素早く、そちらにチェンジして、本心を聴いていくことによって、収まると思います。
 その姿勢や考え方を鍛えなきゃダメだということです。
(
関根眞一:1950年埼玉県生まれ、苦情・クレーム対応アドバイザー。百貨店に34年間在職し、お客様相談室長を経て、メデュケーション()代表取締役。新新学校保護者関係研究会委員) 


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友だちや担任に暴力を振るう、わがままでいうことを聞かない子どものために、他の教師の力をかりる屈辱に耐えた

 小規模校の田舎の小学校に転勤して、二年生を担任しました。学級崩壊の言葉が聞こえてくると、二年前のあの頃が思い出されます。
 けっしてベストではなかったけれど、まあまあだったので、いままでのやり方で二年生の学級をまとめていこうと考えました。
 十月をすぎるころから、クラスの一人の男の子がいうことをきかなくなりました。自分の思い通りにならなかったら、平気で友だちを殴ったり、けったりしてしまう。
 その子があまりにも、わがままを押し通そうとするので、学級づくりに「わがままはダメ」を取り入れました。それが彼の心をキレさせたのでしょう。
 それまでは、授業中、私が彼のいうことをかきかなかったり、彼をあててやらなかったりすると、むくれたり「先生はおれのこと嫌いなんや」などといっていた、たぐいでした。
 しかし、自分の思いが通らなくと、いきなり担任の私に向かって暴力をふるってくるのです。私は、自分がいたらなかったのだと、軌道修正をしてみましたがだめでした。
 一月になると授業が終わったとたん、私に向かって殴る、ける、髪の毛を引っぱる、などの行動にでてきました。
 校長から「けっして、あんたからは、やりかえしはしないように」と言われました。
 まだ二年生だったから、二~三回の通院ですんだのだと思います。でも、殴られた耳の聴力は悪いままです。
 今日こそは彼にやさしくしてやらねばと思って学校に行くのですが、暴力を受けるともうダメでした。
 暴力は毎日でした。まわりの教師がたまりかねて、当番を決めてはいってくれることになってからは、授業は少しゆとりをもってできるようになりました。
 彼が暴力を振るってきたら、彼を別室にひきずりこんで、さとしたからです。
 でも、二十年以上の経験があるのに、他の教師の力を借りないと、やっていけないなんて、屈辱でした。
 私が、自分の経験から「やり方を固定してしまった」ことが、子どもたちの実情にあっていなかったんではないかと思えます。
 彼は「愛を求めているんだ」ってことは、わかってはいたんですが、私の言葉かけや、一緒に遊んでやることに、不足しているものがあったのでしょう。
 私は当時、家庭の問題をかかえていて、ゆとりなんてありませんでした。
 その後、同僚教師がさそってくれた外部の生活指導研究会に参加させてもらって、自分のやり方の「かたさ」がわかってきました。
 二年目になって、やっと私の心の傷もじょじょに回復に向かっています。
 子どもたちに「あなたのことが大好きなんだよ」っていうメッセージをいつも教師の身体や心から発することが、学級づくりの基本だということを再確認しました。
 子どもたちを笑わせてあげることも大事な学級づくりの一つのようです。子どもたちは、よく笑わせてくれる先生を心まちにしているようです。
(
大阪府公立小学校女性教師
)

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困ったときには、同僚教師や管理職に相談し助けてもらおう、そのためにはどうすればよいでしょう

 教師の世界は、さまざまな人間の寄り合い世帯である。多様な才能の主がいる。
 たとえば、コンピューターに向かっておれば、それだけで満足する人、部活動の指導にすぐれた人、生徒指導に成果をみせる人など、さまざまな人がいる。
 学校という職場は、十人十色である。さまざまな人に接して、それぞれのよさを知り、それを身につけ、人間性を豊かにしていこうではないか。
 また、同僚教師や管理職に相談し、助けてもらうとよい。そのための処方箋は
(1)
短所よりも長所で
 人間はだれでも長所と短所をもっている。長所が即短所という場合もある。
 まず、同僚教師や管理職の長所を先に認めていこう。そうすると、同僚教師や管理職のことが好きになる。精神的にも安定する。
(2)
自分から先にあいさつを
 あいさつは「私は、あなたに敵意をもっていませんよ」という意味がある。
 そう考えると「おはよう」のひと言は、私はあなたに敵意をもっていませんから、なかよくしましょうね、という意味である。
 そうであるなら、まず自分から先に声をかけたいものです。
(3)
心をゆるして相談できる人を持つ
 利害関係を超えて、同じ教職にある者として教育観に共鳴できる人を同志として持ちたい。
 そのような、心をゆるして相談できる同志の教師がいると精神的にゆとりがもてる。
(4)
同僚教師に助けてもらう
 どんな教師でも、若い時の失敗経験を生かして今日がある。だから若い教師は失敗をおそれるなと言いたい。
 子どもの心をつかみきれず、苦悩することがある。教師であれば経験することである。
 ところが、恥を知られたくないとの思いから、だれにも相談せずに問題を隠そうとする教師がいる。
 隠しきれなくなった時には、手もつけられない状態になってしまう。最もまずいやり方である。
 そうならないために、ぜひとも同僚教師に相談し、助けてもらおう。
 例えば、教師と子どもたちの間にズレができたら、どうすればよいのでしょうか。
 教師と子どもたちとの間にすきま風が吹き始めると、よそよそしくなる。
 そんなとき、熱心に授業をすればするほど心理的ズレが大きくなる。授業は言葉のやりとりか中心になるものだから。
 そこで、授業のことやイヤなことは、すべて忘れて、子どもと一緒に遊び、運動するのがよい。
 そうすれば、言葉でなく身体のコミュニケーションが可能になってくる。子どもたちが「先生、なかなかやるじゃない」と思ったら成功の第一歩である。
 その時、同僚教師が「〇〇先生は、すごいねえ。子どもと一緒になって遊んでくれる先生なんて、今どきめずらしいんだぞ」と、子どもたちに言ってもらって、同僚教師に助けてもらおう。
(5)
管理職とコミュニケーションを図って信頼関係を
 ふだんから、管理職とコミュニケーションを図って、信頼関係を構築しておくとよい。
 学校には保護者からさまざまな声がよせられる。それに対応するのが、主として管理職である。
 その時、ふだんから管理職とのコミュニケーションで信頼関係ができていると、管理職は理解してくれていて、守ってもらうことができる。
(
倉田侃司:1938年広島生まれ、広島大学附属小学校教師を経て広島文教女子大学教授、広島経済大学教授を歴任した
)

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教師の仕事のすごさとは、どのようなことなのでしょうか

 私はすごく単純だから、やる気のなかった子がやる気になったり「先生、分かった!」と言って、一生懸命、学習に取り組んで、表情がすっごくよくなったりするでしょう。
 そういう、ちょっとした子どもたちの変化を見ると、私の疲れが吹き飛んでしまう。
 教師がその子のことを、とてもよく考えているんだ、ということがその子にわかったとき、その子は変わります。
 子どもが変わると保護者も変わります。学校に振り向いてもくれなかった保護者が、いろんな会に参加してくれるようになったりすることがある。それがすごくうれしい。
 私は教師になりさえすれば、子どもたちを支配できるんだと思っていました。
 しかし、子どもは私に反抗し、子どもと取っ組み合いになって、私は便所に入って泣いた。子どもが可愛いなんて思わなかった。
 私が自然体で子どもに接することができなかったことへの、痛烈な子どもたちのアピールだったんだと思います。
 子どもたちは屈折していたりして、素顔が見えてくるまでに時間がかかりますからね。
 あのころ、私は「ここで辞めたら、何のために教師になったのか分からなくなる」と意地で続けました。
 問題行動をする子どもと関わらせてもらうなかで私は、成長させてもらったし、人間好きにさせてもらったっんだと思いますね。今では、本心から子どもがかわいいと思いますね。
 私が初めて四年生の担任になったとき、ある子どもとどうしても気持ちが通じなかった。どう接してよいか、やり方も分からないし、その子と接するたびに悲しくなって、泣きながら自転車に乗って帰ったこともありました。
 私は子どもにプラスの影響を与えられないと思うと、辛いし、辞めたほうがいいのかなあと思ったりしました。
 でも、子どもって変わるんですよ。全然やる気のなかった子どもが、何度か話をしているうちに「先生、私、実行委員やってみる」と言い出して、どんどん変わっていく。
「私との関わりで変わってくれたのかもしれない」と思うと、ものすごくうれしい。教師という仕事はすばらしいと思ってしまいます。
 この前、教え子が手紙をくれたんです。その子はあまり勉強ができなかったんですけれど、今、うどん屋で働いていて、仕事はきついわけ。
「でも先生、私はね、先生のクラスだったときのことを思い出すと、頑張れる」と書いてあるの。ジワーッと心にきました。
 教師の仕事は、その子の人生に決定的な影響を及ぼすことがある。子どもは大人と違って純粋ですから、これが教師の仕事のすごさですよ。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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学級が荒れ出し学級崩壊したとき、授業はどう改善すればよいのでしょうか

 学級崩壊はどこでも、どんな教師でも起こりうる時代です。
 荒れ出したら元にもどすのは、至難の業です。荒れた子どもたちとやっていかなければならない。工夫をしなければ教師自身、持ちこたえられません。
 まず、荒れていても授業はしていかなくてはならない。授業を改善することを考えましょう。
 基本の考え方は、子どもをひまにさせないということです。
(1)
テンポのある授業にしましょう
 子どもとうまくいかない授業はテンポが悪いのです。変にまのびしたり、滞ったりしています。
 退屈な授業を聞いていられなくて暴れるのなら、どんどん進めて退屈するひまを与えない方が良いでしょう。
 崩れかかっている子どもたちには、テンポは最も必要なことだと思います。
 荒れている学級は、どんどん教師の予定通りに進めていくのです。
 テンポよくどんどん進めてしまうと、よけいなことをしている時間が減ります。すると授業が成立しているように見えます。
 もちろん、間をとることは大切なことです。じっくり考えさせる授業は良い授業です。しかし、じっくりと考えることのできない状態になっているのですからね。
(2)
楽しい、面白い授業
 楽しい、面白い授業のために、いろいろな準備をして授業を行います。
 子どもたちとの関係をどう修復するかと悩むよりも、いかにして面白い授業にするかに力をそそぐようにします。人間関係が一度うまくいかなくなったら、そっとしておくしかないのです。
 子どもたちは、切り替えが速いから「楽しいな、おもしろそうだな」と思ったらのってきます。そうすれば、学級崩壊していても授業が成立します。
 絵本を読むと、よほどのことでもない限り、その間は教師の話を聞いています。子どもに合う絵本をいつも用意していれば、その読み聞かせをする数分間だけは、子どもたちは黙って聞いてくれます。教師の心の安定上良いことです。
 漢字の学習は、漢字のビンゴとか画数のゲームなど、ゲーム感覚でできるものを入れると、そういうことだけは高学年の子どもたちものってきます。
 こういうものは、ネタで良いのです。おもしろい学習のネタがたくさん本になっていますから、そこから取り入れると良いでしょう。(例:中村健一著、中條佳記著等)
 荒れてしまったら、緊急避難という感覚でネタを使ってみるのが良いと思います。
(3)
活動を中心とした授業
 子どもが話を聞いてくれないのだったら、話さなくても授業の大半が進むような工夫をするべきですね。
 そのためには、協同学習のような子どもたちだけで、できる活動を授業に入れることが良いでしょう。
 音読も活動です。五分間全員で音読していたら、私語やがさがさしにくいものです。
 ワークシートを使った一人学習を主体にしていけば、その間は、けっこう静かに学習します。
 つまり、子どもたちに活動させれば、荒れた時間ではなくなるので学級崩壊でも授業が成立するということです。
 そういうふうに、授業を工夫していけば良いのです。関係修復よりも、私は授業の改善を大切にすべきだと思っています。
(
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演
)

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授業中に教師の注意に子どもが劇高したとき、どうすればよいか

 まず落ち着かせる言葉で、いったん「停戦」に持ち込む。それから事態収拾を図るとよい。
 例えば、次のような場合は、
 授業中、教師の注意に対して興奮し、目をむき、机をけり、こちらへ立ち向かってきた。
 私はハッシとにらんで「席に着け!」と、一喝した。
 すると、気勢をそがれて、動きが止まり、席に座った。
「今は授業中だぞ! 立ち歩いて注意されても無視。あげくに冷やかし、ヤジとは、一体どういうことだ」
 座って向こうを向いたまま「ウルセー」と、言ったが、声に力がない。自分にやましさを感じるからだろう。
 私も、口の利き方などを深追いしなかった。言わずもがなの言葉で刺激した後ろめたさがあったからである。
 しばらくの沈黙の後、双方とも冷めて、最悪の事態は避け得た。
 その後、冷静になってから、話し合い和解した。
 他の場面でツッパリにつかみかかられたときも「席に着きなさい!」と、ふりほどいて、おさまった。
「席に着きなさい!」は、子どもには、人格非難でない、受容できる指示なのかもしれない。
 その他の対処法、
 注意してもいうことを聞かず、さらに追い込むと反抗的な態度を取りそうなときは、その場はそのままにし、後に間をおして指導するようにする。
 よくない対処法、
 怒りにかられて、つい侮辱、脅し、泣き言を付け加えて注意したりすると、それによって、火に油を注ぎ、対立を一気に頂点にまで上がりつめてしまう。
 子どもが反抗するような事態を招かないようにするには、子どもと教師の人間関係づくりが第一である。
 そのためには、共感的な子ども理解、認め励ます声かけ、長所が発揮できる出番づくり、学ぶ喜びがわく授業、学習用具の忘れ物対策などを配慮したい。
 また、保護者との良好な関係、他の教師との連携の約束などがあると、たいへん心強い。
(
毛利 豊:1956年生まれ、富山県公立中学校教師。日本群読教育の会副会長。全国生活指導研究協議会全国委員。科学的「読み」の授業研究会会員)

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今の自分のストレス状況を客観的に知り、対処するにはどうればよいか

 ストレスを上手にコントロールするためには、まず大切なのはストレスに気づくことです。
こんなサインを発していませんか
(1)
欠勤・遅刻・早退がめだつ
(2)
身体の調子が悪いという訴えが頻繁になった
(3)
よく眠れないと訴える
(4)
服装がだらしなくなった
(5)
些細なことで、怒りっぽくなった
(6)
終始、何かを考え、セカセカ、イライラしている
(7)
消費が多くなり、借金をするようになった
これに、当てはまる項目が、ご自分にあったでしょうか。周囲の方にあったでしょうか?
人間というのは、よくできていて、完全にへばってしまう前に、ストレスサインがでます。
人によってストレスサインはいろいろです。例えば、
(1)
身体に出る
高血圧、神経性(狭心症・頻尿・皮膚炎)、胃腸の不調、食欲不振、喘息、眼精疲労、肩こり、疲れやすさなど
(2)
心に出る
不安障害、強迫神経症、不眠、慢性疲労、怒りっぽさ、イライラなど
(3)
嗜癖(このんでするくせ)・行動に出る
たばこ・酒・コーヒーなどの量が増える、パチンコや買い物が増える、集中困難、不適応行動など
(4)
認知・行動障害
 ミスが多い、ぼんやりしている、同じことをくり返し考える、誤答が増える、考え方の偏りが大きくなる、一つうまくいかないと次もダメだと思い込む、決断できないなど
 このようなことがあれば要注意と自覚して、睡眠や休養をとって過ごすようにします。
 まずは一日でいいですから、溜まった仕事などをいったん棚上げして、休養をとることが大切です。
 自分の状況を客観的に知るためにストレスチェックを利用することはいいことだと思います。ウェブでも公開されており、すぐに自分の状態の目安がわかるようになっているものもあります(例:「心の健康チェックシート」srq-d
 ストレスを自覚したら、比較的元気なうちは「発散」を心がけます。人によってまちまちですが、多少余裕があるうちに効果があるとされているものは、
(1)
信頼できる人に相談する
(2)
それを人に話し、わかってもらう
(3)
友人に助言を求めたり、助けてもらう
(4)
人から問題解決の手がかりを求める
(5)
気分転換のため、軽い運動をする
(6)
見通しを得るために、しばらく離れてみる
(7)
それをやり終えたとき、自分に何かほうびをあげる
(8)
「それはあまり心配するものではない」と決める
(9)
自分の不快な気分や怒りを人に知ってもらう
(10)
いろいろ考え、その状況の見方や自分の考え方を変えてみる
(11)
新しいことに取り組む前に、見通しや計画を立ててみる
(12)
仕事が多すぎたり、忙しすぎたりすれば、そのことを人に伝える
以上の項目について、自分をふりかえって「そうである=1点」「そうでない=0」としたとき、合計6点以下の人は、効果的な対処行動がうまくいかないと言われています。
 ストレス対処法は、そのときの本人のキャパシティや状態によって、何がよいか変わりますから、あくまで目安にしてくださいね。
 ダウンしかかっていても「逃げたことになるから」といって、睡眠や休養をとらない方がいます。
 本当にへばってしまっているならば、とにかく一時避難をして、睡眠や休養をとることが大切です。
 余裕がなくなり、ストレス発散できないとき、何をおいても、ぐっすりと眠ることです。心身の健康は、質のよい睡眠からつくられます。
 ストレスで、まずいかなと感じたら、ぐっすり眠ることがメンタルヘルス維持のポイントです。質のよい睡眠が、最大の予防であり治療であると言っても過言ではありません。
眠れているかの、大ざっぱな目安は
(1)
寝つきが悪い(1時間以上、寝つけない)
(2)
夜中に何度も目が覚める
(3)
朝早くに目が覚めて、その後、眠れない
(4)
寝た気がしない(時間的には寝ている、本人に「寝たな」という実感がない)
1つでも当てはまり、2週間以上つらい思いをしているようでしたら、早めに近くの心療内科、精神科、メンタルクリニック等の受診を考えましょう。早めの受診が、こじらせないポイントです。
 メンタルヘルス対策で難しいのが、自分が今どれだけストレスにやられやすいかを知り、その段階に応じた対処法をとることです。
 チェックシートをおこなったり、メンタルヘルス相談、健康相談などを活用したりして、客観的に自分の状態を知り、今の状況に合った対処法をとってください。
(
井上麻紀: 臨床心理士。公立学校共済組合近畿中央病院メンタルヘルスケア・センター主任心理療法士。学校教職員の専門病院で、教員に特化したメンタルヘルスケアや職場復帰支援している
)

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何かと文句をつける保護者にどう対応すればよいか

 保護者の中に「文句の多い」といわれる人がいる。
 ひと言文句を言わないと、気の済まない人なのであろう。我慢できない人である。
 こうした人は、学校や担任に何かと文句をつけてくる。
 自分の意見と相手の意見を合わせて、一致点をみつけて手を打つことを知らないのだろう。自説を押しつけないと、気の済まない保護者である。
 わが子本位、わたし中心で文句をつけられては、担任は閉口する。
 保護者のAさんは、素直にものを言うのはいいが、いささか度が過ぎているようだ。文句ばかり言う人と職員室の話題になっている。一例をあげると、
 二泊三日の自然教室の実施を説明すると、Aさんは「うちの子は参加させたくない」と担任に申し出た。理由は「子どもの安全が確保されていないようだから」と。
 Bさんに、安全確保について詳しく説明すれば「うちの子は、ホテル以外は宿泊したことがないので」と渋り「学校は計画を中止せよ」と言って帰っていくのである。
 つまり、学校のすることには文句をつけてみたいのである。
 参加したくないのであれば、欠席でもいいがと担任が言えば「わが子だけが行かないのでは、子どものためによくない。全員を不参加にできないか」と、言い出す始末。
 これでは、できない相談というものではないか。
 こうなると、学校の教育活動をまもれない。校長・教頭の出番である。
 校長がAさんを呼んだ。そして、学校の教育計画とは何か、自然教室の意義と現在までの経過等を、わかりやすく説明したのである。
 さらに、Aさんがわが子を参加させたくない理由は、何であるかもたずねた。
 計画に文句をつけてみたいだけのようであった。交渉の過程のどこかで、手を打つことも知らない人のようである。
「多くの子どもたちが楽しみにしている行事を、中止することは全く考えてない」と、校長が力強く述べて、Aさんの子どもの自然教室の不参加問題は妥結した。
 それにしても、なんと時間を食ったことか。
 保護者のBさんは、わが子の担任について、自分の意に沿わないことは、連絡帳や電話であれもこれもと言ってくる。
 そして、担任が答えきれないことについては、教頭に電話を入れてくる。その対応に3,40分はかかる。
 今回は「授業中の担任の指名に偏りがある。改めよ」と、文句と注文と苦情である。
 教頭はひとまず「事実を確認するから」と回答した。事実を確かめてみたが、そうしたことはなさそうである。
 そこで、校長に経過を報告し、了承を得てからBさんに、そうしたことはなさそうであると連絡した。
 Bさんは「うちの子が、そう言っているだけではない。ほかの親も、気にしている」と言う。これでまた、騒ぎが広がるかと、教頭と担任がうんざりした。
 教頭から報告を受けた校長は、Bさんに事実を見てもらうことが、今後のためにいいと判断。学級公開日を1週間設けるようにした。
 Bさんの文句は事実無根のものであると、Bさんに納得してもらうこと、また、Bさんに同調しがちな親の分断も図ろうとしたのである。
 具体的な場を設け、文句を言わない方がいいのだと、感じてもらうことは、解決の策の一つである。
 ただし、こうした策をとると、またまた文句を発生させることもあるが、この事例では成功した。
 こうした機会を設けることで、保護者たちのなかの良識派がBさん厳しい視線を向け始めた。保護者たちを巻き込んだ策も、状況によっては考えられる。
(飯田 稔:1933年生まれ。千葉大学附属小学校に28年勤務、同校副校長を経て、千葉県浦安市立浦安小学校校長。千葉経済大学短期大学部名誉教授。学校現場の実践に根ざしたアドバイスには説得力がある)

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若い教師がプロの教師にふさわしい力と教師の心をつかむには、どうすればよいか

 教師になれば、年齢や指導力に関係なくプロの教師として振るまうことができる。
 だとすれば、プロの教師にふさわしい力量を自ら求めて身につけなければ、自分に自信が持てず、子どもたちに対して申しわけない。
 若い教師が教師の心をつかむには、どうすればよいか
1 朝の会、帰りの会
 朝の会は「一日のさわやかな出会いをつくる」ためにある。誕生日を祝えば、それだけでさわやかな出会いが生まれる。
 帰りの会は「明日も学校へ行きたいな」と、子どもに思わせるためである。「よかったこと、うれしかったこと」を発表すれば、学級の雰囲気が明るくなる。
2 叱ることを恐れるな
 人を差別したりバカにしたりすることは絶対に許さないという姿勢が担任には必要なのです。中途半端な叱り方はいけません。本気できびしく叱ります。
 長く叱らない。後に残さない。罪を憎んで人を憎まずの精神で臨みましょう。
3 ほめる
 ほめるのは技術ではありません。技術でほめてはダメ。子どもは教師が本気でほめているかどうか、見抜きます。
 おせじ、おだてではなく、ほめずにいられないようになりたいですね。
 教師が何もせずにいて「ほめるところがない」というのはプロの教師ではありません。
 教師は、ほめる場を用意するのです。例えば
「Aくん、ぞうきんを持って、先生と一緒に机の上をふいていこうね」
 こうすれば、仕事をしたAくんをほめることができますね。
「今日は、Aくんがぞうきんで机をていねいにふいてくれましたよ」
 これでわかるように、仕掛けたのは教師ですね。しかし、実行したのは子どもです。子どもは自分でやったんだと思っています。みんなに紹介されたので、うれしさと、自信を持つようになるはずです。
4 保護者との関係を密に
 子どもを理解しようと思えば、保護者を理解しなければならない。保護者の子育ての方法は子どもに反映すると思われるからである。
 教師の方が保護者に近づいていかなければならない。
(1)
参観日に自分の教育観を
 授業参観の後に懇談会がセットされているので、教師はわが教育観を述べて保護者に理解と協力をお願いすることになる。次の三点でよいだろう。
)めざす子ども像
)学級の子どもの実態
)指導の方法や手順など
 注意すべきことは、子どもの具体的な事実をもって話すようにする。子どもの実態を前面に出して自分の教育観を述べていく。
 そうすれば、保護者は、この先生はわが子を大事に思ってくれている、と受けとめる。
 見ず知らずの教師と保護者が、子どもをよくしていこうという点で、理解と協力の関係に立つことができるのである。
(2)
家庭訪問
)子どもの長所を聞く
 私は、家庭訪問は保護者に会って「子どもの長所を具体的に教えてもらう」ため、と考えている。
 つまり、インタビューする人に徹すればよい。保護者が「とりたてた長所はありません」と言っても、ねばり強く聞いていくと話してくれる。
 子どものことを話題にして保護者と教師が楽しくなっていくのである。
)健康と性格を聞く
「〇〇くんの健康や性格の問題で、担任として知っておいた方がよいと思われることがあれば、教えてください」と聞く。秘密は守らなければならない。
)保護者の願い
 保護者がわが子に何を願っているかを聞く。
(3)
学級通信で報告・連絡・相談(ほうれんそう)
 教師の思いを広く全員に伝える手段として、学級通信はますます重要になってきた。
)発刊
 計画的に発刊するようにする。
)読んで楽しくなる内容を
 子どもの生活をよく知らなければニュースが書けず学級通信を出せない。ニユースは明るく楽しいものでありたい。
)子どもたちの作品も
 全文を教師が書かなくてよい。子どもの作品を含む学級通信にすると、内容に変化が出てくる。ただし、どの子にも掲載の機会があるように配慮したい。
)学級の歴史として冊子に
 学年末にこれを冊子にまとめ、表紙をつけると、これが学級の歴史となる。
 表紙の文字やイラストをどうするかは個人にまかせると、ユニークな作品になる。
 子どもたちが自らの学びを自己評価できる具体物にもなる。
5 報告・連絡・相談(ほうれんそ)で人間関係づくりを
 子どもに何かあったときは、同僚の先生や保護者、教頭とよく報告・連絡・相談して、一人で決めないようにします。
 学校の外で研修が終わった時などは必ず管理職に報告しておきたいですね。
 報告・連絡・相談は、とても大事なことです。
6 教師の心をつかむ
 初任者は研修期間をどう過ごすかで、その後の教師生活が左右されるといっても過言ではない。
 その学びは、指導教師等から実践的な「教師の心」をつかむことであると私は考えている。
 学校では思いもよらないことが起きる。それに対応できるマニュアルを求めても、それは無理というもの。だったらどうするか。
「教師は一人ひとりの子どものためにある」
という原点に立ち返り、一つ一つ自分で判断して問題に臨む以外に方法はあるまい。
 その原点を、私はあえて「教師の心」として表現したのである。
(
倉田侃司:1938年広島生まれ、広島大学附属小学校教師を経て広島文教女子大学教授、広島経済大学教授を歴任した
)

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私はこうして学級崩壊をなくした

(1)全く授業にならない
 学級崩壊して誰も持ち手のない6年生のクラスを私は引き継ぎました。担任してみると、全く授業にならないのです。授業中おしゃべりが多くて、ほとんどの子が聞いていないのです。
 授業中に平気で立ち歩く子、教室の廊下側の壁の下にある通気口の戸から出入りする子までいます。口笛を吹いたり、紙飛行機を飛ばす子、わざと机を鉛筆でカタカタたたく子もいるのです。
 なかには、机に両足を上げ、ふんぞり返っている子もいます。「授業中だから、普通に座りなさい」といっても「うるせー」と言って、いっこうにやめようとしません。黒板に「死ね」「バカ」と大きく書いてあることもありました。

 このように授業がまともにできず、いじめや暴力などで指導困難に陥っている崩壊した学級ですが、1年間でなんとかしなければならないのです。
 まったく自信はありませんでした。誰も持ち手がなかったので、仕方なく担任せざるをえなかったのです。
 ところが幸いに、子どもたちは、数カ月の取り組みで、ぐんぐん変わっていったのです。それは、専科の先生方との一致した取り組みや、保護者のみなさんの全面的な協力があったからです。
 私が「文化としての教育」の重要さを体験したのは、そのときでした。いじめや暴力をなくしていく取り組みとともに、毎日の授業の中で「文化としての学び」がなかったら、あのようには変わっていかなかったのではないかと思います。
(2)静かに穏やかに話す
 夜、苦労して作成した学級通信を、私の目の前で、一瞬にしてビリビリ破られる場面を見ることは、耐えがたいことでした。

 体育のときは、ほんとうに大変でした。体育着を持っていても、上だけ着替えて、ズボンを取り替えない子がいるのです。その子たちが着替えて、並ぶまでに10分もかかるような状態でした。子どもたちの様子を見ていると、イライラするが、やさしく冷静に対応していきました。
「授業中、人が話しているときに、おしゃべりをしたり、音をたてたりするのは、いけないんじゃない? 相手の話を聞いてあげるということは、その人を大事にするということだよ。人をお互いに大事にし合おうね!」

「机にわざと傷をつけるのはよくないよ。これは、工場で働くおじさんたちが作ってくださったんだよ。ほら、机の角を見て、全部まるみを帯びているでしょ。ここには、けがをしないようにという、働く人たちのやさしさがこめられているんだ。ものを大事にしようね」

「今日のこの学級通信は、先生が昨夜、眠いのをがまんして作ったものなんです。それをビリビリ破られるというのは、とても悲しいです」

 新学期が始まってから1週間は、できるだけ穏やかに話していました。なぜなら、指導には、強弱が必要だからです。
 静かに語ることが続くことによって、必要なときの強調(強い指導)が意味を持つからです。いつもどなったりしていては、必要なときの指導が、子どもたちの心にしみ込んでいきにくいからです。
(3)見て見ぬふりの生活
 学級の中では友だちを蹴る、殴るといったことが、日常的に行われていました。子どもたちは心の中では、ひどいなあと思いながらも、表面では強い子に同調せざるを得ないほど、荒れの状況が進んでいました。

 仲間はずれにされたり、これ以上痛い目にあわないように、自分のほんとうの気持ちを圧し殺して、びくびくしながら生活しているのが、男の子たちの正直な実態でした。ボス的な子どもたちに対して、批判するなどということは、まったくできませんでした。
 見て見ぬふりをしながら、生活していく以外に方法が見い出せなかったのだと思います。正義など、通るようなクラスではなくなっていたのです。問題を話し合うことさえ、不可能な状態だったのです。
 毎日なにかが起こり、一日が終わると、心身の疲労がとっとでてくる感じでした。
 これで、ほんとうに1年間、担任としてやっていけるのだろうか。そんな思いと不安がつのる毎日でした。なんとか授業ができる状態にしなくてはいけないと強く思うものの、具体的にどうすればよいのか、展望がなかなかつかめないのです。
(4)教室中に響きわたる叱責の声
 私は、本格的な指導をする具体的な場面を持ちました。指導には、具体的な場面が必要だからです。
 新学期が始まって1週間ほどした4月13日のことです。給食当番の子が、給食をくばっている最中でした。まだ「いただきます」もしていないのに、ボス的な存在だった子が、急に食べ始めたのです。
 私も「これは許せない」という思いから、教室中に響きわたるような、かなり厳しい口調で「ちょっと、待てー。一体こういうことが許されていいのか」と言って、語り始めました。
 子どもたちも、私の声と真剣な表情に驚いたようでした。それまでは、勝手にしゃべっていたり、手いじりたり、後ろを向いたりしている子たちもいましたが、さすがに全員の子が、微動だにしないで、黙って真剣な表情で聞いていました。もちろん、ふてくされた態度も全くみられませんでした。
「いただきますもしないうちに、勝手に食べ始める。何もしていないのに、いじめたり、蹴ったりする。『死ね、バカ』などと、人を傷つける言葉を平気でいう。大事なものをどんどん破壊する。授業中でも立ち歩く」
「これでどうして学級といえるだろうか。人間は、単なる群れではないぞ。集団だぞ。一定の規律があるだろう」
「そこが、他の動物とちがうところだ。しかし、このメチャクチャな状態は、群れとあまり変わらないじゃないか」
「まわりの人だって、全く責任がないわけじゃないぞ。いじめられている人がいても、注意する人がいない」
「それだけでなく、こわいからといって、ほんとうは嫌なんだけど、ペコペコしながら『強いもの』についていく。それでほんとうの友だちと言えるだろうか」
「今日の、今の、この瞬間から、先生は、一切の『暴力』『いじめ』『人を傷つける悪口』『自分自身をダメにする自分勝手』を絶対に許さない」
「このようなことが完全になくなり、誰もが安心して楽しく生活・学習できる学級にするため、あらゆる努力をする。・・・・・」
 私の語りが、いくらか子どもたちの子どもの中に浸透した様子でした。

(5)実践には度胸が必要-うまくいかなかった経験は必ず生きる
 私はこれまで、何度か荒れた子どもたちを担任する機会がありましたが、その中で得たことの一つは、度胸がついたということです。実践においては重要な意味をもつものです。
 私の場合も、荒れた学級を担当した経験がなければ、おそらく途中でどうにもならなくなってしまったのではないかと思っています。
 子どもに同じことを言ったとしても、教師の眼差しや顔の表情などの微妙な違いによって彼らの受け取り方はかなり違ってくるものです。
 度胸は実践が困難なときであっても、なんとかなるさという思いにさせてくれます。余裕を生むのです。焦りを緩和し、必要以上のストレスを防いでもくれます。
 冷静に判断することが可能になり、管理主義的な対応を避けることができるのです。このような姿勢は子どもとの信頼関係をつくっていくうえで不可欠です。
 学級が荒れた場合は「なんとかなるさ」という思いになれるかどうかは、かなり重要なことです。荒れをくぐり抜けることで、度胸はつくられていきます。
 一回や二回「荒れ」て、どうしようもなくなったとしても、長い教師生活から見れば、決して無駄なことではないのです。必ず生きて働くものです。
 人間の心理は複雑です。教育という仕事が毎回毎回うまくいくなどと考えること自体が、そもそも無理なことです。できないからと言って、落胆ばかりする必要はないように思います。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)


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いじめられた時、最後に頼れるのは自分自身である、どうすればいじめを克服することができるのでしょうか

 いじめはなくならない。いじめを克服できるのは、いじめを受けた本人である。
 子どもたちは、いじめを受けることを想定して、いかにしていじめを克服するかを具体的に考え、すぐに実行できるようにしなければならない。
 もちろん、周りの保護者や教師等が支援する体制は必要である。
 いじめはなくならないので、子どもたち一人ひとりがいじめ対処法を身につけておくべきである。
 いじめの進行段階に合わせた対処・防衛法は、
1 初期段階「いちいち相手にしない」
 からかいや冷やかし、仲間外れ、陰口といったものが多い。
 それらの言動に、嫌な顔をしたり、落ち込んだりするなどの反応をすれは、いじめっ子たちの思うつぼであり、面白がっていじめがエスカレートすることになる。
 ここは平静を装ってでも、全く動じないそぶりで受け流し、相手にしない。
「あいつらは自分とは全く別の低俗な人間だ。いじめをして喜ぶなんて本当にかわいそうな連中だ」と第三者のように客観的に考え、マイペースで学校生活を続けていく。
 するといじめっ子たちは、効果が見られないことで面白みがなくなり、しばらくするとあきらめる可能性は高くなる。
2 第二段階「相手に反撃する」
 しかし、いじめが終わらず、服従や金品要求を迫られることも考えられる。
 一度、いじめっ子に屈服してしまうと、ずるずると続いてしまうことになる。
 最初に、はっきりと拒否する勇気が必要だ。断って脅されたら、それはれっきとした「恐喝未遂」の犯罪である。暴力を振るわれたのなら、これも刑法に触れる犯罪である。
 対抗手段として
(1)
この時のやりとり(言動)を録音するか、すぐに詳しくノートに書き残しておき、いざという時に学校や警察へ届ける証拠資料とするのがよい。
(2)
さらに強い反撃方法として、信頼できる親友がいるならば、教室内など目撃者が多い場所を選んで、一緒にいじめる相手と対峙し「いじめをやめろ!」ときっぱり言い返すことも効果的である。
 いじめっ子に対して皆で圧力を与えるような冷やかな雰囲気が教室内に醸成され、いじめ防止につながる公算は高い。
3 第三段階「大人の助けを借りる」
 残念ながら勇気をふり絞って反撃しても、懲りない根っからのいじめっ子や問題児がいる。また、どうしても反撃ができない子どももいる。
 その時は、大人の助けを借りるしかない。
(1)
学校の教師
 大人に助けを求める場合、一番信頼でき、いじめを解決してくれそうな先生に相談すべきである。例えば、担任、部活動顧問、養護教諭、生徒指導担当教師などである。
(2)
保護者
 保護者はわが子を守ろうとするあまり、子どもが望まないような強硬手段に出ることも考えられ、加害者側との関係をこじらせ、親子とも修復が不可能になる事態も起こりうる。
 学校に適切な対処や指導ができず、解決のめどが立たず、いじめが再発する可能性が高い場合は、被害者本人がつぶれてしまう恐れがある。
 そういった状況の時は、保護者同意の上で、相手を訴えるか、警察に犯罪の被害届を出してほしい。
4 第4段階「警察等の外部機関に依頼する」
 生命が脅かされるような行為をともなういじめは重大犯罪であり、学校で扱いきれる案件ではない。
 身を守ることを最優先に考え、直ちに学校へ通告するだけでなく、警察等の外部機関に依頼し、加害者を逮捕してもらうべきである。
 いじめの被害者は、上記の克服法などを自分の置かれた状況にマッチするように柔軟にアレンジしてほしい。一番効果的な方法は一人ひとり異なっているからである。
 世の中は情報が洪水のように押し寄せ、何が正しいかわかりにくい不安定な社会だからこそ、最後に頼れるのは自分自身である。
 そのためにも、判断力がつき始める小学生くらいから、少しずつ心身を鍛え、教養を身につけるよう日々地道に努力し、自立して社会を生き抜くことができる人間になってもらいたい。
(
和田慎市:1954年静岡県生まれ、東北大学卒、元宮城県・静岡県公立高校教師、教頭。日本体育大学講師。講演会等で教師、保護者をサポートしている
)

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今の保護者は人の話を聞けなくなっている

 今、保護者は人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後で保護者たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、授業している教師が笑ってしまった。
 保護者はわが子の話を聞かないんです。しかも、保護者は話を聞いているつもりなんです。
 子どもに聞くと「お母さんは、話を聞いてくれないの」と言うんだけれど、お母さんは「子どもとは対話はしている」と言う。
 だけど、実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただと思って、話すことをやめてしまうし、母親は子どもが納得したんだと思い込むのです。
 保護者は努力をしないけれど、言いたいことは言う。学校に対する苦情は昔じゃ考えられないくらい、バンバン言います。
 この前、小学校高学年の子どもが集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の一人の保護者が、学校に抗議に来たんです。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校に出さない」
と言って、実際、子どもを学校に来させないんですよ。
 別の学校では、学校で子どもがいじめられたらしい。ついては、学校が善処しなかったら、裁判を起こすという保護者もいました。
 担任とよく話し合えば、誤解だっとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけど、そうしないで、バーッと感情をぶつけてきて、直接、校長や教育委員会に言ったりする。
 今の保護者は、感情のままにという解決の仕方です。「子どもの話だけでなく、先生にも話を聞いてみよう」ということにはならない。
 自分の子どもを信じたいというのは、親なら当たり前でしょうけれど、一旦、冷静になって判断するということがなくなりました。
 そういう風にパーッと言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」と応援する親がいるんですよ。
 逆に、まともに考えている保護者はものが言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さの忙しさの中で、教師は日々保護者との対応、子どもとの対応の中で精神的な疲れがドーッと来ています。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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教師が話術をみがき、魅力ある話し方ができるようになるにはどうすればよいか

 教師の声は全員の子どもに聞こえるように、しかも、明瞭で明るいトーンで発せられなくてはならない。これが基本である。ついで、表情や手振り身振りの豊かさも重要で、とくに、笑顔が欠かせない職業である。
 こうした表現力は、意識しないと高まらない。ときどき、自分の話を録音して聞いてみたり、大きな鏡の前で手振り、身振りやいろいろな表情をつくったりして、それらが子どもたちにどのような印象を与えるか分析的に検討してみたい。
 そうした努力なしに、魅力ある話し方はできないだろう。教師の話術をみがくには
1 命令調から勧誘調に
 教師の話術の基礎は、子どもとの対話や会話にあるから、暇さえあれば、子どもたちと雑談して、おしゃべりを楽しむことを勧めたい。
 教師は多忙で、子どもたちと言葉をかわす余裕もなく、とかく命令的・指示的にふるまいがちである。「静にしなさい」「早くやりなさい」・・・・・。
 この命令的・指示的な話し方が、教育現場に習慣化し、子どもに向かって命令や指示はできるが、話し合えない教師を増やしている。
 教師の命令的な話し方は、子どもをいらだたせる。子どもがクラスの友だちにたいしても、同じような口調で接するようになり、攻撃的な人間関係をいっそう強める結果になる。
 そこで、すぐにできることは、指示的・命令的な口調から「勧誘(誘う)」話法に切り替えることである。
 例えば「早くやれ」ではなく「早くやろうな」「早くやろうぜ」「早くやりましょうね」という「誘う」いい方に切り替える。
 こうすると、横並びの関係に立って、子どもたちの自発性にはたらきかける親しみのある表現にかわる。
2 子どもへの注意は楽しく
 子どもに注意するときは、楽しいエピソードにして伝えるようにする。
 例えば、教室のほうきが壊れていたとき、どのように注意すれば徹底するでしょうか。
「掃除用具をていねいに扱うこと。わかったか」と注意する。だが、こんな注意のしかたで徹底するわけはない。楽しい話に仕立てて伝えるのである。わたしが小学生のとき担任の先生がこんな話をしてくれた。
「先生が夜遅く教室の前の廊下を歩いていたら、教室のなかからだれかの泣き声が聞こえる。そっと戸を開けてのぞいてみたら、ほうきが泣いていたんだ」と、こわれたほうきを見せながら、
「見てくれ。このわたしのからだ。頭と胴体がばらばらだ。トホホホ」と泣き真似してから、
「ほうきだって痛がっているんだ。かわいがってやろうな」わたしたちは大笑いしたが、二度と掃除用具を乱暴に扱うことはなかった。こんなたわいもない話でも、子どもとは、おもしろがって聞くものなのである。
3 善意で子どもをとらえる
 いま、なにごとによらず、あくまでも善意を尽くして子どもをとらえることが望まれる。
 例えば、子どもが遅刻したとする。時間を守らない、規則を破る、だらしのない子ども、だととらえると、腹が立って叱りたくなる。
 しかし「熱をおして遅れて学校に来たのではないか」「なにかわけがあって時間には、まにあわなかった。だが、がんばって登校してくれた」とみたらどうだろうか。
 そうすれば、ちょうど長距離走で、一周遅れでゴールする子どもを拍手で迎えるように「よくがんばって学校に来てくれたね」と、ねぎらいの言葉をかけたくなる。
 遅刻した子どもを「規則を破った子ども」とみるか「遅れてまで学校に来てくれた子ども」とみるかのちがいである。
4 かぎりなくやさしく接する
 やさしい態度で子どもに接するようにしたいものである。
 例えば、入院したとき、お医者さんが注射を打ちにやってきた。
「注射ですよ」と医者はつとめて明るい声で告げる。そして注射をうつ前に「ごめんなさいね。痛いですよ」といいながら注射したのには驚いた。
 注射は痛いにきまっているが、患者のためにしているのであって、医師が勝手に好きにやっているのではない。だから、なにも「痛い注射をしてごめんなさいね」と謝ることはないのである。にもかかわらず「ごめんなさいね」といいながら注射をした。
 これが医療現場の患者にたいする接し方である。人間にたいする共感的な、かぎりないやさしさの話法である。ひるがえって教育現場ではどうだろうか。あまりにも権力的ではなかろうか。
 例えば「朝からいやな話で悪いが」と前置きして暗い話をするといった、やさしい気配りがあってもいいのではないだろうか。
5 ありがとうと言う
 教師の中には「子どもは教師のいうことを聞くのはあたりまえだ」と思い上がっている人はいないだろうか。
 教師も、たまには、授業の終わりに「今日はみんな、いっしょうけんめい勉強してくれて、ありがとう」と、いってみたらどうだろうか。
 教師の指導が上手に展開したのは、子どもたちが協力してくれたからだ。ありがたいことだ、こう思える教師になるということである。
 教師の「ありがとう」は、子どもたちに、自分たちは人に感謝される存在なのだということを教え、自尊感情を育てることにも役立つのである。
6 ほめ上手になる
 子どもは「ほめて育てること」だとわかっていても、どうほめたらいいか、むつかしい。
 ほめるというと、なにか気のきいた感動句を用いたりしなくてはならないと思いがちだが、そんなことはない。
(1)
事実を認める
 子どもたちにとって、「事実を認められること」が、ほめられることなのだから、教師は事実を認めてやればいいのである。掃除当番をいっしょうけんめいにやっていたら「いっしょうけんめい働いているな」と笑顔で評価する。
(2)
普通であることをほめる
 もう一つは、「ふつうであることがりっぱなのだ」という観点である。とくに、すぐれていなくとも、ふつうであることをほめるようにしたい。
これがほめ上手のコツである。
7 身体からアプローチする
 子どもの行為はすべて心からでているが、その心は、身体が生みだしたものである。だから、子どもの問題行動にでくわしたら、まず、身体を見て、つぎに心をみるのである。まず「身体の具合が悪いのではないか」とみるようにしたい。
 例えば、掃除をさぼっている子どもがいる。この場合、どうするか。「どこか、身体の具合が悪いのか」と話かける。子どもが「いえ、何でもありません」といったら、「それはよかった。じゃ、掃除をやろうな」と、勧誘形でうながす。
それでもぐずぐずと掃除に身が入らないようだったら、つぎに心をみる。
8 長い話は聞かせる工夫をする
 教師の話はどちらかというと長い。子どもたちは「この先生の話は長い」と思うだけで最初から聞こうとする意欲を失う。
 そこで、話はなるべく短くする。一分間で、一つの概念を説明できるようにする。
あきあきさせない工夫は
(1)
笑いをとること
 笑いはCMタイムと考えればいいだろう。CMタイムのない話は、今の子どもたちを引きつけることはできない。
(2)
簡潔に話せるように、箇条書き話法を用いる
 例えば「これから三つの話をします。その一つは」と箇条書きのように話す語法である。ただし、小学校五年生でも、三か条まで、時間にして三分が限度である。
(3)
一人芝居話法を用いる
 落語家が、長屋の大家さんと熊さんの二役をこなすような、一人芝居話法を用いる。話を具体化する方法でもある。
(4)
具体的に物を提示する
 具体的に物や図を見せながら話す具体物提示話法を用いる。聴覚だけでなく視覚にも訴えて話すということである。
9 聞き上手になる
 教師は、話すことに長けなければならないが、同時に、子どもの話を上手に聞けるようにならなくてはならない。
子どもの話を上手に聞くには、
(1)
感情を聞く
(2)
「くり返しの技法」を用いる
ことである。
 例えば、子どもが教室で騒いでいて、机の角にぶつかって「痛いッ」と座り込んだような場合を想定してみる。
 痛がっている子どもに必要な言葉は、その痛いという感情をやさしく受けとめてくれる存在である。
  そこで「痛いッ」といったのだから「痛いの」とくりかえす。このくり返しは「先生はきみの痛さを受けとめているんだよ」ということを子どもに伝える。やさしさの語法である。
(家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)


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一人も見捨てられない「学び合いの授業」をするには、どうすればよいか

「学び合い」とは、一人も見捨てられない教育の考え方です。そのために、次の考え方を共有します。
(1)
子どもたちは有能である。
(2)
教師の仕事は目標の設定、評価、環境の整備をおこなう。
(3)
学習は子どもたちに任せる。
(4)
学校は多様な子どもたちと折り合いをつけて学び、目標の達成を経験する場である。
「学び合い」授業は、目標を示して、子どもたちに任せて、評価して、振り返りをします。
 例として、小学校2年生の「学び合い」の授業の展開はつぎのようになります。
(1)
授業の最初に、子どもたちに対して目標(課題、めあて)を示す。
教師「今日の課題は、全員の子どもたちができる〇〇です」
(2)
教師「はい、ぞうぞ」と、子どもたちに活動を任せる。
(3)
教師は子どもたちに任せたら、じゃまはない。すると、子どもたちは一緒に考え出す。
(4)
子どもたちは、あちこちで自由に説明し合う。 
(5)
教師は、残り時間がどのくらいあるのかを子どもたちに知らせる。
教師「あと、3分です。まだ分からないという、お友だちいないかなあ」
 みんなができているかどうかが大切です。
(6)
振り返りをする
 みんなが目標を達成したかどうかを、みんなで確認して、振り返りをする。
「学び合い」は、30年後の未来に生きる子どもたちを一人も見捨てられない共生社会を実現できる人として育てる教育です。
 それは言い換えると教師自身「〇〇しなさい」の文化から「考えなさい」の文化の構築への転換を求めている考え方の教育であるとも言えます。
 それは「子どもたちの有能な力を信じ」て、判断と決定、そして実行を「子どもたちに任せる」という「学び合い」の考え方と、教師自身の「ぶれない考え」と「一貫した本気」に支えられることになります。
 教師が何とかしようと思っている限り、状況はあまり変化しません。
 教師には限界があるので、子どもたちの力を信じて任せてみようと、発想を変えたとたんに、状況は劇的に改善します。それが「学び合い」です。
 学級づくりが基礎となって教科指導が行われるだけに、学級づくりがしっかりしていないことには、なかなか一人も見捨てない教育が花開きません。
 学級の持つ文化がそうでない場合には時間がかかります。
 そのときには「みんなが目標を達成するには、どうしたらよいのだろうか、みんなで話し合ってみよう」という働きかけを繰り返します。
 子どもたち自身による、子どもたちのためのサポートと、みんなができる学びを醸成していくことが必要です。
 学級づくりによって、一人も見捨てられない文化が構築されているクラスですと、爆発的でミラクルな子どもたちが展開されます。
 短期間で効果を期待する場合、異学年の「学び合い」がお薦めです。
(
三崎 隆:1958年新潟県生まれ、信州大学教授。専門は臨床教育学。一人も見捨てない教育の実現をめざしている
)

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学級の荒れが起こるのは、どんなときなのでしょうか

 学級はなぜ荒れるのでしょうか?
 はっきり言って、教師の力量不足が8割くらいでしょうね。多くの場合、いわゆる子どもとの関係づくりの失敗が大きいのです。
 教師と子どもとのつながりができていないのです。なぜ、できないかというと、一つは、教師が子どもに対する武器を持っていないからです。
 子どもたちをひきつけるもの、子どもたちが尊敬できるもの、そういうものが何でもよいから教師にあると、子どもは教師を一目置いて見ます。
 サッカーが上手でも良いし、走るのが速いでも良いし、絵を描くのが得意なのもありです。
 そういうものが一切なしで子どもたちの前に立って、ああしろ、こうしろと命令を繰り返しても、子どもたちにはひびいてきません。
 次に、教師と子どもの間にコミュニケーションがとれないからです。コミュニケーションは、授業中にもあるし、日常のありとあらゆる機会にも存在します。
 この日常的に行われているコミュニケーションのときに、教師はきちんと子どもたちと言葉を交わしていっているでしょうか。
 それができないと、本来、教師が子どもたちのために行っている全ての事が「先生が勝手にやっていること」になってしまうのです。
 学級の荒れが起こるときは、どんなときなのでしょうか。
1 トラブルで教師が子どもを納得させられないとき
 いじめや暴力等の複雑な問題は複数の教師や管理職であたるのが基本です。
 ちょっとした小競り合いやけんかのような場合は、まずは、トラブルがあったときに、子どもの思いをよく聞かねばなりません。一部の子どもの声だけを取り上げて、子どもを叱ると不公平になります。
 複数の子どもたちから話を聞くことで、事実を正確に把握することができます。
 私は、子どもたちからの話を聞いて、A3の大きな紙に描き込んでいきました。全員から一通り聞き終えたところで「付け足すことは?」と尋ねて、確認して事実の把握していました。
 保護者から「なんで、うちの子が叱られたのですか?」というクレームがきたときに説得することができます。
2 教師に笑顔がない
 子どもたちと一緒に笑うって、とても大事なことなんですよ。一緒に笑うと、安心感が生まれやすいのです。
 荒れる学級にしていく教師には、間違いなく笑顔が足りません。
3 子どもたちのガス抜きができない
 教師が子どもたちをぎゅうぎゅうに締め付けて、学級を維持させて、荒れをつくるバターンです。緊張を長い時間続けることには、限界があります。何かの出来事をきっかけに崩壊します。
4 授業が分かりにくい(おもしろくない)
 分かる授業は、どの子どもにとっても楽しく、授業が嫌じゃなくなってくるのです。
 分からない授業は退屈です。そういう授業をしている教師に対して否定的になるのは当然ですよね。
 1日に一教科でも、おもしろいなと感じさせられたら荒れる確率も少しは抑えられるでしょう。
5 子どもを教師の思うようにコントロールしようとする
 子どもに恐怖心を与え、プレッシャーをかけて、子どもをコントロールしていくやり方をする教師がいます。
 子どもは人格を持った人間です。ペットのように厳しさで調教することはできないのです。
6 子どもとのコミュニケーションが成立しない
 全国各地で若手教師の授業を観ていると、子どもたちとコミュニケーションが成立していない状態を見かけます。
 コミュニケーションのある授業とは、子どもたちの反応に応じて
「今のは、どこか分かりにくかったかな?」
「なんだか、みんな困ったような顔をしているね」
とか、問い直す授業です。
 また、一人の子どもの発言に対して
「みんな、Aくんの言ったことを、どう考えるかな」
とクラス全体に返す授業のことです。
 自分勝手なペースで授業を進めている教師がいます。そういうクラスでは、子どもたちは授業が進むにつれて、どんどん学習から離れていきます。子どもたちは教師からも距離をとるようになっていくのです。
7 子ども一人ひとりとのパイプがない
 子どもとは、教師と一人ひとりつながっていくパイプが必要です。パイプとは
(1)
子どもたちと一緒に遊ぶ
 一緒に遊んでいると、子どもたちは素顔を見せてきます。どこか仲間意識が芽生えて、話を聞いてくれることもあるのです。
 教師は遊んでいるとき、公正なお山の大将になれます。
(2)
趣味を共有できる
 子どもと趣味を共有できたら、その子とつながることができます。
(3)
日記でつながる
 日記は子どもたちと個別につながる有効な手立てです。
 学級崩壊状態の五年生の担任が、個々の子どもたちとの日記のやりとりをしていたら、何人かの子どもたちが「わたしは今のままではいやなんです」という声を聞かせてくれました。
 それで、その子たちのために最後まで続けることができました。
 教育は、結局は一人ひとりとの関係の上に成り立ちます。日記は関係づくりの手立てのひとつです。
この7つです。
((
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演
)

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教師を攻撃する方法から見た、モンスター・ペアレントのタイプとその対応

 学校現場をかき回し、教師をおびやかし、消耗させていくモンスター・ペアレントは教師を最も悩ませる存在となりました。
 激しい罵声を浴びた教師は心を病みます。その破壊力はまさに怪物そのものです。
 行動面とくにエネルギーの出し方から見たモンスター・ペアレントのタイプとその対応方法は
(1)
突発型
 モンスター・ペアレントが話をしているうちに、怒りがこみ上げてきて爆発し、会話がまったく成り立たなくなるタイプです。
 自分で感情を制御できなくなっていると、教師がいくら論理立てて説明したり、説得しようとしたりしても効果がないので、熱が冷めるのを待つことが優先されます。
(2)
粘着型
 モンスター・ペアレントが執拗に教師と接触を図り、ねちねちと同じ話を繰り返してくるタイプです。
 一度、話を聞いて納得しても、再び不安が襲ってきて、電話をかけてしまうバターンが少なくありません。
 邪険にすることは避けねばなりません。ただし、教師の都合を考えられなくなっているので、対話する時間を区切ったり、同僚教師に対応の協力を頼んだりするなど、教師が自分の仕事やペースを乱されないようにする必要があります。
(3)
怒り放出型
 言いたいこと、怒りたいことをため込み、エネルギーを満タンにしてくるタイプです。
 電話口でいきなり怒鳴り始めたり、突然、乗り込んできて、まくし立てる場合が少なくありません。
 モンスター・ペアレントが最大のパワーの状態では、対話も成り立ちませんから、まずはモンスター・ペアレントのエネルギーを放出させます。
 タイミングを見計らって切り返すことが必要です。
 何時間でも平気で話し続けるモンスター・ペアレントがいますが、必ず息継ぎをする瞬間があります。そのときに、やや強い言葉を発することで、相手の勢いを止められる場合もあります。
(4)
怒り循環型
 怒っているときと、そうでないときが交互にあらわれるタイプです。
 常に怒りをぶつけ続けているわけではなく、ふだんどおりに会話できることもあるので、話を理解してくれているのかなと思ってしまう。
 しかし、怒りのモードになると、すべてを忘れてしまったかのような言動を繰り返すので、受け止める教師側は、エネルギーを消耗してしまいます。
 教師はどの段階で話を締めくくりにするかを見極めながら接する必要があります。
(5)
無言型
 黙ったまま居座り続けたり、対話の途中で困った状況になると何も言わなくなってしまったりするタイプです。
 あまりに長時間にわたって居座り続ける場合は、仕事に支障をきたすことにもなるので、警察など外部の力を借りることになりますが、まずは、相手が反応する言葉を質問によって引き出すことに努めましょう。
 ひとつだけの特色だけが前面に出ているモンスター・ペアレントもいれば、二つ以上のモンスター・ペアレントもいます。こうしたタイプにあてはまらない相手もいます。
 モンスター・ペアレントを決めつけてはいけません。あくまでも、一人ひとりの状態を把握し、冷静に接するための第一段階をクリアできたと考えることが大切です。
(
本間正人:1959年生まれ、ミネソタ州政府貿易局日本室長、松下政経塾研究主担当等を経て京都造形芸術大学教授。学習学協会代表理事、学習学の提唱者)

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教師の「話す力」とは、どのような力でしょうか、そのポイントとは

 話す力とは、いったいどのような力でしょうか。
 話す力とは「話す内容+声+態度」×「相手への思いやり」です。
1 話す内容
 話の内容は、事前に準備することができます。十分な準備を心がけるだけでも話す力が伸びます。
よい話の条件は
(1)
わかりやすい
(2)
ためになる
(3)
ユーモアがある
(4)
結論が先にきている
(5)
 
話の最初に「番号」や「見出し」をつけて、しっかりと伝わるように整理して話す
ア「第1に、第2に、第3」とポイントを絞って話す(ナンバリング)
 複数のことを伝える時には、冒頭に数字を示すとよい。それによって話の中身を整理することができる。
例えば、
「先生が話すのは3つです。1つめは、~。2つめは、~。3つめは、~。以上3つがポイントです」
 話す数だけでなく、その順番も考えておくといい。また、話す数は3つ程度がよい。
イ 話に見出しをつける(ラベリング)
 話に見出しをつけ、何を話すのかを聞き手の子どもに伝えるのも1つの方法である。
 話に見出しをつけると、話の予告をすることにもなる。例えば、
1つめは、○○○○ということです。(説明)
2つめは、△△△△ということです。(説明)
 こうすることによって、子どもたちは教師が今、何の話をしているかがわかり、安心して聞くことができるようになる。
2 声
 声の大きさだけの問題ではありません。同じ内容の話でも、ボソボソと話すのと、ハキハキ話すのとでは、伝わり方が全く違います。
 声の高さは、無理なく出せる高さがいいでしょう。ふだん話している声の高さがいい高さです。
 母音(あ・い・う・え・お)の発音に気をつけながら壁に向かって声を出します。例えば「アー」と長く発音した方が、壁から跳ね返ってくる自分の声が聞き取りやすくなる。繰り返すうちに発音がハッキリとしてきます。
 まず、壁から50cmの位置から始め、自分の声を聞き取れるようになったら、1m、2mと壁との距離を伸ばしていきます。壁から離れるにつれて、声が大きくなっていきます。
 話し手は、聞き手に向かって、意識して相手に伝えようとする「届ける声」で話すことが大切です。
 例えば、話し手は、4~6m離れた複数の背中を向けた聞き手に「おーい」「こんにちは」「お元気ですか?」などの短い言葉をかけます。何回か繰り返すうちに、特定の人に声が届くようになっていきます。
 なかなか声を届けられないときは「3秒間、息を吸って、2秒止め、15秒で吐き出す」というトレーニングを繰り返して行い、力強い声を出せるようにします。
 何もせずに「出てくる声」を話す声だと思っている人が多い。まずはその意識を変えることが大切になります。
 声はすぐに変化するものではありません。時間をかけて育てるようにしましょう。
3 態度
 姿勢や視線、身ぶり、手ぶりなどです。
 話に合わせて表情を変えたり、身ぶり手ぶりをしたりすることで、話を「見える化」することが大切です。
 話は聞かれていると同時に、見られています。目からの情報が聞き手に大きな影響を与えています。
4 相手への思いやり
 聞き手の立場になって考えることができるか、ということです。自分よりも相手を考えることが大切です。
 この「相手への思いやり」だけが、かけ算になっています。もし、これが0だったら、話す力は0です。
 つまり「相手への思いやり」が話す力の最も重要な要素なのです。「相手への思いやり」を高めることが、話す力に大きくつながります。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞
)

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学級の荒れをなくすには、話し合いをしても、具体的な活動がなければできない

「明るい楽しいクラスにしよう」と呼びかけても、そのようなクラスにはならない。そのための具体的な活動がなければできない。例えば、
(1)
「明るく楽しい」とはどういうことか。
(2)
それを具体化するために、どんな活動をすればよいか。
(3)
目標を細分化することによって、自分たちが何をすればよいか。
(4)
活動を組織した後、その活動が尻すぼみにならないように、どのようにチェックしていくか。
を考え、具体的に活動していくことが大切である。
 私は異動して来て、いきなり六年生の担任になり、何の引き継ぎも受けなかった。
 前年度、クラスが学級崩壊していたことを知ったのは、家庭訪問で保護者と話をしているときだった。
 私のクラスは二学期後半から荒れ出し、学級崩壊した。
 授業中の私語が止まらない。窓から物が捨てられる。教室内にゴミが散らかっている。ケンカが絶えない。「地震が来た」と言って机を倒す。
 そんな中、私は何一つ指導できず、小学校卒業まで時は流れたのである。
 その兆候を感じたのが、夏休みの自由研究の作品を見たときである。一つの作品に二人の名前がある。後に荒れの中心となるHとSである。
 Sの名前の横に付け足したようにHの名前があった。Hがさぼって作品を作ってこなかったのだ。
「共同制作なの?」とたずねると、ニヤニヤしているだけであった。「もしや」と思ったが、私はそこで何も対処しなかった。そのまま流してしまった。
 この時点で、私は二人に負けていたのである。その後、二人は学級で荒れの中心となり、それに周りが同調し始め、学級が崩れてしまった。
 学級が荒れた状態にある中、何度か、学級をよくしていくために学級会を開いた。子どもたちに、
(1)
今、困っていること
(2)
今困っていることを直すために、どのようなことをしたらいいか
を意見として書いてもらい、話し合った。
 これらの話し合いは、その後の学級生活の改善につながらなかった。子どもたちの心に響かない話し合いはムダであった。原因は「具体性のない対応策」であった。
 あれから数年がたったが、現在の私なら、次のような方策をとる。
1 何をするのか明確にした活動
 年度始めに、子どもたちの願いや教師の願いを込めた学級目標をつくる。
 何をしたらいいのかがわかるように、目標に具体性を持たせる。
 例えば「明るく、楽しいクラス」という目標を立てたとする。そのために、どんな活動をするのかということを具体的に考えさせる。
「明るく、楽しいとは、どういうことですか」
「みんなで、よく遊ぶこと」
「では、みんなで遊ぶためには、どうすればいい?」
「遊ぶ係を作ればいいよ」
「係の活動に、チャレラン係、レクレーション係をつくる」
というふうに、目標を行動化できるようにする。
 また、取り組んだことを、みんなでお祝いできるように、ゲームやパーティなどを企画するものいいだろう。
 みんなで何かを達成したら、成就感を味わわせるために、簡単なゲームでいいから、
「今から、何でもバスケットをやります。机を廊下に出して丸くなります」
と、すぐに実行するのである。
 これが楽しければ、継続して取り組む目標に意欲的になる。
2 子どもの活動をチェックする
 活動の組織ができれば、次は実際の活動である。係の活動が軌道に乗るまで教師の方で進めてしまえばいいのである。教師の進め方が、のちの係の参考にもなる。
 係が活動するようになってくれば、全体でチェックできるシステムをつくる。私は次のような評価活動を考えた。
(1)
係の活動に対して、楽しかったこと、よかったことなどの感想を書いてはる。
(2)
活動をあまりしていない係は、教師が少しの活動を見つけ、それを紙に書いてはる。
「楽しいレクレーションをしてくれて、ありがとう」などの感想を読めば、次の活動も頑張ろうという気持ちになるし、活動をあまりしていない係に対しても刺激にもなる。
3 対応の迅速さと綿密さ
 私の場合、夏休みの作品をやってこなかったことがわかったとき、すぐに手を打つべきだったのだ。
 学級の話し合いを、その後に生かすためには、もっと用意が必要だったのである。
 保護者や管理職と相談して協力をお願いしたり、話し合いで出された意見をどう具体化するか、前もって綿密に考えておかなければならなかったのである。
 子どもたちが反抗のアドバルーンを上げているときから、1(教師)対多(子ども)ではなく、多(教師+子ども)対1(ボス)という陣形であることが、荒れに勝利するカギである。
 最後に、最も大切なことは「授業の腕を上げる」ことであろう。1日の大半は授業である。授業の力がなければ、子どもたちは荒れる。
 子どもが授業中うるさいというのは「授業がつまらない」というサインだと考えればよい。
(
安野信人:北海道公立小学校教師)

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自然の本質にふれ合うと、子どもの本質とふれ合うことができ、子どもの事実を動かし、子どもをよくしていくことができる

 私は、私が歌人であったことが、教育の仕事のなかでどんなに役に立ったかわからないと思っている。
 自然をよくみることは、子どもをよく見つめることと同じだからだ。
 自然と心をふれ合わせることは、子どもとか、同僚の教師とかと、心をふれ合わせることと同じだからだ。
「自然の本質」とじかにふれ合うことができるということは「子どもや同僚の教師の本質」と、じかにふれ合うことができるということだからだ。
 正岡子規が明治33年につくった歌
真砂なす数なき星のそのなかに吾に向かいて光星あり」
という歌がある。
 私はこの歌がすきで、よくそれを口ずさみながら、星をみたり、草や木をみたりするが、真砂のようにたくさんある星のなかから、自分と心を通い合わせている星を持つことのできる人間に私は感動する。
 こういう自然との心の通い合いのできる人間であってはじめて、子どもとも心を通い合わせることができるのだ。
 教師はもっと自然をよく見、自然から学び、自然と心を通い合わせ、自然や人間の本質と、じかに交流できるようになる必要がある。
 自然や人間から豊かに、ものを学びとり、自分を豊かに変革していけるような謙虚な人間になる必要がある。
 教育という仕事は、具体的な子どもの事実についていき、具体的に子どもの事実を動かし、子どもをよくしていかなければならない仕事である。
 事実をつくりだしたり、事実を動かしたりするためには、それまでに自分が持っている、知識とか経験とか技術とかを総動員して、立ち向かわねばならない。
 それとともに、事実にしたがって、あたらしく創造もしていかなければならないものである。事実はいつも同じだとはかぎらないからである。子どもの事実にしたがって考え、創造的な仕事をしていかなければならないものである。
 教育の仕事は、教師の精神の飢えを感じることによってつくり出されていくものである。
 絶えず自分自身や子どもたちの現実に対して飢えを感じ、そこから抜け出そうとして、何かを求め続けることによって、はじめて創造は生まれるからである。
 飢えを感じないということは、現状に満足し、停滞し固着していることであり、自分自身や子どもたちの現実に鈍感になっているということである。
 これでは、創造的な教育の仕事などとおよそ関係のないところにいるわけであり、子どもを固着させ、停滞させてしまうだけである。
 そう考えると、自分自身や子どもの事実に対して飢えを感じるということは、教師としての一つの重要な資質となると考えてもよい。
 飢えを感じることがあってはじめて、きびしく仕事をしていくことができるからである。また、一つの地点に到達したときも、その地点での新しい飢えをつくり出し、さらに別の世界を追い求めていくようになるからである。
(斎藤喜博:1911年-1981年、群馬県生まれ。1952年に島小学校校長となり11年間子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践し、全国から一万人近い人々が参観した。退職後全国各地の学校を教育行脚、「教授学研究の会」を主宰した。多くの教師に影響を与えた昭和を代表する教育実践者)


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7月にはどのような学級づくりができるでしょうか

 7月は、1学期を振り返り、子どもたちが自分なりに成果を確認し、達成感をもたせることで、2学期への意欲を引き出す時期でもある。また、夏休みを有意義に過ごすための動機づけも大切である。
1 学習成果や作品をまとめさせ、子どもたちに達成感をもたせる
 話し合いだけだと、4月当初からの記憶があいまいとなり、1学期全体を振り返ることがむずかしいので、記録や作品を手がかりにする。
(1)
子どもたち個人の作品やワークシートなどをまとめたり、ファイルしてあった物を見直したりして、学習の成果を実感させる。
(2)
カードへの書き込みや相互評価などを通して自分の努力を確認する。
 振り返ることで、努力の成果や成長を実感できれば、子どもたちは「自分はやればできる」という自信となって、これからも努力する意欲が高まる。
2 個人のめあてを反省させ、次の意欲をもたせる
 振り返ることは、これまでの自分の努力や成長を確認する機会である。
 結果のよしあしではなく、それを受けて次にどうするかに目を向けさせることが大切である。
(1)
めあてを達成できたか、どんなところができなかったかを振り返らせる。
(2)
達成できなかった場合は、目当ての立て方を検討したり、次のめあてにつなげるための援助をする。
3 学級の成長を振り返り、帰属意識を育てる
 みんなで学級のめあてを決め、それに向かって協力して活動してきたことを振り返ることは、一人ひとりの学級への帰属意識を高める。
「自分ががんばったこと、誰かががんばったこと」を話しましょう。
 学級集団での活動で「このクラスでよかった」という手ごたえは、積極的にかかわろうとする意欲を生み、マナーやルールの理解が深まります。また、対人関係能力を育成することにもつながります。
(1)
学級のめあてが達成できたかを振り返る
(2)
行事での学級のみんなの様子を教師が語り、努力を振り返る。
4 夏休みで、子どもたちの気持ちをとぎれさせない工夫
(1)
子どもたちがお互いに認め合い、人間関係を深める
 仲間に愛着を感じ、夏休みで教室を離れても、良好な人間関係を築いていこうとする意欲をもたせる。そのためにも構成的グループエンカウンターの「いいとこ探し」で認め合いを行う。
(2)
夏休みや2学期の行事に向けて、準備や目的意識をもたせる
 夏休み中に学校生活と家庭生活を完全に立ち切らない工夫を考える。
「9月の水泳大会に向けた夏季プールへの参加」「秋季運動会に向けた体力づくり」「補習」等で、かかわりが不足した子どもたちとふれあう。
(
品田笑子:1954年生まれ、東京都公立小学校教師を経て都留文科大学特任教授。上級教育カウンセラー)

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学級の子どもたちの「もつれた糸」を、どのようにすればときほぐすことができるでしょうか

 担任Sのクラスの女生徒Aさんが9月中旬になっても学校を休み続けている。理由は「親しかった友だち3人とのトラブルで、クラスのみんなから無視され耐えられないから」ということだった。
 担任がAさんの家に電話すると、母親は「クラス中が無視するなんて、ひどすぎます。子どもと話し合った結果、転校した方がいいということになった」と話し、家庭訪問も断られた。
 若い担任Sは困って、学年会で知恵を借りたいと言ってきた。学年主任の私は次のことを提案し了承された。
(1)
すぐに転校と、あせって結論をださないように、少し待ってもらうこと。
(2)
「一方的ないじめ」ととらえずに、両者の誤解にもとづくものとしてとらえ、もつれた糸をときほぐすのが、私たち教師の仕事と考えること
(3)
事実関係を3人の女の子から慎重に聞くこと。
 担任はAさんとトラブルがあった3人の女の子たちから事情を聞いた。すると「ぜんぜんそんなことはしていない。直接本人と会って話がしたい」ということだった。
 誤解があるということがわかったので、誤解をとくという方法だと、明るい見通しが持てるようになる。
 でも、誤解を解くにはAさんに学校に来てもらわなければならない。担任に電話してもらったが「子どもの気持ちが整理できていないので」と断られてしまった。
 私は困ったときには、子どもたちに聞いてみるようにしています。私のクラスの女子グループに聞いてみた。
 すると、Aさんのことが心配でAさんの家に行って話をしてきたそうで、内容は
「イジメがあったみたいなんだけど、私も経験あるから、そんなことでくじけちゃだめよとはげましたら、転校って、だんだん言わなくなってきた」ということです。
 その後も説得を続けてくれた。おかげで数日後には、Aさんは校門のところまで来て担任と話ができるようになった。
 担任は最後のチャンスと思い、長時間Aさんと話し合い、翌日に対立関係のある3人の女の子たちと話し合いができるようになりました。
 私は両者とよい関係にあったので、話し合いに立ち会いました。私ははじめにつぎのように宣言しました。
(1)
この話し合いは、両者とも明日から気持ちよく学校に来てもらうために開いた。
(2)
私は両者の言いたいことと事実をひとつずつ整理し、誤解があるなら、それを解くためにいる。だからどちらの味方にもならない。
(3)
ここでは「自分の出会った事実」が優先し「人から伝え聞いた話」は信用度が低いと考える。
(4)
自分が誤解していたり「悪かったな」と素直に思えたときは「ごめめんなさい」を言ってほしい。
 こうして、事実の一つひとつについて確認し、そのときの自分の真意を言ってもらうと、3人の女の子たちは知らないうちにAさんをキズつけることを言っていた。
 一方、いじめられたというAさんも、自分の思い込みや、他人のうわさをそのまま信じていたことがわかってきた。
 一つずつ解決していったが、両者は「なかよくなれそうにもない」という答えが返ってきた。私は
「そういうのを相性が悪いって言うだよね。大人の世界でもよくあることだよ」
「じゃあ、これからは事務的なことはしかたがないけど、それ以外は関係ないでやってください」
「この学年には170人もいますから、明日からは、それぞれに『仲の良い友だち』をつくってください」
「ただ、関係ないとはいっても、またいつか仲良くなる可能性も残しておいてね」
 あれから1か月、Aさんには新しい友だちができ、元気に学校に来ている。一方、3人の女の子たちにも笑顔がもどった。
 Aさんのお母さんが参観日に私のところまで来て「何とお礼をいったらいいか」と涙を流していた。私は「よかったですね」と言った。
(
山路敏英:元東京都公立中学校教師、明星大学の講師
)

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ふれあいのあるクラスづくりをするには、具体的にどうすればよいのでしょうか

 ふれあいのあるクラスは伸びやかな、楽しい雰囲気が生まれ、人間関係や学力の向上が見られる。
 ふれあいのあるクラスは、子どもたちが楽しそうで、のびやかである。教師も明るい。子どもたちも明るく、笑い声が絶えない。
 何かをするときは、集中して、真剣に行う。緊張感がある。終われば、和やかな雰囲気になる。
 ふれあいのないクラスは、子どもたちの顔がこわばっている。どこかぎこちない。差別がある。どこか暗い。さめている子がいる。どこか真剣みがない。
 今、子どもたちはクラスとしての意識がないままバラバラな状態で学校に来ている。
 今こそ、ふれあいのあるクラスづくりを行う必要がある。
 ふれあいのあるクラスづくりの根底にあるものは、子どもたち一人ひとりを受け入れるということである。
 どの子に対しても、どんな場合でも「ほめ、話しかけ、励まし」続けることである。
 ひと言をプラスして、ふれあいのあるクラスにするには、どのようにすればよいのでしょうか。
1 教室でのあいさつは「おはよう+ひと言」でふれあう
 子どもの名前を呼んで子どもをほめる。
「〇〇さん、おはよう。今日も元気に来たね」などと、気づいたことを、元気の出る言葉にしてほめることである。
2 握手+ひと言でふれあう
 係の仕事が終わったら報告させる。そのとき、握手をしながら「ありがとう(ご苦労様)、助かったよ」と、目を合わせ笑顔で対応する。
3 ワークテストは「点数+ひと言」でふれあう
 ワークテストを返すとき、ひと言書き添えて返したい。短い言葉でズバッと書くのがよい。保護者も見るので、担任の姿勢を見せることにもなる。丁寧な字で書きたい。
 例えば「おめでとう、よくできたね!」「おしかったね!」など、もらってうれしいひと言を添えるのがコツである。
4 ノートには「名前+ひと言」でふれあう
5 お誕生日は「学級通信+ひと言」でふれあう
 お誕生日のお祝いのひと言は、本人とクラス全体のきずなを深める貴重なメッセージである。
 誕生日には、学級通信(号外)をだしている。次のことを載せている。
(1)
本人の「がんばりたいこと・すきな遊び・得意なこと・できるようになりたいこと・ゆめ・たからもの」を載せる。
(2)
本人の写真(友だちも周りに集まり笑顔で撮る)
(3)
「先生から」「学級全員」からのお祝いの言葉
お祝いの言葉を読み上げると、本人もうれしいし、クラスの仲間もにこにこしている。
6 欠席する子どもに「お見舞いカード」+ひと言でふれあう
 欠席した子が一番心配なのは、どんな勉強をしたかである。その内容を伝え励ますのが「お見舞いカード」である。
 カードの記入は、欠席した子がいる班が書く。
(1)
一時間目からの教科名と授業の感想と書いた子の名前
(2)
先生からのひと言
(3)
おもしろい出来事と書いた子の名前
(4)
連絡事項
 届けるのは、カードと、その日に配布したプリント類。近所の子か担任が届ける。
7 授業で指名するときに「ひと言+名前」でふれあう
授業で教師の発問で子どもを指名するとき
「姿勢のりっぱな〇〇くん」
のように指名すると、ただ名前を呼ばれた時よりも、ずっとうれしそうである。
「聞き方のいい人に当てようかな」などと言って、指名すると学級全体が引き締まる。ちょっとした緊張感が教室を包む。
 ときどき「このクラスは、みんながにこにこしていて教えるのがとっても楽しいね」と、クラス全体をほめることも必要である。
 このように、個人とクラス全体を意識して、ひと言を添えるとクラス全体が明るくなり、楽しくなる。
8 黒板に「キャラクター+ひと言」でふれあう
 教師が早く教室に行けないとき、黒板にキャラクターの絵を描いて、ふきだしにひと言書くのである。私の場合は「きりん」がメッセージを伝える。
「今日の朝学習は、プリントです。日直さん渡してね」
「みなさん、おはようございます。今日もあつくなりそうですが、元気にがんばりましょう」
 こうすれば、朝の活動をスムーズに進めることができる。また、教師が出張でいない時もメッセージやお願いを伝えることができる。
9 帰りの会のあと「見送り+ひと言」でふれあう
 毎日はできないが、帰りの会の後、校門まで子どもを見送る。週末や学期末などに行う。
 ふだん会話が少ない子や家でのくらしが気になる子などに「これから、帰ってなにをするの」「だれと遊ぶの」と声をかける。
 時には、子どもたちと一緒に校門の外にまで出れば、誰と帰るのか友だち関係もよくわかる。遊びながら帰るのかがわかる。ふだん見えないことが見えてくる。
 子どもたちも先生に見送られていると思うと、うれしいし安心する。教室でさよならするよりも、ずっと親近感が増す。
(
平藤幸男:1960年生まれ、岩手県公立小学校副校長)

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子どもをほめることは、叱ることよりも難しい、ほめ方がうまくなるにはどうすればよいか

 人の短所は、見ようとしなくても見えてしまいます。しかし、長所は意識しないと見えません。「ほめる」ことを意識すると長所が見えてきます。
「ほめたいのだが、ほめるところが見つからない」という教師は「できて当たり前」と考え、評価基準が高すぎることはないでしょうか。
「欠席しない」「忘れ物をしない」「元気がよく、活発である」など、本気でほめたいと考えているならば、どんなことでもほめる要素は無尽蔵にあります。
 教師は、子どもと信頼関係をつくり、子どもの個性や夢を引き出し、実現させることが大切です。
 ほめるというのは、この信頼関係を築くためです。信頼を得るまでには、手間も時間もかかるものです。
 教師も人間です。「どうしても気が合わない」という子どもがいたら、どうしますか。
 気が合わない子どもは、なおさら、悪いところばかり目についてしまうので「気の合わない子どもの長所を探しながら見る訓練」をします。
 長所は行動に表れますから、その行動をつぶさに観察し、記録しましょう。私は一日に三つ、子どもの長所を記録しています。
 さらに、私は気が合わない子どもをほめるとき、ほかの子どもを使ってほめています。
 そのほめ言葉が、回りまわって、本人の耳に入り、人間関係の修復に役立つことがあります。
「うなずき」や「あいづち」は、ほめしぐさです。
 話をしているとき、相手が「うんうん」と、うなずいてくれると気分がいいものです。話を理解し肯定してくれていると感じるからです。
 やや前かがみになり、目を見て、タイミングよくうなずいてください。話に熱が入ったところなどには、より深くうなずきます。
 教師が子どもに信頼されるためには「あなたの存在を感じていますよ」と、子どもを認知することから始めます。
 それによって、人間関係の土台ができれば、ほめる効果は確実に積み重なっていきます。
 子どもを喜ばせることばかりを意識すると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。これでは、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 教師の心理状態は無意識のうちに、表情やしぐさににじみ出るものです。言葉だけでどんなに繕っても本心が見抜かれてしまいます。相手を心からほめる気持ちを持つことが大切です。
 子どもから信頼を得るためには、次のように順序があります。
(1)
子どもの可能性を認める
(2)
子どもの行動や気持ちに注意を払ったり、気にかける
(3)
子どもの立場や気持ちをくみとる
(4)
子どもの良い点も悪い点も受け入れる
(5)
子どもの実績をほめる
どんな子どもでも、高く評価してくれる教師の話には熱心に耳を傾けます。
 教師は、子どもをほめることを通して、新しい発想ができるようになり、能力を高め、人間力も高まります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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教師の話し方は教師の武器だ、大切なポイントとは

 話は誰でも簡単にできる教師の武器である。しかし、効果的に使うとなると奥が深い技術です。よい教師の話し方は 
(1)
話し方に「切れ」がある
 教師の話には「切れ」が必要です。例えば
「今月は〇〇さんと△△くんの誕生日だね。おめでとう! 拍手―!」
「今月は五月(さつき)だね」
「この時期や、梅雨の間の晴れの日を『五月晴れ』って言うんだよ」
「『五月の鯉の吹き流し』という言葉を知っているかな?」
「鯉のぼりのように腹の中に何もない、さっぱりした性格のことで、江戸っ子の気質を表しているんだよ。いい性格だね」
なとど、切れのよい話題を添えて祝ってあげられるかどうかで、人気度は変わってきます。
 逆に、よくない教師の話し方は、例えば、
 言葉がうまく出てこないとき「エー」が乱発される話し方ほど、聞きづらいものはありません。
 同じ話題の中で2回以上「エー」と言わない教師になりますという誓いでも立ててもらいたいくらいです。
「いわゆる」「つまり」「ですから」が口癖になっている教師もいます。
(2)
話の最初(つかみ)を30秒以内に収める
 話の最初(つかみ)を30秒以内に収めることも大切な技術です。
 30秒かかっても、子どもを引きつけられない話題は、面白くない話題です。
例えば国語で
「昨日読んだ『ごんぎつね』では、きつねが兵十の撃った鉄砲で死んでしまって悲しかったね」
「でも実は、きつねは今も生きているかもしれないよ!」
「知多半島の山で、きつねの巣みたいな穴が発見されたっていう新聞記事がありました」
というような入り方を心がけたいものです。
 つまり、子どもを驚かせる意外な話題から入ることをお勧めしたいのです。
 どんな授業でも最初の30秒が決めてになります。「今日、先生はどんな授業を用意してくれているのかな?」と楽しみに待たれるくらいの教師になりたいものです。
 教師は自分のオリジナルの「つかみ」を何種類か開発してください。
(3)
授業にノッてくる指名のコツ
 指名は、教師と子どもの信頼関係を強める機能があります。授業にノッてくるためのきっかけにもなるので、教師に必要な力量として身につけたいものですね。例えば、
「まず、最初にAくんを指名して答えてもらおう。そうすれば、引きずられてCさんも手をあげるに違いない」とか
「最初から答えに近づく回答がでると授業の深化が図れないので、まずBくんに意見を出してもらい、ほかの子に共通化してから、さらに別の子どもの意見を引き出そう」
といった、授業の流れをつくるための指名の順序の方法を考案したいものです。
(3)
ほめじょうずになる
 例えば、算数の時間で簡単な問題を間違えています。何と声をかけたらよいでしょうか。
「がんばっているね。ここは間違っているけど、ひとつ前の問題はできているね。先生はうれしいな」
 子どものがんばりを認め、できたところまでをほめてあげる姿勢が大切です。
 その子の力で「ここまで、できたね」と認めてあげることがポイントです。
 朝のあいさつは笑顔でほめる。
 朝のあいさつこそ、笑顔でしたいものです。口角をちょっと上げて微笑み、目に力を少し込めて「オハヨー」と子どもたちを見わたします。
 そして、見わたしながら、子どものしぐさの変化(よい点)に気づくように心がけます。
「〇〇くん、今日もあいさつ元気いっぱいだね」と、具体的にほめてあげましょう。
「先生が、自分を見てくれた」とうれしさで教室がぱっと明るくなり、一日のスタートがうまく切れるでしょう。
(4)
子どもの話をよく聴いて、認めてあげ、教師の気持ちを伝える
 子どもが教師に伝えようとしているときは、
 教師が子どもの言った言葉をオウム返しのように繰り返してあげることで、子どもは「先生はちゃんとぼくの話を聞いてくれている」という安心感を抱くようになります。
 さらに、教師が「先生は、いつも〇〇くんのことを心配しているんだよ」と自分の気持ちを伝える言葉をかける。
 子どもにとって「そうか、先生に心配をかけちゃったんだ。じゃあ、どうしたらいいかな」と子どもが自分自身で考えるきっかけとなります。これはとても大切な指導です。
(
寺本 潔:1956年熊本市生まれ、筑波大学附属小学校教師、愛知教育大学教授を経て玉川大学教授。中央教育審議会専門委員(社会)等を経て日本社会科教育学会評議員)

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保護者の中には「話してもわからない人もいる」のだ、と心得ておくことも、教師のメンタルヘルスを守るうえで必要です

 ある中学校の女性担任の学級には、不登校の生徒が複数いました。
 学級の中に、グループのリーダー的な存在の女子生徒がいました。
 少々暴走して周囲の生徒に服従をしいたり、いじわるをしたりするので、グループから敬遠され気味になっていた。
 保護者会にその女子生徒の保護者が出席し
「不登校の生徒がいるから、クラスの雰囲気が悪いのではないか」
「先生のせいで、不登校の子が学校に来られないんでしょ」
と、一方的に担任を責め始めた。
 その保護者は、わが子の暴走が行き過ぎて、友だちに敬遠され始めたので、担任に「グループの仲間との仲をとりもってほしい」というお願いではなく「わが子は悪くなくて先生が悪い」という主張であった。
 担任は「話せばわかるはず」と、誠実に対応していた。しかし、担任はうまく事を収拾できないので、自分自身を責めた。
 保護者の執拗ないいがかりに、担任があわやつぶれそうになる寸前で、他の保護者が見かねて
「先生は、がんばっておられると思います」
と、保護者全体の前で担任をフォローしてくれたので、糾弾会の色合いが失せ、担任Aはなんとか勤務を続けることができた。
 ぶの悪くなった保護者は、その後、他の保護者のいる保護者会には出ず、矛先を管理職に変えて訴えをくり返し、わが子を正当化しようとした。
 こういうタイプの保護者は、わが子から直接、話を聞いて痛みをわが子と共にし、一緒に今後を考えようとしない。
「子どものために、学校を訴える」やり方にすり替えることで、わが子のために、親ががんばっている姿をわが子に見せることで満足を得ているようです。
 また、学校が悪いことにして、自分の弱さを見ることができないようです。未熟なパーソナリティを抱かえた親という見方もできます。
 熱心な担任は、誠実さを逆手にとられた形となりました。誠実だったからこそ、他の保護者が助け船を出してくれたケースですが、管理職や同僚教師に早めに相談しないと、紙一重でダウンしていたと思われます。
 教師は、保護者の「問題のすりかえ」に気づき、子ども本人と話をできるルートを見つけたいものです。
 このような保護者は、自分が不安なあまり、執拗に教師を責めてきますから、教師側に余裕のないときは、管理職や同僚教師と共に問題にあたり、担任が抱かえ込みすぎないようにすることが大切です。
 この世の中には「話してもわからない人もいる」のだ、と心得ておくことも、教師のメンタルヘルスを守るうえで必要です
(
井上麻紀: 臨床心理士。公立学校共済組合近畿中央病院メンタルヘルスケア・センター主任心理療法士。学校教職員の専門病院で、教員に特化したメンタルヘルスケアや職場復帰支援している)

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学級が荒れたとき、学年団の教師の協力を得て乗り切ることができた

 中学校では教科担任制のため、学年団でのチームプレーが欠かせない。そのためには「報告・連絡・相談」(ほうれんそう)をつねに意識することである。
 私は中学校1年生の担任になった。この学年は小学校とき、かなりひどい学級崩壊を経験している。
 生徒たちは、教師への暴言が頻繁にあり、教師に対する不信感が強かった。学年の教師は日々闘っていた。
「大きな声が聞こえたら、すぐさまその場に駆け付ける」というキャッチフレーズがあったほどだ。実際に大きな声が聞こえたら、飛んでいった。
 どこかの教科が崩れると、全体が崩れていくこともある。
 学年の教師集団で学年の生徒に対応することを確認して実行していった。
 そのためには、クラスで起きたこと、授業での出来事で必要なことは、早く学年団に報告する。
 そして、自分が行った指導や、こうしていこうという指導の見通しを伝える。指導のことで迷ったり、悩んだりしたら学年団に相談する。
 学年団に報告し、相談することで、気にかけてもらったり、いざというときに助けてもらえる。教師の力不足なところを補ってもらえるのだ。
 クラスで「こんないいことがあった」ということも、どんどん伝えると、学年団の教師は幸せな気分になれる。
 私のクラスの女生徒Mは異性に興味が人一倍あり、いろんな男の子にアタックするので嫌がられ避けるようになった。
 Mがそばに来たとき、わざと体をよける。嫌なあだ名をつける。通りかかったとき「きしょい」と言う。持ち物に傷をつける生徒もいた。
 多くの男の子は「Mは悪いから、嫌なことをしてもいいのだ」と思うようになった。
 クラスの生徒のMに対する「嫌がらせ」は重大な事件であると私は考えた。
 私は、Mに対する嫌がらせをなくすために、クラスの生徒と対決することにした。
 学級活動の時間に対決するので、学年の教師に協力を依頼し、時間の空いている教師に来てもらった。
 そこで、私は生徒からもらった手紙を読んだ。
「このクラスに苦しんでいる人がいます。『きしょい』と言ってしまったとき、悪いことを言ったなと思ってほしい。自分はどこが悪いか考えてほしいと思います」
「『きしょい』という悪口をいわないということをクラスの約束にしてほしいと思っています」
 私は担任として「人の不幸の上に自分の幸せを築き上げることが許せない」と話した。
 私は目を見開いて、一人ひとりの生徒の目をゆっくりと見ながら、私は
「中学校に入って、人に対して『きしょい』と言ったり、悪口を言ったり、嫌がらせをした人は立ちなさい」
と言った。男子生徒の半数、女子生徒が二人立った。私は
「もしかすると、その人にも非があるかもしれません。しかし、相手がどうであろうと、やってはいけないことは、やってはいけないのです」
 学年の教師が1時間、ずっと教室の後ろにいてくれ、少し話をしてもらった。おかげで何とか乗り切ることができた。
(
月安裕美:大阪府公立中学校教師
)

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教師はクレームの前さばきがヘタだ、保護者の怒りのエネルギーはどこから来ているのかが分かれば「関わり方、解決の糸口」が見つかり始める

 保護者と教師は敵ではありません。子どもの成長に関わる当事者として、子どものために手をつなぎあえる存在です。
 しかし今、保護者と教師の関係性が難しくなっています。
 少数ではありますが、解決することが難しいケースも確かにあります。
 学校内外で起きたトラブルを弁護士に相談して対処するために「学校法律相談制度」(スクール・ローヤー)が、2007年6月に東京・港区で発足しました。
 私のところにコメントしてほしいと言ってきたので、私が述べたことは
(1)
それだけ事態が深刻化していること
(2)
これによって教師の心理的な負担が軽減され安心感につながる
(3)
しかし、学校に持ち込まれる要求の9割以上は、法律家が出る幕がない「ぐち」や「不満」のようなものであり、違法とか不法行為ではない
(4)
この制度が本当にいいものになるかは、もう少しの経過観察が必要だ
ということでした。
 私が主宰している学校保護者関係研究会の弁護士が
学校の先生は前さばきがヘタだ
と形容したことがあります。
 前さばきとは相撲用語で「差し手争い」のことですが、それがヘタなためにがっぷりと四つに組まれて、抜き差しならなくなる状態を意味しています。
「それは不当な要求です」と言えば簡単に済むことを、いたずらに放置することによって、法的な恐喝問題にまで発展させていったりする。
 他方で、精神的にも追い詰められたり、きちんと向き合えばすぐに解決できそうなことを、逆にこじらせていくことを意味しています。
 学校や教師には
(1)
向き合うべき課題
(2)
聞き流すだけでいい話
(3)
適切な距離を保つ必要のある問題
 それを見定めるには、まずは保護者の話を聞きながら
「怒りの源」
はどこにあるのかを見て取る姿勢が必要なんだろうと思います。
 どんなクレームかということよりも、
「そのエネルギーはどこから来ているのか」が分かれば「関わり方、解決の糸口」が見つかり始めます。
 そのことによって「踏み込んでいいもの」と「踏み込んではいけないもの」といった関わり方にも気づくことになるでしょう。
 執拗で繰り返しの要望があるとすれば、それは表向きの要求であって、真意や背景事情は別にあるかもしれないということが推測できることもあるでしょう。
 ある場合には「積極的に応じる」のではなく「適切な距離を置きながら接する」ことによって、関係当事者双方がそれ以上に事態を深刻化させないことも必要です。
 部分的な解決しかのぞめなかったり、解決できず平行線のまま終わることも当然あるわけです。
 普通には考えられない行動を繰り返す背景として、何らかの精神疾患などからくる影響だけでは説明がつかない場合、人格障害が考えられます。
 玉井邦夫は著書で
「学校現場が人格障害の問題に直面し、困難を極めるのは、保護者に人格障害が認められるケースであろう。モンターペアレントなどと呼ばれることもある」
「常識では考えられないような要求や抗議を持ち込んでくる保護者のなかには、こうした人格障害に該当するケースが考えられる」
「教師に対する激烈な攻撃や、相手の感情などしんしゃくしない挑発、自分の言動に対する極端な無責任さ、他者に対する激しい好き嫌いや、気分の変動、強い被害の訴えなどが示される」
と書かれています。
 玉井邦夫は、こういった傾向をもつ保護者と接するばあいは
(1)
早急に教育委員会や専門機関(医療・福祉・警察など)の協力を得て、今の起きているトラブルを管理者と学校現場が共に共通理解すること。
(2)
学校ができる範囲は明確に管理者から伝えること。
(3)
教師の個人的資質の問題ではないことを確認すること。
以上のような大原則を踏まえて、関係機関とのチーム対応を続け、見立てや解決の方向を探ることになる。
「良かれ」と思って親身に関わっても、何度も裏切られ、振り回され続けて、何ともならなくなるような事態に陥ることがあります。
 そうならないために「適切な関係性」や「適度な距離の維持」が大切なわけです。
 すなわち、会う場所や時間を限定していくことや、一人で対応せずに共同で向き合うなど、すべて分かり合えるという前提には立たないということが大切です。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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自分らしさを生かした学級づくりは、どのようにすればよいのでしょうか

 教師が自分らしさを学級づくりに生かしていくと、学級内のルールも人間関係も安定します。
 自分の生き方や教育観を学級づくりに取り入れて、自分なりのやり方で集団をまとめるとよい。
 そのために、教師は、自分はどのような傾向があるのかを把握しなければならない。
 教師が子どもたちに毎日行っていることは二種類ある。
 教育の専門家として子どもたちを教える「指導面」と、子どもたちの心情面を支え、子どもたちが自ら活動することを支える「援助面」である。
 教師には、ルールを重んじる「指導面」が優位な教師と、子どもたちとの人間関係を重んじる「援助面」が優位な教師がいる。
「指導面」が優位な教師と「援助面」が優位な教師に分かれるのは、その背景に教師の性格や価値観があるからである。
 あなたは、どっちのタイプの教師ですか。
(1)
指導タイプの教師
 まずは、学級をまとめたい。しっかり授業を受け、休み時間はしっかり遊ぼう、けじめが大事といったタイプの教師。
 このような教師は、子どもたちとの関係づくりにも取り組むようにするとよい。
(2)
援助タイプの教師
 まずは、子どもたちと仲良くなりたい。わからないところはないかな。一つずつ確認しながら、ゆっくり楽しくやっていきたいといったタイプの教師。
 このような教師は、ルールの定着にも取り組むとよい。
 どちらがいいというものではなく、大事なのは、教師が自分の傾向を把握して、状況に応じて二つの対応のバランスをうまく調整するとよい。
 この二つのバランスと、学級集団にルールと人間関係を定着させることは密接に関係している。
 子どもたちに人気の高い教師とその理由は
(1)
人間として魅力的
 子どもたちは「私のことを受け入れてくれる」「私のことを認めてくれる」など。
(2)
教師として魅力的
 子どもたちは「あの先生は、わかりやすく、楽しく教えてくれる」「熱心に指導してくれる」など。
 現代の子どもたちを育てるには
(1)
教師は子どもたちと肩ひじを張らずに接する
 現代の子どもたちは教師に対しても、一人の友だちとしてつきあう傾向にある。
 したがって、教師が子どもたちに、親しい関係の中で穏やかな物腰と言葉で話しかけないと、子どもたちは、抵抗を感じて、聞こうとしなくなってしまう。
(2)
子どもたちと親しくうちとける
 そこで、教師は子どもたちと親しくうちとけるようにする。それから徐々に、子どもと教師のつきあいを増やしていくと、指示も通りやすい。
 ただし、教師が子どもたちに気に入られることだけを考えて、ルールと人間関係への対応を疎かにしないように気をつける。
(3)
罰や強制は最小限にとどめる
 子どもたちを罰や強制で動かそうとすると、早い段階で教師を信頼しなくなり、指示に耳をかさなくなる。
 子どもに行動をさせたいときや、行動を改めさせたいときは「罰や強制」だけに頼らず、「ほめる」「適切に注意する」などの基本技術を活用して対応する。
  
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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板書のうまい教師はいい教師、子どもの注意や意欲を刺激する板書のポイントとは

 板書は、大切なポイントを黒板に書いていく作業ですが、この板書には何を書いて、何を書かないか。書くべきことも、どれだけわかりやすく短くまとめるか。そうした選択と省略と凝縮の技術が必要になってきます。
 教師にとって、この選択と凝縮の技術がいちばん求められるのが板書です。
 板書の上手な教師は、かならず的を射た内容の選択や凝縮が行われていて、そのときに教えたいことの必要最小限の要点がわかりやすいかたちで記されているものです。
 余分なことは省かれていながら、核となる部分や勘どころはきちんと書かれているので、それを読み返せば、教えたことの内容や流れがしっかり理解できる。そういう板書です。
 よい板書は、要領よく、美しく、構造的に書かれています。
 一方、板書がへたな教師は、書きすぎる傾向があります。省略や凝縮の技術が甘いのです。
 要点を絞って、単語に近いような簡潔な文で記すのが板書技術の大原則なのです。
 板書は授業内容の簡潔な記録です。
 それは、教わる子どもたちの学習意欲を引き出したり、考えを深めたり整理したりするための記録である。
 また、板書は教師と子どもたちの「交流」の場でなくてはなりません。
 交流がない、すなわち教わる子どもたちの意見の反映のない板書は、生きた板書とはいえません。教わる子どもたちの反応を、教師がどう受け止めたか。その双方向的な記録が欠けているからです。
 したがって、板書は、学習内容の要点のほかにも、授業中の発言内容のポイントも記されている必要があります。
 また、その発言を全体と関連づけ、全体のなかで位置づけてあげることも大切です。
 このように、板書は、子どもたちの意見や考えも拾い上げて、全体に反映する場所でなくてはなりません。
 学習内容とそれに対する、教わる子どもたちの反応。それが交錯する場が黒板なのです。
 板書のうまい教師は、いい教師といっても過言ではありません。
 板書は、何をいつどこに書くか、授業の流れ沿って書く順番やタイミング、場所などを事前にイメージして、その完成図を頭に描いているものなのです。
 下書きを紙に書く場合もあれば、実際に黒板を使って予行演習する場合もあるのです。
 私も教師になって何年間かは、ノートを利用してページの半分に授業内容を書き出し、残り半分のスペースに平行して板書をするという勉強をつづけたものでした。
 とはいえ、事前の計画どおりに板書がなされた授業というのも、けっしていい授業とはいえません。
 事前の予想どおりに進んだということは、すなわち、予想どおりにしか進まなかったということであり、それは教わる子どもたちの発言が少なく、交流にも乏しい、ダイナミズムに欠けた授業であることの証しだからです。
 したがって、板書は、その授業が子どもたちの理解が進んだいい授業であったかは、板書を見れば、ほぼ一目でわかるものなのです。
 黒板は教わる子どもたちと教師の交流の場ですから、ていねいな板書をすれば、教わる子どもたちのノートも自然にきれいになります。
 板書の大切さはもっと見直されてしかるべきだと思います。
 板書の技術をつぎにあげると
(1)
黒板を広く使う
 黒板の全面をいっぱいに使うのが板書の原則です。
 ただし、黒板の両端の左右の下端は、子どもたちの視界に入りにくいので、大切なことを書かないようにする。
 大事なことは、一番目立つ、真ん中の上部あたりに書くようにするのが原則です。
(2)
文字は大きく書く
 板書の文字が小さすぎる教師が多い。教師が自分で書きやすい大きさで書くと、子どもたちの目には必ず小さすぎるものなのです。
 あくまで、子どもたちの主体に考えて「少し大きすぎるかな?」と思えるくらいの大きさでちょうどいい。
 板書がへたな教師は、たいてい字が小さいものですし、大きな字を書いているうちに板書もうまくなってくるものなのです。
(3)
板書の消し方を工夫する
 授業の途中や最後で、終わった部分の板書を「もう用ずみ」とばかり、消してしまう教師がいます。そういう場面を見るたびに「何と、もったいないことを」と私は思います。
 消し方を工夫することで、学習内容の確認や復習をさせられるのです。
 たとえば、白で書かれた部分を消し、赤の重要な部分や、黄色の「はてな?」部分だけを残して、それを復唱させる。
 逆に、重要ポイントだけを消して「いま消したところに、どんなことが書いてありましたか?」などとたずねる。
 教え終わったあとも虫食い状態の板書を残しておいて、つぎの時間の始めに埋めさせてから消すという方法もあります。
 こうした方法によって、子どもたちの理解力はより深まります。また、板書というものを子どもたちはとても大切に考えるようになり、ノートの取り方にも反映していくのです。 
 よい消し方ができるということは、よい板書のしかたをしているということであり、よい教え方をしているということの証なのです。
(4)
子どもの注意や意欲を刺激する
 私は授業の最初に、黒板に日づけを記入するとき、いろいろ変化をつけていました。
 たとえば、バカでかい文字で書いたり、極端に小さく書いたり、やたらと細長く書いたり。六月なら水無月と書き、十月ならオクトーバーと書いてみる。そんな工夫をしました。
 そうすると、よそ見していた子どもも黒板を注視するようになります。それが集中力や学習意欲につながっていくのです。
 わざと日づけを間違えて書き、子どもの注意を喚起することもありました。
 授業中に、子どもたちの気持ちがダレているかなとか、集中力を欠いているなと思えたときに、たとえば数字の6を8と間違えて書き「先生、数字が違っているよ」などと指摘させることで、彼らの注意力を再喚起させるような方法もあります。
 そういう場合、私は子どもといっしょに、お笑いのコントを演じる芸人のようなつもりでした。
 そうすることで、教室にオープンでくだけた空気を醸し出し、授業を少しでも楽しく、おもしろく感じさせる工夫をしていたのです。
 このようなユーモア、明るさや楽しさというのは、教える行為のかなり重要な部分なのだと思います。笑いは教わる子どもたちを学習好きにするための潤滑油であり、添加物でもあるのです。
「授業が楽しい」「勉強するのがおもしろい」と感じられれば、子どもの学力は自然に伸びていくからです。
 逆に、一時間の授業のうちに、一度も笑いがない、ユーモアの要素がない教室は、子どもにとって牢獄に等しいものでしょう。
 日本の教育現場にもっとも不足していて、もっとも必要とされているのが、その笑いでありユーモアなのです。
「笑いを持ち込むと教室の空気が緩んでしまう」「笑わせたら、子どもになめられる」と、笑いを敬遠する教師も少なくありません。
 しかし、笑いの効果はそれとはまったく逆のものです。
 教師がすました顔で、ユーモラスな話をすれば、教わる子どもたちは身をのりだして聞くはずです。そのときにも集中力や注意力、学ぼうというエネルギーが生まれているのです。
 むろん、いつまでも笑わせていてはダメで、次の瞬間には、そのエネルギーを学ぶほうへと仕向けていく必要があります。
 教えるという行為は「空気」がするものです。子どものやる気を刺激する空気、楽しく学べる空気、はつらつとできる空気。そういう空気をいかにつくり出してやるかが教える教師の大事な役割なのです。
 そんな空気を醸成するのは、しかつめらしい、もったいぶった態度ではありません。楽しく明るい、フランクな姿勢です。
 ユーモアや笑いは学びの敵どころか、大いなる援軍なのです。そのための秘訣は
(1)
教師が「自分を笑う」こと
 教師が自分の失敗やとんちんかんな言動を笑いのネタにするのです。自分を笑っているかぎりは誰かを傷つけることもありません。カラッとした自虐ネタはユーモアの原点だといえます。
(2)
教師が「自分が笑う」こと
 子どもを笑わせようとしたら、まず教師が自分から笑うことが大事です。それだけで教室の空気はなごむのです。
 子どもたちが何かおもしろいことを言ったときには、いの一番に教師である自分が大いに笑うように私は努めていました。
「子どもといっしょに笑える教師は子どもといっしょに歩める教師であり、子どもとともに進める教師だ」という信念が私にはあったのです。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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子どもを指導し、指示するときのポイントは何でしょうか

 子どもに対する強制的な指導や指示は、子どもたちに受け入れられにくくなっている。
 それゆえ、強制的な指導をするときには、その前に、まず、子どもたちに意味・理由を、しっかりと説明しなければならない。
 子どもたちは、これを了解することで指導を受け入れやすくなる。
 また、強制的な指導は、一貫性をもち、規則的に行わなければならない。
「私が怒られたのは、先生の機嫌が悪かったからだ」とか「同じことをしても、私ばかり怒られる」
といった気持ちを子どもがもったとしたら、その時点で教師との関係は崩れてしまう。
 教師が本当に自分のことを思って、怒ってくれていると子どもが感じるには、それ以前に教師と子どもとの心の交流や、子どもたちにも伝わるような明確な基準が必要である。
 それなくしては、怒るという指導をする意味がなくなってしまうのである。
 また、強制的な指導によって、子どもにやらせる以上、子どもが「やってよかった」と思える結果をださなければならない。
 つまり、そのような結果を出せる課題を与える必要がある。
 強制的にやらせたあとは、子どもが結果を出し、その努力をほめることによって、はじめて子どもは「やらされたけど、やってよかった」と思えるのである。
 そこまで面倒を見ていく覚悟なくして、強制的な指導をしてはならないのである。
 教師は、日頃、休み時間や放課後に自己開示をしながら雑談をし、ユーモアを交えて話をすることで、話しやすさと、教師の人間性を子どもに表現し、子どもたちと関係をつくっていくとよい。
 教師は学級の雰囲気をつくる大きな要素である。明るく元気に子どもたちに声をかけよう。
 子どもたち全員の、小さな努力、わずかな変化も見逃さずにほめる。言葉にして伝えることが大切である。教師が感動したことや楽しかったことを、素直に言葉や表情で表現する。
 その繰り返しの中で、時に強制的な指導をし、そこで生まれた子どもたちの努力をほめ、子どもとの絆が深まるのである。
 子どもの間違った行為に、すぐに叱責せずに、正しい行動をとるための具体的な指示を与え、期待通りの正しい行動をとろうと努力したときに、ほめるという寛容さが大切である。
 子どもにはプライドがある。叱るときは個別に呼んで、じっくり話すようにする。
 反対に、ほめるときは、全体の前でみんなに伝える。多くの人に認められるのはうれしいものである。
 本人のいないところでは、批判せずに、ほめて、ほめ言葉を広めるようにする。
 教師の専門職としての技術は、子どもたちを指導する際に、いかにわかりやすく伝えるかという技術でもある。
 
私が担任をしていた学年の教師Aの言葉はソフトで、しかも信念に満ちた語り口であった。
 彼の周りには女子生徒が集まり、さまざまな相談がもちかけられていた。彼の持つ温かさという「人格的魅力」とともに、その信念からくる安心感、つまり教師としての魅力だったのだろう。
 私は多くの失敗もし、先輩教師や子ども、保護者からたくさん学んできた。
 そんな私が教師にとって、もっとも基本的であり、必要であると実感している技術は「話す技術」と「指示を出す技術」である。
1 話す技術
(1)
両足に均等に体重をかけ、すっきりと立つ
(2)
子どもたちの顔を見回して話す
 子どもたちの顔を後方の右・中・左の三ポイントを見渡しながら話す。
(3)
声は適度な音量で
 声は小さすぎず、大きすぎず、適度な音量で、メリハリをもつ。
(4)
体で表現する
 話を強調するときは、手で示すなど、ジェスチャーで伝える。
(5)
表情で話す
 話を盛り上げるときには笑顔で、注意するときは厳しい表情で。
2 指示する技術
(1)
最後の行動まで示す
 最終的に、どうするかということまで示す。
(2)
一度の指示では一つのことを
 いくつもの内容を一度に言わず、一つのことのみを言う。
(3)
一つの動きが終わったら確認する
 一つの動きが終わったら、全員ができたかを確認する。
(4)
全員ができるまで次の指示を出さない
 全員の動きが終わるまでは、次の指示を出さずに、待つ。
(5)
指示を出したら、評価する
 指示をして、子どもたちを動かしたら、自分の気持ちを語って評価する。
(
若菜秀彦:1961年生まれ、中学校教師、教育委員会指導主事、千葉県公立中学校長を経て同公立高校校長)

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学級の荒れや崩壊を予防する妙手とは

 教師は、学級の荒れや学級崩壊の危機にさらされている。
 学級の小さなほころびを放っておいたツケがたまって荒れはじめる。
 学級は。組織を作ったから動くわけでなく、子どもたちはルールを理解したからといって守るわけでもない。必ず少しずつほころんでくるのである。
 おおむね、六月ごろに子どもたちは荒れはじめる。小さなことも見逃さない執念で、とりくむ覚悟が必要だ。
「先生は絶対やると言ったことは通すんだ」と、徹底する執念があるかによって学級が崩壊するかどうかが決まると言ってよい。
 掃除、給食当番などの班で行う活動がうまくできないなどは、学級崩壊への予兆である。
 子どもたちは、お互いの行動について注意しあうことができない関係になっているためである。
 こんなとき、学習活動にペア学習を取り入れるとよい。学習の中で協力しなくてはいけない場面をつくる。
 たとえば、発問で選択肢を三つほどだし「二人で相談して、一つの意見を選びなさい」と指示を出すのである。
 子どもたちが向き合うようにしむけることが必要なのです。
 次に「子どもたちの持つ力を利用して導いてあげる」ことである。
 教師が子どもたちを仲よくさせるのだが、教師が頑張るのではなく、子どもが頑張るようにすることだ。
 子どもたち集団のもつエネルギーは計り知れない。明るい方へ、自然と導いてあげられれば、おのずとクラスも明るくなるのである。
 学級にはさまざまな子がいる。当然、どの学級でも問題行動が発生する。そんなとき、教師は気落ちしてしまうものである。しかし、見方を変えれば「ピンチはチャンス」である。
 教師が動揺し浮き足立てば、まずい対応となり学級の荒れや崩壊を招く。心にゆとりを持った対応が求められる。
 問題が発生した場合は、まず冷静に事実を受け入れ、事実確認をし、それを突破する方策を考えることである。
 子どもだから、つまずきは当たり前であるという度量を教師が持つ必要がある。
 問題行動を通して、子どもが考え、学ぶことができる貴重なチャンスなのである。
 指導者である教師は本筋をとらえた好手を次々に打っていかなければならない。
 本筋は、子どもに過ちを反省させることである。過ちをしてしまった本人に話させるようにすべきなのである。
 その指導にはコツがある。それは「子どもの自発的な発言を中心に対話を組み立てる」ということである。自発的な発言は子どもの内省を促すことができるからである。
例えば、
「何か悪いことしたでしょう。先生に話してごらんなさい」
「他の人から、いろいろな話を聞いたのだけど、先生は〇〇さんの口から、そのことを聞きたいと思ったんだ」
「そう、偉い、よく言ってくれました」
「でも、先生の話してほしいのは、そのことではありません」
「まだ、他にあるでしょう」
と、詰めていくのである。
 この指導のコツを知ってから、子どもと事件を共有し、怒鳴ることなく指導することができるようになった。
 真相が分かった段階で「そうしてしまったことをどう思いますか?」と反省を促し、注意すればいいのである。
 学級には、ボス的な存在の子どもがいる場合がある。そんなときは、その子一人だけの指導にこだわってはいけない。
 どうしても目立つ子が気になるが、その他大勢の子どもたちへの対応に力を注ぐことが、遠回りのようで、近道となることがある。
 授業に力を注ぐようにして、まじめに学習している子どもたちの信頼を獲得するようにする。
 戦うときは一対一で「その他大勢の子どもたちを味方につける」ことが大事なポイントとなる。
 叱ることについてもルールが必要である。何をどこまでしたら、注意なのか、それとも叱ることなのか、といったことである。
 教師は自分の中にしっかりと持っていないと、子どもたちは敏感である。見ていて、差があると、あっというまに教師への信頼を失う。子どもたちは差別に敏感である。
 もし、教師に授業の腕があれば学級崩壊はありえない。授業が退屈で、わからないと反発するのは当たり前である。
 授業を良くすること、子どもたちにとって価値のあるものにすることが、学級経営の王道である。
 しかし、残念ながらこればかりは、本を読み、研究授業をし、サークルに通い、汗と恥をかくしか上達の近道はない。
 教師が成長をとめると、子どもたちも、ついてこなくなる。
 子どもたち一人ひとりの長所が学級の風土になり、一人ひとりの子どもを伸ばそうと教師が考えているか。教師の姿勢や心構え、指導方法をチェックし、方策を講じることが何よりも大切である。
(
中島主税・矢田広和・大久保奈生子・大沼靖治:北海道公立小学校教師
)

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保護者に好かれ、信頼される教師の話し方とは

 保護者会で保護者に好かれる話し方は、どのようにすればよいのでしょうか。
(1)
にこやかに話す
 暗い表情は保護者に第一印象として、よくない印象を与える。
 子どもに接するときと同じように、明るい表情はどの場面でも必要だ。
 やはり、何事が起っても、にこやかに話すということは大事だ。
 にこやかに話していくと、きつい話が混ざっていても、さらっと聞き流してくれる。
 例え、問題が起こったときでも、教師は希望を持っているという意志も示さなければいけない。
 そういう冷静さを保護者に感じさせる必要があろう。
 あ、この先生はいい先生だな、と言うことを第一印象にしたい。決して冷たさを感じさせないようにしたいものだ。
(2)
丁寧な言葉で
 丁寧な言葉遣いは、にこやかに話すのと同様に悪い印象は与えない。
 保護者が自分と同世代だからとか、自分より若いからと、砕けた話し方はいけない。
 仲間同士の話のように話していると、親しくなれたような気になるかもしれないが、教師だけがそう思っているだけなのかもしれない。
 聞いている保護者に合わせて、話し言葉も変えないといけない。
(3)
自信を持って話す
 保護者は子どもを安心して任せられる教師かどうかを見ている。
 丁寧に話をしていても、自信のない話し方をしていると
「この先生は、頼りがいのある先生なのだろうか?」
と、思わせてしまう。
 教育のプロとして、自信を持って話をすべきだ。
 教師は、教育に対して、どのような思いや理念をもっているのか、どのような子どもに育てたいのか、どのような実践をしているのかを明確に持って、保護者に話をしたい。
 特に、こういう実践をしたら、子どもがこうなったということを、自信を持って話したい。
(4)
謙虚に話をする
 教師は、自信を持ちすぎると、謙虚さに欠けることがある。
 若い教師なのに「教育について全部知っています」というような態度は逆に反発されるときもある。
 一歩さがって、保護者の言うことにも耳を傾ける謙虚さが必要である。
(5)
ポイントを抑えて話す
 どんなによい話でも、だらだらと話をしていると、よい印象は与えない。
 いろいろと話したいことがあっても、ポイントをしっかりまとめておいて、話したい。
 ポイントがたくさんあると、覚えきらないし、だらけてくる。ポイントを絞って簡潔に話をしたい。
(6)
資料をもとに話す
 資料を作って、資料をもとに話すと、話も整理される。聞いている保護者には、長くなる話も、だらけずに聞くことができる。 
(
磯貝定徳:神奈川県公立小学校教師
)

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「押しつけや、いや味」のない説教をするには、どうすればよいのでしょうか

 私は小さい頃から、ずっとお説教というのが嫌いでした。
 お説教されると、すぐ逃げ出したい気分になります。私は、お説教の中に「押しつけ、見せしめ、いや味」などの臭いを感じてしまうのです。
 ところが、そんな私がお説教する場面に立たされたのです。
 学年の廊下に貼りだしていた100枚ほどの「遠足のスナップ写真」の見本のうち5枚が消えてしまったのです。
 その日、朝の職員の打ち合わせで、昼休みに中学2年生全員を体育館に集めて話をしようということになったのです。
 ベテランと呼ばれても不思議でない年齢になってしまった私がお説教する役に選ばれたのです。子どもたちにつぎのように考えて話しました。
1 お説教の目標
 目標は、話が終わった時に、多くの子どもたちが「なーるほど、そういうことで、集会になったのか。それなら、しょうがないか」と思ってもらえることです。
(1)
見せしめの集会にはしない
 教師は、説教を「見せしめ効果」に使ってしまいがちです。学活や道徳の時間、授業の時などにやりがちなことです。
 だけど、この「見せしめ効果」には、充分気をつけてください。
 やられる側にしてみると「悪いことして、ゴメンネ」という気持ちになることもあるけれど、多くの場合は
「教師たちめ『みせしめ』なんて汚い手を使いやがって、俺たちを『悪者』に決めつけ、みんなの前で恥をかかせて、頭にくる。チクショウめ」
などという反感を持たせてしまうものなのです。
 その結果、集会の後に、より悪質ないたずらが勃発するということがしばしばあるのです。
(2)
必ず「問題を起こした子ども側」の気持ちにも触れる
 この事件に限らず、問題を起こした子どものことを、頭ごなしに「悪者」扱いにしてのお説教は、ただ反発を買うだけですから注意してください。
 必ずといっていいくらい本人には「もっともな言い分」があるものなのです。
 だから、どんな問題の時も、必ず「やっちゃった側」の気持ちは一度はちゃんと聞いてやるべきなのです。
 聞くのは一番始めの時が絶対にいいのです。「言い分」を充分に聞いてあげましょう。
 そして、その次に「事実の確認」と「その善悪についての判断」をさせてあげたいのです。この順番は、絶対に間違えないようにしましょう。
 子どもたちが「この先生、俺たちの気持ちを分かろうとしてくれている」と思ってくれたりしたら、教師の話も心を開いて聞いてくれるかもしれないからです。
 私は、集会で話す時間を5分以内と決めました。
2 出だしの話
 私は本題に入る前に、こんな感じでスタートしました。
「みんなにとっては、遊べる貴重な休み時間だというのに、すごいガッカリだよね。僕も同じ気持ちです」
3 なぜ集まってもらったかの説明
「みんなに話さなければいけないことが起きたので、ここに集まってもらいました。少しだけつきあってください」
「実は、廊下に貼りだしておいた遠足のスナップ写真の何枚かが失くなってしまったんです。それで困っているんです」
「もしかして、この学年の人のいたずらでないかもしれません。もし、そうだったらゴメンなさいね」
「でも、学年の廊下での紛失事件なので、とりあえずみなさんに集まってもらいました」
4 問題を起こした子どもの気持ちに触れる
「ところで、写真をとった人って、きっとほんのイタズラ心でやったんだと思うんです」
「あるいは、写真を見ているうちに、この子、かわいいな。この写真ほしいなーと、つい手が伸びちゃったとかね」
「とにかく、すごい悪いことをしたわけじゃない。ちょっとした出来心でやっちゃったことだと思うんです」
5 結果として、どんなマズイことになったか話す
「ところで、写真をとった人は、ほんの出来心でやっちゃったことなんでしょうが、それは結果として、次のことでまずかったんですよねー」
「まず、まだあの見本の写真を見ていない人に迷惑をかけているんですよ。消えてしまった写真からは選べない。だから、困っているんです」
「それから、写真屋さんにも迷惑をかけていることにもなる。あの写真は写真屋さんの私物なんです。いたずらでも、これは『盗難事件』です。これはまずいんですよ」
まずい点については、短くさわやかにハッキリと教えてあげたいですね。
6 これからどうあってほしいのかを伝える
「僕の願いとしては『できたら失くなった写真が戻ってくるといいなー』ということです。写真を戻してくれる人が現れたら、僕はすごくうれしいですよ」
「ただ、戻そうと思っても『戻しづらいなー』ということもあるものです。そんな時は、ほんと、どこにでもいいですから、そっと返しておいてくださいよ」
7 私の気持ちを子どもたちに伝える
「僕は、こういう会ってあまりやりたくないですねー。だつて,僕が一番さみしいなーと思うのは、教師が子どもたちを疑ったり、互いに不信感を持ったりすることです」
「また、子どもたち同士がお互いに不信感を持ち合うこともさみしいことですね。なんとか避けたいですね」
「できたら、お互い笑顔のたのしい関係がいい。だから、今度は、たのしいことで集まりたいですね」
「貴重な時間をつぶしてしまいました。ごめんなさいね。でも、まー、僕なりに『お互いがイヤーな気持ちにならないように』と一生懸命に話したつもりです」
「そんな僕の気持ち、分かってもらえたらうれしいです。僕の話、これでおしまいです」
 ところで、この数日後、なんとあの失くなった5枚の写真が戻ってきたのです。
「俺たち、とっちゃった」と代表のYくんが返してくれたのでした。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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掃除をさぼる生徒がたくさんいたが、アドバイスを受け、やり方を変えるとさぼる生徒が徐々に減っていった

 掃除の時間は、掃除をさぼる生徒を探すことに私は全力を注いでいた。しかし、さぼる生徒の数が減らなかった。
 掃除の時間になると、掃除に行かず遊んでいる生徒や、ほうきを持ったまま掃除をしない生徒などがたくさんいた。私は掃除の時間が苦痛だった。
 私は、まじめな生徒に掃除を任せ、掃除場所にいない生徒をいつも呼びに行っていた。他のクラスの生徒から「また探しているんだ」と言われた。
 さぼっている生徒を見つけると「早く掃除をしないさい!」と注意し、大きな声で怒鳴ったこともあった。
 しかし、生徒は「うるせー」「しつこい」「掃除なんか、めんどくせー」という言葉しか返ってこなかった。
 このようなやりとりをしているうちに、20分が経ち、掃除終了の時間となった。
 掃除が終わると、班長が清掃点検表に記入し、班員全員で反省会をすることを学級のルールにしていた。
 ほとんどの班は、1~2名のさぼりの生徒がいたので、班長に呼びに行かせても戻ってこないときは、私が呼びに行った。
 反省会に全員がそろわないと終わらないことを知っているので、しぶしぶ戻ってきた。
 毎日がこの繰り返しであった。当然、帰りの会は、いつも学年で一番遅かった。
 あるとき、隣のクラスの先輩教師に
「掃除をやらない生徒ばかり目を向けるのではなく、まじめにやっている生徒をほめてあげなさい」
アドバイスを受けた。
 今までのやり方では、一向にまじめに掃除をする生徒が増えないということがわかった。しかも、まじめな生徒ばかりが損をし、しかもほめられないという最悪の状態だった。
 そこで、次のように、やり方を思い切って変えてみた。
(1)
生徒といっしょに掃除をする。
(2)
反省会はしない。
(3)
まじめに掃除をする生徒を思いっきりほめる。
 授業終了のチャイムと同時に、私は授業を終わらせ、すぐに教室に向かう。
 教室に入ると、すぐに「さぁ、掃除だー」と、近くにいる生徒たちに明るく声をかけ、掃除ロッカーからほうきを取り出し、どんどん掃いていく。
 まじめな生徒たちは、私の様子を見て、あわてて掃除に取りかかった。机が運ばれていなければ、率先して運んだ。
 掃き終われば、ちりとりを持ってきて、ゴミを集めた。教室の出入口の溝など、生徒が掃除をしないような所も雑巾で拭いた。雑巾が汚れていれば、もう一度洗い直した。
 教室には、ゴム手袋を常備した。とにかく、掃除の時間は、生徒以上に動き働いた。
 すると、どうだろう。いちいち注意を与えなくても、
 教師の動きを見て、すばやく掃除に取りかかる生徒がいた。
 今まで、動きが鈍かった生徒たちも、少しずつではあるが動くようになってきた。
 掃除にまじめに取り組んでいる生徒の様子が事細かにわかるようになった。
 清掃点検表を見て、まじめに取り組んでいる生徒たちを帰りの会や学級通信で取り上げ、ほめまくった。ほめられれば、さらに働いてくれた。
 その他の生徒たちも、刺激を受けたのか、掃除をさぼる生徒が徐々に減っていった
 教師が率先して動くようになったことで、掃除をまじめにする生徒に目が向き、それをほめることだけで、学級全体の掃除に対する取り組みが確実に変化していった。
 今では、私は生徒たちにどんどん指示を出すようにしている。
「こっち、掃いてー」「机どんどん運んでー」「次にこっち!」
というように、絶えず私自身が動き、生徒の動きをあおっている。
 そんな私は動きにつられてか、生徒の動きもどんどん早くなってきている。
 おかげで、掃除・帰りの会の終了は、学年一番になった。  
(
我妻佳代:宮城県公立中学校教師
)

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いまの若い教師の最大の不安は「保護者とうまくやっていけるか」です、どうすればよいか

 いま若い教師の間では、ちゃんと授業を教えられる技量があるかどうか、子どもや教職員とうまくやっていけるかどうかより「保護者とうまくやっていけるか」が最大の不安材料になっています。
 最初から保護者対応力を持っている新米教師はまれだからです。
 保護者対応力は経験によって身につくことが多い。
 学校現場での具体的なトラブル解決の臨場感の中で、また、職場の同僚性の発揮の中で、あるいは、教師自らが家庭を持ち子育てに関わる経験によって、はじめて身につくことが多いのです。
 最初から保護者対応力を持っている新米教師はまれな存在にすぎません。保護者対応能力を、教師としての値踏みに使わないようにしてもらいたい。
 学校現場では、苦情を受ける人は、実際に問題を引き起こした教師であり、
「〇〇先生の対応の仕方が悪いからこうなったんだ」
と、個人の問題ととらえられやすい傾向をもっています。教師個人が名指しで責められやすいという特徴があり、それがもっとも辛いといえます。
 だから「トラブルを抱かえていることを他の人に知られたくない」という意識を生みだしやすく、周りが気づいたときは「傷が深くなっている」という状態が起こりやすいわけです。
 企業の場合は、苦情対応が担当者の力量を超えてしまった場合は、別の人間に代わってもらうことができます。
 しかし学校では、苦情を申し立てる保護者の側からすれば、学級で起こっていることは担任が対応するのが当然という意識があるため、担当者が交代するのは難しい。
 そのため、学校では「相当深刻になってから」交代おこなわれることが多い。
 交代するのは、続行不可能となり、担任を降りるとか休職という、極めて不幸な形となってあらわれることになります。
 学校には、苦情対応を専門にしているプロはいません。教頭などが、それらに当たる場合が多いが、他の雑多な膨大な仕事を抱かえながらの同時並行作業です。
 担任も同じで、ふだんの仕事と併せて、苦情対応をおこなわなければならないために、負担が強くなります。
 それがさらに本業である教育指導に多大のマイナスの影響を及ぼしたり、注意力が散漫になるため、より悪循環に陥りやすいわけです。
 この4年間で教育委員会に上がってくる保護者などからの苦情やクレームが、79件から25件に次第に減少している市があります。
 その市は、教職員のスポーツ大会はあるし、宿泊を伴う職員旅行が残っています。
 そのことと、苦情が減少したこととの間に相関関係があるかどいかは、調査をしないとなんともいえません。
 ただ、トラブルが起こったときに、教職員を孤立させないようにする配慮の体制は、教育委員会の学校支援を含めて、整えています。
 少なからず、どこかで誰かとつながっているという気持ちが、それぞれの教職員の頭の片隅にあるかどうかが、一つのわかれ目のように思います。
 私は講演先で
「一見すると、ムダと思われた時間と空間がどんなに大事なことか。皆さん方の職場に、宿泊を伴う職員旅行は残っていますか」
「一学期に1回でもいい。汗を流し、笑いあうようなバレーボール大会、ソフトボール大会・・・残っていますか」
「職場の同僚性や共同性は、汗と笑いの中からしか、生み出されないのです」
と、訴えかけています。
 手探りでその日その日を、なんとか乗り切っているのが若手教師かもしれません。
 近くに頼れる先輩教師がいて、そういった人たちとうまくコミュニケーションができていますか。
 ふたんから職員室に笑い声があふれていますか。
 つらいこと、しんどいことが起きても「なんとかなる。みんなでやろうぜ」という声がかかりますか。
 若い教師は、元気いっぱいに子どもたちと向き合ってください。先生たちが元気でないと、子どもも楽しくありませんし、保護者も不安になります。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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子どもに好かれ、学級を育てる、成長する教師と、その逆の教師との違いは何でしょうか、 子どもに好かれ、学級を育てる、成長する教師になる秘訣とは

 子どもに好かれる教師と、そうでない教師とがいます。また、活気に満ちた学級を育てる教師と、学級を育てられない教師がいます。
 どこに違いがあるでしょうか。
 子どもに好かれ、学級を育て、伸びる教師と、その逆の教師との違いと、子どもに好かれ、学級を育て、伸びる教師になる秘訣を紹介します。
1 子どもに好かれる教師
) 厳しくて、おもしろくて、力をつけてくれる教師
 子どもたちが期待している教師とは「厳しい」と「おもしろい」を兼ね備えた教師です。そして、力をつけてくれる教師です。
(1)
厳しい教師
「厳しい先生」を子どもたちは、きらってはいません。このことを私たち教師は、もう一度、考え直してみる必要があります。
 ダメなことをした時には、きちんとダメであることを指摘し、そのわけを教えてくれるのが教師です。
「正しいこと」と「ダメなこと」とをあいまいにする「まあまあ教師」を、子どもたちは決して期待していません。
(2)
おもしろくて、力をつけてくれる教師
 ユーモアがあって、楽しい話をしてくれる教師。何よりも、授業をおもしろくしてくれる教師を子どもたちは歓迎し尊敬します。
 授業がおもしろくなかったら、子どもたちは毎日が退屈です。子どもたちは、勉強して力をつけたいと願っています。
) 明るく、やさしい教師
 ニコニコしていて、元気で落ち込まない教師。カッと怒らないで、話を聞いてくれる、やさしい教師が好かれます。
 教師は、一人ひとりの子どもを人格的、知的に成長させるために、もっと専門性を高め、人間力を磨かなければなりません。
2 嫌われる教師
1)
子どもが気にしていることを平気で口にする「嫌味」を言う教師。
2)
お気に入りの子どもをかわいがる「えこひき」をする教師。
3)
元気がなく、表情も暗い感じがする「暗い」教師。
4)
失敗をいつまでもネチネチと言う「しつこい」教師。
5)
気分によって話の中身が変わる「言うことが変わる」教師。
 子どもたちの指摘を素直に受け入れて、明るい元気な教師になるように努めたいものです。
3 学級をダメにする教師
1)
物事を悲観的に見る教師
 物事を悲観的に見る教師は、子どもを伸ばせません。「子どもに、やる気がなくて困ります」といっていつも悲観的に考えている。教室の雰囲気も暗くなり、学級は沈滞していきます。
2)
まじめすぎる教師
 まじめすぎる教師も、学級を育てることができません。まじめすぎるあまり、許容範囲が狭くなり、子どもが少しでもはめを外すと「ダメ」と禁止します。
 子どもたちは、いつも窮屈な雰囲気の中にいることになり、学級に活気がなくなります。
 教師自身もまじめ過ぎるため、ストレスも溜まりやすく、暗くなることが多くなり、学級は育たなくなります。
3)
友だちのような教師
 友だちのような教師は、学級が崩れ、学習も成立しなくなってきます。
 子どもたちは、しばらくは「優しい先生」と身を寄せてきますが、何となく頼りがいがなく感じ、いつしか離れてしまいます。
 気軽に話せること、子どもと一緒に遊ぶことは、子どもと教師との関係を保っていく上では大切なことですが、気軽さが信頼を生むものではありません。
 子どもは信頼できる教師についてきます。
 子どものことを真剣になって考えてくれる。問題や悩みがあるとき、どのような方法で解決していけばよいかを的確に愛情をこめて示してくれる。
 子どもが「この先生なら大丈夫」という安心感を持てたとき、初めて教師を信頼するのです。
 子どもは、教師のプロとしての力量を鋭く見抜きます。力量が低いと見破ると、教師の指示を受け入れなくなり、学級が崩れ出します。
 目をさまし、プロ教師をめざして精進していきましょう。
4 学級を育てる教師
1)
強い意志と気迫がある教師
「すご腕の教師だ」と感心させられる教師は、「すごい学級に育てるぞ」「いじめは絶対ださないぞ」「国語の大好きな学級にしてみせるぞ」という、強い願いを体中から発散しています。心に秘めた強い意志と気迫が感じられます。
2)
子どもを乗せるのがうまい教師
 また、学級を育てる教師は、子どもの乗せ方が大変うまいことにも気づきます。
 がんばっている子を見て「いい調子だ。その調子でやればどんどんよくなるよ」と持ち上げる。すると、その気になって伸びていきます。
3)
授業がじょうずな教師
 また、授業がじょうずなことも大事な条件です。
 1日に1時間は、子どもが目を輝かせる授業をする。これを本気でやり通すことで子どもの目の輝きが変わってきます。
4
)向上心のある教師
 学級を育てる最終のポイントは、教師が「自らも成長しようとする向上心」です。
 教師が腕で上げよう、成長しようと努力している姿が子どもの目に映り、子どもの成長に大きな影響を与えていくものです。
 私が授業の録画を撮り、放課後に教室で再生し見ていると、子どもたちは「先生もがんばっているね」と励ましてくれました。
5 まねをする教師は、伸びる教師
 私は、若手教師とサークルを立ち上げ、研究活動をしています。たくさんの実践報告が飛び交います。
 実践報告を、すぐに、どうどうとまねをする教師がいます。
 一方、まねをするのですけれど、自分で考えた方法でないので、引け目を感じ遠慮しながら実践をする教師がいます。
 また「どうもあの方法には問題があるようなので」と実践に取り入れない教師もいます。
 どうどうとまねをする教師は、まねている間に新しい考えを出したりします。新しい実践をつくりだします。
 遠慮しながら、まねている教師は、一つの方法を身につけますが、新しい方法を見つけ出せません。
 まして、理屈を先行させ、まねをしない人は、残念ながら伸びずに終わります。
 どうせ、まねるのだったら、どうどうとまねをして実践力を高めた方が有効です。
 実践力を高めるために、明るく堂々と他人のよい実践をまねましょう。それが、あなたの実践力を高める早道です。
6 教師よ、自信を持て
 自信のある教師は伸びるし、自信のない教師は伸びません。
 学級や子どもを伸ばすエネルギーの源は、教師が自信を持つことです。
 まず、教師自らが自信を持たなければ、学級も子どもも育ちません。
「私は、すごい教師です。明るく、元気で、子どもをぐんぐん伸ばしていく教師です」
と声に出して言ってみませんか。
 これが、子どもを伸ばす最大のコツなのですから、誰もいないところで、堂々と声を出して言ってみましょう。
 誓いの言葉を述べるように叫んでみましょう。想像しているだけで、体が熱くなってきせんか。
 ある学校の研修会で、この呼びかけをしました。終わって廊下に出たとたんに「先生の話を聞いていたら、体が熱くなってきました」と、若い教師がかけよってきました。
 学級づくりの細かなコツは学べば分かってきます。しかし、肝心の教師が元気でなければ、学級づくりのコツは生きてきません。
 いつも物事を暗く考え込んでしまう教師は、すぐに考えをやめることです。少々無理をしてでも「私は、子どもを伸ばす名人です」と叫んでみてください。何かが変わり出しますよ。
 元気を出して明るく対応していけば、難局を乗り越えることができ、大きく成長します。
 また、周りにはあなたを支えてくれる仲間がいます。一人で問題を抱え込まないで、素直に助けを求めればいいのです。
(
山本昌猷:1942年生まれ、元石川県公立小学校校長、教師の交流館「わいわいハウス」開設
)

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荒れた学級を変えるには授業のとり組みが重要である、そのためには、みんなで知恵を出し合い、想像し、発見していく共同の学びの授業を創っていくようにするとよい

 荒れて集中できない学級では、静かにさせてから、授業をしようと思ってもだめです。
 授業をしながら、授業そのもの中で、集中するようにしていかないといけないのです。
 おしゃべりが止むまで待っていたら、いつ授業が始まるかわかりません。
 子どもたちも、授業の入り口で注意されたり、説教されたりすることは嫌なのです。そんなことをしていると、ますます授業にのらなくなります。
 子どもたちが深く学ぶためには、緊張が必要だと思います。
 その緊張を外からつくろうとしても、なかなか育ってはいきません。授業中の「きまり」をいくら作ったり、教師が怒鳴ったりしても、うまくいきません。
 授業で大事なことは、内的な緊張です。
「あっ、おもしろそうだ」「なぜ、そんなふうになるんだろう?」というような、内面の働きの中で、自然に自分自身で緊張をつくっていく「内的緊張」こそ大切だと思っています。
 この「内的緊張」を授業の入り口でグーンと高めていくことが、私たち教師の大事な仕事のひとつです。
 教材研究でまず大事なことは、いかに教えるということよりも、むしろ教師自身が授業で扱うことについて、どれだけ深く知り、どれだけ知的好奇心を高めることができるか、ということです。
 子どもたちが楽しく、おもしろく、深く学べるようにするためには、この教材研究が不可欠です。
 荒れる子どもたちが、授業で目を輝かすことができるかどうかは重要なことです。
「何のために、わざわざ学校に通って学習するのか」という問いに応えるような授業とは
「みんなで知恵を出し合い、想像・推理し、発見していく、共同の学びを創っていく授業」です。
 荒れた六年生の子どもたちに、私は次のような授業をおこないました。
 六年生の最初の授業は「日本における考古学の始まり」を扱いました。
 この一時間目をどのような授業にするかは、これからの一年間の学習にとっても重要な意味をもつものと思われました。この一時間が楽しければ、社会科の学習に対する姿勢が変わってくるはずです。
教師「1877年(明治10年)の6月18日のことです。横浜の港に一艘の外国船が着きました。この船には、どんな人が乗っていたでしょうか?」
子ども「外国人」「アメリカ人」「イギリス人」「外国から観光に来た人たち」「何か調べるために日本にきた外国人」
教師「実は、この船には、モースというアメリカ人が乗っていました。横浜の港についた動物学者(貝の研究)モースは、東京へ向かう列車の窓から景色を眺めていました。あるところまで列車がきたとき、ここは大昔の人びとの生活がわかるものが埋まっているはずだと思いました」
教師「モースが見たものは、いったい何だったんだろう?」
子ども「海」「魚」
教師「そういうものからは、大昔の人々の生活はわからないと思う」
子ども「貝がら」
教師「どうしてそう思ったの?」
子ども「大昔の人たちが食べた貝がらだから」
子ども「大昔の人たちが食べたものや、いらなくなったものを捨てたゴミ捨て場」
教師「そう、貝がいっぱい捨ててある場所なので、ここを掘れば大昔の人々の生活がわかるものが出てくるはずだと考えたのでした」
教師「そして、この年の10月、東京大学の教授たちといっしょに、モースはその貝塚を発掘したのでした」
教師「さて、実際に発掘してみたら、貝の他にどんなものが出てきたと思いますか?」
子ども「土器」
教師「そうです。土器もでてきました。土器はどんなことに使ったんだろうね」
子ども「食べ物を入れておいた」「煮たりするときに使った」
教師「他にどんなものが出てきたと思いますか」
子ども「魚や動物などの骨」「石でできた道具」
教師「そうです、石器も出てきたんです」
子ども「つり針」
教師「骨で作った針が発見されています」
子ども「人の骨」
教師「そうです。人骨も発見されているんです」
教師「その人骨がばらばらな状態で発見されたんです。モースはそれを見て、どんなことを考えたでしょうか?」
子ども「他の動物に食べられた」「殺されバラバラにされた」「人が人を食べた」
教師「そうです。モースは、発見された骨の多くは、真ん中ぐらいで折られているものが多かったこともあり、人が人を食べたのではないかと考えたのでした」
教師「モースが列車の窓から発見したこの貝塚は、大田区にある大森貝塚です。発掘によって、何千年も前の大昔に、人々が住んでいたことがあきらかになりました」
教師「この発見がきっかけで、日本においても、大昔の人々の研究が進んでいったのです」
 授業が進むにつれて、子どもたちの表情も変わってきました。
 全員が集中したわけではありませんし、発言も限れていましたが、子どもたちにも「学んだ」「楽しかった」という実感があったようです。
 最初は「社会科が嫌いだ」という子どもたちが圧倒的に多かったのですが、授業を積み重ねる中で「大好き」という子どもが多くなりました。
 楽しければ、深くかかわれば、子どもたちの学習の姿勢はぐんぐん変わっていきます。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)
 

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授業参観で保護者に信頼されるには、どうすればよいか

 私が、わが子の授業参観に行くようになって、保護者が授業参観に期待するものがわかった。それは
「楽しい授業」
「わかる授業」
「向上のある授業」
である。
 授業参観は、保護者が「わが子を見にくる」と言われているが、
「うちの先生は、どんな授業をしてくれているのかな?」
「どんな工夫をして、楽しく教えてくれているのかな?」
「先生の指示を、うちの子は聞いているのかな?」
「〇年生は、どんなことを勉強しているのかな?」
と、わが子と教師の授業を見ているのである。
 授業が保護者に信頼されるための原則は
1 保護者も一緒に授業を受けている
 保護者は授業を参観しながら、一緒に授業を受けているのである。子どもと同じ視線で考えているのである。
 指示が出ると、わが子は
「指示に従って、ちゃんとやっているかな。話を聞いているかな」
と、わが子の様子を見る。
 このとき、教師の指示が保護者にわからなかったら、保護者は
「今の意味どういうこと?」
と、保護者同士が顔を見合わせる瞬間がある。
「今の質問じゃわからないわ」
「どう答えたらいいのかしら?」
そうすると、保護者の評価は
「うちの先生の授業、むずかしいわ」
「うちの子、きっとわからないわ。勉強についていけるかしら。心配だわ」
2 わかる授業
「わかる授業」は、見えないものが見えてくる授業である。
 授業は、新しい学びをする場である。
「できた」「やった!」がふんだんにある授業は、子どもの笑顔がある。
 やる気が満ちている、子どもたちの様子は、保護者が一番うれしい場面である。
3 楽しい授業
「うちの先生の授業は楽しいわね」
「うちの子が『学校は楽しい』って言っている意味がよくわかりました」
と、保護者から言葉をもらうのは、教師冥利につきる。
「こういう学習をしているから、わかるのね」
「こういうふうに、仕掛けをするからできるのね」
と、教師のプロの技を期待している。
 例えば、音読。竹の子読みを披露しよう。
「追い読み、半分こ読み、1行交代読み、2行交代読み、竹の子読み」と、自分の気に入ったところだけを立って読むシステムである。
 挑発されて、どんどん行数を増やしていく。子どもは、知らず知らずに夢中になって覚えていく。子どもたちが立つ様子は、竹の子がにょきにょき生えるように楽しい。 
「こんなに楽しい授業で学ばせてもらっているなら安心だ」と、読むほうも、見るほうも満足する楽しくて、工夫があって、力のつく参観授業一押しのネタだ。
4 日頃が大事
「全員がわかる指示」は簡単ではない。だから日頃が大切なのである。
 どうやれば、やんちゃくんが話を聞くのか、指示に従えるのか、毎日真剣に悩み、改善をした教師だけが手にすることができる。
 授業が楽しい教師なら、保護者は十分味方になってくれるのである。
(
鈴木恭子:神奈川県公立小学校教師)



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子どもが問題行動を起こしたとき、親は子どもにどう接すればよいのでしょうか

 子どもが問題行動を起こすと、親は突然の豹変ぶりに驚きあわてる。しかし、子どもの心の中では、以前から変化が生じていたのに、親はそれに気づかなかったことが多い。
 親から「こういう場合、何と言ってやれば、子どもはなおるのでしょうか」とよく聞かれる。
 子ども問題行動の多くは、それまでの親子関係を徐々に組み替えることで解決に向かっていく。
 ひと言で子どもが立ち直るといった魔法の呪文はない。
 しかし、子どもが変わるきっかけとなることはある。
 問題行動を起こしている子どもが、それを周囲の誰かのせいにしているうちは、そこから抜け出せない。
 自分の問題として引き受けたとき、はじめて回復に向かうことができる。
 子どもの問題行動を解決するには、子どもの心に働きかける必要がある。もつれた子どもの心の糸を解きほぐすのは容易ではないが、愛情と時間を惜しまなければ必ずできる。
 いつか回復することを信じて接すれば、親子の絆を取り戻すことができるのだ。
 その過程は決して平たんではないが、試練を通して、子どもが変わり、親も変わり、精神的に成長するだろう。親子の絆は以前よりずっと強くなっているはずだ。
 子どもが問題行動を起こすと、落伍者のレッテルを貼られることが少なくない。親が自分の子どもをそんな目で見てしまうのだ。
 子どもを支えるはずの親が説教したり、非難したりしがちになり、ますます子どもを追いやることになる。
 そんなときこそ、親は子どもを信頼してほしい。子どもへの信頼が何よりも大事なことは、私がスクールカウンセラーを始めたばかりのころ、一人の教師から教えられた。
 子どもに建て前を振りかざして説教するのは、親子のギャップを広げるだけだから、子どもの気持ちを動かそうとしたら、子どもと向き合い親の本音をストレートにぶつけるしかない。
 誰でも子育ては試行錯誤の連続だ。親は自分が子どもだった頃を思い出してほしい。
 思春期の頃は覚えているはずだ。そのころ、何を考えながら過ごしてきたのか、どんなことで悩んでいたのか、親との関係はどうだったのか、などを振り返ってほしい。
 振り返ってみると、親に期待していた言葉を言ってもらえなかったり、無神経な言葉に傷ついたことがあるに違いない。もちろん、楽しかった思い出もあるだろう。
 それを実感とともに思い出せば、いま自分の子どもにどう接すればいいか見えてくるはずだ。
 子どもが悩んでいたら、自分が同じ年頃のときに何を悩んでいたかを子どもに話してみるといい。子どもに本音で接することになるだろう。
 子どもの問題行動でカウンセリングに訪れる親を見ると、ほぼ例外なく、心の余裕を失っている。
 私はカウンセリングで、相談者に目のさめるようなアドバイスをしたりできるわけではない。じっくり相手の話に耳を傾け、その言葉の裏側にあるものを理解し、本当に訴えたいことを導き出そうと努めているだけだ。
 誰でも、自分の心の中にある、言いたくても言えなかったこと、それまで気づかなった本当の問題、一人で抱かえていた悩みや苦しみなどを口にしたとたん、半分は解決したのも同然だ。
 心の中で葛藤したり迷ったりする時間が必要だったのだ。
 子どもの話に耳を傾け、言いたいことを聞き出すのは、親や教師、友だちなどもできる。
 親にお願いしたいことは、子どもが問題行動を起こしたとき、子どもの様子がおかしいときは、子どもの話に耳を傾けてほしい。
「いまの気持ちを話してくれるとありがたいんだけど」
「お前もつらかったんだね」
という具合に聞き役に徹し、重い口を開いてもらう。 
 人は話すことで自分の気持ちを整理したり、言葉にすると気づくことがある。子どもも話しているうちは、自分の心を見つめることができるようになる。
 子どもが親と口を利きたくないようなら、子どもの友だちを家に呼んだり、親戚のお兄さんやお姉さんに来てもらって、話し相手になってもらう。
 心の中の葛藤というのは、何本もの糸が絡まり合った状態だ。それを言葉にすることによって、絡まった糸を一本ずつ抜き取り、ほぐしていく作業になる。
 問い詰めずに、話しやすい雰囲気をつくり、言い出すまで待つことが大切だ。
「言いたいことがあれば、今日でなくてもいいから、言いたくなったら、言いにきなさい」と促せばいい。
 自分の気持ちや言い分を言葉にすることを通じて、子どもは失いかけていた自分を組み立て直す必要がある。
 そのうち子どものほうから、言い出したら「じゃあ、どうしたらいいか考えてみよう」と親子で話し合えばいい。子どもが自分で解決策を考え、自分で選択することが大切なのだ。
 子どもの選択は最善でないかもしれない。しかし、子どもの心は大きく成長するはずだ。たとえ間違った選択でも、自分で選択したことならやり直しができる。
 子どもと気持ちのいいコミュニケーションができないという人は「私メッセージ」を発するといい。
 相手を主語にするのではなく、自分を主語にする。叱るのではなく、自分の気持ちを伝えることになる。たとえば
「あなたは、掃除するそばから、散らかすんだから!」
と叱るのではなく、
「せっかく掃除をしたのに、もう散らかって、お母さんはがっかりだわ」
と言うことになる。
 運動部のコーチに言わせると、子どもは叱るよりも、ほめたほうが伸びるが、ここ一番というときは、叱ったほうがいいことがあるという。
 例えば、いい結果が出ると、慢心する子がいる。練習に熱が入らず、手を抜く。そんなとき「少し上達したからといって、つけあがるな」と雷を落とす。
 そういうときは、やさしく言って聞かせるより、ガツンと叱ったほうが効くそうだ。
 子育ても同じで、いつも叱っていては効果は薄い。9割はほめて、1割は叱る程度でちょうどいい。
 子どもが叱られても、納得できるタイミングをとらえ、ここ一番というときに叱るのだ。ただ、叱るときは、逃げ道を残してやる必要がある。
(
吉田勝明: 1956年福岡県生まれ、横浜相原病院院長)

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「うちの子と遊ばないように言ってほしい」と言う保護者に、教師はどう対処すればよいか

 小学校4年生の授業参観の日のことです。授業が終わった後に、A子の母親が相談したいことがあると言ってきました。
 A子は、物静かでなかなか自己主張できない、おとなしい性格です。
 相談の内容は、友だち関係についてでした。
「クラスの中に、わが子があまり好きでない子がいるのだが、その子は遊びの時間になると、わが子を誘ってくる。それがいやで、困っている」
というものでした。
 その子から、いじめを受けたり、何かいやなことを言われたりしているのかを聞いてみましたが、そういうことはないようです。
 ただ「あまり好きでない。他に遊びたい子がいる」と言っているだけだそうです。
 A子に聞いてみると、好きでない子の名前は、すぐに教えてくれました。B子でした。
 B子は活発に行動する子で、仕切りたがりのところがあります。おそらく、A子はB子のそういうところが好きにはなれなのだろうと思いました。
 また、遊びたい子というのはC子でした。C子はおとなしく、いつも静かに教室で本を読んでいることの多い子です。
 いつも寂しそうな表情をしているC子を思い浮かべました。家もA子の近くであり、幼い頃はよく遊んでいたそうです。
 A子の母親は、わが子がB子に振り回されているのがいやなようです。
「先生からB子ちゃんに、わが子と遊ばないように言ってください」
「そして、C子ちゃんに、わが子を遊びに誘ってくれるように言ってください。わが子は自分で言えないので、先生に言ってほしいのです」
と要求してきました。どう対応すればよいのでしょうか。
 小学校4年生の女の子は、もう自我が芽生え始め、自己主張も始める頃です。
「自分でB子の誘いを断り、C子に声をかけ、共に遊ぶようにさせる」ことが大切です。友だちは自分から求めることが基本です。
 とは言っても、まだ自我の芽生えない子もいますから、教師が友だちづくりの手伝いをすることも、ときには必要でしょう。
 まず、C子にA子への気持ちを聞き、同意を得たら、A子にC子へ声かけをさせることです。
 そして、次に、B子の誘いを「今は〇〇をしたいの」と、やわらかく断る体験をA子にさせ、それを教師が見守ってあげることです。
 どちらか一つでも、できたらA子をほめてください。徐々に自信を持つでしょう。
 母親にもそのことを伝え「もうA子さんは、自分でできますよ」と見守ることを教えてください。
(
諏訪耕一編集:1937年愛知県生まれ、元愛知県公立中学校教師。長野県に不登校の子どもの回復施設「浪合こころの相談室」を開設した
)

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管理職と協力関係をもち、信頼される教師になるには、どうすればよいのでしょうか

 教師になる前に会社員だった私にとって、上司への報告は必要不可欠だった。
 どんな小さなことでも、短く報告することの大切さは、身にしみていた。
 何かあったとき、最終的な責任を負うのは、やはり上司であったからだ。
 この
「たった一言の短い報告こそが、職場でのコミュニケーションをつくり、信頼関係をもたらす」
のである。
 雑談で相手の考えや、今まで知らなかった一面が出てくることもある。
 しかし、多くの場合、仕事そのものを通してコミュニケーションがはかられ、一緒に仕事をする中で信頼関係がつちかわれていった。
 私自身も、その仕事ぶりこそを判断材料にした。
 私は幸いなことに職場の人間関係で悩むことがあまりなかった。
 私は、今までに3校の学校に勤務した。
 5人の校長先生と教頭先生、合計10人と出会った。
 意地悪をされたことは一度もない。
 ある校長先生は、私の研究授業の協議会でわざわざ司会をかって出て下さった。
 指導案を机に置くと、どんなに忙しくても、必ず見に来て下さった校長先生もいらした。
 私は、いつも、どの管理職にかわいがっていただいた。
 私は、何をしたか。
「特別なことは、していない」でも、
 朝は「おはようございます」
 帰りは「失礼します」
 年休は「年休をいただきます」
 途中で帰るときは「申し訳けありませんが、今日は失礼します」
と挨拶をした。
 教師と子どもの関係も一緒だ。
「教師と子どもの信頼関係は、その中心的活動である授業で作られる」
 子どもは、教師をその「授業」で判断する。その判断はかなりの確率で正しい。
 授業は子どもを変える。
「できないことを、できるようにした、たった一つの授業」
「わからないことを、わかるようにした授業」
は、子どもを変える。
 授業を中心にした誠実な仕事があるからこそ、私は県の研究会の授業をさせていただけることになった。
 校長先生から打診があった。
 私は「校長先生が向井にとおっしゃっていただけるなら、謹んでお受けいたします」と答えた。
 授業を確実におこない、与えられた仕事を責任をもって果たし、社会人としてのマナーを守る。そして、それを続ける。
 これこそが、信頼関係の第一歩である。
 誠実な仕事とおこないは、何よりも力となる。
(
向井ひとみ:兵庫県公立中学校教師
)

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学級が指導困難になり親の抗議で新任教師が自殺し、裁判で公務災害に認定された事例とは、どうすれば防ぐことができるのでしょうか

 私が何人かの自殺されてしまった教職員の事例を見てきた中で感じるのは、同じ学校の職場がつちかうべき「共同性」の大切さです。
 窮地に陥っている教師がいたとき、親身になって助けられなくてもいい、助けられるような人のところに、きちんとつなぐというバトンリレーが働いているかどうかが重要です。
 それさえも無くなったときに、職場にギスギス感が漂い、教師が孤立感と絶望感に立ち尽くしていても、職場がそれを見殺しにするという最悪の事態に陥りかねません。次のような事例があります。
 2004年9月に、静岡県の小学校4年の担任である新任の女性教師が、自らの車の中で灯油をかぶって焼身自殺をしました。教師になってわずか半年後のことでした。
 授業がうまくいかない、指導が難しい子どもが何人もいる。それに、上司や先輩教師たちからの激しい叱責、職員室の希薄な人間関係が、孤立へと追い込んでいきます。
 職場の同僚教師は言います「隣の教師の悩みを、この1年知らないこともある」「悩みを打ち明ける時間もない」と。
 相手も忙しいから、自分の相談を持ちかけるのは申し訳ない、という気持ちが働き、距離ができてしまうのだろう。孤独状態は、あっという間に孤立感に変化する。
 自殺した教師の携帯には「子どものことは大変だし苦労するけど、一部の先生の言葉や態度に傷つく。苦しめられる」と残されていました。
 子どもや保護者対応に悩んでも、職場の雰囲気さえよければ、言葉が交わされ、会話も生まれます。
 新任の女性教師は日々の対応に困惑する中でうつ病を発症していました。事件の前日に、子どもの母親からの指導に対する抗議の手紙を受け取り、その翌朝に自殺しました。
 両親は娘の死を無駄にせず、若い教師が誇りと安心をもって働けるような状況に職場を見直す必要があると、公務災害認定を申請しましたが、棄却されたため静岡地裁に提訴しました。
 判決は、自殺について本人の性格上の脆弱性を否定し、当初から子どもの問題行動が相次ぐ中で、職場の支援体制が不足していたことを指摘し「公務災害であった」とする勝訴判決でした。
 判決では
「着任してわずか1か月半の期間に、数々の問題が解決する間もなく、立て続けに生じた点に特徴がある」
「状況が改善される兆しもなかったから、新採教員には緊張感、不安感、挫折感を継続して強いられ、強度な心理的負荷を与えた」
「こうした状況下では、当該教員に対して組織的な支援体制を築き、他の教員とも情報を共有した上、継続的な指導・支援を行うことが必要である」
「にもかかわらず、学校側は問題の深刻さを認識せず、また疲弊し続けていたことは十分察知できたにもかかわらず、情報が、周囲の他の教員と十分な支援が行われていたとは到底認められない」
として公務災害と認定しました。
 教師の病気休職の第1位は精神性疾患で大半はうつ病です。さまざまなストレスが精神性疾患の背後にあります。
 仕事の多忙化、人間関係のストレス(子ども対応、保護者対応、職場の人間関係)が、いまの学校の教師に覆いかぶさってきています。これに不眠状態が加わると事態は一変します。
 睡眠薬を飲んででも寝ることは、決して悪いことではありません。
 精神科の医師は「グチをこぼす」ことが重要だと言っています。先生方にお願いです。グチをこぼす場を3つ作ってください。
(1)
家族
 親でも、奥さんでも旦那さんでもけっこうです。家族が聞いてくれるだけで、どれだけ心が晴れるかが、わかります。
(2)
職場の同僚
 仲が良い、悪いなど様々あるでしょうから、3~4人でもけっこうです。飲み屋さん等で話をすることも決して悪くはありません。
 ただし、周りに他の誰かいないかをよく確かめてから話をするようにします。
 他人に話をするときは、コトのあらすじを整理しなければいけません。それが大事です。
 すると「本当は、あのお母ちゃんの思いは、ここに有ったんじゃないかな」とか「あの父ちゃんの願いは別のものだったのかもしれない」と気づくことがあるのです。
(3)
職業の違う友人
 飲み屋の大将、美容院のママさんなど、気のおけない関係を2,3人つくっておくことです。するとこう言ってくれます。
「先生も大変やな。でもな、あんたの悩んでいること、私らから見たら、どうでもええことで悩んでいるように見えるで(笑い)
 そうです、自分の姿は自分ではわかりません。鏡となるものを置いてこそ、はじめて自分の姿が見えるのです。
 先生、よく寝てください。多少教材研究が中途半端でもええじゃないですか。
 朝、子どもたちに「〇〇くん、おはよう! △△さん、元気?」と、はつらつとしていること、それが大事です。
 学校に登校して、先生方が元気じゃなかったら、誰が大人になろうと思いますか。先生方は大人のモデルです。未来への希望の光なのです。
 教師としての最大の資質は「はつらつとしている」ことです。
(小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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教師の仕事が苦手な人が、ステップアップし、人気のある教師になるためにはどうすればよいか

 子どもも保護者も、まずは「教師という仕事に本気で取り組む、元気で明るい教師」を求めています。教師という仕事に生きがいを抱き、人生を生きてほしいものです。
 教師が疲れていたり、沈んだ表情をし、怒りやすかったりすれば、子どもたちに影響を与えます。
 教師として満足いく仕事をするために、心と体の健康が一番です。健康な体をつくるための心得は「早寝、早起き、朝ご飯」が教師にも当てはまります。
 性格的に悩みやすい教師は、仕事以外の世界(趣味や娯楽、教師以外の人間関係)に自分の居場所を持つことも、一時的にはやむを得ないでしょう。
 教師という仕事は、どこまでやればよいということは、はっきりできない仕事です。要は、いかにメリハリのある仕事術を身につけるかということです。要領や段取りの悪い教師は、人気教師にはなれません。
 人気教師は、人気人間にもつながります。大人としても魅力度の高い人間になってください。
「えこひいき」しない態度こそ、人気教師への第一歩です。
 コミュニケーションで最も大切なことは「えこひいき」しない態度を一貫してとることです。
 どうしても、素直で明るい子、ものわかりの早い子、可愛い子を教師は好みますが「どの子もいい子なんだ、公平に扱おう」と自分の心に呼びかけるようにしてください。
「この子は〇〇だから」と決めつけることも誤りです。
「この子は落ち着きがない」「うそを言ったことがあるから」とマイナス面ばかりを見たり「△△さんは、ピアノがうまいから演奏してね」とその子の実力以上の課題を与えてしまうこともあります。
 子どもにレッテルをはらず、常に自然体で接するように心がけたいものです。ほかの子と比べたり、できて当たり前という見方ではなく、その子の力で「ここまで、できたね」と認めてあげることがポイントです。
 子どもの話を聴いてあげ、子どもの言ったことばをオウム返しのように繰り返してあげることで、子どもは「先生は、話を聞いてくれている」という安心感を抱くようになります。
 さらに、教師が「いつも、心配しているんだよ」と、自分の気持ちを子どもに伝えると、子どもが「先生に心配をかけたんだ」、「じゃあ、どうしたらいいかな」と自分で考えるきっかけとなります。 
 連絡帳に保護者からの連絡コーナーを設けることも大切です。(学級通信の末尾に設けてもよい)
 プライベートな問い合わせや急ぎの用事でない保護者からの連絡事項などは、子どもの連絡帳に書いてもらうように、お願いします。
 そうすることで、連絡帳を介した保護者と教師との見えないつながりをお互いに意識できます。
 小学校の教師は多くの教科を受け持っています。授業で勝負する人気教師ほど、教材の収集には熱心です。
 理科で電池の仕組みを教える場合、電池を数種類準備しています。社会科で江戸時代の学習する場面でも、参観交代の様子が描いてある和菓子の包装紙を持っていたりします。
 人気教師は学習内容に応じて教材が用意できる、豊かなストックを持っているものです。
 授業の名人と言われた教師が、大型(A3)の封筒を教室の棚に置いておられたことを思い出します。
「中身は何ですか?」と尋ねると「古い新聞記事や、教材に使える各種のパンフレット類だよ」と教えてくれました。
 短い期間では収集できないが「これは教材にならないかな」という目で日常生活を送っていれば、案外見つかるものです。
 資料の一部を隠して提示することによって、注目させるやり方があります。
 例えば、社会科で、日本の水産業の学習で、漁獲高の推移を示す折れ線グラフを、ある年代から先を隠して黒板に貼り、
「この後、遠洋漁業の漁獲高はどうなったでしょう?」
と問いかけるのです。
 歴史の学習でもこの方法が使えます。絵巻物や絵図の一部を隠して提示すれば、子どもは隠された部分に関心を持ちます。
 このように、教材提示の方法を工夫することで「じっくりと見て、考える力」を育てることができます。
 人気教師のクラスは話し合いも活発です。特に国語や社会などでは「話し合い」が学びの基本になります。
 学級全体で「話し合い」を深めていく場合、子ども同士で意見のやり取りを円滑に進めるために考案されたのが、挙手するときの「ハンドサイン」です。
「わかった(5本指)」「わからない(グー)」「質問(3本指)」「賛成(2本指)」「つけたしの意見(1本指)」の5種類があります。
 これを図にして黒板の横に貼って確認させながら挙手をうながすと、積極性が育まれます。小学校3年生くらいから導入できます。
 教師は、ハンドサインの形を眺めて「質問」や「つけたしの意見」などの子どもが何名であるかを即座に把握します。
 話し合いの状況を見て、最初にどのサインを取り上げるかを判断します。
 授業への参加をうながし、話し合いの視点を深めるために「質問」や「つけたしの意見」を最初に当てれば、うまくいきます。
 社会科の授業で「秀吉が行った刀狩りは良い政治と言えるでしょうか?」などと質問し、ハンドサインで答えさせると「考える」授業にも導入できます。
 さらに「わたしは反対の意見です。その理由は・・・・・・」と、自分の意見をはっきりとさせ、理由も述べさせる指導をこころがけたいものです。
 人気のある教師になるためには、キャラクターグッズがあげられます。
 子どもの提出物に、特注で自分の顔をキャラクターにしたスタンプで、確認の印を押すのです。
(
寺本 潔:1956年熊本市生まれ、筑波大学附属小学校教師、愛知教育大学教授を経て玉川大学教授。中央教育審議会専門委員(社会)等を経て日本社会科教育学会評議員)

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学級づくりのために、5~6月にするとよいこととは何か

 新学期に入り、5~6月になると、気心が知れた仲間が増え、当番・係やルール・マナーが定着し始めます。
 そこで、多様なグループ活動を通して、みんなと協力することの楽しさを感じさせ、仲間とかかわる意欲を引き出すようにするとよい。そのためには
1 グループを排他的にさせない人間関係づくり
 グループの結束を固めるために、秘密を持ったり、共通の敵をつくったりする時期です。
 放っておくと、グループ同士が対立し、学級の雰囲気がギスギスし始める。
 そこで、多様な相手と協力する活動や、認め合う活動を行い、人間関係を広げ、目的に応じて自在にグループづくりができる集団にする。
 具体的には、すべて生活班で活動するのではなく、教科や課題によって異なるメンバーで協力する経験をさせ、その都度、認め合いを行う。
2 係・当番活動でのなれあいをチェック
 活動のやり方を理解し、自分の責任を果たすことが習慣化すると同時に、ゴールデンウィークで気がゆるみ、なれあいも生じやすい時期である。
 同じ子どもが怠ける、分担を無視して楽な仕事をやろうとする、仕事がいいかげんになるなどの問題が表れてくる。そこで、
(1)
教師が、子どもたちの活動を少し離れた位置から見守り、最初のルール破りを見逃さない。
(2)
経緯を全体に説明し、あたりまえの責任を果たす大切さを考えさせる
3 行事を活用して全員が認められる場をつくる
 春の運動会、社会科見学、遠足、移動教室などの行事は、学習面では成果を出せない子どもを認めるチャンスである。
 特別な成果だけでなく、与えられた仕事や役目を普通にやりとげた努力に目を向け、子ども同士の認め合いを工夫する。
 行事の後やグループを解散する前に、つぎの「いいとこ四面鏡」のワークシートを利用して、いいところを探し全員を認める機会をつくるとよい。
 具体的には、
(1)
4~6人のグループになり、ワークシートに自分の名前を記入する。
(2)
グループでワークシートを回し合い、メンバー一人ひとりについて、該当する項目に〇を3つつける。ワークシートに記載されている項目の例は、
「進んで自分の仕事をしていた」
「最後まであきらめず行動した」
「楽しみながら活動していた」
「みんなのことを考え気配りをしていた」
「みんなをまとめようとしていた」
「楽しい雰囲気をつくろうとしていた」
「自分の意見を伝えようとしていた」
「困っている人を助けようとしていた」
「かたづけや整頓をがんばっていた」

「苦手なことにもチャレンジしていた」
等、20項目。
(3)
自分のワークシートを見て感じたことを伝え合う
4 子ども同士のトラブルを活用する
 人間関係が広がれば、子ども同士のトラブルも起こってくる。それがいけないのではない。むしろ人間理解のチャンスである。
 子どもたちによる問題解決力を育てるには、つぎの対応をするとよい。
(1)
教師が質問をして「当事者の気持ちと行動」と「周囲の気持ちと行動」を関係づける橋渡し行う。
(2)
さらに学級全体に返して、対人関係のマナーやルールを理解させる。
5 適度な息抜きでリラックスする
 新学期から緊張が続き、疲れが出始めたり、マンネリ感を感じる時期でもある。
 なれあいや、怠けに発展しないように、みんなが楽しめるような息抜きが必要である。
「さあ、夏休みまで後、1か月、がんばるぞ」という気持ちの切り替えができるようなものがよい。
 例えば「グループ対抗のゲーム」「スポーツ大会」「学年合同のイベント」を行う。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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«クラスが荒れ、授業中に私語する子どもたちが、集中して取り組む授業をすれば「子どもたちが何のために学校に通って学ぶのか」に応えることができる