子どもの情緒を安定させるには自律訓練法が有効である、どのようにすればよいか

 自律訓練法とは、リラックスした体勢で、決まった言葉を用いて自己暗示を行い、気持ちや体調の安定を目指す方法です。
 ドイツの精神医学者であるJ・H・シュルツが創始しました。
 自律訓練法は瞑想にヒントを得ているとされており、神経症や心身症の治療方法として考え出されたものです。
 現在では一般にも広く普及しており、気軽に実践できるセルフケア的なもの、スポーツ選手がパフォーマンスを上げるために使うもの、企業が仕事の生産性向上のために研修として取り入れるものなど、さまざまな形が生まれています。
 自律訓練法は、心身を眠りと目覚めの中間の状態に持っていきます。
 リラックスしてボーッとしているときや、うつらうつらしているときに近い心身状態を作り出すのです。
 このような、自律訓練法で作り出す、睡眠と覚醒の間にある心身の状態を「自己催眠状態」といいます。
 自己催眠状態には、心の疲れやストレスを取り去る効果があるとされていて、以下のような効用を生み出すとされています。
(1)蓄積された疲労を回復することができる
(2)イライラせず、おだやかな気持ちでいられる
(3)自己統制力が増し、衝動的行動が少なくなる
(4)仕事や勉強に対する集中力がつき、能率があがる
(5)身体的な痛みや精神的な苦痛がやわらぐ
(6)内省力がつき、自己向上性が増す
 今日、学校における自律訓練法の役割は急激に増大しています。
 小学校・中学校・高校を通じて、情緒不安定、あがり、自信喪失、対人関係の不調、学業不振、場面恐怖など、子どもが抱かえる解決すべき教育上の課題が多く出現しています。
 これらの不安や緊張に伴う問題行動の克服、心身の健康維持、ストレス緩和、さらなる教育効果の促進に、自律訓練法は有効です。
 自律訓練法により、腕や脚に重たさや暖かさを感じることによって、α・β波が出て感情の沈静化が得られます。
 訓練は、まずリラックスした身体の姿勢をとることから始まります。
 その姿勢で次の言葉を順番に頭の中で反復暗唱し、1日2回~4回、1回3~10分、毎日練習します。
 段階的に「心身の調節」を得ていくのです。
 まずは姿勢と呼吸を整えましょう。自分が楽だと感じられる姿勢をとります。椅子の背もたれにゆったりと身を任せた状態が良いでしょう。
 それから、ゆったりとした腹式呼吸を行います。口をすぼめてゆっくりと息を吐き切り、お腹に空気を入れる感覚で鼻から深く息を吸います。
 これを5~10回、気持ちが落ち着くまで続けます。
 呼吸が整い気持ちが落ち着いたら、リラックス状態を心の中でつぎのような言語公式を唱えながら、身体の感覚をイメージしていきます。
 例えば、第一公式は「手足が重たい」です。この言葉を心の中で唱えながら、手足が重たくなっている感覚をイメージします。
 第一公式:「手足が重たい」
「右腕が重たい」「左腕が重たい」「右脚が重たい」「左脚が重たい」/「両腕が重たい」「両脚が重たい」/「両手両脚が重たい」
 第二公式:「手足が温かい」
「右腕が温かい」「左腕が温かい」「右脚が温かい」「左脚が温かい」/「両腕が温かい」「両脚が温かい」/「両手両脚が温かい」
 第三公式:「心臓が静かに脈打っている」
 第四公式:「楽に呼吸ができる」
 第五公式:「お腹のあたりが温かい」
 第六公式:「額(ひたい)が涼しい」
 自律訓練法の最後には、かならず「消去動作(終了動作)」を行います。
 リラックスした姿勢から身を起こし、手足の屈伸・背伸び・深呼吸を数回ずつ行います。
 自律訓練法の効果を最大限に得るためにも、この過程を欠かさないようにしてください。
 心身がリラックスしたからといって、消去動作を怠ると、かえって脱力感や不快感に襲われることがあるのです。
 自律訓練法の教育的効果は
(1)知的側面:注意力・記憶力の改善
(2)社会的側面:学習態度の積極化、人間関係の緊密化、他者意見受容の増大
(3)情動的側面:情動の安定、忍耐力の増大、攻撃的態度の減少
 学級への適応は、担任が自律訓練法を事前に体験し、学級の日課として実施します。
 そして、子どもに記録させると、子どもの状態の確認や、技術的な誤りへの修正や助言に役立ちます。正しく理解し、実践することが肝要です。
 自律訓練法では、緊張がとれることによって、血流が増えたり、筋肉がゆるんだり、内臓の働きが活発になったりするなど、心身にさまざまな変化が起こります。この変化が、人によっては副作用につながる場合があります。
 心臓に異常のある人、糖尿病のある人、頭痛の持病がある人、脳波に異常がある人などは、一部のステップで副作用が起こる可能性があります。
 また、妄想の出る精神疾患のある人は、もともとの精神症状が悪化する場合があります。
 何かの病気や障害などですでに医療機関にかかっている人は、自律訓練法を実践する前に必ず医師に相談しましょう。
 医療機関にかかっていない人も、念のため上記に当てはまるような持病がないことを確認してから自律訓練法に取り組むのがベストです。
 自律訓練法は、心身の不調のケアだけでなく、日常の気軽なセルフケアや、仕事や勉強の能率アップのために活用することができます。
 正しい知識のもと、生活に取り入れていってみましょう。
(山崎洋史:昭和女子大学大学教授、総務省消防庁消防大学校客員教授、臨床心理士)
(「学校教育とカウンセリング力」山崎洋史著 学文社 2009年)
(井上雅彦:1965年生まれ、鳥取大学教授。公認心理師、臨床心理士、専門行動療法士、専門は応用行動分析学、自閉症と発達障害への支援、臨床心理学、特別支援教育)

 

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生活指導はどのように変遷してきたか

1 生活綴方(1930年代~)
 生活指導というのは、生活綴方の実践(峰地光重:1890~1968、小学校教諭)から始まった。
 生活綴方とは、子どもたちが日々の暮らしのなかで見聞きしたこと、遭遇した問題などをありのままに綴った文や詩を作り、それを学級のなかで読み合い批評しあう。
 その過程で「ものの見方・感じ方・考え方」の意識化をはかり、より人間らしい生活の仕方を考え合っていく。
 そのことを通じ、子どもたちは貧困や抑圧にくじけぬ意欲と知性を育み、抱かえこんだ困難な問題への共感とケアの能力を獲得していく。
2 北方性(ほっぽうせい)教育(1930年代~)
 東北地方の青年教師たちが、生活綴方の実践を発展させ、日々の暮らしから出発して、子どもに内在する意欲や要求を引き出し、高め、社会や文化をつくり変えていく主体を形成するように構想されたもの。
 戦後初期の「山びこ学校」の実践へと継承された。
3 仲間づくり(1950年代~)
 小西健二郎の「学級革命」などが代表的な実践で、学級内の力関係をみつめ直し、理不尽な支配には、みんなが連携して立ち向かっていく、そんな力を子どもたちのなかに育てようとした。
 子どもたちの生活世界のなかに民主主義を追究していく生活指導が展開された。
4 学級集団づくり(1960年代~)
 全国生活指導研究協議会(全生研)による「学級集団づくり」の実践である。
 そこでは、「集団の力」が強調され、クラス作りや行事でのクラス発表に向けた組織的な行動力と自治的な集団の統治能力の獲得が目標とされた。
 その活動の母体となる「班づくり」、学級の民主的な諸問題の解決のために主導していく「核づくり」、質を深め、その実現方法を考え合う「討議づくり」が、「班・核・討議」として学級集団づくりに定式化され実践された。
 この実践は、主として教科以外の特別活動において働きかけるものである。自治的な組織と運営の担いてになる行動能力を育てるという目的を意識して展開されていったものである。
5 異質共同型集団づくり(1980年代後半~)
 豊かな社会のなかでの、子どもの荒れ(校内暴力・不登校・いじめ・学級崩壊)の背景にある、能力主義的な競争を強いる学校や家庭での抑圧感からさまざまな問題を生みだしている。
 普通の子どものなかにも鬱屈とした感情がためこまれ「ムカツク、ウザイ」という言葉が蔓延する時代である。
 子どもを支配する学校から、コミュニティとしての学校へと子どもたちの内面と対人関係を組みかえていくような指導が求められる。
 異質共同型の集団づくりは、従来の規律重視の集団主義に代わり、子ども同士の関係性に重点をおきます。
「みんな一緒に」という力が働く学校の一元的価値の息苦しさから脱出し、子ども同士を出会い直させ、絆を編み直させる、関係性を変革に視点をおく実践である。
6 心の居場所づくり(1990年代~)
 学級が子どもの心の居場所として、安心して自分を表現でき、自尊感情を取り戻す場となるような学級をつくりだしていく実践である。
(船橋一男:1959年横浜市生まれ、埼玉大学教育学部教授。生活教育、生活綴り方、生活指導の研究を主に手がける)

 

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学校の職場で教師が心得ておくべきことは何でしょうか

 教師たちを見わたせばすぐに、すべてのことについて教師の意見が一致するということは不可能だと気づくでしょう。
 それは期待すべきことでもありません。学校の日常は矛盾や葛藤だらけで、決まった答えなどはありません。
 よい職場環境というのは、教師が協働し、なおかつ個人のよさが維持されたときに初めて築くことができます。
 あなたは、チームにおける多様性こそがよいアイデアをつくるのだ、という認識を持っていますか?。それはよい出発点となります。
 例えば、一人の教師がアイデアマンで、別の教師が子どものグループ学習を支えることに長けているというチームは、とても強いのです。
 職場では、さまざまなタイプの教師がいるチームで働くことになるという心づもりをしておく必要があります。
 多様性こそが強みであると実感できるようになるまでが大変だと思います。
 多様性に可能性を見いだし、挑戦しようとする気になれば、自分自身の姿勢を見つめ直せねばなりません。
 子どもたちは、一貫性のある成熟した大人であることを教師に期待します。つまり、子どもはよい大人のモデルを必要としているのです。
 教師の多くは、教師が子どもの時には学校にうまく順応していた人たちです。
 教師になってからもルールが大好きで、マニュアルをつくってしまうわけです。
 多くは批判的な質問をしませんし、新しく違うことを考える教師には理解を示してくません。
 学校のカリキュラムや計画を簡単には変えられないと思っているのです。
 しかし、今日の学校では教師に柔軟さが要求されています。
 予想もしなかった子どもや大人の反応や事態に対処し、乗り越えていかなければならないのです。
 この過程で、誤解や矛盾が生じるのは避けられないことです。
 もしあなたが、学校では人間的な間違いが多々生じるもので、まさに、それがゆえに活力が生まれるのだと感じることができれば、教師としてよい出発点に立っていると言えます。
 新任教師のあなたはスタートラインに立ちました。出発の準備もできました。楽しみと不安の両方があるでしょう。それでいいのです。
 教師という職業はエキサイティングで挑戦しがいのある職業です。
 どのような道を進むのかが、いつも未知数なのです。でも、よいサポートがあればたくさんのことができます。
 そして、成功するために一番大切なのは、十分な訓練と心の準備です。
 これからの人生には二つの状況があると考えてください。
 一つは、あなたから力を吸い取っていく事態、そしてもう一つは、あなたにエネギーを与えてくれるという事態です。
 あなたが向かい風のなかにいるときは、楽しくない人や足を引っ張る人といっしょにいるのではなく、あなたが前に進んでいけるようサポートしてくれる人を見つけましょう。
 幸いにも、教師という仕事はさまざまなことを自分で決められます。
 あなたに、仕事への意欲と喜びを生み出してくれるような教材や活動を見つけてください。
 マーティン先生は、古いオルガンが教室にあったので、毎日、子どもたちにオルガンを弾いて、子どもたちは声を張り上げて歌っていました。
 教師と子どもが、歌と音楽の喜びを共有していたのです。学校での一日を歌で始めることが、彼らによいサイクルをもたらしました。
 オルガンと音楽がマーティン先生にとって、一番強さが得られる源泉だったのです。そこから得たエネルギーをもとに、彼は子どものための実践に力を注ぐことができたのです。
さあ、あなたにとっての力の源泉は何ですか?
 新しい考えを学校に持ち込みたいと思ったら、新任教師であるあなた自身が周りの教師にどのようにみられているか、ということについて考えをめぐらせる必要が出てきます。
 残念な例を紹介します。
 新任教師であるフィンは学校に革命を起こし、おばさん先生たちに決して指図されまいと意気込んでいました。
 まるで自宅の居間にいるように職員室のソファにどっかりと座り込み、新聞を広げて読み始めます。彼が顔を上げるのは、直接話しかけられたときだけです。
 一週間たったある日「隣の学校の協働のほうがここよりも成功している」と、彼は声高に主張しました。ところが、どの教師たちも彼の主張にコメントしなかったのです。
 彼のこれまでの態度が原因だということはわかりますよね。あなたが同僚にどのようにおもわれているかの大部分は、あなた自身の行動によって決まるのです。
 あなたは、常に仕事の終わりの時間を気にしたり、やらなければならないことだけをやろうとしていませんか?
 もし、少しでもそれ以上のことをやる意欲を見せることができれば、あなたはすぐにさまざまな実りの多い活動に参加できるようになりますよ。
 それらは、あなたにさらなる意欲と喜びを与えてくれるでしょう。
 では、フィンはどうしたらよかったのでしょうか。
 もし、彼が職員室での日常に興味を持ち、もう少し謙虚さを示していたならば、彼はもっと好意的に受け入れられていたでしょう。
 経験を積み重ねてきた人を尊重することが、目的を達成する秘訣です。
 また、きちんと規則をわきまえていることも重要となります。
 もし、フィンがクラスを遠足に連れて行くときのルールを知らなかったら、彼だけでなく学校全体が問題を抱えることになります。
 そう、フィンには、まだまだ学ぶことがたくさんあります。子どもが全員無事に帰ってこられたら、その幸運に感謝しなければなりませんね。
 教師という仕事には成熟さが求められます。あなたに与えられている責任を認識してください。
 もちろん、それは経験によってわかってくる面もあります。
 もし、生徒にどこまで許してよいのかがわからなくなったときは、自分の子どもだったらどうなのかということを考えてみてください。これは、とてもよい行動方針となります。
(アストリ・ハウクランド・アンドレセン:1952年生まれ ノルウェーの小学校副校長)

 

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授業の多くが体験学習にあてられる「きのくに子どもの村学園」とは、どのような学校でしょうか

 和歌山県の小さな村に、子どもたちの歓声が響き渡る小さな学校がある。「きのくに子どもの村学園」です。
「きのくに」では生きる喜びがあり、互いに尊敬し信頼し合っていて、徹底した自治のもと、生活する一人ひとりの子どもにエネルギーがあふれています。
 元来、学校というのは、何をどのように学ぶのかは教師によって決められ(教師中心主義)。
 同じ年齢の子どもが同じ教材を使い同じペースで、同じ方法で学習する(画一主義)。
 書物に書かれた知識の記憶量によって子どもの能力を測ろうとする(書物中心主義)。
 これでは、子どもたちは知識を教師や書物から伝達されるだけの受動的な存在となってしまいかねない。
 そしてそれは、自分の感情を押し殺すことや、自ら考えることが苦手な子ども、互いに意見を言って他の子どもと合意を図る、という経験に乏しい子どもが育ってしまう。
 すなわち「感情」「知性」「人間関係」のすべての面で「不自由」な子どもの育成につながってしまう危険性がある。
 こうした状況から子どもを解放し「ホンモノ」の学習をするために、「きのくに」では、「自己決定」「個性化」「体験学習」を三原則として学校づくりを進めてきた。
 この三原則を反映させた学習活動が「プロジェクト」である。年度初めにプロジェクトのテーマごとにクラスがつくられる。人数も年齢構成も男女比もさまざまとなる。例えば別荘づくりプロジェクトでは、どのような別荘をつくるのか、誰が何をするのか、活動の進め方は話し合いを通して決められていく。
 このようなプロジェクトを学習の核として、各教科はプロジェクトと関連づけながら実践されていく。プロジェクトの体験をくぐることで、自分たちにとっての意味を感じながら学習が進められる。
「きのくに」が現代の学校教育に投げかけているものは何だろうか。
 増え続けている不登校やいじめ、他者との関係の希薄化・・・。
 そうした現代社会にあって「きのくに」の子どもたちは自他への信頼にあふれ、生き生きと目を輝かせ真剣に学習に取り組み、仲間とともに自分たちの生活を創造している。
 こうした実践は公立学校で行うことは無理だという声があるかもしれないが、「きのくに」は正規の私立学校として認可をうけているという事実により、実現できる可能性がある。
 教育改革が叫ばれている今日、「子どものため」になる学校づくりとは何かを問い続けているといえる。
「きのくに子どもの村学園」は1992年に和歌山県の山中でスタートしました。
 元大阪市立大学教授の堀真一郎が、イギリスのサマーヒルスクールなどを範として創立しました。
 教育思想や実践は、ニールやデューイの流れを汲んでいます。
 子どもたちの多くが寮生活を送りながら学んでいます。
 1学年20名の小さな学校で宿題がなく、テストもありません。
 「先生」と呼ばないで、大人は「○○さん」とか、ニックネームで「ゴンちゃん」などとよばれます。
 子どもは自分のしたい活動(プロジェクト)をよく考えて、その年のクラスを選びます。授業の多くが体験学習にあてられ、どのクラスも異年齢学級です。
 普通の学校の授業に相当する時間「基礎学習」もあります。
 活動(プロジェクト)は「人が生きる」ことを「衣」「食」「住」「表現」の4つの視点から追求していきます。
 小学校では「工務店」「劇団きのくに」「よくばり菜園」など、中学校では「動植物研究所」「劇団バッカス」「くらしの歴史館」などのクラスがあります。
 国内外の教育関係者やマスコミからも注目され、学校の数も増え、福井県勝山市、山梨県南アルプス市、福岡県北九州市、長崎県、英国スコットランドにあります。
 入学の選考は、体験入学によっておこないます。募集時期は学年によって異なります。
 体験入学は学校および寮で過ごします。また保護者と面談し、総合的に合否判定をします。筆記試験はありません。子どもの意思をもっとも尊重します。
(堀真一郎:1943年生まれ、元大阪市立大学教授教授。「二イル研究会」を設立、その代表を務める。大学の教授職を辞めて、ニールのサマーヒル・スクールを範とした新しい学校を目指して、1992年和歌山県橋本市に、きのくに子どもの村小学校を開校。きのくに子どもの村学園理事長。)

 

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「デモシカ先生」だったときに仮説実験授業に出合い、子どもも教師も変わった

「デモシカ先生」という言葉がありますが、西川浩司先生は本当にデモシカ先生だったなあと思った。
 4時半に帰って、繁華街をブラブラしていました。
 転勤した学校で「おまえも年だから、少し研究したらどうや」と言われて、生活指導の研究会に参加した。
 行けども行けども頂上がない。うまくいかない。
「それほどうまくいかないのなら、教科でやってみたら」と言ってくれました。
 それで理科をかなり本や雑誌を読んで必死にやったが、今までいいかげんにやってきた授業とあまり違わなかった。
 そして、仮説実験授業に出合うわけです。
 仮説実験授業では、原則として「問題」-「予想」-「討論」-「実験」の4段階からなっています。
 問題の答は実験がきめるので、教師がきめるのではないという思想がこめられているのです。
 普通だったら、授業の終わりに「この実験からこういうことがわかりました」と、教師が言って、子どもはそれを聞いて覚える、という感じになるわけです。
 ところが仮説実験授業では、実験の結果から何がわかったかを長々としゃべってはいけません。
 だから、今まで私が一生懸命やってきたことは全部ペケなんです。
 実験の結果からいろいろしゃべるのは「押しつけ」だと意識するようになった。
 予想をたてて、しっかり討論しておけば、実験の結果、何がわかったかということは、ほとんど言わなくても明らかなのです。
 予想や討論をろくにせずに実験をやって、そのあとで、この実験から何がわかったか、ということばかりに力をいれるのは解釈主義であり、教師の権威でもって結論をおしつけることにほかなりません。
 板倉先生の講演で、「ものとその重さ」の授業書をいただきました。
 これならできそうだと思い5年生にその授業を始めたのです。
 全然勉強しない子どもがいました。やっと教室に入れても本もださないんです。
 ところが「ものとその重さ」を始めたら、「ぼくするで」と言うんです。
「ものとその重さ」の授業が終わって、子どもたちに感想文を書いてもらったら「ものすごくよかった」ということを書いてくれました。
 窓ぎわで遊んでいた子も、すごく勉強するようになりましたし、意見も言うようになりました。
 一つのことができれば、子どもはすごく変わってくるものなんですね。
 子どもはもちろん、教師も本当に変わるんです。それを発見してビックリしました。
(西川浩司:公立小学校で最初に仮説実験授業を実践。「授業書の内容、ねらいをどのように子どもたちに伝えるか」ということを追求し、実践的に示した)

 

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授業で「学習集団づくり」をするには、どのようにすればよいか

 学習集団づくりの道すじは、次の二つあると教育学者の吉本 均は次のように述べている。
1 学習規律の組織化
 まず、吉本は、教師は個々の子どもたちではなく、全員参加できるように、班を指名すべきだと提案する。
 吉本は班の質、とりわけ班長が班内にわからないものがいるかどうか把握する。
 次のステップに進むとき、班員がお互いに確認し合う。
 班員がお互いに確認し合うといった点を教師が評価してみせることによって、子どもたち自身が点検し合う学習体制をつくることにより、自覚的な学習規律を確立しようとした。
 これには「全員の参加・発言を保障する」ことと「自主・共同の学習体制をつくる」ことが含まれる。
2 「問い」による思考の組織化
 吉本は豊かに思考するために「集団思考=討議」を重視していた。
 仲間との緊張をはらんだ「問い-答え」の過程で「認識する学力」がつくりだされ、内面に定着していくと述べている。
 集団思考を発展させる方法の一つとして
「○○さんに賛成です。そのわけは・・・・」
「ぼくは、いまの○○君につけ加えます」
「私は○○さんの意見に反対です。そのわけは・・・だから」
 といった「発言形式の訓練」を提唱していた。
 これは、子どもたちの聞き方の訓練にもなっていた。
3 教師による発問
 決定的に重要なのが教師による発問である。
 吉本は、次の三種類の発問を示している。
(1) しぼる(限定する)発問
 子どもの思考を焦点化させ、思考を引き出す具体的で明瞭な発問。
(2) ひろげる(関連させる)発問
 既知の内容と未知の内容を明確にして、関連を組み立てさせるような発問。
 それと、具体的事実、資料、生活経験などに関連づける発問。
(3) ゆさぶる(否定する)発問
 子どもたちが現在、習得している思考に対して、あたらしい次元の対立や矛盾などをつくりだす発問。
 授業の中心的な場面において発問すべき最も重要なものである。
 その典型として吉本があげているのが斎藤喜博の森の出口はどこかを問う「森の出口」の授業である。
「ゆさぶり」の典型的にあらわれた授業として斎藤喜博の「森の出口」の授業がある。
 斎藤喜博(1911-1981年)は、1960年代に島小学校で教育実践を行ったことがよく知られている。
 この斎藤の「森の出口」の授業を具体的に見ていく。
 小学3年の国語の教科書に、次のような文章が記載されていた。
「あきおさんとみよ子さんはやっと森の出口に来ました」
「つかれきって速く歩くことができません」
 授業で、この「森の出口」という言葉が問題になり、子どもたちからさまざまな意見が出された。
 話し合いの結果、「森の出口」は森とそうでないところの境だという解釈をして、子どもたちは喜んでいた。
 ところが、うしろで見ていた斎藤は立ち上がって黒板に森の絵を描き、森の中から森の外が見えたところを「森の出口」と書いた。
 黒板の絵を見て、子どもたちは思ってもみなかった解釈に、ハッとした。
 子どもたちは驚き、緊張がクラスにひろがった。
 斎藤は子どもたちの読みとりに対して、別の読みとりがあることを気づかせた。
 森に迷い込んだ二人の子どもにとって、森から出られると実感できた場所で、「やった。森から出られた。家に帰れる」と叫んだであろう。
 あきおさんとみよ子さんにとっては、その地点が「森の出口」なのである。
 作品の中の人物の立場から考えることが要求され、そのことが子どもたちの知的なめざめを誘発していったのである。「ゆさぶり」が、そこにあらわれている。
(吉本 均:1924-1996年広島県生まれ、広島大学名誉教授 日本における教育方法学の確立に貢献したといわれる)
(鳴瀬彰夫:神奈川大学)

 

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父親や母親はどのように子育てすればよいのでしょうか

 父親は育児は新米の母親以上に知識がない。
 どうして良いか分からないから、妻に教えを仰ぎ、たいていは妻に怒られながら妻の指図に従うだけになってしまう。
 こうなると、家庭の中で父親と母親の力関係は、当然母親が強くなる。
 また、母親が子どもに対する接し方まで父親に口出しするようになると要注意である。
 こうなると父親と母親の役割が同化してしまい、父親の母親化という現象をもたらすことになるのである。
 男性と女性の特性が違うように、本来、子育てにおける父親の役割と母親の役割は異なっている。
 母親は子どもに細やかな愛情を注ぎ、父親は厳しさや責任感を子どもに伝える。
 そして、両親が互いに尊敬し合う姿を子どもに見せることによって、子どもに人を尊敬すること、愛情をもって接することを教えていくのが、家族のあるべき姿である。
 幕末、高杉晋作や木戸孝允らを育てた吉田松陰は25歳のころ、一児の母である妹・千代に子どもの育て方について次のような手紙を送っている。
「人の子が賢くなるのも愚かになるのも、良くも悪しくも父母の教えによるものだ」
「特に男子は父の教えにより、女子は母の教えから影響を受けることが多い」
「しかし、男子・女子ともに8歳以下は母の教えからの影響の方が大きい」
「父はおごそかに厳しく子どもと接し、母は親しく細やかに接すること」
「8歳以下の小児に対しては言葉でさとすべきではない。ただ親が正しい姿を示して子どもに感じさせることが大事だ」
 そして、この松蔭の手紙で注意したいのは、最後の一文だ。
「親が正しい姿を示して子どもに感じさせること」
 この「感じさせる」育て方、「感じ取る力」を育てるのが、心の教育(EQ教育)なのである。
(萩原吉博:1950年兵庫県生まれ、(株)学栄 社長。昭和63年に乳幼児教育研究所として(株)学栄をスタートさせる。平成2年に保育所の「ちびっこランド」を開設し全国に展開)

 

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どうすれば子どもたちが「動く」社会科の歴史授業になるのでしょうか

 子どもが発言し、歴史事実を自分の問題として考えるようになることを、安井俊夫先生は「子どもが動く」と表現する。
 「動く」ことによって、子どもは自分の発言や行動から「何かをつかむ=わかる」ことになる。
 そこで私たち教師が知りたいのは、どうすれば子どもたちが「動く」のか、ということである。
 子どもたちが「動く」ためには、
(1)子どもの発言を引き出す
 安井先生は子どもが感じたままの発言を重視する。そうすれば、子どもが発言しやすい。
 子どもが歴史の事実を自分の問題として考えるようになる。
 子どもたちが感じたまま発言をすることで、授業が活性化する。
 安井先生は「発言を引き出す授業」を「ヤマ場のある授業」とも言う。
 毎時間の授業で展開する必要はなく、4~5時間の内の一度でよい。
 「ヤマ場」をつくるためには、それまでの授業で事実をとらえさせることが必要である。
 そのために、子どもが自分で調べ、探し、発表できる教材プリントを用意しておく。
 そのときに重要なのは「わからせていくのではなく、子どもが自分の力で何かをつかんでいくことでなければならない」と安井先生は言う。
(2)社会科通信
 子どもたちの授業中の発言や感想をB5判に編集したものである。
 「ヤマ場のある授業」のあとに出される。
 授業中に発言できなかった子どもも、自分の考えを主張する機会が保障される。
 子どもたちは社会科通信をみることで、自分の考えを再考することができる。
(安井俊夫:1935年東京都生まれ、千葉県公立中学校教師、愛知大学教授を歴任した。教育学者。専門は社会科教育法。社会科授業づくりには定評がある)

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英語は幼児のうちから習わすのがよいのでしょうか

 小学校に英語が導入され、幼児のうちから英語を習わせようという風潮が高まっています。
 幼いうちから英語を学ばせれば、バイリンガル(2か国語を母語として話すこと)になると期待する親も多いようです。
 国際社会で活躍する日本人が増え、多くのお母さんが「英語ぐらいできなくちゃ」と考える気持ちもよくわかります。
 しかし、現在、国際的に活躍している人たちの多くは、幼児期に英語を習っていたわけではありません。
 使える英語は、大人になってから集中して覚えれば身につくことができるのです。
 ただし、ネイティブ(英語を母国語として話す人)にするならば5歳ぐらいまでに学習しなければなりません。
 私たちは、外国語の学習について相談を受けた場合、まず「使える英語でもよいのか?」「ネイティブにしたいのか?」を確認します。
 子どもは家庭内で話されている言葉を母国語として覚えます。
 そして母国語は思考の基礎となるものですから、これをしっかり身につけることが、生きていくためには不可欠です。
 もちろん、勉強も母国語で考えなければできません。
 そして、5歳ぐらいまでが言葉を覚える最適な時期であり、この時期をのがすと習得が難しくなるため、言葉の臨界期と呼ばれています。
 しかし、長年の臨床経験によると、子ども一人ひとりの言葉のキャパシティは決まっているようです。
 複数言語を押し込むことには無理があります。
 臨界期には、思考の基となる母国語をしっかり身につけることが重要なのです。
 しかしながら、幼児にまでドリル形式の英語教材を与える風潮があります。
 幼児期に先取りして答えの正否がはっきりしたドリルをたくさんやらせることは、じっくり考え、思考力を発達させる機会を奪うことになります。
 4年生くらいになって文章題が出てくると歯がたたなくなります。
 母国語は思考の基本を作る、人間にとってなくてはならないものです。
 一方英語は、コミュニケーション・ツールです。幼児の英語学習に悩む親は、まずは、この違いを考えてみてください。
(徳田克己:1958年生まれ、筑波大学教授。教育学博士、臨床心理士。専門は子育て支援学。筑波大学発ベンチャー 子ども支援研究所長として、幼稚園や保育園の悩める先生たちのコンサルタントとしても活躍。年間100件以上の講演を各地でおこない、育児に悩む親からの相談は年間に1200件以上にもおよぶ)

 

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今の子どもたちは、どのような問題を抱える子どもが多いのでしょうか、どうすればよいか

 子どもが思春期に入るというのは、人のこころの影の部分に気がつくということでもあります。
 鬱屈した葛藤を抱かえるようになることは、子どもが思春期に入ったということです。
 無邪気だった子が、親に否定的な目を向けるようになったりするのは、親にとってもきついことです。
 でもそれは、子どもが自分について考えるようになるために必要な道のりなのです。
 「本当は思い切り本人に向かって言ってやりたいことがあるけど、我慢しよう」というように、自分の衝動をどこかで自覚しつつ、それを止める自分もいるという両極の気持ちを抱かえることができるのが、葛藤の基本である。
 それがあるがゆえに、未来に起きるであろう自分と他者の不利益を予想して、自分の行動を社会化させていくことができるようになります。
 もちろん、ついつい言い過ぎたり、行動に出てしまって、トラブルになることもある。
 そういうことをした後で、自己嫌悪にさいなまれたりする。
 これが今までの「ふつうの」思春期のありようだったのです。
 ところが、他人のことをまったく考えられず、自分の衝動や欲望だけに忠実で、罪悪感もない中学生や高校生が増えてきたという話が学校の先生方と話しているとよく出てくるようになりました。
 カウンセラーとして学校現場にいても、悩みがあって相談をする子どもが以前よりも減ってきている。
 カウンセラーのところに話しに行こうとする子は、自分のことや人間関係で葛藤や悩みをもっている。なので、治療もできて、変化していくという経過をとることができるのである。
 ところが、人間関係でトラブルや問題行動の多い子が先生に勧められて面接室にやってきても、何度面接しても表層的な「フツー」の話しかしないか、周囲の人たちへの悪口で終始するというようなことも珍しくない。
 そして、以前ならば中学生の相談で私が聞いていたような人間関係の悩みに、二十歳を過ぎてから、どうかすると、30~40歳代になってから初めてぶつかる人の話を聴く機会も増えてきた。
 さまざまなことで悩み、葛藤するのが思春期だったが、目の前の「フツー」の子の思春期には、当てはまらないケースが増えてきています。
 どのような問題を抱える子どもが多いでしょうか
 学齢期の子どもに関しては、最近は発達障がいではないかと心配して、親に連れて来られる子どもが増えています。
 またネットの問題、特にLINEやtwitterのトラブルで心の問題を抱えることになった思春期の子どもや、子どものスマホ使用が長すぎることで不安になった親御さんの相談も増えています。
 LINEやTwitterなどの短文でやり取りをするコミュニケーションは、まだ書き文字での交流が訓練途上の子どもたちにとって、実は難易度が高いツールです。
 どう読み取っていいのかわからないような表現のやりとりは、疑心暗鬼を呼びやすいのです。
 顔を合わせて話していれば誤解が生じることなどないことでも、言葉のニュアンスがうまく伝わらず人が怖くなったり、その不安を払拭しようとして逆に攻撃的になったりしてしまうこともあり、それが深刻なトラブルの原因の一つになっていると感じます。
 それらを解決するための糸口は、とにかく実際に顔を見て会うというオフラインの付き合いを増やすことが大事だと思います。
 コミュニケーションというのは、言葉が占める割合よりも、その時のその人の表情や、声のトーンによって伝わる部分が圧倒的に多いものです。
 LINEやメールだと、何か怒りを向けられているように感じていたけど、会ってみたらそんなニュアンスは全然なかったということは大人でもあるように思います。
 実際に会ったときの感覚を大事にすることが重要だと思います。
 また親や学校の先生だけでなく、それ以外の大人と話す機会を敢えて作っていくことも大事かなと思います。
 そうすると、世界が少し広く見えて、息がしやすくなる子もいると思います。
 そのような安心して会える大人として、この相談センターのスタッフや大学院生を求めている子もなかにはいます。
 また今は「スマホ子守」と言って、子どもが泣いたりぐずったりするとスマホやタブレットを持たせることも一般的になってきました。
 手伝ってくれる人がいないなかでの子育てはほんとうに大変なので、これも仕方がない部分があります。
 しかしいつでもスマホに任せてしまって二次元の刺激に興味がいく環境に慣れてしまうと、二次元の中で気持ちを抑える癖がついてしまいます。
 そうすると本当に困った時に生身の人にどうSOSを出したらいいかがわからなくなるという危険性もありますね。
 プレイセラピー(※)で、今までいろんな理由で表現できなかったことを表現する機会を与えると、子どもはそれだけで変わる可能性があります。
 もちろん、そういうことが起こるためには一緒に遊ぶセラピストには専門的な知識が必要になってきます。
※プレイセラピー(子どもの心理療法)
 子どもは、大人のように自分の行為や気持を言葉にしてうまく伝えることはできません。そのため、言葉に頼らない遊び、描画、ゲームの方法で、子どもの困っている問題、症状にアプローチしていきます。
 治療者との遊びや会話の中での、相互交流を通して、子どもが安心感をもって自分の気持ちを表現できるように手助けをします。
 遊びの表現の中に、子どもが困っていることが表現されていきますので、治療者がそのことを理解し、子どもとの相互交流の中で、問題が解決していくことが促進されます。
(岩宮恵子:1960年鳥取県生まれ、臨床心理士、臨床心理相談室を個人開業 、島根大学教授)

 

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教師がオリジナルな授業づくりをするにはどのようにすればよいのでしょうか

 安野 功先生がかけだし教師のころ、チャンスを見つけては、社会科の研究会に参加しました。
 自分がモデルとする授業に出会うためです。
 当時は、優れた授業をモデルとして、自分でもそのプランどおりに授業を行う「追試」が流行していました。
 安野先生もその影響を受け「追試」を試みようと考え、そのモデルとなる授業を探していたのです。
 しかし、「追試」を何度こころみても、納得のいく授業がつくれませんでした。
 それもそのはずです。指導案というものは、本来、子どもの顔を思い浮かべながらつくるものだからです。
 他人が考えたプランどおりに授業を展開できるはずがありません。学習の主役となる子どもの実態が違うからです。
 そんな悩みを抱いていたときに、安野先生は先輩の教師から、マイナーチェンジとフルモデルチェンジのお話を伺いました。
 安野先生流の解釈ですが、フルモデルチェンジは前例のない授業を創り出すことです。
 これに対して、マイナーチェンジは「追試」のように、その指導案どおりに授業を行うのではなく、自分のクラスの子どもたちに合うように、プランの一部を変えるのです。
 こうしたマイナーチェンジの第一歩は、社会科の研究会に参加したり、実践書を読んで参考にしたりして、自分がモデルとしたい先行事例を見つけることです。
 次は、フルモデルチェンジです。
 安野先生の30歳代は、フルモデルチェンジの毎日と言っても過言ではありませんでした。
 様々な授業づくりにチャレンジしました。
 しかし、その結果は、3割バッター止まりです。失敗が成功をはるかに上回っているのです。でも、規定打席には達しているというのが、当時の私の自慢でした。
 安野先生がさいたま市立教育研究所の指導主事時代に、安野先生のアドバイス(例:社会科というものは“見えることから、見えないものを発見できるようにする”教科です)によって、数多くの教師が、社会科授業のフルモデルチェンジに挑戦しました。
(安野 功 1956年埼玉県生まれ、埼玉県浦和市立小学校教師、埼玉県浦和市(現さいたま市)立教育研究所指導主事、文部科学省教科調査官、国立教育政策研究所教育課程調査官などを経て國學院大學人間開発学部初等教育学科教授)

 

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活動と学びをつなぐ「板書」や、学力を高める「ノート指導」はどうすればよいか

 小学校の社会科は、子どもが自ら社会的事象に問いかけ、働きかけながら、自分の体と頭を使って学ぶ教科です。
 近ごろ流行している「活動あって学びなし」という現状が一部に見られます。それはなぜか。
 私は「活動」から価値ある「学び」へと導く教師のかかわりや指導があいまいになっているからではないか、と考えています。
 「活動」によって体得した知識の多くは、断片的で未整理の状態にあります。
 それを、「比べる」「つなげる」「まとめる」などの思考操作を経て再構成し、そこに社会的な意味を吹き込んでいくことによって、価値ある「学び」が生まれてくるのです。
 そのための、その手軽で身近な方法が「板書」の構造化です。
 教師が個々の子どもの発言内容をキーワード化し、黒板に「板書」し記録・再現します。
 それら「板書」したものを「類似したもの」と「相対するもの」とに分類・整理し、それぞれの意見の根拠や見方の違いを明らかにしたり、関連する他の事象との関係を見いだしたりする。
 そうした集団思考によって互いの見方や考え方を再構成していく思考の舞台が「板書」なのです。
「板書」による集団思考を展開していくには、子どもの反応を予測し、それらの発言内容を黒板のどこに、どのように位置付けたらよいのかを事前に考えておくのが「板書計画」です。
「板書計画」を立てるには、「板書」の基礎・基本と基本パターンを理解しておく必要があります。そのポイントは
1「板書」の基礎・基本
(1)本時の「学習のめあて」を必ず書く。
(2)中心資料を、必ず板書に位置付ける。
(3)色チョークの使い方を決めて、子どもに知らせておく。例えば、
 赤色:重要な用語。
 黄色:集約した意見や考え、まとめ。
 白色:資料から読みとった事実や解釈、子どもから出された考えや意見の要約など。
(4)線や矢印の使い方・方向などに留意する
2「板書」の基本パターン
(1)中心資料の比較を中心に、板書を構成するパターン。
(2)資料や取り上げた事実などを関連付けながら板書を構成するパターン。
(3)共通の観点を設けて個々の事実を整理したり、全体から何がいえるのかを集団思考したりしながら板書を構成するパターン。
 学力を高めるノート指導はどうすればよいでしょうか。
 私は、必ず教室の横に立って、社会科の授業を拝見します。
 それは、なぜか。一つは、子どもの表情を読みとるためであり、一つは、子どものノートを見るためです。
 子どもが何を考え、どこまで理解しているかを、とらえるうえで手がかりになるのが、子どものノートです。
 子どもの関心や意欲、思考や理解の状況を自分なりに読みとり判断に努めているからです。
 ノートについては、教師の指導によって、大きな違いが見られます。
 きめ細かな指導がいきとどいたノートもあれば、板書をそのまま書き写すだけのノート、せっかく子どもの考えや感想、意見などを書いているのに、目を通した形跡が見られないノートなど、じつに様々です。
 社会科ノートの充実に視点をあてた研究に取り組んでいる研究会(香川県小学校教育研究会社会科部会)の研究内容を紹介します。
「ノートの使い方」について
 例えば、次のようなノートに使い方についての約束を決め、それが身につくまで、繰り返し指導するようにします。
1 授業の始めに、その日の日付を教師が黒板に書き、子どもがノートにメモする。
2 教師は三色のチョークを使い分けて板書する。
 赤色チョーク(重要な用語)と黄色チョーク(集約した意見や考え、まとめなど)は、全員が必ずノートにメモする。
 白色チョーク(資料から読みとった事実やその解釈、子どもから出された考えや意見などの要約)は、子どもの判断で、必要に応じてノートにメモする。
3 授業中に、よい考えが浮かんだときには、必ずそれをノートにメモする。そして、発言するときには、そのメモを活用する。
4 授業が終了する直前の3分間程度をノートのまとめの時間とすし、板書を手掛かりにして、その日の学習で
「初めて知ったこと」
「驚いたこと」
「わかったことや考えたこと」
「疑問に残ったこと」
「もっと詳しく調べたいこと」
 などを自分の言葉でノートにまとめる。
(安野 功 1956年埼玉県生まれ、埼玉県浦和市立小学校教師、埼玉県浦和市(現さいたま市)立教育研究所指導主事、文部科学省教科調査官、国立教育政策研究所教育課程調査官などを経て國學院大學人間開発学部初等教育学科教授)

 

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どの授業がよいかは生徒が決める、一つの授業方式に固執しないで子どもの反応を見てダメなら方針を変える

 自分の経験を振り返ってみると、ある特定の授業方式に徹底的にこだわることは必要なことである。
 特に、自分自身の経験がない若い時期は、大いに真似をすべきである。
 ただ、注意しなくてはならないことは、世の中には今、実践しているものと違う方法もあるということを認めることである。
 ときには、他の方法を試してみたり、本や雑誌を読んで勉強してみるべきである。
 そして、自分の前にいる子どもたちの実態、学校の自然環境や物的環境をよく把握し、どのような展開が最も適しているかを判断し、独自の方法をつくりあげていくべきである。
 授業を柔軟なものにするには、教師の価値観がガチガチではダメである。
「授業は整然としているべきである」という価値観をもった教師には、課題選択学習などで一人ひとりの生徒が違った取り組みをワイワイやっている授業には耐えられないだろう。
 生徒がどんどん発言するような活発な討論の授業もできないだろう。
 また、ときには教師がよしとする授業と生徒たちが求めている授業との食い違いもあるだろう。そんなときに「今までやったことなかったけど、ちょっと違う方法でやってみようか」という気になれる教師でありたい。
 子どものための授業であるべきだ。子どもの反応を見てダメなら、とっさに方針を変更していかねばならない。瞬時に違う対応を選択しなくてはならないのである。
 教師は授業において、常に瞬間的な判断を生徒に求められているようなものである。
 そこで、いつでもうまく対応できれば「授業の達人」といわれるようになる。
 対応に失敗すると、ギクシャクした授業になり、へたをすると「教師のひとり芝居」になりかねない。
 瞬間的な判断を的確に行うためには、当然ながら複数の対応を知っていなくてはならない。
 しかも「これが絶対」というものはない。ここでファジーな選択が必要となってくる。
「ある程度よさそうな対応」の中から、一番マシそうなのを瞬時に選ぶのである。
 それでダメだったら、その次にマシなものをと。何しろ、本を取り出して調べるヒマはないのだから。
 いろいろな授業方式、指示や発問の中で、どれがよいかは生徒が決めることである。
 教師が「○○式でいい授業ができた」と自己満足していても、生徒が授業に満足できていなくてはダメである。
 教師が生徒の反応を丹念に記録し、いくつかの方式のどちらの方が生徒がよい反応をしたかで、改善・選択を加えていくのである。
 このことは、教師が授業について論じるときにもあてはまる。
 教師がある授業方式の是非を主張するときには、常に生徒の反応や変容、アンケートや感想を基礎データとして明示すべきである。
 それなしに「この方式はよかった」といくら教師が強調しても、説得力はない。
 小森栄治先生は「理科は感動だ!」を合い言葉に理科に対する興味関心を高める授業や理科室経営に力を入れてきた。
 やり方しだいで、中学生はどんどん理科好きになるし、好きになれば学力も高くなるということを実感している。
 生徒が熱中する授業を求めるとき、忘れてはならないことがある。それは、教えている教師自身が、その授業に熱中できるかという点である。
 教師自身が熱中し、納得した教材には、子どもたちも熱中するということである。
 小森先生の授業の感想に「先生自身が楽しそうにやっていた」「先生が、楽しそうですね」と書いてあることが多い。
 理科の実験で、試験管の中に集めた水素の中で、ろうそくは燃えるかという定番の実験をやっているとき、いつもわくわくする。
 なぜかというと、いつも逆転現象が起こり、「えっー」という歓声があがるからだ。その歓声が、うれしくてしょうがない。
 変化ある繰り返しの中で、ぼそりと「酸素がないからだ」というつぶやきが出てくる。小森先生が言葉で教えるのではなく、実験の結果から、生徒自身が納得した瞬間である。
 そういう生徒の変容に喜びを感じられる授業を追究していきたい。
(小森栄治:1956年埼玉県生まれ、埼玉県公立中学校教師を経て日本理科教育支援センター 代表。
89年および03年に、ソニー賞(ソニー子ども科学教育プログラム)最優秀賞を受賞。埼玉県優秀教員表彰,文部科学大臣表彰,辰野千壽教育賞(上越教育大学)を受ける)

 

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教師が保護者と良い関係を築くにはどうすればよいか

 言うまでもなく、保護者が教師を信頼する決めては人間性です。
 人間として素晴らしい教師は、年齢に関係なく保護者の信頼を得ます。
 保護者と良い関係を築くために、次のようにしている教師がいます。
(1)ねぎらい
 何も苦労せずに子育てをしている保護者はいません。
 保護者が長年、子育てで経験している苦労をねぎらいます。
(2)子どもを好きであること
 自分の子どものことを好きな人がいれば、保護者はうれしいものです。
 優しいとか教え方がうまいといった部分ではなく、そもそもその保護者の子どもが好きなんですという気持ちが伝わると、うちとけることができます。
(3)完璧に好かれようとしない
 教師を志望する多くの人はいわゆる「よい子」であった人が多いようです。
 相性の合わない保護者もいます。
 教師は保護者にきらわれることもあります。
 全員の保護者から好かれようと思うことはむつかしいと思います。ほどほどの関係でよしとする気持ちが必要です。
(4)保護者と向かい合うのではなく横に並んで
 子どもを挟んで保護者と向かい合うと、互いに子どもの別の面を見ますし、対立にもなります。
 保護者の横に並んで共に育てるといった気持ちで子どもを見る感覚を持ちましょう。
(丸山広人:1972年石川県生まれ、茨城大学准教授。専門は学校臨床心理学。大学生のころから不登校の子ども、発達障害の子ども、精神障害の子どもへのカウンセリングを学び、公立小学校・中学校でのフィールドワークおよびスクールカウンセリングを開始。子どもだけではなく教師や保護者の相談に応じ、現在もこれらの活動を継続している)

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読み・書き・計算の基礎学習は脳を活性化する

 川島隆太教授は「脳とこころの関係をつきとめる」という研究をずっとやってきました。
 そして、読み・書き・計算の脳活動は特異的に脳が活性化するという事実を見つけました。
 また、私たちが運動するとき、最大の筋力を発揮するには、準備運動をすべきだということが、運動生理学からわかっています。 
 脳をたくさん働かせるには、脳をウォーミングアップさせたあとだと、より多く働くのではないかと考えたのです。
 実験の結果、2分間の計算や音読で、記憶力や認知力が10%から25%も増加したのです。
 計算は速く行わせることが脳をより活性化することがわかっているので、計算を速く行わせることが重要です。
 つまり、単純計算の反復練習と、それの復習が脳を活性化するということになりますが、これは陰山英男先生が兵庫県山口小学校で行われた実践の結果と一致します。
 音読で脳は活性化します。声を出して文字を読むことが、われわれの脳によいということです。
 その際、何を読ませるかは問題ではありません。
 やさしすぎるところよりも少しだけ難しいところ、テストでいうと80点ぐらいしかとれないような場合に、一番チャレンジしたいという気持ちをもつことができます。
 脳はそれぐらいのほうが活性化が強まり、集中力も増します。ですから、そこをねらってやるのがすごくよいやり方だと思います。
 読むスピードと脳の関係を調べてみました。
 黙読のスピードが速いほど「ものを見る」後頭葉が活性化し、音読のスピードが速くなると、後頭葉のほかに両側の前頭前野の活性度も増加することがわかりました。
 難しい文章をじっくりと読むよりも、やさしい文章をすらすらとよどみなく読むほうがよいのです。
(川島隆太:1959年生まれ、東北大学教授を経て東北大学加齢医学研究所 所長)

 

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国語の授業の課題とは、発問はどのようにすればよいでしょうか

 国語科の授業は、悲壮な顔ではなくにこやかに授業したいものです。
 言葉を学んでいくことは楽しいことなのだということを子どもたちに伝えてほしいですね。
 そのためには教師も言葉を楽しまなくてはなりません。
 国語の授業の最大の課題は、一人ひとりの子どもに言葉の力がついていく活動です。
 こんな活動を行わせたいという授業構想のなかに発問づくりは位置づきます。
 発問づくりは、最初からうまくいくわけはありません。
 子どもって、そんなに単純に思い通りに動きません。
 仮に子どもが思い通りに動いたとしたら、逆に疑うくらいでよいのです。
 表面的な活動ほど画一的になるのですから。
 多様な子どもたちに対応するためにこちらも多様性・柔軟性を持たなくてはなりません。
 逆説的になりますが、発問という授業の狭い一部分を充実させるためには、広い知見が求められるということです。
 教材をどれだけ深く読み込めるか、発問の対象たる子どもをどれだけとらえられるか。
 たいへんなことかもしれませんが、それが楽しくなってほしいものです。
 子どもと同じで、何かをつくりだすというのは、やっぱり楽しいことです。
1 小学校低学年の発問
 小学校低学年では、言葉のキャッチボールによって、自分の思いを聞いてもらえた満足感を十分感じられる体験が何よりも大切である。
 発問は、問いが誰にどこまで届いているのか、その反応を受け止めながら発するものなのだ。
 何も言わずにうなずいている子やためらいがちな動作で表現した子の反応に教師は敏感に反応し、それをほかの子どもたちに伝えながら評価していくようにする。
 幼稚園などで、絵本の読み聞かせを多く経験している低学年の子どもにとって、物語の世界にひたることは何よりも楽しい活動である。
 豊かなイメージを身体表現に結びつけることができる。
 作品を順序正しく読み、自分の考えと比べたり、体験したことのある事実と結びつけたり、別の言葉で説明したりする学習が求められる。
 以上のことから、低学年における発問は、自分自身のイメージを十分表現することと、作品や言葉を内面化し、対象として解釈していくことができるものにしていく必要がある。
 そして発問する際にはつぎのことに留意することが望ましい。
(1)短く、単純であること
(2)別の言葉で言いかえなくても分かる言葉を使うこと
(3)一つの発問に、問うことは一つであること
(4)主発問は、音声だけでなく文字でも示すこと
(5)発問に対する答えがはっきりしていること
2 小学校低学年や中学年の発問
 小学校中学年の子どもたちは、知的な好奇心が旺盛になり、実際に国語の授業でも、漢字の習得力が増えたり読書の幅が広がっていったりする時期である。
 一方で、周囲の目を気にする時期でもある。
 低学年までの具体的な生活場面に支えられた言葉の学習から、抽象的で要素的な言葉の学習が求められるようになる。
 個人差が大きく、国語の学習に抵抗を感じる子どもも出始める時期でもある。
 したがって安心して発言できる発問、多様な意見を出し合える発問など、工夫していかなければならない。
 ポイントは、学習指導の過程に合わせて、幾種類もの発問を組み合わせて授業を構成することである。
 例えば、誰でも答えられる発問である。
「それは誰のことですか」というように、答えが一つであるような問いを用意しておく。
 誰にでも考えやすく、自信を持たせることにつながる。
 簡単な発問の場合はすぐ挙手をさせるのではなく、まずノートに自分の考えをしっかり書かせ、その後に挙手させる工夫も必要である。
 また「心に残った表現は何ですか、それはどうしてですか」といった、それぞれの子どもの考えが出し合えるような発問を用意する。
 学級の考えが広がっていくような発問である。
 そのためには「こういった発問だったら、Aさんはこう答えるだろう」「Bくんだったらこんなことを言い出すのではなかろうか」とあれこれシミュレーションしてみることも必要なことである。
「ゆさぶり発問」も、中学年の子どもたちから有効になる。たとえば、
「なるほど、みんなの意見から、この場面の様子がはっきりしてきたね」
「けれども、先生はその文章から全く別の様子を思い浮かべたんだけれど」
 というように、異なる意見を提示する。
 子どもたちはそれまで気がつかなかったところに目を向けたり、より自分の意見を明確にしていく。
 授業のどの場面でどんな発問を投げかけ、組み合わせていくか検討していきたい。
 ある小学校の教師が木下ひさし先生の授業を見せていただけることになった。ブログにつぎのように述べている。
 教室へ入ると暖かい雰囲気。なんだかほっとした。
 授業は2年生の「かさこじぞう」だった。
 前時の最後に子どもたちが書いたノートを先生が読み上げるところから授業がスタートした。
 そして少しずつ音読しながら「どうだった?」「何か気がついたことある人?」と先生が子どもたちに問いかけていった。
 子どもたちは思ったことや感じたことを自分の言葉で話していた。そして先生がどの意見もやさしく受け止めていき授業が進んでいったのが印象的だった。
「しかたなく」「とんぼりとんぼり」「じぞうさまが六人」「かきおとす」という一つ一つの表現に焦点を絞って丁寧に読んでいた。
 流して読んでしまいがちなんだけど、子どもたちは一つの言葉からどんどん読みを豊かに広げていった。
 先生と子どもたちのやり取りはとっても自由というか自然で、そのすがたがとても印象的な授業だった。
 授業を通して、もっと素朴に読むこと、話すことそのものを大切にしていかなければならないのだと思った。
 うまくいえないのだけど、物語を豊かに読むために、色んな仕掛けをしたり、活動をしたりする方法がある。だけどそんな活動や方法の前に読むことそのもの、読み合うことそのものを大切にしていかなければと思った。
 授業を見ていると、一見子どもたちが自由に意見を出し合っているだけのようなんだけど、実は大きな川の流れのようになっていって確実に物語りに迫っていた。
 自然と子どもたちは主人公に同化していき物語の中に入り込んでいっていた。本当に自然と。
 それは、先生が子どもたちの言葉を全力で受け止め、認めていたからだと思う。
 それに先生は挙手している子どもたちだけではなく、それ以外の子どもたちのつぶやきをすっと捕らえて返したり、声を掛けたりしながら子どもたち一人ひとりを大切にしていた。
 木下先生は一つ一つの対応が細かく、とってもあたたかいし確実に受け止めてくれる。
 そのことが安心できる雰囲気を作り上げていたんだと思う。
 授業を通して「もっと物語を読み合うことを楽しむんだよ」と教えてもらったようで心があたたかくなった。
 長く小学校で教育に携わってきた木下先生は、次のように述べています。
 子どもを取り巻く環境は変わっても、子どもたち自身は決して変わってはいない。
 遊びたい、学びたいという気持ちは、どの時代の子どもたちも同じです。
 子どもたちを教える面白さは、成長する人とかかわり合うことにあります。
 さまざまな個性がありますし、そのそれぞれの成長の場面に立ち合うことができる楽しさや、人間対人間として向き合えることが、小学校教師の魅力であり、かつ難しいところでしょう。
 パソコンや通信機器が発達した現在だからこそ、言葉を読んで、あるいは聞いて、考える、想像するということを大切にしなければいけない。
 現場の若い先生と私が見せる授業の大きな違いは『あそび』だと思っています。
 教育の現場そのものが忙しくなって、授業計画や目標に縛られて、授業が機械的形式的に進められていくことも多い。
 子どもたちに問いを投げかけても、すぐに、ハイハイ! と手を挙げさせて答えさせる。これでは、考える時間がありません。
 考える時間があってこそ、思考力が高められるのです。
 目の前にいる子どもたちに合わせた授業の進め方、またそのための教材作りなどを提案しています。
 国語の授業をする時にさまざまな文学作品を扱いますが、そうした作品を分析するのもひとつの研究だと思っています。
 子どもが30人いたら30通りの読み方ができる。教師が30人いたら、やはり30通りの読み方があっていいのです。
 教室で、みんなで読み合うことでその面白さに気付き、その作品の良さを見出していくことができるのです。
 授業をしていくためには、まず先生方がしっかりと文章を読むこと。視野を広げるために多くの本や新聞を読み、思考の柔軟性と思考する力を養ってほしい。
(木下ひさし:成蹊小学校教師(26年間) 中学校(4年間)、宮城教育大学を経て聖心女子大学教授。講演や模擬授業など、全国の教育現場へ出向くこともある)

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学級のいじめの予防といじめが起きたときの対処法とは

 いじめられやすい子は、毎日子どもたちと生活しているとだいたいわかるものである。
 私の経験で言うと、クラスの平均的な雰囲気からはみ出している子どもだ。
 私はまずそういう子どもとなかよくなろうとした。
 なかよくなってその子の持ち味を知りたいと思ったのである。
 そういう持ち味を授業中にさり気なく発揮できる機会をつくることが必要だ。
 つまり、その子はちょっと変わっているけれども(ここを担任が肯定しておくことが大事)、人間としていい味を出していることを認めていくのである。
 ゆっくり時間をかけてそう認めるまで続ける。
 もちろん他の子どもたちの持ち味も見つけていく。
 こうして、まずは担任対一人の子どもという親密な関係を人数分作っていくのである。
 いじめが起きたら、その経過を全員の前で明らかにしていく。
 事実関係を明らかにしたら、どこがいけないのかその都度確認していく。
 ここで私の善悪の判断をはっきり言う。躊躇してはいけない。
 謝らせるべきことがあれば、しっかり謝罪させる。
 終わればいつものように声をかけ一対一の関係を築いていくのである。
 いじめられた子どもに、いきさつから全部聞いていく。
 そしていじめはすぐになくならないことをはっきり伝える。
 いじめと闘い、はねつけられるようになるまでは、私が体を張っても守ってあげると、はっきり言う。
 そして同じような事件が起こる度にどう闘えばよかったか、二人で話していく。
 子どもの弱さや勇気のなさも話題に上がってくる。
 また、親が心配するようなことが起きればすぐに家庭訪問し、子どもに言ったことと同じことを話して帰ってくる。
 いじめられた子どもだけにかかわっているように見せてはいけない。更にいじめられることがあるからだ。
 いじめっ子ともなかよくなり、一対一の親密な関係を作っていかなければならない。
(尾崎光弘:元東京都公立小学校教師)

 

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教師が子どもが見えないのは、子どもに願いを持ち過ぎるからである

 相変わらずクラスの子どもたちは思うようにならない。私は自分の力不足を感じていた。
 そんなとき、学年主任に、
「子どもが見えないんです(理解できない)」
 と相談すると、
「おまえは、子どもに願いをもちすぎる」
「子どもに、こうなってほしい。ああなってほしいと」
「そういう願いを先にもつから、子どもたちの『いたらないところ』ばかりが目につく」
「だから子どもの本当の姿が目に入ってこない」
「願いを持つ前に、子どもをよく見て、子どもを理解しようよ。難しいことだけど」
「そこから、その子にふさわしい願いが生まれてくるんじゃないか」
 と、つぶやくように諭してくれた。
 それまでは、気づかぬうちに自分が描いていた子ども像に近づけるよう願っていた私。
 子どものためと言いつつ、自分の理想や想いだけを子どもに押しつけていた。
 私は「願い」「かかわる」という一方向で授業や子どもを見ていた。
 これでは子ども主体といいながら、やはり教師の立てた構想に都合よく子どもを操っているだけのことだった。
 私はこれまで、教育の技術とか心構えとかいうマニュアル化できそうなスキルを吸収することばかりにとらわれていた。
 学年主任の口から出てくる哲学のような言葉に最初は戸惑ってしまった。
 それでも、学年主任を中心に毎日のようにだれかの教室に集まっては、子どもや授業について語り合ううちに、先生方の子どもを見つめる力量の奥深さに魅了されるようになっていった。
 その日の授業での子どもの発言やノートから、その子のものの考え方や生活背景を推し量ってみたり、子どものささいな言動に成長を見つけたりするこの時間が、教師としての基盤づくりになった。
 毎日のように繰り返された語らいの中で、
(1)「子どもをとらえ」・・・
(2)「願い」・・・
(3)「かかわり」・・・
(4)「子どものとらえ直し」・・・
(5)「願いの見直し」・・・
(6)「かかわり」・・・・・
 というように螺旋的に連続していく教育の営みをイメージできるようになってきた。
 その子の生活や経験をも含んだ背景を理解することの大切さを知る楽しさと難しさを実感する場として授業に挑んだとき、授業の本当のおもしろさや怖さにふれることができたような気がする。
(山崎準二:1953年山梨県生まれ、静岡大学教授、東京学芸大学教授、東洋大学教授を経て学習院大学教授。専攻分野は教育方法論・教師教育論)

 

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問題解決的な学習の基本形とは

 教師による知識の伝達ではなく、子ども自身が知識を獲得する授業を行うとき、その基本形は問題解決的な学習です。
 通常は「問題をつかむ・調べる・まとめる」などと言われています。
 問題解決的な学習とは、おおよそ次のような学習の展開過程を基本にしています。
1 学習問題を設定する場合
(1)学習問題(はてな)に気づく。
(2)学習問題(はてな)に対して予想する。
(3)予想を確かめる方法を考える。
2 学習問題を追究し解決する場面
(1)必要な資料を収集し、分析する。
(2)実験や観察、調査などに取り組む
(3)明らかになったことを整理する。
3 学習問題の結論を吟味する場面
(1)各自まとめたことを発表し合う
(2)学習問題に対する考えをまとめる。
(3)残された課題を明確にする。
 これらの活動をすべて45分間で行うと、大変慌ただしい授業になります。
 そのため、まず単元や小単元の学習の流れをおおまかに計画し、そこから45分間の計画を作成するという手順です。
 この場合、45分間丸ごと、学習問題づくりに使ったり、調べ学習に充てたりすることになります。
 しかし、このような場合にも、授業には導入、展開、終末の場面があります。
(北 俊夫:福井県生まれ、東京都公立小学校教師、東京都教育委員会指導主事、初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士舘大学教授を経て、総合初等教育研究所参与及び学校教育アドバイザーとして講演や執筆活動)

 

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教職員が一体となって危機管理に取り組むには、どうすればよいか

 危機管理においては、教職員の共通理解と行動が重要な条件となる。
(1)事前にしておくこと
 何が問題になるかを教職員に知らせておくことから始めたい。
 他で発生した危機を報道などを通して情報収集し、自分の学校にあてはめて十分検討しておく。
 また、そこでの結果を知らせ、危機状態にならないための工夫をしておく。
(2)起きてしまったときの対応
 最初の一手を即座に打つこと。
 特に連携系統の確保が欠かせない。
 また、説明責任が伴う。この対応は子ども中心である。
 保身に走らないほうが傷は少ないと考えるべきである。
 全教職員がそういった意識で動くよう理念の共有がポイントである。
(3)日常的な配慮も重要
 教師としてのルーチンワークを再確認しておきたい。
 日常の人間関係はどうか、互いに信頼し合える職場かどうかも重要な視点なのである。
 危機状況で動ける学校の基本はここにある。
(阪根健二:1954年神戸市生まれ、香川県公立中学校教頭、指導主事、鳴門教育大学教授を経て特命教授。 研究内容は学校教育学(危機管理、教職論、生徒指導))

 

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子どもたちの学習態度を育てるにはどうすればよいか、また机間指導中に行うべきことなんでしょうか

「白井さん、あれは授業ではありませんね。」
 新任の時、初めての授業研究が終わっての帰り道、歩道橋の上で当時の校長であったH先生からいただいた言葉です。
 自分なりにがんばったつもりであり、授業後の研究協議会でも厳しい意見をいただかなかっただけにショックでした。
「模造紙何枚もの資料を作ったのに…」
「睡眠時間を削って指導案を書いたのに…」
 今考えれば、H校長先生の言葉がよくわかります。
 せっかく作ったからといってすべての資料を広げれば、子どもたちは混乱するばかりです。
 授業は私の努力を見せる場ではありません。
 また、睡眠不足は私の準備不足から来たもので、子どものせいではありません。
 むしろ、そんな状態で授業をしたことを子どもたちに謝らなければならないところです。
 つまり主語がすべて自分であって、子どもたちが主語になっていないのです。
 当時はそのことに気付きませんでしたが、この厳しい言葉が、授業について考える出発点になったのは確かです。
 幸いにして、私はたくさんの授業を見せていただく機会に恵まれました。今までに見せていただいた授業の数は、二千本近くになるのではないでしょうか。
 これまでたくさんの授業を見てきて、とても残念に思うのは、学習態度は小学校の低学年の方がしっかりしている場合が少なくないことです。
 学習態度を向上させるのに一番効果的なのは、新年度早々に「○年生らしい姿とは何か」について十分に話し合わせ、めざしたい○年生像を一人ひとりの子どもにしっかりとイメージさせることだと思います。
 その際、具体的な行動の仕方や態度だけでなく、それがなぜ求められるのかということについても十分に話し合わせておくことが大切です。
 また、話し合いの基本的なルールやマナーについて集中的に指導しておくことも有効です。
 年度当初、学級で話し合っておいた方がいいことはたくさんあるはずですから、それらを話し合わせる中でルールやマナーを身につけさせていくのです。
 高学年であれば、下級生の存在を意識させるというのも、自らの行動への自覚を高めていくうえで有効な方法です。
 機会あるごとに、下級生が君たちから何を学んでいるかということを、特にプラス面を中心に伝えていくのです。
 子どもたちの学習態度を高めるために、他の先生方の力を借りるということも大切です。
 なるべくいろいろな教師に教室に来てもらって、授業の仕方だけでなく、子どもたちの様子についても見てもらい、批評してもらうようにするのです。
 なぜこのようなことが大切かと言いますと、知らず知らずのうちに学級の雰囲気やスタイルのようなものができてしまい、教師も子どもたちもそれに慣れてしまって、その中の改善すべき点が気づきにくくなってしまうからです。
 反対に、見てもらって教師からほめてもらった場合は、子どもたちにそれを伝え、共に喜び合うようにします。
 子どもたちにとってほめてもらうということは大きな自信になり、さらにがんばっていこうとする意欲につながっていきます。
 机間指導中に行うべきことはなんでしょうか。
 机間指導は、
(1)子どものつまずきを早期に発見し、適切な手だてを講じるようにします。
(2)よい点を認め、励ますということです。
「この考え、すばらしいよ」と声をかけたり、ノートにその場で花まるを書いたりすると、ふだん発言をためらいがちな子でも発言するようです。
 先生に認められ自信が生まれるからでしょう。
(3)授業の組み立てに役立てるということです。
 たとえば、
「Aさんがノートに書いている疑問は目標と関連が深いから、全員の学習課題にしていこう」
「Bさん、Cさんの順に指名してそれぞれの解き方を説明させ、共通点と相違点を考えさせよう」
「Dさんが個性的な考え方をしているから、紹介しみんなの見方を広げていこう」
 と、その後の授業展開をイメージしていくのです。
 机間指導の際に座席表を活用すると、授業の組み立てや、記録や資料としても役立つでしょう。
 各自が自分の考えをまとめているときに、座席表に簡単にメモしていきます。
 そのメモした座席表の情報をもとに授業を組み立てていくと、授業はふくらみのあるものになります。
 また、このメモした座席表を保存していくと、子どもたちの学習状況をとらえるための資料となりますし、通知票の所見を書く際に活用すれば記述が具体的なものになります。
 机間指導中に子どもと会話する場合には、しゃがみこんで子どもと目の高さを合わせて話すことが大切です。
 また、個別指導しているときも、常に全体に目配りしている必要があります。
(白井達夫:川崎市立小学校教師、横浜国立大学附属横浜小学校副校長、川崎市総合教育センター教科教育研究室長、川崎市立小学校校長を経て横浜国立大学教育デザインセンター主任研究員)

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小学生の子育てのコツとは

1 小学校1,2年生の子育てのコツ
 小学校に入学するまでは、さまざまな準備をはじめます。
 努力のわりには成果が得られないと親は感じる時期です。親があせると子どもの不安は強くなります。
 親は子どもが本来持っている学習能力を信じて長い目で見守ってあげることが必要です。
「この“あ”の字、難しいのにじょうずに書けているね!この調子で今度は“み”も練習してみよう!」
 というように、まずはほめてから、次の目標を示すような、ていねいで温かい励ましの姿勢を示すとよいでしょう。
 入学したばかりのころは、宿題も、次の日のしたくも、「いっしょにやろうね」という並び合いの関係でみてはげてください。
 この時期に、もっとも大切なのは、「知っていること」よりも「つくってみる、やってみる」生活体験を積み重ねることです。
 ものづくりで失敗の経験をしている子どもは、再チャレンジに意欲的な子どもになります。
 生活体験は「学びのタネ」の宝庫です。買い物に行って食材を探すとき、子どもが質問すれば「よく気がついたね」と子どもに気づきを受けとめます。
 共感してくれると、子どもはまた何かをやりたがり、学びたがります。
 もうひとつは、たくさん遊んでください。仲間とたわむれる体験がないと、人間の成長に偏りができることにもなります。
 文字を覚えるとき、大切なのは、文字が示す「ものや状態」とのつながりを考えることです。
「あ」のつくことばなら「あさ」、「あるく」といった生活に密着したものとつなげることで、文字への興味や関心が広がります。
 親も児童書に親しんで、交代で声に出して呼んであそぶうちに、文章をひとまとまりとして読めるようになります。
 算数のたし算、ひき算は、紙に包まれたキャンディーなど、数が意識できるようにするのがコツです。
 位取りは、一円玉が10個集まって、十円玉1個と両替、という生活体験があると分かりやすくなります。
 九九は、親子で唱えてゲーム感覚で楽しく覚えください。買い物に行ったときに「5個入りチョコを3個買ったら、チョコは何個?」と、かけ算見つけをしてみましょう。
2 小学校3,4年生の子育てのコツ
 3,4年生は「冒険の時代」といわれ、知的な好奇心に満ちていて、何にでもチャレンジすることをいとわない時代です。
 この時期におすすめしたいのは、科学読み物です。興味をもった分野を深めたり、視野を広めたりして、新たな発見が続くようになります。
 集団行動もとるようになり、数や時間、地理などの概念も備わってきて、子どもなりの考えをもてるようになります。
 親も「ずいぶん楽になったなあ」という実感がもてる時期です。
 とはいえ、怖いもの知らずものこっています。ところどころで手綱を締めつつも、子どもたちのエネルギーをどんどん発揮させることが大事な時期です。
 最近では、苦手意識が低学年から見かけることが多くなりました。「必死で頑張っている姿がとても素敵だった。感動した」と子どもに伝えてあげてください。
 もうひとつの変化は、親よりも友だちと過ごす時間を優先する時代に入ってくることです。
 親から離れていく時期ですが、旅行などちょっと特別な場所に「いっしょに行こう」と誘えば、喜んでついてきてくれます。
 4年生になると言葉による思考が完成し、大人の会話も理解できるようになります。
「○○ちゃんて、むかつくの?」と、話の語尾に「の」を使うと「だって、○○ちゃんて・・・」と子どもは次をつなげていきます。
 相づちをうちながら、一通り子どもの言い分を聞いてあげましょう。何かあったときは、親に話せば聞いてくれる、という信頼感を得ておくことは、何よりも大切なことです。
 その後で「あなたの気持ち、分かるよ。でも、お母さんは、こういう考え方もできると思うんだよね」と、共感を示しながら対等な立場で話をしてあげてください。
 今の時代は小さい集団での人間関係がすべてになってしまい、閉塞感に苦しめられています。
 人と出合って、人と関わって学び、子どもたちの心に人間への愛情、生きていることの尊さをもたらすようにしてあげましょう。
 人間への信頼をもっている子どもは「明るさ」があります。この「明るさ」が、これからの人生で、試練を乗り越えていく力になります。
 夕食のしたくをしている台所のテーブルで、宿題をする子どもに話しかける。それだけでも、子どもは安心できるのです。
 わり算も登場します。おやつを食べるときに、おやつを分けて自分の分はどれぐらいか遊んでみてください。
3 小学校5,6年生の子育てのコツ(1)
 小学校高学年になると、思春期に向かい、親から離れて自分の人生を歩み始めます。
 この時期の子育ての指針は、自分の考えで行動でき、目標を自分で選択し、仲間のなかで自分を表現していける、子どもを育てるという3つがあります。
 だから、これからは一方的に知識を詰め込むのではなく、どうしてそうなるのか、リサーチする学習が大切になります。
 この時期に伝えたいのは、人間のすごさです。
 職人さんのワザを見せたり、仕事への思いを聞いたりして、人間にとって仕事とは何なのかを考えさせたいのです。
 その人の素敵さを感じることで、自分はどう生きるべきかと、そこに自分の身を置いて考えるようになります。
 これまで外の世界に向いていた目が、自分の内側に向くようになると、なりたい自分と今の自分とのギャップに気づき、コンプレックスを抱くようになります。
 そのなかで自分を支えてくれるのは「今のままのあなたでいい」と言ってくれる人の存在です。
「ゆっくりでいいからやっていこう」と応援し、「できた」実感を積み重ねていくことが、自己肯定感を育てます。
4 小学校5,6年生の子育てのコツ(2)
 からだが変化するこの時期に、人間のからだを知ることです。
 早く成長する子は早いことに、遅い子は遅いことに悩みます。
 この時期に、どうやって人間は命をつないできたのかを知ることで、子どもたちは、人間の神秘やすごさを知り、自分のからだに起こる変化を、肯定的にとらえることができるようになります。
 思春期に入り、まわりの大人の生き方に共感や反発を感じ始めます。
 子どもは大人を客観的に観察し、大人の権威を押しつけられることを嫌います。
 この時期の子どもは、純粋なほんもの志向です。ほんものに出合ったときの子どもの受けとめ方の深さには、すばらしいものがあります。
 自分のなかに起こっている、からだや心の変化をもてあまし、イライラして、暴言や暴力などの行動を起こしてしまうこともあります。
 このとき、親が理路整然と言い聞かせようとするよりも、自分の感情で、正面から子どもにぶつかっていいと思います。
 たとえば「今、こういう状態になっているあなたが悲しい、親として手を差し伸べられないことが悲しい・・・」と、本音でぶつかりながら、分かり合っていくほかありません。
 性教育は、きちんと説明するより、おおらかに接するのが正解です。
 親から子どもにきちんと説明する、というのはなかなか難しいですし、子どももそれを望んでいないことも多いもの。
 人間の成長や生命につながっていくしくみをきちんと扱った本を、子どもの目に触れるところに置いておく、テレビをみているときなどにさりげなく話題にする、というようにおおらかに接していきましょう。
 子どもたちには、「読書」を強くおすすめします。
 この時期の子どもには、人間の奥深さを学んでほしいと思っています。
 ずるさや弱さ、情けなさをも含んだ、人間の“味”が読みとれる作品にめぐりあってほしい時期でもあります。
(黒笹慈幾 編集:1950年東京生まれ、元小学館 家庭教育雑誌『エデュー』の編集長。南国生活技術研究所代表、高知大学特任教授)

 

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子どもたち全員と対話するために、ミニ作文を利用するとよい、また叱るときに大切なこととは

 40人の学級の子どもたち全員と一対一で対話することは難しい。
 目立つ子は、教師に注目され、対話するチャンスができる。
 逆に目立たない子どもたちとは、いつまでたっても対話するチャンスができない。
 そのとき、小学校教師の原田真知子先生がクラスの子どもたちと全員と対話するために取り組んだのが「ミニ作文」である。
 四月当初からB6サイズの用紙に「みんなに伝えたいこと」と題した作文を書かせ、それに教師がコメントを付ける。
 そして、学級通信に次々と掲載していく。
 この取り組みについて原田先生は、
「ミニ作文は、抵抗なく子どもたちに受け入れられ、家族のこと、友だちのこと、ゲームやテレビのことなど、かいを重ねるにつれ、詳しく書かれるようになりました」
「その作文一つひとつにコメントを書く作業は時間的にも大変でしたが、子どもたち一人ひとりと対話をしているつもりで、毎日コメントを書き続けました」
 と、述べている。
 このような作文を通した対話は、中学校において特に有効である。
 口では表現できないことも書くことができるからである。
 日記や班ノートを教師と子どもたちとの間で交換することで、新しい関係がつくり出される。
 さらに、授業においてもみんなの前で発言したがらない中学生に対して、各自の感想や意見を紙に書く。
 それを読ませたり「教科通信」上などで発表し、紙上討論すると、子どもたちの本音が表出され、学び合いが深まる。
 住野好久中国学園大学副学長は講演で、教育的に叱るときに大切なことは、
(1)止めさせた理由を共有する
(2)してはいけない「行為」をせざるを得なかった「思い・願い」を叱る側が受け止める。(3)よりよい方法で「思い・願い」を実現するにはどうしたらいいかを共に考える。
 ことが大切であると述べました。
(住野好久:1964年生まれ、岡山大学教授を経て中国学園大学副学長。指導者の指導性と学習者の自主性が相互に発揮されるような授業指導や生活指導のあり方を研究)

 

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授業中に行う説明の技法にはどのようなものがあるか

 授業中に、教師が子どもに説明することがたいへん多くあります。言葉や知識について説明したりします。
 教科書は、子どもに知らないことを提供することを目標にして編集されています。
 それでいきおい授業は、知らないことを知っている言葉を使って説明するということになりがちです。
 それが単に言葉の置き換えだけにとどまってしまうと、深い授業にはならないのです。
 説明の技法には次のようなものがあります。
(1)言葉の置き換えによる説明
 一番あたりまえの技法です。知らないことを知っている言葉を使って説明することです。
 手軽で便利なものですが、単純な方法ですから効果はそれほど大きくはありません。
(2)イメージによる説明
 言葉によって描写することで、子どもたちの頭の中に「絵・音・匂いとか」をつくりだす方法です。たとえば、有名な実践家の斎藤喜博先生は
「こんどは『すすき』を考えてください」
「この俳句の場合、どちらかというと、すすきは一本とか二十本とかでなく、広い野原がすすきでいっぱいになっているのではないかな」
「一本一本のすすきなどは見えない。見渡すかぎり、すすきが綿をひろげたようになっている」
このように、言葉による描写力を教師が獲得し、その力を高めることは、そんなに簡単なことではありません。
 ふだんから意識的に訓練し、実際に試してみるなどの努力が必要となるでしょう。
(3)例をあげる説明
 子どもの生活経験にありそうな具体的な例と結びつけて説明することがよくあります。
 その効果も大きいものがあります。たとえば、斎藤先生は
「自分の可愛い子が『おててが冷たい』と言っているんだからね」
「みんなの家のお母さんはどうなんだ?」
「『母ちゃん、足がきれちゃった』なんて言ったときに、お母さんは、空のほうをみて涼しい顔しているかな」
「『あら大変、どうしたの』(動作してみせる)こうやるでしょう」
 このように具体例が授業中にとっさに生まれてくるようになると、授業の力は非常に高くなってくるのだと思います。
(4)比喩を使う説明
 それを引き合いに出すことによって、あることの本質がはっきりしたり、うまく説明ができるというものです。たとえば、斎藤先生は
「息を吸うとき、お腹出なけりゃだめでしょう」
「だって、お菓子か何かもらうときに、袋を小さくしたら入らないでしょう」
「うーんとふくらませなければ空気が入らないでしょう」
「それを、息を吸うときに引っ込むんじゃ、入らないでしょう」
(横須賀 薫:1937年生まれ 宮城教育大学学長、十文字学園女子大学学長を務めた。教員養成や授業に関する研究を主に行った)

 

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授業中じっとしていない子どもを「学ぼうとする身体にする」にはどうすればよいか

 子どもたちの身体を支える背筋力の低下は著しく、学べない身体になってきている。
 子どもたちは長時間、身体を支えられなくなってきているのである。
 また、すぐに疲れ、授業中じっとしていない子どもが増えてきた。
 生活リズムが遅寝・遅起き・疲れの蓄積という状態になっているのである。
 子どもたちの身体は、
(1)身体が緊張する
 精神的な緊張が身体の緊張となって現れる。
 緊張する子どもたちは授業中、周りの気配に気を配り、息をひそめ、身体を硬くし、過度の緊張の中で耐えているのである。
(2)学習すること拒否する身体
 緊張して身体が学習を拒否する場合や、学習に意味を見出さず、学ぶことが自分とは関係のないものになっている。
(3)他者と学ぶことを拒否する身体
 他者とつながることのできない身体になっている。
 他者とのかかわることに価値をみいだせない、他者とかかわることに恐怖感を持つ。
 これは、他者を必要としないあそびを多く経験し、また自分に近い同質の子どもたちとしかあそばない子どもたちにとっては、他者とかかわる楽しさもわからないので、他者とかかわることには、否定的な感情しかもたらさないのかもしれない。
(4)一元的価値観の身体化
 学習することが人格に対する評価と直結していると意識し、身体が緊張し、閉じていくのである。
 子どもは評価基準を敏感に感じとり、失敗や「できない」ことが許されないという価値観を身体にまとってしまっているのである。
 子どものからだが硬く、緊張した状態が、学びを硬直した、自分のものでないものにしている。
 必要なことは、人がつくった価値観、評価からいったんからだをひきはなし、内から涌いてくるエネルギーに身にまかせて生きるしかない。
 子どもたちが、学ぶ身体をつくるために必要なこととは何か。
 身体ごと交わる実践をするとよいのではないか。
 子どものからだが硬く、緊張した状態が、学びを硬直した、自分のものでないものにしている。
 必要なことは、人がつくった価値観、評価からいったんからだをひきはなし、内から涌いてくるエネルギーに身にまかせて生きるしかない。
 近年、身体ごと交わることから実践を開始する事例が増加しているといわれる。
 それは「閉じこもった身体」をもった子どもが多くなっているからである。
 そのような子どもの身体が必要としているのは「応答を楽しむ場」である。
 学ぶ身体をつくるには、学級や授業が「応答を楽しむ場」であることを十分に知らせ、「応答を楽しむ身体へと育てる」ことが必要になってくる。
 そのためには、たとえば小学校低学年の場合には、子ども同士の応答・掛け合いによって成立するあそびを経験させることが有効だと考えられる。
 誘い合ってあそべない子どもたちなので、先生が一緒にあそんで楽しむことを一学期のモットーとし「鬼ごっこ」「氷おに」「花いちもんめ」「かごめかごめ」などを宮平恵子は行っている。
 中野譲も「めだまやき」をしながら抑圧されたエネルギーの発散を図り、週一回のレクリエーションで、「指まわし」「お互いの背中さすり、たたく、もむ」などをしている。
 集中した状態でのあそびは、やりとり自体を楽しむものであるといってよいであろう。
 こうしたやりとりの心地よさを経験し、それが許され、つくられていく場所が学級であるということを、子どもたちにまさに身体で実感させていくことが求められているのである。
 このことは、緊張し、拒否するからだを解放し、学ぶことや他者を拒否しない身体をつくることでもある。
 応答を楽しむことの重要性は、他者との感情の共有、一体感をつくり出すだけでなく、やりとりという共同活動によって変わるという授業の本質にかかわることだからである。
 飯塚麻子は、中学校一年生の国語の授業で、群読から始めている。
 生徒たちは、声を出すこと、他者の声と溶け合うことで心地よい経験をし、これから始まる国語の授業に向けて身体がほぐされ、開かれているのである。
 中野が身体の問題にこだわった実践を展開しているのは、学級に間違っていいよというベースがないという意識がある。そのため、授業方針として
(1)授業のどこかに多様な表現活動を取り入れる
 例として、身体表現、劇化・発表、テレビ番組つくり。
(2)子どもにどんな授業がよいか問う
 子どもたちの「手作業を伴う学習がしたい、身体を動かす学習がしたい、わかりたい」という要求をうけて、図工で木工、社会でリサーチ、算数でつくる・折るといいった活動をする。
 これは、子どもが求めている授業、すなわち現在の授業が抱える問題点や課題を明確化した上での授業構想だといえる。
(長瀬美子:1963年生まれ、大阪大谷大学教授。専門は、あそび研究(あそびの発展と人間関係の発達)、幼児の認識の研究(科学的認識と物語的認識))

 

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チームで取り組む学校は、トラブルをさけるためにも「報告・連絡・相談」は最も必要なことです

 報告・連絡・相談を「ホウレンソウ」といいますが、これはチームとして取り組む学校において最も必要なことです。
 これが不十分なため、予期せぬトラブルを招くことが少なくないのです。
 相談は遠慮しないで早めにしてください。
 困ったときは、先輩や上司をつかまえて、どんどん聞いてほしいと思います。恥ずかしいことではありません。
 問題が小さいうちに、早めに相談することが大切です。自分一人で解決しようとしても、問題を余計に複雑にしてしまいます。
 そして、相談したら、その後、かならずその経過や結果を報告するようにしましょう。
 そのために、それらの経過を日記やメモに残し、情報を整理しておく習慣をつけたいものです。
 そうすることが、自分なりの考えをもって相談することになり、相手を振り回さないことにもつながります。
 次のような点に留意してください。
(1)上司・管理職への報告を怠らない
 組織やチームで教育活動を行っていることを常に忘れず、主任、教頭、校長への報告を忘れないようにします。
 連絡や相談がなければ上司や管理職は判断のしようがありませんし、あなたへの評価は高くなりません。
 信頼を得て自分を成長させるためには、日常の「ホウレンソウ」は欠かせません。
 学校から発行する文書は、校長名のあるなしに関わらず管理職に事前に報告し許可を取る必要があります。
(2)学年・分掌内での「ホウレンソウ」
 学校行事や生徒指導では、学年での取り組みが多いので、学年内の「ホウレンソウ」を重視する必要があります。
 生徒指導などは常にノートに記録する習慣をつけるようにしましょう。何かあった場合には指導記録が非常に役立ちます。
(3)保護者への事前・事後・経過報告をきちんと行う
 学校は保護者から子どもの教育を委託されているともいえます。
 したがって、発生した事故やけが、トラブルなどについては、何よりも保護者へ速やかな、きちんとした「ホウレンソウ」が必要です。
 さしたる事件やけがでないと勝手に判断し、連絡をしなかったり、遅れたりして、後日、保護者の不信を招くことがあります。
 また、教師が指導した結果や状況についても、保護者の気持ちを考えず、報告や相談がなされないなど「ホウレンソウ」がなかったための行き違いや苦情で学校に混乱がもたらされる場合もあります。
 保護者との連絡ミスや事前・事後報告の不足により、不信や苦情が膨れあがり、直接教育委員会や議員等に問題が持ち込まれることもあります。
 保護者には特に「ホウレンソウ」を十分に心がけるようにしたいものです。
(4)地域や市民への「ホウレンソウ」
 学校の説明責任が問われる時代です。
 開かれた学校づくりとして、学校の課題や取り組みの方向性など、十分に報告・連絡することが求められています。
(有村久春:1948年生まれ 東京都公立学校教師、小学校長等を経て岐阜大学教授。専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論)

 

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子どもの心を動かす話しかたをするには、どのようにすればよいのでしょうか

 私は、言葉に障害がありましたから、声が出ない人、うまく話せない人を敏感に気づいて、そのありようを考えてきました。
 ある会合で若い女の教師から質問されました。
「小学校三年の担任ですが、子どもたちの姿勢がひどく悪くて困っています。どうしたらいいのでしょう」と言うのです。
 この教師の声が実にか細く、おまけにカン高い。
 これはもう原因はこの教師本人にあるのは明白です。
 あんなか細い、聞き取りにくい声でしゃべられては、子どもたちはじきにくたびれます。
 もうどうでもいいやという気になって、ぐたっと机につっぷしてしまうのが当たり前です。
 子どもたちの姿勢をよくする方法はただ一つ、まず彼女自身が楽々と子どもに届く、生き生きした声を取りもどすことでしょう。
 これは決して珍しい例ではない。子どもたちにたっぷりした声で話しかけられる教師は数少ないようです。
 強引なばかでかい声や、細いカン高い声、冷たく固いしゃべりっぷりなどがみられます。
 私が行う基本訓練に「話しかけ」があります。
 5、6人椅子に座っている人の後ろ3~4mから話しかけるというレッスンです。
 このレッスンでみんな驚くのは、話しかけられた声があらかた相手に届かない、ふれないことです。
 話しかけた声が座っている人のはるか手前だったり、もっと先のほうに話しているとしか聞こえなかったりします。
「話しかけ、声で相手にふれる」という、この基本的な能力が、今私たちから奪われつつあるのではと私は恐れているのです。
 学ぼうとする子どもたちに向かって語りかけ、相手とふれ、対話し、相手のこころの内になにごとかを起こすこと、これが本来教えるということだろうと思うのです。
 言葉が相手の体にふれ、相手のからだと心を動かす、変える、これが話すということでしょう。
 体の内側の感じを探ることに集中すれば、自然と呼吸が深くなり、胸をつり上げて固めてはいられなくなる。
 声は深い、腹に響く声になる。こうなると自分の体の感覚にも気がつく。不思議なことにこうなると、言葉が相手にふれ、染みこむ。腑に落ちる。
 からだ全体に響く自分の声を持たねばなりません。
 話している人のことばが、声としてちゃんと相手に届いていないのに、全く気づかずに過ごしている人がいる。
 たとえば、ガンガンと怒鳴りまくって、壁に声がはね返っている。
 声がほんとうに相手のからだにふれているかどうかは、だれでも感じることができます。
 声というものは、ほんとに、一つの「もの」のように、相手のからだにぶつかったり、はずれたり、散らばったり、落っこちたりするもので、目にみえるのです。
 私が有名な実践家の斎藤喜博先生の合唱指導をビデオで見たとき、声を「もの」としてつかまえ、それをふくらませたり、引き寄せたり、汗みどろになっている姿でした。
 声が「もの」として、相手のからだにふれ、相手を打つようになるためには、
 第一に、発することばが、相手に対する働きかけ、行動でなくてはならない。
 第二の条件は、自分の声をとりもどすことだといえるでしょう。
 自分の声という言い方は漠然としていますが、多くの人はいわゆる「口先だけの声でしか語っていない」ということを言いたいのです。
 話そうとすると、とたんに胸を吊り上げのどを締めつけようとする。
 胸をつりあげて、胸と頭だけに声を響かせている。
 声の幅がきわめて狭く、息が浅く、ハイスピードで一気にしゃべる。
 聞いていて安心できないし、じきに疲れてきます。
 やわらかく、こちらのからだに沁みてくるとか腹に響くということがない。
 それをなくすために、力をぬき、息を深くすることから始めて「からだがゆるんで来たな」と思えたころ、やや遠くにいる相手に、たとえば「バカ!」と怒鳴りつける訓練をやった。
 ある女性の場合、からだがおどり上がるように動いて、みごとに腹からの豊かな声がでました。
 ズシンと相手のからだを打ち、相手がふっとびそうな力強さだった。
 息が深々と彼女のからだから流れ出て相手へ向かっていく。
 自分の声に出合ったと言いましょうか。そのとき彼女は、相手が見えた、と言いました。
 胸の力を抜く訓練をして「とても楽ですという声」を見つけ、出してみると、深い豊かな声になり、話すことばが、からだ全体に響いてきます。
 驚くことには、相手にまともに向かえる感じになることです。
 自分と相手との間に、たしかな、ある関係が成り立ったという、新しい感覚がうまれます。
 自分でも気づかなかった自分があらわれます。
 人が「変わる」というのは、こういうことだと私は思うのです。
 あらわれてから後で「ああこれが私なんだ」とわかる。
 自分に出合うということは、自分を捨てることでもあるわけです。
 その人の感覚なり、行動のパターンが変わるというときには、顔つきも変わるし、声も変わる。
 つまりその人の存在の仕方全体が変わってしまう。何かどっかだけが変わるということはない。
 教師が「子どもがわかる」とは、どうゆうことなのでしょうか。
「みえる」とか「わかる」というのは、子どもたちのからだが語っていることを、教師は自分の目で見て、自分のからだに共振して感じる体験なのです。
 教師は、子どもが「みえる」とか「わかる」ようになるには、教師はからだの力を抜き、ときほぐすことが出発点になります。
 からだをときほぐすとは、肉体の緊張だけでなく、内なる身がまえをとき、からだの深いレベルまで入っていくことです。
 この中で「感じるままに動く」という訓練はとくに教師たちには全く経験がないことに驚かされます。
 もし教師が「からだをときほぐし、感じるままに動く」ことを試みれば、内的な調和を得ることができます。
 この試みは、自分を否定し、こわし、おちこぼれることを覚悟してください。
私の行っているレッスンの内容は次のとおりです。
・人に触れられないからだに気づく
・自分のからだのこわばりに気づく
・からだをときほぐす
・からだの内に動くものを感じる
・感じるままに動く
・ものにふれる
・他者に向かって働きかける
・声で働きかける
・ことばで働きかける
・からだ全体が深くいきいきと動く
 レッスンで、からだがほどけて来て、ホッとして体調もよくなり、仲よくやっていけます。
 だが、その先、日常生活によって枠づけられた範囲をからだが越えはじめ、抑圧されていた見知らぬ自分が顔を出し始めると、人は怖くなる。
 教養として、健康法としてレッスンを受けているときは、まだからだがおびやかされない。
 それが根底から変わらなければならぬと感じ始めたとき、教師の多くが逃げ出すのです。
 自分を追いつめることがなく、深い集中に身を投げる勇気が教師にはない。
「深く集中した状態でからだが動き、思いがけずに自分がいきいきと動き、それを仲間と共有しあう」という怖れと、喜びに満ちた自由な状態を教師は味わったことがない。
 しかし、生徒たちはその状態を求め無意識に体験している。
 子どもたちのからだと魂に教師が自らをなげ入れる。
 その激しいエネルギーの消耗から教師のいのちが蘇ってくるものは、子どもたちのひたむきな眼であり、湧き上がるような笑顔であり、魂をのぞかせることばである。
(竹内俊晴:1925-2009年、演出家(竹内演劇研究所主宰)・宮城教育大学教授。独自のからだとことばのレッスンを行った)
(「からだが語ることば」竹内敏晴著 評論社 1982年)

 

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教師が授業で、初心者から抜け出す10項目とは

 法則化サークルWISHで合澤菜穂子先生が模擬授業を通して学んだことです。
 初心者の合澤先生でも,意識するだけで変化をすぐに感じることができました。
 授業に悩んでいる先生方,ぜひトライしてみてください。
1 笑顔
 ふだんから口角を上げることを意識する。
 鏡を見たらにっこり笑う。
 意識することで,自然に笑顔が出るようになる。
2 目線
 子どもを見るとき、一人一人の子どもに目線を一瞬合わせることで,先生が自分を見てくれていると感じさせる。
3 体の向き
 指示・発問を出す時は,必ず子どもの方に体を向ける。
 子どもの発言は,最後まで子どもの方を向いて聞く。
 そして,板書をする。
4 指示
「教科書○ページを開けなさい」
「○○を指で押さえなさい」
「お隣同士確認」
 など、指示は,一つずつ出し,できているか確認する。
 この時,指で教科書の○○を押さえ子ども達に見せながら,目線は子ども達へ向ける。
5 発問
「△△は,分かるかな?」と,とりあえず発問はしない。
「△△は,何ですか?」とはっきりと発問する。
6 言葉を削る
 発問や指示をノートに書いてみる。
 できるだけ1行になるように,余分な言葉を削っていく。
 もちろん,「昨日□□したように・・・・・」など,無駄なことは言わない。
 大切なことが,何か分からなくなる。
7 動き
 無意味にうろうろしない。
 全体の状況を把握したり,個別に教えたりするという目的をもって動く。
 そのとき,子どもと目が合ったら「にこっ」と笑う。
 そして,子どもの方を向いたままバックしながら帰る。
8 足音
 運動靴など、足音のでない靴を履く。
 足音を立てず,静かに動く
 この音が気になり,集中できない子どもがいる。
9 声
 明るく,元気よく言う。
 女性の特性である包み込むような優しさ,しとやかさを出す。
10 リズムとテンポ
 始まって1分以内に作業を入れる。
「かせる」「言わせる」「立って考えさせる」など。
(合澤菜穂子:法則化サークルWISH)

 

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教師は借り物の技術で年を重ねても経験が蓄積しない、どうすればよいのでしょうか

 教師が「借り物」の技術で間に合わせる、その場しのぎの教育技術や実践知識を求める風潮は問題である。
 教師が授業に役立つ直接的な情報を求める視点それ自体は肯定できる。
 しかし、付け焼き刃の知識・技術だけでは、
(1)教師としての体験が意味をもって蓄積されない。
(2)実践的知識として技術や知識を体制化・内面化できない。
 ため、同じような失敗を繰り返す危険がある。
 米国スタンフォード大学のリー・シュルマン教授は、
「たとえ30年間教師をしていても、自らの授業をふり返り、見直ししなければ、1年目のことを30回繰り返しているにすぎない」
 と述べています。
 そして、神戸大学の浅田匡助教授は、これを事例研究で確認した。
 教師が自分の指導法を自己モニターして、深くかえりみて検討し、その問題点に気づき、授業方法を修正しなければ、年数を重ねても「意味ある経験」として蓄積されることがないであろう。
 そのため、生きた実践的知識を形成できず、子どもの学びを支える力が身につかないのではないかと思われる。
 教師が専門家としての力を身につけるためには、
(1)自分が授業で、実際に何をしているのかを自分自身の視点からだけでなく、子どもや他の教師などの視点を借りて検討する。
(2)自分の長所と弱点を自覚した上で、長所を生かし、弱点をカバーする手法を開発しなければならない。
 これは一種の専門家としての自己意識の問題といえる。
 それには、授業を進めるための実践的知識を蓄積し、教師としての見識を養う必要がある。
 私はその方法として、自分の授業をふり返り研究する「授業リフレクション」を紹介します。
 授業リフレクション研究では「教師も子どもも学習者」と捉えます。もちろん、お互いに学ぶ対象は違います。
 例えば、子どもはひらがなを学びながら「学ぶことの知」を育みますが、教師はひらがなを学ぶ子どもや教師として教える自分をモニターします。
 そこから子どもの発達特性や学習方法、学習過程、教材特性などの「教えることの知」と「学ぶことの知」の両方を学ぶ、と考えます。
 リフレクションとは、自分で自分を振り返ることを意味します。授業を振り返ることによって、自分の指導、子どもとの関係、教材との関係を見直し、子どもの理解を深めるための改善点を見いだす手法です。
 授業リフレクション研究の手順は、
1 自己の授業実践へのこだわりの意識化
2 1についてのふり返り→問題らしきものの意識化
3 原因の検討
4 仮説的問題発見
5 問題の課題化-仮説設定
6 仮説に基づく研究計画の立案、設計
7 6に基づく実験授業のための教材研究、再設計
8 7の実験授業実施
9 8の記録作成、自省記録作成
10 9の分析・考察
11 第三者との協同的・批判的検討と対話的考察
12 析出した課題による5~11のスパイラルな展開・発展
(番号は必ずしも順序どおりに進むとは限らない)
(澤本和子:東京都出身、お茶の水大学付属小学校教師、山梨大学教授を経て日本女子大学教授)

 

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説明文の一部をいたずらをして消す国語の授業とは

 説明文をいたずらする方法というのは、国語の教材の文章が、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらをする。
 その文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 この説明文は小学校3年生の教科書から拝借した。福田秀貴先生は授業の狙いにあう教材をいつも探している。
 この日は説明文「めだか」のプリント教材を使っての勉強。
 冒頭に「めだかの学校は 川の中」というおなじみの歌詞があり、それに続く本文で、メダカは危険の多い川の中で身を守るためにどんな行動をとるか、体の仕組みはどうなっているかを解説している。
 子どもたちは本文から、メダカが身を守る方法を抜き出していく。すぐに、
(1)水面近くでくらす
(2)素早く泳ぐ
(3)集まって泳ぐ
 の三つが挙がった。
 ここで先生が、挿絵のコピーを取り出した。
「この文にはこんな挿絵が付いていたんだよ」
 身を守る方法が一つひとつ絵になっているのだが、あれれ……本文には三つしか書いていないのに、絵は4枚ある。
 「あーっ、いたずらだ」「ジョニーが文を消したんだ」
 どうやら元の文にあった、身を守る「第4の方法」を、ジョニーが消してしまったようだ。
 残った絵には、ゲンゴロウに襲われそうなメダカが、濁った川底近くにいる様子が描かれている。
 子どもたちはこの絵から、どんな文が消されたのか考えていった。
 ジョニーは筑波大付属小(東京)の白石範孝先生のニックネーム。
 白石先生は7月末、この6年1組で模範授業を行った。
 そこで使った教材の文章は、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらがしてあった。
 文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 本家ジョニーは東京に戻ったが、ジョニーのいたずらは福田先生が引き継いだ。
 福田先生は多くの研修会に参加し、そこで学んだ先輩教師たちの「技」を、積極的に授業に採り入れている。
 ジョニーもその一つだが、自分なりの工夫を加えることも多い。
 例えば朝の会・帰りの会。朝の会の学習活動は〈月〉詩の音読、〈火〉暗唱、〈水〉ペア音読……とメニューを日替わりにした。
 帰りの会のスピーチも、曜日ごとに違うテーマで行う。マンネリ化するのを防ぐ狙いだ。
「じゃあ身を守る第4の方法、自分だったら何て書く?」
 半分くらいの手が挙がった。でも先生はなかなか指名しない。
 そのうちに、一人、二人とさらに手が挙がってゆく。
「ぱっと反応できる子は一部だけです。多くの子に挙手のチャンスを与えるため、時間をかけて待つようにしています」
 いったん手を下ろさせ、近い席同士で話し合わせることもある。
 こうすると、全員が誰かに自分の考えを伝える機会を得るという。
 実は、元の文章から先生が消した部分はほかにもあった。
 筆者はそこに何を書いたのだろう? 接続詞や、冒頭の「めだかの学校」の歌詞をヒントに考えていく。
「川の中は危険だから、みんなでおゆうぎしているヒマはない、みたいなことが書いてあると思う」「歌と現実の差を表しているんじゃない?」
 活発に発言は続く。
 筆者の意図を見据えながら、「自分だったらどう書くか」まで考えていく。それが先生の最終目標だ。
(福田秀貴:青森県八戸市立小学校教師を経て指導主事)

 

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教師は人間好きであることが肝要、自分に不都合なものをも包みこみ愛せよ

 教師は子どもが好きでなければという論が多いようだが、わたくしはそれよりも人間というものが好きであることこそ肝要であると思う。
 好きという表現が情緒的だというなら、人間について発見することに張り合いをもっているといってもよい。
 人間理解はそのことによって自然に深まる。
 教師は毎日のように子どもを見ているのであるから、人間に対する関心、理解力があれば、奥深いとらえかたができるのが当然である。
 子ども一人ひとりについて深い理解が生じれば、その親に対する姿勢もおのずから違ってくるにちがいない。
 性急で自己中心的な親に対しても、じっくりやわらかく包んでいくことができるであろう。
 いわばそれは教師の懐が深くなるということである。
 懐が深いというのは、ただ度量があるということではない。
 淡々として多様性に対することができるということである。
 教育が生きた仕事であるかぎり、教師の都合によって好きに動かせるものではない。
 教師は絶対に自分の教師としての都合を優先させてはいけない。
 その心がまえがしっかりできていないから、人間としての子どもをちゃんと育てることができないである。
 自分に不都合なものを愛せよと、強くすすめるゆえんである。
(上田 薫:1920-2019年大阪府生まれ、教育学者。東京教育大学教授、立教大学教授、都留文科大学学長を務めた。長く信濃教育会教育研究所所長を兼任。教育哲学、教育方法学を研究、一貫して教育現場の研究実践にかかわり続けた)

 

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読書マラソンでクラスが学びの共同体になった

 掛川克義先生の読書マラソンは、教師が選んだ30冊の本を、クラス全員で回し読みします。
 読んだら「感想ノート」に、自分の感想を10行、友だちの感想に対する意見を5行を書き、本と感想ノートを一緒に回し読みしていくという方式である。
 あたかも駅伝のようにリレーして、最終的に全員が同じ本を30冊読み、本の感想を30回書き、友だちの感想を読み、それに対する意見を必ず書くという活動である。
 この活動で掛川先生がねらっていることは、
(1)学級全体で読書の楽しさを共有すること
(2)読書の世界を広げること
(3)読書の習慣をつけること
である。
 この読書マラソンを体験した子どもたちは、読んだ本について互いに話し合うようになり、読書の楽しさを共有することによって本を読む習慣や感想を書く力もついてきたという。
 学級を学びの共同体にしていくことによって、本を読んだり、文章を書いたり、自分の意見を発表する力を確実に、全員につけていこうとしていることである。
 個人学習から協同学習へと学びの形を変えることによって、基礎・基本の学力を確実に身につけていこうとする試みである。
 具体的な実践を次に示します。
1 読書マラソンという言葉どうしてうまれたか
 6学年が始まり「みんなで読書を楽しむための手立てはないか」と考えているときに,女子マラソンの高橋尚子選手の報道があった。
 それを眺めていて掛川先生に「読書マラソン」という言葉がひらめいた。
「読書にマラソンがあってもいいじゃないか。みんなで楽しみながら読書の習慣を身に付けることができる」そんな思いが掛川先生に湧いた。
「読書マラソン」という言葉が生まれ,取り組みの構想が次々とできあがった。
2 読書マラソンの方法
(1)1週間に1冊,1年間に30冊の本を読む。
(2)ノートにかんたんな感想を書く。
(3)毎週月曜日に,本とノートを交換する。
(4)学級の図書係が運営する。
(5)「読書マラソン」が終了したら,感想ノートの自分のページを集めて,一冊のノートにする。
(6)30冊の本は,先生が責任を持って選ぶ。
(7)本の購入は,先生と親に任せる。
(8)本を交換するときは,どの本を読むか,期待を持たせるために,計画表を作り,月曜日の朝に読書係が発表するようにした。
3 読書マラソンの本を選ぶ
「この本に出会えてよかった」といってもらえる本を選びたいという思いで子ども向けの本を掛川先生は探したが,なかなか納得のいくものがなかった。
 その中で,子ども向けの本30冊を紹介した「ザ・リバティ」の特集記事を見つけた。
 特集では,本を3つのポイントで選び紹介している。その選び方は,読書の世界を広げたいという掛川先生の思いにぴたりと重なるものであった。
 本選びの3つのポイントは、
(1)愛と感動を与えるもの。愛,夢,努力を伝える本
(2)21世紀に向けて大きな視野を持つための本。社会,科学,歴史の本。
(3)歴史上の偉人の伝記,子どもたちの心を耕す詩集。
4 読書マラソン30冊のリスト
(1) 愛と感動を与えるもの。愛,夢,努力を伝える本10冊
「タイムマシン」H・Gウェルズ
「ぼくの一輪車は雲の上」山口 理
「チルチルの青春」メーテルリンク
「マリヴロンと少女」天沢退二朗監修
「みどりのゆび」モーリス・ドリュオン
「最後の一葉」オー・ヘンリー
「星のひとみ」サカリアス・トペリウス
「ノンちゃん雲に乗る」石井桃子集1
「一ふさのぶどう」有島武郎
「アンデルセン童話集」
(2)大きな視野を持つための本,社会,科学,歴史の本10冊
「ともしびをかかげて」ローザマリ・サトクリフ
「経済とお金のしくみ」PHP研究所
「ひとしずくの水」ウオルター・クイック
「21世紀こども百科科学館」
「数と図形の発明発見物語」板倉聖宣編
「大きな大きな世界」かこ・さとし
「野鳥記」平野伸明
「海のなぞをさぐった人々」松江吉行
「大仏建立物語」神戸淳吉
「人物でわかる日本の歴史」
(3)歴史上の偉人の伝記・子ども達の心を耕す本10冊
「世界を変えた6人の企業家4」 フォード
「児童伝記シリーズ19」 コロンブス
「世界童謡集」 西条八十,水谷まさる
「おもしろくてやくにたつ子供の伝記4」 ライト兄弟
「少年少女のための日本名詩選集14」 八木重吉
「世界のお母さんマザー・テレサ」
「子供の伝記全集1」 湯川秀樹
「坂本龍馬」 小宮宏
「夢をつなぐ」 澤井希代治
「伝記世界の音楽家バッハ」 シャーロット・グレイ
5 保護者に呼びかける
 学級通信で呼びかけた。読書マラソンの取り組みと,図書の購入計画の提案に,保護者から多数の意見が寄せられた。
 読書マラソンの構想については,多くの期待と支持が寄せられた。図書の購入については,負担が大きくならないようにという要望が上がった。保護者の意見をよく聞いて,同意を得ておくことが大事である。
6 学校,学年の理解を得る
 大分市立荷場町小学校は,1学年1学級で,学年内の話し合いは必要ないが,複数学級の場合は取り組みについての,同学年の理解を得る必要がある。
 また,図書の費用で購入をした本については,学級で1年間独占する事について職員会議等での説明が必要である。校長・図書主任の快い了解を得ることができた。
7 図書の購入
 図書費で購入できるか検討し,金額の高いものから10冊分を学校で買ってもらうことにした。一人あたり600円で購入する事ができた。
8 感想ノート
 感想ノートは,B5版のノートを用意した。自分の感想を10行。友だちの感想に対する意見を5行。コメントを1行ずつ書くようにした。
 表紙には,本の題名と番号,表紙の裏には図書のリスト,一番最後の頁に読書マラソン計画表をつけた。
9 感想ノートの留意点
(1)進み具合を把握する。
(2)記述が人を中傷する事がないようにする。
(3)続かない子に個別の指導をする。
(4)感想を読みあう時間を取ってあげる。
10 子どもの作文
 子どもたちには,時々読書についての思いなどを,作文に書かせた。
 作文は,5分刻みで回し読みをする。読んだら必ずコメントを書いて次に回す。
 結構疲れるが,友だちの作文を読んだり,自分の作文を読まれたり,コメントを入れあったりすることは,楽しいらしい。どの子も,ニコニコしながら読んでコメントを入れている。
 2学期の中ごろ書いた子どもたちの作文と友だちのコメントを読むと,読書マラソンが読書の習慣作りとして学級に位置づいてきた様子が分かった。
 読書の楽しみや読書から学ぶ知識だけでなく,読書マラソンを通して味わえる友だちとの交流の楽しさや新しい本に出逢える期待などが作文にうまく表現されている。
 子どもたちが読書マラソンの魅力を体で感じ,読書が習慣になっていく様子を見るのは,担任の大きな悦びであった。
11 好きな本のアンケート結果
 2月に好きな本のアンケートをとりベストテンを選んだ。
 自然科学の本が上位に入り古典といわれる名作も人気を得た。本選びの3つのポイントから,それぞれ選ばれていて,子どもたちが幅広い本に興味を持てたと思う。
 みんなが選んだ読書マラソンベスト10
第1位 ひとしずくの水     19票
第2位 タイムマシン      10票
第2位 野鳥記         10票
第4位 子ども百科科学館    9票
第4位 最後の一葉       9票
第6位 みどりのゆび      8票
第7位 坂本竜馬        7票
第7位 一ふさのぶどう     7票
第7位 アンデルセン物語    7票
第7位 人物がわかる日本の歴史 7票
 読書マラソンは子どもだけでなく,親も巻き込んで,読書の輪が家庭にも広がっていった。親の期待にもこたえられる取り組みであったと喜んでいる。
12 「読書マラソン」5つの成果
 読書の本当の成果は,子どもたちが,手にした読書の習慣の力を十分に生かして,将来にそれぞれの夢を実現しようとしたときに,大きな力となって現れるのであろう。
 成果をまとめてみると、
(1)幅広い本に触れ,読書の世界を広げることができた。
(2)共通の本を読むことで,共感したり,感じ方の違いに気づいたり認め合ったりすることができた。
(3)感想ノートは,感じ方をまとめたり,発表したりする良い機会となった。
(4)教師が「読書マラソン」に参加することで,子どもの感覚に直にふれることができた。
(5)読書を通じて,親子が同じ話題で話し合うなど,家庭にも読書の波が広がった。
 さまざまな読書の習慣作りの取り組みの中で,この「読書マラソン」は,学級全員で読書の習慣作りに取り組むとてもよい方法である。
 多くの方に「読書マラソン」を実践して,子ども達に「読書の習慣」という最高のプレゼントを手渡して欲しいと願っている。
 読書の旅を共にしてくれた29人の子どもたちと,物心共に支援をしてくださった保護者の皆さんに,心からの感謝をおくりたい。
(掛川克義:大分県大分市立小学校教師。2002年、国語:読書マラソンのすすめ-読書の習慣作りの実践で第17回東書教育賞最優秀賞受賞)

 

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書籍「教育は死なず―どこまでも子どもを信じて」がベストセラーとなり映画化された

 長野市の私立篠ノ井旭高校(現:長野俊英高等学校)が1960年に開校し、さまざまな問題を抱える生徒たちを全国から受け入れ、その更生に力を注ぎました。
 篠ノ井旭高校の教育は、大きな評価を得て「教育は死なず」として1981年に映画化されました。
 非行などで全国の高校を退学になった生徒を積極的に受け入れ、当時、全国に例をみない取り組みだっただけに、教師たちの苦労は、なみたいていではなかった。
 若林繁太校長は何度、途中で投げ出そうと思ったかもしれない。それに耐えることが教育なのだと教師たちとともに励まし、いたわり合いながら進めてきた。
 だまされても、だまされても生徒を信じ抜くことは口では容易にいえるが、実践は大へんである。
 また、だまされることを知りつつ、信ずることも大へんなことである。しかし、これは教育の基本的な部分なのである。
 この大へんな取り組みも、教師仲間の励ましで負担が軽くなるものだ。教師集団の意識統一が大切なのもこのためである。
 この取り組みで若林校長が得た最も大きな収穫は「駄目な子はいない」ということであった。
 よほどの生徒であっても、個人的に会うと、淋しがり屋で、心はほんとうに純真であった。
 そんな生徒が、立ち直れないはずがない。誰かが、どこかで、指導していかねばならないと思う。その誰かは、自分だと思ってほしい。
 日本中の教育者が、そんな気持ちになってくれたらと若林校長は念じていた。
 どうか、皆で、この教育荒廃を乗り越えよう。理論よりまず実践が大事である。
 やれば、何とかなるものだ。自分の一生に悔いの残らぬよう始めよう。
 このような仕事に生きがいを感ずる若林校長は幸福だと思っていた。
 それは、精一杯、生徒と取り組んだ後には、とくに、そう感ずるのである。
 学校再建は、どこから手をつけるべきだろうか。若林校長も教師たちも必死になって実践し、かつ悩み、再建の途を探した。
 やがて、再建の第一歩を生活指導からふみ出した。非行をなくそう、それには、非行の原因をつかみ、この原因を除去していくことだ。
 非行は子どもたちが大人、とくに教師にたいする、なんらかのストレスの表現なのだ。
 そして、そのストレスのうちの最大のものは、いわゆる「落ちこぼれ」だ。
 それなら非行をなくすには取りしまりや厳罰主義でのぞむのでなく、授業をわかるようにしよう。
 それが教育の原点である。教育の原点に立って指導を進めることに決した。
 しかし、理論的にはそれが正しいとしても実践することになると簡単にはいかない。
 教師は一人ひとりが自分なりの教育信念を持っている。
 それを調整しながら全教師の歩みを一致させなければ効果があがらない。
 教師の中には相互に真反対の理念を持つ場合も少なくない。
 それを一人ひとり説得し、調整していく。このために膨大な時間と労力が投入された。
 数ヶ月かかって、やっと全教師の意識が統一できた。
 もちろん、内部の細かな部面には未調整のものもあるが、それは今後、気長に調整することにして、大局としては一致することに成功した。
 教職員の意識統一が成立すれば、半ば成功したと思って良い。
 最初、この教育を若林校長が手かけたときの目標でもあった。
 確かに容易な仕事ではなかったが、これは重要なことなのである。
 この教育に取り組むための条件整備として、
(1) 一クラスの定員を30名を標準とする。
(2) 教師の週持時間数をできる限り減少させ、教育研究、教科研修の機会を与える。
 など教師の負担軽減し、全教師合意の上で次のように実施にふみきったのである。
(1)授業公開の原則
 公開授業の目標は、
「一人ひとりの生徒を大切にし、楽しくてわかる授業の実践をめざし、教職員相互間の反省、向上を目的とする」
 授業を大切にするとともに、常に指導技術を向上させるため授業は公開制とした。
 誰でもいつでも、どこの授業を参観してもよい。
 参観した人びとは、必ず参観した授業について批評カードに記入し、提出してもらう。
 授業者は、このカードを参考にいっそう自分の授業を工夫し、完全なものにしてゆく。
 参観者は、地域の小・中・高校の教師たち、保護者、地域の人びとである。
(2)自主的な教科研究
 各教科で独創的な研究を行い、生徒の能力に合致した指導と個々の生徒の到達目標に適応する教育内容を目標に教科活動を進める。
(3)到達目標の作成
 従来の一律的到達目標の設定を避け、生徒の能力に応じた個別的到達目標を設定する。
 各教科は生徒個々に応じた指導に重点をおき、落ちこぼれを出さない工夫を考える。
 やがて、生徒は喜んで宿題をやってくるようになった。
 その理由は、個別的達成目標を勘案して、生徒の能力に応じた宿題が個別的に出される。だから、誰もが同一な努力量ででき、問題を解く喜びを知ることになった。
(4)学力別編成
 学力別編成により生徒の劣等感を起させないよう配慮する。
 生徒の学力格差がおおきいため、A(高校標準以上)~E(小学校程度)クラスまでとなっている。
 クラス選択は生徒の自主性にまかせ移動可能とした。実力が向上すれば下位のクラスは消えていく仕組みになっている。
(5)困難な事象にも真正面から取り組む
 教育の世界は常に新しい事例に対処しなければならない。
 生徒個々の性格がちがうように、いつも同じ指導法では目的が達成できない。
 したがって、その生徒に適応する教育方法を工夫し、実践しなければ効果はあがらないものである。
 しかし、事例に適する類似の指導方法は実践記録の中に必ずあるものである。その類似の指導法を参考にしながら生徒個々の指導方法を確定し実践する。
 ところが、実践記録にもない新しいケースが頻繁に出現した。
 教師たちを悩ませたが、回避することなく、敢然とそれらの事象に対決し、幾多の困難を乗り越え、成功や失敗を繰りかえしながら取り組んだ。
 学校の再建にどう取り組むかを考えていたときに、ある宗教団体の会長が校長室を訪ねてこられた。
 その会長と話しをしていたなかで、鮮明に残っている言葉があった。
「学校が変わるには生徒が変わらなければなりませんよ」
「生徒が変わるには教師が自ら変革しなければならないし、教師を変えるには、校長自らが変わらなければ成功しませんよ」
 なるほどと、と若林校長は思った。
 今まで若林校長は、
「教師たちにどのようにやってもらえば、生徒が良くなるか」と、自分のことを棚にあげて、人にやってもらうことばかりを考えていた。
 自分の変革を枠外において、他の人たちを中心に再建構想をねっていた。
 それでは駄目なんだ。まず「自分の姿勢をどう変えていくか」を中心に構想を組み立てなくては人は感応するものではない。
 若林校長は校長である前に一人の教師なのだ。それを、いままで忘れていた。
 教師を変えるには、教師の一人である自分自身を変えていかねばならない。
 そうすれば、人は必ずついてくる。まず自分が苦しむことだ。
 それでなくては、教師の苦しみがわかるはずがない。
 これはよいことを教えていただいたと若林校長は感謝した。以後、若林校長には迷いは無かった。
「自ら実践することに徹する」ことが若林校長の教育方針に組み入れられたのである。
 それからは、若林校長は生徒とともに掃除をし、クラブ活動に汗を流す日々が続いた。そして、生徒とともに生活することになった。
 若林校長はそれまで、自分の威厳をつくるためにダブルの背広を着ていた。
 そうした外形をつくることに心をくだいた。それをぬいで、もっとも活動しやすく、生徒と同じスタイルのトレパンに着がえた。
 ダブルの背広からトレパンへの移行は「子どもよりの校長」への私の変革だった。いつの間にか生徒たちは、若林校長のことを「トレパン校長」と呼ぶようになったのである。
(若林繁太:1925-2007年、私立篠ノ井旭高校(現・長野俊英高)教諭・校長。読売教育賞受賞。「落ちこぼれを出さない教育」をめざし非行歴のある生徒や中退者を積極的に受け入れる。著書『教育は死なず―どこまでも子どもを信じて (1978年)』がベストセラーとなり、映画化もされた)

 

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大正自由主義教育運動で中心的な役割を果たした澤柳政太郎とはどのような人物であったか

 澤柳政太郎は、教育官僚、教育者で、大正自由主義教育運動の中で中心的な役割を果たした。
 澤柳は、東京帝国大学を卒業し文部省に入り、小学校令を改正して、4年から現在の6年の課程にし、旧制高等学校を増設し、旧来の藩閥の弊から脱却、全国から人材を登用する扉を開いた。
 明治39年に文部次官、東北帝国大学総長、大正2年に京都帝国大学総長を歴任した。
 その後、陸軍士官学校の予備校として名高かった成城学校の校長に就任。
 成城学校内に新教育の実験校として、大正6年に成城小学校を創立した。
 小原國芳を訓導として招聘し、以来、成城学校は大正自由主義教育運動の震源地となる。
 澤柳の教育や教師について次のように述べている。
 教育者の精神の創造は「教育者各自の心に求めるべき」としている。
 教育を支える最大の要素は教育者の人間性である。
 教師は高遠なる見識を持し、自重自信の精神をもって仕事にあたる。
 沢柳が重視したのは、第一に学識、第二に徳義であった。
 教育学を学ぶものは単に教育の方法を知れるを以て足れりとしてはいけない。
 必ず教育の目的について明確な思想を得ること。
 教師は徳義(人間としてふみ行うべき道徳上の義務)の教育者であり、同時に自身へ道徳的完成の責任を負う。
 教師の最も肝要な資格は、教育に対する「誠実さ、熱心さ」である。
 教師の仕事は愉快である。その理由は、
(1)授業で教師は行動の制限を受けることはなく、自由に思うままに行動することができる。
(2)社会・国家のために有益なこと。
(3)安易ではなく、無数の困難と解決の努力が必要である。
(4)実践にあたっては工夫の余地が無限にあること。
(5)実践の努力の成果が直に眼前にあらわれること。
 教育は授業ばかりではない、訓練、管理を含む。しかし、大部分は授業である。
 師弟の関係というと訓練上のことである。
 師弟の徳義上の関係も澤柳の考えるところでは、授業以上に影響を受けることが多い。
 教師の生徒に対する同情、教師の人物、徳行から生徒が教師を尊敬し教師に心服し、師恩を感ずるようになることもあるが、それらよりも授業上より教師に対する考が定まることが多いと澤柳は思った。
 澤柳も「ペスタロッチー伝」を訳したり、「実際的教育学」を書くなど、新教育の指導者としての役割を担った。
 澤柳のモットーは「随時随所無不楽」(随時随所楽しまざる無し)。いつどんなときでも楽しみを見いだすことはできる。
(澤柳政太郎:1865-1927年長野県生まれ、教育官僚、教育者。大正自由主義教育運動の中で中心的な役割を果たす。文部官僚、文部次官、高等商業学校校長、東北帝国大学総長、京都帝国大学総長を経て成城学校校長、成城小学校を創立して大正自由主義教育運動を行う)

 

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小中学校の教育現場での数学教育を率先して指導した遠山啓先生とは

 遠山 啓先生が、どういう動機で数学者になったのかとよくきかれますが、ひとことで答えることはむずかしい。
 まず第一に、その厳密さに魅力を感じたということがいえるだろう。
 いちど証明してしまえば、何万人の人が反対であろうと、真理であることに変わりはない、というこの学問だけがもっているさわやかさが、そのころの遠山先生をひきつけたように思える。
 遠山先生は明治42年に熊本で生まれました。
 当時の日本は政府の富国強兵政策のもとで、国を豊かにするためにはいい人材を育てなければならないことを知っていたので、教育に大きな投資をし、世界でも有数の国家になりつつありました。
 遠山先生は幼少のころから好奇心に満ちた子どもだったらしく、父親がわりの祖父を相手に野山や川で遊びまわっていたという。
 後年、子どもの教育にかかわりはじめたとき、このころの体験が生きいきと再現された。
 たとえば、ほるぷ夏の合宿教室に参加されたときなどは、子ども達といっしょにお風呂のなかで手と手をあわせて水をとばす、水でっぽうのやり方を教えた。
 また、ヘボ将棋ですが、といいながらも子ども達に手ほどきをする、つねに子ども達に遊びの文化をどう残すか、という姿勢がありました。
 算数・数学教育に関心をもちだしたのも、遠山先生のお子さんの算数嫌いがどうしてなのか、というところからでした。
 算数の教科書を見ておどろきました。こんな教科書ではわからないのはとうぜんだ、と考え、1952(昭和26)年、数学教育協議会を結成し、数学教育の改良運動に身を投じたのでした。
 タイルをつかって計算の仕組みをわからせる「水道方式の算数」は、この運動の大きな成果のひとつです。
 それまでの数え主義とは反対に「量から数へ」という原則で、量から数を引きだす媒介物としてタイルを使いました。
 さらに計算練習は最少の練習量で最大の効果をあげるための体系を考えました。
 これが水道方式なのでした。
 これは筆算を中心として、日本の伝統的な暗算中心の方式とはまっこうから対立するものでした。
 みなさんも『わかるさんすう』という教科書のようなテキストを見たことがあるでしょう。
 また、ほるぷが刊行した『さんすうだいすき』『算数の探険』『数学の広場』という遠山先生のライフ・ワークの本を持っている人もいるでしょう。
 もうひとつ、教育者としても子ども達のために大きな種を蒔かれました。
「テスト、点数、序列づけ」といういまの教育体制を批判し、「点眼鏡」で子どもを見ないように訴えました。
 そのため、遠山先生自身が執筆・編集した雑誌『ひと』を創刊し、教育の改革に一生を捧げたのでした。
(遠山 啓:1909-1979年熊本県生まれ、数学者。海軍教授を経て東京工業大学教授。数学教育に関心を持ち数学教育協議会(数教協)を結成し委員長として、小・中・高校の教育現場での数学教育を指導し、数学教育の改革を率先。「タイル」を使用し長さ、面積などの「量の概念」の導入し「水道方式」という数学の学び方を開発。教育の全体をどう変えていくかをテーマに雑誌『ひと』を創刊した)

 

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仮説実験授業よる子どもたちの人間形成とは

 庄司和晃が山形県長井市豊田小学校教師のとき、
(1)問題児の指導を通じて、親と教師がお互いに信じ合い、子どもを愛情で包みこむこと。
(2)教育者として子ども一人ひとりと向き合うことによって、信頼関係を結ぶ。
 そこからはじめて教育という活動を進めていけると感じていた。
 この経験から、仮説実験授業における討論でも常に、子ども一人ひとりの発言に注意し、それらを詳細に検討した。
 柳田国男の影響を受け、1956年ころから「理科コトバ」と呼ばれる子どもの生活経験から生じる言葉に注目するようになる。
 これが、のちに仮説実験授業の討論に注目して子どもの認識過程を分析する素地となったといえる。
 仮説実験授業を通じて、理科の授業は科学にもとづく原理や法則を教えるだけではない。
 その原理や法則が、子どもたちにとってどのような意味をもつのかを子どもたち自身に考えさせることを学び、授業に取り入れようとした。
 その方法として庄司は討論を重視した。
 討論で子どもの認識の深まりをとらえるために「キッカケ言葉」に注目し、子どもたちの討論を分析した。
 分析の結果、庄司は討論することによって、子どもたちの思考が「のぼりおり」をくり返しながら、認識を深める様子を見いだした。
 子どもたちの認識が深まることで、
(1)自分自身が進歩していく
(2)自分自身が変わっていく
(3)自分自身のすばらしさをみつけだしていく
(4)問題を処理する自分の力に自信をもっていく
 そうしたことを、
(1)子どもが自覚することができ
(2)自分自身が生きぬいていくためのもっとも強力で有効な武器あるいは味方となるものを子どもたちが手に入れていく
 ことが可能になると庄司は考えていた。
 すなわち庄司は、主体的な人間形成をもめざしていた。
 庄司は「認識の三段階連関理論」を創出し,人々の認識の在り方を
(1)感覚的素朴的段階(直観)
(2)表象的過渡的段階(生活経験)
(3)概念的本格的段階(既習の知識)
 の3つの段階として捉え,この3つの段階間を上り下りしたり,横ばいしたりすることにより認識は深まるとした。
(庄司和晃:1929-2015年山形県生まれ、山形県公立小学校教師、成城学園初等学校教師を経て大東文化大学教授。板倉聖宣らと仮説実験授業を提唱。認識の三段階連関理論を創出した)

 

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学校改革に成功した神奈川県茅ヶ崎市立浜之郷小学校とは

 学校改革が叫ばれて久しいが、それに成功した学校はどれだけあるのだろうか。
 成功しても、教職員の異動のある公立学校で改革を持続させることが難しいが、成功し持続しているのが、神奈川県茅ヶ崎市立浜之郷小学校である。
 1998年4月に開校し、その年の9月に奇跡は起きた。開校時20名以上いた不登校の子どもが一人残らず登校したのである。
 夏休み、子どもたちが自主的に、不登校の子どもたちに学校の様子を伝え、登校を呼びかけた結果であった。
 同校を見学に訪れる参観者は開校5年目にしてのべ5万人を越えた。
 同校を訪れた者は、その静かさに驚くだろう。
 教室では、大人では聞き取りにくいが、子ども同士では十分聞こえる程度の小さな声で話し合いが進んでいく。
 教師はいすに腰掛け聴くことに専念しており、子どもに語りかけるときも声を張ることは少ない。教室は穏やかさのなかに明るさがある。
 同校の授業観は
(1)子ども一人ひとりの考え方や感じ方が徹底的に尊重されて、一人ひとりのリズムでじっくりと対話する時間が大切にされている。
(2)教室に子ども同士の学び合う関係を築くことがめざされている。話すことよりも、聴くことが大切にされている。子どもたちの間で自然と思考がつながっていく。
教室には、子ども一人ひとりの差異と尊厳が大切にされ、子どもが安心して学べる空間となっている。
学校システムの改革は
(1)学校改革への道は、学びの苦しみと楽しみを尊び分かち合う「学びの共同体」へと脱皮するところからでしか出発しえないという佐藤学東大教授の言葉に初代校長の大瀬敏昭が引きつけられ、佐藤教授に教育改革の指導をお願いしたのが挑戦の始まりであった。
(2)校務分掌の「一人一役」制を取り入れ、教師の仕事の80%を授業、研修などの本業にあてることが可能になった。
(3)授業研究は、全体と学年会での日常的なものを含めると、一人年間3回、全体で100回を越える授業が公開されている。
 授業公開にあたって、指導案はなくてもよく、事後の研究会を充実させる。その教師らしいいい授業をめざし、子どもの学びに焦点が置かれ、子どもたちは聴き合っていたかなどといった点が問われる。
(4)親や市民が普段の授業に参加する学習参加の取り組みが行われている。
(石井英真:1977年生まれ、京都大学准教授。授業研究の蓄積に学びながら、学校で保障すべき学力の中身とその形成の方法論について理論的・実践的に研究している。特に、授業を硬直化させるのではなく、むしろ柔軟で創造的なものにするような、目標の明確化とそれに基づく評価のあり方について考えている)

 

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教師の言葉が子どもに届くにはどうすればよいか、授業の重要な要素とはなんでしょうか

 教師のことばは、聞き手である子どもに届かなくては力をもちません。
 たとえば、演出家の竹内敏晴は、次のようなエピソードを紹介しています。
 5~6人の人に勝手な方向を向いて座り、目を閉じてもらう。そして、少し離れたところから、一人の人がその中の誰かを選んで話しかけてみる。
 すると、話しかけられた人が、そう感じて手を挙げる人はきわめて少ないという結果になったそうです。
 ここから言えることは、単に声が聞こえ相手に情報が伝わるということと、声が相手の身体に届くということは別物であることがわかります。
 言葉が届くというのは、相手の身体の中に入って、心を動かすことです。
 それは、相手と真剣にかかわろうと欲し、自らを開いて全身体的に相手をめざす、という関係が必要です。
 たとえば、クラス全体に説明しているときでも、集団に対してではなく、一人ひとりの子どもに向かって語りかけ、語りかけるその子どもの相づちや表情を受けとめ、彼らと共振しようとする。
 こうした応答的な関係の下でこそ、教師の言葉は子どもの学びを触発するものとなり、両者の間の人間的信頼関係を生み出していくことになるのです。
 石井英真先生が考える、授業において重要な要素とはなんでしょうか。
 私が重要と考える要素は、「目標と評価を一体化すること」と、「ドラマとしての授業」の2点です。
 1時間の授業で追求したいメインターゲットを一つくらいに絞る。その上で、授業を通して子どもたちが何を学んでどういった姿に変わればいいのかを考える。
 このように「何のためにアクティブにするのか」を熟慮することは極めて重要です。
 目標を問うとは、このように、教育活動の出口の子ども像を具体的にイメージすることです。
 そして、「目標と評価の一体化」というのは、授業計画の段階で目標と評価をセットで考えてみるということです。
 授業を通して子どもたちのどんな姿が出てきたらいいか、いわば評価者の立場に立って授業前に考えてみることで、授業の目標は子どもの具体的な姿でイメージできるわけです。そこまでできれば授業はぶれません。
 ただ、「目標と評価の一体化」のみを強調すると、事前に想定した姿に子どもたちを無理やり向かわせることになりかねません。
 そこで、「ドラマとしての授業」を同時に意識します。
 これは、ひとつには授業は生き物だということを認識するということです。
 計画通りにいくのがいい授業とは限らないし、筋書があってもそれを越えることで子どもたちの学びは深まっていくわけです。
 そしてもう一つは、展開感覚を持つということです。授業には「導入・展開・まとめ」があると言われますが、これはただのお題目ではないのです。
 要はドラマのようにヤマ場があるのです。
 授業は流すものではなくて展開するものであり、だからその展開感覚を学ぶことが大事なのです。
 それがないと、最初に盛り上げてしまってあとは息切れするなどの失敗をします。
 日本の授業の蓄積の中で、いま若い世代に伝えきれていないと感じるのがこうした展開感覚です。
 授業の一番のヤマ場で思考を触発する課題提示を行い、思い切って子どもたちに任せて、考える機会を保障するのが一番展開的に見て良いヤマ場のつくりかただと思います。
 そのために最初は静かに好奇心に火をつけ、ちょっとずつ一問一答なども使いながらやり取りしていくと、子どもたちも徐々に授業に入ってきやすいし、全員参加の授業にしやすいです。
「目標と評価の一体化」と「ドラマとしての授業」の2つをセットで考えていくのが、アクティブラーニングに限らずすべての授業づくりの基本ではないかと考えています。
 アクティブラーニングなど最近の流行を導入して授業案を作る際に注意すべきポイントはありますか?
 たとえば中学校・高校のアクティブラーニングなら、一時間の授業の中に一か所、生徒たちに委ねるアクティブな場面を入れればよいでしょう。
 逆に小学校の場合はすでにアクティブ過ぎるので、これ以上アクティブであることを強調する必要はないでしょう。
 むしろ小学校については、児童が教科内容を理解することや先生自身が教材研究・教材解釈を深めることなくして学びは深まらない、という点を強調すべきだと思います。
 アクティブラーニングについて文科省は「深い学び・対話的な学び・主体的な学び」という3つの視点で授業を見直すよう提案しています。
 このうち、「深い学習」をきちんと意識すべきです。いま心配しているのは「対話的」と「主体的」がすごくクローズアップされた、いわば主体的で協働的な学習だけになっている傾向が非常に強いことです。
 特に高校でも「学び合い」などが広がりつつありますが、一つ間違えると「教科指導の特別活動化」になる危険性があります。
 例を挙げるなら、問題集から適当な難度の問題を選びます。
 あとは生徒たちみんなでわかっていきましょう、全員がわかるようにするのが自分たちの責任であるといった、ある種の学級づくりの指導をして「みんなでわかっていく集団」を作る。
 あとは生徒たちにおまかせという授業も見られます。そこに教科指導はあるのでしょうか。
 子どもたちの学びへの責任意識や主体性を喚起する点で、こうした指導を決して全面的に否定するわけではないですが、それが教師の教科指導の責任の放棄にならないよう、深さの軸、つまり「対象世界との対話」ということをきちんと考慮する必要があると考えています。
(石井英真:1977年生まれ、京都大学准教授。授業研究の蓄積に学びながら、学校で保障すべき学力の中身とその形成の方法論について理論的・実践的に研究している。特に、授業を硬直化させるのではなく、むしろ柔軟で創造的なものにするような、目標の明確化とそれに基づく評価のあり方について考えている。)

 

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授業技術の活用や技術を得るために必要なこと、授業での臨機応変な対応とは

 第二次世界大戦前の師範学校では、おもに「どのように教えるか」という教授法の伝授が中心におこなわれました。あくまでも国定教科書を絶対視した教授法は技術主義と批判されました。
 戦後は、「何を教えるのか」に重心を移して教員養成がなされました。
 スタッフの制約もあって、授業実践を支える教育技術の育成には課題をのこしています。
 もとより「何を教えるのか」「どのように教えるのか」は二律背反してはならず、教師は教育内容と教育技術の研究を同時に追究しなくてはならないのです。
 授業の技術化を実現するために、具体的には指導案や授業記録に実践を記録しますが、その際に三つの要件が必要とされています。
(1)伝達可能性
 指導内容を微細に明示します。発問・指示・説明など授業のようすを具体的に記述し、事実を伝えます。
(2)再現可能性
 「どうやればいいのか」という方法だけでなく、「なぜそれでいいのか」をもあわせて提示します。
 これを読むことによって、教師は伝えられた授業の事実の意味を把握し、何に焦点化して実践すればよいのかが理解できるのです。
(3)検証可能性
 授業に対する評価をおこないます。
 授業記録は、教師の指導記録のみの記述となり、子どもたちの学習活動の経過と結果の事実の記載が弱くなります。
 その授業を成立させている条件(地域・学校の特徴や教師・学級の特性など)を明らかにするとともに、子どもたちの学習活動を正確に評価した記録を提示すべきでしょう。
 このようにすることによって、そこで使用された教育技術の適用範囲と限界を知ることができます。
 共有財産となった教育技術を活用する際の注意点は、
(1)教育技術を使う場合には、「子どもたちへの願いは何か」という問いを忘れないことです。
「何のために」使用するのかという問いをもつことです。
(2)使用される教育技術は子どもたちの学習集団の質や教師の力量によって、異なるとともに発展もするということです。
(3)教育技術を体得するには、練習が必要とされるということです。
 教師は、授業記録を読み、授業を観察するだけでなく、自らも授業を公開し、技能化の程度を客観化する努力が求められるのです。
 一般に、人間の認識活動は、分析と直観、科学的認識と形象的認識という二つの働きによって成立しています。
 したがって、教師と子ども、という、ともに個性をもった存在がぶつかり合う活動である授業実践を認識する場合にも、科学的方法(技術化)だけでなく芸術的方法(芸術化)が要求されるのです。
 計画された授業の経過のなかで、子どもたちの思いがけない反応や不測のできごとに直面して、教師が教育的に適切な臨機応変の対応をおこなう(教育的タクト)ことが常におこなわれています。
 このような教育的タクトが、芸術的方法としての「教育的鑑識眼」や「教育的批評」の対象として形象的に記述されるならば、その具体相がより明確になるでしょう。
 教育方法のあり方を示した、工学的アプローチ(教材の開発や選択に裏づけられた合理的な授業づくり)と羅生門的アプローチ(創造的な授業実践での臨機応変的な対応)は、まさしく、授業づくりにおける「技術化」と「芸術化」の問題です。
 この問題は、授業名人と評された斎藤喜博に対する二つの異なる批評として顕在化しました。
 一つは、教育技術法則化運動がおこなった。斎藤の授業技術は明示性に乏しく、教師たちの共有財産にはなりにくいというものです。
 他方、林竹二は、斎藤は授業技術にこだわりすぎて、子ども全体に質的に働きかけるという授業の本質を見失う危険がある。
 つまり「技術性」を重視する立場からは、「芸術性」のもつ不透明性が批判され、逆に「芸術性」を重視する立場からは「技術性」のもつ効率性が批判の的になりました。
 授業における「技術性」と「芸術性」を考える際に参考になるでしょう。
(田中耕治:1952年生まれ、京都大学教授を経て佛教大学教授。京都大学名誉教授。専門は教育方法学・教育評価論)

 

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偏差値45~55の生徒の特徴と偏差値45以下の生徒の特徴、このグループからの脱出法とは

1 偏差値45~55の生徒の特徴と、そのグループからの脱出法とは 
 この偏差値にいるのは大多数の受験生です。
 普通の学校にいて普通の暮らしをしていて、目立たず、特別悪いこともなく、テストもほどほどにできているグループです。
 付和雷同的で、個性や独創性、積極性もあまりみられないのです。つねに満足できぬものを持っています。
 このグループからの脱出は不可能に近いのです。
 だから私は、河合塾の入塾式で昔、この集団の生徒たちに向かって、
「今までの生き方や小中学校での訓練・暗記式の勉強の仕方や考え方では絶対ダメ」と言ってきました。
 これまでのやり方にこだわりがちなグループなので、発想の転換をして、生き方、生活の仕方、勉強法の全てを変えた時にだけ、変われるかもしれないのです。
 親も、友だち親子をやめることではないでしょうか。
 つまり、今までの生き方、勉強の仕方をあきらめること。
 一人で生きる決意をし、親も子どもを自立させる方向に推めること。特に訓練主義から抜けることです。
2 偏差値45以下の生徒の特徴と、そのグループからの脱出法とは
 十人十色のさまざまなタイプの人がいるのがこのグループです。
 これまで何も勉強らしいことをしてこなかった子が、ときどきいます。そういう子はすごく伸びることがあります。
 例えば、今まで出会ったことがないような教師や大人に接したとき、あるいは、本・社会・世界が本当に興味深く面白いと考えられたとき、その子は、ものすごく弾けて、メチャクチャ勉強するようになる。
 それから、このグループには高校中退者や非行などで学校からはじき出された子どもも多いのです。
 この子たちも3分1ぐらいは、何とかなります。
 やり方がうまく当たれば大当たりになる可能性があります。
 学校からはじき出されたのは、人間関係などが原因の場合もあり、学力の問題だけではないのです。
 その子たちは、社会に出ても大学を出ていないとろくな仕事しかなかったり、出世もできないし、バカにされるので面白くない。
 それで反抗心から大学へ行こうと思ったという生徒もけっこう多いのです。
 このタイプの生徒は、勉強の仕方については何も分かっていないし、自分で大学に行こうとしているわけですから、先生の言ったことを守る者が多いのです。
 そういう子は、スタートの偏差値が低いので、それこそ偏差値が20とか30とか伸びたりします。最高の伸びを記録するのです。
 残りの3分の2ぐらいの生徒は人間不信があり、大人の手には乗らないかもしれません。
 親や教師の言うことを聞かない生徒も多いのです。親に怒られて予備校へ来ているのです。
(牧野 剛: 1945-2016年、岐阜県生まれ、高校教師等を経て、河合塾国語科の専任人気講師(30数年間)。河合塾の数々のイベント・シンポジウムを企画し、実現してきた)

 

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楽しい魅力ある教室をつくるためには、教師であるあなたが魅力いっぱいに

「子どもたちが変わってきた」
「子どもたちがわからなくなってきた」
「低学年を担任しても、今までの経験ではどうもうまくいかない」
 といった声をききます。
 現代の子どもたちにとって、楽しい学校、魅力ある教室をつくることは、教育の大切な課題といえます。
 そのためにまず、先生であるあなた自身が、子どもたちの前で魅力いっぱいに活躍してください。
 先生がまず学級のリーダーになって楽しい教室のムードづくりを。
 教室の主人公はもちろん子どもたちですが、そのリーダーはあなた。
 むかしのガキ大将になったつもりで、子どもたちの中にとびこんでいきましょう。
 それには、まずあなたが変身を。
 子どもたちに人気の先生像は「たのしい先生」「やさしい先生」です。
 あそびは子どもの生活と学習を活発に刺激して、学習効果もあがります。
 なにより、あそび名人の先生はすてきです。
 ゲーム指導のコツとポイントは、
1 ゲームをするときは、子どもたちをよく見ること
 ゲームにとりくむときに、気をつけることは
(1) 子どもを生き生きと活動させるのが目的です。
(2) のってこない子に、「やりなさい!」と強制しないこと。
  この場合ははやめにきりあげるように。
(3) 調子の悪い子どももいるので、子どもの状態をよく見てください。
2 ゲーム指導のコツ
(1) まず指導者がたのしく
  教えるのではなく、たのしさを感染させる。
(2) 練習はおこたりなく
  やり方をよく知り、ひそかに練習を。
(3) 臨機応変に
  その場の雰囲気に応じて変化させる。
3 うまくやるポイントは
(1) 子どもたちを見回せるゆとりを持とう
  きょうはどの手でせめてやろうか?
(2) オーバーアクションをやれる演技力をつけよう
(3) はずかしがらないで
(4) さっときりあげるタイミングが肝心
(奥田靖二:元東京都公立小学校教師、子どもの文化研究所員、新しい絵の会会員、マジックの腕もプロ級)

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教師になった経緯と、子どもの科学概念がうまく形成されるツボとは、理想と考える教育のありようとは

 国際基督教大学高校で教鞭を執りながら、ガリレオ工房理事長として日本全国を飛び回り子どもに科学の楽しさを伝え、さらに理科カリキュラムを考える会の理事長としても活躍しておられる滝川洋二先生にいろいろお話を伺った。
「まずは、滝川先生が物理の世界へ進まれた経緯を知りたいのですが、少年期から青年期にかけての思い出をお聞かせ願えないでしょうか」
 小学生の頃から理科はもちろん好きではありましたけれども、そんなに実験をよくやっていたというわけではありません。
 小中学校の時は、理科が嫌いではなかったけれど特別に大きな存在ではなかった。
 僕が理系に進むと決めたのは高校の時です。
 ちょうど高校生の時、朝永振一郎さんがノーベル賞をとられて、そのとき湯川秀樹さんが新聞記事で「空間とか時間はとびとびだ」と、しかも「そういう現代の物理の考え方は、孔子や孟子の考え方と共通している」と書かれていたんです。
 高校で勉強している物理は本当の物理じゃない、本当の物理という学問は哲学的で奥が深いんだなぁと。
 それから、湯川さんが科学の平和運動をすすめていて、あー科学は平和に役立てられるんだというのが大きくて。
 僕の場合は、実験が面白いからとかじゃないんです。高校生になって、科学が人間にとってすごく意味のあるものなんだとわかって、将来理系に進む決心につながったんです。
 大学での専門は物理学でした。本当は科学史をやりたいと思っていたのですが、物理しか出来なかったので。
 でも大学へ入って勉強してみたら、大学の物理でも哲学なんて全然やってないんですよね。
「理科教師をめざそうと思われたきっかけは?」
 大学院で科学教育研究協議会(科教協)に参加するようになって、そこの先生たちはものすごく面白い実験をいっぱい持っておられたんですよ。
 本当に、その時の衝撃は大きかったです。ただ、その時は教師になろうなんて思っていなくて、ちょっと覗いてみるという感じでした。
 教育なんか全然興味がなくて、プラズマの理論のドクターに行こうと思っていて、そのための勉強もしていたんですが。教師にだけはなるまいと強く思っていました。
 ある時、物理教育の研究会の案内をみて行ってみたんですよ。そこに学習指導要領を作っている方がいたんですね。
 その方が、学習指導要領は4ヶ月くらいで作れるんですよって言うんですよ。前の指導要領から組み直して、ほらこうやれば4ヶ月くらいでできるって。びっくりしましてね。
 つまり基礎研究もなしで、ただ項目の並べ替えだけで行われているということが余りにもあきらかでした。
 そのとき、僕は質問しました。指導要領から一回なくなっていた高校の物理の大きさのある物体の回転運動についてです。
 この回転運動は高校の物理ではかなり難しくて、僕も高校ではわからなくて、大学でもなかなか難しくて苦労したのに、一度指導要領から外れたものが何でまた入ったんですか、とね。
 そしたら「いやぁ私も知らないうちに入っちゃったんですよ」と言われましてね。指導要領を作る責任者の方がですよ。
 学習指導要領というのは、国の基準として一旦決まると、大きな影響力を持ちます。ちょっとでもこれから外れたら大変な言われようをします。
 なのに、こんないいかげんな作られ方になっている。これじゃ日本の教育は良くならないと思いました。
 だいたいその頃の物理の学習指導要領を作っている人は、余生として教育をという大学の先生が中心でした。これでは駄目だ、教育を最初から本格的に研究する人が携わらなければ、と考えたんです。
 誰かが本気で教育を変える研究をしないといけない、それを僕がやるんだと、ある時思い立ってしまったのです。
「そこでまず、はじめられた事は?」
 大学院博士課程の時は、日本の中にある最高の授業を見て歩こうというのが目標でした。
 カリキュラムの基礎は、一方では自然科学があって、それをどうやって伝えるかで実験とか教材がありますね。
 それからどんなに一生懸命教えても生徒がのってこないと駄目で、のっても教師だけが教えたつもりになって生徒が全然理解していないこともあるので、子どもの認識とか理解の研究が必要ですね。
 僕のドクターコースの一番の大きなテーマは、「子どもの認識はどういうときに変えられるのか」でした。科学的な概念の形成です。
 この研究で、僕が一番影響を受けたのは、板倉聖宣さんの仮説実験授業、高橋金三郎・細谷純さんなどの「極地方式」、玉田泰太郎さんのグループです。
 玉田さんは小学校の先生なんですけれども、すごくいい授業をつくられていました。
 先生が結論を言わないのに、子どもたちがどんどん議論をしている。
 見ていると「どうしてこんな授業になるんだろう」というくらい子どもたちが発言をしている。
 本当にみんなで「こういうふうに理解するといいんじゃないか」みたいな意見が次々とでてきて深まっていく。
 大学院のときは、そういう現場の中にある最高のものを見てまわりました。
 僕の仕事はそれらを理論化することでした。どうしてそういう授業が出来るのか。その人だけしかできないのか。誰でもできるようになるのか。それを研究するのが、僕のテーマでした。
「そんな滝川先生がガリレオ工房という実験のプロ集団をつくられたわけは?」
 実際に自分でいい授業をやろうとすると、発問が良くて子どもたちがのってきても、やはり楽しい実験がないと授業としては厳しいですよね。
 僕は1979年に教師になって、ちょうど世間では高校が荒れて授業が成立しないような時期があった。
 みんなでいい授業をつくろう、いい実験が柱として必要だと話し合って、ガリレオ工房の前身である物理教育実践検討サークルをやっていました。
 そこで第一回の例会から一緒だったのが、米村傳次朗さんです。最初の米村さんは、実験開発の名人という雰囲気ではなかった。
「カリキュラムをつくりたかったのに、ガリレオ工房というのは随分遠回りに思えるのですが?」
 89年の学習指導要領で、明確に理科は縮小するということが示されました。このまま放置したら本当に理科がなくなるかもしれないという危機的状況でした。
 理系の主だった学会が「理科をこれ以上削ってはいけない」という声明をだしたのです。それで「理科離れ」ということが社会的な問題として浮上してきたのです。
 90年代に僕が考えていたのは、学校教育の中でいくら科学が大切だと叫んでもなかなか回復できない。だから、社会の中で学校教育の中での科学の大切さを訴えていこうと。
 そのためには、カリキュラムをつくるのをひとまず我慢して、科学の楽しさを社会に伝えることがまず第一だと。
 とにかく科学イベントをいっぱい引き受けた。ガリレオ工房の知名度が全国的になり、我々の科学を広める運動が全国的になれば、それはきっと学習指導要領の改訂にも結びつくんだと。
 1999年から一年間のイギリス留学を経て、現在、理科カリキュラムを考える会の活動へとつながっています。
「滝川先生が理想と考える教育のありようとは?」
 本当は国の権威とか一切なしで、いろんな先生が「あの人の授業はいいよ」という人を発掘して、その人から色々教わっていくというシステムができるといいですよね。
 今は学習指導要領通りにやらないと駄目。実験だと、他の教科書に書いてある実験をやっても駄目。
 とにかく先生の自由度が全然ないんですよ。それ、まずいじゃないですか。いろんな教科書があり、いろんな実験が載っている。それらを全部知るだけでも教師には勉強になると思うんですよ。
 自分の使う教科書に載っていない実験はやっちゃいけないなんてね、何を考えているんだろうという現状です。
 教師が見聞を広げて、新しいことにチャレンジしながら、授業の質を高めていくということが何か禁じ手みたいな雰囲気になっています。
「子どもの科学概念がうまく形成されるツボのようなものがあれば、教えて頂けませんか?」
 まずは子どもがよく理解できていないところを教師がしっかり分かっていて、子どもが自分の意見を言い、ほかの人の意見を聞く中で、「あっ間違っていた」と気がつく。
 そこへどうやってもっていくのかなんですよ。
 子どもが自分で気がつけば、これはまずいから何か修正しようとします。
 修正しようという気がないのに、これは正しいから覚えておけといくらやっても、全く子どもは受け付けない。
「どうしてそうなんだろう」とか「自分の理解は間違っていたなぁ」っていう、そこへ連れて行かないと駄目なんですね。
 日本の中には優れた研究や実践があるので、それを学ぶことがいい授業への早道ですね。
「滝川先生が理想とする授業とはどんなものでしょうか?」
 夏休み前の暑い日の金曜日の5時間目とかの授業で、生徒がもう絶対のらない日なんですよ。生徒が「先生、今日は外へ行きましょうよ」なんて言ってくる。
「駄目だ、ちょっとこの問題を考えよう」と言って、問題を出して考え始めてみると、 生徒が夢中になってああだこうだと議論をはじめる。
 実際に実験をやってみることになって、「やったぁー」なんて生徒たちが叫んでいるときに、密かに「勝った!」と思うんですよ。
 今の義務教育の理科の授業時間は640時間です。私の時代は1048時間でした。今の640時間というのはものすごく少ない。
 日本では60年代が理科の授業時間が一番多かった時期です。その時代に教員経験をされた先生方のノウハウを受け継いで次代に伝えていきたいですね。心からそう思っています。
(滝川洋二1949年岡山県生まれ、理科教育のカリキュラムの研究者。国際基督教大学高等学校物理教師、イギリスに留学、東京大学客員教授を経て東海大学教育開発研究所教授、ガリレオ工房理事長)
(KENIS株式会社「先生に聞く」)

 

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理科の学習課題方式の授業とは、どのようなものでしょうか

 玉田泰太郎らが開発した相互作用型授業は「到達目標・学習課題方式」または単に「学習課題方式」と呼ばれることがある。
 しかし,東京学芸大学の新田英雄教授は、名称は玉田の意図を十分には反映できていないように思われ「玉田方式」と呼ぶことにした。
 玉田方式は次の手順で行われる。
1 教師は課題を出す
2 生徒は自分の考えを書く
3 クラス討論
4 討論を踏まえて,練り上げた考えを書く
5 実験・観察
6 実験・観察で明らかになったことを書く
 なお,生徒が書いている間,教師は机間巡視し,生徒の考えを把握しておき,クラス討論での発言を予め把握するとともに,自主的な発言が無い場合に発言させる生徒とその順序を構想しておく。
 また,討論で出てきた考えを黒板に書き並べ,それぞれの生徒数の分布を討論前と討論後に調べる。
 玉田方式では,生徒が予想を書き込んでいる間の机間巡視で生徒の考えを把握し,生徒の自由な発言の中に計画性を潜ませ,黒板に生徒の代表的な考えを並べることによって,選択肢をつくりだす。
 その際、「重要なのは,少数意見を必ず拾い上げることである」と玉田は言う。
「選択肢を出しておいて予想させる場合もあるでしょうが,子どもたちが射程距離にある問題に今までの学習の中からどれだけ接近できるか,切りこんでいけるかという,かなり自由な予想のたて方をさせるのでも,一つ授業が成立すると思うんです」
 玉田方式のように予想や考えをノートに書かせ,それを元に意見を発表させるという手法であれば,教師に指名されれば,書いた自分の考えを読めばよいので,発言しようとしない生徒の考えをもクラス討論の中に取り入れることができる。
 教師の指名が多くなった場合の玉田方式のクラス討論は,上手に演出された劇のように感じられる。
 物理に限らず,自然科学の授業においては,自由に考えてよい,ということを生徒に確信させることが,おそらくは何よりも重要なことなのである。
 どのような相互作用型授業にせよ,議論で自由に発言できること,あるいは自分の考えを自由に書けること,これらが教師と他の生徒から,保障され,尊重されていることが,生徒が真に能動的かつ創造的な態度で自然科学に取り組めるようになる鍵ではないだろうか。
 玉田は,自然科学教育の目標を,次のように述べている。
「すべての子どもたちが初歩的であるが,現代自然科学の基礎となる事実・概念・法則を,科学の方法にしたがって,自分たちの集団の力で獲得することにより,自然にはたらきかけ,自然を科学的に認識すること」
「また,この目標を達成するためには「理科教育の内容や具体的な教材の構成について,その根本的なあり方にまでたちかえって再検討することが重要となる」
「授業が成立するかどうかは,授業技術も必要であるが,根本的には『何を、どう構成するか』の問題にかかわっている」と述べている。
 そして,教育内容を,「到達目標―具体的内容―教材構成」という階層構造で構築し,教材構成の中に,授業での学習課題が位置づけられる。
 例えば,小学校理科に設定した到達目標「物にはすべて重さがあり,保存される」の下には,「物は変形しても重さは変わらない」や「物が水に溶けて見えなくなっても重さは変わらない」などの具体的内容が置かれる。
 さらに,個々の具体的内容はいくつかの教材によって構成され,例えば「ねん土をまるめたり,ひろげたり,ちいさくちぎったりしたとき,全体の重さはどうなるか」といった学習課題が授業で提示される。
 教育内容は「学習の正しい系統性」に基づいて構築されなければならないが,その際,「内容・教材の系統性」と,「認識の順次性」の 2 つの観点から系統性を見出さねばならないと,玉田は主張する。
 これは「どういう問題を、どういう順序で」ということである。
 教材・内容の系統性は「自然科学の体系や法則の論理的構造」からある程度定まるものの,「認識の順次性」に由来する系統性は「子どもが自然科学的な事実や法則をどのようなすじ道で認識していくかを明らかに」していかないと見出せない。
 面接調査という手段も補助的には考えられるが,授業における「認識の順次性」を明らかにするためには,生徒の認識過程を実際の授業で観察し,試行錯誤を経て確立していく以外に方法はない。
 なお,どのような学習課題を立てるにせよ,次の玉田の言葉を忘れてはならない。
「子どもたちが学習課題として,主体的にとりくむ意義を認め得るものでなければならない。」
「子どもの認識をひっくりかえせるような教材をえらぶ。しかも,それを投入することによって,基本的な概念みたいなものに確信をもてるようにする」
 高校以上の物理教育においては,数式を伴った理論的,定量的な概念理解が要求される。
 したがって,授業には多様な相互作用を導入する必要があるだろうが,どのような授業法をとるにせよ,生徒の素朴概念をひっくり返し,物理の基本法則に確信をもてるようにすることが,中心課題の一つであることは間違いない。
 玉田は,教育現場における教師の実情を次のように記している。
「私たちはさまざまな困難な条件をかかえ,時間的にも追いまわされ,教材研究も十分にできないし,研究の場も限られています」
 実際、研究をまとめる時間など無いと訴える教師は多いし,その実情はよくわかる。
 ただ,玉田は次のように続けている。
「しかし,毎日の授業そのものが実践研究の場であると考えると,研究の時間と場をもっているともいえます」そして,
 「自然科学の実験のように,真否を一義的に問うことができるというわけにはいかないにしても,1 時間 1 時間の授業は,『何を、如何に』教えるかの実践研究における実験に当たると言えましょう」と述べている。
 この考えは,どのような授業法をどのようなカリキュラム構造で展開する場合においても,普遍にあてはまる筈である。
 授業は絶えず再構築されていくものであるが,新たな教育実践を,研究というスタンスで,客観的妥当性を保証しつつ発表する。
 その際には,過去の物理教育の研究成果を十分検討し,自らの研究で得られた新たな知見は何かを明快に主張する。
 このような研究を積み重ねていくことによって,建設的かつ効率的な物理教育の発展がなされるはずである。
 そのためには,初等中等教育に携わる教師と大学の研究者とが連携し,緊密に相互作用しながら研究を推進していくことが重要である。
(新田英雄:東京学芸大学教授。専門は物理教育)

 

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教師になろうとする若い人たちへのメッセージと、新聞を教材にして授業を展開する運動(NIE)の取り組みとは

 鳴門教育大学教授の阪根健二先生は、教師になって最初は中学校で技術・家庭科と社会を教えていました。
 ちょっと変わった取り合わせですが、本来の専門は電気で、大学院時代は電気(集積回路)で修士論文を書きました。
 ところが、大学院時代に、すでに教員免許を持っていたことで、近隣の中学校に非常勤講師としてアルバイトに行ったことが今の私を作ったのかも知れません。
 電気で研究者になりたいという希望があったのですが、当時は、コンビニのバイトも時給200円程度でも、学校の講師は時給1,000円以上と破格だったので、それが一番の理由で講師をOKしたように思います。
 ところが、アルバイト気分に行った中学校が猛烈に荒れていて、何名もの先生が生徒に殴られているくらいすごい学校だったのです。
 大学院での研究との掛け持ちも大変で、おまけに厳しい教育現場だったのですが、生徒と関わってみると、意外な一面を垣間見たりして、次第にバイトという気持ちから、教師という仕事の崇高さや面白さへと、徐々に意識が変わっていく自分が不思議でしたね。
 結局、香川県の教員試験を受け、おまけに通信教育で、小学校や中学校の社会科の免許を取得したわけです。
 厳しいのに、教師になりたいという気持は不思議ですね。
 教育学部の学校教育教員養成課程は、教師を目指して入学する学生がほとんどですが、入学期には何気なく教師になりたいという夢を持っています。
 それはそれでいいのですが、様々な専門的な勉強や、教育実習等の厳しい体験が、次第に強く教師への希望へと変わっていくのです。
 これは、モチベーション(内的動機付け)も大切ですが、インセンティブ(外的な意欲刺激)が、教師への道への大きな意欲付けになっているのでないかと思っているのです。
 つまり、教育現場の実際を体験する(あるいは知る)ことで、教育の意義や使命感を感じることなのでしょうね。
 何のために仕事に就くのかと学生に聞くと、経済的な意味よりも、自己実現や社会貢献を一番にあげる学生が多いのです。
 それだけ、自分がどう生きるのかという命題を考えることが教育の根本なのでしょうね。
 自分を思い返すとそういった経緯をたどっていますから、是非、今の学生に是非追体験をしてもらいたいと思っています。
 阪根先生は、香川県内の中学教師や教育委員会指導主事を務め、新聞を教材にして授業を展開する運動(NIE)に取り組んできました。
 NIEにかかわったきっかけは、子どもたちは、社会の情勢に無関心。
 教師も含め、さまざまな問題を敏感に感じる力を持たなければならないと考えたからです。
 約30年前の中学教師当時、学校は荒れていた。そんな中でも子どもたちは必ず成長していく。
 そこで教師は何をすればいいか。単にその場だけを収めるのでなく、将来のことを語っていく事が大事。
 阪根先生は新聞の「人の欄」など、努力した人やがんばっている人の記事を使ったり、事件が起きると、なぜ起きたのか子どもと一緒に考えたりもした。
 それによって子どもたちは変わります。広い視野を持つんです。
 大切なことは、社会情勢を知るだけでなく、そこには、必ず人の生き方が見えます。
 つまり「記事の向こうに人がいる」ということ。
 ある種、他を感じることができるようになるんです。
「新聞を丸ごと使う」ことが大切です。
 新聞を開くと、昨日起きたこと、これまで起きたこと、これからのことなどすべてが詰まっている。
 俯瞰(ふかん)的に広く見る力がつきます。これは現代を生きる人にとって大切な力です。
 教師になろうという若い人たちへのメッセージは?
 子どもたちを育てることは、本当に崇高で使命に燃える仕事だと思います。
 何年も教師をしていると、子どもが嫌いになることもあります。
 それでも教師をやって良かったなと思うのは、子どもの成長があるから。
 子どもというのは本当に真剣にかかわったら必ず変ります。
 成長していく姿を見ながら、ともに歩んでいけるのです。そんな仕事は他にはないですから。教師という仕事は素敵ですよ。
 教師の不祥事が多いですが?
 もともと阪根先生の専門は学校危機管理。教師の不祥事が多いのは、広く見る力、社会と自分とのかかわりを見つめる力が弱くなっているから。
 自分は今教師として何のために仕事をしているかをしっかりと考えないといけません。
 そのためにも視野を広げることが一番。
 読み返してじっくり考えることができる新聞は非常に有効です。
 阪根先生はいつも笑顔を絶やされませんね?
 子どもが好きだけでは教師は務まらない。多くの困難が待ち受けていますから。
 しかし、教師が笑顔を忘れた時、子どもと離れてしまう。
 笑顔は、子どもたちのことを何でも受け止めようという思いと決意。それがプロの教師なのです。
(阪根健二:1954年神戸市に生まれ、香川県公立中学校教師、香川県教育委員会指導主事、香川県公立中学校教頭、香川大学助教授等を経て鳴門教育大学教授。研究分野は学校危機管理、防災教育、NIE(新聞活用教育)、メディア対応、生徒指導中心とした教職実践、家庭教育・家庭学習等)

 

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子どもにとって学びあいがあり、教師にとって教えがいのある授業とは

 左巻健男先生の小中学生の頃は友だちもいない、人間関係がへた、勉強はしない、野性的に過ごしていた。
 授業中、ノートの余白にマンガをかいていた。しかし理科は好きであった。
 高校に入学したが、自分の実力よりレベルの高い高校に入ったため、落ちこぼれた。
 高校1年の1年間で背が20cm伸びて、180cmになった。
 人間関係がへたでも、できる仕事は何であるかと考えた。
 将来は科学者になろうと高校2年生のとき一年間集中して勉強し、中学校からの復習と高3の内容を独学した。
 高校3年生の一学期の中間テストの時期に、クラスの生徒に数学の解き方のコツをプリントして伝えた。
 すると「左巻の作ったプリントわかりやすいぞ」という友だちの声があった。
 自分の学んだことがみんなのためになり、そのことが自分の喜びになった。
 担任の先生が「このクラスに自分の力を出してくれた生徒がいる。それがうれしい」と言われた。
 それで、千葉大学教育学部に入学し、教師になろうと思った。
 教師になって「これはおもしろい」と思うような授業を考えた。たとえば、
 カルメ焼き、ドラム缶を大気圧でつぶす、ポリ袋の熱気球、液体窒素の実験などである。
 教師になって最初の授業は大事。
 授業の展開を頭の中でシミュレーションしていた。
「未知への探求」という言葉に表されるような授業というのは、教師でさえも、いったいどうなるんだろうなというワクワク感がなければいけない。
 若さと意欲は生徒に伝わる。一つの授業を毎回変えた。
 一つの単元でいくつかの方式、たとえぱ、コミュニケーションを取り入れた理科教授法の「仮説実験授業」と「極地方式」などを行った。
 同じようなことをしていたら自分はだめになる。理科教師の10か条の10番目は、
「自己満足とマンネリを常に自戒し、何か新しいことにいつもチャレンジすることができる」である。年を取ってもこうあり続けたい。
 12日間かけて東海道を歩いた。これも「未知の探求」。
 本を書くのも「未知の探求」。
 新しいものを取り入れると授業の展開が変わってくる。たとえば、
 新任教師の頃、5万円で買った青銅鏡を見せた。
 江戸時代には鏡みがきの職人がいたんだよという話をする。
「今の鏡はどうなっているのかな」今の鏡を調べさせる。
 学んだことが生活に結びついてくる。
 電気を通す金属かを調べてみる。金属元素は元素全体の8割。金属の実物を見せる授業。
 熱膨張の授業で、
「五円玉を熱すると、五円玉の穴は大きくなるか、小さくなるか、変わらないか」
 問う。
 どの答えが多数派となるか(状況判断)。自分はどう思うか。
 自分の考えに自信があるか(自信度)。
 どういう点に自信がないかを聞く。
 球を熱すると膨張する、10円玉も熱すると膨張する。
 五円玉も同じ事なんだと認識できることが大事。
 答えは大きくなる。
 自然界というのは原子と真空から成り立っている。温度があがると原子が激しく運動する。なわばりが大きくなる。
 授業とは、
「学びは共同体学習、集団でするものである」
「教師の責任はいい授業をすることではなく、子ども全員に学びを保障すること」
「やわらかい口調で子どもたちに語りかければいいんだよ」
「一時間が終わったら『おもしろかった』といえるような授業にしたい」
「教師にとってやりがいがあり、子どもにとって学びがいがある授業は、少しでもチャレンジする授業である」
「小出しせずに最初にぶつける」
「その場でおもしろい内容を。学び終わったら、高度な疑問がわいてくるような授業」
「授業の評価は、教えたことがわかっただけでなく、疑問を湧き起こしたかどうかが大事」
(左巻健男:1949年栃木県生まれ、埼玉県大宮市立中学校教師、東京大学附属中・高等学校教師、京都工芸繊維大学教授、同志社女子大学教授。法政大学教授を歴任した。専門分野は理科教育、科学・技術教育、環境教育)

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子どもたちは「勉強は役に立つ」と分かれば、勉強を好きと感じ、子どもたちは自ら勉強するようになる

 授業が楽しければクラスは荒れません。
 増田修治先生は「先生の授業が分からない」という理由が一因となって、学級崩壊するケースもあると指摘。
 授業の構成というのは、本当に難しいものです。たとえ部分的に面白くても、全体として何が導き出せるのか、という全体構成力がないとダメ。
 そうじゃないと本当の意味で授業は面白くはなりません。
 なにより、子どもたち自身が勉強を「面白い」と感じるためには、勉強が自分の役に立っているという実感を子どもたちに持たせることが必要だと増田先生は言います。
「勉強は自分の役に立つ」と分かれば、子どもは勉強を「好き」と感じられると思います。
 学ぶことが楽しくなる仕組みを作ってあげることが大切と増田先生は言います。
 たとえば、1年生で植物の種を植える授業では、増田先生はこんなユニークな試みをしました。
 ヒマワリの種を土に植えますよね。子どもたちに「どうなると思う?」と聞くと、子どもたちは「大きくなる」「増える」などと答えます。
「じゃあ…」と増田先生は言います。
「先生はお金を増やしたいから、100円玉を植えるね」と、
 子どもたちは毎朝、どうなるのか気になって、100円玉を植えたところに集まってきます。
 本物の種からは芽が出てきました。でも、当然のことながら、水をあげても、肥料をあげても、お金から芽は出ません。
「なぜ出ないんだろう」と増田先生が聞くと、子どもたちは「お金を植えて増えるなら、みんなお金持ちになっちゃう」「種とお金は違うんだよ」などと言い出します。
 ある子どもが「きっと種には秘密があるんだよ」と言いました。
「どんな秘密?」と聞くと、「種の中に、芽が出る秘密があるはず」と言ったから、芽が少し出ている種をナイフで切ってみました。
 観察して「この白い部分が芽の力になるものなのかなあ」「よく出来てるね~」などと話し合います。
 そこで、「じゃあ、種だけあればいいのかな? それだったら水栽培をしてみよう」と問題提起します。
 やってみても、水栽培では、ある程度のところまでしか育たない。
 すると子どもたちは「土にも秘密があるんじゃない?」「種の中のものを使い切っちゃって、土からもらうんだよ」と言い出します。
 みんなで話し合うことで、様々な可能性に気づいていきます。
 自分たちで考えながら、だんだん分かってくるから「勉強って面白い」となります。
「自分たちで考えさせて、一段一段登らせることが大切」と増田先生。
 ただ、膨大なカリキュラムをこなすためには、それぞれのテーマにそれほどの時間を割けないのではないでしょうか。
 小学校で教えなくてはいけない内容は、本当にたくさんあって、時間が足りないのは事実です。
 増田先生の場合は、軽重をつけていました。全部同じに扱っても子どもに力はつきません。
 特に子どもの「興味が強く、広がりのあるテーマ」はしっかり取り組みました。
 例えば、3年生で習う「磁石」も、その一つ。みんながよく遊んでいる、砂場での砂鉄集めから考えます。
 親が言葉がけを工夫すれば、知的好奇心を育てることは可能です。
 教師にはセンスも必要です。センスが良ければ3年目ぐらいで10年目の先生の力を追い抜くこともあります。しかもセンスは磨き続けないといけません。
 自分の持ち味を生かしてセンスを磨くのはなかなか大変ですけれどもね。
 授業の質はとても重要ですが、家庭でも親が言葉がけを工夫することによって、子どもの知的好奇心を育てることはできます。
 学校で習ってきたことについて「どうだった?」と聞いて、授業についての会話を引き出してください。
 子どもの説明が拙いものであったとしても、親が一生懸命聞き「へー、すごいね、そんなの知らなかったな、また一つ賢くなったね」と褒めてあげれば、子どもは「明日も授業をまた一生懸命聞いて、賢くなろう!」と思えるようになると思います。
(増田修治:1958年生まれ、28年間の小学校教師を経て白梅学園大学教授。NHK「あさイチ」に出演するほか、ニュース番組のコメンテーターとしても活躍)

 

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小学校教師時代に,東の斎藤喜博,西の堰八正隆と称された堰八正隆とは

 堰八正隆の小学校教師時代は,東の島小(斎藤喜博),西の用瀬(もちがせ)小(堰八正隆)とならび称された実践家です。
 堰八先生は授業の大切さを認識していた点では斎藤喜博や向山洋一と変わらない。
 異なる点は、堰八先生の視点が徹頭徹尾子どもとの関係づくりに向けられていることと、子どもを育てる視点が明確に意識された指導がなされていたことである。
 堰八先生の講演で心に残ったキーワードを次に示します。
 地位と名誉を考えたら教育者はだめ。
 子どもは親しい人がいい。いろんなものを教わる。
 教材は子ども同士が心を開くためのもの。
 教育力の不足は誠心誠意の問題。
 スキだっていうとき、子どもの脳は一番が働く。
 一人をほめることで全員を認める。
 子どもから学び取る。
 教材研究を目一杯する。やればやるほど、面白くなくなる。
 子どもに任せると柔らかくなる。
 自分でやってできないことは聞く。
 創造性が大事。自分のアイディアが大事。
 子どもを変化させていく。解体する。破壊じゃない。刺激を与える。ルートを造っていく。ヒントを与える。
 集団が変わるとすぐ個人は変わる。みんな同じ。
 子どもを引っぱりつけるオーラをもつ。
 教材研究は食べ物と同じ。食欲が大事。
 教材もこれぐらいだったら食べられるぐらいの量でないといけない。
 根気強くいけば必ず通じる。
 勝負は3つ:頭、胸、肚。3つがあることを気合いという。それがオーラ。
 子どもに学校に来てよかったと思わせたい。
 堰八正隆先生の授業を拝見して、講演を聞かせていただいたのですが、とにかくすごかった。
 堰八先生、退職されて何年もたつのに、すごいハリとツヤ気迫は半端ない。
 子どもが育たない言葉遣いのkeywordは「ネチネチ・ガミガミ・クヨクヨ・グズグズ」だそうです。
 この言葉を使うと、子どもは「イライラ・オドオド・クヨクヨ・グズグズ」になるそうです。
 大切なのは、3つの氣「陽気・元気・根気」だそうです。
 子どもに指導してもらう。
 学級崩壊の前に学習崩壊。
 学習崩壊のクラスこそおもしろい!
 人間は皆おもしろい!!おもしろくてたまりません。
 子どもは、「迫力のある教師」が好き。
 子どもに無駄な話をしてやることが大事。無駄こそ大切。
 まず新鮮さ「前の先生とは違うぞ!?」
 教師に必要なのは「新鮮さ・活力・明るさ」
 子どもといろいろなことをしてふざける。
「やさしさ」の基盤の上に子どもをのせ、「厳しさ」で挟み込む「サンドイッチ法」
 感受性で子どもをみたら、全ての子どもを救うことができる。
 左脳(厳しさ)⇔右脳(やさしさ)
 教師は、子どもに学力をつけることはできない。学力をつけられる環境をつくるのが教師の仕事。
 学級に個性が出てよい。〈個性が出ないほうがおかしい。気持ちが悪い)
 子どもが本性を丸出しにする授業をしよう。
 環境によって人は変わってしまう。
 小学生は心を掃除力で磨くのは難しい。
 生活指導は全て、授業で行う。授業で良心を育てる。
 教師も「できない!」「わからない!」「恥をかいた!」経験をするべき。子どもの気持ちがわかる。
 脳は刺激を与えないと止まる。
 一番大切なのは「この先生と一緒におったら私は絶対に良くなる。」と子どもに感じさせる。
「思い込む」と人間はそうなる。「そうなるんだ!!」と思い続ければ、ひとりでになる。
 言葉を目に入れる。近づいていき、相手の目の中に言葉を注入していく感じ。口先言葉を使うな!
「目」を使えば使うほど、子どもは、その教師の言動行動が真実だと感じる。
 どうすれば、子どもの瞳は輝くのか!答えは「お喋り!」
 まずは、子どもの心を掃除。おなかにたまっているものを全部出し切らせる。
 子どものエネルギーを発散させる。一息ついて落ち着いたところに「これはね・・・」と指導開始する。
 まず身辺の掃除、それこそ手始め。
 先生は「勉強をしなさい」といわない。
 嫌いな人に近づくと好きになる。自分を実験材料にしつつ、自分を改革していく。
「技法」にとらわれない。「信念」は自分でもとう。
 気配り(レーダー)と心配り〈心配)を育てよう。
 文章を読む力があれば、別の教科でも何でもできる。
 教師がぼけて、子どもに突っ込ませる。
 板書は一年かけて「字はここまで丁寧に書くんだ!」というをハートを伝える。
 教材は天から与えられた配ぜん。
 授業が全て。子どもとどこで繋がるか、子どもの生活指導をどこでするか、それは  授業で。
 授業で必要なのは、「人間力・知識・技能・徳・情操・コメント力」
 第一印象はとても大事。
 教師はとにかく動き、身体を動かすことです。20代は、とにかく走り回っていました。仕事を探し、動き回り、とまらない自分をつくりましょう。動くことで脳が活性化するのです。
 子ども同士の話し合いのコツは、子どもが本当に「話し合いたい」という問題意識をもっていないと、話し合いはできない。子ども一人一人がみんなの前で自分の気持ちを言う練習は大切です。
 先生方、成功してはいけない。失敗を重ねましょう。満足は自己弁護にしかなりません。悪いものは悪い!といえる心を持ち続けましょう。
 困ったり迷ったりしたら、前へでよう。決意の心をもつのです。子どもを改造してはいけません。自分を改造するのです。
 講演会に参加して堰八先生の魅力と迫力に、ただただ圧倒されました。
 お話中、ずっと笑顔で楽しませていただきました。お話を聴きながら、気付いたら堰八先生のことを大好きになってしまいました。
 いつまでもお話をきいていたいような気分になりました。
 講座が終了したとき、堰八先生が私のほうへ近づいてきて、すっと私の肩をたたいてこう声をかけてくださったのです。「君は、いいよ。うん!いい」もう涙がでそうなくらい。嬉しくなりました。
 こうやって子どもたちともつながっていくのだろうな。とも思いました。
(堰八正隆:鳥取県公立小学校教師。定年退職後は関西地方や、岡山県北部で授業づくりや、生徒指導に尽力されました。阪神間,岡山などを中心に教育アドバイザーとして活躍。子ども,保護者,教師の教育相談は,年間1000件を越え,模擬授業・講師など精力的に活動。2016年88歳で亡くなられた)

 

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人生を変える勉強をしよう

 学びは、人生最高の楽しみ。勉強が本分の10代はもとより、大人だって学習をもっと生活に取り入れたいもの。 著作「よのなか」シリーズでも知られる藤原和博さんに、学びの極意を聞いてみよう。
 みなさんは気づいているでしょうか。日本では1997年に、はっきりと時代の変わり目がやってきました。
 97年以前の日本は、20世紀型の成長社会。キーワードを挙げるなら「みんな一緒」。
 何事にも、あらかじめ用意された正しい解答があると考えられていて、その正解へ真っ先に行き着くことがよしとされました。
 仕事の現場では、物事を早くきちんと、真面目な態度でこなす能力が求められました。
 生活面では、あらかじめ提示されたものを消費するのが奨励されます。
 建売住宅を購入し、勧められるがまま保険に入り、流行のレジャーにいっせいに飛びつくといったことです。
 子どもの学習も、情報を早くきちんと処理する手段を身に付けることが目的でした。
 ところが、98年以降はあきらかに時代が変わります。
 成熟社会を迎え、価値観が「それぞれ一人ひとり」へとシフトしました。
 もう決まった正解はどこにもありません。
 あるのはただ、自分自身の頭で考え導き出した、それぞれの納得解だけ。
 仕事でも生活でも、単に入ってきたものを右から左へ受け流すのではなく、情報をみずから編集する力が求められます。
 学びのかたちも、ただ知識を詰め込むだけでは意味がありません。
 これからは頭の柔らかさや、いろんな角度から物事を見る複眼的な思考、知識を応用して実地に活かす能力などが求められ、それらを得るためのトレーニングが必要となってきたのです。
 いまやすっかり、インターネット全盛の社会ですよね。そんな時代に人は、否応なく大きく2つのタイプに分かれてしまいます。
 情報を生み出す側の人と、情報をひたすら消費する側の人です。
 情報を消費するだけでも時間はいくらでもつぶせますが、それだけではいつか、むなしく感じるときがやってくるのでは? 
 自分の存在感を増していったり、生きていることを実感するには、情報を生み出す側に回らないといけません。
 そのためにはどうするか。自分にしかできないことを見つけ、それを他の人にもわかるようなかたちにして、だれかに届けるためうまく発信していく必要がある。
 そういうことができるような学びを、積み上げていかなければいけませんね。
 ここでいう勉強とは、国語・算数・理科・社会・英語といった教科ではありません。
 それらは、20世紀に有効だった学習の型。
 情報編集力が求められる21世紀成熟社会には、通用しづらくなっています。
 新しい情報活用能力、すなわちリテラシーがいまこそ求められているのです。
 どんなものかといえば、
 ・シミュレーション能力
 ・コミュニケーション能力
 ・ロジカルシンキング能力
 ・ロールプレイング能力
 ・プレゼンテーション能力
 この5つのリテラシーです。
 いまは正解がない時代なのだから、何かをするときは常に、自分で仮説を立てていかなければいけません。
 仮説を構築する力が、シミュレーション能力です。
 よりよい解を求めるには、多くの人の知恵を持ち寄ったほうがいい。
 そのアレンジをするための力が、コミュニケーション能力です。
 情報が氾濫する時代だからこそ、物事を疑い検証する態度も重要です。
 正しく疑う力、それがロジカルシンキング能力。
 別の角度から状況を眺める冷静さも大事ですね。そうした目を保てるのが、ロールプレイング能力。
 自分の能力を最大限にアピールするためのプレゼンテーション能力も含めて、これらがいまと今後の社会を生きていくために、必須の力となっているのです。
 これから学校で勉強をする人たちは、そのあたりを意識して学びに向かうべき。
 では、すでに20世紀型の学習を経てきた大人はどうすればいいか。
 まずは、自覚することです。
 自分が情報処理力重視の「正解主義」学習をしてきたことに。
 そうして改めて、情報編集力を磨くための「修正主義」学習を、折に触れ心がけていきましょう。
 常に頭を柔らかくしておく、それがポイントになってきますよ。
 人はなぜ学ぶのか。幸せに生きるためですね。
 20世紀までは、幸せのかたちというものがたしかにありました。
 いい成績をとっていい会社に入り、子をもうけて孫の顔を見て……。
 でも、そんな定型は崩れました。会社も国も、何も保証してくれません。
 一人ひとりが、それぞれの幸福論を編集しないと、幸せを見つけられなくなっているのです。
 自由度は格段に上がったけれど、自由ってじつは、使いこなすのがたいへんなもの。
 自分の頭でしっかり考えないと、自由を持て余し、幸せは遠ざかってしまう。
 幸福を得るための手段として、自身の情報編集力を磨かないといけない。
 その営みこそが、いまの時代の本当の「学び」なのですよ。
(藤原和博:1955年東京生まれ、教育改革実践家、東京都杉並区立和田中学校・元校長。株式会社リクルート東京営業統括部長などを歴任後、同社フェローとなる。2003年より5年間民間人校長を務め『文部科学大臣賞』などを受賞、進学塾と連携した夜間塾「夜スペ」も話題に)

 

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学級内でいじめが発覚したとき、担任はどう対処すればよいか

 いじめが発覚したら、担任はすぐに生徒指導と学年主任に報告します。
 学年主任・担任・教育相談担当・養護教諭・スクールカウンセラー等のチーム体制で対応を取ります。
 学級全体の指導は学年主任と相談しなから実施します。
 いじめが発覚すると、いじめられた親は怒りとわが子を不憫に思う気持ちで学校を責めます。
 いじめ被害者の安全をはかることを最優先にします。同時に実態の解明をすすめます。
 いじめ指導の鉄則は「被害者支援を最優先する」ことです。
「絶対に守る」との強い姿勢と「つらい気持ちを受け止める」温かい心が何よりも大切です。傷ついた心を癒すのは担任の真剣なかかわりです。
 いじめ被害者の安全確保は、直接の声かけ・メール・手紙・電話などを活用する。
 休み時間のパトロール・登下校の見守り・同級生による言葉かけ・メール等に書き込まれた誹謗や中傷の削除を行うようにします。
 このような学校の取り組みを、いじめられている子どもの保護者に適宜伝えていきます。
 また、保護者との連絡を緊密に行い、連携して守ることが大切です。
 いじめ被害者の生徒が帰宅したら、電話でその日の様子を尋ねたり、休み時間に教師がパトロールするなど「目に見える具体的な対応」を行う必要があります。
 保護者との緊密な連携や校内での組織的取り組みを通して、早期解決をめざす必要があります。
 いじめの実体解明は、
(1)いじめの型(遊びふざけ型・攻撃型・犯罪型)
(2)被害の状況(時・場所・頻度)
(3)いじめ加害者(メンバー・構造)
(4)学級内の様子(同調者・強要)
 等です。
 いじめの構造(被害者と加害グループとの関係、周囲の子どもの様子等)が把握できたら、その中のキーパーソン(問題解決に重要な役割を果たすと考えられる子ども)と面接します。
 いじめの非に気づかせようと、いきなり叱責したのでは元も子もありません。穏やかな口調で、いじめに苦しむ子のことを告げ、いじめの原因について聞き出します。
 キーパーソンとの関係が培われたら、いじめグループのグループ面接を行います。
 いじめ加害者が判明すれば、加害者にいじめられた子どものつらい気持ちを理解させ、逆の立場になればどう感じるかを問い、いま何ができるかを考えさせ、心より謝罪するよう指導を行います。
 その加害者の子どもの保護者との連携を同時にすすめます。責任のみを追及するのではなく、保護者の悩みを共有する姿勢で接すると解決の力になるでしょう。
 ロール・レタリング(加害者が被害者の立場になって、自分自身に手紙を書き出して、届けられてからその手紙を読むことによって、自分自身を客観的に眺めようという技法である)等の手法を取り入れたりすると効果的です。
 最終的には被害者を交えた話し合いをもつことになりますが、タイミングはベテランの教師に相談するとよいでしょう。
 いじめで学校が責任を問われるのは、子どもの心身の安全を守る「安全保持義務」の違反が大半を占めます。
 その他に「いじめの本質の解明義務」「結果の予見義務」「問題の防止義務」「保護者への報告義務」「保護者との連携義務」等の違反を問われることがあります。
(嶋﨑政男:東京都公立中学校教師、東京都立教育研究所指導主事、公立中学校長等を経て神田外語大学客員教授。日本教育相談学会事務局長、上級教育カウンセラー)

 

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子どもの指導は、注意をするだけでなく、いろいろな指導のバリエーションがある

 会沢信彦文教大学教授が好きな家本芳郎(元中学教師。長年にわたり全国生活指導研究協議会等の活動に参加した。1930-2006年)先生という方がおられました。
 現役を引退されても生徒指導などの評論活動をしておられました。
 家本先生がよく「“注意”に注意」なんてことをおっしゃいました。
「“注意”に注意」とは、生徒指導といえば日本ではほとんどが注意だというのです。
 例えば生徒指導の先生が職員室の朝の打ち合わせのときに、
「○○という問題が発生しました。先生方、よろしくご指導ください」
 とこう言うわけですが、「よろしくご指導ください」の指導はほとんどが注意だというのですね。
 日本の学校教育は、注意以外の指導方法というものを開発してこなかったのだと、こんなふうにおっしゃるわけです。
 しかし、今は子どもたちが変わってきています。
 昔の子どもは、注意で指導になったのが、今の子どもたちは、注意だけでは動かなくなってきている。
 そこで、いろいろな指導のバリエーションを考える必要があるということを家本先生はおっしゃっているわけです。
 具体的に言いますと、家本先生は、指導にはこれだけのバリエーションがありますよとおっしゃっておられます。それは、
「説得する」
「共感する」
「教示する」
「指示する」
「助言する」
「模範を示す」
「励ます」
「ほめる」
「挑発する」
「ずらす(ユーモア)」
 挑発するなんていうのはおもしろいな、と思うのですが、指導というのはいろんなバリエーションがあるということです。
 家本先生のおっしゃる中でしばしば出てくるのが、ちょっと「ずらす」という発想です。
 あるいは、ユーモアの活用と言ってもいいと思うのですが、やはりユーモアというものはコミュニケーションにとって非常に大切なものかなと思います。
 1つだけご紹介しますと、家本先生が非常に印象に残っておられる出来事のようなのですが、少し読ませていただきます。
 小学校5年生の時、朝礼での校長の話である。
 当時、落書きをする子どもたちが出てきて、学校の便所や校舎の壁や、塀に男女の性器や性交図を描きまくっていた。
 その落書きをやめろという趣旨の注意だった。
 校長先生は何と言ったかというと、
「この頃、学校のあちらこちらで落書きが書かれている」
「特に大砲やら、お日様みたいな落書きが多いが、大砲やお日様の絵は画用紙に書きなさい」と言ったそうです。
 非常にうまいなと思ったのは、そのものずばりではなく、大砲やお日様という比喩を使っているわけです。
 そしてもう1つは「禁止をしていない」ということです。
 別なものに書きなさいと言っているわけです。
 家本先生によれば、これで一発で落書きは止んだそうです。
 生徒指導ではもちろん直球で勝負しなくてはいけない時もあるわけですが、この「ずらす」という技法は、なにもいつもいつもストレートでなくても、時には変化球を使ったっていいではないか、という発想ではないかと思います。
(会沢信彦:1965年茨城県生まれ、文教大学教授。専門は教育相談・生徒指導。特に、学校現場をはじめとするさまざまな対人援助場面における援助的コミュニケーションのあり方に関心を持っている)

 

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どうすれば理科好きの子どもを育てることができるのか、その手立てとは

 ある調査によると、小学校の教師の62%が理科は苦手だということです。
 たとえば、理科の授業で実験はしない。実物も見せない。教科書を読んで学習は終わり。
 というように実験の準備や栽培など、いろいろなことが面倒だというわけです。
 これでは、子どもに理科の感動を伝えることはできません。
 実は、大前暁政先生も大学を出たての新卒のころは、理科の授業のやり方がわからず、途方に暮れていた経験があります。
 新卒の時代は、とにかくがむしゃらに理科の実践を続けました。
 授業のやり方もわからず、ネタももっていないので、同僚に教わったり、先輩の教師にネタを聞きに行ったりして、勉強を続けました。
 そして、子どもが熱中した実践を記録に残していきました。
 そして、1年後、学級で「どの教科が一番好きか」をアンケートしたところ、理科が第一位になりました。
 子どもたちが熱中した事実だけを追い、実践を続けてきた成果が出たのでした。
 理科は、感動を生むことのできる教科です。実物に触れることで感動し、実験から新しいことがわかって感動できます。
 理科好きの子どもを育てるための、教師の手だては、おもしろいネタを準備し、授業のやり方を工夫していると、子どもたちが理科を好きになります。
 最先端の科学を紹介するだけで、子どもたちは理科に興味を持つようになる。たとえば、
「大昔、地球がまるごと全部凍っていたのではないかという仮説があるのです」などと言うと、どんな子でも興味津々で耳を傾けてくれる。
 理科のおもしろさは、ちょっとしたことでも感じることができる。
 野草の名前は、においや形などの特徴を示していることがある。
 キュウリグサは、葉をすりつぶすとキュウリのにおいがする。
 春の野草のホトケノザは「葉の形が、仏様が座っているところに似ているというので『仏の座』という名前がつきました」と言って、子どもたちが気付かないようなところを、教師が気づかせてやると、子どもたちはとても喜びます。
「そうだったのか、先生!」と、子どもたちは感動して喜びます。たとえば、
「密閉したビンの中で、ろうそくを燃やした。ろうそくの火が消えた後、ビンの中に酸素はあるか?」と問うと、子どもたちの意見は分かれる。
 空気中の酸素濃度が少し減っただけで、ろうそくの火が消えるという事実に子どもは驚く。
 あっと驚く事実を示すためには、子どもたちが常識と思っていることと逆のことを授業化すればよい。
 自分で実験をして確かめたり、友だちと討論をしたりしながら、結論を考え出していくことが楽しい、と思えるようになればすばらしいことである。
 基礎学力を身につける指導も大切である。
 ノート指導や、実験までの準備の指導など、教師が教えなくてはならないと思う。
 文章や図・表、観察物や実験などから、気づいたことをいろいろな面からださせる指導や、結果から結論を導く方法、討論の方法など、教師は指導のやり方を知る必要がある。
 私は新卒のころ、理科の授業のやり方がわからず、途方にくれていた。
 授業のネタももっていなかった私は、同僚に教わったり、先輩の教師のネタを聞きに行ったりして、勉強を続けた。
 そして、子どもが熱中した実践を記録に残していった。子どもが熱中した事実だけを追い、実践を続けた結果、一番好きな教科のアンケートで理科が第一位になった。
 理科好きの子どもを育てる教師の手立ては、
(1)おもしろいネタを準備する。
(2)授業のやり方に重点をおく。
 の二つである。
 おもしろいネタを準備し、授業のやり方を工夫していると、子どもたちは理科好きになります。
(大前暁政:1977年岡山県生まれ、岡山市立小学校教師を経て京都文教大学准教授。理科の授業研究が認められ「ソニー科学教育プログラム」入賞。日本初等理科教育研究会会員。日本教育実践方法学会所属。「どの子も可能性をもっており,その可能性を引き出し伸ばすことが教師の仕事」ととらえ,現場と連携し新しい教育を生み出す研究を行っている)

 

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教師や親は笑いを浮かべ、子どもたちのよき語り手になってください 

 教育とは、語ることです。
 教師や親が語ることで、人生がこの世でもっとも面白いことになります。
 人生には苦労がともないますが、楽観的に、希望と喜びをもって生きなくてはなりません。
 そして教師と親は、よき語り手となって人生のワルツを踊ってほしいのです。
 親は自分のことを語って子どもに教えてください。
 世の中は犯罪、災害などの報道を目にしない日はありません。
 いつの間にか、生きるのは不安で辛いものだと思うようになります。
 もっと穏やかに生きていきたいものです。
 そのために、自分たちの愚かな行いや恐怖などを笑いとばす方法を学んでください。
 教師は、笑いと涙を交えて自分の経験を語ってください。
 語るときには、授業のときとは違う口調で、声に抑揚をつけ、訴えるように語ってください。
 論理的な情報を伝えるときとは違った身振り手振りをつけることも大事です。
 高学歴の親や教師はたいてい融通がきかず、几帳面すぎて、頑固な場合が多いのです。
 では、そういう人は語り手になれないのか、といえば、私はそうは思いません。
 どんな堅物であっても、人の内部には、息抜きをし、遊び、リラックスしたがっている道化師がいます。
 その道化師を表舞台に呼び出してください。子どもたちをびっくりさせるのです。
 子どもたちは真面目な、それでいて楽しい教育を求めています。笑いを浮かべ、子どもを抱きしめ、語ってください。
 語ることは思考力を促し、分析力を刺激します。
 子どもたちが口答えをしたときには、考えさせるようにすればよいのです。
 子どもの内面からの声には、語ることによって穏やかに応じてください。
 若者たちは叱責や命令を忘れることはあっても、あなたの話を忘れることはないでしょう。
(アウグスト・クリ:1958年生まれ、精神科医。ブラジルで多くの子どもや親に触れてきた。教育者などの人材育成を行う知的アカデミーの創設者。ブラジルのベストセラー作家)

 

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モンスターペアレントが病的であるか見極め、個人で対応せず、相手のペースに乗らないことが非常に重要

 モンスターペアレントは2種類ある。「うちの子さえ良ければ」という保護者と、もう一種類は「病的」なモンスターペアレントである。
 苦情を言ってきている相手が、病的であるか否かによってその対応は違ってくる。
 だから言っている苦情の内容やパターンをきちんと見極めなくてはならない。
 病的かどうかは次のチェックリストを参考にしてほしい。
 苦情に、チェックリストのような特徴が見られれば、その親は病的である可能性がある。
 ゆるしを請わなければならない理由がない場合は、絶対謝ってはならない。
 謝罪し、誠意を持って対応することが逆に苦情をエスカレートする可能性があるので、通常の保護者への対応とは分けて考えなくてはならない。
 病的なモンスターペアレントであると考えられる、その見極めポイントは、
・何が苦情の原因になったのか全くわからない。
・教師に対する感情・評価が突然かわる。
・要求がすぐ苦情に転化し、エスカレートしていく。
・苦情先も教育委員会、議員など複数になる。
・「訴える」「マスコミに言う」「弁護士と相談している」「議員は力になってくれる」とまことしやかに言う。
・「治療費を払え」から、慰謝料、損害賠償とエスカレートしていく。
・一日少なくとも5回以上、相手を変えて何度も電話してくる。
・明らかな脅し。
・相手によって、内容を少しずつ変え、教師間に不信が募るように操作する。
・苦情のないようを、あたかも事実であるようにつくり変えてゆく。
・苦情が教師個人の誹謗中傷に転化しエスカレートしてゆく。内容は事実無根である。
・自分は絶対正しいと自信と確信に満ちている。事実無根の誹謗中傷であっても証拠を持っていると言う。
・嘘、つくり話を理由に苦情を申し立てる。
・苦情の内容が妄想的である。
 などである。
 モンスターペアレントは個人で対応せず、相手のペースに乗らないことが非常に重要である。
 モンスターペアレントは絶対に個人で対応してはならない。
 相手のペースに巻き込まれ、精神的に追いつめられるからである。
 学校の組織として対応しなくてはならない。
 だから、教師個人がクレームを言われたり、無理難題の要求を保護者から出されたら、躊躇せず、速やかに校長や教頭、学年主任に知ってもらう必要がある。
 楽観視して、誰にも相談しないと、後々の惨事につながる。
 できれば、モンスターペアレントと話をしたのは誰で、どういう話で終わっているのかを、時系列で確認できる記録をつくっておくと良いだろう。
 必要なときに誰でも見られる形にしておけば、職員室で情報が共有でき、モンスターペアレントから電話がかかってきたときに、記録を確認して電話にでることができる。
 また「言った、言わない」の議論になったときも記録の存在は重要である。
 何らかの返答を「明日までに」などと求められたときに、相手の言ってくる期日で約束してはならない。返答はたとえば、
「要求は重要なことなので、そんな短期間でお返事する約束はできません」と答え、相手のペースに乗らないことが非常に重要である。
 まずは、苦情の当事者になっている教師に事実を確認し、組織としてどう対応するかを検討したえうでなければモンスターペアレントと対応してはならない。
「訴えてやる」「マスコミに言う」「議員を知っている」という言葉はクレーマの常套手段である。
 しかし、この言葉に全くおびえる必要はない。
 モンスターペアレントが言っていることなど、まともに誰も取り合ってくれない内容であることを皆良く知っている。
 教師や学校をおびえさせて主導権を握るための脅しに過ぎないのだから、気にすることはない。
 もし仮に訴えられても、負けることなどありえない。
 それに弁護士が間に入ってくれたら、直に話をするよりも話は早くなる。
 マスコミも信じるはずがない。
 議員もせいぜい一度電話をかけてきて「よく話し合ってください」というレベルであろう。
(山脇由貴子:1969年東京生まれ、東京都児童相談所で19年間、児童心理司として2000人以上の子供たちの心のケア、年間100家族以上の相談や治療を受け持った。2015に退職後、「山脇由貴子心理オフィス」を立ち上げた。臨床現場の生の声を発信し続けている)

 

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よい言葉は、よい人間関係を育む

 東京都杉並区天沼中学校長藤川 章が国語科の川原龍介先生と共に作り上げた「言霊(ことだま)百選」を通して、生徒をはじめ地域の皆さんにまでつながりが広がっています。
 ことだま百選は、古今和歌集の仮名序からはじまり、奥のほそ道、円周率、寿限無、草枕、雨ニモ負ケズetc...そして日本国憲法前文まで、覚えてほしい100の名文からできています。
 ことだま百選は、生徒の十年後、二十年後の人生が豊かになるよう願いを込めて、やがて世界へ羽ばたいていっても通用する「教養」が身につくようつくられたものです。
 先人たちの素晴らしい知恵や感性を、暗唱することで身体に染みこませ、豊かな人間を育てます。
 言葉はすべてのコミュニケーションの基盤です。
 コミュニケーションは、全ての人間関係の基盤になります。
 学校で良い友達関係をつくろうとしたら良いコミュニケーションが必要です。
 そのためには、良い言葉が絶対欠かせないのです。
 自分や周囲の人たちが幸せになるためには良い言葉を積極的に使うということです。
 この「言霊百選」には、人生を豊かにする教養とともにそんな友達関係を大切にしようという願いも込められています。
 言霊百選が出版にいたる迄のいきさつは、以前から取り組んできた「人生を豊かにする言葉」について、国語科の川原先生に話したのがきっかけです。
 先生の呼びかけで理科、数学、社会、英語、音楽と学校全体が総力を挙げて知識と教養を身に付けられるように、ぜひとも覚えてもらいたい文章を選び「言霊百選」は出来ました。 
 これにより天沼中学校で天沼検定が始まり、新聞に取り上げられたのがきっかけで2014年に講談社より出版(注)されることとなったのです。
 天沼検定は、まず、すらすらと読めるようになるまで音読します。
 暗唱できるようになったら検定期間(4月~5月、10月~11月の計35日間)に、先生や地域の大人で構成された検定委員の前で元気よく暗唱します。
 間違えなく暗唱できたら合格となり、『名人』の称号がもらえます。
 25年度に2名、26年度は8名なので後半でまた名人が誕生するはずです。
 天沼検定から生徒や私たちが学ぶことは、古今東西の名文・名句を暗唱することで言葉が身体に染みこみ、豊かな人間を育てます。
 文章を暗唱することで知らず知らずに教養が身に付き、お互いの信頼が深まり、生徒一人一人が自信と誇りを持って地域活動の輪を広げています。
 これにより生徒たちに仲間意識や、一体感が生まれ、「いじめNO中学サミット」が杉並区全体に広がっています。
 これから成長していく過程において「言霊百選」が生徒たちの心の糧となってくれると信じています。
 学校で良い友達関係をつくろうとしたら良いコミュニケーションが必要です。そのためには、良い言葉が絶対欠かせないのです。
 自分や周囲の人たちが幸せになるためには良い言葉を積極的に使うということです。
 この「言霊百選」には、人生を豊かにする教養とともにそんな友達関係を大切にしようという願いも込められています。
(注)本の情報「ことだま百選」東京都杉並区立天沼中学校編、2014年発売、定価 : 本体900円(税別)、ISBN 978-4-06-218866-1、A5、130ページ。
(藤川章:東京都杉並区立天沼中学校長。民間企業に4年間勤務した教師に、力で対決する生徒指導に限界を感じ国分康孝と出会い師事。構成的グループエンカウンターを、学級経営や学習指導に生かす試みを続け「育てるカウンセリング」を生かすことが自分の使命であると考えている)

 

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ふだんから保護者に子どものよいところ知らせ協力を依頼するとよい、また保護者会を実りあるものにするにはどうすればよいか

 学級を崩させないためには、問題傾向を持つ生徒には、日頃から一定のルール(生活の決まりや常識)からはずれた行動を取らないように注意を向け、ルール違反をした場合は、その都度指導することになる。
 もし、これを見逃しているようでは、ルール違反の仲間が増え、学級全体の秩序維持が日に日に難しくなっていくのである。
 だから見逃さずに注意し指導する。その積み重ねが欠かせない。
 そして、行為の内容によっては家庭にも連絡して、指導の協力を依頼することが大切になる。
 その場合に、何かあったときだけ家庭に連絡するのでは話にならないのである。
 ふだんの生活で少しでも良いところが見て取れたら、電話でもよいので、それを自然な形で伝えていくことが必要である。
 それは保護者をどれほど喜ばせるか図り知れないものがある。
 そうした連絡を受けている中でのことなら、保護者は厳しい問題点の指摘も受け入れるし、それに対する指導の協力も受け入れてもらえるものだ。
 子どもの良さを見つけるには、性善説に立ち、日頃から子どもと交流し、生活を観察していれば、何らかの良さを見いだせるものだ。
 先入観にとらわれないように注意しながら、日々新たな目で、かつ好意的な眼差しを持って子どもを見ていくのである。
 すると、きっとその子なりの良さが見えてくるはずだ。
 それを、タイミングを見て自然な形で保護者に伝えていくことが、生徒指導にとってどれだけ重要であるかは、実践してみればわかることである。
 私の経験からいって、どれ一つとして好結果につながらなかったものはないと記憶している
 保護者会を実りあるものにするには、つぎのようにするとよい。
1 学級担任の経営方針等をよく理解してもらう
 初回の保護者会では、学級担任の経営方針等をよく理解してもらうことである。
 担任がどのように子どもたちを教育していこうとするのか、これを理解してもらわなくては、担任への協力は得られるはずもなく、保護者も協力のしようがない。
 実は保護者が一番知りたいことでもあるし、信頼関係を築くうえで大事な一歩となることを心得なければならない。
2 子どもたちの学校でのようすを伝える
 日頃から、子どもたちを観察したメモや具体的資料を用意しておき、
「授業の様子」「昼休みの様子」「清掃状況」「学校行事」等への参加態度と活動状況などを保護者に伝える。
 具体的な子どもの活動状況を報告することは、保護者を安心させ、かつ保護者の信頼を得ることにつながっていく。
3 家庭での子どもの様子を話してもらう
 家庭での、わが子の良いこと、悪いこと、気になっていることなどを、保護者会でみんなの前で話してもらうことである。
 個人の家庭での問題をなぜ全体の場で話し合うのかと、疑問をもたれる方もいるかも知れない。
 その理由は、困っていることは案外共通していることが多いし、すでに上の子で体験して解決されている保護者も必ずといっていいほどいるので、アドバイスをもらえる場合が多いからである。
 たとえ体験者がいなくても、みんなで問題の解決策について考えあうという姿勢とその雰囲気が大変意義を持つ。
 それができている学級は子どもたちもよく育っていったし、良い学級となっていったのである。
4 学校や担任への要望を必ず聞く
 つぎに欠かせないのは、授業のことや、部活動での苦情、服装や生徒指導または保健衛生に関わることなどの要望を聞くことだ。
 授業や部活動については、毎回といっていいほどさまざまな要望がだされるものである。
 これらの要望にはすぐすべてに応えられるわけではない。
 後日、職員会議で検討を要するものもあるし、明らかに無理な要望で本質的に応えられないものもある。
 しかし、無理なことと思えてもよく耳を傾け、その思いを理解することが求められる。
 たとえ要望が叶えられなくても、それに耳を傾け受け止める姿勢を示すことによって、担任や学校への信頼が高まるのである。
 そうするだけでも学校への不信感は生まれにくくなるものだ。
(大阪隆夫:1941年生まれ、元横浜市立中学校教師(四校に勤務)。「生き方を探求する会」会長として道徳教育を研究。シュタイナー教育を研究)

 

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子育ての方法を教えるところがない、子育てに必要な親の学びとは

 親や教師といった子どもと身近に接する大人が「子どもとの関わり方」、「生き方や心の姿勢」が変わらなければ、子どもは変わりません。
「学校が悪い」、「地域が悪い」と自分以外に責任を転てん嫁かするのではなく、まず大人が自分を見直すことから始まるのです。
 子どもの対人関係能力や社会とつながる力が弱くなっていると言われますが、大人はどうなのか、自分はどうなのかと自身に問いかけることから始まるということです。
 そこで「親学」が必要になるわけです。
 親学は、オックスフォード大学・トーマス学長の「学校でも、大学でも教えていないのは親になる方法だ。社会はこの親になる教育にもっと関心を向け、親としての自分を向上させることが大切である」という趣旨の問題提起を受けて、日本で「親学会」が発足したことに始まります。
「親学」というのは、「親になるための学び、つまり親になるための準備学習」と「親としての学び」です。
 親が人間として成長していく、親心が成熟することを促うながすためのものなのです。
 親学講座やセミナーでは、講義形式ではなく、弱音やぐちを話せる場づくりに始り、建前論ではないドラマセラピーやロールプレイを使って、親の意識改革、中でも自分で気づくためのプログラムに力点を置いています。
 いわゆるキレる子どもに対応するためには何が必要なのでしょうか。
 それは、何が子どもの心を育て、脳を育てるのかという「育」の視点です。
「育む」という言葉の語源は親鳥がヒナを「羽は含ぶくむ」、すなわち羽で抱きしめるということです。
 つまり、愛情と信頼で抱きしめることによって初めて心が育つということです。
 だから、親心が崩壊すれば、子どもは優しさや共感性を学ぶチャンスを失ってしまい、いくら学校の道徳の時間で「思いやりを持ちなさい」「人権を尊重しなさい」と教えても、子どもの心の琴線(きんせん)には触れません。
 そういう意味で親学の一番大事なポイントは「脳の発達段階に応じて子どもとどう関わるべきか多くの親たちが共通理解する必要がある」という事です。
 教師が子どもとの関わりについて親に言うと「我が家には我が家の方針がある」と言う人がいます。
「どう関わるべきかはそれぞれで、こう関わるべきだという絶対的な考え方はない。余計な口出しをしないでくれ」という事です。
 しかしそれに対して引いてはいけない、子どもの脳や心の発達段階に応じてこういう風に関わるべきですよと説得力のある言葉で、いかに納得出来る提起が出来るかという事なのです。
 説得しようとすれば逃げてしまいますが、納得すれば親は変わりますのでその点に気をつけて、ぜひ脳の発達段階に応じた関わり方という事について共通理解を求めるべきなのです。
 その際に「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ」という、この関わり方は「親になるための学び」と「親としての学び」という二つの意味を持っています。
 前者は親になるための準備教育で、今は気付いたら親になっている若い親がたくさんいて「親になるとはどういう事なのか」という準備教育を本来であれば家庭科で行なっていく必要があるのですが非常に欠けています。
「しっかり抱く」という段階は「愛着」で「下に降ろす」は「分離」、そして「歩かせろ」は「自立」でこれが子どもの発達過程なのです。
 子どもは一番信頼出来る大人に甘え、依存してやがては反抗しながら自立していきます。
 この「甘えて依存する」という段階が愛着で「三つ子の魂、百までも」と言ってきたのです。  
 日本の子どもたちは十分に親に甘える事が出来ないし依存出来ない、それから反抗出来なくなっています。それは母性的な関わり、父性的な関わりを持つ事の出来るお父さんやお母さんがどんどんいなくなっているからです。
「親学」の基本は、
1「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」が子どもへの関わり方の基礎基本
2 脳には臨界期があるという事について共通理解が必要である
3 千利休の残した「守破離(しゅはり)」
 形から入って躾をする。
 日本の歴史や文化、伝統を貫いている「形」というものを継承しながら茶道、華道、剣道、柔道と「道」の付くものは最初に形の継承から始めますが、それは子どもの興味関心で選択する事は出来ないのです。
 必ず基本の型というものを継承しなければならない、これが教育の出発点なのです。
 家庭においても形の継承である躾というものを親がしっかりと教えなくてはならない。
 身を美しくするというのは形から入る訳ですが、その形を守り、破り、そして形から離れるというのが本当の個性や創造性なのです。
「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」という日本人の子育ての知恵を凝縮させた格言が示すように子どもが自立するためには、しっかりと抱くという「愛着」、下に降ろすという「分離」のプロセスが必要不可欠です。
 しっかり抱くというのが母性的な関わり、下に降ろすというのが父性的な関わりと考えています。
 優しさというものは母親の愛着から子どもの心の中に育っていくものです。
 その愛着が狂っているとすれば子どもたちに心を育むとか思いやりを育てる、命を大事にするという事は単なる建前のスローガンになってしまうのです。
 一方、父性の特徴は「義愛」です。秩序感覚、ルール感覚、規範意識、人間としてのマナー、それは教えねばならないものです。
 例えて言うなら北風の厳しさと太陽の暖かさ、これが父性と母性だと思っています。
 父親は子どもを産む事も授乳する事も出来ません。胎児期と乳幼児期は特に母親との身体的、感覚的な接触の相互作業によって子どもの心が安定しその子の大きな基盤となります。
 一般に子どもは母親から心の安定を、父親には外部世界の知的好奇心と刺激を期待しています。
 父親には子どもの心を活性化し自立を促し社会のルールなどを教えるという独自の役割があります。
 このような意味で基本的には母性的な役割を母親が担い、父性的な関わりを父親が担うという事が人の進化の歴史から見ても自然であると言えます。
 もちろん父子家庭、母子家庭において一方の親が母性及び父性的関わりの両方の役割を果たす必要もあります。
 父親と母親の性別役割分担を強制すべきではありませんが、子どもにとっての父親と母親の役割を認識する必要があります。
 この点を踏まえた上でどのように役割分担すべきか夫婦で十分話し合うべきです。
 温かさや優しさは母親、厳しさは父親だけに求められるものではないから性別的役割分担を固定的に捉える事は問題です。
 時には父親が母性的関わりを、母親が父性的関わりをする事も求められるのです。
 男らしさ女らしさというものを形から入って教える事はアイデンティティを育むためには必要不可欠なのです。
 それを差別だと言ってしまっては育む事が出来ない「育」という視点に立てば対立を超える道が見えてくるのです。
 私はいつも学生達に尾形光琳の『紅白梅図』を見せています。紅梅と白梅の間に広い川が流れている、これが日本人の感性、バランス感覚なのです。
 一見対立する男と女、お父さんとお母さん、「教える」と「褒める」など様々なものがあります。
 教育はある意味で綱渡りだと思うのですが綱渡りをする時には長いバランス棒がなければ細い綱の上では落ちてしまうのです。
「男のくせに、女のくせに」と言いすぎたら子どもは駄目になってしまう、形だけを強制しすぎたらかえって反抗したり事件を起こしたりしてしまうのです。
 父性母性という時には「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」という基本を大事にして父性的な関わり、母性的な関わりが大切なのです。
(高橋史朗:1950年兵庫県生まれ、保守活動家、右派思想家、教育学者。麗澤大学特任教授。親学推進協会理事長。明星大学教授、麗澤大学道徳科学教育センター客員教授を歴任)

 

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世の中には知識はあっても、わが身に応用する知恵が足らず実践出来ない人がいかに多いか

 国語辞典には「知恵とは、物事を知り、巧みに処理していく能力」と書いてあります。
 即ち、知識とは勉強するもので、知恵とは問題解決能力を指します。
 知恵は問題にぶつかりながら、行動の中で身に付け育てていくものです。
 例えば、糖尿病に関する知識は糖尿病教室で教わり、生活習慣を変える知恵は現場(家庭、職場、社会など)で身に付けます。
 このように、経験を通して得た知識こそが、やがては自分の知恵として身に付いた物となります。
「知識」は生活の糧を得るのには役立ちますが、「知恵」は人生に役立つものです。
「出来ない奴ほど自分の持つ知識をひけらかそうとするが、出来る奴は行動することで知恵を示してくれる」とは、ある料理の達人の言葉です。
 ゲーテの言葉に「真の知識は経験あるのみ」「経験は知恵の父、記憶は知恵の母」がある。
 日常生活の中から学んだ経験と記憶が、自分の知恵として身に付けばよいのですが、なかなか上手くはいきません。
 血糖が上がることが分かっていながら、間食が止められない、つい食べ過ぎるなどです。
 糖尿病で困っている人は、経験から得た身に付いた知恵があれば、糖尿病を打ち負かせると、励まされます。
 しかし、「分かっちゃいるけど、止められない」というのが現状です。
 良い知恵は身に付きにくく、悪知恵はすぐに身に付きます。
 それは、行動変容を必要とする目標が願望のことが多く、その目標達成には多大な努力がいるからです。
 そこで別の視点から現状を解析してみると、患者さん自身が実践出来ないことも問題ですが、患者さんに行動変容を促す私たち医療従事者の支援方法が間違っている場合があることに気付きました。
「医者の不養生」「論語読みの論語知らず」などと言われるように、世の中には人に教える知識はあっても、その知識をわが身に応用する知恵が足らなく実践出来ない人がいかに多いことか。
 食事療法を勧める医者が肥満でしたらどうでしょうか?
 禁煙を勧める医者が愛煙家でしたら?
 患者さんに行動変容を促す前に、自分自身の行動変容が出来なければ、患者さんは変わらないでしょう。
 先ず、医療従事者から行動を変えて、「知恵の輪」を作る努力が必要です。
(石田俊彦:香川大学名誉教授。元香川大学医学部附属病院長)

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英語嫌いだったのに、なぜ予備校の人気英語講師になったのか、勉強好きな子どもにするにはどうすればよいか

 人気コミック「ドラゴン桜」の英語教師のモデルでもあり、東大合格者から「先生のおかげで英語が克服できた」と厚い信頼を寄せられるカリスマ英語講師、竹岡広信さん。
 意外にも、学生時代は英語が嫌いだったという。その彼がなぜ嫌いなものを使う仕事を選んだのか。
 多くの受験生たちから支持される独特の教え方とは。親や教師は子とどう向き合うべきなのか。
 そして、私たちが決断に迷った時、何を決め手にすべきなのか。竹岡さんに教育や生き方について大いに語っていただいた。
 竹岡さんの父親が塾長を務めていた塾で、京都大学工学部の学生だった竹岡さんは高校英語を教え始める。
 竹岡さんは、英語が嫌いだったし、生徒に教えるなんてムリと思ったんですが、英語は大学入試に必須の科目。高校生には避けて通れない上、自分は国立大学に合格したから教えられるかもしれないと引き受けました。
 生徒たちもほとんどが英語嫌いだった。しかし、竹岡さんは自分が「やみくもに勉強」した経験から、とにかく必死で教える。
 生徒たちも全力でついてきた。そして、運命の合格発表。結果は男子全員が、不合格。
 竹岡さんは「あぁ、しまった。彼らをつぶしてしまった」と悔やんでも悔やみきれない気持ちです。
 生徒たちは竹岡さんの授業に感謝してくれました。しかし、竹岡さんは「自分に教える力がなかった。あまりにも罪が大きい」と。
 そこから、竹岡さんの葛藤が始まる。塾には次の学年の生徒たちが既にいた。今度こそ合格させるためにも英語教育に本腰を入れようと、文学部への編入学を考える。
 迷いに迷って、ふたりの恩師に相談する。
  工学部の教授には「どっちに進んでも、確実に後悔する」と言われました。だから「後悔の少ない方に行きなさい」と。
 高校時代の先生に相談すると「自分にとって不利な方を選べ。自分を抑えて、世の中の役に立つ方へ進みなさい」と言われた。
 実はほのかに、竹岡さんは英語教育に疑問も感じ始めていた。英語嫌いがこんなに多いなんておかしい。英語をこれだけ学んでも話せないのはおかしい。今までの英語教育は変えるべきなのではないだろうか、と。
 竹岡さんが出した結論は、文学部米文学科への編入学だった。
 文学部では、工学部を卒業しての編入学だっただけに、自らハードルを高く設定。成績は「優」でなければならない、と心に誓う。
 全部優を取れるほどきちんと理解できていないと思って。このままではダメだ、思いきり勉強に打ち込める環境をつくろうと、休学しました。
 勉強に専念するための休学。なのに待っていたのは「パチプロ」のような生活だ。パチンコ店へ通いながら「弱いな俺」と自分を嘆いた。
 そんなある時、競馬に異常に詳しい人と知り合ったんです。
 過去のレース結果から、それぞれの馬の体重、親馬の情報までこと細かに知っている。でも、その人はそれを覚えようとして覚えたわけじゃないんです。
 「好きだから」自然と自分の中に入っていく。
 コレだ!好きじゃないと始まらない。「好きじゃないと伸びない」と思い至ったのです。
 やっぱり今までの自分は英語を好きではなかった。
 「イヤイヤやっていたんだ」と竹岡さんは「好き」というチカラの大きさに気づく。
 つかんだ真理は「好きだからこそ伸びる」だった。
 そして、好きになるために「ゆっくり学ぶ」スタイルへ変えていく。ゆっくり勉強することで英語が楽しいものになった。
 復学すると一年間で94単位を取得したのだった。
 では、好きになるために「ゆっくり学ぶ」方法とはどんなものなのだろう。
 英単語のイメージをつかむと、英語がぐっとおもしろくなる。
 生徒が竹岡さんに「先生、『triumph』がどうしても暗記できない。どうしたら覚えられるんだろう」と聞かれ、単語について調べ始める。
 triumphの成り立ちを見ると、語尾のphはphoneに由来し、音という意味。umphで勝利の歌(音)を歌う、になります。
 ところで、私たちは祝いの席では何をしますか? そう、万歳“三”唱。つまり“三”を指すtriが語頭にあるわけです。
 外国でも勝ちどきは三回なんですね。triumphは勝利の歌を大合唱するということで、大勝利という意味になるのです。
 ちなみに大勝利の時に奏でられるのが、トランペット『trumpet』(trumpはtriumphの変形)。なんだかおもしろいと思いませんか。
 成り立ちのほか、単語の持つイメージがわかるとぐっと覚えやすくなるという。
 たとえば、spring。春、バネ、泉・温泉を指しますが、それぞれの意味に関連性を感じませんよね。
 春というと、日本人の感覚では穏やかで優しいイメージだけど、イギリス人にとっては厳しい寒さの冬が終わり生命がわきだすイメージ。
 「爆発するようなエネルギー」を感じるそうです。その感覚で見直すと、生命が一斉に息吹く春も、弾けるバネも、わきだす温泉も、確かにspringですよね。
 たったひとつの単語にも奥深い世界が広がっている。
 興味を持てばおもしろいし、納得したら簡単には忘れない。
 自分のペースで、自分が納得するまで向き合ってみる。
 それが、竹岡さんの「ゆっくりと学ぶ」ということ。
 自らゆっくり学ぶことで英語が楽しくなったように、生徒たちへもそのスタイルを貫いている。
 しかし、受験に「ゆっくり」は許されない気もするが、どうだろう。竹岡さんは、
 「確かに、私も以前は“丸暗記”を生徒に求めていました。単語を間違えたら100回書いて覚えろ、という具合に。しかし、これは教師の“自己満足”に過ぎません」
 「生徒が自分からやらない限り、何も身につかない」
 「教師の役割は、きっかけづくり。英語を「おもしろい」「好き」と思えるようにすることです」
 「そのためには、一つひとつ丁寧に教えた方がいい。一見遠回りに感じますが、しっかりと記憶に残り、結果的に近道になるのです。遠回りこそ近道です」
 「おもしろい、好きと思えば、子どもたちは走り出す」
 「いったん走り始めたら、放っておいてもひとりで走り続ける」
 と竹岡さんは言う。
 だが、走り出すのを「待つ」のは親としても教師としてもつらいことだ。竹岡さんは、
 「待つのはつらい。だけど、こどもたちをほめて、ほめて、ほめて待つんです」
 「子どもの力を限定してしまうのは“家庭、地域、学校”です。勝手に限界を決めつけて、子どもの能力や心の成長にブレーキをかけてしまう」
 「どんな子でも、アホと言われ続けたらアホになります。だから、ほめるのです」
 「しかも、本気で。子どもは敏感に気持ちを察知するので、本気でないと意味がない」
 「本気で信じ続けて待つこと。そうしたら、彼らは変わります」
 という竹岡さんも「辛抱し過ぎてハゲそうだ」といつも言っている。
 子どもを信じ続けたら、変わる。
 大切なのは、相手のあるいは自分の力を信じて一生懸命になること。
 ひとつのことにひたすら打ち込むことで、きっと道は拓ける。
(竹岡広信:1961年京都府生まれ、英語教師。竹岡塾主宰。駿台予備学校講師(主に関西エリアに出講)ドラマ、漫画『ドラゴン桜』に登場する英語教師のモデル。先生を対象にした講演会。テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演)

 

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「自分の力で、たくましく生きる」子どもを育てるには、親はどのよう子育てすればよいのでしょうか

 早期教育は人格的な要素を欠く一部のエリートサラリーマンのように、情緒的な豊かさとか、社会性、主体性、柔軟性、意欲の高さなどが育たない恐れがあります。
 たとえば、シュタイナー教育の考え方によりますと、小学校に入るまでは「生命体を育てる時期」として「生物にふれる経験をたくさんさせることが大事である」といわれています。
 もし、この就学前の時期に、子どもに機械的に暗記するような学習を強制したならば、その子の知力は一見高くなったように見えても、この時期に育つべき「意志力や行動力」が育っていないので、結局、その思考力にも限界が来る、ということです。
 また、つぎの小学校の時期は「感情体を育てる時期」として、単なる知識のつめこみではなく「へえ、そうなのかあ!」というように驚きや感動をもって、すべてのことを「感情体験として感じとらせるように学ばせる」ことが必要であるといわれます。
 もし、この時期に、抽象的な思考を強制したとするならば「感情のまずしい、人間味のとぼしい人間にしてしまう危険性がある」と警告しています。
 日本の教育は、早期教育であれ、小学校教育であれ「単なる知識のつめこみが中心」ですから、現代の子どもたちに「意志力や行動力が育っていない」のも、「豊かな感情や人間味が育っていない」のも、当然の結果のように思います。
 就学前や小学校の段階で、塾通いなどの回数が多く、過剰な知的教育を強制されていると思われる子どもの絵ほど、空疎な印象の絵が目立っているのです。
 これまで母親講座などで、早期教育に対して反対意見を述べたりしますと「それでは、子どもに何をしたらいいのでしょうか」とよく聞かれます。
 それに対して「何もしないのが一番です」と答えると、質問した人は困惑した顔をされます。
 しかし、子どもの積極性や自主性、社会性、創造性、行動力、意志力など、そういう人格的な要素を養っていくためには、実際、大人は下手に手出しをしないことが一番なのです。
 子どもが自由に使える空間と時間、それに豊かな人間関係を取り戻してあげる以外にはないと、私は思っています。
 それにはまず、親自身の価値観を変える必要があるのかもしれません。
 就学前から幼児に文字や計算を教えこんだり、小学校受験や中学受験をめざして子どもに何年間も塾通いをさせることは、長い目で見るならば、お金やエネルギーをかけて子どもをスポイルすることになりかねないことを、このへんではっきりと認識する必要があります。
 さらに、塾の問題に加えてもう一つ考えなければならないことは、子どもたちがテレビやビデオ、ゲームなどの間接体験づけの生活になってしまっている、この現実です。
 とくに、まだ現実の世界と仮想の世界の区別が十分につかない就学前の子どもに対しては「生の直接的な体験を豊富にさせる」ようにして、画像をとおすような間接的な体験はできるだけさけるべきではないかと思います。
 間接体験づけの生活をさせているよりは、保育園に入れて子ども同士で遊ばせておいたほうが、よほど健全に育つ可能性は高いのではないかと思います。
 私自身は、子どもの創造性や意志力がほぼ育って、もう大丈夫と思われる小学校五、六年生になるまでは、絶対にゲーム機を買い与えることはしませんでした。
 子どもにたくましさを育てるためには、子どもを守りすぎないことが大切でしょう。
 親が先まわりして子どもを守ろうとすればするほど、子どもを脆弱にしてしまうおそれがあります。
 公立学校は荒れているとかいじめがあるなどの理由で、私学志向の親が多くなっています。
 そうやって常に親が子どもを守ろうとすることはかえって危険な場合もあります。
 無菌状態にばかりおかれていますと、かえって感染したときに決定的なダメージを受けてしまうことがあるのです。
 就職したりすれば、この国際的な社会のなかでは、どんなところにいかされるかわかりません。
 実際に温室で育った人たちが、自力で困難な状況を切り抜けるような機会がほとんどなかったために、ほんのささいなことでつまずいてしまう、というケースも非常に増えているのです。
 結局、子どもを精神的にたくましく育てるには、むしろ雑多な中で育てるほうがいいのではないでしょうか。
 よく、保育園に通っている子どもに対して、幼稚園のお母さんたちは、「保育園の子たちって、たくましくて、人なつっこいのよね」などとやや皮肉をこめた口調で言うことがあります。
 しかし、その「たくましさ」と「人なつっこさ」こそ、世の中を渡っていくためには必要なものなのです。
 子どもがつまずかないように、先まわりして道ばたの石をどけてあげることよりも、むしろ子どもがつまずいて転んだときに、ただ怒ったり責めたりするのではなく、優しく抱きとめて話を聞き、なぐさめてあげられるような大人に、ぜひなりたいものです。
 最近の傾向として、子どもの教育には熱心だけれど、しつけに関しては無関心、という親が増えているようです。
 そればかりか、「しつけ」という言葉に抵抗感があって「子どもを自由でのびのびと育てたい」ということで、ほとんど子どものやりたい放題にさせている、という親が増えているともいえます。
 しかし、子どもにとって本当に頼りがいのある親とは、ただ甘いだけの親ではなくて、悪いことに対しては、しっかりと壁のようになって立ちふさがってくれるような、ときにはきびしい親なのです。
 親は子どもから「愛される権威」であると同時に「尊敬される権威」であることがたいせつです。
 子どもはよく大人を見ているものですから、たとえきびしく怒られたとしても、それが真剣なもので、その子に対する深い愛情から発するものである場合は、しっかりと受けとめることができます。
 ところが「大人の都合」や「その場の感情」によって子どもをしかったり、しからなかったりするならば、子どもは何にしたがっていいのかが、わからなくなってしまいます。
 そして結局、いつまでも自分の欲求をとおそうとして、まわりの人と常に戦いつづけるような子どもになってしまうおそれがあります。
 どうも最近の相談を聞いていますと、そういう問題が増えているように思うのです。
 かつての家族では、そのきびしくしかることを、おじいちゃんやお父さんがにない、優しくなぐさめるのは、おばあちゃんやお母さんが受けもつという役割分担がありました。
 しかし、核家族で母親が一人で子どもを抱かえている状況では、母親一人がその両方の役割を果たさなければならないのですから、どちらも中途半端になりかねません。
 後でなぐさめてくれる人がいると思えば、思いきりしかることができるでしょうが、しかったその母親が、また、なぐさめ役もやらなければならないのですから、現実はなかなか大変なのです。
 そういうなかで、私たちカウンセラーの役割も、単なる受けとめ役だけではすまされなくなって、どうもその「きびしい壁」の役割を、になわされることが多くなっているのです。
(三沢直子:1951年生まれ、臨床心理士として、病院や企業で心理療法に携わり子育て中のお母さんをサポート。明治大学教授を経てコミュニティ・カウンセリング・センタ等で家族の問題に関わる職員の研修や、親教育支援プログラムの普及に努める)

 

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問題を起こす小中高校生や少年院の子どもたちと接してきてわかったこととは

 魚住絹代さんは、人の成長や人格形成に関心があって、子どもの成長や子育てに関わる支援をしてきました。
 最初は幼稚園の先生からの出発でした。
 「三つ子の魂百まで」という言葉から、幼児期が大事かと思ったのです。
 魚住さんは、子どもは大好きだし、幼児期は確かに重要なのですが、小さい頃に受けた教育や子育てが、その子の人格や人生にどう影響を与えるのかを追いたくて、その後少年院の教官になりました。
 1000人を超える非行少年・少女たちとの出会いは、大きな疑問からスタートします。
 「なぜ、こんな事件を起こしたんだろう」「なぜ、そんな風に振る舞うんだろう」と。
 生活を共にする中で、必ずそこに至るだけの道筋が見えてきます。
 当然のことですが、彼らは非行少年になろうと生まれてきたわけではないのです。
 立ち直りのプロセスの中で、どの子も、ただ愛されたかった、わかってもらいたかったという思いを強くもっていました。
 それがうまく伝えられず、周囲にもうまく受け止められず、すれ違いの中で分岐点を歪んだ方向に進んでしまっていたのでした。
 彼らの立ち直りは、まさしく育ち直しでもありました。
 ですが、普通に育っていくのと違い、いったん育ってからの育ち直しは、生まれ変わるほどの試練です。
 彼ら自身「小学4年に戻りたい」「幼稚園からやり直したい」という言葉がこぼれます。
 立ち直りに寄り添う中で、育った環境と周囲の対応がいかにその子の人生に影響を与えるのかを目の当たりにしてきました。
 もっと早い段階での発見と手当ての必要を感じ、2003年より小中高の学校に活動の場を移し、困難なケースを中心に、子どもや親、教師の支援を行いました。
 学校では、不登校やひきこもり、発達の課題などからくる集団不適応、学習面のつまずき、非行、対人関係のトラブル、学級崩壊、摂食障害、リストカットなど、さまざまな問題があります。
 ですが、丁寧にひも解いていくと、必ずそこに至るだけの背景が見えてきます。
 彼らの問題行動はある意味、安心できる居場所がない、自分らしく育てていないという悲痛な叫びなのです。
 その証拠に、周囲が行動の意味を理解すると、みるみる回復していきます。
 子どもの回復にとっての第一歩は、周囲の理解と適切な対応の仕方なのです。
 それが、彼らにとって安心できる居場所につながっていきます。
 育ちに、もうひとつ大事なことは、存在価値です。
 勉強がわかる、友だちとうまくつながれるということが、自分らしく振る舞える自信となり、さらには社会で自分を生かしていくための力になっていきます。
 そのためには、何につまずいているか、どこが弱いのかを知り、丁寧にフォローアップしてあげることが重要です。
 いたずらをする子、困ったことをする子は、どうつながったらいいかわからないでもがいています。
 思春期の子どもは、言葉で「困ってる」「かまってよ」「どうしたらいいの」「助けて」と言えない分、行動で訴えてくる。
 特に激しい言葉を使い、なぜそんなことをするのか理解できないことをやる子ほど、強く求めています。
 悪さをしながら、文句を言いながら、無視しながら、拒絶しながら「この大人はこの自分にどう出るか」と、大人の出方をじっと見ている。
 口で叱るだけの大人、見て見ぬフリの大人には、「フン、どうせ」とせせら笑いながらも、さびしさの鎧に身を固めていく。
 彼らが求めているのは、本気で自分に近づいてくれる大人です。
 いくら、「どうしたの」「話してごらん」「教えてよ」と口で歩み寄ろうとしても無駄です。
 それが本気かどうかは、彼らの感性で計られています。
 数々の試しの中でようやく彼らが納得できて、はじめてつながれます。それには、とても時間がかかります。
(魚住絹代:1964年生まれ、くずは心理教育センター長。福岡、東京、京都の少年院、医療少年院で、法務教官として非行少年・少女の立ち直りを支援。退官後、大阪府の小中学校で、訪問指導アドバイザーやスクールソーシャルワーカーとして活躍。その活動は、これまで、クローズアップ現代やNHKスペシャルでも取り上げられた)

 

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教師になりたい学生や、若い教師に知っておいてもらいたいこと

 将来教師になりたいと考えている高校生や大学生、それから教師になって5年目までの先生方に理解してもらいたいこととは何か。
 池田 修京都橘大学教授は大学教員になる前、約20年間中学校で国語科の教師をしてきました。
 教育の現場でやってきた事実と、アカデミックな理論・哲学の両方の視点が必要だということです。
 一般的に、現場の先生が書かれた本を読むと、どうしても「教育の方法のみのHow to本」になってしまう傾向があります。
 しかし、どうしてそのHow toが必要なのかということ、つまり「その背景にある教育の理論や哲学といったものを考えなければならない」と池田教授は思うのです。
 池田教授が中学校教師になった頃は、教育の指導技術というのは、いわゆる名人芸でした。
 それがこの後何十年間に、指導方法がかなり整理されてきて、今日では、「こうすれば教師になれる」というようにマニュアル化されてしまいました。
 しかし、本来そうしたマニュアルの背景には、「このような目的を達成するため」という指導者の理論や哲学があるはずです。
 指導の技術を通して教育の哲学と理論を考えていってもらいたいと池田教授は伝えたかったのです。
 日頃、
大学で教えていて感じるのは、技術を習得すれば指導ができると学生達は勘違いしてしまうことです。
 本当なら、そこから教育の哲学を考えていかなければならないのです。
 例えば、黒板に字を書く時には、注意の6割を生徒に、4割を黒板に向けるという6:4の法則があります。
 学生たちはこの法則を教わってなるほどと思うのですが、6:4の構えを型どおりに実践することのみに気を取られ、これが子どもに伝え、理解させるための方法だということがわからないんですね。
 そもそもテクニックは何のためにあるかが抜け落ちてしまっているのです。テクニックやマニュアルの根本的な哲学を考える必要性を痛感しています。
 普通、教師になって3年ぐらいで、自分の教育スタイルがだいたい決まってしまいます。
 それ以降は一国一城の主となり、他者の意見を聞かなくなってしまいがちです。
 ですから、合格をゴールとするのではなく、新卒5年目ぐらいまでは懸命に勉強すべきなのです。
 池田教授の本の読者から頂いた感想によると、この本が自分の教育を考え直すきっかけになったという先生もいます。
 一校目の赴任地で教師スタイルが決まってしまうので、若い先生はどんどん学校を変わった方がよいと私は思います。
 校風というのは、それぞれの学校によって全く異なるものですからね。
 教師を目指している学生には、もっとたくさん本を読んでほしいものです。
 そうすると、「どんな本を読んだらいいですか?」と質問する学生が多くいますが、これは本を読んでいないことを意味するのですよ。
 100冊読めば、本の方から「次はこれを読んで」と言うはずです。
 文章を通して内容を豊かに想像することができるので、活字本をたくさん読むことが望ましいです。
 こうして本をたくさん読むことによって、雑学が身につきます。
 特に小学校・中学校教育においては、雑学はとても大切です。
 教師は、教えたいテーマの周辺に雑談を織り込むことをよくします。
 これにより、子どもたちはストーリーとして記憶し、学習していきます。
 この雑談ができるようになるためには、雑学が必要なのです。
 色々と読んでいったら1年間に軽く100冊は超えますよ。
 それから、色々な先生の授業をその先生の立場で見てほしいと思います。
 池田教授は「視座の転換」というものを求めています。
 子どもたちの側と、先生の視点・立場で物事を見なさいということです。
 池田教授は、大学の恩師から「授業は、子どもの事実から作るもんだ」と指導されてきました。
 子どもの事実とは、子どもの興味や要求や学力のレベルなどだと思っています。
 そこから、授業を作っていく問題解決型の授業づくりをしていただきたい。
 教師の視点で見る例をあげると、
 池田教授の受け持つある講義では「100人の子どもを引率して○○に行く」という実踏計画(実地踏査の計画)を学生に立てさせています。
 まず計画を立て、実際に現地に行って調べ、さらに計画を書き直すということをしています。
 学生は現地調査で、大人数の子どもを引き連れて信号を一度に渡れないことや、全員集合できる場所の確保の難しさなどを思い知ります。
 これによって、教師の視点というものを多少なりとも持てるようになると思います。
(池田 修:京都橘大学教授。東京都公立中学校教師を経て現職。「国語科を実技教科にしたい、学級を楽しくしたい」をキーワードに研究。 恐怖を刺激する学習ではなく、子どもの興味を刺激し、その結果を構成する学びに着目している。全国教室ディベート連盟理事、京都で教育研究会「明日の教室」主催)

 

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魅力的な話し方をするにはどうすればよいのでしょうか

 その人の生きざますべてが話の中に滲みでます。
 昔から「芸は人なり」なんてことをよく申します。芸には、その人が今、生きているすべてがでます。
 話というのもまたそうでしょうね。
 話しには、その人の人生経験、年齢なりの声や風貌、やしなってきた知識、仕事に向かう情熱、そのときの熱意、人に対する思いやりといったことすべてが滲みでてきます。
 ようするに、その人の生きざま、すべてが話の中に出ます。
 これはなかなか大変なものです。だから、時間をかけて、人間の修業からしていきます。
 話す人間に魅力があるか、ということが結果に出ます。
 講談師は高座でしゃべって、お客さまに来ていただいて、お金をいただく商売ですから、厳しいところがあります。
 話す人間に魅力があるか、ということがそのまんま結果に出てしまう。
 言ってみれば、講談師は人間そのものが商品なんです。
 あなたは、その場の「空気」が読めますか。
 その場の「空気」が読めるか読めないかは、一つには思いやりの差です。
 ふだんから、相手の身になって物事を考えているかどうか。
 思いやりのたりない人が人前で話をすると、自分勝手な話し方をするものです。
 話というのは、自分が何を言ったかではなく、相手にどう伝わったかが大事です。
 ところが、それが分かっていない人は、自分の言いたいことを言いたいようにしゃべって満足する。
 そういう人がいくら場数を踏んでも、場の「空気」がよめるようにはなりません。
 ふだんから相手の身になって考えられるかということが、人前で話すときの、場の「空気」を読めるかということに関わってくるんです。
 もっとも、どんなに思いやりがあって、ふだんから相手の身になって考えている人でも、経験が少なければ、場の「空気」を読みながら話すことは、できるようになりません。
 話は聞いている人と一緒につくっていくものです。
 それが一方通行になってはいけません。
 どちらかがしゃべり続けて、一方がずっと聞いている。これは聞いている方にとっては辛いものです。
 15分でも退屈でしょう。聞いている方は疲れますし、心を閉ざしていきます。
「話し上手は、聞き上手」という言葉があるくらいですから、まずは人の話をよく聞かなきゃいけません。
 よく聞いていれば、次の言葉が自ずから出てくるものです。
 講談でもそうなんです。一方的しゃべっているように思われるかもしれませんが、決してそうじゃありません。
 コミュニケーションというものが基本にあります。
 口からの声としては出ていなくても、お客さまは心の中でいろいろなことを思っています。
「今のところ面白かったな」「ちょっと疲れてきたな」・・・・。
 心の中で思っていることは、表情や態度にでます。
 目つきがかわったり、口元がゆるんだり、体を動かしたりする。
 そういう変化を、見るというより、肌で感じ取って、話し方や話しの内容を変えていく。
 そういう要素が、我々の話芸にはあるんです。
 ある特定の話が面白いというお客さまが多ければ、それを多めにいれます。
 話の中身はお客さまにつくっていただいている部分が相当あるんです。
 お客さまは一人ひとり違いますし、その日その時によっても違いますから、心の中で思ってらっしゃることもさまざまです。
 そのすべてに対応することはできないかも知れません。
 ですが、そこにはだいたいの最大公約数のようなものが表れてきます。
 それが、場の「空気」と呼ばれるものです。
 その場の「空気」を感じ取って対応していくようなところがあるんです。
 いちばん魅力的な話し方とは、なんでしょうか。
 人間、誰でも自分にしかないものを持っています。
 自分にしかない顔、自分にしかない声、自分にしかない人柄、自分にしかない興味、体験から得た知識・・・・・。
 そんなものが素直に発揮されているのが、いちばん魅力的な話し方です。
 そういう自分の武器となるものに気づけるかでしょう。
 気づくには、やっぱり場数が必要です。
 人とたくさん話をしているうちに、自分のこういう話は受けるんだというのが分かると思います。
 それを意識して利用しようとすると、鼻持ちならなくなることがありますが、それは一時的なこと。
 さらに場数を踏んでいくと、また自然になっていくものです。
 もっとも大事なのは、話した後、毎回、必ず反省することだと思います。たとえば、
「上手くいかなかったときは、なぜ上手くいかなかったのか」
「上手くいったときには、どこが良かったのか」
「どうすればもっと上手くできたのか」
 ということを必ず反省します。
 失敗してもいいんです。その失敗をどう活かすかということが本当に大事です。
 これもふだんからの心がけで「失敗はかならずするもの。その経験を活かそう」とする姿勢が大事です。
(一龍斎貞水:1939年東京都生まれ、講談師初の人間国宝。小さい頃からラジオで演芸に親しんでいた。5代目一龍斎貞丈から「ちょっと噺出来るか」と言われ、学生服姿で初舞台を踏んだところ喝采を浴び、講談の道に入ったという。2002年~2006年講談協会会長)

 

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人生を幸せにするには、どのように生きればよいのでしょうか

 しあわせの源泉は感謝のこころだと思います。
 一つの出来事に感謝できるからしあわせなこころになれるのだと思います。
 客観的な「しあわせ」があるのではなく、あるのは「しあわせ感」なのです。
 ほんの小さな出来事に感謝の気持ちが湧くと、それがしあわせ感を呼び覚まします。
 良いことが起こっても、それに感謝が伴わないと、しあわせ感にはつながりません。
 私のある患者は、自分の過去を振り返って、多くの人の世話になってきたことに気づき、まわりの人々に感謝の言葉を出すようになりました。
 「しあわせ感」を持つことができる秘訣は感謝することです。
 私は日常生活において「感謝の訓練」が大切だと思っています。意識的に感謝する習慣をつけるのです。
 私は毎日、感謝できたことを三つ書き出すことを実行しています。不思議に毎日感謝できることはあるものです。
 どんな小さなことでもいいのです。「梅が一輪咲いた」などです。
 「幸せをよぶ法則」は楽観主義です。物事を悲観的にとらえるのではなく、楽観的にとらえることです。
 楽観性が免疫系に活力を与え、身体的な健康をもたらす。
 フランスの哲学者アランは「悲観主義は気分だか、楽観主義は意思である」という有名な言葉を残しています。
 この楽観主義に信仰の裏打ちがあれば、もっと良いでしょう。
 何事も信仰をもって気楽に受け止めることができれば、どんなに気が楽になることでしょう。
 心がどこを向いているかで、その人の人生が決まります。
 仕事にばかりこころが向いてしまい、家庭にこころが向いていないと夫婦関係や親子関係にゆがみが生じます。
 たとえ家庭で過ごす時間は短くても、こころがしっかりと家庭に向いていれば大丈夫です。時間の長短ではなく、こころの方向が大切だからです。
 この世に誕生することを「生まれる」と言います。「生まれる」のは受け身です。私たち一人ひとりは生をうけたのです。与えられた生を傷つけたりしないこと。
 それが命を与えてくださった神さまに対する人間のつとめだと思います。
 人生にはさまざまな試練、苦難、不都合なことが起こります。それをどのように乗り越えていくかは人によって違います。
 私の人生を振り返ってみると、やはり、私にとって多くの「不都合なこと」が起こりました。そのたびに私は聖書の、み言葉によって、支えられてきました。
 「信仰によって乗り越える」と言われますが、まさにそのような体験を何度もしました。
 自分がくだした決断を「良し」とするためには、決断の結果として出てくるマイナス面を覚悟することが必要です。
 覚悟するためには「このマイナス面は耐えていればきっとプラスに変えられていく」という確信が必要です。
 祈って神に委ねた場合は、たとえ結果が人間的に見て思わしくなくても、委ねた結果としてそこに自分の思いと別の意味を見つけて積極的に受け入れることができるでしょう。
(柏木哲夫:1939年兵庫県生まれ、淀川キリスト教病院理事長、大阪大学名誉教授、ホスピス財団理事長。専門はターミナルケア。クリスチャン)

 

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学級崩壊を起こす教師、起こさない教師とは

 東京成徳大学の深谷昌志名誉教授は、
「教師にだって問題はあるのです」
「学級崩壊を引き起こしてしまった先生に言えるのは、几帳面で内気で、表現の下手な先生が多いのです」
「私は、昭和期の名門校長である島村小学校斎藤喜博校長が『先生は役者であれ』と言ったように、教室は舞台であって、教師は魅力的に演じてほしい」と述べています。
 学校の教育現場の校長(奈良県公立小学校長)からは、
「教師の力量が荒れにからんでいる」
「力量のある先生は学級崩壊を起こすことが少ないと思います」
「子ども一人ひとりの気持ちがわかる先生、子どもとの集団活動に力量のある先生は学級崩壊させることが少ない」
「教師にとって、子どもの扱いというものは名人芸的なところがあって、ときどきの名人芸でこうやればという、ひらめきが要求される」
「あるやり方で、そのとき、やってうまくいけるときと、そうでないときがある」
「そういう意味で、われわれ教師にとっては、力量をある程度育ててきても、どんな場合でも学級崩壊を起こさないかといったら、そうではない」
「子どもたち一人ひとりのフォローができている学校は荒れないという話しがある」
「荒れてない学校では、圧倒的に包み込むというか、母性的な教師が多い」
 という。たとえば、
(1)小学校高学年
 小学校高学年の子どもの反抗は、担任に対する甘えともとれます。
 子どもが反抗期に、一番ものの言いやすい母親に反抗するのと似ていて、やさしい学級の先生に反発していき、担任にみせつけていく。
(2)中学校
 中学校の荒れは、教科によって違っていて、やさしい教科での荒れがひどくて、こわい先生のときは、一応荒れない。
 教育社会学の視点から、秦 政春大阪大学教授は、
「子どもたちが、よってたかって教師をいじめる。これが学級崩壊だと思います」
「授業妨害があったら、まわりの子どもも授業妨害をした子どもに同調していく」
「子どもたちは、今、非常に疲れている。そういうものがなにかのきっかけで、噴き出してしまう危険性がかなりある。教師を標的に噴出してしまうことが少なくない」
 臨床心理学の視点から、深谷和子東京成徳大学教授は、
「子どもはリーダーへの『尊敬と愛着と信頼』がなければ、子どもはリーダーについていかない」
「でも、教師が学級の子どもたちから『尊敬と愛着と信頼』をかちうることはすごくたいへんなことだと思います」
「ただ、心理臨床から言いますと、人間は『自分を愛してくれる人、それから、自分の気持ちを分かってくれる人』に、愛着や信頼感を抱くと言われています」
 いかに子どもたちの気持ちを理解することができるかが、これからの「教師の力量」として大事ではないでしょうか。
(深谷 昌志:1933年東京都生まれ、教育学者、東京成徳大学名誉教授。奈良教育大学教授、放送大学教授。静岡大学教授、東京成徳大学教授を経て現職)

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教師はカウンセリングを学ぶと自分が好きになってくる

 カウンセリングを学ぶと、問題から少し距離をとる感性が育ってきます。
 家族や子どもたちの焦りに巻き込まれず、全体の場の雰囲気を理解しながら対応する力が生まれてくるのです。
 カウンセリングを勉強すると、教師自身の心の中での葛藤も生じます。
 しかし、それは自分自身を見つめ直すトレーニングなのです。
 たとえば、子どもたちとの関わりの中で、過去の自分が経験した「つらい思い」や「心残り」を体験したり、自分の子どもに対して抱いていた「自分の思いや心残り」の気持ちを子どもに押しつけたりします。
 過去の思いから生まれる感情を子どもたちにぶつけたりもします。
 自分の感情を関係のない子どもに映し出してしまうのです。
 しかし、カウンセリングを勉強していると、そのような感情がどのようにして起きてくるのかが自分にも明らかになり、その感情をどう処理したらよいかがわかります。
 また、教師自身が一人の人間として、どのように周りの人々に影響を与え、周囲と関わっているかも見えてきます。
 それは、自分の正直な姿であり、その姿が一人の人間として愛しくなり、自分を認めることができるようになっていきます。
 このような経験が人間として自らを大きく成長させてくれるのです。
 カウンセリングを学ぶことで、自分が成長できたと感じるのは「自分が好きになってくる」からです。
 いろいろな事態や状況に対して、自分を肯定的に見ることができるようになるのです。
 この見方は、教育の現場では重要なことです。
 教師は子どもを指導するときに、注意や禁止といった指導をしがちになります。
 子どもたちと肯定的な関わりが少なくなってくるのです。
 子どもたちと向かい合うためには、教師自身が自分を肯定的に受けとれるようになる必要があります。
 そうなることによって、子どもたちとも肯定的な関わりができるようになるのです。
 それができてこそ、教育の喜びをより感じとることができるのです。
(上野和久 1953年生まれ 高野山大学准教授、臨床心理士カウンセラー。和歌山県公立高校副校長、和歌山心療オフィス所長を経て現職)

 

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「キレやすい子」を「キレにくい子」にするためには、どうすればよいか

 キレやすい子は、直感的、自己中心的です。そして、状況判断が主観的で感情や対応方法が少ない。
 感情の受け皿が少ないのは、発達過程で十分な快刺激を受けず弁別能力が発達せず、感情が未分化なままだからです。
 自分の感情を的確に理解するには、客観的な思考能力を発達させる必要があります。
 状況を的確に理解するには、「全体を見通す力」と、「状況を予測する力」が必要になります。
 特に全体を見通すさいには、相手の視点にたって状況を理解することも必要です。
 直感的な思考の子どもは、自分の具体的な体験を通してのみ理解しているため、体験していないことは理解できません。
 ですから、子どもが体験している事実を把握し、正しい現実理解を与える必要があります。
 他者の観点や立場を考えない考え方が自己中心的思考です。
「キレにくい子」にするためには、多方面からのものの見方、考え方、感じ方を発達させる必要があるのです。
 そのためには、どんな受け取り方があるのか、例をあげてシュレーションしてみることから始めるとよいでしょう。
 また、他者の立場に立って考えるようにするには、役割交換をして相手の立場に立った「具体的な体験」(ロールプレイングなど)を行うことで理解を促すと効果的です。
 キレにくい子どもを育てる授業は
1 予防教育の内容・計画・展開
 キレにくい子どもを育てるためには、怒りのメカニズムを子どもに伝え、「暴力・暴言・いじめ」などの誤った怒りの表現を予防することが大切です。
 同時に、健全な「怒りの表現方法」も教えていく必要があります。
 予防(啓発)教育
(1)内容
感情教育、客観的思考、問題解決能力を育成する。
(2)年間の授業計画に組み込む
 国語・道徳・総合学習・HR等を用いて展開することができます。
(3)展開方法
 自己理解から始めて、他者理解、相互理解へと進めます。グループで体験的に行うと特に効果的です。
2 グループ体験学習
 グループで体験的に行うと効果があがりやすいのは、グループの力が働くからです。
 自分の苦手なところを他の生徒が補ってくれたり、活動に参加せずに見ているだけでも多くの体験を学ぶことができます。
 自己理解、他者理解が促進されやすくなり、共感性も生じやすくなります。
 また、具体的な体験を通じると、共通のイメージや理解がしやすくなり、相互理解が促進され、活動中に「行動のお手本」が見られるため、活動の途中で自分の行動変容が促されることもあります。
3 学習計画の立案
 段階をふんで行う必要があります。
 たとえば、「共感すること」を学習する活動であれば、まず、子どもが「自分の感情が何か」を理解できて「相手の感情が何か」を感じられる力を備えていなくてはなりません。
 したがって、
(1) 自分のクラスの問題を明確化する
(2) そのために必要な活動の目的を明確にして、活動を選択し、活動を導入します
(3) 活動後にフィードバックを行い「今日の活動を日常生活でどのように応用できるか」を考える活動を行う
 どのワークから始めたらよいか、それぞれの目標をクラスの状況に照らし合わせてプランを立ててみてください。
 また、一つを行った後でまだ難しいようであれば、一つ前の活動に戻ってみてください。
4 グループ活動の指導者の役割
 キレにくい子どもを育てるグループ活動の目的は、子どもが自分でコントロールすることができるようにすることです。
 ですから、活動の主役はあくまで子どもです。指導者は安全に活動ができるための環境を保障すること、および活動が順調に進むための援助をします。
 したがって、導入部分は楽しく活動を進めやすい雰囲気づくりを行いますが、子どもたちが自発的に活動を始めたら、基本的には子どもにまかせます。
 このとき、グループを支配しようとしている子どもがいれば、仲介して適切なリーダーシップを示し、乗り遅れている子どもがいれば、いっしょに活動に参加して励ましてください。
5 自分の感情を理解する
 「自分が何を感じているのか」を認識するためには、自分の感情の質と量を表す「感情を表すことば」や、その概念を理解することから始めます。
 朝・夕のHRでも、道徳や総合の時間を活用することもできます。
 また、状況や気持ちを理解する力を育成するために、国語や英語の時間を当てることもできます。
 実施するときは、子どもの発達状況によって、以下のように手法を変えると、理解されやすくなります。
(1)幼児から小学校低学年:目の前で具体的に体験(見る)する
 ビデオや場面の写真、絵などで視覚的・具体的に示す。
(2)小学校中学年から高学年:最近の自分の体験を思い出す
(3)中学生:ことばや場面に対するイメージや概念を用いる
(4)高校生:論理的に定義づけたり意味づけたりする
 自分の感情理解のためのワークは
(1)お顔の体操
 朝夕のHRで、朝の体操気分で、快・不快の一つひとつの表情を皆でやってみます。
 教師が「はい、これと同じ表情をしてみましょう。どんな気持ちですか?」と表情と感情のネーミングを促します。
(2)3分間スピーチ
 話し手が前にでて、ある感情を表す表情をしてみせる。それがどんな感情を表しているかを当ててもらう。
 そして、その感情になったときの、エピソードを話してもらう。
(本田恵子:早稲田大学教授 臨床心理士・学校心理士・特別支援教育士。中学・高校教師の後,カウンセリングの必要性を感じて渡米しカウンセリング心理学博士号取得。帰国後は玉川大学助教授等を経て現職。いじめ,非行,発達障害などが生じる背景を包括的に捉え,問題が生じる前の啓発教育,危機介入,問題行動を繰り返す子どもたちへの個別支援プログラムの開発,実践などを行っている)

 

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子どもの心が健康であるためには、自己肯定感が必要である、どうすれば自己肯定感を得ることができるか

 子どもが心の健康を得るには自己肯定感が必要である。
 相談活動に身を置くカウンセラーである富田富士也から見て、心の健康には自己肯定感の獲得が求められると思います。
 自己肯定感の希薄化は言いかえれば、子どもたちの心の健康の危機なのです。
 人にとって最大のストレスは人間関係ではないでしょうか。そして、悩みのほとんども人間関係です。
 人は一人では生きていけません。だから、学校のクラス集団のなかでどのようにして自分を維持していくのか。それはとてもストレスのかかることです。
 富田さんの相談室に来る子どもたちは対人関係に自信をなくしています。ストレスでいっぱいです。
 抱かえきれないストレスは自己評価を低くし、自己肯定感を喪失させます。
「自分は誰からも必要とされていない」と思ってしまえば、人と関わるエネルギーが乏しくなります。
 人間関係の紡ぎ合いをあきらめ、人間関係に期待しないと、傷つかないかわりに孤独というストレスを背負い、心のバランスを失っていきます。
 人間は、人とつながるためにこの世にうまれてきたのです。人は一人では生きていけない。
 しかし、人間関係には矛盾がある。
 どんなにヒドイと思える人にでも「そうならざるをえない生い立ちがあったのではないか」と、その人の背景に思いを馳せることが大切。
 お互いの思いが対立するときもある。そんなときはケンカになる。
 ケンカしてせめぎあっても、折り合って仲直りができる。
 ケンカしたら、もうすべて終わりではない。
 人間は、人を信頼しなければ生きられない。
 人は、みんな寂しいんです。みんな、甘えることができないんです。
 人を信じる勇気がないと、人は、人に甘えることができない。
 弱点は、だれでもあるんです。傷つくリスクを背負ってこそ、癒されるんです。
 トラブル、対立を恐れてはいけません。
 不条理なことは、くやしいけど、一旦、受け止めるしかないんです。
 苦しみ、悲しみは、その人が背負うしかないんです。
 ただそばに居る。ただただ聴く、逃げない。
 自分は、無力だと謙虚に受け止めなければいけない。
 なんとかしようと思ってはいけない。
 人は人とからみ合うことで心が傷つき、また逆に癒されます。
 だから、癒されるチャンスにめぐり合うためには、傷つくリスクを背負うことも必要なのです。
 人と向き合うから傷つき、人と向き合うから癒され、人と向き合うからわかり合える。
 人と関わることで、人に共感することができ、そこから、自己肯定感が生まれる。
 人と絡み合うことで自己肯定感を獲得する道を模索したいものです。
(富田富士也:1954年静岡県生まれ、心理カウンセラー。総合労働研究所で教育相談ボランティア(10年間)活動を経て、民間の青少年相談援助機関を開設。幼児教育から青年期までのカウンセリングや相談員、教育・福祉臨床員を育成。子ども家庭フォーラム代表、文京学院大学生涯学習センター講師、日本外来精神医療学会常任理事、日本精神衛生学会理事、日本学校メンタルヘルス学会・運営委員、全国青少年教化協議会評議委員)

 

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私が「教師を支える会」を立ち上げることにした訳とは何か

 諸富祥彦教授は1993年に千葉大学教育学部の専任講師に赴任して以来、小学校・中学校・高校の先生方との関係を密に持ってきた。
 その中で、諸富教授が抱いた実感は、
 教師はすごい。特に教師集団が一体となって動き始めた時のパワーは並大抵のものではない。
 スクールカウンセラー一人の活動などとてもかないはしない。
 そうであるならば、スクールカウンセラーとして直接子どもを支援するだけでなくて、「教師集団をサポートすることで間接的に子どもを支援する方が良いのではないか」という気持ちがあった。
 そんな思いで、諸富教授は教師を支える会(現場教師のサポートグループ)を立ち上げました。
 今、「教師受難の時代」と言われています。
 学級崩壊、いじめ、不登校の増大、学力低下など、問題は山積み。
 子どもたち、そして保護者たちの変化は著しく、その中で多くの教師が途方に暮れています。
 その一方で、教師への要求・負担はますばかり。
 教師特に学級担任への眼差しは、ますます厳しい。
 考えてみれば、このような変化の厳しい時代の中では、多少うまくいかないことが出てきても当たり前。
 大切なのは、教師や教育関係者たちがお互いに支えあって、この困難な時代をうまく乗り切っていくことです。
 しかし教師には、まじめで責任感の強い方が多い。
 自分に与えられた仕事は、自分できっちりやろうと、一人で背負い込みすぎ、追い込まれている方も少なくありません。
 また、不運にも、教育観などの相違もあり、同じ勤務校の中で、お互いに支えあったり相談しあったりといったことが、気兼ねなくできる同僚や管理職に恵まれていない教師もいます。
 教師として本来、素晴らしい力を持っているのに、仲間から孤立して、不必要に自分を責め始め、ますます力を発揮できなくなっている先生方も少なくないようです。
 別の学校に移ることを考えたり、休職を考える先生も当然います。
 これらのことを、教師本人の責任に帰すのは過酷すぎます。これだけ大変な時代なのです。
 いろんな問題が生まれてくるのが自然です。
 世間もマスコミでの報道などを通して今の学校現場の大変さは知っているはずです。
 にもかかわらず、今教師が大変だ、教師を支えよう、という具体的な動きは、あまり見られません。
 しかし、教師自身が、安定した気持ちで自然な笑顔を浮かべることができる状態になくては、いい教育ができるはずがありません。
 今、必要なのは、この「教師受難の時代」に、その難局を乗り切ろうとがんばっている「先生方をバックアップする力」の存在です。
 教師同士のつながりももちろん大切ですが、教育関係者や地域の方などが「傍らから教師を支援する」こともできるはずです。
 今、この大変な時代に、先生方を支える力を大きくしよう。
 そのために、個々ができることをすると共に「教師を支える」眼差しを持つことが、学校がこの難局を乗り切ることにつながる。
 ひいては子どもたちのためになることを社会に対してアピールしていこう。
 そのためのゆるやかなネットワークを作っていこう。
 そんな思いで、諸富教授は教師を支える会(現場教師のサポートグループ)を立ち上げました。
 教師を支える会は、
(1)学級経営や子どもたちの心の問題への対応
(2)保護者対応
(3)職場での人間関係
(4)教師のメンタルヘルス(特にうつ)
(5)休職中のすごし方や職場復帰の準備など
 において悩みを抱える教師や、かつてそうした問題に直面した経験のある教師が集まり、現在抱えている問題をお互いに相談しあう。
 その問題の解決方法をグループで模索したりする「サポートグループ」を基本として活動しています。
 あくまで「自助」が基本ですが、専門の心理臨床家が安全な場づくりを手伝いします。
 現在、次の支部が活動しています。それぞれの日程と会場をご確認の上、ご参加下さい。東京支部、国立支部、市川支部
 諸富教授は個人的な相談等については回答しかねますが、講演、研修、ワークショップ等の依頼はメールにてお引きうけされるようです。
(諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、千葉大学教育学部講師、助教授を経て明治大学教授。日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会認定カウンセラー会理事、日本生徒指導学会理事、教師を支える会代表、現場教師の作戦参謀)

 

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子どもたち誰もが行きたくなる学校を創るには、どうすればよいか

 栗原慎二先生は、広島大学の教員の中で、学生による授業評価No.1に選出され、学長賞を受賞、講演回数も多い人気教授です。
 埼玉県内の公立高校で荒れた学校や不登校生徒の多い学校での教師経験をもつ学校再生のスペシャリストで、広島市全体の不登校生徒数を1年間で激減させた実力派です。
 モグラ叩き的生徒指導はもう本当にやめ、予防的に、かつ組織的に動いていきましょう。
 高校教師としての経験が長い(18年間)栗原先生は、教師の気持ちをよく理解してくれます。
 伊勢市教育研究所の夏季研修の講演(2013年)で次のように語っています。
 栗原先生は「学級の状態と学力は大きな関わりがあり、生徒指導をきちんとすれば半年で学級は変わり、学力も向上する」と。
 具体的にどう行動すればよいか。栗原先生は、教師の視点を変え、現状を捉えた上で今の子どもをどう理解するかが大切だと。
 昔の子どもたちは、屋外で異学年の子どもも交えて、多人数で身体を使って遊んでいたのに対し、今の子どもたちは、屋内で同学年どうしが少人数で遊んでいる。
 これでは、対人関係スキルが身につかない。
 さらに、子ども集団の崩壊と遊びの変質に加えて、家庭機能の低下、いじめや学級崩壊、社会からの要求の高度化等により、良質の人間関係をつくる体験が不足していると指摘。
 他者や社会への否定的感情、自尊感情・自己有用感の低さ、スキルの不足が、過剰な気づかい、人格的もろさ、ボーダー感覚の喪失、非共感性、攻撃的行動につながり、それらが「不登校」「ひきこもり」「NEET」「青少年犯罪」等の現象となって表れていると栗原先生はいいます。
 それではコミュニケーション能力を高めるには、どうすればよいのか。
 栗原先生は、勉強ができるようになるには勉強をする、サッカーができるようになるにはサッカーをするのと同じように、コミュニケーション能力を高めるにはコミュニケーションを多く体験することが重要だと。
 とにかく大事なのは、質より量。やっていくうちにうまくなる。
 マイナスの体験についても、ある方がよい。マイナス体験が、それを上回る肯定的な人間関係の構築に繋がる。
 クラスで誰にでも「おはよう」と言える子どもは、一体何人いるでしょうか。
 中学生を対象に調査した結果では、向社会性のスキルの高い子どもは、勉強もできるし、友人もできるし、いじめられないし、楽しいと感じているという結果が出た。
 今の最大の問題点は、子どもたちが集団から集合に変わっていることだと栗原先生は強調する。
「集合」の中には絆がなく、支え合いがありません。このことが、教育が難しくなった最大の原因である。
 これまで「スクールカウンセラー」「特別支援」「スクールソーシャルワーカー」など、様々な取り組みにより現状を支えてきてはいるものの、なかなかうまくいかない。
 生徒指導の本質は「集合を集団に変えることで解決する」と栗原先生は指摘する。
 集合を集団に変えるためには、生徒指導、授業づくり、学級づくり、学校づくりなど全ての場面において意識して取り組むことで集合が集団に変わるというのです。
 具体的な例をあげると、授業では、子どもたち同士が交流するグループ活動の中で、互いの影響力が発揮できる授業、欲求の満たされる授業をしていくべきだと。
 一部の子どもだけがヒーローになり、一部の子どもだけが楽しめる授業では、子ども達の意欲はどんどん落ちていく。
 意欲・欲求というのは、「交流欲求」「承認欲求」「影響力欲求」の順に満たされていくという特徴がある。
 学級崩壊では、交流欲求のある子に振り回される状態が見られ、問題行動の目立つ子どもを叱ることで、問題行動を継続・拡大させることになる。
 子どもたちが普通の行動をとっている時に交流することが大事。交流により欲求が満たされると、問題行動を起こす必要性がなくなる。
 また荒れた状況にある子どもへの指導や支援のポイントは、
(1)発達的問題・養育上の問題・欲求を理解し、情緒的サポート(理解・傾聴・感情の交流・承認など)を提供する。
(2)観察で、きちんとしたレスポンスを返す。
(3)コミュニケーション能力を育む。
(4)個々の学習ニーズに応じた学習課題を設定する。
 ことが重要である。
(栗原慎二:1959年青森生まれ、埼玉育ち。広島大学教授、スーパーバイザー、ピア・サポート・コーディネーター。埼玉県公立高校教師(18年間)として生徒指導・教育相談に携わる。AISES(学校教育開発研究所) 代表理事、日本学校教育相談学会会長。専門は学校臨床心理学)

 

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学級の生徒を指導するとき「おまえを愛してるから、俺は偉い!」が口癖になった

 教師として、子どもと人間関係を築くことはとても大切です。特に、思春期まっただ中の中学生と信頼関係を築くことは、難しい場合が多いです。
 まだ竹内和雄先生が新任教師の時の話です。
 Aくん(中学2年生)は、竹内先生のクラスの生徒で、いわゆる問題生徒で、竹内先生に反抗ばかりしていました。事件が起こったのは五月半ば。
 そんなAくんが社会の授業で、教科担当のB先生(五十代男性)と衝突しました。
 授業中、私語をやめないので、きつく叱られたそうです。
 非行を繰り返すグループでリーダー的な地位にいたAくんは、みんなの前で叱責されたこともあって素直に謝れません。
 学級委員が職員室に「先生、大変です! AくんとB先生が!」と駆け込んできました。
 たまたま竹内先生は空き時間で、職員室にいましたので、教室に急ぎました。
 教室では、正にAくんとB先生がにらみ合って、すごい表情で言い合いをしています。
 Aくんは、今にもB先生に殴りかかろうとしているのを、クラスの生徒たちが一生懸命止めているところでした。
 若かった竹内先生は、どうしていいのかわかりませんでしたが、背中から、はがいじめにして、廊下に無理やり引っ張り出しました。
Aくん「やめろや、離せや、ボケ!」
竹内先生「誰に向かって、物言ってんねん!」
Aくん「教師が何様じゃ!? えらいんか!」
 売り言葉に買い言葉。どんどんエスカレートしていきました。とっさに、
竹内先生「俺は、最高にえらい。俺にえらそうなことを言うな!」と言いました。
Aくん「は~、笑かすな! 教師のどこがえらいねん?」
竹内先生「お前を愛してるから、俺はえらい。だから俺のいうことを聞け」と怒鳴りました。
 Aくんの力がすっと抜けたのを感じた竹内先生はたたみかけました。
竹内先生「お前を愛してるから、俺はえらい。世界でたった一人のお前の担任やぞ」と一気に話しました。
竹内先生「俺はお前の担任やぞ。担任やから、お前のこと、愛してるに決まってるやろ」
竹内先生「だから俺はえらい。俺の言うことを聞け」
 竹内先生は自分で話しながら、涙が出てきました。どういう涙なのかわかりません。
 竹内先生は自分でも何をしゃべっているのか訳がわかりませんでした。
Aくん「わかった、離せ」と静かに話し、ゆっくり自分の席に戻りました。
 そして、山本先生に向かって「授業、はじめろや」と言いました。
 周りに集まっていた生徒たちを座らせ、竹内先生はこう宣言しました。
「Aくんはもう大丈夫です。残り二十分授業がある。みんなしっかり勉強しなさい」
 副主任の先生が「Aくんを別室で指導してから授業を受けさせるべきではないか」と心配してくださいました。
 しかし、山本先生は「大丈夫です。担任は僕です。任せてください」と言って聞きませんでした。今思うと傲慢な新任だと顔から火が出そうです。
 もちろんAくんは、最後までちゃんと授業を受けました。
 休み時間にクラスの女子たちが職員室に走ってきて「先生、かっこよかったぁ」と絶賛してくれましたが、なんであんな言葉がすらすら出てきたのか、自分でも不思議です。
 それ以来、山本先生は「愛してるから、俺はえらい」というフレーズをずっと使っています。
 考えてみたら、担任は、クラスの子を愛してるから、やっていけるものです。
 もっと言えば、愛することができるように、日々、努力しなければならないと思っています。
(竹内和雄:1964年生まれ、公立中学校で20年間、生徒指導を担当し、寝屋川市教委指導主事を経て兵庫県立大学准教授。課題を持つ子どもへの対応方法について研究)

 

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吉田松陰に学ぶ、人の育て方とは

 教育者としての理想像を吉田松陰に見出した川口雅昭先生は、30年に及ぶ松陰研究を続けています。
 吉田松陰は山口県萩で生まれ、萩藩の山鹿流兵学師範だったおじから厳しい教育を受けて育ち、10歳のとき藩校の教壇に立ち、翌年には藩主毛利敬親の前で講義をしました。
 松陰は全国各地を旅して、さまざまな人の教えを受けて見聞を広め世界への目を開かされました。
 外国を自分の目で見たいと考え、黒船に乗り込み外国への密航を図りますが失敗。自首し、江戸から萩の野山獄へ送られます。
 やがて実家で幽囚中、若者らが教えを求めて来るようになり、松下村塾を受け継ぎます。
 松下村塾は、15坪ほどの瓦葺き平屋建てで、わすか2年余の教育期間ながら、高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文・山県有朋といった後世に名を刻した多くの人材を輩出しました。
 塾生には「読書だけではだめだ。実行が大事だ」と説き、個性を重んじ、一方的に教えるのではなく議論しながら共に学び、多くの志士を育てました。
 その後、松陰は日米修好通商条約に調印したことを厳しく批判するようになり、幕府による安政の大獄が始まる中、幕府は過激な言動を恐れ、松陰は江戸へ送られ処刑され満29歳で亡くなりました。
 しかし、志ある人々が立ち上がって日本を変えるべきだという松陰の志は、塾生らに受け継がれ、討幕へ、明治維新へと、時代を大きく動かしていきました。
 松陰先生の真の偉大さは「現代でも、若者たちを社会のために勉強しようという気にさせ続けていること」だと川口先生語ります。
 松陰は教育者だが「教育」は和語では「教える」で、その語源は「愛(お)しむ」だそうだ。つまり「愛することが人を育てる」ことだ。教育者に必要な心構えだろう。
 人を育てること、つまり「人づくり」の目的は「よき人になる」ことである。現在の教育からはここがすっぽり抜けてしまってはいないかと川口先生。
 子どもから「なんのために勉強しなければならないの?」と聞かれた経験のある人は少なくないだろう。また、そういう疑問は誰しも一度は抱いたことがあるだろう。
「学は人たる所以を学ぶなり」つまり「人間とは何か、いかにあるべきかを学ぶこと」「人間とはどういう生き方をすればよいかを考える」ことが学ぶことだと松陰は述べている。
 勉強するのは、自分がわかるため、心を磨くため、いかに生きるかということである。
 松陰は弟子に先生を訪ねて質問せよと門下生全員に紹介状を持たせた。落ちこぼれずに自己教育を続けられる人間を作ろうとした。
 川口先生の講話の中でもとりわけ心に響くのは「自己教育」という考え方だ。
 自己教育とは「自分の関心のある学問を主体的に継続すること」だ。
 自己教育は、先生がいて、行き詰まったら、先生の指導を受ける。主体は能動的に学ぶ方にある。学習能力を自得することだ。
 自己学習と独学の違いは「行き詰ったときに質問にいける先生がいるかどうか」だ。
 さらに「同じ訊きにいくなら一流の人に訊け。一流の人は決して門前払いしない。」と川口先生は言う。
 人を育てることにおいては「やる気にさせる」ということがとても重要である。
 教師というものは、生徒たちに「教師のようになりたい」と思わせることができないと、どんな教育理念を持っていてもダメだ。
 人に暗示をかけ、悟らせてあげることを「人を點醒(てんせい)す」と吉田松陰は言った。
 松陰は、そばにいる人間に、やる気をひきおこさせる「點醒(てんせい)」の達人だったと川口先生いいます。
 點醒とは人づくりの基底にある最も大切な教えではないだろうか。
 その人に接するだけで、やる気を興させてくれる人がいる。點醒的資質のある指導者というべきであろう。
 これは何も天性のものばかりとは限らない。人を指導する立場にあるものは、努力によりこのような資質をこそ、自得して行くべきではないか。
 今、教育にも子育てにも活かせたいものだ。
 松下村塾で多くの人材が育ったのは、子どもたちは松陰のようになりたかったのだ。
 また川口先生は「自分がいなければならない」という人物になれと。
 人を育てるには、ひとつ忘れてならないのは「待つ」ということだ。
 松陰は「人間が育つのにもっとも必要なのは能力ではなく、時間である」と。
 つまり教え子が成長するのを待つことが大切だ。
 しかし、逆に、時間をかけさえすればすべての人が「モノ」になるかというとそうではない。大切なことは「大器」たらんとする志を持ち続け、人知れず、日々の努力を継続することであろう。
 今自分が何をすればいいのか、川口先生は、
1 今自分がいる場所で、今できることを全力でやれ。
2 成長しない人間が成長する人を育てられない。
3 まずこれというものひとつに集中し、しっかりした幹を作れば、枝葉はいくらでもつく。
4 独学でなく自己教育を一心不乱に行う。
(川口雅昭:1953年山口県生まれ、山口県立高校教師、山口県史編さん室専門研究員などを経て、人間環境大学特任教授。師範塾塾長。吉田松陰研究の第一人者)

 

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一人の女性教師が「やればできるんよ」と荒れた学校を立て直した、その方法とは

 広島県のある高等学校。この高校は、かつて県内一の落ちこぼれて荒れた学校だった。それを変えたのは、一人の女性教師だった。
 2001年に山廣康子さんは教頭としてこの学校に赴任した。
 教師すら指導を諦めていたこの高校は、落ちこぼれの受け皿校と呼ばれていた。
 喫煙、暴力、万引き、いじめが横行し、すがすがしいはずの新学期一日目に廊下はゴミで溢れていた。
 生徒たちが春の遠足で市内の動物園を回っていた。1年生のTくんは、入学以来何度かいじめにあっていた。彼は遠足中にも生徒に難癖をつけられて集団暴行を受けた。
 ところが引率の教師たちは遠足から学校に戻ると、山廣教頭に「何も問題は起こりませんでした」と事件の表面化を避けるために嘘の報告をしたのだ。
 山廣教頭はこの事実を別の教師から聞き、問題の教師たちに理由を聞いた。
 彼らは「放っておけば問題は収まりますから」「どうせ一番悪い生徒たちは辞めていきますから」と答えた。
 山廣先生は、目の前の教師に恐ろしさを感じた。生徒たちをなんとかしたいと思う山廣教頭にとって、最大の壁はこの無気力な教師たちだったのだ。
 集団暴行事件に端から始まった騒動は、1学期が終わるまで、校内を混乱の渦に巻き込んだ。
 山廣教頭と教師たちは、被害にあった生徒の送り迎えに追われた。
「いじめや暴力は絶対に許さない、安全な学校にしよう」という決意を固めていた。
 山廣教頭は全校生徒を体育館に集め、一大演説をぶつことに決めた。
「いじめや暴力に遭っている人は、絶対に守ってあげます。先生を信じて隠さないように。厳しい処分で対処します! いじめや暴力は絶対に許しません」
 と、激しい口調で演説した。
 また、加害者の保護者を集め、事件の経緯と学校の方針を明確にした。
 山廣教頭は、
「生徒たちの生活習慣を確立させたい。規範意識を高めたい。自律心を持たせて、自分や相手を大切にするよう導きたい」とその思いを、ぜひとも保護者に理解してもらいたかったからだ。
「親にとって、どの生徒もかけがえのない、かわいい子どもです。学校にとっても大切な生徒です」
「もし、被害者の子の親だったら、どんな気持ちになるか、考えながら聞いてください」
 と、被害者がどんな目にあい、どんなつらい思いをしたか事実を克明に説明した。
 凄惨な場面の一部始終を話す時には、山廣教頭は声がふるえ、涙が出そうになった。
 途中「むごすぎる」と泣き出し、廊下に出る保護者もあり「被害者に謝罪させてほしい」という声もあがった。
「被害者には私たち学校が、責任を持って対処します。安全で安心な学校生活が送れるよう全力でがんばります」
「そのためには、みなさんのお子さんに、心から反省をさせなければなりません」
「現状をしっかり見つめ、学校と連携し、力を合わせてがんばりましょう。何より大切なのは親の愛情です」
 その日を契機に、保護者の口から子どもに対する愛情や熱意、期待などを直接聴くことが多くなった。
 山廣教頭は逐一それらの言葉を生徒に伝えるようにした。
「幸せだね、お母さんがこんなことを言っていたよ。これほど両親から思われているなんて」
「がんばって親孝行しんさい。あなたが学校でがんばることが最大の親孝行なんだから」
 保護者と生徒の架け橋になることで、なんとか生徒たちを更正させようと必死だった。
 最初のうちは無表情で話を聞き流している生徒や、恥ずかしいのか顔を反らして聞こえないふりをする生徒が多かったが、次第に素直に聞き入るようになっていった。
 うれしいことに、徐々に生徒のほうからも、家庭での生活や親のことを笑顔で話してくれるようになったのである。
 山廣教頭は保護者と生徒の関係が少しずつ変わっていると、そう肌で感じるようになった。
 山廣教頭は、赴任した当初から職員室もふくめ学校の汚さにへきえきしていた。
 学校が荒れているせいなのか、だれも校内を清掃しない。ゴミは散らかり放題。生徒や教師も積極的に掃除をしようとしない。
 学校改革の最初の一歩は職員室の掃除だったかもしれない。山廣教頭は流し、食器棚などを徹底的に掃除をした。そのほかにも、机の配置換え、不要物の処分などを行った。
 同時に山廣教頭は、校内の掃除にも取りかかった。まずは自ら行動で示そうと思ったのである。廊下や階段を、毎日黙々と掃除した。
 休憩時間のたびに、生徒たちが出てきて、パンの袋やジュースの紙パックを捨て、生徒がツバを吐くので、廊下や階段の汚れは目を覆いたくなるほど不快だった。
 山廣教頭がトイレットペーパーでツバを拭き取り、そのあとをモップで拭く。きれいにすると、生徒がまたツバを吐き、散らかす。それをまた掃除する。その繰り返しだった。
 山廣教頭が掃除をしていても、教師たちは、避けて通ったり、ごくろうさまの言葉もなかった。結局、手伝ってくれたのは、一人の女性教師だけであった。荒れた校舎の光景が、教師や生徒の心象風景であるかのように感じた。
 夏休み前のある日、ふと校門から校舎に登っていく70段の階段を見て山廣教頭は思った。
 階段はいつもゴミだらけ。生徒は掃除をしないし、教師もさせるつもりがない。これでは、いつまでたってもきれいになるはずがない。
 そこに、ずらっと花を植えたらどうなるだろうか。そう思った瞬間「ゴミの代わりに花を植えてやれ」と決心した。
 決めたらすぐ動くのが、山廣教頭の身上。体育教師の協力を得て、プランター100個に、ベゴニア、サルビア、ペチュニアなどの花を植えた。九月の始業式には見事に咲きそろい、学校の校門の前は見違えるようにきれいになった。
 学校を再生するためには、まず教師の意識を変えなくてはならない、というのが赴任した当初からの、山廣教頭の考えだった。
 というのも、教師たちの大半が、都合の悪いことはすべて社会のせい、他人のせいにしていたからである。
「生徒を受け入れてやらなければ」と言うけれど、それでは生徒のためにはならない。そのまま社会に出したら、生徒たちは間違いなく切り捨てられる。
 生徒たちを受け入れ、救うと言いながら、生徒たちの行動を放置し、容認するだけという野放しの状態。いったん、このように割り切れば教師はとても楽である。
 教師たちはみんな、口では「大変だ、大変だ」と言っていたが、生徒指導も進学指導も、教材研究も、クラブ指導も十分にしないのである。
 教師にとって、こんな楽な学校はない。授業中寝ていてもオーケー。制服を着ていなくてもオーケー。
 このままでは、この子たちは落ちるとこまで落ちてしまう。山廣教頭は危機感を持っていた。とはいえ、いきなり教師たちの意識を変えることはできない。
 そこでまずは、生徒を指導するという、教師としてごく当たり前の意識を芽生えさせようと思いついた。
 夏休みの間に教師を集めて会議や研修を行い、いくつか提案することにした。
 まず、提案したのは、遅刻指導をするということ。しかし、教師たちは、ことごとく反対した。「では、ゆっくりやりましょう」と、ひたすらなだめ、こんこんと説得を続けた。
 次に服装指導を提案した。私は、まず身だしなみをきちんとしなければ生徒たちの意識は変わらない、という確固たる信念をもっていた。
 職員会議を延々と続け、ようやく、遅刻指導から行うことが決定した。
 服装指導は、とりあえず、山廣教頭をはじめ生徒指導部の教師が積極的に指導することで落ち着いた。
 早速、二学期の始業式から、校門の前に遅刻指導のテントを張った。教師が交代で常時テントにいるような体制を整えた。
 実質的には「出入り指導」であった。
 朝、遅刻してくる生徒はもちろん、授業中に勝手に学校に出入りする生徒をチェックする機能も兼ねていたからだ。
 出入りする生徒を呼び止めて、話をして、少しずつ人間関係を築いていく。それが、この指導の目的でもあった。
 1カ月、2カ月と続けるうちに、遅刻指導のテントは、次第に効果をあげ始めた。
 遅刻が目に見えて減少し、さらに、生徒と教師の関係が密になった。
 テントの前で、一対一で話をすることができるため、生徒が勉強、家庭、恋いの悩みを打ち明けることなどが次第に多くなったからだ。
 同時に、教師間で生徒たちに関する情報の共有化も図れるようになったのである。
 山廣教頭は、環境が変われば人も変わると信じていた。
 学校改革を進める山廣教頭に、全国の学校や駅のトイレを掃除するボランティア団体『広島掃除に学ぶ会』との出会いで、ある考えが浮かんだ。
 山廣教頭は、学校が休みの日に生徒たちと一緒に校内のトイレ掃除をしようと提案したのだ。
 3ヵ月をかけ徐々に準備をしていくことにした。「掃除に学ぶ会」の機関誌を各教室に配布したり、会の活動内容や、全国各地の参加者の体験発表などを紹介して、生徒たちに参加を呼びかけた。
 当日たくさんの生徒を動員しようと、山廣教頭は生徒たちの自宅に個別に電話をかけ始めた。「教頭の山廣ですが・・・」電話に出た生徒や保護者は、何ごとかと驚いた様子だった。
 しかし、主旨を説明すると「わかりました。参加します」と、一様に保護者たちも理解を示してくれた。
「友だちも誘ってね」と、そんなふうに、人間関係が築けている生徒、一人ひとりに電話をかけて「出てね、出てね」と頼みまくった。
 ふだんから積極的に生徒に声をかけていたので、そのネットワークを生かして、生徒集めに奔走した。
 また、問題行動を起こした生徒は自動的にトイレ掃除に参加させる方法をとった。
 一方、教師たちには半ば強制的に参加を促した。
「各クラスの問題行動を起こした生徒がトイレ掃除に出るのだから、その担任も一緒に参加するように」
 そうした結果、当日は、生徒や教師はもちろん、PTAや同窓会の人々、「広島掃除に学ぶ会」のメンバーや、県警や県教委の関係者、そしてイエローハットの鍵山相談役など、総勢300名が参加することとなった。
 さらに話題性があるということから、地元の新聞社やテレビ局などが、大挙して取材に訪れるという一大事に発展していった。
 無気力だった教師たちの目つきも変わり、懸命にトイレ掃除をした。その姿を見て、問題の生徒たちも掃除に参加した。トイレ掃除を始めると、嫌悪感も忘れみんなどんどん集中していった。
 トイレ掃除は思わく以上に大成功だった。山廣教頭にとって、生徒たちが熱心に取り組んでいる姿は意外だったし、正直、生徒たちがここまでやるとは思っていなかった。
 このトイレ掃除で得られたことは、トイレをきれいにした、という充実感だけではない。
 大勢の人々と一緒になり、一つの目的に向かうことで生まれる共有体験も得られるのだ。特に問題行動を起こす生徒たちにとって、大人と一緒に何かに取り組むという経験は、新鮮なことに違いなかった。
 もともとこの学校の生徒たちは、大人に対する不信感が非常に強い。
「どうせオレらは、ダメなんだけー、相手にしてくれるはずがないじゃん」と、投げやりなところが見られる。劣等感が強く、世の中を肯定的にとらえられない。
 そこへ、これだけの大人が自分たちの学校へやって来て、新聞やテレビも取材してくれた。
 問題を起こしての報道ではない。「オレらでも注目されるんだ」という事実が、生徒たちを力づけた部分も大きかったのだろう。
 トイレ掃除終了後、体育館に集合して、全員でおむすびとみそ汁を食べながら、体験発表をした。
「初めは抵抗があったけれど、きれいになっていくのが楽しかった」と、どの生徒も晴れ晴れとした表情で、口をそろえてそう言った。
 翌朝、遅刻指導で校門に立っていると、声をかけてくる生徒がいた。「先生、おはよう」と、山廣教頭に敵対心をむきだしにしていた問題行動の常習犯の生徒だった。
 トイレ掃除を機に、学校全体の空気が、少しずつ変わり出していく気配があった。
「掃除に学ぶ会」の方たちの姿を見て、自分たちの学校は自分たちの手できれいにしようという意識が芽生えてきたようだった。
 それ以来、教室を掃除しようとか、ゴミのポイ捨てをやめようという動きが、教師や生徒たちの間に、徐々にではあったが、自然に生まれていった。
 学校が少しずつきれいになることで、生徒や教師の心が安定するという変化が起きているようだ。
 翌年の夏にはトイレ掃除だけでなく荒れたグランドの草刈りが行われ、その成果として7年振りに体育祭が開催されたのだ。不良グループのリーダーは盛り上げ役のリーダーになっていた。
 山廣教頭は、何か特別なことが起こったのではなく、地道にこつこつと積み重ねて来たことが成果として大きく現れたのだと話す。
 4月、高校に新たな入学生たちがやってきた。そこにかつての荒れた学校の影はもうない。山廣教頭の学校改革は、着実に成果を上げたのである。
(山廣康子:1949年生まれ 元広島県公立高校校長。荒れた学校をトイレを掃除するボランティア団体の協力を得て、学校を立て直した)

 

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陽転思考が人生の夢の扉をひらく

 小田全宏さんが人間教育の道に入ってから20年の歳月が流れました。
 大学を出るときは、「人間教育の道に進みたい」と熱望していたが、当時はそういう職種がなんであるのか、さっぱり分からずにいた。
 その時出会ったのが、あの経営の神様と言われた松下幸之助(注)さんです。当時松下さんは88歳でしたが、松下政経塾の面接でお目にかかったときに、
「このままでは日本は駄目になる。財政が破綻するし、日本人が駄目になる。わたしはこの松下政経塾を昭和の松下村塾にしたいのや」
 の言葉が今でも深く小田さんの心に残った。
 その後、多くの塾生達は政治の道に進みましたが、小田さんはひたすら人間教育の道を進んできました。
 小田さんは自分の人生を人づくりに賭けようと、入塾当初から思っていたからです。
 そのために政経塾時代には、行動科学を研究し、感受性訓練やエンカウンター訓練などを通して、人間学の研究に没頭した。
 27歳の時に、現在の株式会社ルネッサンス・ユニバーシティの前身にあたる企業教育の会社を作った。
 その間には、市民運動として、リンカーン・フォーラムによる「公開討論会」や、「首相公選」、「マニフェスト」など数々の運動の取り組みをしてきた。
 小田さんは、それぞれに大きな手ごたえを感じましたが、20年間変わらずに訴えてきたのが、「陽転思考」を中心とした「自分づくりとリーダーシップ力」の養成です。
「人間力」は、正しい考え方を習慣にし、鍛錬することで身につきます。人は自分自身を高めようと努力すると、確実に成長し、その結果、その人個人のみならず、その人を取り巻く環境も変化します。それはとても楽しい経験なはずです。
 小田さんはこれまでの体験を通して、そのことを確信しています。
 小田さんがこの30年間一貫してみなさんにお伝えしてきたことがこの「陽転思考」という考え方です。
「陽転思考」とは「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 松下幸之助さんは、貧しく、学歴もなく、健康でもないという無い無い尽くしの中から、いわゆる成功者になりました。
 松下幸之助さんは、家が貧しく、住み込みで大阪の商家で働き、商人としてのしつけを受け苦しくつらい経験を味わった。
 生来からだが弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。
 何度か九死に一生を得た経験を通じて、自分の強運を信じることが出来た。
 こうしたなで、松下さんは自分に与えられた運命をいわば積極的に受けとめ、それを知らず識らずに前向きに生かしてかたからこそ、そこに一つの道がひらけてきたとも考えられます。
 運命というものは、人間の意志や力を超えたものです。
 人間の力ではどうにもならないのかといえば、必ずしもそうではないと思います。
 そこが運命の実に不思議なところだと思いますが、自らの意識や行動のいかんによっては、与えられた運命の現れ方が異なってくる。
 つまり、「人事を尽くして天命を待つ」ということばがありますが、生き方次第で、自分の運命をより生かし、活用できる余地が残されているとも考えられます。
 松下さんの生き方も、知らず識らずのうちに、自分の与えられた運命を生かすものであった、と言えるような気がするのです。
 松下さんは、その人間に残された余地は10%から20%ぐらいはあるように思っていました。
 この余地の尽くし方いかんによって、自らの80%なり90%の運命がどれだけ光彩を放つものになるか決まってくるということです。
 自分の人生はどうにもならない面があるけれども、こうだという信念をもって、自分自身の道を力強く歩むように努めていく。
 そうすれば、たとえ大きな成功を収めても有頂天にはならないし、失敗しても失望落胆しない。
 あくまでも大道を行くがごとく、処世の道を歩んでいくことができるのではないかと松下さんは、思っていました。
 小田さんの最も大切な考え方が「陽転思考」という考え方です。
 プラス発想やポジティブシンキングという表現をよく耳にしますが、「陽転思考」は単に元気に明るくという考え方ではありません。
 「陽転思考」とは、「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 もちろん「陽転思考」で生きたからといって、人の悩みが消えるわけではありません。また不可能なことがなくなるわけでもありません。
 しかしこの「陽転思考」を身につけることによって人生のあり方は大きく変わります。
 その姿を小田さんはたくさん見てきました。
 人の人生が大きく好転し、企業や組織がみるみる発展する。それらを目の当たりにすることはとてもワクワクする出来事でした。
 かつて「ありのままで」という言葉が流行ったことがありますが、私たちが自らをマイナスの言葉で縛り、その可能性を封印してしまっているとしたら、それは決して「ありのままで」ではないと思うのです。
 よく、コップの中に入っている水を見て「半分もある」と見えるか「半分しかない」と見えるか、それによって人生が決まるということが言われますが、この「陽転思考」は、深く掘り下げていくことで人生の扉が次々と開いていきます。
 かつて松下幸之助さんは、「人生の中で素直になることが最も大切なことや」とおっしゃっていました。
 素直な心とはどうゆう心であるのかといいますと、それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではありません。
 むしろ本当の意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容を持つものだと思います。
 つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。
 そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくるのではないかと思うのです。
 だから、素直な心というものは、真理をつかむ働きのある心だと思います。
 物事の真実を見きわめて、それに適応していく心だと思うのです。
 しかし素直になることに対し松下さんは、
「素直になりたいと30年心から念じていたら素直の初段になれる」
「そうすると物事が大体ありのままにみえるようになる」
「だから、大体において、過ちなき判断や行動ができるようになってくると思う」
「そしてまた30年すると二段になる。五段になったら神様やな」
 といって笑っておられました。
 とするなら、私たちも「陽転思考」の初段になるためには、30年思い続けなければならないということでしょうか。
 私も今年で「陽転思考」をお伝えして30年、ようやく初段になったかなと思うのです。
 天国から松下さんの「お前はまだまだ5級ぐらいやぞ!」というお叱りの声も聞こえてきそうです。
 まだまだ小田さんの人間学探求も道半ばです。
 あなたも是非この「陽転思考」探求にご一緒していただければ幸いです。
(注)松下幸之助:1894-1989年、実業家、発明家、著述家。パナソニック(松下電器産業)を一代で築き上げた経営の神様。PHP研究所を設立し倫理教育や出版活動、松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも意を注いだ。
(小田全宏:1958年滋賀県生まれ、実業家・教育者。松下政経塾に入塾し、松下幸之助の下で人間教育、人材育成を研究。ルネッサンス・ユニバーシティを設立し多くの企業で「陽転思考」の講演や人材教育を行う。またリンカーン・フォーラムや日本政策フロンティア(最高顧問は稲盛和夫)の設立者でもある) 

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不登校の子どもと親は、どのように指導すればよいのでしょうか

 金澤純三さんは元開善塾教育相談研究所長で、不登校の実践的な指導にかけては、わが国における第一人者といわれ、長期にわたる不登校も、わずか数週間で改善させる技をもつ。
 不登校の子どもも学校へ行きたいと思っているので、登校の支援をしてあげる必要がある。不登校の子どもを減らすには母親の健全化が欠かせない。
 金澤さんは講演で、興味深い話を次のように披露されました。
 私のところに来る子どもは,長期間学校を休んでいる場合が多い。
 母親が学校に相談すると,「温かく見守りましょう」とか「様子を見ましょう」と言われ、どんどん月日が経ち,どうしようもなくなる。
「様子を見る」という実態のない言葉は使わない方がいいだろう。「様子を見に行きましょうか」と言って家庭訪問をするなどまず行動をすることが必要である。
 不登校になる子どもは,長期の休み明けから学校へ行かなくなるケースが多い。なるべく早く学期内に戻すのが大切である。
 学校を休めば自分は悪いことをしたと思いこみ自己評価が下がる。この自己評価をどのように上げていくかが重要である。
「休んでもよい」とか「休んでもこうすればよい」と子どもに伝えるようにすればよい。ただ例外もあるが,休めばエネルギーが溜まるということはない。
 休めばエネルギーが溜まるなら,長期の休み明けに休むことはないからである。
 今の子どもたちは基本的に大変神経質である。小さいほうを大切にして,大きいほうを見過ごしている。
 また,今の子どもに特有なのは,他人の痛みに鈍感,自分の痛みには敏感で,バランスが取れていない。バランスが取れていない人は,他人の痛みがわからないのでいじめなどで相手を追い込んでしまう。
 先生たちも頭髪の指導にあるように,細かなものにこだわっている。
 1年近く登校拒否をしていて,久しぶりに学校に来た子どもに,髪の毛が伸びているから切りなさいというような指導をいきなりすると,こんなところには来られないと普通は思う。
 受け入れる先生は,不登校の子どもに対して家庭よりも温かくて居やすいようにしなければならない。みんなが来やすい学校にすることがまず大切である。
 頭髪がどうとか細かいことにこだわらない。指導力のない先生は,型を求める。
 弱い子どもや敏感な子どもがいるのだから,だれもが来られるように,先生は子どものそばにいてあげなくてはいけないのに,用事があるからといって離れてしまう。
 母親が,子どもが動かなくなり困ったと相談に来たときには急であってもきちんとやさしく応対してほしいものである。
 困っている子どもは,自分が困っているとは言えない場合が多いので,先生が家庭訪問をするということが大切である。
 家庭を見ると子どもの問題も見えてくる。神経質な家はきちんとしている。庭も整備され,玄関マットもきれいになっていると,子どもがずれたときに,何か騒動があるだろうなあと予想することができる。
 そういう家には,私たちは半ズボン,ランニングで行くなど失礼な格好で訪問するときがある。
 子どもは変な人だなと思うかもしれないが,警戒はしない。
 これは,スキを作り,打ち込み(攻め)させるねらいがある。経験のない人や頭の固い人は,真面目に行くのでうまくいかない。
 教育で歪んでくる子どもは母親に神経質な人が多く,ある一部分をよくしようとして全体をだめにしている場合が多い。まず母親と仲良くなるようにする。
 カウンセリングにしても教育にしても,必要なのは相手に好きになってもらわなければならない。相手を敬うことにより,好かれるようになる。
 家庭訪問の具体例として,お茶が出たらそのお茶を褒めたりすると,まず好意的に思ってくれる。
 お茶を飲んで今日は家の場所がわかったから帰ると言うと,大抵は呼び止めて子どもに会ってくれと言われる。
 このように,母親がまず先生を受け入れてくれなければ子どもは受け入れてくれない。
 次に子どもの部屋に通されたら,子どもの宝物を探し,それについての質問をし,褒める。まず本人以外のものを話題にする。
 えてして先生は,聞きたいことをいきなり聞こうとするが,子どもが言いたいことを聞くということが大切である。子どもが大切にしているものに先生が興味を示す。
 子どもは自分の大切なものに興味を持ってもらうと,自分に興味を持ってくれる,自分を大切に思ってくれていると思う。
 それによって安心感を得ているのである。先生たちはそういった子どもを見る目,気づく心を持ってほしい。
 帰るときは,子どもに玄関まで送ってと言う。最後に子どもに会って別れることが大切である。
 母親が出ると子どもと切れてしまうから,母親には出ないようお願いしておく。
 行動療法とは,再学習させることである。
 要するに「学校を休むと楽だ」と考えている子どもに,「学校へ行くと楽だ」というように考え方,感じ方を変えるのが私の言う行動療法である。
 心が変われば行動が変わると思っている人がいるが,行動が変わったら心が変わるという考え方である。行きたくなくても行かせると学校に行きやすくなる。
 今の子どもたちに共通している悩みとして不眠がある。私のところは8,9割の子どもが寝られないと言うが,実際には寝ている。
 そういう子たちは眠れないと感じているということを理解しなければならない。今の子どもたちは,不安とか不満とかいうのを「何々感」という形で表すが,これからの生徒指導はそれにどう付き合っていくかということである。
 本当は寝ていると言ったら子どもは自分のことをわかってくれないと思って関係が切れてしまう。そのときに,躁鬱タイプと神経質タイプによって言い方を変える。
 例えば,11 時に寝るときに,躁鬱タイプの子どもには 11 時「少し前」に足を温めなさいと言い,神経質タイプには 11 時「2分前」に足を温めなさいと言う。
 生徒指導では,神経質な子どもには厳密にやり,躁鬱タイプの子どもには曖昧にやるというのが大原則である。
 言い方は違っても,「足をお湯で温めなさい」と言った次の日に「どうだった?」と聞く。
 お湯で温めなさいとか塩を入れなさいといろいろ方法を変えて「どうだった?」と共感的に聞くことにより,子どもはつながりができたと感じ,自分を見てくれているという安心感が,不眠感を消してくれる。
 共感的に理解をするということが大切である。
 ところが下手な先生は欠点ばかりを指摘する。欠点をなくせば長所だけが残るという数学的な考えで,欠点だけとろうという発想でいくと子どもは神経症,脅迫症状を起こしてくる。
 生徒指導上の共感的理解とは,「次の一手を早く打てるか」ということである。
 この子どもには今どんなことが必要なのか,言葉や態度などから先生がいかに的確に対応できるかが子どもの心地よさと関係してくるので,共感的理解を中心にやっていただきたい。
 子どもを学校に連れて行く「登校訓練」をやるが,これは学校に行っても危険でない,安全であるということを体験的に理解することである。
 人に見つからないように行こうと言って連れて行くと,意外と行けるようになる。
 実際に行ってみて嫌なことがないと,体験的に理解したということになる。
 子どものカウンセリングで必要なのは「癒す」ことではなくて,「鍛える」ことである。
 不登校の子どもの家に行くと,畳なのにベッドで,きれいな絨毯が引いてある。
 手をかけたら子どもは良くなると思うことが,子どもをだめにする。
 子どもを癒す必要はない,若いうちは鍛えなければならない。弱い子を強くしなければならない。ストレスのない社会はないのだから。
 今の子どもに欠けているのは「耐性」である。耐性を獲得するには失敗経験をすることである。「我慢」=「鍛える」ということかもしれない。
 だからといって失敗しても大丈夫だよと言うと身構えてしまう。ところが知らず知らずのうちに失敗して,それを乗り越えて目標達成すると耐性ができる。
 例えば,マッチで火をつけるのを 19 回失敗して 20 回目に成功させるようなスモールステップで成功体験をしていく。
 これを「単位操作」と言うが,この子どもに欠けているものを本人が意識しないように体験させていくのである。
 次に「 けんちゃん(仮名,中学2年生男子)」の実践について述べます。
 2年間学校に行ってないと母親から電話相談が2月にあった。
 家に行き,部屋に入ると,雨戸が閉まりうす暗く,子どもはコタツに体を半分入れて寝ていた。
 母親も一緒に聞きたいと言ったが,うまくいっていない人と一緒に話をしてもうまくはいかないので断った。
 彼はミイラのようで,目だけを出して動かなかったが逃げずにいるので,拒絶していないと判断し、話をした。
 帰り際に「もう少し楽にしなよ」と言ったら,彼は体を固くした。
 これは私を拒否し抵抗するための反応であるので,逆に「体を固くしてみな」と言うと,体を固くしてこれ以上できなくなったとき,「もういいよ」と言ったら息を吐いて体を緩めた。
「たいへんだったね」と言うと,座り直し,「はい」と答えた。すると,急に母親が「けんちゃん今何されたの」と言って入ってきた。
 子どもが少し変化すると親はおおげさに反応するので,子どもは変化を親の前で表せない。
 しゃべらない子や,昼夜逆転の始発点も親がしょっちゅううるさく言う場合が多い。
「今子どもと話をしているから口を挟まないでください」と言っても,子どもの声を久しぶりに聞いたので言うことを聞かない。
 しかたないので彼に自分の部屋に行っていてと言うと,「はい」と言って立ち上がり部屋を出て行った。
 母親も後を追おうとするので待ってと言っても聞かず行ってしまった。
 母親はにこにこして戻ってきて「けんちゃんが一人で暗くて寂しくなるといけないから電気とテレビをつけてきました」と言った。
 ルソーが『エミール』の中で,子どもを不幸にするには,子どもが望むことを親が全部やってしまえばいいといっている。これが神経質タイプの不登校の主流である。
 いかに親を安定させるかが課題といえる。
 彼に「学校で会いたい人はいないか」と聞くと,養護教諭の先生に会いたいと答えた。
 なぜかと聞くと,クラス発表の日に学校に行き自分の名前があったので安心したのだが,そのときに神経を遣って疲れて倒れた。
 小学校時代の友達6人が保健室へ連れて行き寝かせてくれ,まわりで騒いでいたところに先生が来た。騒いでいたことを怒られるかと思ったら,養護の先生は自分がいなかったことを詫び,6人にお礼を言ったので,彼はそのときのお礼を言いたいと思っていた。
 そこで,先生が今学校にいるか確認しようと話し「だれにも会わないで学校まで行ける道を知っているか」と聞いた。
 たいていの子どもは,だれかと会うのを避けて学校に行けなくなる。休んでいると二次障害が出て,休んだことで自分は悪い奴だ,ダメなんだと思っているからみんなに会えない。だから,会わなければ行ける場合が多い。
 だが先生が「だれにも会わなければ行けるだろ」と子どもが恥ずかしいと思うことを直接言ってしまうと,結局は行かない。
 自分が分析したことをその子どもに言わないでいただきたい。自分が分析されたというのは,子どもにとってはつらいことである。
 翌日の午後保健室へ行き,こんにちはと言って入ると,彼に描いてもらっていた似顔絵のとおりの先生がいた。
 先生はすぐに立ち上がり,笑顔で迎えてくれ,担任の先生を呼んでくれた。担任の先生も喜び,出席を取ってもよいですかと聞かれたのでお願いしますと言った。
 彼は相当緊張しているので,先生にはすぐに出直すと言って帰った。
 帰るときに,ここにタンポポがあるとか水がわいているとか言いながら帰ると,そのうち「あそこにすすきがまだ生えている」と子どもの方から言ってくるほど落ち着いてきた。
「君はいい目してるね」と,どうでもよいことを褒める。
 彼と家に帰り,私だけまたすぐ学校に行き,先生に「出席だけ取ったらどうでもいいような話をしてすぐ帰らせてください。まず学校は,安全で安心なところだと思わせてください」と依頼した。
 少しずつ慣らせていき,人がいない部屋などに行かせてみる中で,教室に入る準備のために,どの辺の席がいいか聞いていく。
 保健室登校は1週間くらいがよく,その間にクラスの生徒には,昨日まで来ていた生徒のように振る舞うように話しておく。
 ある時,先生にわざと忘れ物をしてもらい,誰かに取りに来るようにしてもらう。生徒はだれでもよい。その生徒には,おはようと言ってもらい,あとは何も言わないようにしてもらう。
 翌日,計画通り,先生が万年筆を忘れ,それを取りに子どもががらりと開けて入ってきて,おはようと言って帰っていた。
 彼は緊張していたが,「よく頑張ったな,だんだん会えるようになるから」と言うと,彼も「はい」と返事をした。
 それから,教室に入るまでの不安解消表を作る。教室に入るまで,今日は職員室の前,今日は教室が見えるところ,今日は教室を外から覗くというようにイメージで練習させる。イメージでできたことは動きやすくなる。
 しかし,実際にはイメージより手前で止まる。そういうとき8秒間息をして力を入れ,8秒間抜く,これを繰り返していくと教室まで行けるようになる。
 少しずつスモールステップでやる。本人がもう一度やり直したいという気持ちにそってやるとうまくいく。
 テーブルカウンセリングのために,ご飯を食べさせてくださいと頼んだとき初めて祖母が出てきた。祖母は彼の魚を取り食べさせた。
 私はやめてくださいと再三言ったが,やめなかったのできつく叱った。なぜかと言うと,本来言うべき父親がいたからである。
 祖母は,立ち去っていくときに母親に「あなたが食べさせてやって」と言った。
 家族全体が病んでいたから彼は問題行動を起こして,まともな家庭にしようとしたのではないかと思う。
 子どもが3,4年休んでもあまり関係ない。休んでもあとでやるぞと思えば,必ずやれる。
 もし身近に「休んでしまったが,僕の人生間に合わないのではないか」と思っている子どもがいたら,
「やる気になって死ぬ思いでやればできるんだ,両親も死ぬ思いで働いているんだ」と言えば,安心する。
 指導をするときはなるべくユーモアをもってやってほしい。厳しくて温かいというのがいい。
 やさしくて冷たいというのは,自殺する子どもの家庭に多い。
 よく子どもと遊ぶこともよいが,子どもの世界に入り込まない。特に母親にこれを注意していただきたい。
(金澤純三:行動療法的アプローチを主として神経症的不登校の援助指導法の研究・開発に取り組む。日本の不登校相談の草分け。不登校にかかわる実践的指のわが国における第一人者といわれる。文部科学省の委員を歴任。元開善塾教育相談研究所長)

 

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子どもたちに受け入れられる教師の対応法とは

 学校で、子どもたちのふだんのようすが
・教師が一生懸命に授業をしていても、聞き流している子どもが多い
・教師が活動の指示を出しても、反抗的な態度をとる子どもがいる
・教師が子どものためを思って注意をしているのに、うとまれてしまう
・教師が話しかけても、別にといって、かかわるきっかけがもてない
 などということはないでしょうか。
「今の子どもたちは仕方がない」と、あきらめてしまっては、教師と子どもの関係は発展しません。
 そういう教師と子どもたちとの人間関係が気になっている教師がぜひとも学んでおきたい技術があります。それが、ソーシャル・スキルです。
 ソーシャル・スキルとは、対人関係を営む技術、すなわち人間関係を良好に展開するためのコツです。
 次の三つが、対人関係を良好にする技術、つまりソーシャル・スキルのポイントなのです。
(1)相手がどのような人かを理解する。
(2)自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度をする。
(3)適切に相手に伝える。
 ソーシャル・スキルの考え方は、学校における教師と子どもたちとの関係においてもあてはまります。
 日常での子どもたちとのかかわり方、授業の進め方、指示の出し方や注意の仕方、などです。
 先生方が、自分の考えや思いを、子どもたちに誤解されず、理解されやすいように、伝える工夫できたら、教師と子どもたちとの関係は、より良好になることでしょう。
 今までのやり方がすべて悪いのではなく、対応のどこかに、現代の子どもたちに受け入れられない部分があるのです。
 それを明らかにして、ほんの少しかかわり方を修正することで、子どもたちとの関係は、かなり変化すると思います。
 私は「相手の気持ちを察する」ということができにくくなったのが現代社会ではないかと思います。
 相手の気持ちを察するには、相手と似たような生活体験や感情体験を、経験していることが必要です。
 人々の生活の仕方も多種多様になってきました。
「相手の気持ちを察する」という、日本の伝統的なコミュニケーションは、現在はほとんど機能していない状態になっていると思います。
 学校社会の教師と子どもは、違う世代の者同士で、互いに察しあうということが苦手です。
 今までどおりやっていても、うまくいかないのが当然です。
 子どもたちが教師の気持ちを察してくれる、ということを前提にしてはいけないと思います。教師は、
「自分の思いは子どもたちに理解されるように、しっかり言葉で伝える」
 これが必要になってきたのです。これは、現代社会の前提になるのです。
 だから、今の学校では、教師は、
「相手がどのような人かを理解して、自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度にして伝える」というソーシャル・スキルの考え方で子どもに接することが、必要条件になってきたのではないでしょうか。
 それと、子どもに影響を与える教師の能力があります。
 小学生の場合、簡単に言えば、小学生が先生を好きだと思う「教師の魅力」です。
 発達的に幼い分、小学生は教師に、より人間的な部分を求めています。
 小学生は、教師の人間的な部分と授業の教え方とが一緒になっている点が重要です。
 したがって、どんなに教え方がうまくかつ熱心でも、親しみや明るさ、悩みを聴いてくれる対応や雰囲気がないと、その教師に対して魅力を感じてくれず、授業にものってこないのです。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

 

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相手の身になることができる子どもを育成するにはどうすればよいか

 國分康孝先生が、なぜ相手の身になることをそんなに強調するのか。
 國分先生は諸悪の根元は相手の身になることの欠如にあると思っているからです。
 國分先生は教育大学を出た後、いい職がなくって「ただでもいいから仕事くれませんか」と言って探していましたら、刑務所がただでよかったら使ってあげるからといってくれました。
 國分先生の滑り出しは刑務所のカウンセラーから始まったんですよ。
 今から考えたらすごくいい勉強したんですけど。
 そのときの受刑者の一人が、この刑務所に来る事の起こりを次のように話しました。
「自分が久しぶりに学校に行ったときに先生が『おまえ今頃何しに帰ってきたんだ』と言った」
「それで僕は本格的にぐれだしたんですよ」と。
 先生が「いやあ、久しぶりだね」とか「よく戻ってきたね」とか言って久しぶりに来た彼の気持ちに触れるようなことをその先生が言えばよかったんですが。
「そこ、おまえの席だから、そこに座れと一言、言ってくれたらそれで済んだような気がする」というんですね。
「今頃何しに帰ってきた」それが非常にこたえたらしいんですよ。
 それで、私がそのときに得たものは、いいアドバイスなんかいらないから要するにわかってもらうだけでも人間は生きる力が出てくる。
 教師とは目の前に座っている生徒さんとか目の前の集団全体が今どんな心理状態かを考えることです。
 たとえば、自分が生徒だったら、たぶん疲れているのだろうと思って「おいみんな疲れたか」となってくるんですよ。
 そうしますとですね、心理学で博士号を取った人よりは義務教育の学校しか出てない人の中でも、人の気持ちのよくわかる人がいるということになってきますよね。
 ですから学問だけではいい教師になれない。
 一番いいのは、自分自身が生徒と似たような感情体験のある人、これは生徒の身になりやすい人だと思うんですよ。
 私は、学生時代、女房に食わせてもらったんですよ。学生結婚だったので。
 そういう体験があるもんだから学生結婚の子が私の所へ相談にきた場合、話がよくわかるわけだ。相手の身になりやすいから。
「そりゃそうだよなあ」と相槌も、調子いいんですよ。そうすると学生さんは國分先生としゃべるだけで元気が出てきたといいますよね。
 ところが私は独身時代にガールフレンドに振られて死にたくなるという経験はないんですよ。
 一回目の恋愛ですぐ結婚したもんだから。そうすると振られて死にたいという学生が来ても、いまいちぴんとこないんですよ。
 なぜ振られたくらいで死にたいのかとこう思うもんだから。
 そうすると学生さんは部屋を出るときに「先生、ちょっと割り切りすぎてますね」って捨てぜりふを言って出ていきますね。
 それで結論として人の身になれる人というのは、豊かな感情体験を持っている人と考える。
 ところが、金の苦労とか愛情の苦労とか全くしたことのない教師もいると思う。
 ですからそういう人は、愛情の苦労をした人の話を普段から聞く、金の苦労をした人の話を普段から聞く。
 せめて間接体験ぐらい豊富にしておいたら、ちっとは人の気持ちの分かる人間になる。
 構成的グループ・エンカウンター(SGE:注)の良さは、いろんな人が自己開示してくれるので、なるほどそんな感情の人もいるんだと知って、今まで感情Aしか知らなかった人が感情B、Cを知っていくところに良さがあると思うんです。
 私がそのことを知ったのは、ある時私の講義を聴いてる五十過ぎの女の先生が泣き出したときのことです。
 私が「どうされたんですか」って聞いたところ「先生の話を聞いてるうちに自分で自分のことがかわいそうになってきて泣いているんだと」言うんですね。
「自分の何がかわいそうなんですか」と聞いたら甘えたくても甘えられない自分に気づいて、それで泣いているんだと、言うんですね。
 それで私はですね「甘えたいけど甘えられない事情でもあったんでしょうねっ」と応じたのです。
 そしたら私は継母に育てられたもんだからって言うんですよ。
 それで、私は継母に育てられた体験がないものだから、とっさにそのとき、
「この中で継母に育てられた人、挙手」ってやったら、ある若い人がハイって手を挙げてくれたんでその若い先生に
「すまないけどちょっとこの先生の面倒をみてほしいんだけど」と頼んだのです。
 で、二人で廊下に出ていったんです。
 休憩時間に泣いていた先生が私のところに来まして、國分先生の処置は非常に適切だったということを言いに来たんですよ。
 それで、あとで若い先生を呼んで「どんなことをしてあげたの」と聞いたら、要するに廊下に出て「私が最初の言った言葉がよかったらしいですよ」と。
「どんなこといったの」と聞いたら「ごはんのときが一番つらかったでしょう」と若い先生が言いましたところ「私の気持ちをわかってくれたと言ってその人は泣きやんだんですよ」と。
 それでも、私は「ご飯のときが一番つらかったでしょう」ということばの意味がわからなかったんですよ。
 その程度にしか私は、人の身になる能力がなかったわけなんです。
 私は、わからなかったからその意味を聞いた。
 そうしたら、継母の産んだ子は平気で、おかわりと茶碗を出す。
 けれども継母に育てられた子どもは、その都度おかわりと言っていいものやら悪いものやら考え込んでしまう。
 つまり食べものというのは愛の象徴ですので愛をくださいという意味なんです。
 愛をくださいってことは、つまり甘えていいか悪いかその都度迷っていたと。
 そういう自分を思い出して不憫になって泣いていた。
 そういう意味らしいんです。
 その話を聞いたときに私自身は、継母に育てられていないけれど、たまたまそういう人が私に自己開示してくれたので、なるほど世の中にはそういう人もいるってことを知ったわけです。
 それゆえ、将来もしもそういう人が私のところに来た場合、少しは響きのある応答ができると思うのです。
 ですから、SGEで子ども同士でも、会話しているうちに少しずつ他人の気持ちが分かるようになるという良さがある。
 しかし、まず教師自身が生徒よりは感度がよくなければいけない。
 まず教師自身が普段から体験を少しでも豊富にし、それでも足りないところは他人様から耳学問しておくとよい。
 第二に、人の身になれない人っていうのは、自分の価値観に固執する人です。
 たとえば、生徒は教師に口答えすべきでないとか、そういう特定の価値観があると相手の身になれませんよね。すぐ腹が立って怒りたくなるから。
 カウンセリングも、価値観を捨てて相手の世界を理解するということを強調しますね。それから、処方箋出していくわけですね。
 ですからよく私が、引用しているのが、道元の言葉です。
 道元が中国から帰ってきたときに弟子が先生は中国で何を得ましたかと聞いた。
 そしたら道元が「空手に郷に還る」と答えたと。私は「手ぶらで帰ってきた」と。
 つまり、つかもうと思ったら何でもつかめる自由を得てきたという意味なんですよ。
 私は精神分析者ですとか、特定のものをつかんでしまったら、それ以外のものはつかめなくなる。そういう不自由な境涯から私は解脱してきた。
 この道元の心境をカウンセリングの言葉で翻訳したら、生徒や保護者と接触するときは「自分の価値観を一時的に捨てて、手ぶらで相手の世界に入っていかなきゃいかん」となります。
 人の話を聞くためには、価値観をどけろということ。
 自分の「ねばならない」を捨てて、手ぶらで相手の世界に入っていくという訓練をやっているわけですね。
 ところで、教師とかは価値観を打ち出して飯を食っているわけですけど、しかし、人を助けるには、その価値観を捨てた方がよい場合がある。
 いくら教師でもですね、自分の子どもが不登校で困っているときに、よその親が相談に来た場合、お宅も不登校ですか、私も子どもが不登校で困ってるんですよと言いたくなりますよね。
 つまり、自分自身の問題を抱えすぎていると、人どころではない、君どうしたのと応ずるゆとりがない、すぐ自分のことを言いたくなる。
 そこで、教師というのはですね、人が半年ほど悶々とすることを一週間ぐらいで乗り越えていくように自分をしつけていかないとですね、なかなか、「あなた、どうしたの」というせりふはでてこないような気がする。
 短時間に、ぱっぱと自分の問題を解く方法をみんな考案すればいいんですけど、私はそこのところを、論理療法を借用しているんですよ。
 打ち破れない悩みの壁、「ねばならぬ」の思い込み(ビリーフ)が自分自身を呪縛する。ビリーフを探り出すこと、そして合理性の定規を当てること。
 落とし穴の非合理性に気づくことがブレイク・スルーのはじまり。
 論理療法とは「非合理的な思考をみつけて取り出し、それに有効な反論を加えて、次第に考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出すもの」です。
 自分を束縛するビリーフを検討することは、すなわち自己の省察だからである。
 その省察を通して、みずから不幸を招いているかもしれない自分を見出すことが大切なのだ。
 誤った人間とは、正しく認識することをしない者のことだとプラトンも言った。
 そして「汝自身をしれ」と師のソクラテスは神託を受けたではないか。すなわち、自己を発見せよと。
「ねばならない」の思い込みが自分自身を呪縛する。
 ビリーフを探り出すこと、そして合理性の定規をあてること。
 落とし穴の非合理に気づくことがブレイク・スルーのはじまり。
 私のいちばん言いたいことは、考え方次第で悩みは消える、ということである。
 私の専攻するカウンセリング心理学の立場からいうと、悩みとは欲求不満のことである。
 つまり、人生が思うとおりにならなくて、気持ちが落ち込んだり、自信がなくなったり、世も末だと思ったりするのが悩みである。
 ということは悩みのない人間はいないということである。欲求不満がつきまとうのが人生である。
 そのためにノイローゼになったり、落ち込んだり、浮かぬ顔をしているのはなぜか。
 頭の使い方が上手でない場合に落ち込むのである。
 考え方がツボからはずれているということである。
 つまり人生哲学の検討がたりないということである。
 今の世の中では頭を使わないと幸福にはなれない。
 それで、結論。
 生徒を扱う私たち教師は、生徒の身になる心が必要である。それがカウンセリングマインドの第一ヶ条である。
 そのためには、なるべく生徒と似たような感情体験がある方がいい。特定の価値観に固執しない方がいい。
 それから、自分の問題を素早く解決する方法を身につけた方がいい。
 そういう風な相手の身になるような生徒を育成するにはどうしたらよいか。ここで、SGEが登場して来るんですよ。私の図式ではですね。
 人の身にならなければおれないようなSGEを、小学生向き、中学生向き、高校生向きといろいろみんなが開発すればいいわけですね。
(注) 構成的グループ・エンカウンター(SGE)とは、グループ体験を教師が意図的に組織し、ホンネとホンネのふれあいによる人間関係を通して、今まで知らなかった自分や他者に出会うための教育技法。目的は、ホンネのふれあいと自己発見を促すこと、集団内にリレーションをつくること。
(國分康孝:1930-2018年大阪府生まれ、東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任した。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長、日本教育カウンセラー協会会長なども歴任した。構成的グループエンカウンターを開発した)

 

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「授業を通して人間関係を強化し、集団をつくる力を養う」実践例

 佐賀県多久市立中央中学校では数年前まで、生徒同士のつながりだけではなく、教師と生徒との信頼関係、教師同士の連携も弱いことから、校内に問題が出ていた。
 そこで中央中学校がまず着手したのが、教師間の人間関係づくり。そこから教師と生徒の関係づくり、さらには生徒同士の集団づくりに至る過程を追っていく。
 中川正博校長は2002年度に中央中学校に赴任した当時、生徒の姿を見て、
「同じ校舎にいても一人ひとりが孤立していた。子どもたちの結びつきが、とても弱いものになっている」そんなふうに感じたという。
 校内ではちょっとしたきっかけで生徒同士がケンカになるといった光景が、日常的に見られた。ケンカを通してお互いの人間関係が深まればいいのだが、自分の感情を相手にぶつけるだけの不毛なトラブルが多かった。
 だが、結びつきが弱いのは、生徒同士の関係だけではなかった。
 中川校長によると「教師と生徒、そして教師同士の関係も強いものとはいえなかった」という。
 同じ校舎にいても、一人ひとりが孤立しているといったようすだった。中川校長は、
「当時の生徒たちの顔つきは“目が尖っている”という感じでした」
「生徒の目が尖っているから、彼らと接する教師の姿勢も、つい刺々しいものになってしまう」
「また、学校が落ち着かないときには、教師に集団としてのまとまりが求められるのに、教師間の動きもばらばらでした」
「各教師が自らの『経験と勘と気分』で、個別に生徒を指導している状態だったのです」と語る。
 そんななかで中央中学校がまず着手したのは、教師間の人間関係の構築だった。
 教師と生徒、生徒同士の人間関係を築く礎として、まず最初にそこを優先したのだ。
 きっかけは山形県のある中学校を訪問したことだった。
 その中学校はかつて荒れた学校だったが、短期間で建て直しに成功していた。
 そこで導入していたのが、茨城大教育学部講師の笠井喜世氏が提唱する「テトラS」という教師間の連携の手法だった。
 そこで、中央中学校も、テトラSを取り入れることにしたのだ。
 テトラSによる学校再生のサイクルは、
1 現状把握:校内の問題をカードに客観的に書き出す。
2 まとめる:内容が似ているカードをまとめ、それぞれに要約したタイトルをつける。
3 現状分析:なぜ生徒がこのような行動をするのか、意見、思いをすべて出し合う。
4 問題提起:学校が抱えている問題を整理する。
5 目標設定:どの問題の解決に優先的に取り組むか決め、具体的にどう取り組むか、実践可能な目標を設定する。
6 評価:毎日、目標に対してどれだけできたかチェックリストで自己評価(数値化)する。グループで実践の度合いを確認し合う。
7 評価まで到達し、目標が達成されたと班会で認められたときは新しいサイクルに入っていく。
 中川校長は、
「テトラSでは、まず本校の教師35名を担当教科や学年、在籍年数などが偏らないように四つの班に分けます」
「各班では、先生方が生徒の生活態度や学習態度で問題だと感じていることを書き込んだ『現状把握カード』をもとに、なぜそうした問題が起きているのか、問題解決のためにはどのような手法が有効かといったことを話し合っていきます」
「そして問題解決に向けての目標設定と具体的な取り組みを各班ごとに決め、実行に移していくのです」と語る。
「授業が始まっても、学びに集中できない生徒が目立つ」という課題がある教師から提起されたとする。
 班のメンバーは「休み時間と授業中のメリハリがついていないことが理由ではないか」と原因を探っていく。
 そこで「生徒が授業に集中できる環境をつくる」という目標を立て、
「教師は早めに教室に行き、授業開始のチャイムと同時に授業を始められるようにする」
「授業開始の礼は、全員がそろってからにする」など具体的な取り組みを決め、実践する。
 効果のあった手法については、月1回の全体会で全教師にフィードバックされる。
 このテトラSが導入された当初は「ただでさえ忙しいのに、なぜさらに業務を増やすのか」と消極的な態度を見せる先生も少なくなかった。
 しかし、中川校長は「ほかの業務を精選してでも、テトラSにはしっかり取り組んでください」と指示を出した。
 確かにテトラSでの個々の取り組みは、小さなものであったが、小さな成果の積み重ねによって、やがて学校全体の生徒指導のノウハウが蓄積されていった。
 何より大きいのは、ばらばらの方向を向いて指導に当たっていた先生方が、一緒に話し合い、行動するなかで、問題意識を共有できるようになったことだ。
 教務主任の大野敬一郎先生は、
「教師の世界は独立独歩の雰囲気が強いのですが『テトラS』が教師の垣根を取り払ってくれました」と話す。
 大野先生の言葉を受け継いで、教頭の太田春美先生も次のように語る。
「生徒指導でよくみられるのが、生徒指導主事を中心とした一部の先生方が力で生徒を抑え込もうとするケースです」
「この場合、学校に生徒指導のエースがいるときにはうまくいくかも知れませんが、その先生が異動でいなくなってしまったとたんに、生徒の生活は崩れかねません」
「それに比べて今の本校は、学校で何か問題が起きたときに、一部の先生が力を行使して問題を収めようとするのではなく、全員で問題が起きている原因を探り、組織として解決していこうとする態勢が確立されつつあります」
 興味深いのは、教師の関係が変化すると、それが生徒にも敏感に伝わるということだ。
 テトラSの活動を通じて、すべての先生が同じ姿勢・同じ言葉で生徒に接するようになった。
 また、担任や授業を受け持っていないクラスの生徒にも意識が向くようになった。
 例えば、授業に遅刻してきた生徒に対して頭ごなしに突き放すのではなく、
「なぜこの子は、授業を前向きに受けることができないんだろうか」
 というように、子どもを理解しようとする方向へと意識が向かっていった。
 その変化に、生徒が教師に向ける態度も、刺々しいものから柔らかみを帯びたものへと、少しずつ変わっていった。大野先生は、
「もちろん一朝一夕には、生徒の変化は望めません。私が担当している体育でも、3年間取り組みを続けてきて、チャイムと同時に授業を始められる雰囲気ができあがりました。今、本当の意味でスタート地点に立ったところです」
 教師同士のつながり、教師と生徒との信頼関係を取り戻した中央中学校が、力を注いでいるのが、生徒同士の集団づくりの力を高めていくことだ。
 生徒指導のキーワードが、「自己存在感」「自己決定」「共感的人間関係」という三つの視点だ。
「自己存在感」とは、自分が集団を構成する欠くことのできない一人であるという存在感を生徒に感じさせること。
「自己決定」は、生徒に自ら考え決定する場面を与えること。
 そして「共感的人間関係」とは、教師と生徒、また生徒同士が、お互いの存在を認め合い、一緒に高め合っていける関係であることだ。
 中央中学校では、この三つの生活指導上の視点を全ての教科指導のなかで取り入れ、授業の中で実践している。
 研究主任の真子靖弘先生による3年生の「公民」の授業では、社会問題についても自分が知っていることを踏まえて自由に意見を述べる雰囲気がクラスに醸成されている。真子先生は、
「新聞記事を手がかりにすれば、どんな生徒でもそのテーマに対する自分の意見を述べることができます。つまり『自己存在感』を発揮することができる」
「またある生徒の意見に対しては、別の生徒を指名して、賛成や反対の意見を引き出していきます」
「これは自分の意見を述べるには、相手の言葉にきちんと耳を傾けなくてはいけないという『共感的人間関係』をつくり出すことをねらったものです」
「そして授業の締めくくりには『自己決定力』をつけさせるために、最終的な自分の意見をワークシートに書かせ、お互いに見せ合い、みんなの前で発表させています」
 真子先生の授業は、教師の側から生徒に発問をし、その答えを元に展開していくというスタイルをとっている。
 難しいテーマを取りあげるときにも、できる限り生徒が授業に参加しやすい雰囲気をつくる配慮をしているのだ。
 そのような授業のなかでお互いの意見を見せ合う場を保障し、話し合うことができるようにする。
 相手の意見を認め合う過程で学習集団づくりができるといった、授業のなかで生徒指導を行っているのだ。
 また生徒の意見が対立したときには、ディスカッションが取り入れられることもある。
 生徒は、ほかの生徒の多様な発想や意見に刺激を受けながら、自分の考えを深めていくというわけだ。真子先生は、
「生徒には、反論を述べるときには客観的資料に基づいて発言するように指導しています」
「また相手の意見をバカにするような発言があったときには、授業を止めて真意を確認するようにしています。ですから議論が感情論に陥ることはほとんどありません」
 このように授業で生徒同士の良好な関係を築き、学習集団をつくっていく工夫を積み重ねていくうちに、学校行事等での生徒のようすにも変化が見られるようになった。大野先生は、
「体育大会での器械体操や創作ダンスなどの集団演技の練習では、上級生が率先して下級生の指導にあたり、私たち教師が介入する場面はほとんどなくなりました」
「生徒たちは、教師の手を離れたところでも、自分たちで集団をつくり、動かしていく力を身につけつつあります」
 中川校長はこうした集団の力を、今後は学習習慣の定着に活用したいと考えている。中川校長は、
「家庭学習時間を調査すると、家庭学習時間はゼロという生徒が、本校でも5割強はいると感じています」
「生徒会を中心に、生徒が自分たちで『学習や生活を見直そう』という行動目標を立てるような方向に持っていきたいですね」
 中央中学校では、さまざまな教育活動に対する自己点検・自己評価にも力を注いでいる。
 毎学期、57項目にもわたる「生徒指導の自己点検・自己評価」というアンケート用紙を教師に配布。A~Dの4段階で活動を自ら評価している。
 評価項目は、
「生徒の実態や行動の変化を把握し、生徒指導に学校全体が取り組んでいる」
 といった生徒指導に関するものはもちろん、
「地域住民やPTAの諸会合等から積極的に意見や情報を収集している」
 といった家庭・地域・他機関との連携に関するもの、学級運営や教科指導、部活動にかかわるものなど、教育活動全般を網羅している。
 また生徒に対しても毎学期ごとに、「学校生活は楽しいですか」「授業はわかっていますか」といった質問項目から構成される「学校生活についてのアンケート」、
 さらには保護者にも生徒のようすと学校への要望についてのアンケートを実施している。中川校長は、
「こうした自己評価・自己点検、アンケートを通じて、学校が抱えている問題点を明確にでき、改善に結びつけていくことができます」
「また、学校の現状や、学校運営の方向性を地域や家庭に説明するときの根拠データにもなります」
(ベネッセ教育総合研究所:VIEW21(中学版)2005年4月号)

 

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不登校の子どもたちを対象とした取り組みにはどのようなものがあるか

 兵庫県生野学園高校は、不登校の子どもたちを対象とした、全寮制の高等学校(中学校も併設)です。
 不登校の子どもたちは人への信頼や自信を失い、不安や焦燥感あるいは無気力感の中で苦悩しています。
 こうした子どもたちにとってもっとも必要なことは信頼できる人と出会い、ゆったりと安心できる環境の中で、本来の自分らしさを取り戻していくことです。
 安心できる居場所を見つけ、信頼と自信を取り戻した子どもたちは驚くほど生き生きと活動するようになります。
 こうした子どもたちの人間的な成長は人とのかかわりの中からしか生まれません。
 人とのかかわりを避け、単に知識や資格を取得するだけでは問題の本質的解決にはならず、先送りするだけです。
 生野学園はこうした考えから全寮制としています。
 学習だけでなく生活をともにする中で子ども同士、子どもとスタッフの間に深い関係を築き、人への信頼感を育て、社会性を身に付けていくことが出来るのだと考えています。
 不登校の子供たちの親が変わっていったきっかけの多くが、自分の子どもとの対話ではなく、ほかの不登校の子どもとの対話であった。
 なぜそのようになるのかと言いますと、自分の子どもとは、最初からそれほど深刻な話はできません。
 しかし、他人の子どもだと、ある程度客観的に冷静に話をできますし、余裕を持って話を聞くこともできます。
 そのため、親の生き方の誤りという核心の部分について、少しずつ気づいていくことができるわけです。
 親の会(2ヶ月に一回)で、徹夜で話をしていくうち、親たちは、少しずつ自分の子どもがどういうことを不安に感じ、学校にいけなくなったかということに気づきはじめます。
 子どもの心に近づきはじめるわけです。
 親が気がついていく姿に、子どもも反応していくのです。
 そのようにして、親子のあいだで「心のキャッチボール」が始まり、「魂の出会い直し」が起きはじめることにより、子どもたちはみごとに立ち直っていくのです。
 親がその生き方を変えることで、子どもが変わっていったのです。
 いまの子どもの問題の大半は、親の責任です。
 親の問題が、子どもにとっていかに大きいかということです。
 神経症で不登校の子どもは、実は完璧主義です。
「ねばならない」ということに縛られています。
 文化祭の準備でリーダーが「完璧にできなくていいから、とにかくやってみよう」と言って、バンド演奏などを成功させました。
 その小さな成功体験が意欲にかわっていったのです。これはひとつのヒントになると思っています。
(高橋史朗:1950年兵庫県生まれ、思想家、教育学者。麗澤大学特任教授。親学推進協会理事長)

 

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「辞書引き学習法」で、子どもが辞書を引きたくてたまらなくなり、どんどん辞書を引くようになるにはどうすればよいか

 深谷圭助先生が「辞書引き学習法」を始めたのは、ある一人の子どもが国語辞典を机の上においてさまざまな授業の中で楽しそうに辞典を引いていたので、みんなでまねをしようかということからです。
 この学習方法の特徴は、自分で気がついて自分で調べる心構えができることです。
 子どもたちは気がついたことや疑問に思ったことを調べるようになっていきます。
 かな文字を習い始める小学校1年生から国語辞典を与えることで、日常生活における疑問や、子どもの生活上で登場するものやことを調べさせ、自ら学ぶ態度や自ら学ぶ学び方を習得させようとする学習法である。
 付箋紙に、辞書で調べた言葉を書き込み、辞書にはさむというプロセスに特徴があり、小学校1年生の児童でも、数千枚の付箋を辞書にはさむようになる。
 子どもが「辞書を引きたくてたまらない!」というところに持っていくには、大人の側の工夫、「種まき」が必要です。親や教師で上手な種まきをすれば、たくましい芽が伸びていきます。
 辞書を引きたくなる工夫は、 
1 引いた言葉に付箋紙を貼る
 1年生の辞書引き活動の最大の秘密が「付箋を貼る」ということなのです。
 1年生はものごとのとらえ方が単純で、「多い」「少ない」はわかりやすい。
 ですから、付箋を貼り、どんどん増えていくことは、子どもたちにとってうれしいことなのです。
 しかも付箋なら、自分のがんばりを、目に見える「量」として実感できます。
 達成感を感じ、さらに辞書引きに励むという好循環が生まれるのです。
 子どもたちは「言葉集め」というゲームに参加しているようなものかもしれません。
 付箋には、番号と調べた言葉を書き込むように指導します。
2 辞書のケースやカバーははずす
 辞書に対する抵抗が少しでも少なくなるよう、使いやすさを第一に考えましょう。
 カバーがかかっていれば扱いにくいですし、いちいちケースに入れていては、引きたいときにすぐ引くことができません。
3 つねに机の上にだしておく
 気になることがあったらすぐに辞書に手が伸びるよう、常に子どもの視界に入るところに出しておきましょう。
 学校では机の上、ご家庭でしたら食卓やリビングのテーブルのまわりに置いておくとよいかもしれません。
 深谷先生は辞書引き学習法のすすめかたをつぎのように述べています。
1 小学校一年生から始めるとよい
 小学校一年生は、言葉に対する興味・関心が非常に高まった状態にある特別な時期なのです。
 小学校入学前の子どもは、自分がすでに獲得して使いこなしている言葉と、自分の体験との間にギャップがあります。子ども自身は、見て知っているのだけれど、なんと表現したらよいかわからないといった状態にあります。
 ですから、小学校で自分の体験した言葉と出会うと、新鮮な喜びを感じるのです。まるでスポンジのように新しい言葉をどんどん吸収していきます。
2 辞書を自由に使わせる
 一年生に辞書を持たせると、何が書いてあるか興味しんしんで、辞書を調べるというより、いろんなことが書いてある読み物なのです。
 辞書というのは、世の中のことを簡素にのべようとしています。だからこそ、子どもにも訴えるものがあります。
 その説明を読むこと自体を楽しみます。子ども向け辞書にはイラストが多く、眺めているだけでも楽しいものです。
 自由に使わせて多様な活用の仕方を見つけさせることが大切なのです。
3 知っていることがどう辞書に書かれているかを知ることが学問との出会い
 子どもたちに辞書を持たせると、まず知っている言葉さがしにハマる子が多いのです。
 一年生の辞書の使い方の特徴として、すでに知っている言葉を探すというものがあります。
 ふだんの生活の中で見聞きしているものや、話している言葉、体験していることも、辞書に掲載されている。
 たとえば、自分が知っている“チューリップ”が、辞書の中で、説明されているようすに子どもたちは新鮮な驚きを感じます。
 これは、いわば「学問との出会い」、すなわち、世界を客観的にとらえる第一歩だといえると思います。
4 「学びのスタイル」を身につけることができる
 国語辞書は、生活の中で登場するあらゆる事柄や言葉を網羅しています。ですから、日常の中で子どもが疑問に思ったことをすぐ調べることができる、手軽なツールになります。
「疑問に思ったら辞書を使って調べる」ことが朝起きたら顔を洗うのと同じように、生活にとけこんでしまうのです。
 この「学びのスタイル」を身につけた子どもは、学ぶことを苦労と思わなくなります。
 生活を丸ごと網羅している国語辞典が、生活を知的にとらえ直そうとしている小学1年生の教材として最適なのを理解していただけると思います。
5 「自分だけ」の愛用の辞書を持たせる
 1年生が学校生活に少し慣れ始めるゴールデンウィーク前に「国語辞典購入の案内」を保護者向けに配布します。
 学校で一斉購入するのではなく、各家庭で、子どもに合った「わが子専用の辞書」を用意してもらいます。子どもといっしょに辞書を買うとよいでしょう。
 親が用意したものを手渡されるよりも、子どもが自分で選んだ辞書のほうが「自分の辞書」という愛着を感じられるからです。
 ただし、1年生にもっとも適した辞書は、総ルビつき、1万5千語以上収録の辞書で、辞書の本来の機能である語句の説明がしっかりとされていること。
 たとえば、「学習国語新辞典」小学館 19000語等があります。
 愛用の辞書を持たせるねらいのひとつは、好きなだけ線を引っ張ったり、付箋を貼ったり、書き込みをしたりと、子どもにどんどん辞書に手を入れていってほしいということです。
 各家庭であえて違う辞書を持たせるのは、同じ言葉を引いても、辞書によって説明の仕方は異なります。
 それで子どもが立ち止まり、考えます。「はてな?」を生み、いろいろな解釈を知り、自分なりの考えを追求する契機となり、探求活動のきっかけとなるのです。
 この点は非常に重要です。「自ら学ぶ力を育てる」うえでは、辞書によって書いてあることが違うことに気づかせる方が有効です。
 辞書がボロボロになっていけば、「自分はそれだけ勉強しているんだ」と誇らしい気持ちにもなります。
(深谷 圭助:1965年愛知県生まれ、愛知県公立小中学校教師、立命館小学校教頭、同校長を経て中部大学教授。こども・ことば研究所理事長、「辞書引き学習法」の提唱者)

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教師は情熱が第一条件だが、そこに技がなければいけない、エンカウンターを採り入れて生徒同士の関係を深め、荒れの克服をめざした

 鹿嶋真弓先生は、「エンカウンター」という手法を使って、生徒同士にコミュニケーションをとってもらい、クラスの絆を深めていくという教育で、有名な先生です。
 鹿嶋先生は、今では、いじめのない理想のクラス作りの第一人者ですが、やはりここまでの道のりは壮絶なものでした。
 鹿嶋先生が40歳のとき、異動して受け持ったクラスは、いわゆる学級崩壊状態。
 鹿嶋先生が教室に入ると「ウザイ」「ババア」「帰れ」と言われた。
 何かしゃべると「聞いてねえよ」と返ってきたそうです。
 授業中に机の上を走りまわる生徒、理科の実験中、火のついたマッチが飛んできたこともあったそうです。
 鹿嶋先生は、胃潰瘍になり、学校の校門をくぐるのが怖くて、帰ってしまったこともある。
 「人間やめますか?それとも、教師やめますか?」というような状況だったそうです。
 鹿嶋先生は、20年近く教師をやってきて、はじめて「教師を辞めたい」と思った。そして、友達に「教師を辞めたい」と相談したそうです。
 友達から帰ってきた言葉は、「鹿嶋さんらしくないね」でした。
 そこで、鹿嶋先生は、ハッとします。自分が20歳代の頃、ガムシャラに教師をやっていた時のことを思い出します。
 「今の私は、自分の苦しみから逃れるために、昔のように本氣で生徒に向き合っていない」
 「本当に一番苦しいのは、子どもたちじゃないだろうか?」
 「子どもたちに、何かしてあげられないだろうか?」
 と鹿嶋先生は考えました。
 子どもたちが担任を無視したのは、前学年の担任6人のうち5人が勤務継続年限のため他校へ異動となり、生徒たちは「見捨てられた」と感じ、教師を信頼できなくなっていたからだった。
 同じ学年の担任は皆、夜遅くまで学校に残り対策を話し合った。
 6月初旬の2泊3日の移動教室で、小さいころに親から「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」を思い出す「内観」をやろうということになった。
 担任がまず自分の思い出を話した後、内証で親から預かっていた手紙を生徒たちに渡し、生徒たちが壁に向かって読んだ。
 生徒たちが感動している様子が背中から伝わってきた。すすり泣く生徒もいた。
 そして、その手紙を、生徒同士で見せ合い、コミュニケーションを取り始めたそうです。
 一人の生徒が鹿嶋先生のところにやって来て「先生読んで」と手紙を差し出した。それまで「ババア」と罵っていた生徒だった。
 鹿嶋先生だけでなく参加した教師みんなが変化の兆しを感じた。
 ここで鹿嶋先生は気づきます、
 「そうか、先生と生徒ではなく、生徒同士がコミュニケーションを取れる方法を考えればいいんだ」
 そこから「エンカウンター」を使って、生徒同士がコミュニケーションをとれる方法を作っていったそうです。
 「思っていることは言う、書く」を継続することで関係性を深めていくことが大切だと考え、何かをしてくれた友だちにお礼のメッセージをあげるエクササイズ「あなたに感謝」を席替えの度に行った。
 次第にクラスの雰囲気がまとまっていくのを感じた。
 担任による日ごろの観察と合わせて「気になる子」をピックアップし、学年会やスクールカウンセラーなども交えた検討会で対応を話し合う。
 また、年2回の「ハートフルウィーク」では、自分の話したい先生を選んで相談ができるようにもなった。
 「エンカウンターの授業が生きるのは、仲間の教師の存在と学校全体での取り組みがあってこそ」と鹿嶋先生は強調する。
 受験への対応でしばらくエンカウンターの授業をできずにいると、給食の最中に一部の生徒たちが「勝手にエンカウンター」と称して、友人への感謝の気持ちを伝え合い、拍手をしていた。
 「自分のした行動が人から感謝される」→「自分の行動は人を喜ばせると自覚する」→「他の人にも同じ行動をしてみたい」→「他の人からも感謝される」と言う思考や行動が強化された成果だと、鹿嶋先生は感じた。
 「エンカウンターですぐに生徒が変容し、自己成長していくわけではありません。日々揺れ動く思春期の心に寄り添い、そうした揺れに対して臨機応変に展開していくことこそ、いまの中学で求められているのだと思います」
 生徒同士にコミュニケーションのきっかけを与える「エンカウンター」(構成的グループエンカウンター)は、アメリカで開発された考え方を、日本の教育心理学者・國分康孝氏が持ち込んだ。鹿嶋先生はそれを現場で実践した先駆者の一人だ。
 例えば、「愛し、愛される権利」「きれいな空気を吸う権利」「遊べる・休養できる時間を持つ権利」など鹿嶋が提示した10の権利のうち、何が一番大事かを生徒達に話し合わせる。
 6人ほどのグループに分かれ、それまで話をする機会の少なかった生徒同士も意見を交わす。
 大事にする権利も、その理由もそれぞれ違う。話し合うことで、互いの価値観を知り、関係が深まっていく。
 鹿嶋先生がこうした授業を取り入れる背景には、自身の教師生活の中で感じている「生徒の変化」がある。
 最近の生徒達は、コミュニケーションの力が落ちているというのだ。
 人付き合いが苦手で、ほっておくと、なかなかクラスメートと関わろうとしない生徒もいる。
 核家族化が進み、地域社会の結びつきが薄れている昨今、他人と関わる場として、学校の役割はますます大きくなっていると、鹿嶋先生は考えている。
 鹿嶋先生は、さまざまなエンカウンターのプログラムを駆使し、生徒同士を関わらせる。生徒一人一人が絆(きずな)の糸でつながっていれば、いじめや学級崩壊は起こりえない。
 生徒同士のネットワークが張り巡ったクラスを鹿嶋先生は常に目指している。
 鹿嶋先生は、
 「自分は独りよがりだった。私ばっかり、なんで私ばっかりこんな辛い目にあうの、と考えていた。けど、見方を変えた瞬間に、周りの人を支えたいと思った」
 「視点を変えれば、光は必ず見えるんだ」
 「教師は情熱が、まず第一条件」
 「情熱だけではダメだなっていうことを体験したので、そこにワザがなくちゃいけない」
 「立ち止まることなく、いつも研究をし続けながら、現在進行形で実践する人でなければいけない」
 と語る。
(鹿嶋真弓:広島県生まれ、東京都公立中学校教師(30年間)、神奈川県逗子市教育研究所長を経て高知大学教授を経て立正大学特任教授。文部科学大臣優秀教員表彰。日本カウンセリング学会賞受賞。専門は学級経営、人間関係づくり、カウンセリング科学。構成的グループエンカウンターなど教育現場に活かせるワークショップを展開。『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK)出演)

 

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教師に求められている能力とは何か、どうすれば身につくか

 教師に求められている能力は、
1 話術と専門的な知識
 従来の講義型授業で求められる専門的な知識や独演会的な話術である。
(1)話術
 話法が単なる技術として、その大切さが軽視されている。
 授業を成り立たせる要素の一つが「語りのうまさ」である。
 ベテランの教師に話術のたくみな人が多かった。
 例えば、語りの上手な次のような教師がいた。
 ある小学校の教師は、お話を低学年の子どもたちにして、45分間飽きさせなかった。
 話しの構成、間の取り方、声の強弱、身振りと表情に工夫をこらして話しをした。
 その教師は、大学生のときから、紙芝居、人形劇、寸劇などの表現活動を中心に行うサークルに入り、20年近く活動を続けている。
 話しの分かりやすさは、話しの構成力に負うところが大である。
 話しのおもしろさは、話し方と豊富な雑学的知識による。
2 子ども理解能力
 一人一人の子どもに対する的確な理解を行う能力。
 子どもの気付きや、驚き、感動や興味を尊重し、子ども独自のものの見方や考え方の筋道を重視する。
 教師が授業中、子どもの発言、行動観察、作品(ノート・ワークシート)等より、さまざまなことを把握すること。例えば、子どもたちは、
・何に関心をもっているか。
・何にこだわっているか。
・何がネックになって学習が進まないか。
・どのような発想をするか。
・どのようなことによって、考え方や見方が変わるのか。
・どのような筋道で物事を考えているか。
・どのようなことに学ぶ喜びや達成感を感じているか。
 授業の巧みな教師は、毎日の授業で、無意識のうちに子どもを理解し評価する活動を頭の中で行っている。
 将棋のプロ棋士は、一瞬のうちに最善の手を見つける。
 授業中の瞬時の判断こそ、力量の差が表れる場面である。
3 対応力(対話力)
 子ども理解に基づく臨機応変の対応力(対話力)である。
 コミュニケーション授業がうまい教師の授業に共通していることは、教師が自分も知らないこと・知りたいことを問い、子どもが知らないこと・知りたがっていることを伝える。
 教師が一方的に話すのではなく、子どもの話しを引き出し、それに応える。例えば、
(1)ある発見や気付きに導いていく能力
(2)一定の時間内に、一定の内容について対話を終える必要もある。
(3)クラス30人の勝手な思いと対話していくことができる。
 先輩の授業を参観して、実際に子どもの前に立って授業をして失敗し、もう一度やってみるという繰り返しが必要。
 対話を成り立たせるためには、相手の理解が不可欠である。
4 教師の能力向上のための研修
 「伝承」と「創造」の二つが必要である。
 将棋の格言・定跡のように、初心者は格言・定跡を使って基本を身につけ、「名人に定跡なし」とトッププロは、新しい手をひねりだす。
 教師の指導力向上のために、授業では、子どもとのコミュニケーションや、子どもの学習への評価(理解)などが重要である。
 小学校における指導力不足教員は、40~50歳代が多く、研修後、学校現場への復帰者が少ないことから、若手のうちに予防策を講じることが必要である。
 専門とする教科・領域を定め、時間外にも行える研究仲間との研究会方式が効果的である。
 教師の指導力向上のためには、
(1)「鉄は熱いうちに打て」と言われるように、素直に吸収できる教職5年目までの期間に、授業の基礎を身につけさせておくことが必要である。
(2)内容は授業研究に大胆に時間をおく
 若い教員が授業に集中できるよう、校務を精選する。
 服務事故の原因の多くは、指導力不足からくる、子ども・保護者・同僚とのストレスにある。
 経験を重ねるにしたがって、校務処理、学校運営などに比重を増やしていく。
 私の経験から言うと、学力の定着度が高い学校というのは、生活面でも落ち着きが見られ、学校行事や学級活動において、子どもがいきいき活動している。
(3)自己研修
 授業力の向上は、常に自分の授業の問題点を意識し、改善の努力を続ける姿勢が必要なのである。
 ある教科にしぼって、1年間、全授業を録音し、通勤途上に聴くという方法を勧めたい。
 私は、若い20歳代後半に、専門とする社会科のすべての授業について事前に学習指導略案を作成した。
 授業後、苦手であった話し合い指導の場面についての授業記録を起こした。
 板書を記録し、子どもの作品をすべてコピーして授業分析を行った。
 準備に3時間、記録と分析に3時間、計6時間かかった。
(4)授業が楽しければ学級崩壊はおこらない
 子どもは、「授業が楽しければ学級崩壊はおこらない」と思っている。(大阪大学の秦政春教授の調査)
 授業に自信をなくしている教師が多い。
 授業を苦痛に思うことが「よくある」「ときどきある」という教師が6割(同上)。
 授業がうまいと「あまり思わない」「まったく思わない」という教師が6割(同上)。
 忙しくて疎かになっている仕事の1位は、教材研究(39%)であった。
 大阪大学の秦政春教授は、
 「授業さえ、きちんとしていれば子どもはついてくるものだという自信が教師になくなったことが、学級崩壊に反映されていると思う」と述べている。
 子どもは、教師と子どもの人間関係づくりに精力を傾けるよりことよりも、授業の充実に力を注いでくれることを望んでいる。
 授業が充実すれば、教師に対する信頼感が生まれ、人間関係もよくなる。
 教師は専門職である。実際に何回も失敗を重ねながら、その資質や能力を高めていくものであろう。
 一心不乱に授業のことを考える、そんな毎日を過ごすことによって教員の授業力は高まる。そのことを後ろ押しする教員研修の在り方が、今、問われていると思う。
(鈴木義昭:東京都公立小学校教師を経て、元東京都教育委員会統括指導主事。指導力不足教員を対象にした研修に携わった後、問題を起こした教員を対象にした研修を担当した。多くの教員を見てきた経験から、メディアなどで提言を行った)

 

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大正時代に提唱した手塚岸衛の「自由教育」はどのようなものであったか

 手塚岸衛は、1919年に千葉師範学校附属小(現千葉大教育学部附属小)の主事となる。
 ここで教育の画一性を廃し、子どもの自発性、自主性を最大限に発揮させるという自由教育を提唱し、その名を全国に知られるようになる。
 1921年東京師範学校の講堂で開かれた八大教育主張の大会で、手塚は「自由教育論」の演題で「子ども自らが、自らの力を出して自己を開拓して進む力をつけてやるのが教育である」と主張した。
 その後、1926年、千葉県大多喜中学校校長となるが、配属将校の扇動によって校長排斥運動を生徒らが起こしたことが原因となり、辞職に追い込まれる。
 1928年、東京で、自由主義的教育の理想を掲げ、幼稚園・小学校・中学校からなる自由ヶ丘学園を創立した。
 大正デモクラシーの影響を受けた手塚は、試験や通信簿をなくし、子どもの個性を尊重した教育を行った。
 手塚は教育に没頭していきますが、資金繰りの困難さに加えて、生徒管理の難しさに失意のうちに病没してしまった。手塚の死去によって学園は苦境に陥った。
 大正期の教育は、大正デモクラシーの影響をうけて、明治時代の画一的な注入主義教育を、子どもの生活や学習を中心としたものに転換しようとする「新教育(自由教育)運動」が全国的に高まりをみせた。
 児童の個性の尊重と自由な学習を目指した「児童中心主義」的な方法であった。
 東京の成城小学校(校長:沢柳政太郎、主事:小原国芳)、児童の村小学校(校長:野口援太郎)、奈良女子高等師範学校附属小学校(主事:木下竹次)、千葉師範学校附属小学校(主事:手塚岸衛)、明石女子師範学校(主事:及川平治)などがよく知られる存在となっていました。
 この自由教育は県内から全国へと拡大してゆく傾向を示した。しかしながら、県教育行政部局、教育者などから自由教育に反対する者もでてきた。手塚は、
「その反対の多くは経過に等しい経験に基づく素朴なる常識論か」
「しからずんば、自由の語感を毛嫌ひして―あのカントの厳粛な哲学上の自由であるのに気づかずに―これを排斥する俗説か」
「または、たゞ何事も旧に泥み新を厭うて真をも捨てる守旧主義か」
「時には彼等が自由教育などゝは小癪な片腹痛い言分であるとする感情論さへ交つてゐるとさへ思はさせられた」
 と述べている。
 手塚じたいが反体制派の教育家であったかのような誤解をその後に生んでいったきらいもある。
 各学級の級長は校長による任命制から子どもたち自身による直接選挙での選出に改め、全校朝会を5,6年生による自主運営に委ねるなど、当時としては画期的な改革を試み、「分別扱」(小集団方式)と「共通扱」の臨機応変の展開による授業形態の改革などとともに注目を集めた。
(手塚岸衛:1880- 1936年栃木県生まれ、福井、群馬、京都女子の各師範学校の教師を経て千葉師範学校附属小学校の主事になり自由教育を提唱し、その名を全国に知られるようになる。千葉県中学校長となるが辞職に追い込まれた。1928年、東京で自由ヶ丘学園を創立するが道半ばで病没した)

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子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか

 子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか、カニングハム久子はつぎのように述べています。
 日本人駐在員の5歳の子どもがいた。ふざけてセラピーが進まない。甘やかしと叱らない無責任な子育てのためである。
 久子先生は厳しい声音で、
「大人も子どもも悪いことをすれば叱られます。久子先生も子どものとき、悪いことをするとうんと叱られて、良いことと悪いことを教わりました」
 子どもは驚いて久子先生の顔から目を放せない。
 その間にも久子先生は、子どもの脚に私の脚をくっつけて体温を通わせていた。
「先生は○○くんを大切に思うから、いけないことにはダメって言います」
 幼児とはいえ、まずは、しっかりと誠実に対応することしかない。
 子どもは気分を取り直してセッションを終えた。
 そのあと、久子先生は両親に懇々と話した。
「親も毅然として躾に関わらなければ、○○くんの一生を誤らせてしまいます」
 そして、○○くんにも、
「いつもほめられるような子どもになるために、久子先生のところにくるのです」
「久子先生は○○くんのことをとても大事に思っているのよ」
 次のセッションからはふざけが減り、「聞く」態度が少しずつ身についてきた。
 家庭でも遅まきながら躾をし、叱ったあとの慈しみに満ちたフォローをするようになった。
 親が変われば子どもも変わるのです。
(カニングハム久子:1934年長崎県生まれ、ニューヨーク在住の臨床教育スペシャリスト。
毎年来日し、自閉症、ADHD、学習障害などの発達障害、子育て・教育全般に渡るアドバイスの依頼を受け全国各地で講演を行う。日・米教育関連機関の教育コンサルタント、ニューヨーク臨床教育父母の会主宰、全米精神遅滞研究協会最優秀臨床教育賞)

 

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「遊び」の効用は限りなく大きい、遊びを活用して「元気はつらつとした子ども」を育てよう

 平成の初め、全国的に都市型過疎化が進行し、東京都台東区に統合して新しい小学校がスタートすることになった。
 そのとき学校が心配したのは「校区が広くなって子どもたちが登校をしぶるのではないか」ということであった。
 そこで、子どもにとって「魅力的な学校を創る」ことをテーマに掲げて、地域人材を活用する授業展開を様々に試みた。
 そうした活動の中で、子どものやりたいこととして選んだのは「遊び」の導入であった。
 毎朝15分間、子どもが好きな遊びを選んで行う。
 ただし、校庭が狭いことからサッカーのようなチームゲームは禁止し、1人で遊べることに限定した。その遊びの種類は、
 マラソン、鉄棒、なわとび、バスケット・シュート、お手玉、折り紙、読書、けん玉、あやとり、竹馬、一輪車、パソコン、自由研究である。
 実はこれらの遊びはすべて「腕が上がる」ようになっている。
 遊びを導入した結果、学校に新しい雰囲気が生まれたのである。
 学校で「好きな遊びができ、遊びを選ぶことができ」「遊びで腕を上げることができ」 「遊びで仲間ができる」という雰囲気が生まれた。
 腕をあげるために、子どもは次にここまで上達したいと「めあて」を決め、学級のボードに「見て見てカード」を掲げる。
 その遊びの時間を「チャレンジ」と名づけている。
 保護者も参加していいが、教えない。子どもが見よう、見まねで上達するのを見守る。
「魅力ある学校づくり」は効果があり、上野小学校に不登校児童がいない状況が何年も続いたのである。
「遊び」の効用は大きかった。遊びの効用とは、
(1)遊びには面白さとともに開放性と自由性があり、夢中になれる
 そのため心身がリフレッショする。朝の遊びは目覚めを促し、気持ちをシャンとさせ、情緒が安定する。
(2)遊びで仲間内での約束やルールを学び、社会性が身につく
 勝ったり負けたりすることで敗者復活の対処の仕方を身につける。
 だから、勝敗にこだわらなくなり、自他の力関係を客観的に判断できるようになる。社会性が自然に身につく。
(3)遊びは練習し、頑張ればできるようになるので忍耐力が身につく
 上達するためには繰り返し練習する必要がある。好きな遊びだから練習が苦にならない。
 自然な形で練習の大切さと、頑張ればできるようになる、という忍耐力や生き方の基本を身につけることができる。
(4)遊びは全身を鍛える
 けん玉や竹馬は全身のバランス感覚が得られる。手先と体と頭が一緒になった運動である。
 巧緻性が高まり、集中力が生まれる。体を動かすことと、精神を働かすことの統合が起こる。
(5)遊びを選ぶことの教育的効果も大きい
 きょうは何で遊ぶか、という「自分のやりたい」ことを選ぶことは子どもの主体性や個性を育てる。
 それは子どもの個々の生活感覚や学習への態度を豊かに形成する。
 小学生の暴力行為が増加しているが、子どもの遊びの減少が背景にあるのではないか。学校は遊びを積極的に生かすべきである。
 東京都品川区のある小学校の朝、登校すると15分間子どもたちは校庭で思いっきり遊ぶ。「生き生きタイム」の時間である。
 どの子どもも元気はつらつとした表情で明るい。「朝ごはんを食べてきたから」と口々にいう。
 校長は「子どもの目覚めが悪いことに気づいて、目覚めを促すために外に出て遊びをさせた。その結果、朝ごはんを食べてくるだけでなく、10時前就寝も多くなった、学力も高まった」と語っている。
 また、高学年担任の教師は、
「これまで朝の授業は反応がなかなか返ってこなかったのが、生き生きタイムを実施したあとは、いい反応が返るようになった」と言う。
 最近の子どものテレビ漬けや夜更かしはかなり深刻な状況であるが「早寝・早起き・朝ごはん」を提唱するだけでは十分でない。それができるための仕掛けが必要である。
 子どもの心に「早起きしなければ」と思わせる動機づけが必要である。「生き生きタイム」はそのための仕掛けである。
 最近の子どもは体全体を動かす遊びが足りない。子ども同士が群れになって行う遊びが少ない。
 遊ばないと、勝ったり負けたりの敗者復活の経験ができない。
 遊びはストレスを発散させる特効薬だが、その薬を与えられないため、すぐキレる、暴力を振るうなどの短絡的な行動に走る。
 遊びだけではない。多くの面で「子どもらしさ」が失われているのではないか。
 将来的には「人間力」形成は重要だが、今の子どもに必要なのは、元気はつらつとした「子ども力」ではないかと考える。
 その意味で、朝の15分間の「生き生きタイム」はどこの学校でも真似してほしいことである。
 それは子どもが1日通して学習も生活も有意義に過ごせることが最も重要だからである。「遊び」は活力の源なのである。
 しかし、最近の子どもはテレビゲームのような室内遊びに熱中するが、戸外で遊ぶ姿を見ることが少なくなっている。
「遊び」の効用は限りなく大きいのである。
(高階玲治:1935年樺太生まれ、北海道で小・中学校教師、北海道立教育研究所副部長、盛岡大学教授、国立教育研究所室長、ベネッセ教育研究所顧問、ベネッセ未来教育センター所長、教育創造センター所長を務めた。専門は、教育経営、学習指導、特別活動など、講演と幅広く活躍した)

 

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子育ての原点は安心感、親の愛は自立への出発基地、自然に育っていく子どもの力を信じ、家庭の機能を生かそう

 斎藤慶子臨床心理士は、医療という場を中心に、長いことたくさんの方々と継続的なかかわりを持った。
 ちょっと見には同じような子どもの実態でも、その背景は実に多様でした。
 けれども、あわてずていねいにときほぐしていくとき、いくつかの軸をもって検討していくと、必ず打開への糸口が引き出されていきます。
 実は子どもの暮らしに起こる、小さな一こま一こまが「自ら育つ営み」の資源となっていくのです。
 なにが子どもの不安を表している事柄なのか、子どもが大人になっていく自分に誇らしさを実感して満足するのはどのような経験からなのか、その実感が未来の自分にどのようにつながっていくのかは、子どもが自ら育つ営みの資源となっていく。
 子育てで、なにごともなく通り抜けられるはずという親の思いこみの中で、おもいがけない苦労を親が経験する。
 親が共通する苦労は、まわりの子どもたちとの摩擦、子どもへのじれったさ、先の見通しが見えない不安などである。
 なにか予想外の困難に遭遇したときに、ともするとだれか一人を悪者にして処理しようとする親自身の防衛反応が起こる。
 たとえば「子どもがいうことを聞かない」「教師が冷たい」などと、責任を逃れるための楽な言い訳を見つけようとする。
 子どもに対して大人が禁止や指図による働きかけにとどまってしまうと、子ども自身の自発的な動きはなくなり、成熟への手がかりも損なわれていく。
 ものごとの善し悪しに親が強くこだわらずに、ゆるやかな姿勢で子どもを見守る中から、子どもたちは息を吹き返し、よりよい適応に至っていく。
 子どもは「自ら成長し変わっていく」という発達のしくみがある。
 子どもを理解し、対応の指針が見えてくれば、親と子どもの関係が「親が変わることによって子どもが変わる」関係へと変化していく。
 子どもが自ら成長し変化していくことを信じ、注意深く見いだしていこうとする親の態度を、子どもたちは求めている。
 家庭でなければならない機能とはどのようなことが期待されるのだろうか。
「やすらげる」「巣ごもれる」「さ迷える」「羽ばたける」「巣立つ」これらの言葉が、家庭という場に求められる働きなのではないだろうか。
「やすらぎ」は、生命の安全が保障される営みが主流の乳児期は、まさにやすらぎの意味が大きい。
「巣ごもり」は、家庭の外で仲間や先生とのつき合いで自分を発展させていくが、自分が自分そのものと向き合って、なにかをする営みは、まさに巣ごもりであろう。
「さ迷い」は、家庭の中で無為に過ごしているのではなく、本を読んだり、ものをつくったり、一人になれるときに得るものがある。家庭でなんらかの模索、さ迷いが続いているのである。
「羽ばたき」は、まわりとのかかわりから、自分の在り方を揺さぶられて起こる、迷いを静かに暖め直し、新たな吟味を始める場でもある。
「巣立ち」は、自立への試みをする基地でもある。
 そのひとつひとつには、親や兄弟姉妹とのかかわりから得た智恵や力が働いていく。
 親が子ども時代の失敗を語るのもよい。
 少なくとも時間に追われている生活を、露骨に子どもにぶつけないように加減をすることが保障されていれば、子どもは家庭に満足する。
 そのうえで、基本的なしつけは、人格の成熟を助ける手だてのひとつとして、おりにふれて関心を向けるようにしたい。
「しつけ」とは、人々が集まって暮らしていくのに、お互いに認め合い、許せる基準を持てるようにしていくことである。
 その結果、人と調和して暮らしていける安定した情緒が発達していくのである。
 相手を思いやる気持ちを持たせるのは、家庭ならではの役割であろう。
 同時に、あいさつは強制的に子どもに言わせようとする前に、大人がいつも言っている雰囲気が大切である。
 社会の基本となる機能を持っている家庭生活で、お互いに尊重し合うことを大切にしていこう。
 子育てに失敗しないためには「ふだんの生活の中で子どもが安心感を回復していく」ことこそ、子育ての原点であると言い切れるのではないだろうか。
 親よりもはるかに小さく、弱く、力のない子どもが、実はいつも大きい問いかけやメッセージを送っているのではないだろうか。
 日常生活で子どもが安心感を回復するには、「やさしさ」に基づく親の援助が必要である。
 その「やさしさ」にはいくつかの側面があって、
「ひたむきさ(一貫した関心)」
「しなやかさ(柔軟性)」
「あたたかさ(感受性)」
「確かさ(かかわりながら観察し、蓄積された事実に基づいた判断:客観性)」
「さりげなさ(日常性)」
 が考えられる。
 安心感が子どもによみがえっていくことが子どもに幸せをもたらす。かかわる大人たちにも幸福をもたらす楽しみがある。
 子育てで、親が自らもいつのまにか人間がひとまわり大きくなっていく喜びを味わいたい。
 親しい人々との間柄を考えてみると、その人のそばにいることが安らぎになり、ゆとりを取り戻す。
 親しい人々がいないと寂しく感じ、いるとさわやかな満足があるといった間柄ともいえる。
 子どもが欲しいもの、食べたいものを充足するのが本来の愛の姿ではない。
 子どもには子どもなりの世界がある。
 やっかいでも子どもが必ず通らなければならない道筋を、外れないように見守るという親の包容力が、こどもにとっての最高の愛の保証ではないかと考えてみたい。
 大人の常識からすれば、大人が普通に進んでいる道を子どもに譲らなければならないことがおきる。
 大人にとっては多くの無理が生じるであろう。
 しかし、こどもにとっての意味を考えて、快く「どうぞ」と道を開いてあげるために、大人たちは大人にとって考えにくいことをたくさん考える努力をしてほしい。
 きっとその努力は、のちに子どもから親への「思いやり」という最高のプレゼントをもたらしてくれるはずです。
 愛とは、大人の弱みを正直にさらけ出せる生活態度にはぐくまれる部分が少なくない。
 愛や親密さは子どもにとって自立への巣立ちの出発基地である。
(斎藤慶子:1935年東京都生まれ、武蔵野赤十字病院、戸田病院で心理臨床に取り組む。障害児保育、病児の教育、ターミナルケア、老人問題、メンタルヘルス、精神障害者のケア、青少年の暮らせる場づくりなどの活動に関与)

 

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自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるeスクールとは、どのようなものか

 早稲田大学人間科学部eスクールは、スクーリングを除くほとんどの課程をeラーニング(インターネットを通じた授業)で行う日本初の通信教育課程です。
 eスクールの授業は、時間や場所の制約に縛られない。
 つまり、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 2003年に始まり、これまでに1500名以上の卒業生を送り出しました。
 講義をはじめ、レポート提出や小テストなども自宅のパソコンでOK。卒業すると学士(人間科学)が取得できます。
 教材は通学制の授業を撮影した映像をベースに、スタジオで新たに収録した動画や参考資料などを加えます。
 これを単元ごとに一定期間内であれば、同じ講義を何度でも繰り返し受講して理解を深めることができる。
 講義の受講をはじめ、電子掲示板での質問・議論、レポート提出や小テストまで、すべてインターネットでおこないますので、大学への通学が難しい人も自分のペースで卒業を目指すことができます。
 自分のペースで取り組むということは、ともすれば卒業まで孤独に頑張り抜くといったような印象があるかもしれません。
 しかし、実際の科目履修においては、クラスごとに電子掲示板が設定されており、履修学生同士による意見交換や教員への質問等のために双方向のコミュニケーション環境が整えられています。
 また、各科目には教育コーチが学びを支援してくれます。
 eスクールの学生は、30~50歳代の社会人が中心で、在籍人数の半分以上を占めますが、若い人は18歳から、上は70歳以上と、その裾野はすべての世代をカバーしています。
 そうした人々がeスクールで学ぶことを決心した背景は多岐にわたり、仕事に役立てたい、自分の仕事を学問的に見直したい、最新の知識を身につけたいといった具体的な動機から、自分の人生を見つめ直したい、夢を実現したいという抽象的なことまでさまざまです。
 eスクールは、社会に出て、新たに学びたいと思ったときにいつでも大学で最先端の科学と技術を学べる環境を整える役割を持っています。
 eスクール立ち上げから関わってきた野嶋栄一郎名誉教授は次のように述べています。
 eスクールを開始して改めて感じることは「社会人は優秀である」ということです。「私」が鍛えられているのですね。
 eスクールは、「対面授業ではないから通学生に比べ、ハンディキャップがある」と考えられ勝ちですが、これは大きな間違いです。
 講義は全く同じものであり、かつ、電子掲示板により個別の疑問に対応、議論は、リアルタイムではありませんが、24時間展開され、受講生全員が共有出来ますので、授業の中で展開する以上に、学びに広がりが生まれるのです。
 中には海外在住の学生や、社会人経験のある人が多く、議論の種となる経験が具体的でシビア、指摘が鋭い。
 ただ講義を受ける一斉授業よりはるかに質が高まる可能性が高いといえます。
 eスクールでは1講義につき最低1人、院生などが「教育コーチ」としてつき、講義後の電子掲示板での対応を行っています。
 eスクールの学生は、一人ひとりがウェブサイトの講義映像を見ながら学習を進めつつ、オンラインディスカッションで意見を交わして理解を深めていく、個人学習と協調学習である。
 従来、大学で一般に行われてきたのは、一人の教員が主導権を握って何かを伝える教え方である。
 例えて言うなら、馬にくつわを付けて「正しい方向はこっちだ」とぐいぐい引っ張るような教育でした。
 eスクールを進めるうちに、能動的な学びを引き出すのに適していると野嶋教授は確信しました。
 学生たちが行きつ戻りつしながらも、互いに触発しあって何かを見出していく。
 そんな授業の在り方こそが、人を成長させるのだという思いを強めました。
 そのために野嶋先生は、ある程度の方向性を示す以外は、あえて細々とした指導はしなかった。
 あたかも社会人が仕事を通じて能力を磨いていくような、自活力の高い学習の機会をつくりたかったのである。
 ネットワーク環境が能動的な学びを引き出すのに適していると確信した野嶋先生は、eラーニング、つまりインターネットを通じた授業で、キャンパスに通わなくても学位が取れる四年制のオンデマンド課程を創設しました。
 オンデマンドとは、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 教員や学生同士がほとんど顔を合わせずに卒業する。そう聞くと、無機質で冷たい印象を覚えるかもしれない。
 だが、「実は、ネット空間のほうが対面式の教室よりも濃密なコミュニケーションが生まれる場合もある」と野嶋先生は言う。
 eスクールでは、個人ベースで受講する講義に加え、教員との質疑応答や学生間のディスカッションの場として電子掲示板が用意されている。
 また、教育コーチと呼ばれる指導助手が各科目に必ず一名以上付き、学生たちのさまざまな悩みや疑問に応じている。
 そうした多彩な意見や情報をネット上で受講者全員が分かち合うことで、限られた教室内での交流をはるかにしのぐ緊密な関係が築かれるのである。
 ある学生のほんの小さな気づきが、別の学生にとっては大きな発見になるかもしれないし、数多くの考え方に接することが、新たな知的関心を呼び起こすことにもつながる。
 そればかりか、自分の授業がネットで公開されるという緊張感が、教員にとっても格好の刺激となり、教育の質がおのずから上向くことさえ期待できるのです。
(野嶋栄一郎:1946年生まれ、福井大学助教授、早稲田大学教授を経て同大学名誉教授、パナソニック教育財団評議員)

 

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校長のあり方が学校を変える

 野口克海先生の印象を一言でいうと「スクルウォーズからそのまま飛び出してきた先生」というのがぴったりでしょう。
 叩き上げの教育論は実が詰まった具体的な話が多く、講演会での講話に涙が出るほど感動する。
 熱血先生なので学校の荒くれどもとのエピソードが耐えません。
 中学校に赴任早々に、職員室の机でふんぞり返っていた生徒に灰皿で殴られ、血まみれになって取っ組み合いをした話。
 勉強を一切しなかった落ちこぼれが「俺やっぱり高校行きたい」という告白から、毎夜泊まり込みでの特別個人指導をした話など、下手な落語家よりよっぽど面白い。実体験だというのだからさらにすごい。
 全国各地から講演に呼ばれ、本当に教育熱心先生です。
 野口先生の実体験からの講演内容には必ずと言っていいほどの共通項があります。
 それが「絶対に生徒を裏切らない。どんな状況でも子どもを信じ抜く」という姿勢でした。
 野口先生には言葉では言えない「覚悟」の強さを感じます。それはその信念があるからでしょう。
 その信念があったからこそ、決断力もまた大きい力がありました。
 野口克海先生が中学校教師のときに仕えた三人の校長はタイプが全然違っていました。
 望ましい校長像というのは、それぞれの持ち味でいいのだと思うと野口先生はいいます。
 三人ともそれぞれ何か一つほれさせるものを持っていた。
 一人は「ハート」、二人目は「冷静な判断力と知恵」、三人目は「力」にほれました。
 校長は自分の持ち味のなかで、教職員に、なるほどと思わせるものを持っているということが、大事なのだと野口は思っています。
 この三人に共通していることは、自分のいる学校をよくしたいという情熱を持っていたことです。
 野口先生は、校長先生たちを前にして次のような話をされたことがあります。
 赴任したらまず校長室に入らずに、主事室や給食室に挨拶に行き、その後は不登校の生徒の家を家庭訪問して、
「今度赴任した校長です。きみが登校したときに、このおっちゃん、誰やと思わないように挨拶に来た」と、言いなさいとのことです。
 野口先生は、心がけが違うというか、本当に子どもたちのことを一番に考えている人なんだなあと思います。
 校長の哲学として「静」と「動」があると野口先生は次のように言います。
「静」というのは「動かざること山のごとし」です。
 野口先生は、全日本中学校長会会長の話を聞いて、なるほどだなと思いました。
「うちの学校はゴミ拾いで学校を立て直した。やんちゃな子も、近所の方からありがとうと言われ、ほめられたことのない子が地域でほめられる」、
 だから「学校の特色は何ですか」と問われたら、「ゴミ拾いです。それで学校を立て直しました」と答えています。
 いろんなことをしなくても、うちの学校はこれでいくという学校長の信念。それはすばらしいことだと思います。
 私はこういう学校をつくりたい、私はこういう子どもを育てたいという動かざること山のごとしという校長の信念です。
 もう一つは「動」でありますが危機管理の問題です。
 野口先生が教育委員会に勤務していると、学校の様々な事故や事件が起こったときの初期対応のまずさ、危機管理の不徹底で、こじれて教育委員会に問題があがってくるときがあります。
 そのときは、手のほどこしようがないほど、保護者の不満やら苦情が渦巻いているという状態で、教育委員会のところに来ます。
 じっと事件や事故の報告を見ていたら、ああ、これが起こった最初の日に、校長先生が足を運んでいてくれたら、全て解決していたのになあと思います。
 初期対応のまずさという危機管理の問題です。
 学校経営が非常に複雑な今の時代で、様々な保護者がおられ、どれだけ日頃から危機管理がなされているかどうかということが問われています。
 十分に学校の危機管理の体制は整えておくべきだと考えます。
 ある校長先生にお聞きしましたら、私は必ず保健室の保健日誌は、一日一回必ず報告させ、今日は何という名前の子がケガをしたか、目を通して印を押すことにしているということです。
 学校がきちっとしているということも、大事だろうと思います。
 そういうことも含めた危機管理の体制を整えることが、今日、非常に重要になり必要になってきています。
 野口先生の好きな言葉は、「骨太、信念、協調、細心大胆」です。日ごろ仕事上で野口が思っていたことは、
(1)ドンとこい、ということです
 どんなことがあっても、うろたえるなということです。
(2)部下の面倒はちゃんとみるということ
 きちっと面倒を見て、安心して働いてもらうこと。
(3)自分を開くということです
 自分の思いや願いは絶えず職員に全部、話をします。トップに立つ者がどっちを向いて走っているのかを、部下の職員が知らなかったら、みんな困ってしまうからです。
(4)人間としてのつきあいも大切にします
 自分の弱さやプライベートなことも職員の前で裸になるというふうにしている。
(5)人を信頼する
 人を信頼しきって任せていくということが非常に大切です。任せてどうするのか考えさせます。責任は私が取ります。とことん信頼します。
(6)五、三、二
「五つ教えて、三つほめ、二つ叱って人を育てよ」と言われます。
 これは、いろんな意味があって、叱るよりもほめる方を多くしなさいよという意味もありますが、同時に最低二つは叱れよということです。
 先輩教師が若い教師を叱らなくなったと言われています。
 私はできるだけ、明るく、ネアカで仕事をするように心がけ、みんなの前で明るく大声を出して怒りまくります。
(7)不安と孤独
 長のつく者は不安で孤独です。人からどう思われているか、非常に気になる。
 確かに気にはなりますが、お互い気の弱い人間ですから、割り切るようにしています。
 割り切って、好かれなくてもいいと思うようにしています。
 まず、優先順位は、職務をきちっとやり切ることが、本来の仕事ですから、好かれようが嫌われようが、仕方がないと割り切るようにしています。
(野口克海:1942- 2016年大阪市生まれ、大阪府公立中学校教師、大阪府教育委員会課長、堺市教育長、大阪府教育委員会理事、文部省教育課程審議会委員、園田学園女子大学教授、大阪教育大学監事、子ども教育広場代表)

 

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子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの信頼を得て自尊感情は育つ

 自分の子育てに自信をもてない親が多いようです。
 大阪府内の公立小学校で30年余年の経験がある大阪教育大の園田雅春教授は「子育て不安最盛期」といいます。
 親に自信やゆとりがあるかないかは、子どもの育ちにまともに跳ね返ります。
 核家族化が進み、地域とのつながりが薄れたことで、おばあちゃんらの「子育て知恵袋」に頼りにくくなっている。
 同世代とのヨコのつながりは多少あっても、異年齢とのタテの情報交換は不足しがちです。
 親としての自分を振り返ってみてください。
 ゆとりや自信のなさから、親の物差しに当てはめてやたらに指図していませんか。
 子どもの持ち味を生かそうとしていますか。
 子どもは敏感です。萎縮(いしゅく)したり、親の前でだけいい子になったりします。 
 砂場にスコップをたたきつける、給食をひっくり返す、家の外でのそんなキレぶりを告げられても、親は信じられません。
 フランスの思想家ルソーは教育論「エミール」で、「人は子どもというものを知らない」と述べています。
 この言葉をかみしめる必要があります。子どもは小さな大人ではないということです。
 いろんな情報は参考になりますが、子どものペースを見守っておおらかに考えてほしい。
 わが子にこそルールあり。子どもの目線や発見を共に楽しんだらいい。
 子どもが望んでいることは、大きく言って二つあります。表現と承認です。
 自分の話を聞いてくれ、受けとめてくれる人がほしい。
 求めているのは居心地のいい居場所というより、居心地のいいひと「居人」です。
「ねえねえ」と寄ってきたとき、「忙しいの」「後で」とついかわしたくなります。
 一息のんで「そうやったん」「へえー」と共感のメッセージを送りましょう。
 そうすれば子どもは納得し、親の話も聞くようになります。
 野菜や果物を食べてビタミンを摂取するように、
「親の言葉で子どもの自尊感情は育つ」
「自分の存在そのものに対する揺るぎない自信を高める」
 ここが子育てのツボです。
 園田教授は周囲からのプラスの言葉を、自尊感情の頭文字をとって「ビタミンJ」と呼んでいます。
 子どもの信頼なしでは、しかっても響きません。「切る」より「つなぐ」で。
 1日3分でも話を聞いて。甘やかしではなく共感を。
 自分の物差しに当てはめて、やたらに指図し、子どもの持ち味を消していないか。
 子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの自尊感情は育つ。
 自分への揺るぎない自信を高めさせることが、子育てのツボだ。
 授業中、中学校の教室にれんがを投げ入れ、走り去った男子生徒がいました。
 教師は職員室に生徒を呼びました。さてどんな言葉をかけたでしょうか。
「何やってんだ」「危ないだろ」こんな言葉が思い浮かぶでしょう。
 この教師がかけた言葉は「どうしたん」でした。
 とたんに生徒は涙をみせました。その子が泣くなんて同僚もびっくりしたそうです。
「何やってんだ」などは「切る言葉」。言ったほうはスッキリ。でも、言われたほうはストレスがたまります。
「どうしたん」は「つなぐ言葉」。子どもを受容して、そこから会話が始まります。
 子どもの信頼を得てからでないと、しかっても響かないんです。
 つなぐより、怒る方が効き目があるかどうかを、立ち止まって考えましょう。
 自分のムカッ腹解消のために言っていないでしょうか。
 数年前、園田教授の講演を聞いて、中学3年の息子をもつ父親が次のように言いました。
 その日は、テスト前なのに友だちに誘われてプールに行ったので、帰ったら叱るつもりだったそうです。しかし、
「お前は友情に厚い男やな。明日からの試験も頼むで」と言いました。
 子どもの立場を理解し、プレッシャーもかけられますよね。
 親が言い聞かせようとしても、ふだん耳を貸していないと子どもは応じません。ツケの代償は大きいのです。
 1日3分でも子どもの話を聞くようにしましょう。
 子どもと話しをするには、要領をつかむまで苦戦するでしょう。
「学校は最近どうだ」と聞いても、「別に」としか返ってこないとか。
 でも、大人だって「最近、会社どう」なんて聞かれたら困ります。工夫がいるんです。
 子どもがうれしそうにしているときなど、喜怒哀楽を現わしているタイミングで、
「おっ、いいことあったみたいだな」「どうしたん」
 と水を向ける。あとは話を遮らず、耳を傾ける。
 ただ、甘やかしと受容は違います。子どもに共感しての受容なのか、ベタベタなのかは違います。
 園田教授が小学校の教師だったとき、友だちに「髪の毛切ったら」と言われた6年生の女子の親が、「余計なことを」と抗議してきたことがありました。
 その友だちに話を聞くと、給食を配るときスープに長い髪が入るから注意したそうです。
 子どものもめ事は往々にして互いに言い分があるのに、わが子しかみえない。そんなケースでした。
 親の共感が子どもに伝わって好転した例は多くあります。
 ある中学3年の女生徒が、周りから悪口を言われているように思えて学校に行けなくなり、死ぬことばかり考えていました。
 仕事に追われる母親がある日の食事中、わが子に「みんなが敵になってもお母さんは味方だから」と言って、泣いてくれた。
 身近にこんなに寄りかかれる人がいると実感して、翌朝から登校できるようになったそうです。
 突然やってくる節目で、親の経験と底力が問われます。子どもがグッと伸びるチャンスに後押しできるよう、ふだんから備えたいものです。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)

 

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ユーモア詩の笑いがあってこそ学校に安らぎが生まれ、子育てに悩む親も心が温かくなり子どもが愛しくなるだろう

 増田修治先生が、その名を教育界に広めたのは、小学校の教師だったときに始めた「ユーモア詩」でした。
 NHK(2002年「にんげんドキュメント 詩が躍る教室』」)で取り上げられ、大きな反響を呼びました。
 学校は、教師も子どもも真面目で一生懸命に勉強をするべき場所と思っていないでしょうか。
 教師を長くやっていると、教師こそそのように思い込み「学校はこうあるべきだ」「子どもはこうあるべきだ」という考えにとらわれてしまいがちです。
 増田先生も、そういう教師になってしまっていました。でも、その思い込みを完全に打ち破ってくれたのが「ユーモア詩」だったのです。
 じつは、これは偶然に発見したものです。
 増田先生が小学校で4年生の担任をしていたとき、男の子が書いた詩を学級通信に載せたのです。それは「おなら」という詩でした。
「おなら」 
 だれだっておならは出る。
 大きい音のおならを出す人もいれば
 小さい音のおならを出す人もいる。
 なぜ、音の大きさが違うのだろう。
 きっとおしりの穴の大きさが違うんだ。
 増田先生はこの詩を見たとき、正直、「ばかじゃないのか」「くだらないことを書いて」と思いました。
 でも、事前に「どんな内容でも学級通信に載せる」と約束していたため、載せないわけにはいかない。
 この詩を見た子どもたちは15分も笑い転げた。
 じつはこの頃、増田先生のクラスは子ども同士の関係があまりうまくいっていませんでした。でも、この詩でみんなが笑い転げている。
 そのとき、気づいたわけです、
「子どもたちは、笑ってつながりたいんだ」
「学校にこそ、笑いが必要なんだ」と。
 子どもは、うんちやおしっこ、おならの話が大好きですよね。
 その子どもたちの「面白い」「楽しい」という感覚に教師が近づかなかったら、子どもたちといい関係が築けるわけがありません。
 そうして、はじめたのがユーモア詩でした。ルールはありません。なにをどう書いてもいい。
 そして、そのうち、ユーモア詩がびっくりするような出来事も引き起こしました。そのきっかけとなったのが、「弟ってすごい?」という詩です。
「弟ってすごい?」 Aくん
 こないだ弟が外を走っていました。
 弟が
「ぼく、すごいのできるよ!」
 と言いました。
 弟は走りながらぼうしやクツも
 ぬぎました。
 そしてクツ下もぬげて
 ズボンもぬげました。
 それから弟はぼくに
「まっ、お前じゃできねーな。」
 と言いました。
 そんなのやりたくねーよ!
 これを見て、増田先生はAくんに「面白い、見てみたい」と言いました。
 Aくんの弟は当時、保育園の年長さん。
 服を全部脱いで裸になって「すごいでしょ?」と自慢げに言う彼を、増田先生は「すごいね、たいしたものだね」と褒めまくりました。
 その2週間後、Aくんが「弟が技に磨きをかけたから、また見てほしいそうです」と。
 もちろん、見に行きました。今度は服を全部脱ぐまでの時間が大幅に短縮されていた。
 増田先生は「もう名人芸だね」と大絶賛しました。
 じつは、Aくんの弟は、保育園ではちょっと問題がある子どもでした。
 ところが、小学校に入学したらきちんと座って真面目に授業を受けている。
「僕は小学校の増田先生に褒められた、できるはずだ」と思ったそうなんです。
 そうして、6年生になったらなんと児童会長になった。
 増田先生は、ただ裸になることが早いと褒めただけ。
 それなのに、子どもにとってはそれが自信になる。
 どんなにばかばかしいことでもいいんです。
「いいよね、面白いよね」と言ってあげることが、その子どもを認めてあげることになる。
 大人は、子どもがいわゆる「いいこと」をしたときにだけ褒めます。そうすると、子どもはその「枠」のなかにしかいられなくなる。
 自己肯定というのは、「いいこと」のようなプラスのことだけに働くものではいけません。
 マイナスのことも含めて、「あなたはそのままでいいよ」と言ってあげなければ、本当の自己肯定感は育たないのです。
 ユーモア詩が影響を与えるのは、子どもだけに限りません。親同士、親子の関係も変えていきます。
 あるとき、保護者にユーモア詩の感想を寄せてもらったのです。親同士のつながりも深まることにもなりました。
 さらには、お父さんと子どもの関係も変わった。共働き家庭が増えているとはいえ、仕事に忙しいお父さんはどうしても子育てはお母さんにまかせがちです。
 たまに子どもに学校の話を聞くにしても「どうだ? 頑張っているか? しっかり勉強しているか?」というような内容になってしまう。
 もちろん、子どもからすれば面白くありません。
 でも、ユーモア詩を目にすれば変わる。「Bくんって面白いな、どんな子なの?」「ところで、おまえはどんなことを書いているの?」と、お父さんが子どもの友だち関係を知り、親子のコミュニケーションをしっかり取れるようにもなるのです。
 もちろん、「ちゃんとしたもの」を書こうとしなくていい自由な表現なので、言葉による表現力も格段に上がっていきます。
 わたしは作文の指導なんてしませんでしたが、作文の全国コンクールで優秀賞を取る子どもも出てきたくらいです。
 ユーモア詩は、家庭ですぐにでもできるものです。詩を例に見せて、子どもに自由に書かせればいいだけ。
 ただ「なにを書かれても絶対に怒らない」と約束してあげることがルールになる。
 普段の会話ではなかなか出てこない子どもの本音を知り、観察眼や表現力を伸ばすことにもつながるはずです。
 クラスでは口げんかがよくあったが、詩を通じて子どもがお互いをよく知るようになり、けんかがなくなったそうだ。
 増田先生は「笑うのは点数にならないが、点にならないことは学校から消えつつある。でも、笑いがあってこそ学校に安らぎが生まれる。子どもにとって、いやすい教室にしていきたい」と話す。
 かわいくて、おかしくて、ちょっぴり切ないユーモア詩は、子育てに悩むお母さん、お父さんもきっと心が温かくなり、今まで以上に子どもが愛しくなるだろう。
(増田 修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師を経て白梅学園大学教授。子育てや教育にユーモアを提唱している)

 

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子育てに失敗する親はコミュニケーションに障害がある人が多い

 一般的にいって、子育てに失敗する親は、親子間のコミュニケーションに障害がある人が多いといえます。
 それは、壊れた電話器で話をしているのと同じです。
 親は送信器だけ、子どもは受信器だけで電話をしているようなもので、話は一方的です。
 子どもは話が通じないので、しまいに「症状」や「行動」で示すことになります。
 このようなコミュニケーションのパターンは、その親と子どもとの間に見られるだけでなく、その親を育てた親との間でも同様だということが多く見られます。
 子どもの問題で困っている親のほとんどは、実は自分自身も多かれ少なかれ、自分の親との間の「コミュニケーション」ができていないという問題をかかえていることが多いのです。
 まず、親子間が許容的で、何でも話し合えるという「対人関係コミュニケーション」がスムースでなければなりません。
 子どもの成長にプラスになる育て方とは、親がまず、子どもの心を知り、子どもの心の中でおこっていることを理解することです。
 親は語りかけると同時に、子どもの「語りかけ」や「サイン」に敏感に応答することができなければなりません。
 子どもの「語りかけ」や「サイン」を待つことの方がはるかに重要です。
(黒川昭登:広島県生まれ、皇學館大学名誉教授・龍谷大学名誉教授。日本の臨床ケースワーク(臨床ソーシャルワーク)の第一人者)

 

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自分のことばや声を通して自分の身体に気づき、子どもを感じ取れる身体になるにはどうすればよいか

 自分のことばや声を通して自分の身体に気づくと、子どもを感じ取れる身体になると鳥山敏子先生は述べています。
 身体に気づくというのは、むずかしいけれど、何年かかけてやっているうちに、ある日「ああ、こういうことだったんだ」と気がつきます。
 鳥山先生は以前、竹内敏晴(演出家。演劇的レッスンを主宰)さんの「からだとことばのレッスン」で、大きなショックを受けました。
 竹内さんは次のように述べている。
 話しかけるとは、ただ声が音として伝わるということではない。
 声とは、聞き分けていると、単に空気の疎密波であるといわれるような、抵抗感のないものではないことが実感される。
 声は、肩にさわった、とか、バシッとぶつかった、とか、近づいて来たがカーブして逸れていった、というような感じのからだへの触れ方をする。
 声はモノのように重さを持ち、軌跡を描いて近づき触れてくる。生きもののようにと言うべきであろう。
 声が相手に届くには、声の大きさではなく、相手に届ける発声が必要である。
 身体で感じたままの感覚を大事に、声を相手の身体に届かせる。
 他人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが先ず出来ているかを問う必要がある。
 知らず知らずのうちに身についてしまった、形式的なコミニュケーション、不自然な習慣。そういったものに気づき、人との自然なかかわり合い方が求められる。
 ことばは身体の反応に呼応している。自信がないとき、声は小さく下向きになってしまう。
 身体に気づき、声に気づき、自分に気づくこと。
 竹内さんのレッスンは、基本的には、自分がどんな声を出しているか、自分のことばや声を通して自分に気づくレッスンです。
 自分が喋っているつもりでいるけれど、本当に話しているのだろうかということですね。
 他者に向かって喋っているのか、自分自身に向かって喋っているのか。
 自分の出している言葉は「本当に自分の話したいことなのか」それとも「儀礼的にやりとりしているだけなのか」という、自分の声に気づく、自分の言葉に気づくレッスンです。
 声を手がかりにして、自分がどういう人間であるか、どのような身体なのかということに気づいていく。
 身体のゆがみに気づいていく。自分では声を出しているつもりでいても、声になっていないということが起きているわけです。たとえば、
 声が上ずっているとか、
 本来はトーンが低いのではないかとか、
 息が出ていないとか、
 力が入りすぎて脱力できていないとか、
 脱力しすぎて腰がしっかりしていないとか、
 そういう声や言葉、姿勢、呼吸などを通して、自分の心の声、叫びに気づいていき、自分を取り戻し、自分を創りあげていく、レッスンです。
 自分で自分の体に気がついていくということは、人に言われても、なかなか容易ではありません。
 自分では出したつもりの声でいても、安定した声になっていないのです。
 身体に気づくというは、自分自身に正直になるということです。
 それは子どもを育てるときにも役立つ、大切なことです。
 子どもが親や教師に何を言おうとしているのか、ということを感じ取れる身体になる。
 それがないと「こうしなさい、ああしなさい」と、言うだけで、それがどのように子どもに響いているのか、感じ取れない親や教師になってしまいます。
 子どもが何を表現しようとしているのかということを感じ取り、子どもの表現を受け入れられる身体になる、ということですね。
 子どもはなかなか言葉で表現しませんから、子どもの様子から親や教師が感じ取ることが、まず必要なのです。
(鳥山敏子:1941-2013年広島県生まれ、30年にわたって東京都公立小学校で教え、子どもの身体と心に生き生きと働きかける革新的な授業を展開。1994年「賢治の学校」を創立。自分自身を生ききるからだの創造を目指した)

 

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「変わりたい」と切に願った瞬間、眠っていた良い遺伝子が目を覚す

「変わりたいと切に願った瞬間に、眠っていた遺伝子が活性化する」とは、新しい遺伝子が目覚めることであり、それまで活発だった遺伝子が影を潜めることに他ならない。
 子どもの頃はおとなしくて目立たなかった子が、大人になって有名になったということはよくあるし、その逆もしかりである。
 村上和雄は言う、
「ある環境に巡り合うと、それまで眠っていた遺伝子が『待ってました』と活発にはたらき出すことがあり、そういうとき人は変わることができる」と。
「新しいものにふれることは、OFFになっていたよい遺伝子を目覚めさせる絶好の機会」なのだそうだ。
 なるほど、「中学生デビュー」や「高校生デビュー」というものがあるのもうなずける。
 人間の能力を抑える最大の阻害因子は、マイナス的なものの考え方です。
 生き方の鍵を握っているのが「ものの考え方」だということです。
 マイナス発想は好ましくない遺伝子を働かせる可能性があります。
 感動で涙をこぼすと、人は良い気持ちになります。良い遺伝子が働くからです。
 人間の遺伝子の中には、代々の祖先だけでなく、過去何十億年にわたって進化してきた過程の記憶や能力が入っている可能性があります。
 極端に言えば一人の人間の遺伝子に人類全ての可能性が宿っています。
 だから優れた親は、パッとしない自分の子どもを見てガッカリしてはいけないのです。
 実際に働いている遺伝子は5~10%に過ぎません。つまり人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいのです。
 パッとしないのは遺伝子がONになっていないだけ。いつどこでどんな才能に火がつくかわかりません。
 遺伝子の働きは、それを取り巻く環境や外からの刺激によっても変わってきます。
 ある環境にめぐり合うと、それまで眠っていた遺伝子が「待ってました」と活発に働き出すことがあります。そういうとき、人は変わることができます。
 行き詰まりを感じている時、環境を変えてみるとよいようです。
 動くと人は伸びます。新しいものに触れることは、OFFになっていた良い遺伝子を目覚めさせる絶好の機会です。
 40年近い研究生活の結論として「人の思いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変えることができる」と村上氏は確信するようになりました。
 昔から「病は気から」という言い方があります。
 心の持ち方一つで、人間は健康を損ねたり、また病気に打ち勝ったりするという意味ですが、村上氏の考えではそれこそ遺伝子が関係しているということなのです。
 つまり、心で何をどう考えているかが遺伝子の働きに影響を与え、病気になったり健康になったりします。
 心を入れ替えると心の変化により、今まで眠っていた遺伝子が活性化します。
 阻害因子を取り除けば人間の能力は百倍も千倍も発揮できます。
 悪い遺伝子をOFFにし、良い遺伝子をONにする方法として、どんな境遇や条件を抱えた人にでもできるのは、「心の持ち方」をプラス発想することです。
 自分にとって不利な状況の時こそ、プラス発想が必要なのです。
 プラス発想をする時、私たちの体はしばしば遺伝子がONになるのです。
 どんなにマイナスに感じられる局面でも、結果をプラスに考えるのが、遺伝子コントロールのためには何よりも大切なことなのです。
 また、感動、喜び、笑い、などによっていきいきワクワクすれば、眠っている遺伝子の目を覚まさせることができると村上は確信しています。
 遺伝子をONにするもう一つの方法は、ギブ・アンド・ギブの実践であると村上氏はいいます。
 人間関係の基本はギブ・アンド・テイクと一般には考えられていますが、でも心構えとしてはギブ・アンド・ギブが正解なのです。
 遺伝子をONにもっていきたいのなら、ギブ・アンド・ギブの方がはるかに効果的です。
 本当に大きなテイクは天から降ってくる。そういうテイクをとりたいのなら、ギブ・アンド・ギブでいくべきです。ギブ・アンド・ギブでやっている人の周りには人が集まってきます。
(村上和雄:1936年奈良県生まれ、DNA解明の世界的権威、筑波大学名誉教授)

 

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大人の言ったことが、子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい

 子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい。
 上から目線に構えて、説教しないこと、他人数相手に話さないことである。
 多人数相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 教育相談をしている私に、家にきてほしいということでタカシの家を訪問した。
 タカシの父親は医者で、タカシに一流大学医学部への進学を強要した。
 二度の大学受験に失敗して部屋に閉じこもり、出てこない生活を二年も続けていた。
 母親の顔は見たくないし、父親が行くとナイフを振りかざして大暴れするので近づくこともできなかった。
 私が行ってもドアを開けないので、部屋の前に座り込んだ。
 二時間もたったころ、私に根負けしたのか「おい、おまえ、入ってもいいぞ」と、少しドアが開いた。
 部屋に入り、あれこれ話をするうちに自分の気持ちを少しずつ話し始めた。
 初対面の私に十時間にわたって怒とうのように話し続けた。
 外の空気を味わうためにドライブに誘ったあと、タカシの部屋に戻った。
 疲れたので一緒に寝ることにした。
 タカシがすりよって私に抱きついてきた。
 しっかりと抱きかえしてやると、安心して眠ってしまった。
 今まで、両親に自分の思いを抱きしめてもらえず、ずっと辛い思いをしていたのだろう。
 親からは指示や命令ばかりで、受容されたり認められたりすることが少なかったのではないか。
 その証拠に、タカシと私が抱き合って眠ったことを母親に話すと、ハッとしたように「私たちのこれまでの態度に非があったのですね」と理解してくれた。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え、一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤(なみ)川栄太:1943-2009年、小学校教師(20年間)、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者、教育相談(40年間)、悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

 

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集中力とバランス感覚は、子どもたちに小中学校を通じて身につけてほしい一番大事な力です

 社会に出て、自分のキャリアの基礎技術を得る、最初の大事な5年ぐらいが20~30代前半にあります。
 そこでは体力と耐力が必要なわけですが、耐力を支えるのが「集中力」と「バランス感覚」です。ぜひ小中学校で身につけてほしい力です。
 もし、子どもに集中力があるのなら、多少学力が低くても、夢は何かと語れなくても、大目に見てあげてほしいですね。
 集中力を養う方法は、百ます計算や音読がすごくいいと思います。
 今や世界中に広めようとしている陰山英男さんの百ます計算。
 これで養われる力は計算力だけではないですね。
 単純計算を繰り返すことで脳が刺激されて、脳の力、考える力が増すこともあるでしょう。
 それ以上に集中力が増します。
 あるいは「声に出して読みたい日本語」で有名な齋藤 孝さん推奨の音読も、毎日やることで、記憶力だけでなく、集中力が高まるすごくいい方法だと思います。
 また、これらの方法が広まる前から、跳び箱を使ったり、ロボットを作らせたりして、集中力を高めたり、引き出す技術を持った先生が日本中にたくさんいるわけです。
 こういう先生とぜひめぐり会ってほしいですね。
 集中力は、本当に子どものころに身につけることじゃないかと僕は思います。
 興味の対象が見つかったときに、集中力さえあれば、それが絶対に身につきます。
 もう一つのバランス感覚は、主に小中高を通じて身につける力です。
 昔は地域社会が豊かで、兄弟の多い子の兄貴分に鍛えられることがあったんです。
 僕は一人っ子だから兄弟では揉まれなかったんですが、住んでいた公務員住宅の隣に5人兄弟のあきちゃんという子がいました。
 あきちゃんが左利きだったもんですから、僕も一緒にお兄ちゃんに野球を教えてもらって左打ちになっちゃった。
 そういうことが昔はきっといっぱいあったのに、地域社会もごそっとなくなった。
 それに兄弟も親戚付き合いも少ないから、子どもたちは、親と子、先生と生徒という縦の関係と、友達の横の関係だけになりがちなんですね。
 学校がこぢんまりとして暴力的ないじめがなくなった一方で、ナナメの人間関係ができにくいわけです。
 世の中にいる厳しいおじさん、いろいろ教えてくれる優しいおばさん、お兄さん、お姉さん、そういうナナメの関係に揉まれていないので、人間の関係性や距離感が非常に学びにくくなっている。
 僕は、ナナメの関係というのはすごく大事で、地域社会を学校の中に復興させなきゃいけないと主張しています。
 とりわけ人間との距離感を学ばせるためには、今の社会はあまりにも過酷すぎます。
 あまりにも核家族化し、地域社会がなくなり、学校も小規模化しています。
 だから、人の関係に限らず、物やお金を含めた世界全体と自分との距離を学ぶ機会が少ないですね。
 そういう、昔は黙っていても育った、まっとうなバランス感覚が、現在は育ちにくくなっていることを親は非常に意識しなくてはいけません。
 小中学校を通じて、この集中力とバランス感覚はすごく大事です。これがあれば、周りにどんな人が現れても、そこから学びとる力が自然に育まれていきますから、自分の興味がどこへ向かっていっても大丈夫な子になると僕は思っています。
 これが、小中学校でぜひとも身につけたいことの話です。
(藤原 和博:1955年東京都生まれ、東京都初の中学校の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めた)

 

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挨拶は心の定期預金、必ず子どもの心に積み重なり、応えるようになっていく

 中村 諭先生は、教員生活31年のうちの23年間を、崩壊寸前の学校ばかりに教諭、教頭、学校長として派遣されました。
 中村先生は、
「組織や集団の秩序を回復したいと思ったら、一番最初にすることは挨拶じゃないか」
 といって、学校で生徒の顔を見るたびに、
「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」「元気?」
 などと言い続けた。
 最初は、生徒の方が変な顔をして、そっぽを向いて足早に去っていきます。
 そのときに「こら、待て。おまえは何で挨拶をしないんだ?」と言ってはいけないというんですね。
 そうではなく、それでも、ニコニコして「おはようございます」と言い続ける。
「挨拶は心の定期預金だ」と言うんですね。
「必ず相手の心に積み重なっていく」
「相手は気持ちの負担を感じて、小さい声で『おはようございます』と応えるようになる」
 というんです。
 中村先生は「教育というのは、火を点けることです」と言う。
 みなさんは、教師が子どもに火を点けることと思っているでしょう。
 そうではなく、子どもが教師に実践の火を点けることなのです。
 子どもたちからのメッセージを本当に教師が受けとめ、教師が、
「これまでの自分たちの実践を見直す」という実践の火を点けるというのが中村先生の持論です。
 中村先生の尊敬する山口良治先生(伏見工業高校ラグビー部総監督)は「子どもたちの問題行動は愛を求めるシグナルだ」と。
 中村先生の赴任された学校は、兵庫県宝塚市内の中学校で、20年間の犯罪件数が、毎年市内でナンバーワンという学校だったんです。
 それが、挨拶を続けていくことですっかり穏やかな学校になって、よその人が校門を入って来ても「こんにちは」と生徒の方が挨拶をするような学校になったといいます。
 中村先生に転任の時期が来て、いよいよ学校を去ることになりました。
 最後の卒業式で、生徒の代表が謝恩の辞を述べるのですが、途中で自分が感極まってしまって、全くのアドリブになってしまうんですね。少し読んでみますと、
「数え切れないほど言い争いをして、先生には迷惑を掛けてしまいました」
「でも、それも俺の中ではめっちゃ良い思い出になりました」
「先生の方も『良い思い出ができた』ということにしておいてください」
「これからも、俺みたいな問題児が現れるかもしれないけど、挫けずに頑張ってください」
 と言うんですね。
 その後、今度は生徒会長が立ち上がって、
「僕たちの気持ちです。先生、どうぞ受け取ってください」
 と言うんです。
「何だろう?」と思って立っていると、ピアノの前に生徒が座って『仰げば尊し』を黙って弾き、生徒の大合唱が始まった。
 もちろん、先生も生徒もボロボロ泣いてしまったそうです。
 昔から、禅のお坊さんは「一波は動かす、四海の波(一つの波が動けば、海全体の波が動き出す)」ということを言いました。
 この「波」というものを、「祈り」といってもよいし「思いやり」といってもよい。
「あの学校に行くとみんなが挨拶をするよ」など、何か特色をもった学校づくりができていくというのは、素晴らしいことだと思うんですよね。
 ひとつの波が動けば、海の波は動くんですよね。
 何もしないで、
「言葉つきが乱暴だ」「すぐキレる」「危ない」
 というだけで、子どもたちに対して距離感を持ってしまう。
 それが一番の大きな問題なんです。
 なぜ大人が踏み込んでいかないのでしょうか。
「この子はこんな良いところがある」という目で、子どもたちを見るということです。そうすると子どもたちの輝きが増していくのです。
 そうやって、分かってくれる子、つまり、お互いに心を交換できる子を増やしていくことによって、つっぱっていた子が、
「つっぱっていても、つまんねえよな。」
 と、必ず応えてきます。
 根っからの悪い子なんていないんですよ。 そこをもう一度考えてみたいという気がします。
(中村 諭:1948-2003年兵庫県生まれ、兵庫県公立小中学校教師、同教育委員会指導主事、同公立中学校校長、読売教育賞児童生徒指導部門優秀賞受賞)
(草柳大蔵(評論家):文参照)

 

 

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親の子育て方法が子どもの未来を左右する、最も効果的な子育てとは何か

 親のどのような子育てが子どもの将来にプラスにはたらくのか、神戸大学西村和雄特命教授と同志社大学八木匡教授らの研究グループが明らかにした。
 1万人の日本人のデータから、日本人の親に多い子育てのタイプを
1 支援型
  子どもを信頼し、関心を持って見守ることで、自立を促す。
2 厳格型
  子どもに関心はもってはいるが、教えて指導し、できなければ叱る。
3 迎合型
  子どもの好きなことを親も子どもと一緒に行い、叱ることをしない。
4 放任型
  子どもに関心をもたず、子どもと何か一緒にすることもない。
5 虐待型
  子どもに愛情もなく、信用もせず、合理的な理由もなく叱る。
 の5つに分類した。
 それぞれのタイプが、子どもが就職した後の所得、幸福感、学歴、倫理観にどのような影響を与えるかを調査したところ、いずれにおいても「支援型」が最も高い達成度や望ましい結果を示した。
 では、子どもに良い影響を与えるとされる支援型の子育てとは、どのようなものなのだろうか。
 端的に言うと、支援型子育ては「関心をもって見守る」というスタンスである。
 一方の厳格型子育ては、「関心をもって厳しく指導する」というスタンスだ。
 調査では、こども時代の親との関係を尋ねた20項目の質問に回答してもらい、子育てを特徴づける6つの因子「関心」、「信頼」、「規範」、「自立」「共有時間」「叱られた経験(厳しさ)」によって6つのタイプに分類している。
 支援型は、「親がこどもに高い関心をもち、子どもを信頼している。親子で多くの時間を共有している。子ども自身が自立している」という要素が強く、子どもの意志を尊重し、自立をサポートする姿が読み取れる。
 子育てタイプ別の平均所得は、最も高いのが支援型で、厳格型、平均型、迎合型、放任型と続き、虐待型が最も低い。
 幸福感については、「前向き思考」と「安心感」の側面から調査したところ、支援型はいずれも突出して高く、幸福感が高いことがわかる。
 学歴については、支援型の高学歴者比率が最も高く、続いて迎合型、厳格型となっている。
 興味深いのが、最も低いのが放任型だという点である。
 子どもへの関心が低く、親子の関係性が希薄な放任型の子育ては、学歴形成という観点では好ましくないことがわかる。
 社会性や遵法意識といった倫理観についての結果も興味深い。
 遵法意識(ルールは守るべきである、など)
 非社会性(面倒なことには関わりたくない、など)
 扶養意識(年老いた親の面倒はこどもが見るべき、など)
 打算的(収賄を認めるような思考傾向)
 の各因子において、支援型は最も高い倫理観(遵法意識・扶養意識は高く、非社会性と打算的傾向は低い)を示した。
 今回の調査結果を受け、西村特命教授は、次のように述べています。
 親から信頼され、関心をもって、見守られながら育った人は、所得、幸福感、学歴、倫理観がいずれも高いということが実証されました。
 一般的に、子育てのあり方の良し悪しというのは、親の一方的な思い込みで判断されることが多いものです。
 子育ての方法が子どもに与える影響についての実証的研究は、子どもをもつ親にとっては一つの判断材料になると思います。
 厳格型の子育てよりも、関心をもって見守る支援型の子育ての方が効果は高い。
 この調査結果は、子育て方法に悩む親たちには少なからずインパクトのあるものだろう。
 親子で時間を共有しながら信頼関係を構築し、こどもを見守りながら自立を促す。
 まさに、言うは易く行うは難しだが、具体的にはどのようなことを心がければよいのだろうか。
 西村特命教授は、次のようにアドバイスをする。
 どんなことでも、まずは、子どもにやらせてみることです。
 もちろん、危険があれば止めさせ、時には叱ることも必要ですが、基本的には挑戦するこどもの姿を見守りましょう。
 例えていえば、子どもと一緒に歩くときには、子どもを先に歩かせて、自分はそのすぐ後について行くようなもので、常に見守っていれば、危ない時には制止できます。
 また、子どもと勉強をするときには、まずはこどもに考えさせ、やらせてみます。
 そして、もし間違えたら、どうして間違いなのかを教えてあげましょう。
 ちなみに、歩くときに、子どもがついてくるかをいつも気にしている親、勉強するときに、親が先に解いてみせ、似た問題をこどもに解かせる親は、厳格型とのこと。
 親としての自分の行動を、一度振り返ってみてはいかがだろうか。
(西村和雄:1946年北海道生まれ、日本の経済学者。京都大学名誉教授、日本学士院会員。日本経済学教育協会会長、専門は数理経済学、複雑系経済学)

 

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子どもだけでなく、大人のほうもイライラし、キレる人が増えている、どうすれば防げるのでしょうか

 前橋 明(早稲田大学)教授は、子どもの疲労と体温・運動,乳幼児の生活リズム等について研究している。前橋教授は、次のように述べています。
 確かにキレやすくなっているように思います。
 子どもだけでなく、大人のほうもイライラしている人が増えて、簡単にキレて、犯罪に結びつくことも多くなったと思いますね。
 その原因というのは、いろいろ考えられるんですけれども、現代の生活リズムというものが、人間が本来持っている体のリズムと合わなくなってきている。
 そして、その歪みがいろいろな問題を引き起こしていると思っています。
 生活リズムの乱れが、キレる子どもや大人をつくります。
 動物というのは、太陽が昇ったら起きて活動して、日が沈んだら眠るというふうになっている。
 昼も夜もない社会になって、体の方の対応が追いつかなくなっているんですね。そのために睡眠のリズムが狂わされている。
 それから、便利になって体を使わないで済む社会になってきましたから、体にストレスがたまりやすい状況になっているのです。
 運動不足というのも、快い睡眠を妨げて不眠を招くようになります。
 食生活の方も、現代の飽食によって肥満を招き、糖尿病などの生活習慣病を生む原因にもなっています。
 つまり、キレやすい人間を生む現代の生活リズムというのは、まず「遅寝」なんですね。
「短時間睡眠」、それから「朝食の欠食」と「食事内容の悪さ」、こういったものが引き金になっています。
「早めの就寝」と「十分な睡眠時間」の確保、そして「朝食」をしっかり食べて、朝の快いスタートを心がけることが大事だと考えています。
 子どもの寝る時間が短くなっています。
 例えば、小学校に入る前の5歳くらいの幼児ですが、かつて午後8時には寝て、朝の6時には自然に起きていました。
 今は、夜10時を過ぎて寝る子が4割もいるんですね。幼児の頃から「遅寝・遅起」の習慣がついてしまっています。
 睡眠の問題が、体温とも関係してくる。
 通常、一番体温が高いのは午後3時過ぎで、非常に活動力旺盛なときです。
 ところが、遅寝・遅起の子どもは、その「体温のリズムが後ろにずれてくる」わけです。
 朝は眠っている時の低い体温で起こされることになります。機嫌は悪いですし、イライラしてきます。
 そうなってくると、学校に行こうと思っても、朝、起きれない。
 学校に行けないという状況で、不登校にも結びついたりすることも多いですね。
 体温リズムを整えて、イライラを防止しましょう。
 食生活も大事ということです。
 キレる子、イライラする子、疲れやすい子、そういう子どもたちに共通した特徴なんですけれども「食生活が乱れている」ということですね。
 こうした子どもというのは、1日のスタートの「朝食をとっていない」ということがあります。
 私の調査では、幼児の約15%が欠食しています。
 一方で、85%の子どもたちは、毎日朝ごはんを食べているかというとそうではないようです。
 うんちの状況を見てみますと、朝うんちをしているのは2割程度しかいないんですね。
 食べても菓子パン程度の朝食のようです。
 それでは、うんちの重さや体積といったものは作れないですから、排便にはなかなか至らないのです。
 朝って慌しいかもしれませんけども、食事というのは体のためにも大事です。
 食事というのは栄養素の補給という点で、もちろん重要なんですけれども「家族のコミュニケーションを図る」絶好の機会なんですね。
 心の栄養補給もしてくれるわけです。食という字は、「人に良い」と書きますよね。
 人を良くすることを育む貴重な機会なんですね。
 それから、食の場面でも、朝食をとらず、夜は一人で簡単な食事で済ます孤独な食事をしている「孤食」。
 家族一人ひとりが自分の好きなものばかりを食べて、勝手な食事をする「個食」など。
 そういったものが「子どもたちの心の居場所をなくし」て、ささいなことでキレて心を乱す子どもを作り出しているんではないかなと思っています。
「一家団欒のある食卓」がキレる子どもをつくらない。
 キレる子どもと運動について考えてみます。
 最近は場所もないせいか、外で遊ぶという子どもも減りましたよね。
 遊びという「空間」「仲間」「時間という3つの「間」が、子どもの遊びの世界から、かなり減っているように思っています。
 遊びの減少が進むにしたがって、気になるのは子どもたちの大脳、つまり理性をコントロールし社会性を育てて、高いレベルの心をつくるという、脳の前頭葉の働きが弱くなっているということなんです。
 遊びのための3つの「間」がなくなると、頭の働きも悪くなる。
 たとえば、鬼ごっこで、友達から追いかけられて必死で逃げ、対応策を考えて試みたりしますよね。
 そういう時に、子どもたちの交感神経は高まっていくんです。
 そういう体験こそが、大脳の中にフィードバックされていって、脳の働きや活動水準をより高めて、思いやりの心や、将来展望の持てる人間らしさが育っていくんです。
 遊びとしては「体を使った遊び」がいいと思うんですよね。
 生きる力の土台となる自律神経を育てて、大脳の活動水準を高める「戸外での遊び」ですね。
 鬼ごっこやかくれんぼ等の遊びがありますけれども、これは、安全な緊急事態が備わっている、ワクワクドキドキする運動遊びなんですね。
 こういった心臓がドキドキして汗をかく、友達とかかわる、戸外での運動ということがとてもいい遊びだと考えています。
 友だちと外で遊ぶことが人間らしさを育てます。
 前橋教授は、大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を積極的に行っている。
 先生は「親と子が、いっしょに体を動かすことを続ければ、子どもたちは、夜は早い時間からぐっすり眠り、朝はおなかがすいて食事をしっかりとるようになるので、生活リズムを正しくたもつことができ、低体温などにならないためにも有効」とおっしゃいます。
 体操は道具も広い場所も必要なく、ちょっとしたスペースでお互いの体重を貸し借りして行います。
 なんといってもお父さんやお母さんが自分のために遊んでくれるという、子どもを楽しい気持ちにさせるコミュニケーションの機会にもなります。
 今の日本の子どもが抱えている学力低下、体力低下、心の問題といった様々な問題を解決・予防する方法のひとつとして、小さい頃からのふれあい体操が位置づけられるのではないかと考えています。
 親と一緒に体操する子どもは、心の居場所もあるし、体を動かすことで体力づくり、また想像力の育成にもつながると思います。
(前橋 明:早稲田大学人間科学部教授。大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を行っている。日本幼児体育学会会長、日本幼少児健康教育学会副会長)

 

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「役者」として演ずることは、生きること

 仲代達矢さんの父親はすごく歌舞伎が好きで、仲代さんは小さな頃からだっこされたり、手をつないだりして歌舞伎を見ていました。
 後に、全く違う新劇の方に入ったわけですけど。歌舞伎には「型」というのがあります。仲代さんは新劇にも型があっていいんじゃないかと思っています。
 歌舞伎の型は300年から400年の長い歴史の中で、名優が一つずつ作り上げてきたものです。
 昔から芝居は「一声、二振り、三姿」といわれます。
 観客はよく歌舞伎役者の動きの美しさをたたえますが、新劇はせりふに頼るところがより大きい。
 しゃべりが崩れてしまうと、新劇というものは何だということになるので、少なくとも仲代さんの周りの若者たちには、それを一生懸命教えています。
 仲代さんが「無名塾」を始めたのは、月謝をとらず、少しでも理想を高くもつ役者が、ひとりでも出てくればいいと願う気持ちでした。
「無名塾」では、朝6時から夜9時まで芝居づけにして育てるのですが、「それじゃやっていけないだろう!」なんて、親や学校の先生が言うべきことも言ったりしていましたね。今は仲代さんも、やさしくなりました。
 役者商売の技術の一つは、観察なんですよ。
 例えば、電車の中で、前におじいさんがやって来たら、その人をじっと見て、どういう生活を送っているのか、どういう家族を持っているのか、どういう商売をしているのかと推察していくわけです。
 それが役者の一つの大きな勉強になるんですね。
 仲代さんは、その人の行為がどうしてそうなったのか突き止め、そこから演技の方法を探るのが好きです。
 仲代さんは他者を見て「この人はどういう生き方をしているのか?」と、盗んで演じます。
 つまり「芸」というのは、人間をみつめることが重要なんですね。
 仲代さんは、多くの映画監督と接してきました。
 黒澤明監督は、真っすぐな人です。例えば撮影しているとき「わぁ、ばかもの! どうしてそんなことができないのか。何なんだ。もっと勉強してこい」って言う。
 小林正樹監督は、ただ静かに「はい、もう一度。はい、もう一度」。ワンシーンを1週間ずっと繰り返して、オーケーがなかなか出なかったこともあります。
 岡本喜八監督とは、長い間、兄弟みたいに付き合っていました。彼は素晴らしい喜劇作家です。
 仲代さんがとても深刻な役を演じてきたにもかかわらず、彼はいろんな喜劇で、ぼやけた喜劇性を出すように私に要求してきました。
 仲代さんには、ぼんやりしたところがあることを、よく知っていたもんですから。
 演劇の中で、自分自身と戦い、自己主張する人間は、いい意味でも悪い意味でも「薄く」なったように思います。
 昔は「こういう芝居がしたい」と監督や共演者と言い合っていました。
 そんなふうにお互いの個性を出し合って生きていくことや、自分が本当に何をしたいかが、薄いような気がします。
 仲代さん自身は、演劇人・映画人に対しての想いがあります。
 演劇や映画、テレビがなくなったらこの世の中はどうなるのか?
 世の中から「うるおい」や、ものを見て感動することがなくなったら、すべてがそっけなくなるのではないでしょうか。
 今は「効率」の時代だと思いますし、文化や芸術は多少の退化をしていると思うけれど、最終的には「人間」が大事なんだと思います。
「役者」は体で人間を表現するプロとしての能力である「人間力」こそ、死ぬまでたたきこまなければならないでしょう。
「役者」は、厳しい職業です。定年はありませんが、年金もない。
 役者として生きていくことができる確率は、ほんのわずかでしょう。その厳しさは、仲代さんも同じなのです。
 プロ野球選手は「40歳になったら引退」とよく言いますが、役者は違います。
「私は役者のプロです」ということはない。いくら演技がうまくても芽が出ない役者もいれば、昨日までモデルだったような役者が人気になる場合もあります。
 そんな厳しさをもつのが「芸能界」なんです。
 仲代さんは、過ぎ去った過去をひきずることはせず、未来もわからないから考えない。今日一日をどう生きるか。どう「夢」をもつかが大切なのだと思います。
 演ずることは生きるということだと仲代さんは思っています。これは俳優という商売だけじゃなくて、全ての職業に当てはまるのではないでしょうか。
(仲代 達矢:1932年東京都生まれ、日本の俳優、無名塾主宰。劇団俳優座出身で演劇・映画・テレビドラマで活動を続け、日本を代表する名優の一人)

 

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「学びの共同体」の学校改革と、「いのちの授業」を命が尽きるまで子どもたちに伝えた

 大瀬敏昭校長は、新しく創設する浜之郷小学校を「学びの共同体」の理念に掲げて、東京大学の佐藤学教授と共に学校づくりに取り組んだ。
 浜之郷小学校の改革は徹底していた。ひとつは教員の意識改革だ。
 子どもを教え、導くのはあくまで教師である。教師こそが学校の根幹であり、教育の要である。
 「1年に一度も研究授業を行っていない教師は、公立学校の教師と認めない!」と徹底的に教師のスキルアップを断行した。
 それにより、報告書によると年間174回以上も研究授業が行われた。
 研究授業もユニークで、指導マニュアルを持たず、各先生が自由に考えて行った。
 授業を途中でやめても良いし、延々続けても良い。失敗したらもう一度挑戦する。
 授業公開も自由で、参観者も授業に参加しても良いという、かなりフリーな設定だ。
 研究協議という時間を設け、教師全員の発言を原則として、長い時間の討議を何度も繰り返した。
 また授業研究に時間を割くことを優先にし、職員会議以外の会議を禁止した。
 開校2年目に大瀬校長のガンが発覚し「いのちの授業」が始まった。
 大瀬校長は、ガンが再発し、余命わずかと宣告されながら、子どもたちに命の尊さを伝えようと、最後まで教壇に立ち続けた。
 命の終えんをどうやって子どもたちに見せるか。
「やせ衰えていく自分の姿を見せることで命の重みを伝えたい」と、自分の体を教材に「いのちの授業」をはじめた。
「ガン」と、大瀬校長は、黒板に書いて、静かに語りだした。
「校長先生が、がんを手術したことはみんなも知ってるね」
 子どもたちに緊張感が走り、教室は静まりかえった。
「実は校長先生は、がんが再発しました。明日死ぬかもしれない。とても恐ろしくて、怖い。けれども、お医者さんの指示に従ってがんと闘っています」
 大瀬校長は淡々と話を続け、もう一度黒板に向かって話のキーワードとなる言葉を記した。「生命」「からだ」「生」と。
 大瀬校長にとって、死への不安・恐怖を和らげてくれたのが絵本であった。
「いのちの授業」は、絵本の読み聞かせから始まった。
「いのちの授業」を始めたころの授業は、つぎのようなものであった。
 がんという病気について話す。自分ががん患者であることを知らせる。
 死の不安・恐怖から救ってくれたのが絵本であったことを知らせる。
 絵本は「わすれられない おくりもの」(スーザン・バーレイ)、「100万回生きたねこ」(佐野洋子)、「ポケットのなかのプレゼント」(柳沢恵美)を読み聞かせた。
 最初は、授業というにはあまりにも単純で、子どもたちは、ただ私の話と本の読み聞かせを聞くだけである。
 その後は、素材を教材化したり、話し合いの場面を組織したりして、いわゆる授業らしくなっていった。
 子どもたちに「いのちの授業」をするうえで、大瀬校長は命をつぎの三つの側面で理解したいと考えていた。
(1) 限りがある命
(2) 連続する命
  人間として、種として、家族としてのリレーされる命である。
(3) 心や魂としての命
  無限な命であり永遠の命。
 人間が生きていく中では、どちらかというと、辛いことや苦しいことが多い。
 そういうとき、自分を支えてくれる「もの」をもつということである。
 それは、何かを信じる心であり、あるいは家族である、ということを最後に子どもたちに伝えたいと願った。
 いのちの授業は答えを求める授業ではなく、自分だったらどうするかを自分なりに考えさせる授業である。
 大瀬校長の行った「いのちの授業」は、大瀬校長自身ががん患者であり、死が近いかもしれないということを、子どもたちも知っている中で行っている。
 そうした緊迫した中での授業であるから、子どもたちの心のもち方も変わってくるのだと思う。
 そういう状況でない場合「いのちの授業」はどのようにすればよいのだろう。
 それにはまず「いのちの授業」を行う教師自身が、どれくらい自らの命について真剣に向き合っているかということが求められる。
 もっと言うと、よりよく生きようとしているかを、自分の内面にもてるかということが、何よりも求められてくると思う。
「いのちの授業」は自らの生き方に目を向けることができる教師なら、誰にでもできると、大瀬校長は思っていた。
 大瀬校長はフランクルの言葉を思い出す。
「われわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者」であり、自分の人生に対して「毎日毎時、正しい行為によって必答してなければならない」のである。
 そして限りある日々に対して、自分自身を辱めることなく精いっぱい誠実に生きることである。
 このように生きてこなかった自分を恥じ入るだけである。
 死が不可避となったいま、何かと、そういう自分になりたいと思うようになっていった。
 私という個性を完成させて、死にたいと願うようになってきた。
 このように、死と対座することは、生を考えることである。
 その意味において、死というのは、人間として成熟するための最後のチャンスなのである。
「いのちの授業」をとおして、大瀬校長自身が「家族・いのち・愛」について多くのことを学ぶことができた。
 授業をしながら、子どもや保護者の感想文を読んだ。
 子どもたちの授業の感想文には、こうつづられていた。
「えいえんの命っていうのは、みんなが、こうちょうせんせいのことがすきだから、えいえんのいのちだとぼくはおもいます」
「ぼくは、えいえんって、とこに気がついたことが、いのちだとおもいます」
「死んだんだから、もうこの世にいないと、言いはる人がいますが、わたしはそうはおもいません。死んでしまっても、人の心の中で生きていると思います」
 感想文を読みながら、大瀬校長自身が変わっていった。まさに「学ぶことは、変わること」だ。
 それにしても、大瀬校長に遺された時間がどれくらいあるかわからないが、限りある時間を、
「いのちは神に委ね、身体は医師に委ね、しかし、生きることは自分が主体」
 という姿勢で、生きていたいと願っていた。
(大瀬敏昭:1946-2004年、茅ケ崎市公立小学校教師・教育委員会指導課長・浜之郷小学校初代校長。「学びの共同体としての学校」を創学の理念に掲げ、東京大学の佐藤学教授と共に学校づくりに取り組んだ。開校2年目に大瀬校長のガンが発覚し「いのちの授業」が始まる。ガンが再発し余命わずかと宣告されながら、子どもたちに命の尊さを伝えようと、最後まで教壇に立ち続けた)

 

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«子どもの「分からなさ」から出発して、子どもの学びをつくる「学び合う学習」とは