授業中、「つまらない」と言われたり、集中しない子どもがいたとき、どうすればよいでしょうか

 授業中、「つまらな」「わからない」と子どもに言われてしまったときは、教師にとって自分の授業について振り返るチャンスととらえ、対応を考えることが重要です。
 こんなに準備して授業に臨んでいるのにと、子どもを責めるようでは教師の資格はありません。
 次の観点から、授業を振り返ってみてください。
1 わかりにくい授業では?
「そうだね。わかりにくい説明だったね。こう考えてみたらどうかな」
 と、別の例を出したり、図を使ったりして説明します。
2 学習問題が子どもたちの生活経験から離れ、イメージしにくいのでは?
「今考えている問題は、みなさんの身近な〇〇と関係があるんだよ」
 と、子どもたちの日常生活のできごとと結びつけて説明します。
3 この学習をする意味がわからないのでは?
「この問題を考えることは、〇〇といった力がつくんだよ。例えば□□のときに使えるよ」と、具体的に説明します。
 騒いでいたり、寝ていたり、授業に集中していない子どもに注意する場合は、どのようにしたらよいでしょうか。
 怒ったり、声を荒げても、一瞬、静まるだけで本質的な解決にはなりません。
 なぜ集中できないのかを子どもたちの立場から考えてみることです。
 授業に集中できず、騒いだりする理由は様々考えられます。授業に問題がある場合と、その他に原因がある場合があります。
1 授業に問題がある場合 
 その授業のときだけに集中できない様子が見られたときです。
 そんなとき、「こちらを見なさい」「しっかり話を聞きましょう」などと大声で注意しても何の解決にもなりません。
 まず、学習課題がむずかしすぎて、やるべきことがわからないため、騒いでいることがあります。
 机間指導をしながら、課題の意味や課題追求の方法を具体的に説明します。
2 その他に原因がある場合
 窓から見える体育の授業が気になっていることもあります。
 教師が教卓からゆっくり移動して立つ位置を変えて全体に話しかけたり、騒いでいる子どもの側に立ち、そっと肩に手を置き、それとなく注意を喚起するのもよいでしょう。
 もし、学級の何人かが、気にとられているようであれば、ちょっと授業を中断し、
「みんなも次の体育の授業のときにやるよ。今は、算数がんばろう」と、一呼吸を入れるぐらいの余裕を持ちたいものです。
(梅沢 実:鳴門教育大学、帝京科学大学教授を経て埼玉学園大学教授)

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子どもの心に響く対話は一対一で、覚醒剤をやめさせるには真剣に向き合うこと

子どもの心に響くためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにする。
 上から目線に構えて説教しないこと、他人数の相手に話さないことである。多人数の相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 荒れる学校現場で、騒いだり授業をさぼったりする常習犯の子どもが、隠れてタバコを吸っている現場を見つけたとする。
 そこで、「何してるんだ! 馬鹿野郎!」と怒鳴って、力ずくでタバコを取り上げるのはいけない。
「おお、こんなところでタバコか。もうちょっと考えろよなあ」
「最近はどうだ、楽しいことはあるか」
 と切り出し、あれこれ話を聞いた後で
「これは預かっておいていいな。体に悪いぞ」
と了解をとると、たいていの子どもは黙ってタバコを手放すものだ。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤川栄太 1943年~2009年、東京生まれ、横浜の小学校で19年間教育実践、カウンセリングを行い、横浜市の教育センターの研究室で終わる。独立して、カウンセリング、教育相談を中心に日本教育文化研究会を設立。講演も多いときは年間550回行う。作家。濤川平成塾塾長)

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キレる子どものタイプと、キレる子どもにどう対応すればよいか

 キレやすい子どもには、コミュニケーション能力が未発達であったり、気持ちをうまく表現できないために行動を起す子どもや、ADHDやLDなど特定の傾向をもった子どももいます。
 そこで、感情の発達過程で、自分の怒りに対する理解を深め、適切な表現の方法を教えていくことによって、暴力やいじめ等を減少させようという、キレにくい子に成長させる予防教育ができました。
1 キレる子どものタイプとその対応
1) 激情型の子ども
 突然怒りがこみ上げて爆発するタイプです。周囲の人はいつ怒り出すか不安で、怒らせないようにいつも気をつかっているのです。
(1)放出タイプ
 暴言や暴力などで怒りを放出したあとは、さっぱりしてしまう。
 彼らをキレにくくするためには、まず「きっかけはずし」や「リラクゼーション法」(注)を行います。
 その後、「怒りの記録」などを用いて、日ごろのストレスや自分がキレるまでのきっかけを認知的に理解させると同時に、感情の分化をうながして、一気に感情を爆発させるのではなく、適切な感情を適切なレベルで表現できるように援助していきます。
 彼らが自分の「怒り」に対する「背景」「きっかけ」「結果」を理解できるように援助します。
(2)ためこむタイプ
 爆発しそうな感情を飲み込みますので、自律神経のバランスを壊しがちです。
 このタイプの場合には、「怒りは、自然な感情であるから適切に表現することができる」ことを認知的に理解させることが大切です。
2) 慢性型
 ネガティブな思考が常にあり、くよくよと悲観的に考えがちで、いつも不快感を感じています。
(1)放出タイプ
 一度怒り始めると止めるのが難しくなり、自分や他者に向かって執拗に暴言や暴力をふるい続け、追いつめていくことがあります。
 次々とターゲットを変えて、「いじめ」を繰り返す子どもはこのタイプです。
 彼らに対する対応は、溜まっている感情が渦巻いているため本人も何に対して怒っているかわからない。
 行った行為について話しをしながら、怒りを感じている相手は、「誰なのか、どの行為が不快なのか」など、感情の整理をすることから始めます。
 同時に適切な表現方法を獲得することが大切です。
(2)ためこむタイプ
 怒りに対してネガティブな印象を持っている。
 怒りは家族や友だちを傷つけ、自分から離れてしまうことを恐れています。
 まずは、「怒りは自然な感情である」ことを受け入れることから始め、適切な表現方法を獲得できるように援助していきます。
2 キレやすい子に対する対応
 キレやすい子は、直感的、自己中心的です。
 そして、状況判断が主観的で感情や対応方法が少ない。
 感情の受け皿が少ないのは、発達過程で十分な快刺激を受けず弁別能力が発達せず、感情が未分化なままだからです。
 自分の感情を的確に理解するには、客観的な思考能力を発達させる必要があります。
 状況を的確に理解するには、「全体を見通す力」と、「状況を予測する力」が必要になります。
 特に全体を見通すさいには、相手の視点にたって状況を理解することも必要です。
 直感的な思考の子どもは、自分の具体的な体験を通してのみ理解しているため、体験していないことは理解できません。
 ですから、子どもが体験している事実を把握し、正しい現実理解を与える必要があります。
 他者の観点や立場を考えない自己中心的思考です。
「キレにくい子」にするためには、多方面からのものの見方、考え方、感じ方を発達させる必要があるのです。
 そのためには、どんな受け取り方があるのか、例をあげてシュレーションしてみることから始めるとよいでしょう。
 また、他者の立場に立って考えるようにするには、役割交換をして相手の立場に立った「具体的な体験」(ロールプレイングなど)を行うことで理解を促すと効果的です。
(注)「リラクゼーション法」の例
1 深呼吸(腹式呼吸): 緊張したときによく行われる、最も手軽な方法。呼吸を深くゆっくり行うことで、副交感神経を優位にし、リラックス状態を促します。
2 自律訓練法:決められた言語公式を頭の中で繰り返すことで、心身を緊張状態から弛緩状態へと誘導することを目的とした技法です。例:両手両足が重たい・温かい、心臓が静に規則正しく脈打っている、楽に呼吸している、お腹が温かい、額が快く涼しい。
3 イメージ療法:イメージを用い心身をリラックス状態に促します。
 例:南の島の静かなビーチの木陰で、気持ちよく寝ている。そよ風がとても気持ちいい。といった簡単なイメージを浮かべるだけでも気持ちが落ち着いてくる。
4 汗をかく程度の運動(またはストレッチ)をする
(本田恵子:私立中学・高校教師、米国留学、カウンセラー、玉川大学助教授を経て早稲田大学教授)

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教師の発問に、子どもの反応を教師がどう受けるかが、授業の良否を決める

 授業は「攻め」と「受け」から成り立ちます。
 発問は「攻め」であり、それに対する子どもの反応をどう「受け」るかが、授業の良否を決めます。
 子どもの反応の中にある差異を、どう生かすか。
 子どもたちの多様な答えのうち、どれを潰し、どれに注目させ、どんな討論を導くか。
 教師は、その場で即決しなければなりません。
 発問は、教師の「優れた受け」をともなってこそ、意味をもちます。
 教師が優れた問いだけを連発しても、子どもの答えを受けとめる技量がなければ、教育的効果は上がりません。
 逆に言うと、教師の「優れた受け」によって、シンプルな発問も意味をもつことがあります。
 そのためには、教師は知識のすそのを広げ、知識の引き出しを多くもっていることが望ましいのです。
 私が五年生の担任をしていたときのことです。社会科の授業で、日本地図を見せてから「気がついたことを述べなさい」と問いました。発問としては、ごく低レベルです。
 子どもたちは何を答えていいかわからず、きょとんとしていると、ある子が「上下に長いです」と答えました。
 教室は爆笑に包まれました。当たり前すぎると思ったのでしょう。しかし、私は、
「すばらしい発見だね。上下に長いということは、つまり南北に長いという意味だ」
「日本という一つの国の中に、北海道のように寒い地域から、沖縄のように暑い地域まである」
「雪も見られるし、パイナップルもとれるのは、そのためだね」
 と、その子を大いにほめました。そして、「他に気づいたことがありますか」と問いました。
 すると、再びその子が「周りが海です」と言いました。子どもたちは、また笑い出しましたが、私は激賞しました。
「それも、すばらしい発見だ。日本は島国で外国と陸続きではない。そのため、外国の脅威が及ばす、独自の文化が発展したのだ。鎖国が可能だったのも、島国だったからこそだ」
 発言した子が戸惑うほど、ほめたのです。子どもたちも感心し、うなずきました。
 その子は成績がよいほうではなかったのですが、この問答をきっかけに社会科の学習に興味をもち、学力もかなり伸びていきました。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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教師と保護者との関係をよくする方法とは何か

 担任と保護者がうまくいかないときがあります。それは保護者に問題があるのではなく、教師側に問題があると考えてほしいのです。
 保護者との関係に悩んでいる教師は、まずそう考えることから始めませんか。
 教師との関係の悪さが保護者をモンスター化させてしまっているのです。
 相手を変えることはできません。とにかく自分を変えることです。自分を変えましょう。
 保護者との関係をよくする方法とは、なんでしょうか。
 私は40歳で教師になりました。それまでは民間等で働いていました。私が人と接するときに大切にしていることは「相手のふところに飛び込む」ことです。
 相手のふところに飛び込むことができれば、邪見にされることはありません。可愛がってもらえます。
 相手のふところに飛び込むために、私は次のことを大切にしています。
1 いつも笑顔でいる
(1)いつも笑顔でプラスのオーラを発しましょう。
 最初はつくり笑顔でもかまいません。まゆと口角を上げ、心持ち高いトーンで話をしましょう。
 特に出会いのときは、意識して笑顔でいましょう。
 学級開きや学級懇談会、家庭訪問のときは「輝くような笑顔」で過ごしましょう。
 笑顔は七難を隠します。ぜひ、意識してみてください。
(2)ピンチはチャンスと思い込む
 クレーム対応のときでも、眉間にしわを寄せたような表情では保護者のふところに飛び込むことはできません。
 こういうときは、私は心の中で「ピンチはチャンス」と繰り返します。そうすると暗い表情にならなくてすむのです。
「ピンチはチャンスと思い込む」ことがたいせつなのです。
 実際、私が受けたクレームはすべてチャンスに変わり、お怒りの保護者のふところに飛び込むことができ、よい関係が築けました。
(3)苦手な保護者をつくらない
 特定の保護者を「苦手」と決めつけてしまうと、その保護者の前ではどうしても笑顔でいることはできなくなります。
 訓練して「よいところを見つける」のです。私は電車の中でも、周りの人を見て「よいところ」を探す訓練をしています。
2 信頼される
(1)保護者を信頼する
 信頼されるためには、まずこちらが信頼することです。
 家の中が荒れていて、子どもに愛情があるのか疑いたくなるような保護者もいます。でも、このような保護者でも信じるのです。
 このような保護者であるからこそ「信じている」ということを伝えるのです。
 そんなときに私が心がけているのが「共感・ユーモア・スルー」で接するということです。
1 共感
 子どもを家に残して夜遊びしている保護者。その理由が仕事と育児のストレスだとおっしゃるとき、共感します。
「そうですよね。お仕事と育児の両立って、本当に大変ですよね」
「そんな中、お子さんの音読を聴いて、カードにサインしていただき、ありがとうございました」
「〇〇ちゃん、お母さんに音読ほめてもらえたと喜んでいましたよ」 
 共感し、保護者ががんばっていることを承認し、感謝するのです。
2 ユーモア
 ユーモアの力を借りて、保護者の子どもを思う気持ちと良識ある行動を信じるのです。
3 スルー
 学校のルールと保護者との関係のどちらを優先するかと言えば、私は「保護者との関係」を優先します。
 ある程度のことは、見て見ぬふり、気づかぬふりをします。信頼関係を構築するうえで大切なことだと私は考えます。
(2)子どものよいところを伝える
 わが子のことをほめてくれる教師は好きになりますし、よく見てくれていると信頼するようになります。
 私は保護者一人ずつに、具体的な事実をプラスしてよいところを伝えるようにしています。
 学級通信でも、よいところをどんどん載せていきます。公平になるよう名簿でチェックしています。
(3)私は自分のできることを精一杯するようにしている
 子どもがケガをしたり、ケンカをしたりして保護者に連絡しなければならないときは、保護者に誤解を生じないよう、子どもと一緒に下校します。
 謝罪するとともに、子どもに確認しながら事の経緯を説明します。誠意を尽くし、信頼されるように気をつけています。
3 自己開示する
 ありのままの自分を見せ、人のふところに飛び込むようにします。そうすると、人が教えてくれたり、助けてくれたりします。
 相手のふところに飛び込むことができれば、邪見にされることはありません。可愛がってもらえます。
4 保護者を味方につける最強の方法
 保護者が一番喜び、担任を信頼するのは、わが子の成長を感じるときです。
 学級づくり、授業づくりにまいしんすることが、保護者を味方につける最強の方法と言えるかもしれません。
(赤坂真二:1965年新潟県生まれ、上越教育大学教授。学校心理士。「現場の教師を元気にしたい」と願い、研修や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた)

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子どもは自分が心に描いている教師のイメージで反応する

 子どもの心の中に描かれている教師のイメージを分析してみることが重要である。どのような姿に、子どもたちが教師を描いているのか正しく把握しておくことが必要になる。
 子どもは自分が心に描いている教師のイメージで反応する。したがって、教師の客観的な姿を正確に反映しているわけではない。そのため、学級に40人の子どもがいれば、40通りのイメージがあることになる。
 そこで、教師と子どもとの人間関係は、子ども一人ひとりの教師のイメージを明確にすることが人間関係の検討にとって大切なことである。
 子どもが好きな教師の人間像には、その教師の指導方法や態度、能力や学識、にじみ出る教師の人格、性格や言動、年齢や性別など、いろいろな面から描き出される。
 この教師像を正確につかむことは容易ではないが、好きな教師の条件を選択させたり、自由に記入させて、子どもが願う教師の姿をとらえることができる。
 子どもが教師はこうあってほしいと願う理想的な姿から、教師は指導の欠点や子どもとの関係の持ち方を反省する機会が得られる。
 好きな先生・嫌いな先生の研究は多いが、好き嫌いの条件の例をつぎに示すと
(1) 好きな先生
 ユーモア、親しみやすい、やさしい、はきはきしている、いっしょに遊ぶ、教え方がうまい、公平、指導熱心、陽気、 清潔なみなり、知識・教養がある
(2) 嫌いな先生
 えこひいき、短気・怒りっぽい、こごとをいう、独断的、いばる、親しめない、不公平、時間を守らない
(岸田元美:1922年生まれ、徳島大学名誉教授、元鳴門教育大学副学長)

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授業名人の玉田泰太郎は、どのような授業を行ったか

 玉田泰太郎は「1時間の授業をどう組織するか」というとき、子どもたちが学習の主体者として、どう授業を創りだすかということが重要だと考えました。
 授業では教師にとって教えるにたる、子どもにとって学ぶにたる内容を明確にし、具体的な学習課題として提出します。
「何を」教えるかを的確に反映し、子どもたちの学習意欲をかきたてる「課題」が用意できるかどうかが、授業が成立するかどうかの鍵になりますと言っています。
 例えば、理科の授業で、アブラナやナズナで花の何が実になったかを追究してから、学習課題「チューリップの花が咲いた後、実や種子ができますか?」を出す。
 討論後、チューリップのめしべの子房や胚珠を観察し、さらに収穫しておいた実や種子を観察します。それで花が繁殖器官であることが、より確かになります。
 玉田の1時間の学習課題方式の授業は原則的につぎのように構成しています。
(1) 教師による学習課題の提示
(2) 子どもが自分の考えをノートに書く
(3) 教師が「異なる意見に対する子どもの意見分布」を挙手で確認
(4) 子どもによる意見の発表・討論
(5) 他の子の意見を聞いて、子どもがノートに考えを書く
(6) 討論後の意見変更・分布を教師が子どもたちの挙手によって確認する
(7) 教師または子どもが実験・観察で確かめる
(8) 子どもは「実験・観察の結果とわかったこと」をノートに書く
(9)「実験の結果とわかったこと」を早く書けた子どもから読ませる
 それぞれの項目について、説明すると、
1 子どもは自分の考えをノートに書く
 課題が本質にせまる子どもたちの学習課題になったとき、子どもたちは主体的に学習課題に立ち向かうようになります。
 授業では、まず、学習課題に対する自分なりの予想や論拠をノートに書くことから始めます。
 自分の持っている生活経験や学習で獲得したこと、頭の中で構築した考え、直観的なひらめきなど、あらゆるものを使って、学習課題に立ち向かうのです。
 もちろん、疑問や問題点もあらいだして、自由に自分自身なりの考えをだいじにしていくのです。
2 討論
 予想を確認したあと、討論にはいります。
 授業では子どもたちが主役であり、主体的に学習課題を解決していくのですから、教師はできるだけ子どもたちにまかせます。
 討論で、わからない、迷っている子どもの考えをまずとりあげ、少数意見をだいじにし、子どもたちが集団で学習課題の持つ本質的な意味をえぐりだし、解決していくことをだいじにします。
 したがって、学習課題そのものが、子どもたちの多様な考えを出し合い、知恵を集めることによって、その本質が明らかになり、深められ、対立点も浮き彫りになるような中身を持っているものでなければならないのです。
3 討論をふまえて、ねりあけた考えを書く
 討論で追究したことを踏まえて、自分の考えを再検討し、再び学習課題に対する自分の考えをノートに書きます。
 多様な考えの中で、自分自身の考えがどうゆさぶられ、ねりあげられ、深められたかを、主体的に再認識することをだいじにします。
4 実験・観察でたしかになったこと
 実験・観察は、討論を通して自分たちが構築した理論の確かめとして意味を持ちます。
 実験・観察の後、子どもたちは確かになったことを、ノートにまとめます。
 ここでも、追究した論理と、実験・観察をどう結びつけてとらえたかが問われます。
 教師が実験・観察の解説をしたり、まとめたりしなければならないということは、子どもたちが学習課題を主体的に追究して、解決できなかったことになります。
 もし、そうであるなら、学習課題を再検討して、新しい学習課題をぶつけることが必要です。
 学習課題は子どもたちが集団で取り組んでも、手の届かないものであれば、子どもたちの思考は止まってしまいます。
 逆に、安易に誰でもすぐに解決するものであれば、やはり思考は働きませんし、子どもたちの認識を深めることもできません。
 子どもたちがその学習課題に挑戦する手だてを持っていて、しかも、より高次の葛藤やジグザグの試行を経て、新しい発見、飛躍の喜びを実感できるような学習課題でなければならないのです。
(玉田泰太郎:1927~2002年、元東京都公立小学校教師。科教協の会員となり、授業づくりの名人として知られ「ばねの両端にはたらく力」は,学習課題方式の授業の典型である)

 

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玉田泰太郎(たまだ やすたろう)(小学校)「理科授業づくりの名人」

 玉田泰太郎(19272002年)は、愛媛師範学校、東京理科大学を卒業し、東京都公立小学校教師となった。教職員組合の教育研究集会で活躍し、科教協の会員となり、授業づくりの名人としてよく知られた存在であった。
 玉田の授業は、まず「課題」を出し、それについて子どもたちに「自分の考え」を書かせ、それを発表させ「討論」を組織し、「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書かかせ」たうえで、課題に決着をつける「実験」を行い、「実験でわかったこと」を書かせる。
 つまり、「課題」→「自分の考えを書く」→「討論」→「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書く」→「実験」→「実験でわかったことを書く」の順に授業を進めるのである。
 玉田の授業は、子どもの前で多くを語らない。玉田が学習課題をだし、それについて子どもたちが自分の考えをノートに書く。机間巡視でそれをのぞき込みながら授業を組み立て、対立する意見を選び出して、指名発表により討論させる。
 玉田による説明はほとんどないが、子どもたちは、自分の考えを書くこと、ひとの考えを聞くこと、再び考えノートに書くことを通して、教師のねらいに導かれていく。

 最後に決着をつけるための実験を行い、実験の結果とわかったことをノートに書き、正しい気付きへと導く。早く書けた子どもからノートを読ませる。
 先生が最後に「ほんとうはこうなんだ」と言わなくてすむ(学習課題方式の)授業、それが玉田流である。なぜこんなに集中して授業に参加できるのかと思うくらい子どもが集中している。

 玉田の学習課題は、子どもたちみんなが到達してもらいたい目標である、その目標は子どもたちが獲得できるように、具体的な内容や手順を持った本質的な概念や法則である。
 玉田が授業中にノートに書かせる指導は、子どもにとってはクラスの中で何を学び、どのように自分の考えが変化したかを自分自身で確認することができる。
 教師にとっては子どものノートを見ることにより授業の評価を行う大切な手がかりとなる。

 玉田は自らの授業づくりを名人芸とするのではなく、共有財産にすべく努力した。
 そのために、玉田は若い時から授業記録と、それにもとづいて仲間たちと授業研究を行うことの重要性を主張していた。
 毎日の授業こそ実践的な研究の場であるとする玉田の強い意志があった。この日々の授業研究の地道な積み上げこそ、まさしく授業の名人を誕生させる動因となったことを忘れてはならないだろう。


「時代を拓いた教師たちⅡ 教育実践から教育を問い直す」田中耕治編著日本標準 2009


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中学教師は過重のストレスがかかる? 

 私の周囲にはストレスでばたばたと脱落してく教師がいる。
 教師という仕事には、過重のストレスがかかるとは疑いのない事実だ。

 時間的には、部活動と保護者相手の夜の会議。何よりも、教師の第一の仕事は授業。
 ただし、教材研究する時間は勤務時間中にはない。
 学級担任は学級通信で学級の様子を家庭に伝えることによって、学校と家庭との連携をもつ努力をしなければならないとされるが、やはり勤務時間中に学級通信なんかを書いているゆったりとした時間はない。
 そうした時間は帰宅後の深夜に及ぶ。

 若かった頃はまだ良かったよ。私も40歳を過ぎてから、がっくりと体力が低下してきた。
 次の日にまで疲れが確実に残る。そういうのを累積疲労って言うんだって。これ、本当に危ないらしいよ。
 私の場合、バレーボール部の顧問をしているんだけど、生徒相手に1日に何百発ものボールを打ち込むもんだから、肩、腰、膝は職業病になっている。

 それだけじゃないよ。帰宅しても、いつ保護者から電話がかかってくるかわかりゃしない。
 いつだったかな、夜の
11時頃に電話がかかってきたことがある。酒を飲んでろれつのまわらなくなった声でしゃべるので家内は電話を切ってしまった。
 その後、クラスの子の父親だとわかって「家内が大変失礼しました」と謝るよりほかはなかった。
 心の中では「酔っぱらって夜中に電話をよこすんじゃねぇーっ」と言いたかったんだけどね。

 こうした状況の中で、仲間の教師たちはうつ病や心身症、神経症などを発症して、戦線を離脱して病休をとったり、休職したりしてその回復に努めているというのが実情だ。
 教育委員会とか、共済、互助会からも、教師のメンタルヘルスに関する冊子がひっきりなしに配布されている。
 だけどね、まずはこの勤務実態を変えなきゃ駄目だよ。
(山屋敷一:公立中学校に勤務する国語教師。教職歴は約20年)



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人気がでる先生とは

人気は生徒が決めることです。生徒の目は厳しい。あらゆる面から見てくる。
先生が意図的に人気を取ろうとしても失敗します。嫌味が出てくるのです。
いかに自然体にできるかである。
人気を取ることはなかなか難しいし、かなりの努力が要る。
人気がでる先生の特徴を具体的に列挙してみると、
(1)
授業はわかりやすく、メリハリがある。
(2)
パフォーマンスして生徒を楽しませる。
(3)
言葉に切れがあり、ユーモアがある。
(4)
元気・活気がある。
(5)
服装に清潔感がある。
(6)
専門教科は熟知している。
(7)
生徒の悩みを取り除くことができる。
(8)
生徒の将来にアドバイスできる。
(瀧山敏郎:教師アカデミー主宰。元予備校講師 英語を担当)

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教材研究をしっかりおこなうと、子どもの誤解するところがわかり、どう発問すべきか明らかになる、どうすればできるようになるか

 教師が理想の状態を具体的に把握していると、子どもの不備や不足、不十分に気づき、授業において何を指導すべきか、指導するべきことを的確に発見することができます。
 教科における「理想の状態」は「正解」を指します。
 当然のことながら、教師は「3+7」の正解が「10」であると把握しています。
 それがなければ子どもを指導できません。
 教師が正解を知っているからこそ、子どもが「9」や「11」と答えたときに誤りであると指摘し、指導できるのです。
 例えば、読み取りにおける「理想状態」とは「読み取りの理想」を意味します。
 教師が素材研究をしっかり行い「読みの理想」を確立すれば、
「子どもにはここの論旨がわからないだろう」
「ここで誤解するのではないか」
 と、予測できるようになります。
 それは、子どもの読み取りが抱え込んでいる不備、不足、不十分と呼んでもいいし、子どもの中にある「読みの理想」との乖離と表現してもいいでしょう。
 それらを補うことによって、子どもの読みを理想に近づけることが指導であり、補うための具体的な項目が、指導事項に当たります。
 どこを指導すべきかが判断できたら「何をどう発問すべきか」というということも、おのずから明らかになり「なんとなくの発問」ではない、価値ある発問を創案できます。 
 読み取りにおいては、事実は一つでも解釈はさまざまです。解釈とは、作品の価値をどのように見出だすかということであり、人によって視点も深さも異なります。
 素材研究の力量は、教師がそれまでどれだけ多くの本を読み込んでいるかにかかわっています。
 私は千葉大学附属小学校に勤務していた20年間、毎月、保護者と文学読書会を開いていました。
 日本の名作や芥川賞を受賞した作品などを読み合いました。20年の間には、約200点の作品を読み込んだことになります。
 保護者の中には、ドイツやイタリア文学を専攻していた人もいて、作品解釈の実力を高めるうえで大いに参考になりました。
 文学について大人の人と論じ合うことを避けていては、本当の深みのある授業はできないかもしれません。
 残念なことに、ほとんどの教師は、教科書に掲載された作品を読むだけで、幅広く児童文学や一般の作品を読もうとはしていないようです。
 教師が自分の教師としての実力をつけるために、私は次の5つのステップをお勧めしています。
1 サークルに属すること
 多くの本を読むと決めても、一人ではなかなか理想どおりに進まないものです。メンバーとしての義務が生じますから易きに流れずにすみます。
2 出かけること
 会合に出かけて、新しい刺激に出会うことです。私はさまざまな会に属し多くの刺激を受けています。
3 問うこと
 発言したり質問したりすることです。働きかけないと傍観者にとどまってしまいます。
4 まとめること
 会で得た情報を、自分なりに整理することです。
5 発表すること
 新しい知見を、他の人にもわかってもらえるように表現することで、その情報が確実に身につきます。
 こういったサイクルによって、自ら自分を律せざるを得ない場に、自分を追い込むのです。とても有効です。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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学級の崩壊の前兆を見逃さず、学級を立て直すには、どうすればよいか

 学級づくりや生徒指導について学ぶ教師が増えています。
 その教師の多くが、自らの身に学級崩壊の危機が訪れた時に、はじめて本気で学び始めたと言っています。
 私自身も、著名な先生方の話を聞き、教育書を読み、全国さまざまな実践を参考にしながら、教師に必要な力量を高めるため学びました。
 ピンチはチャンスと言います。クラスがまとまりに欠ける、指導がスムーズに通らないといった状況にある場合、その時にこそ、学級経営や授業について真剣に学ぶチャンスです。
 学級が崩壊してしまってからでは、立て直しは非常に難しくなりますから、前兆を見逃さず、早い段階で手を打たなければなりません。
 例えば、授業に真剣に参加しない。平気で忘れ物をする。宿題を怠る。学校のきまりを破る。時間にルーズになる。掃除を真剣にしない。
 そのような子どもが増えてきたら、学級が乱れている証拠です。崩壊の前兆と考えて、すぐに次のように対応しましょう。
1 まずは授業規律を立て直す
 授業に集中できない子が増えてきたと感じたら、努めて子どもを引きつける授業づくりの工夫をしなくてはなりません。
 子どもの興味・関心を引く題材や教材を準備して、子どもが意欲的に参加できる楽しい授業を行います。
 その中で、話を聞く態度や授業を受ける姿勢、挙手の仕方や発言のきまりといった授業規律を丁寧に指導して、教師の指示通りに活動できるようにしていきます。
2 子どもと触れ合う機会を増やす
 学級の統率がとれていないと、子どもとの関係がしっくりいかなくなってきます。
 子どもたちが教師を敬遠するようになり、指導を受け入れなくなります。「しっくりこないな」と感じたら、子どもと触れ合う機会を増やすようにしましょう。
 休み時間に子どもたちと一緒に身体を動かしたり、会話を交わしたり、教師から子どもに近づく努力が必要です。
 一緒に遊び、話をするうちに、互いに知らなかった一面に気づき、親しみを感じるようになります。
3 当たり前にできていることに目を向ける
 学級に落ち着きがなくなると、悪いところばかりに教師の目がいきがちです。
 当たり前にできていることにも目を向けるようにしましょう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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見えない荒れは大きな荒れになっていく、荒れの根っこを見つけよう、マニュアルに頼っていては指導力はつかない

 荒れの問題が見えそうで見えない、息の詰まりそうな「見えない荒れ」は、じわじわと広がると大きな荒れになっていく。
 教師にとっては強烈なストレスがたまり、逃げたくなります。
 この初期の状態を放置したり、指導に失敗すると、本当の学級崩壊や学年全体の荒れに発展します。
 例えば、小学校高学年の学級崩壊の初期や、中学校で学年全体が荒れていく初期などに見られます。
 はっきりとした目に見える荒れよりもやっかいである。根っこを見つけよう。
「見えない荒れ」はやっかいである。なかなか見えにくいため、指導がしにくいのです。
 例えば、教師が「こうしましょう」と提案しても、返事が返ってこないで、誰も実行せず無視されます。
 独特の冷たい空気が流れたりすることは、いじめや荒れの初期にはよくあります。
 廊下やトイレが汚されることが、広範囲の子どもたちに広まっているということもあります。
 最大の特徴は、誰も問題にしない。聞いても「私ではない」「私は関係ない」と無関心か無関心をよそおうことです。どうすればよいのでしょうか。
 あわててはいけません。とことん「根っこ」を追求しましょう。
「根っこ」を見つけないことには、指導方針が立てられません。
 まず、話を聞ける子どもたちから様子を聞きます。
 被害者がいれば、被害者本人に
「きみは気づいていないかもしれないが、きみの言動に対して冷たい空気が流れる気がするけど、きみはどう思っている?」 
 と聞き、そこを手がかりに「根っこ」を探します。
 廊下が汚されているなら、
「いったい、ごみを誰が捨てるの?」
「ごみが落ちていると、感覚がまひしてみんな落とすようです」
「じゃあ、最初のごみは?」
 などと「根っこ」を追求します。
 時には、休み時間の学級や廊下にいて、それとなく様子を見てみます。
 必ず「根っこ」につながる何かが発見できます。
  生徒指導は、人を対象した世界です。人の心の中を知ることは難しいものです。
 しかも、思春期の子どもです。
  この時期に子どもたちの心の中は容易にわかりません。
  心の中を知るコツは「よく観る」「よく聴く」です。
  そこから手がかりを得て「根っこ」に近づき、指導方針を立てます。
  マニュアルに頼っていては、生徒指導の力はつきません。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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ワークシートは子どもが書き込みたくなる工夫を

 ワークシートは、授業の理解を促し、ねらいを達成するための大切な役割があります。
 授業に効果的で、ねらいを達成するためのワークシートを作成するには、
1 授業内容や重要なポイントを文章や図、写真などを活用して作ることです。
 授業の「ここが大事」という授業内容やポイントを教師自身が整理できておかないとワークシートは作成できません。
 ワークシートを作成するということは、授業の流れをまとめること、授業のポイントを整理することにほかならないのです。
2 子どもにとって分かりやすく、使いたくなる、書き込みたくなるものを作りましょう。
 ついつい多くの事柄をワークシートに詰め込みたくなりますが、重要で授業のポイントとなる部分を精選して作成しましょう。
 ポイントを穴埋め問題にしたり、架空のキャラクターを登場させ、吹き出しで会話したりするなど、レイアウトも工夫していきましょう。
3 授業の最初に配布されたワークシートを見ても、授業の内容や流れがすぐにわかってしまうことがないようにする。
 ワークシートを見れば、授業に参加しなくても、1時間の授業内容が分かり、楽しみや好奇心、関心を減じさせてしまうワークシートになってしまっていることがあります。
 そうならないよう、例えば、友だちの考えを聞き、その中で一番関心を持った考えを選び、その理由も記入するような形式のものです。
 また、黒板の後半に、黒板が見えない方向に座席を向けさせ、ワークシートを配布して、ミニテスト代わりにしても効果的でしょう。
 ワークシートを書かせることで授業を再現させることがもねらいなので、もし分からなければ黒板を見て、ワークシートを書いてもよいことにします。
 いずれにせよ、ワークシートをノートに貼ったり、ファイルに留めたりして、子どもたちが困ったときに見返すワークシートを教師が作成することが肝要です。
(授業力&学級づくり研究会)

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LD(学習しょうがい)などの子どもへの対応はどうすればよいか

 LD(学習しょうがい)やAD/HD(注意欠陥/多動性しょうがい)の子どもとのかかわりや対応について、とくに注意しなければならない点はどのようなものがあるのでしょうか。
 一口にLD(学習しょうがい)と言ってもさまざまなものがあります。
 たとえば、簡単な文字を写すのにもひどく苦労したり、計算のやり方だけ覚えてはすぐに忘れることを繰り返すなどがあります。
 こうした気になることがある一方で、他のことはよくできるということもあります。
 もし、気になる子どもがいたら、この子はLDだと勝手に判断し、対応を図るのではなく、まず担任教師によく聞くことです。
 基本的なことは、子どもたち同士が互いに支え合えるような学級にすることです。
 そのためには、子どもたちの差別的な言動に対して、教師は毅然とした態度をとることです。
 差別的な言葉が出たときには、どんなに人を傷つけるかを説明することです。
 また、その子が、今どんなことに困っているかを説明してあげましょう。
 そして、誰にも、できないことがあったこと。
 でも、まわりの人の支えでできるようになってきたことを話してあげましょう。
 低学年の子どもの中には、教師が特別扱いをしていると思い、
「なんで〇〇さんだけ?」
 と、聞いてくることがあります。
「今、一生懸命がんばっているんだよ。応援してあげようね」
 と、話してあげるのもよいでしょう。
(梅沢 実:鳴門教育大学、帝京科学大学教授を経て埼玉学園大学教授)

 

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子どもたちの座席替えをするとき、どう工夫し配慮しなければならないか

1 子どもの座席替えの方法
(1)指定座席
 交友関係や、学習への取り組み方、視力などの身体的特性などを考え合わせ、学習中の座席は担任が指定する。子どもの希望を大切にすることもよいが、ときには教師が決めることも必要である。
(2)子どもの希望による座席
(3)自由座席
 担任が教室にいるときの給食時間に、他のグループに迷惑をかけなければ、席を自由に移動してもよい。グループの人数も自由だが、独りで食べる子がいた場合には、指定座席とする。この自由座席によって、交友関係が分かるとともに、楽しく会食することができる。
2 学習のねらいと合わせて座席替えを工夫する
 学習を進めるにあたって、例えば小学校では学年が進めば進むほど、個人の調べ学習やグループ別学習を多く取り入れることが多い。そんなとき、座席の配列を工夫することによって、子どもたちが活動しやすくなったり、子どもたちの様子が見回りやすくなったり。
 そして、学習のねらいと合わせて、次のような約束を子どもたちとしておくと、座席の移動も簡単である。
(1) 一斉授業で子どもたち全体に基本的なことを押さえさせたいとき
 通常の前向きの机の配置で指導をする。一斉授業などで子どもたち全体の理解が必要なとき。
(2)グループで学習や作業をさせたいとき
 机を合わせる。グループで学習や作業をさせる。各グループ内で番号を決めておくと、発表や相談のときの司会者の順にもなる。
(3)個人調べや学級全体の話し合いのとき
 コの字に机を並べる。話し合いのときは向かい合い、個人で調べるときは後ろ向きになることを決めておく。
3 座席替えのとき配慮すべきことは
(1)グループ学習
 同一グループに、学習の優れている子ばかり集まらないようにする。おとなしい子ばかり集まらないようにする。どのグループにも一人はリーダー的な子を入れる。 
(2)交友関係を広げる
 現在あまり親しくないが、きっと親しくなるであろうと思われる子を並ばせる。仲の良い子どうし、仲の悪い子どうしは避ける。
(3)人のよい点を見習わせる
 忘れ物の多い子と少ない子を並ばせて、メモをとる習慣をつけさせる。整理整頓のできる子とできない子を並ばせて、整理の仕方を学ばせる。
(4)健康や体格を考慮する
 視力、聴力の弱い子は前の方の席にする。背の高い子は、左右の端や後ろの方にする。ただし、いつも同じようにならないようにする。
(5)心理面で配慮する
 不登校気味の子がいたら、気の合う子や家の近い子と並んで座れるようにする。気の強い子と弱い子はできるだけ離して座らせる。
(6)学習形態に応じる
 一人でじっくり考えるときは、まわりが気にならないように一人ずつの席にする。教師が中心となって進めるような場合は、二人ずつ座らせる。数名で話し合ったり、協力して行うような活動はグループで班を作る。
 数名で話し合ったり、協力して行うような活動は、グループで班を作る。机をコの字形や口の字形にする。
(塚田 亮:元東京都公立小学校長)

 

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指導者として大切なことは、子どもにイメージを与えほめる、結果が出ないのは指導者の想いが弱いからだ、どうすれば子どもは変わるか

 最近は「自由」とか「個性」ということばがもてはやされているけど、その弊害というか、いまは「自由」と「好き勝手」のバランスが非常に失われていると思う。
 はじめから自由ということは現実的にはありえないわけでね。何もわからない子どもには、強制を必要とする時期は絶対にある。
 なんでもかんでも好き勝手にするというのが自由ではないだろう。自由や個性というものには、自己責任が伴わなければいけないんだ。
 いま、それが実に少ない。そういうことに気づかせるためには、教育において強制される時期があって当然だし、それなくしてははじめから終わりまで自由にさせて、本当に社会に必要な人間になれるのかなっていう気はするね。
 何をしていいかわからない子にはきちんと目的を与えてやらせる。目的がはっきりしていれば、「これさえやれば、こうなるんだ」とう意識につながっていくんだ。
 逆に、自分の目的に向かって自主的に取り組んでいけるような子は、そのまま見守ってやればいい。そういう子は、何かのときにちょっと手をさしのべてやるだけでグーンと伸びるからね、後からポンと押してやるだけで。
 その意味でも、イメージを与えてやることが大切なんだ。「おまえ、こうなったらいいな」とか「がんばったら絶対日本代表になれるぞ」というように、夢を語ってやったり、目標を語ってやる。
 そういうイメージをその子のなかにぼやっとわかせてやるわけ。それも、個々の子どもに全然違うイメージをね。
 そう言いつづけていくと、本人もだんだんそう思っていくんだよ。そのなかで、徐々にイメージが鮮明になっていく。
 そうなれば、どんどん自分からそのイメージに近づこうとするようになるんだ。何が必要か自分で考えるようになるんだよ。
「やらされてる」のか、それとも「自分でやっている」のか、子どもにどう思わせるのかというのは非常に大事なことなんだ。
 教育に限らず、どんなことでもそうだけど、やっぱり「こういう人になってほしい」とか「こういうチームをつくりたい」というイメージやビジョンを描けない指導者やリーダーは、人を育てることができないんじゃないかなと思うけどね。
 そこでもうひとつ大切なのが、それぞれの段階で「よし、いいぞ」って、きちんとほめてやること。評価してやることだ。
 そういう達成感の喜びがなかったら絶対ダメだね。もちろん、怒ったあとには、ちゃんとアフターケアーをしてやることは言うまでもない。
 よく「いまの子どもは……」って言うだろう。でも、違うと思うね。子どもは変わっていないと、ぼくは思う。
 むしろ変わったのは大人、指導者のほう。「子どもが変わった」とか、「最近の子どもはしんどいことをいやがる」というのは、みんな指導者の言い訳。ぼくはそう思う。
「ここでこういうことに耐えておけば、こんな素晴らしい自分が待っているんだ」というように、子どもがドキドキするようなものを与えてやれば、絶対に反応は返ってくるんだよ。
 子どもの反応が返ってこないというのは、伝える力が弱い。
 子どもに伝える力が強いか弱いを知るのは簡単なんだ。自分に矢印を向ければもう、いっぺんでわかる。
 子どもの結果から学ぶことは、われわれ指導者にとっては非常に大きいんだよ。結果から学ぶというスタンスを、指導者やリーダーはしっかり持たないといけないと思うんだ。
 われわれ教師は前年と同じことをやっているわけにはいかないのだよ。
 つねに結果をフィードバックさせて、反省し、次に活かす。
 子どもを見て、「ああ、いまの子たちにはこんなことが必要だ」ということを経験的にわからないといけないんだ。
 一方では時代が変わっても絶対に残していかなければいけないことも当然ある。そういう気持ちでいれば、どんな子が入ってきてもつねに子どもの状況に対応できるはずなんだよ。
「こうすべき」とか「こうあるべし」っていうことを押しつけてはいけない。それがわからないから、ついつい子どものせいにしてしまうんだ。
 だから、「言っても、わからん子はあかん」と言って、それで切ってしまうのではなくて、
「どうしたらわかるようになるのだろうか」とか
「どうやったら勉強するようになるのだろう」と矢印を自分に向けて、
「じゃあ言い方を変えてみよう」というふうに考えてみる。
 いいか悪いか、できるかできないかで選別してしまうんじゃなくて、
「どうしたらできるようになるんだろう」ということにウェイトを置かなければいけないんだ。
 ちょっとしたきっかけを与えるだけで、子どもは本当に変わるんだよ。そんな指導者や教師を子どもたちは求めているんだ。
 そのためには、矢印を子どもに向けてしまってはダメ。
「おれは子どもたちに何をしてやったんだろう」といつも自分に問いかけて「どうしたらいいんだろう」と考える。
 そういう気持ちがいちばん大切だし、そうしないかぎりは、子どもを変えてやることはできないと思うね。
(山口良治:1943年福井県生まれ、ラグビー指導者で元日本代表。高校教師として京都の無名の公立高校をラグビーで全国制覇させた。ラグビー部生徒への体当たりの指導が多くの反響を呼び、TVドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公のモデルとなった)

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「落ちこぼれや仲間はずれ」をつくらない学級運営が学級の子ども全体の成長につながる   

 「落ちこぼれや仲間はずれ」をつくらない学級運営が学級の子ども全体の成長につながる。
 私はいつも、クラスの中で一番勉強の遅れていると思われている子ども、クラスの仲間から、はずれそうになっている子どもに視点を置いて、学級運営を進めてきた。
 学級のすべての子どもにきちんとした学力をつける。これは教師の義務である。遅れた子どもをそのままにしておくことは、教師の「落ちこぼし」である。
 学級の中で、仲間からはずれそうになっている子どもがいることは、学級の中に民主主義が実現していないからである。そういう学級であれば必ず学級の中に亀裂があり、やがていじめが生まれる。
 民主的な学級をつくっていくこと。これは私が若いころ作文教育の秀れた実践家であった小西健二郎の「学級革命」の本や講演で感激して、自分もそういう素晴らしい学級をつくろうと努力をしてきた。
 そして、実践を続けていくなかでわかってきたことは、学級のなかで、勉強の一番できないと思われている子どもが意欲を持って頑張りだすと、学級全体の士気が上がりみんなも頑張りだします。また、その子が少しでもよい成績を取ると、学級全体の子どもたちの勉強に対する熱が高まっていくということ。
 また、学級の中に民主主義の考え方が育っていくと、学級の中でお互いのよさを認め合い、学級全体が民主的なあたたかい雰囲気になっていく。そういうことを幾度か経験してきた。
 まだ教師経験の浅いころ「特定の子にばかり力を入れていると、クラス全体の勉強は進まないのではないですか」と保護者に言われたことがあった。また、仲間はずれになりかけていた子の問題を学級の問題として解決をはかろうとしたが、学級懇談会で批判されたこともあった。
 そんな失敗のなかで学んできたことは「問題があるとされている子や、勉強の遅れている子をよくしていくことが結局、学級の子ども全体の成長につながる」ことを、学級の子どもたちや、保護者にもわかるような学級経営をしていかなければならないということであった。
(
服部仲範:1931年生まれ、元札幌市立小学校校長)




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職員室の同僚教師との関係づくりで大切な「あ・そ・ぼ」のルールとは何か

1 あ 
 職員室で大事なあいさつは、退校時のあいさつです。
 午後から出張する場合、黙って学校を出て行ってはいけません。学校を離れることとは「子どもから離れる」ことだからです。
 自分が学校にいないとき、自分はどこで何をして何時にもどるのか、同僚に知らせる、それが職員室のあいさつです。
 校外に出る場合は、学年主任へのあいさつはもちろん、職員室の教頭や教務の教師の前を通って「あいさつ」をして職員室を出ていくようにします。
 周囲に誰もいなければ、退出時間も書いて必ずメモを残していきましょう。
2 そ
 相談とは、教師の仕事を学び理解を深める大事なはじめの一歩なのです。
 学校現場は、常に動きながら学んでいくところです。
 職員室も同じで、事前に至れり尽くせりでノウハウを教わることはありません。そんな余裕もありません。
 実践の中で疑問が生じた時に明確な答えを、問題にぶつかった時に適切な対応を学ぶことで、教師の仕事について理解を深めていきます。
 ですから、困った時や、やり方がわからないことは、まずは自分なりに頭を使って考えることが大切です。
 そして、考えたように行動していいか「相談」します。
 例えば、校務分掌のプリント作成にしても、いきなり「どう作るのか」たずねるのではなく、まずは自分で過去のものを調べて内容を把握し、今年度はどうするか考えて、仮につくったものを教頭や主任にみてもらいます。
3 ぼ
 職員室のいいところは、年齢をこえて、同僚として、お互い助け合うことが当たり前にできることです。すすんで「ボランティア」を実現しましょう。
 ボランティアとは、奉仕すること、すなわち相手に尽くすことです。
 例えば、放課後の学年会の話し合いの時に「今日は寒いから、温かい飲みものがあったほうがいいかな」とお茶をいれたりします。
 また、算数の学習プリントを作成したら「こんな教材を作ってみましたけど、どうでしょう」と同じ学年の教師にみてもらいます。
 そして、アドバイスをもらって修正したら、学年分を印刷して「よかったら使ってみてください」と他のクラスの教師にもお渡しします。
 このように、自分にとっても同僚の教師にとっても「あったらいいな」「できたらいいな」ということを実現することです。
 自分の仕事の範囲はここまでだから、とはじめからバリアをつくってしまっては、いい同僚関係は築けません。
 若い教師は、教師としての経験が少ないからこそ、自信を持ってできることには、積極的に手と体、頭を動かし、特技を活かしていくようにしましょう。
 得意なことをやるのは楽しいですから、多少仕事が増えてもうまく効率よくこなせるはずです。
 そういうアピールを職員室は歓迎しています。
(有村久春:1948年生まれ 元東京都公立学校教員・小学校長 岐阜大学教授 専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論)

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教師は素敵な仕事です、教師は子どもと共に歩みながら一緒に成長するものです

 初任地であった中学校に講演の講師として呼ばれた時に、久しぶりに中学校勤務時代の教え子に会いました。
 控え室に、わざわざあいさつに訪れてくれたのです。
 熱意だけで突っ走った新任教師と、おてんば女子中学生との会話が、時を超えて始まりました。
 あの時の恥ずかして失敗や苦い思い出も、笑顔に消されていきます。
 しばらく談笑し、別れ際に、ふと自分の予想をはるかに超えた子どもたちの成長を見たとき、これこそが教師の喜びなのだと感じたのです。
 だからこそ、教師はやめられないのです。
 私が担任した子どもたちは、社会の中でそれぞれに活躍しています。
 そして、その教え子たちがいま私の大学で学んでいます。
 私が初めて担任したある卒業生は、いま母となって、私が行う大学での行事に家族で参加してくれます。
 その子どもたちの相手をしているのが、私の教えている学生たちなのです。
 その姿を見ながら、一緒に昔を思い出します。彼女は
「先生はいい加減だったよね、授業もいつも立ち往生していたね」と、
 からかってきますが、本当にそうだったのですから反論できません。
 新規採用だった私は、彼女に助けられたように思いますが、それでも私を信頼し、いい歳になってもついてきてくれます。
 教師になってよかったと思う瞬間です。
 確かに、その頃の自分はしっかりした教師ではなかったように思います。
 その後、幾多の失敗を重ねながら、いまの私があるとすれば、教師は子どもと共に歩みながら、一緒に成長するものだと確信します。
 教師に関心のある人、教師をめざしている人、ぜひ教師になってください。
 教師は素敵な仕事です。
「教師の喜びって何でしょうか」と何人かの教師に聞いてみると、様々な回答が得られました。
 例えば、「授業中に『わかった! できた!』と言って子どもたちが大喜びしたときだ」と答える教師。
 また、「これまで問題児と言われていた子どもが、ある日、友人たちに優しい行動をとっている姿を見たとき」と言う教師。
 やはり子どもの「変容」や「成長」がキーワードであるようです。
 教師は子どもとともに歩むという職種だけに、学習面や生活面でいい影響を与え、それを契機に子どもが成長してくれれば、それこそが教師にとっての達成感であり、成就感なのです。
(阪根健二 1954年神戸生まれ、香川県公立中学校教師、指導主事、教頭、香川大学助教授を経て鳴門教育大学教授。専門は学校危機管理,生徒指導)

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私の座右の銘は「青春とは心の若さである」、青春時代と同じように新たな気持ちを持ち、なすべきことをなしていけば道は無限にある

 私があるヒントを得て座右の銘としてつくった言葉は
「青春とは心の若さである」
「信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり、青春は永遠にその人のものである」
 当然ながら、人はみな毎年歳をとっていく。それはいわば自然の掟である。
 しかし私は、精神的には、何歳になろうとも青春時代と同じように日々新たな気持ちを持ち続けることができるはずだと思う。
 その精神面での若さを失いたくないというのが、かねてからの私の強い願いなのである。
 お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起しつつ、なすべきことをなしていくという態度を忘れてはならないと思います。
 お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょう。
 また一年先、五年先にはさらなる新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、そこに大きな進歩向上がみられるでしょう。
 大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。
 そうすれば、まさに道は無限にあるという感じがします。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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ケンカが起き、保護者から「手を出した子は許せません」と担任に苦情があった、どう対応すればよいのでしょうか

 手を出すようなケンカが発生しました。保護者から、
 「うちの子が何をしたというのですか」
 「すぐに手を出し、暴力に訴える子は許せません」
 「どうしてなのか、親も一緒に説明してください」
 「学校で起きたことなので、担任が責任をもって対応してください」
 と苦情が担任に寄せられました。どうすればよいのでしょうか。
 保護者からの苦情に対しては、つぎの姿勢を第一歩として踏み出すようにしましょう。
 ケンカをした事実にもとづいて「手を出したことへの間違い」を徹底させ、要因を伝えなくてはなりません。
 「両者の言い分を聞いて、後日、お話します」では迅速な対応にはなりません。
 その場での臨機応変な対応が求められていることを認識しましょう。
 スピード感をもって判断することが対応の第一歩です。 
 担任として「手を出すようなケンカは許されない」という強い思いで、暴力に毅然とした態度で対応していることが伝われば、保護者は納得して受話器を置くことになるでしょう。
 ケンカが発生したときの対応の仕方を教師が身に付けていないと、対応に時間がかかってしまいます。
 ケンカが起きた場合、基本的には、次のような対応をしましょう。
1 当事者から話をよく聞く。
2 自分たちで解決の道筋を考えさせる。
3 暴力否定を前提とする。
4 単にケンカ両成敗としない。
5 お互いに嫌な思いをしたことを実感させる。
6 保護者には原因と解決の方向性を伝える。
7 保護者にもよきアドバイザーとなってもらう。
8 二度と起こさないよう約束させる。
9 大人が子どもを見守り、守っている姿を子どもに伝える。
 ケンカをした後の嫌な思いや、つらい経験を思い出させ、お互いにどうあればよいかを考えさせることで、
 「自分が嫌だなと思うことを、人にはしない」という原則をしっかり指導しなければなりません。
 保護者の立場も理解したうえで、最後は大人が見守る姿勢を崩すことなく、子どもたち自らで解決の道筋をつくり上げていく努力をさせるようにしましょう。
(釼持 勉:東京都公立高校・小学校教師、教育庁、小学校長、帝京大学教授を経て、帝京科学大学教授)

 

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チョークの使い方の基本とチョーク技術にどのようなものがあるのでしょうか

 チョークは教師の一番の道具です。
 黒板に様々な色が使われていると、子どもはどこが大事か見失ってしまうこともあります。
 文字は基本的には白色のチョークを用いて書きます。
 大切なことは黄色のチョークを使うようにします。
 板書する際に、チョークの筆圧を高くすると、黒板との明度の差がより生まれ、はっきりと見えるようになります。
 チョークの筆圧を高くするために、チョークの持ち方は、鉛筆と同じように持つのではなく、利き手でグーの形を作り、人差し指のみチョークに沿わせるようにします。
 このとき、チョークを少し横に傾けて書くと、黒板に引っかからずに書くことができます。
 チョークの持ち方で見えやすくするなど、チョークの特性や板書の役割を理解しましょう。
 チョークの2色(白と黄色)を使い分け、知識を構造化し、深い学びを実現します。
 下線や吹き出し、矢印、四角囲みなど、記号や線を使って強調や関連性を示すとき、白色と黄色を使い分けると質の違いが明確になります。
 子どもの深い学びを実現するために、問いから導き出される知識の質の違いにしたがって、チョークの色を使い分けます。
1 白色チョーク
 事実に関わる知識
2 黄色チョーク
(1)理由・因果関係に関わる知識
(2)価値に関わる知識
(3)意志に関わる知識
 子どもとのやりとりを板書に残したり、授業全体の構造を客観視したり、多様な使い方をすることができます。
(授業力&学級づくり研究会)

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授業の準備をする時間が少なく、教材研究も思うように進みません、どうすればよいのでしょうか

 小学校の教師は、多くの教科等の指導を充実させるために、教材研究を欠かすことはできません。
 しかし、放課後にも様々な会議や出張、各種行事の準備や資料の作成などが予定されています。
 また、子どもたちのトラブルの解決や、保護者からの連絡が突然入ったりするなど、教材研究を行う時間を十分に確保することが難しい状況にあります。
 教師が教材研究を行うために管理職は、どうすればよいのでしょうか。
 明日の授業の準備ができず精神的に不安にならないように、学年主任や教科主任が教師たちにアドバイスするよう管理職が働きかけます。
 経験に基づいて適切な発問のヒントや補助教材なども提供してもらえるでしょう。
 緊急を要する場合には、管理職も加わって翌日の授業の準備や週案簿の作成に力を貸し、努力をほめたり、励ましたりしたいものです。
 そうしたアドバイスによって授業が成立し、自信をもって指導をすることができるようになります。
 一人ひとりの教師に具体的な指導方法をアドバイスするとともに、管理職は学校の体制を整え、教材研究を滞りなく進めることができる環境を次のように整えることに配慮します。
1 学年主任の役割を生かす
 学年で教材研究を行う時間を設定し、ワークシートや練習問題などを共有化することを企画します。
 それぞれの教師の得意分野を生かして役割分担を行い、教材研究の内容を伝え合うような学年会を運営できるようにします。
2 教科主任の役割を生かす
 職員室等の身近な場所に教材コーナーを設け、教科ごとにファイルに自作の資料等を保管するようにします。次年度も活用できるよう教材を蓄積することがポイントです。
 コンピュータを活用し、教職員用のサーバーに教材に関するファイルを保存して共有化することも可能です。
3 授業支援ボランティア等の活用
 学習支援ボランティアや理科支援員などの制度を活用し、教材研究を支援する体制を整えるようにします。
 その際、学年・学級の考え方や指導の方針、子どもの特性等について事前の打ち合わせを綿密に行うことが大切です。
 人的パワーを生かすことによって充実した授業を行うことは、子どもの学力を高めるとともに、教師にとっても充実感や達成感を得ることができ、指導力を高めることにつながります。
 予算的な措置が必要な場合は、教育委員会に相談することも管理職の重要な役割のひとつです。
(藤井千恵子:国士館大学教授)

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子どもたちの心づくり指導はどのようにすればよいのでしょうか

子どもたちの、スポーツ等での心づくり指導は、
1 子どもたちの心づくりを成功させるためには「心を使う」(目標設定、イメージの原則)
 私は、オリンピックの金メダリストたちの分析で、心の大切さを知った。
「どれだけ強烈に自分は勝つと思っているか」
 最後は、その心の強さで決まる。勝つ秘訣は「心づくり」です。
 心を使うとは「書く」ということです。
 目標設定用紙に書いて、目標を立て、達成のための方策、予想される問題点、解決策などを考え書く。
 本当にハッキリするまで書くということです。
2 心を強くする(できることの継続と特例の禁止)
 登山家の講演会でヒントをもらった「継続」です。
 毎日、自分が決めた家のお手伝いを三年間つづけさせます。そして、教師に報告します。
3 心を整理する(過去の中の後悔、未来への不安の解消)
 自分ではどうすることもできない未来のことや過去の後悔などに、心が縛られて萎縮してしまうことがある。
 いまの楽しさだけを求めてしまうこともある。
 そういう心のマイナス要素を整理して、気持ちを未来に持っていくこと。
 そのために役立つのが日誌です。日誌に、その日の反省、明日やるべきこと、自分の決意などを書きます。
 私は子どもたちの日誌を読んで、必ずコメントを書いていきます。そうすることで、その子の持っているエネルギーを前に押し出すための後押しができるのです。
4 心をきれいにする(感謝の心。奉仕活動。清掃活動。エコ活動)
 感謝の気持ち、謙虚な心を養うことです。
 スポーツで優勝しても天狗になっては意味がありません。自分の力だけで勝ったという傲慢で利己的な発想を排除すべきものなのです。
 「ありがというございます」「おかげさまです」の心を育てるために、子どもたちに清掃活動(大会会場の清掃)や奉仕活動をさせています。
5 心を広くする(生き方ノウハウの提供、自利即利他の原則)
 強い選手、日本一になれる選手ほど、嫌がることなく真剣に仲間をサポートします。決して利己的な態度、言動はとりません。
 そういう精神を持っている子どもこそ、自立型人間と呼ぶにふさわしいと思います。謙虚であるということです。
 そして、次の四つの方法で実践しています。
 それぞれ「プラン、ドゥ、シー、ショウ」に落とし込んでいきます。
 プラン(目標を決め、計画を立てる)、ドゥ(実行する)、シー(検証する)、ショウ(公表、共有する)
(原田隆史:1960年生まれ 20年間大阪市公立中学校教師、教師塾主宰等を経て原田教育研究所社長。元埼玉県教育委員、高知市教育アドバイザー、三重県政策アドバイザー、奈良市教育スーパーバイザーも務める。ビジネス・ブレークスルー大学教授。大阪市立松虫中学校を態度教育・価値観教育・自立型人間育成教育により建て直し、陸上競技では7年間で13回の日本一を達成した)

 

 

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子どもを伸ばす、よい発問とは、どのようにすればよいか

 教師のよい発問によって、子どもは気づき、理解を深めて伸びていきます。
 子どもを伸ばす、よい発問とは、
1 明快であること
 発問するうえで最も大切なのは明快であることです。
 子どもの耳にすんなり入り、だれが聞いても同じ意味に解釈できることです。
 あいまいな発問では何を質問されているのかよくわかりません。たとえば、
「大造はどうして狙っていたガンを撃たずに銃を下ろしてしまったのでしょうか」
 といった発問は、「理由」を聞いているのか、「状況」を聞いているのか、はっきりしません。
 問われた子どもが推測して答えをのべるような発問は、不適切です。
 もし「理由」を聞きたいのなら、「大造は、なぜ、銃を下ろしたのか」
 もし「状況」を問いたいのなら、「大造は、どうやって、銃を下ろしたのか」
 というように分けて問うべきです。
2 やや難しい発問である
 子どもの能力よりも少し上の、適度に難しい発問を心がけましょう。
 文章の中に答えが書いてあるような問いは意味がありません。
 書いてあることをもとにして、書いてないことを推理させる「やや難しい」問いが、優れた発問と言えるでしょう。
「努力したら解けそうだ」という期待を感じさせる発問や、はじめは易しいと思っても取り組んでみたら手ごわいというような発問が望ましいといえます。
「やや難しい」発問をすると、子どもは「どちらかといえば、この答かな」と首をかしげ「先生はなんと言うだろう」と、授業にひきつけられます。
 次の展開を期待させる授業をするうちに、子どもの理解は少しずつ深まっていくのです。
3 充実感、満足が得られること
 自分の答えが否定され、新しい発見を通して、知的な満足が得られます。たとえば、
「ごんがいちばん哀れに思えるのはどこですか?」
 と問うと、子どもたちは全員「撃たれたところ」と答えます。
「間違いではないが、6年生らしい哀れさを見つけなさい」
 とゆさぶると、子どもたちは文章をていねいに読み返します。
 じつは「ごんぎつね」には、最終段落の冒頭に、
「そのあくる日も、ごんはくりを持って、兵十のうちへ出かけました」
 という文章があります。
「その」というのは前日の晩のことで、ごんは自分が危険をおかしてくりやまつたけを届けていることを兵十はどう思っているのか知りたくて、聞き耳を立てていると「神さまが兵十に贈り物をしているのだろう」と聞いて「引き合わないな」とつぶやくのです。
 深く落胆したにもかかわらず、「その明くる日も」、ごんはくりを届けにいって、その日に兵十によって殺されるのです。
 そこには、単に「鉄砲で撃たれてかわいそう」というのではない、哀れさがあります。
「その明くる日も」の「も」の重みに注目させて、このような読みとりの深みに至らせるには、発問による教師のリードが必要です。
 そして、子どもたちは「なるほど。新しいことを勉強した」という充実感が得られ、学ぶ喜びを実感できるのです。
4 多様な反応がある
 発問をしたとき、一つの答えしか出ないのなら、それは聞くまでもないことです。
 よい発問は、問いかけは単純明快で、答えは多様になります。
 解釈が分かれる発問は、真剣な話し合いを導きだし、読み取りを深めるのに役立ちます。
 一方、悪い発問は、複雑で、子どもは何を答えていいかわからず、答は単純になります。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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生徒を指導するとき100通りの声掛けができますか

 生徒のキャラクターを理解することは重要です。
 生徒を指導するとき、必ず見かけるのが、その手法を1通りしか持っていないワンパターンな指導です。
「そんな生徒、ガツンと怒鳴ってやれば良いんですよ」
 どんな場合でも、その一言で片付けようとする教師が残念ながら多くはありませんか。
 その場合の多くが、生徒にとにかく謝らせるような解決方法で済ませることも多い。指導する教師側がスッキリするだけで終わる。
 生徒の側に立った場合、具体的な行動改善への解決にはなっていないことも少なくありません。
 たとえば、生徒が宿題を忘れたとき、なぜ宿題を忘れたかその原因を具体的に探り、そこを共に解決していかなければ本当の意味で指導をした、という事にはならないのです。
 だからこそ、生徒のキャラクターを理解する、ということを重視したいのです。
 私は研修でもよく「生徒に○○する言葉」というテーマで100通りの声掛けを挙げるトレーニングをしていただいたりします。
 試しに「生徒をほめる言葉」というテーマで100通りの声掛けに挑戦して見てください。
 全然増えないのであれば、それが現在のあなたの教師としての幅であり、それだけ限られた生徒に対する理解と適応力しか持ち合わせていない、ということです。
 これを100通り挙げるためには、様々な生徒の状況を想像して、それに合う言葉・声掛けを考えなければいけません。
 しかし、生徒のキャラクター理解がしっかりできていれば、それほど難しいものではありませんので、生徒を良く観察し、キャラクターの理解を深めていってください。
(諸葛正弥:東京生まれ 都内大手進学塾で長年指導、講師育成を経て、諸葛正弥教育総合研究所株式会社 代表取締役、「T’s skill教師塾」代表。教育委員会や各種学校などで講演や教員研修、学校改革のコンサルティング)

 

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いじめ防止のために、教師に求められる力とは

 いじめ防止のために、教師に具体的に求められる力とは
1 子どもたちと信頼関係
 教師と子どもたちとの信頼関係をつくるのは、
(1)しっかり授業をすること。
(2)だめなことは、だめと言えること。
(3)教師が大人として子どもたちの模範になる行動をふだんから心がけること。
2 子どもたちを観る
 教師が子どもたちを、日常からしっかり観察をすること。例えば、
(1)今日は少しおかしいな。
(2)あれ、あの子、今日どうしたんだろう。
(3)あれ、あの子は珍しく宿題を忘れてきた、何かあったのかな。
 その子どもの特性も観て指導していくことは、いじめの早期発見にはなくてはならない視点である。
3 子どもの話を聴く
 子どもの話をしっかりと聴く。
 教師に話を聴いてもらえたと、子どもたちが感じるのは、また、この先生に相談したいなと思える時である。
 何か困ったことや悩みがあった時、相談したいと思える教師がいることは、子どもたちにとっては大きな味方になる。
4 話す
「教師ですから、いつも話しているよ」と言われそうだが、話すということは、
「子どもの考えや思いを尊重して、教師が伝えたいことを話す」ということである。教師が一方的に話すことではない。
 さわやかな話し方を練習して、子どもたちと向き合ってほしい。
5 教職員と協働する
 教師が精神的に追い詰められて休職をすることが増えている。
 教師だから自分で何事でもできるのが当たり前だと頑張ってしまう、そういう真面目な教師が、発症する率が高い。
 人には誰でも、得意、不得意なものがある。
 学年や学校で相談したり、協力しながら子ども指導に向き合えば、個人でやった時の何倍もの成果があがる。
 もし自分に弱いと思えることがあれば、積極的に研修会に参加するなどして、子どもたちを支援できる力を身につけてほしい。
(川合 正:東洋大学初等中等教育課参与)

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自分の持ち味を生かすことが不満や悩みの解消に役立ち、生きる喜びをもたらす

 人間としての生き方はみな異なるものだと思います。人間の生き方は、自分に与えられた天分(持ち味)を生かし、使命(責任をもって果たさなければならないつとめ)をやり遂げること。これこそが人間としての成功と呼べるものではないでしょか。
 ある人が靴を作る仕事をはじめたとします。靴を作って人の役に立ち喜ばれることが成功となります。
 つまり、人間として成功かどうかの基準は、社会的な地位や名誉や財産ではなく自分に与えられた天分、使命を十分に生かすか、生かさないかというところにある。
 地位や名誉や財産はどんなに努力しても全員がえられるものではないでしょう。しかし、
天分を生かそうとして、人生を生きることは考え方によっては全員が可能だと思います。
 自らの天分に生きている人は、地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができると思います。
 そういう人が多ければ、豊かな活力が生まれ、力強い発展がもたらされるのではないでしょうか。
 最近は、昔に比べれば生活が豊かになったにもかかわらず、不平や不満、不安に悩む人が多くなったと言われます。
 その原因として、人間の成功をどのように思うかが関係しているように思います。地位や名誉や財産に重きを置き過ぎて、自分の独自の天分を生かし、使命に生きることの大切さが忘れられている傾向があります。それが不満や悩みを増やしているのではないかと思います。
 人生や人間としての成功を、自分の天分を生かすことにあると考え、それを求めていくことによって、不満や悩みの解消に役立ち、個人としての生きる喜びも、社会全体の発展や繁栄も、より高いものになると思います。
(松下幸之助:1894~1989 パナソニック創業者、経営の神様と呼ばれ、日本を代表する経営者)

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保護者から「通知表に納得がいきません」とクレームがあったとき、どうすればよいか

「今日いただいた通知表について説明してください」
「国語の評価について保護者に分かるように説明してください」
「これまでの授業からして今回の評価は納得がいきません」
などと、保護者からクレームが寄せられたとき、基本的には次のような対応が求められるでしょう。
(1)保護者の申し出をまず受け止める。
(2)「何に問題がある」と考えているか理解する。
(3)言い訳や説得をしようとする態度はとらない。
(4)学級担任一人での対応にならないにする。
(5)成績処理の仕方について整理し、日頃の授業の方法や成績に対する根拠を具体的に説明できるようにしておく。
 通知表に対する保護者の思いは、学級担任が悩んで評価しているのと同じように、子どもへの心配と期待からきているのです。
 その評価に納得がいかないとなれば、担任への相談、苦情があるのも当然のことです。
 通知表を、これまでの授業評価を振り返る場とし、所見と評価が一貫性をもったものになるように心がけましょう。
 子どもにとっても、通知表は学びの証となる宝であり、いつまでも大切に扱うものです。
 その意味でも、保護者に誠実に対応し、
(1)評価に対する説明責任を果たそう。
 通知表はテストの点数はもちんのこと、製作物、実技、日頃の授業への参画態度、関心、意欲にいたるまでを積み重ねて評価してものです。
 その根拠を明確に示して、具体的な例をあげて説明できるようにしておきましょう。
 保護者には、学期のはじめに評価の仕方を伝えておき、学期末の保護者会では、改めて評価の見方を知らせましょう。
 オープンにできることはオープンにし、保護者に分かるように説明責任を果たすことが大事です。
(2)評価の根拠となる資料を日頃から蓄積しておこう。
(釼持 勉:東京都公立高校・小学校教師、教育庁、小学校長を経て、帝京大学教育学部教授、帝京科学大学教授)

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人生に必要な学力とは何か、学校はどうすればよいか

 私自身、ある時期、子どもに受験勉強を強いるのは悪いことだとは思わない。
 記憶力に余裕のある時期に、めいっぱい詰め込んでおいたほうがいいということには条件付きで賛成だ。
 子ども自身がそのことに動機づけられていればという条件だ。
 本来、進学実績だけを目標にした場合、そのための受験技術は「情報を処理する力」に負うところが大きい。これを狭義の学力と呼ぶことにしよう。
 しかし、人生を開く力はこれだけではない。
 まず、学ぶための動機づけが続くことが必要だ。
 興味関心を持ち続ける力、集中を持続する力、自分の内部エンジンで自分自身を動機づけられる力である。
 さらに、正解が一つとは限らない世の中の諸問題には、自分の持っている知識、技術、経験を総動員して組み合わせ、自分なりの解を導く力がいる。
 状況に応じて自分の持ち味を出せる力。この力を「情報を編集する力」という。これを「広義の学力」と呼んでいいだろう。
 つまり、学力テストで測れる狭義の学力も大事だが、テストでは推し量れない広義の学力も大事だということ。
 ましてや、忍耐力も、発想力も、瞬発力も、持久力も、思いやりも、愛国心も、人間としてのスケールも。
 生きるために必要なさまざまな力は、体育、音楽、美術、技術・家庭のような教科や、体育大会、学芸大会、修学旅行のような行事、部活動や教師や生徒間のコミュニケーションなど、すべての学校機能を通して複合的に養われる。
(藤原和博、1955年生まれ、リクルート社フェロー、東京都初の中学校の民間人校長、大阪府特別顧問、奈良市立高校長等を歴任した。家庭教育の機能が低下したため、親以外の大人とのななめの関係を重視した)

 

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協同的な学習を通して、子どもの科学的な概念は深化する

 子どもの科学概念は協同的な学習を通して深化します。
 協同的な学習とは授業における対話である。対話の表現も当然のことながら深化していく。
 対話とは、子ども同士や子どもと教師が、互いの考えを価値づけて、追究することを通して、一つのコンセンサス(合意形成)を捉えていこうとする活動である。
 例えば、小学校4年「水の三つのすがた」の学習において、次のような対話がなされた。
教師
「水蒸気を冷やすと水になることが、実はみなさんの回りで起きているのです」
「ここからどんどん蒸発しているこの水、いちばん身近に出てくるときがあるよね」
「この教室の中では、どこでしょう?」
子ども
「口」
教師
「人間の、あー、それ人間の中でしょ」
「教室の中でよくあるでしょ。どこ?」
子ども「窓」
教師
「窓だよね。窓のところに指で絵を描くことない?」
「あるよね。そのとき水滴は窓の外側と内側どちらにありますか?」
子ども
「内側」
教師
「内側だよね」
「ということは教室の中の水蒸気が何で水になったの?」
子ども
「教室の水蒸気が窓で冷やされた」
教師
「窓が冷たいのか。確かに窓は冷たいよね」
子ども
「窓の方が冷たくて、見えない水蒸気が見えるようになった」
教師
「なるほど。付けたしをどうぞ」
子ども
「教室の中と外の温度が違うから」
教師
「どう違うんですか?」
子ども
「教室の中が暖かくて、外が冷たいから」
「教室の中の暖かい空気にある水蒸気が外の冷たい温度にひ冷やされて、それがだんだんたまって水滴になる」
 ここでの対話は、水蒸気が液化される概念を子どもに定着させる指導と評価といえる。
 子どもは教師による発問を通して、水蒸気が液化される状況を細かく分析し、表現していった。
 対話の中で表現が深化していく様子がうかがえる。
 産婆術にも似た、教師による子どもの表現の背後にある考え方の発掘が、こうした表現を可能にしたのである。
 すなわち、子どもの表現にあるものを教師は徐々に科学の世界へと翻訳していったのである。
 対話を通した表現の深化は、科学概念へ至る子どもの表現である。
 子ども一人ひとりが科学概念の内容について自由なイメージのもとで説明し、表現しようとしている。
 これこそ、今日求められている、理科授業における思考力・判断力・表現力の育成である。
(
森本信也:1952年生まれ、横浜国立大学名誉教授、専門は科学教育)

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いじめが起こりやすいクラス、起こりにくいクラスとは

1 いじめが起こりやすいクラス
 いじめが起こりやすいクラスには、次のような特徴が見られます。
1)子どもたちの学校生活
(1)教師から、しっかり「守られ・見守られ」ていると、子どもたちが感じていない。
(2)やっていいことと、悪いことの「基準」がしっかり示されていない。
(3)子どもたちを「ほめる・認める」言葉より、「小言・注意」が多い。
(4)子どもたちが「自己発揮」する機会が少ない。
(5)「授業に魅力」がなく、子どもたちは単純な毎日に飽き飽きしている。
(6)「言行不一致」や「えこひき」など、教師に子どもの不信をかうような行動が多い。
(7)班競争や勉強の競争が厳しい。
(8)子どもたちの「人間関係」が複雑で、教師は十分に把握しきれていない。
2)子どもたちの生活背景
(1)オーバーワーク気味の子どもが多い。例えば、塾や習い事が過度、スポーツクラブなどで疲労している。
(2)保護者が精神的なゆとりがなく、情緒不安定、孤立などで、子どもに十分な愛情が注がれていない。
(3)善悪の区別、思いやりの心などが家庭において十分育てられていない。
3)教師自身の状況
(1)私生活の問題や慢性的疲労などにより、精神的にゆとりのない状態である。
(2)同僚教師や管理職との関係がスムースでなく、孤立感、不満感、不全感がつねにある。
(3)保護者との関係がいまひとつうまくいっていない。
2 いじめが生じにくいクラスづくり
 いじめをなくすためには、1の特徴の克服をめざすことです。
 教師としてできることから始めることが大切です。
(1)一人ひとりの子どもをしっかり見守り、その子の良さを認めていく。
(2)子どもたちへ注ぐ心のエネルギー配分を偏らないように心がける。
(3)子どもたちに、まんべんなく活躍の場を与える。
(4)クラスのルールを明確にする。時には毅然として、たしなめる。
(5)授業がマンネリ化しないよう方法や教材をつねに工夫する。
(6)教師が「約束したことは守る」など、子どもが教師を信頼するような行動を心がける。
(7)子どもたちが助け合い、協力し合う場面を授業やクラス行事にもうける。
(8)教師が子ども理解を深め、表面的行動の背後にある個々の子どもの気持ち、集団の人間関係などを的確に把握する。
 子どもたちの行動をさりげない観察をする、子どもとの会話、子どもたちとの関わりの機会を多く持つように心がける。
(9)保護者との信頼関係づくりを積極的に行う。
(10)同僚教師や主任、管理職などから授業や学級経営についてのアドバイスをもらうなど、オープンな姿勢を持つ。
(菅野 純:1950年生まれ、東京都八王子市教育センターを経て早稲田大学名誉教授。専門は学校カウンセリング)

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ストレスに負けない子どもを育てるにはどうすればよいか

 子どもをストレスから守るために大切なことは、自己肯定感をもたせることと、コミュニケーション能力を獲得させることです。
 コミュニケーション能力が獲得できれば、自分自身を“対象化”することができ、子どもたちは人間関係のシラブルやストレスを、楽しめる“たくましさ”を“やわらかく”身につけることができます。
 人間関係のスキルを獲得するには、日常のなにげないやりとりや、双方向のコミュニケーションの中でしか培われないものです。
 ストレスに負けない子どもを育てる処方箋はつぎの通りです。
(1)子どもの話に耳を傾けて聴いてあげる
 “受容”と“共感”の態度で、子どもの話を十分に聴き入るようにしてあげてください。親の価値判断で判断したりせず、ありのままに子どもの思いや感情を聴くことです。
 人はどんなにみじめな状態になっても、そばにいてくれる人が一人でもいれば救われるものです。親が熱心に聴いてくれると、子どもは安心して話をするものです。
(2)親が見守っていることを子どもに伝える
 「いざとなったら親が助けてあげる」と、子どもへ親の気持ちを伝えることで、子どもは不安に対して前向きに対応できるようになります。
 親が子どもに関心を示すと、子どもは「いちいちうるさいな。そんなにかまうなよ」と反発することがあります。でも、それでいいのです。親としては「いつもアナタのことに関心をもっているよ」というメッセージを送り続けることが大切なのです。
 親が“肯定”と“支持”をベースにして、子どもに関心をもってください。肯定的な関心は、親と子どもの会話の糸口になります。
(3)子どもの長所をほめる
 ストレスに負けないようにするためには、親が前向きにプラス思考の姿勢でいることが大切です。子どもの長所をできるだけ多く見つけ、話題にしてあげるのです。
 そうすれば子どもは「こんなふうに、親は自分のことを見てくれているんだ」と、自信につながります。愛情があれば、日常のちょっとした行動でも、ほめる材料はあるはずです。
(4)成功体験を積み上げさせよう
 日々の生活の中で、成功体験を積み重ねることで、自信は育まれていきます。自信を持つことで逆境に強くなります。
 子どもが努力すれば達成できるものを目標とするようにします。ときには、親の目から見ても、とても実現できそうにない“夢”を抱くことがあります。
 そのようなときでも「すごい夢をもっているね。実現できるといいね」と、肯定し、「では、とりあえず、こうしてみたらどうかな」という具合に達成可能な小さな目標を一緒に設定してあげるようにしてください。
 実際にやってみて、失敗することがあっても、目標に向かって取り組んだことを、評価してあげてください。親の価値観で子どもをしばらないようにしてください。
(富田富士也:1954年生まれ 若者たちの悩みに取り組む教育心理カウンセラー 「子ども家庭教育フォーラム」代表)

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保護者から持ち物など生活指導についてのクレームが来たらどうすればよいか

 服装や髪形、そして持ち物など生活指導についてのクレームはあとを絶ちません。
 保護者からの生活指導についてのクレームは、教師一人で対応してはいけません。
 学校全体に関わることですから、生活指導主任や学年主任に必ず報告して指示を仰ぎ、すぐに回答することは避けましょう。
 学校は集団生活を学び、基礎学力を身につける場です。「個人の自由」がすべてまかり通って良いわけがありません。
 保護者からのクレームに、何でもかんでも恐れ入る必要はありません。
 保護者の言いなりでは、他の子どもたちの生活指導に支障をきたすことになります。
 丁寧に、しかし堂々と「学校の目的は」「集団生活とは」と、教師としての論を示しましょう。
 それでも、直す気がないのであれば、それは仕方ありません。
 教師は堂々と意見を述べ「正しいことは、正しい」と見解を示すことが大切です。
 他の子どもたちの生活指導にも一貫性が保てます。
 例えば、次のようなことが以前ありました。
「願掛けのミサンガを外したくない」と申し出た子どもがいました。親も同じ意見です。
 その子のことには触れず
「必要のない物を学校に持ち込まない」
ことを学年集会で子どもたちに話し、ほとんどの子どもたちを納得させました。
 周りの子どもたちの様子を見てか、その子は次の日からミサンガを外して登校するようになりました。
 きまりを守る雰囲気をしっかりと固めておけば、子どもはなかなか逆らうのは難しいものです。 
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

 

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手に負えない子への関わり方や、回復するにはどうすればよいのでしょうか

「暴れるわが子にどう向き合えばいいのか、わかりません」
「生徒がすぐにキレて、教師の言うことを聞かずに困っています」
 こうした子どもたちを観察してみると、他人との交渉やコミュニケーションの取り方に困難が認められます。
 相手の立場になって物事を考えたり、想像したりすることが苦手です。
 その他にも、日常の動作がうまくこなせない発達障害や学習障害、他人の表情が識別できないなど、抱かえる困難は多岐にわたります。
 また、虐待などのストレスがかかり、精神症状を見せるコミュニケーションやネグレクトのような愛着の問題を抱かえ、感情爆発など自己統御が困難で対人不信の子どもも少なくありません。
 適切な支援を得られずに育った子どもたちの自尊感情は著しく低く、たやすく修正できるものではありません。
 私が運営する土井ホームには、このような心に深い傷を抱かえた子どもたちが来ます。
 土井ホームは、共同生活を通してその傷を癒し、回復を図り、自立をめざしている里親ホームです。開設から40年経ちます。
 家庭で「もう育てられない」と見放されたり、各施設で「養育困難」「更生の見込みなし」と判断され困難な状態でやってきます。
 そうした子どもたちに寄り添い支えていく上で、私たちがまず何より大切にしているのは日々の生活です。
 子どもを観察し、何が困難であるかその特性を理解します。
 次に、3度の食事や安心して眠れる部屋など生活環境を整えます。そして音や匂いなどの刺激を減らす配慮をし、見通しの良いスケジュールを立て、
「困った時は必ず相談してね」
「がんばっていることを知っているよ」
など一貫した応答を重ねるようにします。これらを心がけるだけでも、子どもたちは際立って落ち着き始めます。
 子どもたちは深刻な発達上の課題を抱かえていますから、ゴールまでの道のりは遠く、容易ではありません。
 激しい虐待を受けて育った子どもは「闘争」か「逃走」の反応を見せることが多い。
 闘いをしかけてきた場合は、あらかじめ対峙する時間を決めておき、話し合いが煮詰まったら、いったん距離を置いて、互いに冷静になる時間を設けてみてください。
 子ども自身も混乱していた感情を整理し、怒りをぶつけたいという衝動を抑えるきっかけになります。
 私は、日々の暮らしの中で、トレーニングを行います。
 例えば、子どもに家事の手伝いをさせることによって、
「ありがとう」「助かったよ」「じょうずになったね」
という魔法の言葉を繰り返し話しかける。すると子どもの自尊感情は高まります。
 ことばのコミュニケーションを大切にし「がんばり」をほめます。
 また、食後に何気ない会話の時間を持つようにします。興味のある「へび」の話しかしなかった子どもが違う話をするようになります。
 土井ホームに来る子どもに共通していることは、守られた、つながった、共感してもらったという経験が少ない。
 発達・成長の上で欠かせない経験が圧倒的に乏しいのです。
 必要なことは、言葉によるだきしめ、豊かな愛情のシャワーとジョークを交えた日常会話です。笑いは心をほぐす良薬です。
 こうしたなごやかな時間の積み重ねによって、行動は目に見えて変化し、学業面でも喜ばしい成長を遂げます。
 子どもたちと並行して、親とのつながりを育みます。親自身もさまざまな困難を抱かえています。子ども支援は、親支援でもあるのです。
 子ども実家を定期的に訪ね、親が心に抱かえた重荷をおろせるように手助けし、わが子との向き合い方を伝えていく。
 そうした積み重ねの中で、だんだんと土井ホームから実家に帰っていく子どもが増えていきました。
 本来、子どもは何かを親に訴え「聞いて、聞いて」と親に聞いてもらいたいのです。向き合ってほしいのです。
 子どもに向き合う意味で、私たちの顔はまさに神様の奇跡の造形だと思いませんか。
「目が2つ、耳が2つ、口が1つ」
 子どもの行動を2つの目でしっかり観察し、その声を2つの耳でじっくりと聞き取り、そして耳や目の半分だけ、口で注意するようにつくられているのです。
 その点で、私は「子育て」は「己育て」だと考えています。
(土井高徳:1954年福岡県生まれ、里親。心に傷を抱かえた子どもを養育する「土井ホーム」代表。福岡県青少年育成課講師、京都府家庭支援総合センターアドバイザー、NHKで報道されたり、全国的に注目されている)

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ワークシートを作成し、授業で活用するとき、どのようなことに留意すればよいか

 授業展開のどの部分で、何のために使うのかをしっかりと考えてください。その上で、目的に合わせたワークシートを作成します。
 ワークシートを使用する目的を明確にしましょう。たとえば、
(1)子どもたちの技能面での差が大きく、個別に指導する時間をとりたい。
 全員がする基本問題と、速くできた子どもが挑戦する問題を入れたワークシートがよいでしょう。
 速くできた子どもが挑戦問題を解いている間に、個別指導をすることができます。
(2)学習課題に対して、一人ひとりがじっくり取り組む時間をとり、その上で多様な考え方を出させたい。
 子ども一人ひとりが自分の考えを書くスペースと友だちの考えを書くスペース、さらに、友だちの考えを受けて深まった自分の考えを書くスペースなどを入れるようにするとよいでしょう。
 さらに、学年の発達段階を考え、スペースの取り方や分量についても配慮が必要になります。
 ノート使用との関係からも考えておく必要があります。ノートですむことなら、ワークシートはいりません。
 授業を学習指導案通りに進めたい、時間を短縮したい、板書をしないですむ、といった意味が込められて、授業をスムーズに進めるためにワークシートを使用するのであれば使用しないほうがよいでしょう。
(梅沢 実:帝京大学教授)

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授業で教師が大切にしたい指導方法とは何か

 若い教師の中には一斉型の授業を批判する方がいるように思います。しかし、その指導方法を学ぶことは悪いことではないと思っています。
 私自身、一斉授業の研究発表をして、今まで学んだことのない世界に出会い、広がったことを覚えています。
 一斉授業で大切にしたいことは、
1 子どもたちの聞く力を育て、聞き合う関係をめざそう
「誰かが話している時、それ以外の人は聞く必要がある」ということです。そのため「聞く力を高める」指導がとても重要になります。
 私は、姿勢がよい、目を見て聞いている、など聞くことができている子どもをほめます。 
 さらに、聞くとよいことが起きると感じることができるような読み聞かせの体験をさせたりして「聞く」ことを学級経営の指導の一つとして取り組んでいます。
「聞きたいと思うような関係づくり」をする必要があります。そのため、お互いのよさを伝え合うような関係づくりをしていく必要があります。
 私は「ちょっと隣の人と相談して」というような、おしゃべりを入れるように心がけています。
 また、聞いた後、聞いたことをノートに書き、そのことを発表し合うというような授業の流れをつくることも大切にしています。
2 授業の細かい時間設定をする
 一斉授業でポイントになるのが時間の使い方です。学習活動の流れを明確にするということです。例えば、
(1)課題を確認する(5分)
(2)一人で調べる(10分)
(3)隣の人と確認する(5分)
(4)全員で話し合う(10分)
(5)まとめをする(5分)
(6)復習をする(10分)
というように、子ども状況を見て、学習活動の時間の設定がポイントになります。
 教師の教え方や子どもたちの学びの状況によって、活動の時間は大きく異なります。
 学習活動をテンポよく小刻みに展開していくことで、集中して取り組むことができます。
 すぐに思い通りの学習活動が展開されるとはかぎりません。修正しながら、繰り返しねばり強く行うことが大切です。
 また、書く活動を入れると、授業に集中して取り組むことができます。
 学習の流れがはっきりすると、安心して意欲的に学ぶ子どもも大勢います。学習の流れを掲示しておくこともよい方法です。
3 子どもたちが活動できるようにする
 子どもたちが交流し合って学べるようにしなくてはいけません。楽しさや充実感、所属感をもたせることがとても大切です。例えば、
(1)課題を書く
(2)教科書の問題を1問解く
(3)解き方を話し合わせる
1 ペアで解き方を確認する(5分)
2 班で解き方を話し合う(3分)
3 全員で解き方を話し合う(5分)
(4)解き方について確認し、まとめを書く
(5)問題を解く
 活動を(3)のように細分化して、交流して動いたり、話したりする機会をふやすようにすると子どもたちの取り組みは活性化されます。
 自由に歩いて学び合うといった方法もあります。
 学習者にただ耐えるだけということを強いていると学習に対するマイナスイメージしかもてません。
4 教師は自分の声の使い方を意識する
 教師にとって声は最大の武器である。
 声や表情の使い方を意識するようにと先輩教師に教えてもらったことがありました。
 声の5つの要素「大きさ」「高さ」「速さ」「間」「声色」に気をつけて話します。
 教師であれば「速さ」「間」にこだわることはとても大切です。
 声の高さを意識する教師は少ないでしょう。例えば、
「日常の声」は少し低い声、「本音の声」は一番低い声、「建前の声」はより高い声
と使い分け、効果的に働いているか意識しましょう。
 声は教師にとって一番大切な道具であり、効果的な指導をする時に武器にもなります。声の力を磨いてほしい。
(長瀬拓也:1981年岐阜県生まれ、横浜市立・岐阜県公立小学校教師を経て岐阜県公立中学校教師。2004年に「第40回わたしの教育記録」で新採・新人賞を受賞。「授業づくりネットワーク」理事、教育サークル「未来の扉」代表代行、『教師になるには』編集代表、クラス・マネジメント研究会代表)

 

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学級に反抗的な態度をとる子どもが数名いて学級が崩壊しそうです、どうすればよいか

 学級がうまく機能しない状況に陥ってしまう直接的な要因は、
(1)子どもたちの集団生活や人間関係の未熟さの問題
(2)特別な教育的配慮や支援を必要とする子どもへの対応の問題
(3)学級担任の指導力不足の問題
があります。
 注目すべき点は、教師の指導力不足とされた事例が全体の7割だったことです。
 問題は、反抗的な態度をとる子どもたちの悪影響を止められずにいる状況をどうみるかです。
 反抗的な子どもたちの未熟さを学級に適応させる方針をとったら、それは誤りです。悪化の一途をたどることになります。
 担任が指導方法に不満を持つ子どもがいる事実に正対し、その克服、つまり「指導力の向上」を自らに課して頑張ることです。
 担任が力をつけ打開しようとすることが大切です。この方向で教職員が支援し支えることです。取り組みとしては、
1 応急的には、
(1)子どもたちの不満の正体(内容)に向き合います。アンケートや作文がよいでしょう。
 学級生活に不満な子どもやトラブルに遭っている子どもが発見できます。
 この事実に向き合うことが第一歩になります。現状打開への歩み出しをつくることです。
(2)担任を1人にせず、応援チームをつくることです。
 学年主任、教頭、生徒指導主事、養護教諭などで知恵を出し合い助けることです。
(3)とくに工夫したいのが「ルールづくり・秩序づくり」と「楽しい生活づくり」です。
「ルールづくり」と「夢中になって全員で何か楽しみ、達成感、連帯感をつくる」の両方を同時進行で試みることです。
(4)学年チームと応援チームの協力の下で授業改善の態勢をつくります。
 楽しい授業・分かる授業、操作活動や体験学習のある授業などの工夫を積んでいきます。
 担任には得がたい研修になります。
(5)休み時間に子どもたちと一緒に大いに遊んで汗をかくように仕向けます。
 効果は大きいはずです。
(6)建設的な言動を取り上げ、学級集団の前で大いにほめることです。
 これも効きます。
2 根本的には
 反抗的な子どもたちは、担任に学級づくりの改善を求めていると捉えます。
 これを担任だけの課題とせず、学校全体の課題ととらえ、教職員の研修を充実させていきたいものです。
 つぎの点について、教職員の理解を深めることをねらい、学級づくりを語り合う場をつくります。
(1)学級のなかに「子どもの世界」をつくり、広げてあげる。
 自分たちの思いや願いを出し合い、これはというものを特別活動で自分たちの手で具現する。
 反抗的な子どもたち以上に影響力を行使できるリーダーを学級活動などで育てたい。
(2) 母性原理と父性原理をふまえた子どもとのかかわり方を自覚する
 母性原理(あなたがこの学級にいるだけでうれしい)を土台に父性原理(だめなことはだめ。大切なことはこれ)という順番を踏まえた子どもとの関わりかたをする。
(3)反抗的な子どもは自尊感情が低く自信がない子どもです。
 学校行事等で感動したり、自分や友だちを再発見したりするなど、生き方につながる体験を与えたいものです。
 教師自らが、話を聞かせる技術、子どもに伝える技術、わかりやすい授業づくりの技術、一時間の授業を通して向上したことを確認させる技術など、自らの指導技術の向上をはかり、管理職が支援することも重要です。 
(橋本定男:元上越教育大学教授)

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教師が子どもに友だち感覚で接すると、子どもに「ていねい語」などが身につかない、子どもにどう接すればよいか

 教師が子どもたちと友だちのような感覚で接すると、子どもたちとの距離が縮まり、子どもを把握しやすいという利点があります。
 また、子どもたちにとっても、教師を身近に感じ、相談しやすくなるというよさがあります。
 しかし、いつも友だちのように接したのでは、敬語をはじめとした言葉づかいや、礼儀正しい社会的習慣を身につけさせることはできません。
 やがて社会に出て行く子どもたちにきちんとした礼儀作法を教えることも、教師としての大切な役割なのです。
 そこで、教師が自ら進んで言葉づかいや礼儀作法を「時間」「場所」「場合」を踏まえて、「友だち感覚」と「礼儀作法」のスイッチの切り替えを次のように行い、子どもの手本となることが大切です。
(1)「時間」スイッチの切り替え
 休み時間には、子どもと「友だち感覚」で話をすることがあります。
 しかし、授業が始まったとたんに、スイッチを切り替え、きちんとした「ていねい語」で話をします。
 このように、教師自ら休み時間と授業時間を区別するという手本を示すことにより、一人ひとりの子どもに時間のスイッチを切り替える習慣をつけさせることが大切です。
 休み時間と授業時間の区別ができていないのであれば「今何の時間?」と問いかけます。
 同じことを繰り返すときには「ん? 今は?」だけで気がつくようになります。
 また、ていねいな言い方がわからないときは
「そうですか。わすれてしまいましたか」
と、教師がまずていねいな言葉で話し、見本を示します。
 子どものほうから、どのように話せばいいかを聞いてきたら、このときが絶好の指導のタイミングとなります。
(2)「場所」スイッチの切り替え
 休み時間であっても、職員室に来た子どもが「○○先生いるぅ?」ではいけません。
 教師と子どもにとって教室は「家庭」と同じですが、一歩教室を出れば「社会」と同じです。職員室は公共の場なのです。
 場所を考えた行動ができるように、どの場所ではどのような言葉づかいや礼儀作法が必要か教えることが必要なのです。
(3)「場合」スイチの切り替え
 担任に報告するときにも「友だち感覚」から「ていねい語」に切り替えさせます。
 担任に忘れ物をして報告するときに「○○忘れちゃった」ではなく「○○を持ってくるのを忘れてしまいました」ときちんと「ていねい語」で報告させます。
 その際、子どもに何ができていないのかをしっかり見極めて指導します。
 「ていねい語」がわからないときは「そうですか。忘れましたか」と、教師がまずていねいな言葉で話し、見本を示します。
 どのように話せばいいかを聞いてきたら、このときが指導の絶好のタイミングです。必要と感じ、すすんで学んだことは、その子どもの確かな力となります。
(有村久春:1948年生まれ 元東京都公立学校教員・小学校長 岐阜大学教授 専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論)

 

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教育実践は迷いが多い、ほめる指導がいいのか、厳しく叱る指導がいいのか

 教育実践は迷いが多い世界です。特に生徒指導は迷いが多い。
 その代表的な迷いの1つが「ほめるべきか、叱るべきか」です。
「ほめる」ことが子どもたちの意欲を高め、自信につながると考える教師は、当然「叱る」ことを減らそうとし「厳しく叱る」ことを避けたりします。
 しかし「ほめる」だけで教育ができるといいのですが、現実は「叱り」たくなるような場面がたくさんあります。
 逆に、今の教師は「厳しく叱る」ことができないから、子どもたちを甘やかし規律が育たないのだと考える教師は、小さな乱れも見逃さずに「叱る」指導をします。
 しかし、この「小さな乱れ」が本当に乱れなのかの判断が難しい。
 また、乱れを直させることが目的となり、その乱れの「わけ」を探ることが二次的なことになります。
 そうなると、管理的な教育が先行してしまい「ほめる」指導の立場に立つ教師から批判を受けることになります。
 いったい、どう考えればいいのでしょうか。
 ある研究機関の調査研究発表(2017年)によると、親や教師、近所の人に「ほめられた経験」が多い人ほど、自己肯定感が高く、同時に「厳しく叱られた経験」も多ければ、より自己肯定感が高いという傾向が見られたそうです。
 また、最も自己肯定感が低い人は、「ほめられた経験」も「厳しく叱られた経験」も少なかった子どもたちだそうです。
 この調査結果から少なくとも言えることは「ほめる」ほうが教育効果があり、そのうえで「叱る」行為はさらに効果があるということです。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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保護者の怒りを誘発する教師や学校の対応とは

 学校の危機管理の一つに保護者対応があります。学校側の対応が悪いと保護者は学校不信になります。
 先日、ある小学校の教頭から私に連絡がありました。
 用件は、小学校4年のBくんが不登校になってしまった。その原因は母親の話によると、養護教諭の何気ない一言や学校側の対応のまずさにあったということです。
 学校と保護者の関係が最悪の状態になっているため、一度その保護者の話を聞いてもらえないだろうか、ということでした。
 直接、教頭とお会いして詳細を聞きました。
 健康診断をしている時、忙しくしている養護教諭がBくんに向って脅すような口調で、
「うるさくしているんじゃねえよ」
と言い放ったそうです。
 それを聞いたBくんは、これがきっかけで養護教諭と顔を合わせるのも怖くなり、学校に登校しなくなったそうです。
 心配になった保護者は学校に乗り込んできて、説明を求めましたが、その時の学校側の対応が不誠実で、かえって火に油を注ぐ結果になってしまい、それ以来、家庭と接触できない状態だそうです。
 数日後、Bくんの母親と私は面談することになりました。
「学校側の対応で、どんな点が不本意だったのですか?」
と聞いてみると、
「自分たちの都合(言い訳)ばかり言っていて、お子さんの方に問題があるのでは、というように聞こえて仕方がなかった」
と興奮しながら話してくれました。
 教頭は、保護者に誠意をもって対応したにもかかわらず、納得しなかったと話した。 しかし、私は保護者が納得していないので、教頭の話の聞き方に疑問に感じた。
 私のような心理教育職の人間は、相手の話を聴くさいには、
 相手の話が理不尽なものであったり、わがままな内容であったりしても、うなずいたり、あいづちを打ったりしながら、ひたすら最後まで話を聴きます。
 この時、忍耐力が大事ですが、これがなかなか難しい。相手によっては一度で話し足りない人がいますので、二度三度と繰り返し話を聴く機会を設けます。
 そうしているうちに、
「私の話をこれだけ聞いてくれたのだから、相手の話も聞こうかな」
というように変わってきます。
 その時に初めてこちら側の思いをストレートに伝えるのです。
 教師が話を聴く場合に問題なのは、相手の話を聴いている途中で
「しかし、お母さんね」
「おっしゃることはわかりますけど」
というように相手の話をさえぎって、自分たちの思いを先に伝えようとするから、うまくいかないのです。
 相手としては、自分の話を最後まで聞いてもらったという感じがしないので、納得できないままで、誠意が伝わらないことが多いのです。
 保護者との関係は「うまくいかないところからがスタート」です。
 ふだん、何気なく使っている言葉でも、受け取る側によっては、思いもよらない誤解を招くことがあります。
 カウンセラーの口数が多くないのは、自分がこれから相手に語りかける言葉が、相手にとってどのような受け取られ方をするか熟慮したうえで言葉を選びます。
 外から見ていると口数が少なく、慎重に話しているように見えるかもしれません。
(土井一博:公立中学校教師を経て退職後、筑波大学大学院で健康教育学を学び、茨城県等でスクールカウンセラー歴任し、埼玉県川口市学校教職員メンタルヘルスチーフカウンセラー。日本教職員メンタルヘルスカウンセラー協会理事長。専門は教職員のメンタルヘルス、学校健康心理学、教師教育)

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「いくら注意してもきかないです」と言う教師がいる、どうすれば言うことをきくようになるか

「あの子はいつもあーなんです」
「いくら注意したって、ちっとも言うことをきかないんです」
「私の力ではどうしようもありません」
「誰か私のかわりに叱ってください」
 と、このような訴えをする教師がいると、友人が話してくれた。
 この話を聞いて、
「このごろの子どもは先生の言うことをちっともきかない。だから先生は大変」
 と、なぐさめ合う教師もいるそうだ。
「子どもが言うことを聞かないのは、親が家でしつけていないからだ。親に連絡をして、協力してもらった方がいい」
 と言う教師もいるそうである。
「教師は誰だって苦労しているのに、他の人に叱ってもらおうなんて、何を考えているのか」
 と、憤慨する教師もいるそうである。
 三人三様のとらえ方をするのだが、教師としてどうかなと思うのは「あの子はいつもあーなんです」という言い方である。
 この言葉の響きには、あの子はもうあきらめた、という気持ちが表れているように思う。「教師が子どもをあきらめてどうする」である。
 人間というのは日々変化するものである。ましてや子どもの成長は日々、目を見張るものがある。
 だから、教師は子どもの可能性を信じて、絶えず工夫する。工夫のしがいがあるのである。
 それを、いくら注意してもきかないからといって放っておいたのでは、教師のプロ意識が許さない。何のための教師かである。
 時には強く叱り、時には褒め、時には肩に手をかけて話し、そうして子どもを自分の掌の上を転がすようにしていく。それが教師である。
「誰か私の代わりに叱ってください」というふうになると、クラスはかなりガタガタである。
 たとえ、他の教師がそのクラスへ行って指導し、子どもがその教師の言うことを聞いて静かにし、授業が成立したとしても、それは他の教師の力量があることを証明するだけである。
 逆に言えば、担任の力量のなさを証明してしまうだけで、担任が戻ればクラスは相変わらず崩れる。
 ずーっと他の教師がいるわけにはいかないことを考えれば、このようなやり方は、一時的な効果しかない。
 肝心なのは、そうして、他の教師にかかわってもらいながら、心のゆとりを取り戻し、他の教師のやり方から学ぶことなのである。
 授業を見せ合うということが、どんなに教師に力をつけることになるか、はかり知れない。
 教師は授業で勝負をする。授業を見れば、その教師がどれだけの力を持っているか、怖いほどよくわかる。
 教師は仲間の教師に授業を見せることによって力をつけていくものである。授業をやる教師はもちろん、参観する教師も、言葉に表せないほど多くの力を身につける。
 人に見てもらい批評を受けることは、人を成長させる大きな原動力になる。だから、教師全員がかわりばんこに授業をすることが大切である。
 全員が一年間に一回は授業を見せている学校があるこういう学校の教師のやる気はすさまじい。 全員が授業をして力をつけよう、子どものために頑張ろうとしている。
 自分も授業を見てもらおうと思うから、他の人の授業も真剣に見る。何かを得ようと力か入る。
 同じ授業を見ても、その解釈は教師によって違う。授業後の協議会でそれらが話し合われ、一人ひとりが力量を高められる。
その視点は、
・子どもに意欲はあったか
・子どもに能力がついたか
・その子の良さ(個性)は出ていたか
・学び方を学べたか
・自分で評価できたか
等である。
よい授業とは
・授業のねらいが明確で子どもにもわかる
・多様な学習方法が工夫され、子どもが意欲をもってとり組める
・身近なことを題材にして子どもに臨場感がある
等である。
このような授業にむけて教師は努力している。
(飛田貞子:元東京都公立小学校校長)

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子どもたちを生活指導することや学級集団づくりが難しくなってきている

 文部科学省による教育政策として提起されてきた「毅然とした指導」が学校現場に広がりつつある。
「毅然とした指導」とは「ゼロトレランス」(無寛容)という言葉に象徴されるように、基本的に子どもの行動の背後にある事情について聞く耳をもたない指導である。
 例えば、ある子どもが家庭で大変なことがあって、学校で暴れたり、ふざけて荒れていようが、理由を問わず同じような問題行動には同じように対処するということだ。
「毅然とした指導」の広がりの背景には、最近の成果主義やPDCAサイクル(plan,do,check,action)の流行によって、すぐに成果が出なければならないという強迫観念が教師の間に広がっている。
 荒れている子どもの事情を聞きながら、その子の中にある前進しようという面を励ましていくには根気づよい指導が必要になる。
 しかし、短期の成果が求められると表面的に「きちんとしていること」を求めてしまいがちだ。
 子どもの成長を長い目で見て指導するには、指導の見通しや、一人ひとりの子どもの事情をつかむ努力も必要だ。
 ところが「毅然とした指導」はこのような努力をそれほど必要としない。
 ゆえに「毅然とした指導」は、長期的な実践の見とおしがもてない教師や多忙化した教師に受け入れやすいという事情もある。
 しかし「毅然とした指導」は、教師の管理のもとに表面的に従わせているだけである。
 子どもたちが必ずしも納得しているわけではないし、自分たちが判断して自立的に行動できるように育てるわけでもない。
 だから「毅然とした指導」を基本とする限り、教師は子どもたちを管理し続けなければならなくなる。
 子どもたちを指導することは、指導される子どもたちが最終的に自己指導できるようにすることであるならば「毅然とした指導」は、指導と呼ぶには値しないだろう。
 近年、「学級集団づくり」は従来の「学級集団づくり」の手法では実践がうまくいかない事例が多くなってきた。
 人々の集団観が大きく転換した。「学級集団づくり」は集団には一致した目的と要求があるという集団観に立っていた。
 第一次・第二次産業の人口が多数であった時代には、子どもたちの家庭生活も日常経験も将来像も共通したものが多かったので学級で統一した目標や活動に取り組んだも違和感を持たなかっただろう。
 しかし、世の中の労働形態が多様化するなかで、子どもたちの家庭も将来像も多様化した。ある問題では一致できるが、別の問題では一致できないという事態も広がってきた。
 必ずしも共通の利害関心を持つ者ではない学級のなかで、1つの目標を設定し1つの活動に取り組むことは難しく「学級集団づくり」は困難となってきた。
 こうした状況で実践が行き詰まる中で、当面の到達点として「学級集団づくり」から「子ども集団づくり」への転換が図られつつある。
 これまでは、学級を単位に実践してきたが、学級の内外の同じ要求をもつ者同士が、要求を実現する活動を行いながら、その過程で民主的な組織や運営のあり方を生み出していくという転換である。
 もちろん、学級単位の活動を排除するわけではない。
 それらと並行して、学級内クラブなど小集団の活動、学級や学校を超えた有志活動やボランティア・グループなどを組織する。
 そして、子どもたちが生活に働きかけることを通して生活を変革する多様な活動を組織していくという構想である。
 子どもたちが出ていく大人の社会は多層性をもっており、個人の要求にもとづく活動と、グループの要求にもとづく活動と、地域の自治会などの活動との間には、しばしばあつれきがあり調整が必要なことがある。
 そうだとすれば、子どもたちは、多層的な社会のなかで民主的に問題を解決していく能力を形成することが求められるだろう。
「子ども集団づくり」は、このような多様な要求(幸福追求権)を基にして多層的な関係のなかで民主的な統治能力の形成をめざすのである。
(藤井啓之:愛知教育大学教授)

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教師は力量を高めるために、どう考え、具体的にどうすればよいか

 教師であれば誰でも「よい授業をしたい」と願う。
 今の教科書は必要最小限のことしか書かれていない。教科書と教師用指導書があればそれなりの授業はできるだろうが、きわめて底の浅い学習にとどまる危険がある。
 したがって、教師は「生きた教科書」として、文化・科学・社会への理解を深めておく必要がある。
 すぐれた教師は本をたくさん読むといわれてきた。それは教育書だけでなく、さまざまな分野にも関心が向いている。
 これが教師自身の教養となって、人間としての幅広い知識、豊かなものの見方・考え方を形成していく。
 斎藤喜博は「授業者としての力」の前に、教養や経験の蓄積によって生じる「人間的な力」の必要性を説いている。何よりも教師自身が知的かつ魅力的な人間でなければならないのである。
 例えば、国語の授業で教師の読みが深くなければ、「わかりきったことをきく」という表面的なレベルで終わってしまう。
「子どもをゆり動かす」ような授業をするためには、常識的・一般的な教材解釈にとどまっていたのでは無理である。
 そのためには、日頃からすぐれた小説や詩にふれて、読む力を養っておくことが必要になる。
 毎日、子どもたちと接して教育活動を行っている以上、教師はコミニケーションの熟達者でなくてはならない。
 授業で教師の「発問・指示・説明・板書」などは明確でわかりやすいものでなくてはならない。
 また、子どもたちの発言を聞き取り、意見をつなげたり、まとめたりすることが適切にできなければならない。
 大村はまは、話し方の修業のために、話し言葉の本を多く読んだり、自分の授業の録音を聞いたり、社説の朗読を続けたり、よい講演を聞いて耳を養ったりしたという。
 佐藤学は、教師たちが日頃から授業を公開し、学び合う同僚性の関係をつくることが重要だと述べている。研究授業も1年間に1人最低5回は行うべきだという。
 確かに、自己流で授業をしていたら進歩や変革はない。他者からのコメントを受けることで、気づかなかったことがわかってくる。
 他の教師の授業を見ることでさまざまな知見が得られる。
 向山洋一は、プロ教師になる条件として、研究授業100回をあげている。「指導案を書く」「検討会をする」「文章で分析する」ことが前提になっている。
 稲垣忠彦が提唱する「授業のカンファレンス」は、授業者以外の多くの人の目を通して授業を多面的に検討する方法である。授業の録画を見て意見を述べ合う点が特徴である。
「授業づくりネットワーク」が開発した「ストップモーション方式」は、授業の録画を自由にストップをかけて、教師の意図や授業行為の意味・代案などについて話し合う。
 村川雅弘らが提唱する「ワークショップ型の授業研究」は、参加者一人ひとりが付箋紙にコメント(成果と課題)を書いて、それを整理・構造化するなかで授業を検討する。
 こうした授業研究によって、授業を改善するための情報を得ること、さらに実践力量を形成することが重要である。
 そのためには「本当に自分の授業の腕をみがきたい」「少しでも授業者として成長したい」という強烈な願いを持っていることが必要である。
 校内で授業を見せ合うだけでなく、外部の研究会に出かけて自分を高めるということも必要になる。
 例えば、教育技術の法則化運動で、すぐれた発問・指示を追試する。
 国語科では「教科研や文芸研方式」「読み研方式」「一読総合法」、理科では仮設授業研究会の「授業書」が知られていて、授業書に従って授業を進めていけばどの教師でも一定の成果が得られるという。
 算数科では「水道方式」が知られている。タイルを用いて数を「量の概念」としてとらえる。計算指導では「一般から特殊へ」という原則に基づいて指導する。
 自主的に民間の教育研究会に参加することは、身銭を切ることで「少しでも授業の腕をみがきたい」という意気込みに変わる。
 その場合、1つの研究会だけでなく、できればさまざまな研究会に参加し、そこから自分なりの授業スタイルを形成していくことが重要である。
 つまり、1つの授業スタイルに固定化することを避けるのである。
 授業に、絶対的な方法はありえない。いつでもどこでも同じようなパターンで授業をすることは有害である。
 さまざまなものから、幅広く学んで、よいところを摂取していくという姿勢がよい。長所だけを取り入れて自分なりの授業スタイルをつくっていくのである。
 これまで、民間の各教育研究会は、それぞれの理論・方法を絶対視する傾向があった。これが実践の閉塞化を生んでいた。異質なものから学び合うことが求められる。
 研究会の参加だけでなく、教育書、教育雑誌や、さまざまな専門情報誌を読み、理論的・実践的な研究成果から幅広く学ぶことによって、自分の合った授業スタイルをつくっていくことが望ましいのである。
 教師修業の道に終わりはない。「これで十分だ」と自分の授業に満足してしまうと、思わぬ停滞を生むことになる。
 絶えず高いところに目標を設定して、自ら学び続けることが最も重要である。
 自分の身のまわりに「話し方」の上手な教師がいたら、その技を盗んで自分のものにするというようにして、さまざまなものから学んで最終的に自分なりのスタイルをつくっていくようにしたい。
 しかし、授業の達人の表面的な部分をまねることを追いかけていくだけでは効果は一時的なものにとどまり、根本的な力量が形成されることは難しいだろう。
 授業の達人に潜んでいる願いや思想を理解しなければならない。理解することによって、その教師の行為の意味、今ここで行われている授業の意味が明らかになってくる。
 授業は不確実性がある。教室の状況を「目利きする力」、斎藤喜博がいう「見る力」が求められる。
 教師の力量を高めるためには、教室での出来事の意味をその場で「洞察」「省察」「反省」しながら対話的・協同的な学びを追求していく姿勢(反省的実践)が基本とならなければならない。
 授業の理論・技術はそのなかで授業の目標(ねらい)を効率的に達成するための補助手段と考えるべきである。
 向山洋一も「技術で解決できるのは、7,8%だ」と述べていた。それ以外の部分は教室の個々の状況のなかで反省的思考に委ねられているのである。
(鶴田清司:1955年生まれ、都留文科大学教授、全国大学国語教育学会理事長)

 

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保護者が成績に不満を言い、見直しを要求しています、どう対応すればよいのでしょうか

 保護者との対応に当たっては、成績に関する苦情が保護者の理不尽なクレームであるという先入観をもたないこと。
 担任一人だけでなく、該当教科、学年主任など複数の教師が時間をかけて内容を十分に聞き取るようにします。
 訴えや要求の内容によっては、管理職も同席し、直接保護者に対応することも伝えます。
 保護者によっては、苦情を学校に聞いてもらい、説明を受けることで納得する場合もありますが、説明に満足せず要求を続ける場合もあります。
 要望に対する最終判断は、校長が行うので、軽々に要望に応じて成績の変更を約束したり、また、かたくなに要望を拒否することなく、冷静に生徒のことを考えた対応をするようにします。
 成績に関する保護者からの苦情や要求は、学校の信頼に関わる重要な問題です。
 管理職が聞き取りや説明に積極的に関わり、保護者・生徒・教師の立場に立った適切な判断や対応を図ることが必要です。
 保護者が成績に不満を言い見直しを要求してくる背景には、学校の成績のつけ方問題があると考えているからです。
 例えば、日頃の学習態度やテストの結果が適正に評価されていないのではないかという疑念や、他の生徒との比較から不公平な扱いを受けたと感じていることなどがあります。
 このような不信感の根底には、教師の日頃の授業や生徒に対する接し方などへの不満があることも多くあります。
 また、一方では保護者が成績の基準や評価のつけ方についての理解が不十分であったり、子どもの学習状況について正しく理解していなかったりすることもあります。
 通知表をわたす時に、生徒に評価の意味や今後の取り組み方などを丁寧に説明していないことも不信・不満感の要因となっている場合もあります。
 学習評価の公平・公正の尊守、保護者・生徒に対する説明責任を果たす必要があります。また、成績関係書類の管理や分かりやすい説明資料の作成をしておきます。
 成績の信用は、授業における教師の指導力や生徒への教育的配慮などが基本にあります。また、成績は生徒の今後の向上に向けた反省や改善の材料でもあります。
 教師が成績について生徒に懇切丁寧な指導を行い、保護者に理解を求める姿勢が、教師や成績に対する信頼を確かにします。
(和田 孝:東京都公立中学校教諭、指導主事、公立中学校長を経て、帝京大学教授、教育学部長)

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反抗期の私の心を救ってもらったK先生は日本一の先生だ

 私が14歳の頃、思春期で心が荒れていた時期があった。親や先生に反抗して閉口させていた。
 そんな時に出会った英語のK先生に、揺れ動く心を救っていただいた。
 自作の面白い英語漫画や紙芝居を作ってこられる。それまでの英文法中心の堅苦しい授業にうんざりしていた私にとって新鮮な感じがした。
 私の母が塾の英語の先生で反発していて、英語の成績はさんさんたるものだった。
 ところがK先生に変わってから、魅力ある面白い授業にひきつけられて、英語が大好きになり、成績も上がっていった。
 授業が夢のように楽しい。英語のジョークもたくさんあって、教室は爆笑の渦だった。
 だけど、先生は面白いだけの先生ではなかった。生徒のことをいつも真剣に考えて、思いやり深い方だった。
 中学2年の2学期の初めに、クラスのAくんが不登校になった。担任のA先生は辛抱強く家庭訪問をし、登校するよう説得されていた。
 そんな時、A先生オリジナルの英語の詩を勉強した。その詩は非常に印象深く、20年以上たった今も大切に持っている。その詩は、
Don’t say “Good-bye”
“さよなら”は言わないで
Don’t say “Good-bye”
“さよなら”は言わないで
The word “Good-bye”is too sad.
“さよなら”という言葉は、あまりにも悲しい。
Let’s say“See you again”
“また、会おうね“と言おう。
When you have trouble and difficulties,take a rest.
きみに悩みや困難があるなら、ゆっくり休みなさい。
Please remember that you are loved by your parents, your friens, and your teachers.
きみは、きみの両親や、きみの友だち、きみの先生に愛されていることを思い出しなさい。
If you are too tired, take a rest.
もしもきみがあまりにも疲れたなら、ゆっくり休みなさい。
But never give up.
ても、決してやめてはいけない。
I can console you.
私は、きみを慰めることができる。
I can encourage you.
私は、きみを勇気づけることができる。
Even if you are far away,
たとえきみが遠くにいても、
I never forget you.
私は、決してきみの事を忘れない。
because we see the same sky every day.
なぜなら、私たちは毎日、同じ空を見ているから。
We’ll wait for you until you come back.
きみが帰ってくるまで、私たちはずっときみのことを待っているよ。
 何人かの女子生徒が泣きだした。
 ともすれば、自分のことしか考えられなくて、Aくんのことなんか、忘れがちになっていた私の心にも先生の思いがひしひしと伝わってきた。
 それから、クラス全員がAくんに英語でメッセージを書くことになった。つたない英語であったが、私も心を込めて書いた。
 その後もK先生は、毎日のようにAくんの家を訪問された。私たちもAくんが戻ってくれるように祈り続けた。
 そのかいがあってか、心を閉ざしていたAくんも、徐々にK先生には心を打ちあけるようになった。
 3学期の始業式の日、私たちはクラス全員でAくんを迎えにいった。皆の呼びかけに応じて心の扉を開いてくれて、3ケ月ぶりに学校に戻ってくることができたのである。
 今、私自身は塾の英語講師となり、生徒たちに英語を教えている。
 私もただ機械的に英文法を教えるのではなく、あの時のK先生のように、心の教育を身をもって実践していきたいと思う。
 もうK先生はこの世にいない、きっと天国から、私たち教え子に無限の愛を注いでくださっていることだろう。
(橋田明呼(大阪府 塾講師)

 

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理不尽なことを言ってくる保護者に正論では通用しない、どうすればよいか

 保護者に最初から正論で説得しようとすると、かえってうまくいきません。
「急がば回れ」の精神で、まずは関係づくりからじっくりと取り組んでいきましょう。
 最近、クレームなどで教師を振り回す親が増えています。教師も人間ですから、親から非難ばかりされていると嫌気がさしてしまいます。そのツケは結局、子どもに回ってしまうものです。
 教師は真面目な人が多い。理不尽なクレームを言ってくる親に「正論」での説得は通用しません。通用するような相手なら、最初から理不尽なことなど言ってきません。
 教師が親を説得すればするほど「どうしてわかってくれないんだ」と頭に血が上がってきます。
 こんな時は「説得しよう」という欲は捨て、まず、親との「関係づくり」に徹することです。
 そのためのポイントは
(1)親の話をよく「聞く」こと
 とにかく相手の話をよく「聞く」こと。教師は話すのが商売なので、やたらとしゃべり過ぎる。
 人間は話すほうが、聞くよりも気持ちのいいものなのです。
(2)相手を尊重する
 親を尊重する気持ちをかたちで伝える。一人ではなく、管理職と一緒に会う。名刺を渡す。お茶をお出しするなど。
(3)子どもをほめる
 問題行動をする子どもはいつも批判ばかりされてきています。
 その子どもの長所を見つけてほめると「わが子のことを、ほめてくださった先生は初めてです」というわけで、関係がよくなります。
(4)親にお願いをする
 まず、親と「関係づくり」に徹したうえで、最後に具体的なお願いをしましょう。
(諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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保護者を味方につける方法とは何か

 保護者を味方につけるには、子どもに力をつけること、そして子どもが力をつけていく過程を子どもの事実で保護者に知らせることである。
 保護者を味方につける方法は次の3点だ。
1 子どもに信頼される
2 子どもに力をつける
3 自分の教育実践に保護者を巻き込んでしまう
 子どもが担任を信頼し、子どもに力がついていることが分かれば、保護者は教師を信頼しないわけがない。
 教師の仕事は子どもに力をつけること。保護者は子どもに力がつくことで教師に対する見方を変えるようになる。
 子どもが力をつけていく過程を、子どもの事実で知らせていくこと。これが保護者を味方につける方法だし、保護者と教師の確固たる結束を作ることになる。
 学級通信を発行し、その内容のほとんどを授業報告と子どもの事実を書いた。保護者が読めば読むほど、いつのまにか、そのやり方に賛同するようになったという。
 さらに1週間にわたって授業を公開し、保護者にみてもらった。
 保護者の授業参観では、授業中に後ろに並んでいる保護者を指名した。参観している人にも緊張感や当事者性を持たせようというねらいがあった。
 すると、そのうち授業参観中に指名されるということがどの保護者にも分かってくる。できれば指名されたくないと思う保護者もいる。
 授業中、子どもたちが討論していて、そろそろ指名されるころかなと思い、教室を出ようとする保護者に向って「逃げられませんよ」と呼びかけ、
「今の討論について、どう思いますか」と問いかけ、話をさせてから「どうぞ」と教室を出て行ってもらった。
 保護者とケンカをしてから仲良しになるというのが通例であった。とことん言い合って理解するというやり方をしていた。
 だから、理解し合うまでは非難もあれば中傷もあった。
 なかには、とんでもない保護者がいるのは事実で、どうしようもない場合もある。その場合は、担任一人で悩まないで、周りの教師や管理職に相談すべきである。
(大森 修:元新潟市立小学校校長)

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今、教師が言ったことを聞いていない子どもがいる、どう指導すれば聞くようになるのか

 今、教師が言ったことなのに、話を聞いていない子どもがいる。どうすればよいのでしょうか。
 例えば、教師が「遠足の時には、紅白の帽子をかぶっていきますよ」という話をした直後のことです。
 A子が「質問があります」と手を挙げ「先生、紅白帽子はかぶっていきますか?」と真顔で質問しました。
 この質問が教師の逆鱗に触れました。
「Aさん。今言ったばかりです! 聞いてなかったんですね」
 こういったことが日常茶飯事にある子どもを、
(1)愛すべきキャラ
 聞いたばかりのことを真顔で質問するなんて、これはもう愛すべきキャラで、チャームポイントと考えよう。
(2)自分の世界がある
 話を聞いていない時には、自分の空想の世界に入っていることがある。想像力をもっているとも言える。
(3)聞き流すのが得意
 ちょっと嫌なことを言われても、気づかないので傷つかずに済む。
と、ネガティブな行動をこう考えてポジティブにとらえ、次のような対応をとるとよい。
1 笑顔で対応 
 話を聞いていないと、叱り続けていては、教師とAさんとの関係が悪くなります。そして、それを見ている周りの友だちとAさんとの関係も悪くなってしまいます。
 だから、基本は「言ったよ」と笑顔で応えます。ずっこけるリアクションをしてもいいでしょう。
 すると、まわりの子どもたちも「しょうがないなあ」と思ってくれます。愛すべきキャラにします。
2 聞いている時を見逃さない
 話を聞いていないことが多いA子さんでも、どんな時でも100%聞いていないということではありません。
 聞いているとき「A子さん、今、先生が言ったことを言ってみて」と笑顔で言います。
 これを繰り返し、本人にも周りの子どもたちにも、A子さんが話を聞けるようになってきたということをアピールします。暗示のような効果があります。
3 聞かざるを得ない状況を作る
 教師が、
「今、先生が言ったことをペアで確認します」
「列の右側の人が、左側の人に先生が言ったことを言いましょう」
「左側の人は、合っているかどうか聞いてあげましょう」
 このような指示を授業のところどころに入れて、聞かざるを得ない状況をつくります。
(飯村友和:1977年千葉県生まれ、千葉県公立小学校教師。子どもたちが安心して学び、自らを高めようとする学級づくりを研究。全国各地で、模擬授業や学級づくりの講座を披露している。教師と子どもとの距離を縮める多数のネタやそれを支える考え方、子どもと教材との楽しい出会わせ方には定評がある)

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«教えること、学ぶこととは、どのようなことなのか