子どもたち誰もが行きたくなる学校を創るには、どうすればよいか

 栗原慎二先生は、広島大学の教員の中で、学生による授業評価No.1に選出され、学長賞を受賞、講演回数も多い人気教授です。
 埼玉県内の公立高校で荒れた学校や不登校生徒の多い学校での教師経験をもつ学校再生のスペシャリストで、広島市全体の不登校生徒数を1年間で激減させた実力派です。
 モグラ叩き的生徒指導はもう本当にやめ、予防的に、かつ組織的に動いていきましょう。
 高校教師としての経験が長い(18年間)栗原先生は、教師の気持ちをよく理解してくれます。
 伊勢市教育研究所の夏季研修の講演(2013年)で次のように語っています。
 栗原先生は「学級の状態と学力は大きな関わりがあり、生徒指導をきちんとすれば半年で学級は変わり、学力も向上する」と。
 具体的にどう行動すればよいか。栗原先生は、教師の視点を変え、現状を捉えた上で今の子どもをどう理解するかが大切だと。
 昔の子どもたちは、屋外で異学年の子どもも交えて、多人数で身体を使って遊んでいたのに対し、今の子どもたちは、屋内で同学年どうしが少人数で遊んでいる。
 これでは、対人関係スキルが身につかない。
 さらに、子ども集団の崩壊と遊びの変質に加えて、家庭機能の低下、いじめや学級崩壊、社会からの要求の高度化等により、良質の人間関係をつくる体験が不足していると指摘。
 他者や社会への否定的感情、自尊感情・自己有用感の低さ、スキルの不足が、過剰な気づかい、人格的もろさ、ボーダー感覚の喪失、非共感性、攻撃的行動につながり、それらが「不登校」「ひきこもり」「NEET」「青少年犯罪」等の現象となって表れていると栗原先生はいいます。
 それではコミュニケーション能力を高めるには、どうすればよいのか。
 栗原先生は、勉強ができるようになるには勉強をする、サッカーができるようになるにはサッカーをするのと同じように、コミュニケーション能力を高めるにはコミュニケーションを多く体験することが重要だと。
 とにかく大事なのは、質より量。やっていくうちにうまくなる。
 マイナスの体験についても、ある方がよい。マイナス体験が、それを上回る肯定的な人間関係の構築に繋がる。
 クラスで誰にでも「おはよう」と言える子どもは、一体何人いるでしょうか。
 中学生を対象に調査した結果では、向社会性のスキルの高い子どもは、勉強もできるし、友人もできるし、いじめられないし、楽しいと感じているという結果が出た。
 今の最大の問題点は、子どもたちが集団から集合に変わっていることだと栗原先生は強調する。
「集合」の中には絆がなく、支え合いがありません。このことが、教育が難しくなった最大の原因である。
 これまで「スクールカウンセラー」「特別支援」「スクールソーシャルワーカー」など、様々な取り組みにより現状を支えてきてはいるものの、なかなかうまくいかない。
 生徒指導の本質は「集合を集団に変えることで解決する」と栗原先生は指摘する。
 集合を集団に変えるためには、生徒指導、授業づくり、学級づくり、学校づくりなど全ての場面において意識して取り組むことで集合が集団に変わるというのです。
 具体的な例をあげると、授業では、子どもたち同士が交流するグループ活動の中で、互いの影響力が発揮できる授業、欲求の満たされる授業をしていくべきだと。
 一部の子どもだけがヒーローになり、一部の子どもだけが楽しめる授業では、子ども達の意欲はどんどん落ちていく。
 意欲・欲求というのは、「交流欲求」「承認欲求」「影響力欲求」の順に満たされていくという特徴がある。
 学級崩壊では、交流欲求のある子に振り回される状態が見られ、問題行動の目立つ子どもを叱ることで、問題行動を継続・拡大させることになる。
 子どもたちが普通の行動をとっている時に交流することが大事。交流により欲求が満たされると、問題行動を起こす必要性がなくなる。
 また荒れた状況にある子どもへの指導や支援のポイントは、
(1)発達的問題・養育上の問題・欲求を理解し、情緒的サポート(理解・傾聴・感情の交流・承認など)を提供する。
(2)観察で、きちんとしたレスポンスを返す。
(3)コミュニケーション能力を育む。
(4)個々の学習ニーズに応じた学習課題を設定する。
 ことが重要である。
(栗原慎二:1959年青森生まれ、埼玉育ち。広島大学教授、スーパーバイザー、ピア・サポート・コーディネーター。埼玉県公立高校教師(18年間)として生徒指導・教育相談に携わる。AISES(学校教育開発研究所) 代表理事、日本学校教育相談学会会長。専門は学校臨床心理学)

 

| | コメント (0)

学級の生徒を指導するとき「おまえを愛してるから、俺は偉い!」が口癖になった

 教師として、子どもと人間関係を築くことはとても大切です。特に、思春期まっただ中の中学生と信頼関係を築くことは、難しい場合が多いです。
 まだ竹内和雄先生が新任教師の時の話です。
 Aくん(中学2年生)は、竹内先生のクラスの生徒で、いわゆる問題生徒で、竹内先生に反抗ばかりしていました。事件が起こったのは五月半ば。
 そんなAくんが社会の授業で、教科担当のB先生(五十代男性)と衝突しました。
 授業中、私語をやめないので、きつく叱られたそうです。
 非行を繰り返すグループでリーダー的な地位にいたAくんは、みんなの前で叱責されたこともあって素直に謝れません。
 学級委員が職員室に「先生、大変です! AくんとB先生が!」と駆け込んできました。
 たまたま竹内先生は空き時間で、職員室にいましたので、教室に急ぎました。
 教室では、正にAくんとB先生がにらみ合って、すごい表情で言い合いをしています。
 Aくんは、今にもB先生に殴りかかろうとしているのを、クラスの生徒たちが一生懸命止めているところでした。
 若かった竹内先生は、どうしていいのかわかりませんでしたが、背中から、はがいじめにして、廊下に無理やり引っ張り出しました。
Aくん「やめろや、離せや、ボケ!」
竹内先生「誰に向かって、物言ってんねん!」
Aくん「教師が何様じゃ!? えらいんか!」
 売り言葉に買い言葉。どんどんエスカレートしていきました。とっさに、
竹内先生「俺は、最高にえらい。俺にえらそうなことを言うな!」と言いました。
Aくん「は~、笑かすな! 教師のどこがえらいねん?」
竹内先生「お前を愛してるから、俺はえらい。だから俺のいうことを聞け」と怒鳴りました。
 Aくんの力がすっと抜けたのを感じた竹内先生はたたみかけました。
竹内先生「お前を愛してるから、俺はえらい。世界でたった一人のお前の担任やぞ」と一気に話しました。
竹内先生「俺はお前の担任やぞ。担任やから、お前のこと、愛してるに決まってるやろ」
竹内先生「だから俺はえらい。俺の言うことを聞け」
 竹内先生は自分で話しながら、涙が出てきました。どういう涙なのかわかりません。
 竹内先生は自分でも何をしゃべっているのか訳がわかりませんでした。
Aくん「わかった、離せ」と静かに話し、ゆっくり自分の席に戻りました。
 そして、山本先生に向かって「授業、はじめろや」と言いました。
 周りに集まっていた生徒たちを座らせ、竹内先生はこう宣言しました。
「Aくんはもう大丈夫です。残り二十分授業がある。みんなしっかり勉強しなさい」
 副主任の先生が「Aくんを別室で指導してから授業を受けさせるべきではないか」と心配してくださいました。
 しかし、山本先生は「大丈夫です。担任は僕です。任せてください」と言って聞きませんでした。今思うと傲慢な新任だと顔から火が出そうです。
 もちろんAくんは、最後までちゃんと授業を受けました。
 休み時間にクラスの女子たちが職員室に走ってきて「先生、かっこよかったぁ」と絶賛してくれましたが、なんであんな言葉がすらすら出てきたのか、自分でも不思議です。
 それ以来、山本先生は「愛してるから、俺はえらい」というフレーズをずっと使っています。
 考えてみたら、担任は、クラスの子を愛してるから、やっていけるものです。
 もっと言えば、愛することができるように、日々、努力しなければならないと思っています。
(竹内和雄:1964年生まれ、公立中学校で20年間、生徒指導を担当し、寝屋川市教委指導主事を経て兵庫県立大学准教授。課題を持つ子どもへの対応方法について研究)

 

| | コメント (0)

吉田松陰に学ぶ、人の育て方とは

 教育者としての理想像を吉田松陰に見出した川口雅昭先生は、30年に及ぶ松陰研究を続けています。
 吉田松陰は山口県萩で生まれ、萩藩の山鹿流兵学師範だったおじから厳しい教育を受けて育ち、10歳のとき藩校の教壇に立ち、翌年には藩主毛利敬親の前で講義をしました。
 松陰は全国各地を旅して、さまざまな人の教えを受けて見聞を広め世界への目を開かされました。
 外国を自分の目で見たいと考え、黒船に乗り込み外国への密航を図りますが失敗。自首し、江戸から萩の野山獄へ送られます。
 やがて実家で幽囚中、若者らが教えを求めて来るようになり、松下村塾を受け継ぎます。
 松下村塾は、15坪ほどの瓦葺き平屋建てで、わすか2年余の教育期間ながら、高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文・山県有朋といった後世に名を刻した多くの人材を輩出しました。
 塾生には「読書だけではだめだ。実行が大事だ」と説き、個性を重んじ、一方的に教えるのではなく議論しながら共に学び、多くの志士を育てました。
 その後、松陰は日米修好通商条約に調印したことを厳しく批判するようになり、幕府による安政の大獄が始まる中、幕府は過激な言動を恐れ、松陰は江戸へ送られ処刑され満29歳で亡くなりました。
 しかし、志ある人々が立ち上がって日本を変えるべきだという松陰の志は、塾生らに受け継がれ、討幕へ、明治維新へと、時代を大きく動かしていきました。
 松陰先生の真の偉大さは「現代でも、若者たちを社会のために勉強しようという気にさせ続けていること」だと川口先生語ります。
 松陰は教育者だが「教育」は和語では「教える」で、その語源は「愛(お)しむ」だそうだ。つまり「愛することが人を育てる」ことだ。教育者に必要な心構えだろう。
 人を育てること、つまり「人づくり」の目的は「よき人になる」ことである。現在の教育からはここがすっぽり抜けてしまってはいないかと川口先生。
 子どもから「なんのために勉強しなければならないの?」と聞かれた経験のある人は少なくないだろう。また、そういう疑問は誰しも一度は抱いたことがあるだろう。
「学は人たる所以を学ぶなり」つまり「人間とは何か、いかにあるべきかを学ぶこと」「人間とはどういう生き方をすればよいかを考える」ことが学ぶことだと松陰は述べている。
 勉強するのは、自分がわかるため、心を磨くため、いかに生きるかということである。
 松陰は弟子に先生を訪ねて質問せよと門下生全員に紹介状を持たせた。落ちこぼれずに自己教育を続けられる人間を作ろうとした。
 川口先生の講話の中でもとりわけ心に響くのは「自己教育」という考え方だ。
 自己教育とは「自分の関心のある学問を主体的に継続すること」だ。
 自己教育は、先生がいて、行き詰まったら、先生の指導を受ける。主体は能動的に学ぶ方にある。学習能力を自得することだ。
 自己学習と独学の違いは「行き詰ったときに質問にいける先生がいるかどうか」だ。
 さらに「同じ訊きにいくなら一流の人に訊け。一流の人は決して門前払いしない。」と川口先生は言う。
 人を育てることにおいては「やる気にさせる」ということがとても重要である。
 教師というものは、生徒たちに「教師のようになりたい」と思わせることができないと、どんな教育理念を持っていてもダメだ。
 人に暗示をかけ、悟らせてあげることを「人を點醒(てんせい)す」と吉田松陰は言った。
 松陰は、そばにいる人間に、やる気をひきおこさせる「點醒(てんせい)」の達人だったと川口先生いいます。
 點醒とは人づくりの基底にある最も大切な教えではないだろうか。
 その人に接するだけで、やる気を興させてくれる人がいる。點醒的資質のある指導者というべきであろう。
 これは何も天性のものばかりとは限らない。人を指導する立場にあるものは、努力によりこのような資質をこそ、自得して行くべきではないか。
 今、教育にも子育てにも活かせたいものだ。
 松下村塾で多くの人材が育ったのは、子どもたちは松陰のようになりたかったのだ。
 また川口先生は「自分がいなければならない」という人物になれと。
 人を育てるには、ひとつ忘れてならないのは「待つ」ということだ。
 松陰は「人間が育つのにもっとも必要なのは能力ではなく、時間である」と。
 つまり教え子が成長するのを待つことが大切だ。
 しかし、逆に、時間をかけさえすればすべての人が「モノ」になるかというとそうではない。大切なことは「大器」たらんとする志を持ち続け、人知れず、日々の努力を継続することであろう。
 今自分が何をすればいいのか、川口先生は、
1 今自分がいる場所で、今できることを全力でやれ。
2 成長しない人間が成長する人を育てられない。
3 まずこれというものひとつに集中し、しっかりした幹を作れば、枝葉はいくらでもつく。
4 独学でなく自己教育を一心不乱に行う。
(川口雅昭:1953年山口県生まれ、山口県立高校教師、山口県史編さん室専門研究員などを経て、人間環境大学特任教授。師範塾塾長。吉田松陰研究の第一人者)

 

| | コメント (0)

一人の女性教師が「やればできるんよ」と荒れた学校を立て直した、その方法とは

 広島県のある高等学校。この高校は、かつて県内一の落ちこぼれて荒れた学校だった。それを変えたのは、一人の女性教師だった。
 2001年に山廣康子さんは教頭としてこの学校に赴任した。
 教師すら指導を諦めていたこの高校は、落ちこぼれの受け皿校と呼ばれていた。
 喫煙、暴力、万引き、いじめが横行し、すがすがしいはずの新学期一日目に廊下はゴミで溢れていた。
 生徒たちが春の遠足で市内の動物園を回っていた。1年生のTくんは、入学以来何度かいじめにあっていた。彼は遠足中にも生徒に難癖をつけられて集団暴行を受けた。
 ところが引率の教師たちは遠足から学校に戻ると、山廣教頭に「何も問題は起こりませんでした」と事件の表面化を避けるために嘘の報告をしたのだ。
 山廣教頭はこの事実を別の教師から聞き、問題の教師たちに理由を聞いた。
 彼らは「放っておけば問題は収まりますから」「どうせ一番悪い生徒たちは辞めていきますから」と答えた。
 山廣先生は、目の前の教師に恐ろしさを感じた。生徒たちをなんとかしたいと思う山廣教頭にとって、最大の壁はこの無気力な教師たちだったのだ。
 集団暴行事件に端から始まった騒動は、1学期が終わるまで、校内を混乱の渦に巻き込んだ。
 山廣教頭と教師たちは、被害にあった生徒の送り迎えに追われた。
「いじめや暴力は絶対に許さない、安全な学校にしよう」という決意を固めていた。
 山廣教頭は全校生徒を体育館に集め、一大演説をぶつことに決めた。
「いじめや暴力に遭っている人は、絶対に守ってあげます。先生を信じて隠さないように。厳しい処分で対処します! いじめや暴力は絶対に許しません」
 と、激しい口調で演説した。
 また、加害者の保護者を集め、事件の経緯と学校の方針を明確にした。
 山廣教頭は、
「生徒たちの生活習慣を確立させたい。規範意識を高めたい。自律心を持たせて、自分や相手を大切にするよう導きたい」とその思いを、ぜひとも保護者に理解してもらいたかったからだ。
「親にとって、どの生徒もかけがえのない、かわいい子どもです。学校にとっても大切な生徒です」
「もし、被害者の子の親だったら、どんな気持ちになるか、考えながら聞いてください」
 と、被害者がどんな目にあい、どんなつらい思いをしたか事実を克明に説明した。
 凄惨な場面の一部始終を話す時には、山廣教頭は声がふるえ、涙が出そうになった。
 途中「むごすぎる」と泣き出し、廊下に出る保護者もあり「被害者に謝罪させてほしい」という声もあがった。
「被害者には私たち学校が、責任を持って対処します。安全で安心な学校生活が送れるよう全力でがんばります」
「そのためには、みなさんのお子さんに、心から反省をさせなければなりません」
「現状をしっかり見つめ、学校と連携し、力を合わせてがんばりましょう。何より大切なのは親の愛情です」
 その日を契機に、保護者の口から子どもに対する愛情や熱意、期待などを直接聴くことが多くなった。
 山廣教頭は逐一それらの言葉を生徒に伝えるようにした。
「幸せだね、お母さんがこんなことを言っていたよ。これほど両親から思われているなんて」
「がんばって親孝行しんさい。あなたが学校でがんばることが最大の親孝行なんだから」
 保護者と生徒の架け橋になることで、なんとか生徒たちを更正させようと必死だった。
 最初のうちは無表情で話を聞き流している生徒や、恥ずかしいのか顔を反らして聞こえないふりをする生徒が多かったが、次第に素直に聞き入るようになっていった。
 うれしいことに、徐々に生徒のほうからも、家庭での生活や親のことを笑顔で話してくれるようになったのである。
 山廣教頭は保護者と生徒の関係が少しずつ変わっていると、そう肌で感じるようになった。
 山廣教頭は、赴任した当初から職員室もふくめ学校の汚さにへきえきしていた。
 学校が荒れているせいなのか、だれも校内を清掃しない。ゴミは散らかり放題。生徒や教師も積極的に掃除をしようとしない。
 学校改革の最初の一歩は職員室の掃除だったかもしれない。山廣教頭は流し、食器棚などを徹底的に掃除をした。そのほかにも、机の配置換え、不要物の処分などを行った。
 同時に山廣教頭は、校内の掃除にも取りかかった。まずは自ら行動で示そうと思ったのである。廊下や階段を、毎日黙々と掃除した。
 休憩時間のたびに、生徒たちが出てきて、パンの袋やジュースの紙パックを捨て、生徒がツバを吐くので、廊下や階段の汚れは目を覆いたくなるほど不快だった。
 山廣教頭がトイレットペーパーでツバを拭き取り、そのあとをモップで拭く。きれいにすると、生徒がまたツバを吐き、散らかす。それをまた掃除する。その繰り返しだった。
 山廣教頭が掃除をしていても、教師たちは、避けて通ったり、ごくろうさまの言葉もなかった。結局、手伝ってくれたのは、一人の女性教師だけであった。荒れた校舎の光景が、教師や生徒の心象風景であるかのように感じた。
 夏休み前のある日、ふと校門から校舎に登っていく70段の階段を見て山廣教頭は思った。
 階段はいつもゴミだらけ。生徒は掃除をしないし、教師もさせるつもりがない。これでは、いつまでたってもきれいになるはずがない。
 そこに、ずらっと花を植えたらどうなるだろうか。そう思った瞬間「ゴミの代わりに花を植えてやれ」と決心した。
 決めたらすぐ動くのが、山廣教頭の身上。体育教師の協力を得て、プランター100個に、ベゴニア、サルビア、ペチュニアなどの花を植えた。九月の始業式には見事に咲きそろい、学校の校門の前は見違えるようにきれいになった。
 学校を再生するためには、まず教師の意識を変えなくてはならない、というのが赴任した当初からの、山廣教頭の考えだった。
 というのも、教師たちの大半が、都合の悪いことはすべて社会のせい、他人のせいにしていたからである。
「生徒を受け入れてやらなければ」と言うけれど、それでは生徒のためにはならない。そのまま社会に出したら、生徒たちは間違いなく切り捨てられる。
 生徒たちを受け入れ、救うと言いながら、生徒たちの行動を放置し、容認するだけという野放しの状態。いったん、このように割り切れば教師はとても楽である。
 教師たちはみんな、口では「大変だ、大変だ」と言っていたが、生徒指導も進学指導も、教材研究も、クラブ指導も十分にしないのである。
 教師にとって、こんな楽な学校はない。授業中寝ていてもオーケー。制服を着ていなくてもオーケー。
 このままでは、この子たちは落ちるとこまで落ちてしまう。山廣教頭は危機感を持っていた。とはいえ、いきなり教師たちの意識を変えることはできない。
 そこでまずは、生徒を指導するという、教師としてごく当たり前の意識を芽生えさせようと思いついた。
 夏休みの間に教師を集めて会議や研修を行い、いくつか提案することにした。
 まず、提案したのは、遅刻指導をするということ。しかし、教師たちは、ことごとく反対した。「では、ゆっくりやりましょう」と、ひたすらなだめ、こんこんと説得を続けた。
 次に服装指導を提案した。私は、まず身だしなみをきちんとしなければ生徒たちの意識は変わらない、という確固たる信念をもっていた。
 職員会議を延々と続け、ようやく、遅刻指導から行うことが決定した。
 服装指導は、とりあえず、山廣教頭をはじめ生徒指導部の教師が積極的に指導することで落ち着いた。
 早速、二学期の始業式から、校門の前に遅刻指導のテントを張った。教師が交代で常時テントにいるような体制を整えた。
 実質的には「出入り指導」であった。
 朝、遅刻してくる生徒はもちろん、授業中に勝手に学校に出入りする生徒をチェックする機能も兼ねていたからだ。
 出入りする生徒を呼び止めて、話をして、少しずつ人間関係を築いていく。それが、この指導の目的でもあった。
 1カ月、2カ月と続けるうちに、遅刻指導のテントは、次第に効果をあげ始めた。
 遅刻が目に見えて減少し、さらに、生徒と教師の関係が密になった。
 テントの前で、一対一で話をすることができるため、生徒が勉強、家庭、恋いの悩みを打ち明けることなどが次第に多くなったからだ。
 同時に、教師間で生徒たちに関する情報の共有化も図れるようになったのである。
 山廣教頭は、環境が変われば人も変わると信じていた。
 学校改革を進める山廣教頭に、全国の学校や駅のトイレを掃除するボランティア団体『広島掃除に学ぶ会』との出会いで、ある考えが浮かんだ。
 山廣教頭は、学校が休みの日に生徒たちと一緒に校内のトイレ掃除をしようと提案したのだ。
 3ヵ月をかけ徐々に準備をしていくことにした。「掃除に学ぶ会」の機関誌を各教室に配布したり、会の活動内容や、全国各地の参加者の体験発表などを紹介して、生徒たちに参加を呼びかけた。
 当日たくさんの生徒を動員しようと、山廣教頭は生徒たちの自宅に個別に電話をかけ始めた。「教頭の山廣ですが・・・」電話に出た生徒や保護者は、何ごとかと驚いた様子だった。
 しかし、主旨を説明すると「わかりました。参加します」と、一様に保護者たちも理解を示してくれた。
「友だちも誘ってね」と、そんなふうに、人間関係が築けている生徒、一人ひとりに電話をかけて「出てね、出てね」と頼みまくった。
 ふだんから積極的に生徒に声をかけていたので、そのネットワークを生かして、生徒集めに奔走した。
 また、問題行動を起こした生徒は自動的にトイレ掃除に参加させる方法をとった。
 一方、教師たちには半ば強制的に参加を促した。
「各クラスの問題行動を起こした生徒がトイレ掃除に出るのだから、その担任も一緒に参加するように」
 そうした結果、当日は、生徒や教師はもちろん、PTAや同窓会の人々、「広島掃除に学ぶ会」のメンバーや、県警や県教委の関係者、そしてイエローハットの鍵山相談役など、総勢300名が参加することとなった。
 さらに話題性があるということから、地元の新聞社やテレビ局などが、大挙して取材に訪れるという一大事に発展していった。
 無気力だった教師たちの目つきも変わり、懸命にトイレ掃除をした。その姿を見て、問題の生徒たちも掃除に参加した。トイレ掃除を始めると、嫌悪感も忘れみんなどんどん集中していった。
 トイレ掃除は思わく以上に大成功だった。山廣教頭にとって、生徒たちが熱心に取り組んでいる姿は意外だったし、正直、生徒たちがここまでやるとは思っていなかった。
 このトイレ掃除で得られたことは、トイレをきれいにした、という充実感だけではない。
 大勢の人々と一緒になり、一つの目的に向かうことで生まれる共有体験も得られるのだ。特に問題行動を起こす生徒たちにとって、大人と一緒に何かに取り組むという経験は、新鮮なことに違いなかった。
 もともとこの学校の生徒たちは、大人に対する不信感が非常に強い。
「どうせオレらは、ダメなんだけー、相手にしてくれるはずがないじゃん」と、投げやりなところが見られる。劣等感が強く、世の中を肯定的にとらえられない。
 そこへ、これだけの大人が自分たちの学校へやって来て、新聞やテレビも取材してくれた。
 問題を起こしての報道ではない。「オレらでも注目されるんだ」という事実が、生徒たちを力づけた部分も大きかったのだろう。
 トイレ掃除終了後、体育館に集合して、全員でおむすびとみそ汁を食べながら、体験発表をした。
「初めは抵抗があったけれど、きれいになっていくのが楽しかった」と、どの生徒も晴れ晴れとした表情で、口をそろえてそう言った。
 翌朝、遅刻指導で校門に立っていると、声をかけてくる生徒がいた。「先生、おはよう」と、山廣教頭に敵対心をむきだしにしていた問題行動の常習犯の生徒だった。
 トイレ掃除を機に、学校全体の空気が、少しずつ変わり出していく気配があった。
「掃除に学ぶ会」の方たちの姿を見て、自分たちの学校は自分たちの手できれいにしようという意識が芽生えてきたようだった。
 それ以来、教室を掃除しようとか、ゴミのポイ捨てをやめようという動きが、教師や生徒たちの間に、徐々にではあったが、自然に生まれていった。
 学校が少しずつきれいになることで、生徒や教師の心が安定するという変化が起きているようだ。
 翌年の夏にはトイレ掃除だけでなく荒れたグランドの草刈りが行われ、その成果として7年振りに体育祭が開催されたのだ。不良グループのリーダーは盛り上げ役のリーダーになっていた。
 山廣教頭は、何か特別なことが起こったのではなく、地道にこつこつと積み重ねて来たことが成果として大きく現れたのだと話す。
 4月、高校に新たな入学生たちがやってきた。そこにかつての荒れた学校の影はもうない。山廣教頭の学校改革は、着実に成果を上げたのである。
(山廣康子:1949年生まれ 元広島県公立高校校長。荒れた学校をトイレを掃除するボランティア団体の協力を得て、学校を立て直した)

 

| | コメント (0)

陽転思考が人生の夢の扉をひらく

 小田全宏さんが人間教育の道に入ってから20年の歳月が流れました。
 大学を出るときは、「人間教育の道に進みたい」と熱望していたが、当時はそういう職種がなんであるのか、さっぱり分からずにいた。
 その時出会ったのが、あの経営の神様と言われた松下幸之助(注)さんです。当時松下さんは88歳でしたが、松下政経塾の面接でお目にかかったときに、
「このままでは日本は駄目になる。財政が破綻するし、日本人が駄目になる。わたしはこの松下政経塾を昭和の松下村塾にしたいのや」
 の言葉が今でも深く小田さんの心に残った。
 その後、多くの塾生達は政治の道に進みましたが、小田さんはひたすら人間教育の道を進んできました。
 小田さんは自分の人生を人づくりに賭けようと、入塾当初から思っていたからです。
 そのために政経塾時代には、行動科学を研究し、感受性訓練やエンカウンター訓練などを通して、人間学の研究に没頭した。
 27歳の時に、現在の株式会社ルネッサンス・ユニバーシティの前身にあたる企業教育の会社を作った。
 その間には、市民運動として、リンカーン・フォーラムによる「公開討論会」や、「首相公選」、「マニフェスト」など数々の運動の取り組みをしてきた。
 小田さんは、それぞれに大きな手ごたえを感じましたが、20年間変わらずに訴えてきたのが、「陽転思考」を中心とした「自分づくりとリーダーシップ力」の養成です。
「人間力」は、正しい考え方を習慣にし、鍛錬することで身につきます。人は自分自身を高めようと努力すると、確実に成長し、その結果、その人個人のみならず、その人を取り巻く環境も変化します。それはとても楽しい経験なはずです。
 小田さんはこれまでの体験を通して、そのことを確信しています。
 小田さんがこの30年間一貫してみなさんにお伝えしてきたことがこの「陽転思考」という考え方です。
「陽転思考」とは「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 松下幸之助さんは、貧しく、学歴もなく、健康でもないという無い無い尽くしの中から、いわゆる成功者になりました。
 松下幸之助さんは、家が貧しく、住み込みで大阪の商家で働き、商人としてのしつけを受け苦しくつらい経験を味わった。
 生来からだが弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。
 何度か九死に一生を得た経験を通じて、自分の強運を信じることが出来た。
 こうしたなで、松下さんは自分に与えられた運命をいわば積極的に受けとめ、それを知らず識らずに前向きに生かしてかたからこそ、そこに一つの道がひらけてきたとも考えられます。
 運命というものは、人間の意志や力を超えたものです。
 人間の力ではどうにもならないのかといえば、必ずしもそうではないと思います。
 そこが運命の実に不思議なところだと思いますが、自らの意識や行動のいかんによっては、与えられた運命の現れ方が異なってくる。
 つまり、「人事を尽くして天命を待つ」ということばがありますが、生き方次第で、自分の運命をより生かし、活用できる余地が残されているとも考えられます。
 松下さんの生き方も、知らず識らずのうちに、自分の与えられた運命を生かすものであった、と言えるような気がするのです。
 松下さんは、その人間に残された余地は10%から20%ぐらいはあるように思っていました。
 この余地の尽くし方いかんによって、自らの80%なり90%の運命がどれだけ光彩を放つものになるか決まってくるということです。
 自分の人生はどうにもならない面があるけれども、こうだという信念をもって、自分自身の道を力強く歩むように努めていく。
 そうすれば、たとえ大きな成功を収めても有頂天にはならないし、失敗しても失望落胆しない。
 あくまでも大道を行くがごとく、処世の道を歩んでいくことができるのではないかと松下さんは、思っていました。
 小田さんの最も大切な考え方が「陽転思考」という考え方です。
 プラス発想やポジティブシンキングという表現をよく耳にしますが、「陽転思考」は単に元気に明るくという考え方ではありません。
 「陽転思考」とは、「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 もちろん「陽転思考」で生きたからといって、人の悩みが消えるわけではありません。また不可能なことがなくなるわけでもありません。
 しかしこの「陽転思考」を身につけることによって人生のあり方は大きく変わります。
 その姿を小田さんはたくさん見てきました。
 人の人生が大きく好転し、企業や組織がみるみる発展する。それらを目の当たりにすることはとてもワクワクする出来事でした。
 かつて「ありのままで」という言葉が流行ったことがありますが、私たちが自らをマイナスの言葉で縛り、その可能性を封印してしまっているとしたら、それは決して「ありのままで」ではないと思うのです。
 よく、コップの中に入っている水を見て「半分もある」と見えるか「半分しかない」と見えるか、それによって人生が決まるということが言われますが、この「陽転思考」は、深く掘り下げていくことで人生の扉が次々と開いていきます。
 かつて松下幸之助さんは、「人生の中で素直になることが最も大切なことや」とおっしゃっていました。
 素直な心とはどうゆう心であるのかといいますと、それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではありません。
 むしろ本当の意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容を持つものだと思います。
 つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。
 そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくるのではないかと思うのです。
 だから、素直な心というものは、真理をつかむ働きのある心だと思います。
 物事の真実を見きわめて、それに適応していく心だと思うのです。
 しかし素直になることに対し松下さんは、
「素直になりたいと30年心から念じていたら素直の初段になれる」
「そうすると物事が大体ありのままにみえるようになる」
「だから、大体において、過ちなき判断や行動ができるようになってくると思う」
「そしてまた30年すると二段になる。五段になったら神様やな」
 といって笑っておられました。
 とするなら、私たちも「陽転思考」の初段になるためには、30年思い続けなければならないということでしょうか。
 私も今年で「陽転思考」をお伝えして30年、ようやく初段になったかなと思うのです。
 天国から松下さんの「お前はまだまだ5級ぐらいやぞ!」というお叱りの声も聞こえてきそうです。
 まだまだ小田さんの人間学探求も道半ばです。
 あなたも是非この「陽転思考」探求にご一緒していただければ幸いです。
(注)松下幸之助:1894-1989年、実業家、発明家、著述家。パナソニック(松下電器産業)を一代で築き上げた経営の神様。PHP研究所を設立し倫理教育や出版活動、松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも意を注いだ。
(小田全宏:1958年滋賀県生まれ、実業家・教育者。松下政経塾に入塾し、松下幸之助の下で人間教育、人材育成を研究。ルネッサンス・ユニバーシティを設立し多くの企業で「陽転思考」の講演や人材教育を行う。またリンカーン・フォーラムや日本政策フロンティア(最高顧問は稲盛和夫)の設立者でもある) 

| | コメント (0)

不登校の子どもと親は、どのように指導すればよいのでしょうか

 金澤純三さんは元開善塾教育相談研究所長で、不登校の実践的な指導にかけては、わが国における第一人者といわれ、長期にわたる不登校も、わずか数週間で改善させる技をもつ。
 不登校の子どもも学校へ行きたいと思っているので、登校の支援をしてあげる必要がある。不登校の子どもを減らすには母親の健全化が欠かせない。
 金澤さんは講演で、興味深い話を次のように披露されました。
 私のところに来る子どもは,長期間学校を休んでいる場合が多い。
 母親が学校に相談すると,「温かく見守りましょう」とか「様子を見ましょう」と言われ、どんどん月日が経ち,どうしようもなくなる。
「様子を見る」という実態のない言葉は使わない方がいいだろう。「様子を見に行きましょうか」と言って家庭訪問をするなどまず行動をすることが必要である。
 不登校になる子どもは,長期の休み明けから学校へ行かなくなるケースが多い。なるべく早く学期内に戻すのが大切である。
 学校を休めば自分は悪いことをしたと思いこみ自己評価が下がる。この自己評価をどのように上げていくかが重要である。
「休んでもよい」とか「休んでもこうすればよい」と子どもに伝えるようにすればよい。ただ例外もあるが,休めばエネルギーが溜まるということはない。
 休めばエネルギーが溜まるなら,長期の休み明けに休むことはないからである。
 今の子どもたちは基本的に大変神経質である。小さいほうを大切にして,大きいほうを見過ごしている。
 また,今の子どもに特有なのは,他人の痛みに鈍感,自分の痛みには敏感で,バランスが取れていない。バランスが取れていない人は,他人の痛みがわからないのでいじめなどで相手を追い込んでしまう。
 先生たちも頭髪の指導にあるように,細かなものにこだわっている。
 1年近く登校拒否をしていて,久しぶりに学校に来た子どもに,髪の毛が伸びているから切りなさいというような指導をいきなりすると,こんなところには来られないと普通は思う。
 受け入れる先生は,不登校の子どもに対して家庭よりも温かくて居やすいようにしなければならない。みんなが来やすい学校にすることがまず大切である。
 頭髪がどうとか細かいことにこだわらない。指導力のない先生は,型を求める。
 弱い子どもや敏感な子どもがいるのだから,だれもが来られるように,先生は子どものそばにいてあげなくてはいけないのに,用事があるからといって離れてしまう。
 母親が,子どもが動かなくなり困ったと相談に来たときには急であってもきちんとやさしく応対してほしいものである。
 困っている子どもは,自分が困っているとは言えない場合が多いので,先生が家庭訪問をするということが大切である。
 家庭を見ると子どもの問題も見えてくる。神経質な家はきちんとしている。庭も整備され,玄関マットもきれいになっていると,子どもがずれたときに,何か騒動があるだろうなあと予想することができる。
 そういう家には,私たちは半ズボン,ランニングで行くなど失礼な格好で訪問するときがある。
 子どもは変な人だなと思うかもしれないが,警戒はしない。
 これは,スキを作り,打ち込み(攻め)させるねらいがある。経験のない人や頭の固い人は,真面目に行くのでうまくいかない。
 教育で歪んでくる子どもは母親に神経質な人が多く,ある一部分をよくしようとして全体をだめにしている場合が多い。まず母親と仲良くなるようにする。
 カウンセリングにしても教育にしても,必要なのは相手に好きになってもらわなければならない。相手を敬うことにより,好かれるようになる。
 家庭訪問の具体例として,お茶が出たらそのお茶を褒めたりすると,まず好意的に思ってくれる。
 お茶を飲んで今日は家の場所がわかったから帰ると言うと,大抵は呼び止めて子どもに会ってくれと言われる。
 このように,母親がまず先生を受け入れてくれなければ子どもは受け入れてくれない。
 次に子どもの部屋に通されたら,子どもの宝物を探し,それについての質問をし,褒める。まず本人以外のものを話題にする。
 えてして先生は,聞きたいことをいきなり聞こうとするが,子どもが言いたいことを聞くということが大切である。子どもが大切にしているものに先生が興味を示す。
 子どもは自分の大切なものに興味を持ってもらうと,自分に興味を持ってくれる,自分を大切に思ってくれていると思う。
 それによって安心感を得ているのである。先生たちはそういった子どもを見る目,気づく心を持ってほしい。
 帰るときは,子どもに玄関まで送ってと言う。最後に子どもに会って別れることが大切である。
 母親が出ると子どもと切れてしまうから,母親には出ないようお願いしておく。
 行動療法とは,再学習させることである。
 要するに「学校を休むと楽だ」と考えている子どもに,「学校へ行くと楽だ」というように考え方,感じ方を変えるのが私の言う行動療法である。
 心が変われば行動が変わると思っている人がいるが,行動が変わったら心が変わるという考え方である。行きたくなくても行かせると学校に行きやすくなる。
 今の子どもたちに共通している悩みとして不眠がある。私のところは8,9割の子どもが寝られないと言うが,実際には寝ている。
 そういう子たちは眠れないと感じているということを理解しなければならない。今の子どもたちは,不安とか不満とかいうのを「何々感」という形で表すが,これからの生徒指導はそれにどう付き合っていくかということである。
 本当は寝ていると言ったら子どもは自分のことをわかってくれないと思って関係が切れてしまう。そのときに,躁鬱タイプと神経質タイプによって言い方を変える。
 例えば,11 時に寝るときに,躁鬱タイプの子どもには 11 時「少し前」に足を温めなさいと言い,神経質タイプには 11 時「2分前」に足を温めなさいと言う。
 生徒指導では,神経質な子どもには厳密にやり,躁鬱タイプの子どもには曖昧にやるというのが大原則である。
 言い方は違っても,「足をお湯で温めなさい」と言った次の日に「どうだった?」と聞く。
 お湯で温めなさいとか塩を入れなさいといろいろ方法を変えて「どうだった?」と共感的に聞くことにより,子どもはつながりができたと感じ,自分を見てくれているという安心感が,不眠感を消してくれる。
 共感的に理解をするということが大切である。
 ところが下手な先生は欠点ばかりを指摘する。欠点をなくせば長所だけが残るという数学的な考えで,欠点だけとろうという発想でいくと子どもは神経症,脅迫症状を起こしてくる。
 生徒指導上の共感的理解とは,「次の一手を早く打てるか」ということである。
 この子どもには今どんなことが必要なのか,言葉や態度などから先生がいかに的確に対応できるかが子どもの心地よさと関係してくるので,共感的理解を中心にやっていただきたい。
 子どもを学校に連れて行く「登校訓練」をやるが,これは学校に行っても危険でない,安全であるということを体験的に理解することである。
 人に見つからないように行こうと言って連れて行くと,意外と行けるようになる。
 実際に行ってみて嫌なことがないと,体験的に理解したということになる。
 子どものカウンセリングで必要なのは「癒す」ことではなくて,「鍛える」ことである。
 不登校の子どもの家に行くと,畳なのにベッドで,きれいな絨毯が引いてある。
 手をかけたら子どもは良くなると思うことが,子どもをだめにする。
 子どもを癒す必要はない,若いうちは鍛えなければならない。弱い子を強くしなければならない。ストレスのない社会はないのだから。
 今の子どもに欠けているのは「耐性」である。耐性を獲得するには失敗経験をすることである。「我慢」=「鍛える」ということかもしれない。
 だからといって失敗しても大丈夫だよと言うと身構えてしまう。ところが知らず知らずのうちに失敗して,それを乗り越えて目標達成すると耐性ができる。
 例えば,マッチで火をつけるのを 19 回失敗して 20 回目に成功させるようなスモールステップで成功体験をしていく。
 これを「単位操作」と言うが,この子どもに欠けているものを本人が意識しないように体験させていくのである。
 次に「 けんちゃん(仮名,中学2年生男子)」の実践について述べます。
 2年間学校に行ってないと母親から電話相談が2月にあった。
 家に行き,部屋に入ると,雨戸が閉まりうす暗く,子どもはコタツに体を半分入れて寝ていた。
 母親も一緒に聞きたいと言ったが,うまくいっていない人と一緒に話をしてもうまくはいかないので断った。
 彼はミイラのようで,目だけを出して動かなかったが逃げずにいるので,拒絶していないと判断し、話をした。
 帰り際に「もう少し楽にしなよ」と言ったら,彼は体を固くした。
 これは私を拒否し抵抗するための反応であるので,逆に「体を固くしてみな」と言うと,体を固くしてこれ以上できなくなったとき,「もういいよ」と言ったら息を吐いて体を緩めた。
「たいへんだったね」と言うと,座り直し,「はい」と答えた。すると,急に母親が「けんちゃん今何されたの」と言って入ってきた。
 子どもが少し変化すると親はおおげさに反応するので,子どもは変化を親の前で表せない。
 しゃべらない子や,昼夜逆転の始発点も親がしょっちゅううるさく言う場合が多い。
「今子どもと話をしているから口を挟まないでください」と言っても,子どもの声を久しぶりに聞いたので言うことを聞かない。
 しかたないので彼に自分の部屋に行っていてと言うと,「はい」と言って立ち上がり部屋を出て行った。
 母親も後を追おうとするので待ってと言っても聞かず行ってしまった。
 母親はにこにこして戻ってきて「けんちゃんが一人で暗くて寂しくなるといけないから電気とテレビをつけてきました」と言った。
 ルソーが『エミール』の中で,子どもを不幸にするには,子どもが望むことを親が全部やってしまえばいいといっている。これが神経質タイプの不登校の主流である。
 いかに親を安定させるかが課題といえる。
 彼に「学校で会いたい人はいないか」と聞くと,養護教諭の先生に会いたいと答えた。
 なぜかと聞くと,クラス発表の日に学校に行き自分の名前があったので安心したのだが,そのときに神経を遣って疲れて倒れた。
 小学校時代の友達6人が保健室へ連れて行き寝かせてくれ,まわりで騒いでいたところに先生が来た。騒いでいたことを怒られるかと思ったら,養護の先生は自分がいなかったことを詫び,6人にお礼を言ったので,彼はそのときのお礼を言いたいと思っていた。
 そこで,先生が今学校にいるか確認しようと話し「だれにも会わないで学校まで行ける道を知っているか」と聞いた。
 たいていの子どもは,だれかと会うのを避けて学校に行けなくなる。休んでいると二次障害が出て,休んだことで自分は悪い奴だ,ダメなんだと思っているからみんなに会えない。だから,会わなければ行ける場合が多い。
 だが先生が「だれにも会わなければ行けるだろ」と子どもが恥ずかしいと思うことを直接言ってしまうと,結局は行かない。
 自分が分析したことをその子どもに言わないでいただきたい。自分が分析されたというのは,子どもにとってはつらいことである。
 翌日の午後保健室へ行き,こんにちはと言って入ると,彼に描いてもらっていた似顔絵のとおりの先生がいた。
 先生はすぐに立ち上がり,笑顔で迎えてくれ,担任の先生を呼んでくれた。担任の先生も喜び,出席を取ってもよいですかと聞かれたのでお願いしますと言った。
 彼は相当緊張しているので,先生にはすぐに出直すと言って帰った。
 帰るときに,ここにタンポポがあるとか水がわいているとか言いながら帰ると,そのうち「あそこにすすきがまだ生えている」と子どもの方から言ってくるほど落ち着いてきた。
「君はいい目してるね」と,どうでもよいことを褒める。
 彼と家に帰り,私だけまたすぐ学校に行き,先生に「出席だけ取ったらどうでもいいような話をしてすぐ帰らせてください。まず学校は,安全で安心なところだと思わせてください」と依頼した。
 少しずつ慣らせていき,人がいない部屋などに行かせてみる中で,教室に入る準備のために,どの辺の席がいいか聞いていく。
 保健室登校は1週間くらいがよく,その間にクラスの生徒には,昨日まで来ていた生徒のように振る舞うように話しておく。
 ある時,先生にわざと忘れ物をしてもらい,誰かに取りに来るようにしてもらう。生徒はだれでもよい。その生徒には,おはようと言ってもらい,あとは何も言わないようにしてもらう。
 翌日,計画通り,先生が万年筆を忘れ,それを取りに子どもががらりと開けて入ってきて,おはようと言って帰っていた。
 彼は緊張していたが,「よく頑張ったな,だんだん会えるようになるから」と言うと,彼も「はい」と返事をした。
 それから,教室に入るまでの不安解消表を作る。教室に入るまで,今日は職員室の前,今日は教室が見えるところ,今日は教室を外から覗くというようにイメージで練習させる。イメージでできたことは動きやすくなる。
 しかし,実際にはイメージより手前で止まる。そういうとき8秒間息をして力を入れ,8秒間抜く,これを繰り返していくと教室まで行けるようになる。
 少しずつスモールステップでやる。本人がもう一度やり直したいという気持ちにそってやるとうまくいく。
 テーブルカウンセリングのために,ご飯を食べさせてくださいと頼んだとき初めて祖母が出てきた。祖母は彼の魚を取り食べさせた。
 私はやめてくださいと再三言ったが,やめなかったのできつく叱った。なぜかと言うと,本来言うべき父親がいたからである。
 祖母は,立ち去っていくときに母親に「あなたが食べさせてやって」と言った。
 家族全体が病んでいたから彼は問題行動を起こして,まともな家庭にしようとしたのではないかと思う。
 子どもが3,4年休んでもあまり関係ない。休んでもあとでやるぞと思えば,必ずやれる。
 もし身近に「休んでしまったが,僕の人生間に合わないのではないか」と思っている子どもがいたら,
「やる気になって死ぬ思いでやればできるんだ,両親も死ぬ思いで働いているんだ」と言えば,安心する。
 指導をするときはなるべくユーモアをもってやってほしい。厳しくて温かいというのがいい。
 やさしくて冷たいというのは,自殺する子どもの家庭に多い。
 よく子どもと遊ぶこともよいが,子どもの世界に入り込まない。特に母親にこれを注意していただきたい。
(金澤純三:行動療法的アプローチを主として神経症的不登校の援助指導法の研究・開発に取り組む。日本の不登校相談の草分け。不登校にかかわる実践的指のわが国における第一人者といわれる。文部科学省の委員を歴任。元開善塾教育相談研究所長)

 

| | コメント (0)

子どもたちに受け入れられる教師の対応法とは

 学校で、子どもたちのふだんのようすが
・教師が一生懸命に授業をしていても、聞き流している子どもが多い
・教師が活動の指示を出しても、反抗的な態度をとる子どもがいる
・教師が子どものためを思って注意をしているのに、うとまれてしまう
・教師が話しかけても、別にといって、かかわるきっかけがもてない
 などということはないでしょうか。
「今の子どもたちは仕方がない」と、あきらめてしまっては、教師と子どもの関係は発展しません。
 そういう教師と子どもたちとの人間関係が気になっている教師がぜひとも学んでおきたい技術があります。それが、ソーシャル・スキルです。
 ソーシャル・スキルとは、対人関係を営む技術、すなわち人間関係を良好に展開するためのコツです。
 次の三つが、対人関係を良好にする技術、つまりソーシャル・スキルのポイントなのです。
(1)相手がどのような人かを理解する。
(2)自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度をする。
(3)適切に相手に伝える。
 ソーシャル・スキルの考え方は、学校における教師と子どもたちとの関係においてもあてはまります。
 日常での子どもたちとのかかわり方、授業の進め方、指示の出し方や注意の仕方、などです。
 先生方が、自分の考えや思いを、子どもたちに誤解されず、理解されやすいように、伝える工夫できたら、教師と子どもたちとの関係は、より良好になることでしょう。
 今までのやり方がすべて悪いのではなく、対応のどこかに、現代の子どもたちに受け入れられない部分があるのです。
 それを明らかにして、ほんの少しかかわり方を修正することで、子どもたちとの関係は、かなり変化すると思います。
 私は「相手の気持ちを察する」ということができにくくなったのが現代社会ではないかと思います。
 相手の気持ちを察するには、相手と似たような生活体験や感情体験を、経験していることが必要です。
 人々の生活の仕方も多種多様になってきました。
「相手の気持ちを察する」という、日本の伝統的なコミュニケーションは、現在はほとんど機能していない状態になっていると思います。
 学校社会の教師と子どもは、違う世代の者同士で、互いに察しあうということが苦手です。
 今までどおりやっていても、うまくいかないのが当然です。
 子どもたちが教師の気持ちを察してくれる、ということを前提にしてはいけないと思います。教師は、
「自分の思いは子どもたちに理解されるように、しっかり言葉で伝える」
 これが必要になってきたのです。これは、現代社会の前提になるのです。
 だから、今の学校では、教師は、
「相手がどのような人かを理解して、自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度にして伝える」というソーシャル・スキルの考え方で子どもに接することが、必要条件になってきたのではないでしょうか。
 それと、子どもに影響を与える教師の能力があります。
 小学生の場合、簡単に言えば、小学生が先生を好きだと思う「教師の魅力」です。
 発達的に幼い分、小学生は教師に、より人間的な部分を求めています。
 小学生は、教師の人間的な部分と授業の教え方とが一緒になっている点が重要です。
 したがって、どんなに教え方がうまくかつ熱心でも、親しみや明るさ、悩みを聴いてくれる対応や雰囲気がないと、その教師に対して魅力を感じてくれず、授業にものってこないのです。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

 

| | コメント (0)

相手の身になることができる子どもを育成するにはどうすればよいか

 國分康孝先生が、なぜ相手の身になることをそんなに強調するのか。
 國分先生は諸悪の根元は相手の身になることの欠如にあると思っているからです。
 國分先生は教育大学を出た後、いい職がなくって「ただでもいいから仕事くれませんか」と言って探していましたら、刑務所がただでよかったら使ってあげるからといってくれました。
 國分先生の滑り出しは刑務所のカウンセラーから始まったんですよ。
 今から考えたらすごくいい勉強したんですけど。
 そのときの受刑者の一人が、この刑務所に来る事の起こりを次のように話しました。
「自分が久しぶりに学校に行ったときに先生が『おまえ今頃何しに帰ってきたんだ』と言った」
「それで僕は本格的にぐれだしたんですよ」と。
 先生が「いやあ、久しぶりだね」とか「よく戻ってきたね」とか言って久しぶりに来た彼の気持ちに触れるようなことをその先生が言えばよかったんですが。
「そこ、おまえの席だから、そこに座れと一言、言ってくれたらそれで済んだような気がする」というんですね。
「今頃何しに帰ってきた」それが非常にこたえたらしいんですよ。
 それで、私がそのときに得たものは、いいアドバイスなんかいらないから要するにわかってもらうだけでも人間は生きる力が出てくる。
 教師とは目の前に座っている生徒さんとか目の前の集団全体が今どんな心理状態かを考えることです。
 たとえば、自分が生徒だったら、たぶん疲れているのだろうと思って「おいみんな疲れたか」となってくるんですよ。
 そうしますとですね、心理学で博士号を取った人よりは義務教育の学校しか出てない人の中でも、人の気持ちのよくわかる人がいるということになってきますよね。
 ですから学問だけではいい教師になれない。
 一番いいのは、自分自身が生徒と似たような感情体験のある人、これは生徒の身になりやすい人だと思うんですよ。
 私は、学生時代、女房に食わせてもらったんですよ。学生結婚だったので。
 そういう体験があるもんだから学生結婚の子が私の所へ相談にきた場合、話がよくわかるわけだ。相手の身になりやすいから。
「そりゃそうだよなあ」と相槌も、調子いいんですよ。そうすると学生さんは國分先生としゃべるだけで元気が出てきたといいますよね。
 ところが私は独身時代にガールフレンドに振られて死にたくなるという経験はないんですよ。
 一回目の恋愛ですぐ結婚したもんだから。そうすると振られて死にたいという学生が来ても、いまいちぴんとこないんですよ。
 なぜ振られたくらいで死にたいのかとこう思うもんだから。
 そうすると学生さんは部屋を出るときに「先生、ちょっと割り切りすぎてますね」って捨てぜりふを言って出ていきますね。
 それで結論として人の身になれる人というのは、豊かな感情体験を持っている人と考える。
 ところが、金の苦労とか愛情の苦労とか全くしたことのない教師もいると思う。
 ですからそういう人は、愛情の苦労をした人の話を普段から聞く、金の苦労をした人の話を普段から聞く。
 せめて間接体験ぐらい豊富にしておいたら、ちっとは人の気持ちの分かる人間になる。
 構成的グループ・エンカウンター(SGE:注)の良さは、いろんな人が自己開示してくれるので、なるほどそんな感情の人もいるんだと知って、今まで感情Aしか知らなかった人が感情B、Cを知っていくところに良さがあると思うんです。
 私がそのことを知ったのは、ある時私の講義を聴いてる五十過ぎの女の先生が泣き出したときのことです。
 私が「どうされたんですか」って聞いたところ「先生の話を聞いてるうちに自分で自分のことがかわいそうになってきて泣いているんだと」言うんですね。
「自分の何がかわいそうなんですか」と聞いたら甘えたくても甘えられない自分に気づいて、それで泣いているんだと、言うんですね。
 それで私はですね「甘えたいけど甘えられない事情でもあったんでしょうねっ」と応じたのです。
 そしたら私は継母に育てられたもんだからって言うんですよ。
 それで、私は継母に育てられた体験がないものだから、とっさにそのとき、
「この中で継母に育てられた人、挙手」ってやったら、ある若い人がハイって手を挙げてくれたんでその若い先生に
「すまないけどちょっとこの先生の面倒をみてほしいんだけど」と頼んだのです。
 で、二人で廊下に出ていったんです。
 休憩時間に泣いていた先生が私のところに来まして、國分先生の処置は非常に適切だったということを言いに来たんですよ。
 それで、あとで若い先生を呼んで「どんなことをしてあげたの」と聞いたら、要するに廊下に出て「私が最初の言った言葉がよかったらしいですよ」と。
「どんなこといったの」と聞いたら「ごはんのときが一番つらかったでしょう」と若い先生が言いましたところ「私の気持ちをわかってくれたと言ってその人は泣きやんだんですよ」と。
 それでも、私は「ご飯のときが一番つらかったでしょう」ということばの意味がわからなかったんですよ。
 その程度にしか私は、人の身になる能力がなかったわけなんです。
 私は、わからなかったからその意味を聞いた。
 そうしたら、継母の産んだ子は平気で、おかわりと茶碗を出す。
 けれども継母に育てられた子どもは、その都度おかわりと言っていいものやら悪いものやら考え込んでしまう。
 つまり食べものというのは愛の象徴ですので愛をくださいという意味なんです。
 愛をくださいってことは、つまり甘えていいか悪いかその都度迷っていたと。
 そういう自分を思い出して不憫になって泣いていた。
 そういう意味らしいんです。
 その話を聞いたときに私自身は、継母に育てられていないけれど、たまたまそういう人が私に自己開示してくれたので、なるほど世の中にはそういう人もいるってことを知ったわけです。
 それゆえ、将来もしもそういう人が私のところに来た場合、少しは響きのある応答ができると思うのです。
 ですから、SGEで子ども同士でも、会話しているうちに少しずつ他人の気持ちが分かるようになるという良さがある。
 しかし、まず教師自身が生徒よりは感度がよくなければいけない。
 まず教師自身が普段から体験を少しでも豊富にし、それでも足りないところは他人様から耳学問しておくとよい。
 第二に、人の身になれない人っていうのは、自分の価値観に固執する人です。
 たとえば、生徒は教師に口答えすべきでないとか、そういう特定の価値観があると相手の身になれませんよね。すぐ腹が立って怒りたくなるから。
 カウンセリングも、価値観を捨てて相手の世界を理解するということを強調しますね。それから、処方箋出していくわけですね。
 ですからよく私が、引用しているのが、道元の言葉です。
 道元が中国から帰ってきたときに弟子が先生は中国で何を得ましたかと聞いた。
 そしたら道元が「空手に郷に還る」と答えたと。私は「手ぶらで帰ってきた」と。
 つまり、つかもうと思ったら何でもつかめる自由を得てきたという意味なんですよ。
 私は精神分析者ですとか、特定のものをつかんでしまったら、それ以外のものはつかめなくなる。そういう不自由な境涯から私は解脱してきた。
 この道元の心境をカウンセリングの言葉で翻訳したら、生徒や保護者と接触するときは「自分の価値観を一時的に捨てて、手ぶらで相手の世界に入っていかなきゃいかん」となります。
 人の話を聞くためには、価値観をどけろということ。
 自分の「ねばならない」を捨てて、手ぶらで相手の世界に入っていくという訓練をやっているわけですね。
 ところで、教師とかは価値観を打ち出して飯を食っているわけですけど、しかし、人を助けるには、その価値観を捨てた方がよい場合がある。
 いくら教師でもですね、自分の子どもが不登校で困っているときに、よその親が相談に来た場合、お宅も不登校ですか、私も子どもが不登校で困ってるんですよと言いたくなりますよね。
 つまり、自分自身の問題を抱えすぎていると、人どころではない、君どうしたのと応ずるゆとりがない、すぐ自分のことを言いたくなる。
 そこで、教師というのはですね、人が半年ほど悶々とすることを一週間ぐらいで乗り越えていくように自分をしつけていかないとですね、なかなか、「あなた、どうしたの」というせりふはでてこないような気がする。
 短時間に、ぱっぱと自分の問題を解く方法をみんな考案すればいいんですけど、私はそこのところを、論理療法を借用しているんですよ。
 打ち破れない悩みの壁、「ねばならぬ」の思い込み(ビリーフ)が自分自身を呪縛する。ビリーフを探り出すこと、そして合理性の定規を当てること。
 落とし穴の非合理性に気づくことがブレイク・スルーのはじまり。
 論理療法とは「非合理的な思考をみつけて取り出し、それに有効な反論を加えて、次第に考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出すもの」です。
 自分を束縛するビリーフを検討することは、すなわち自己の省察だからである。
 その省察を通して、みずから不幸を招いているかもしれない自分を見出すことが大切なのだ。
 誤った人間とは、正しく認識することをしない者のことだとプラトンも言った。
 そして「汝自身をしれ」と師のソクラテスは神託を受けたではないか。すなわち、自己を発見せよと。
「ねばならない」の思い込みが自分自身を呪縛する。
 ビリーフを探り出すこと、そして合理性の定規をあてること。
 落とし穴の非合理に気づくことがブレイク・スルーのはじまり。
 私のいちばん言いたいことは、考え方次第で悩みは消える、ということである。
 私の専攻するカウンセリング心理学の立場からいうと、悩みとは欲求不満のことである。
 つまり、人生が思うとおりにならなくて、気持ちが落ち込んだり、自信がなくなったり、世も末だと思ったりするのが悩みである。
 ということは悩みのない人間はいないということである。欲求不満がつきまとうのが人生である。
 そのためにノイローゼになったり、落ち込んだり、浮かぬ顔をしているのはなぜか。
 頭の使い方が上手でない場合に落ち込むのである。
 考え方がツボからはずれているということである。
 つまり人生哲学の検討がたりないということである。
 今の世の中では頭を使わないと幸福にはなれない。
 それで、結論。
 生徒を扱う私たち教師は、生徒の身になる心が必要である。それがカウンセリングマインドの第一ヶ条である。
 そのためには、なるべく生徒と似たような感情体験がある方がいい。特定の価値観に固執しない方がいい。
 それから、自分の問題を素早く解決する方法を身につけた方がいい。
 そういう風な相手の身になるような生徒を育成するにはどうしたらよいか。ここで、SGEが登場して来るんですよ。私の図式ではですね。
 人の身にならなければおれないようなSGEを、小学生向き、中学生向き、高校生向きといろいろみんなが開発すればいいわけですね。
(注) 構成的グループ・エンカウンター(SGE)とは、グループ体験を教師が意図的に組織し、ホンネとホンネのふれあいによる人間関係を通して、今まで知らなかった自分や他者に出会うための教育技法。目的は、ホンネのふれあいと自己発見を促すこと、集団内にリレーションをつくること。
(國分康孝:1930-2018年大阪府生まれ、東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任した。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長、日本教育カウンセラー協会会長なども歴任した。構成的グループエンカウンターを開発した)

 

| | コメント (0)

「授業を通して人間関係を強化し、集団をつくる力を養う」実践例

 佐賀県多久市立中央中学校では数年前まで、生徒同士のつながりだけではなく、教師と生徒との信頼関係、教師同士の連携も弱いことから、校内に問題が出ていた。
 そこで中央中学校がまず着手したのが、教師間の人間関係づくり。そこから教師と生徒の関係づくり、さらには生徒同士の集団づくりに至る過程を追っていく。
 中川正博校長は2002年度に中央中学校に赴任した当時、生徒の姿を見て、
「同じ校舎にいても一人ひとりが孤立していた。子どもたちの結びつきが、とても弱いものになっている」そんなふうに感じたという。
 校内ではちょっとしたきっかけで生徒同士がケンカになるといった光景が、日常的に見られた。ケンカを通してお互いの人間関係が深まればいいのだが、自分の感情を相手にぶつけるだけの不毛なトラブルが多かった。
 だが、結びつきが弱いのは、生徒同士の関係だけではなかった。
 中川校長によると「教師と生徒、そして教師同士の関係も強いものとはいえなかった」という。
 同じ校舎にいても、一人ひとりが孤立しているといったようすだった。中川校長は、
「当時の生徒たちの顔つきは“目が尖っている”という感じでした」
「生徒の目が尖っているから、彼らと接する教師の姿勢も、つい刺々しいものになってしまう」
「また、学校が落ち着かないときには、教師に集団としてのまとまりが求められるのに、教師間の動きもばらばらでした」
「各教師が自らの『経験と勘と気分』で、個別に生徒を指導している状態だったのです」と語る。
 そんななかで中央中学校がまず着手したのは、教師間の人間関係の構築だった。
 教師と生徒、生徒同士の人間関係を築く礎として、まず最初にそこを優先したのだ。
 きっかけは山形県のある中学校を訪問したことだった。
 その中学校はかつて荒れた学校だったが、短期間で建て直しに成功していた。
 そこで導入していたのが、茨城大教育学部講師の笠井喜世氏が提唱する「テトラS」という教師間の連携の手法だった。
 そこで、中央中学校も、テトラSを取り入れることにしたのだ。
 テトラSによる学校再生のサイクルは、
1 現状把握:校内の問題をカードに客観的に書き出す。
2 まとめる:内容が似ているカードをまとめ、それぞれに要約したタイトルをつける。
3 現状分析:なぜ生徒がこのような行動をするのか、意見、思いをすべて出し合う。
4 問題提起:学校が抱えている問題を整理する。
5 目標設定:どの問題の解決に優先的に取り組むか決め、具体的にどう取り組むか、実践可能な目標を設定する。
6 評価:毎日、目標に対してどれだけできたかチェックリストで自己評価(数値化)する。グループで実践の度合いを確認し合う。
7 評価まで到達し、目標が達成されたと班会で認められたときは新しいサイクルに入っていく。
 中川校長は、
「テトラSでは、まず本校の教師35名を担当教科や学年、在籍年数などが偏らないように四つの班に分けます」
「各班では、先生方が生徒の生活態度や学習態度で問題だと感じていることを書き込んだ『現状把握カード』をもとに、なぜそうした問題が起きているのか、問題解決のためにはどのような手法が有効かといったことを話し合っていきます」
「そして問題解決に向けての目標設定と具体的な取り組みを各班ごとに決め、実行に移していくのです」と語る。
「授業が始まっても、学びに集中できない生徒が目立つ」という課題がある教師から提起されたとする。
 班のメンバーは「休み時間と授業中のメリハリがついていないことが理由ではないか」と原因を探っていく。
 そこで「生徒が授業に集中できる環境をつくる」という目標を立て、
「教師は早めに教室に行き、授業開始のチャイムと同時に授業を始められるようにする」
「授業開始の礼は、全員がそろってからにする」など具体的な取り組みを決め、実践する。
 効果のあった手法については、月1回の全体会で全教師にフィードバックされる。
 このテトラSが導入された当初は「ただでさえ忙しいのに、なぜさらに業務を増やすのか」と消極的な態度を見せる先生も少なくなかった。
 しかし、中川校長は「ほかの業務を精選してでも、テトラSにはしっかり取り組んでください」と指示を出した。
 確かにテトラSでの個々の取り組みは、小さなものであったが、小さな成果の積み重ねによって、やがて学校全体の生徒指導のノウハウが蓄積されていった。
 何より大きいのは、ばらばらの方向を向いて指導に当たっていた先生方が、一緒に話し合い、行動するなかで、問題意識を共有できるようになったことだ。
 教務主任の大野敬一郎先生は、
「教師の世界は独立独歩の雰囲気が強いのですが『テトラS』が教師の垣根を取り払ってくれました」と話す。
 大野先生の言葉を受け継いで、教頭の太田春美先生も次のように語る。
「生徒指導でよくみられるのが、生徒指導主事を中心とした一部の先生方が力で生徒を抑え込もうとするケースです」
「この場合、学校に生徒指導のエースがいるときにはうまくいくかも知れませんが、その先生が異動でいなくなってしまったとたんに、生徒の生活は崩れかねません」
「それに比べて今の本校は、学校で何か問題が起きたときに、一部の先生が力を行使して問題を収めようとするのではなく、全員で問題が起きている原因を探り、組織として解決していこうとする態勢が確立されつつあります」
 興味深いのは、教師の関係が変化すると、それが生徒にも敏感に伝わるということだ。
 テトラSの活動を通じて、すべての先生が同じ姿勢・同じ言葉で生徒に接するようになった。
 また、担任や授業を受け持っていないクラスの生徒にも意識が向くようになった。
 例えば、授業に遅刻してきた生徒に対して頭ごなしに突き放すのではなく、
「なぜこの子は、授業を前向きに受けることができないんだろうか」
 というように、子どもを理解しようとする方向へと意識が向かっていった。
 その変化に、生徒が教師に向ける態度も、刺々しいものから柔らかみを帯びたものへと、少しずつ変わっていった。大野先生は、
「もちろん一朝一夕には、生徒の変化は望めません。私が担当している体育でも、3年間取り組みを続けてきて、チャイムと同時に授業を始められる雰囲気ができあがりました。今、本当の意味でスタート地点に立ったところです」
 教師同士のつながり、教師と生徒との信頼関係を取り戻した中央中学校が、力を注いでいるのが、生徒同士の集団づくりの力を高めていくことだ。
 生徒指導のキーワードが、「自己存在感」「自己決定」「共感的人間関係」という三つの視点だ。
「自己存在感」とは、自分が集団を構成する欠くことのできない一人であるという存在感を生徒に感じさせること。
「自己決定」は、生徒に自ら考え決定する場面を与えること。
 そして「共感的人間関係」とは、教師と生徒、また生徒同士が、お互いの存在を認め合い、一緒に高め合っていける関係であることだ。
 中央中学校では、この三つの生活指導上の視点を全ての教科指導のなかで取り入れ、授業の中で実践している。
 研究主任の真子靖弘先生による3年生の「公民」の授業では、社会問題についても自分が知っていることを踏まえて自由に意見を述べる雰囲気がクラスに醸成されている。真子先生は、
「新聞記事を手がかりにすれば、どんな生徒でもそのテーマに対する自分の意見を述べることができます。つまり『自己存在感』を発揮することができる」
「またある生徒の意見に対しては、別の生徒を指名して、賛成や反対の意見を引き出していきます」
「これは自分の意見を述べるには、相手の言葉にきちんと耳を傾けなくてはいけないという『共感的人間関係』をつくり出すことをねらったものです」
「そして授業の締めくくりには『自己決定力』をつけさせるために、最終的な自分の意見をワークシートに書かせ、お互いに見せ合い、みんなの前で発表させています」
 真子先生の授業は、教師の側から生徒に発問をし、その答えを元に展開していくというスタイルをとっている。
 難しいテーマを取りあげるときにも、できる限り生徒が授業に参加しやすい雰囲気をつくる配慮をしているのだ。
 そのような授業のなかでお互いの意見を見せ合う場を保障し、話し合うことができるようにする。
 相手の意見を認め合う過程で学習集団づくりができるといった、授業のなかで生徒指導を行っているのだ。
 また生徒の意見が対立したときには、ディスカッションが取り入れられることもある。
 生徒は、ほかの生徒の多様な発想や意見に刺激を受けながら、自分の考えを深めていくというわけだ。真子先生は、
「生徒には、反論を述べるときには客観的資料に基づいて発言するように指導しています」
「また相手の意見をバカにするような発言があったときには、授業を止めて真意を確認するようにしています。ですから議論が感情論に陥ることはほとんどありません」
 このように授業で生徒同士の良好な関係を築き、学習集団をつくっていく工夫を積み重ねていくうちに、学校行事等での生徒のようすにも変化が見られるようになった。大野先生は、
「体育大会での器械体操や創作ダンスなどの集団演技の練習では、上級生が率先して下級生の指導にあたり、私たち教師が介入する場面はほとんどなくなりました」
「生徒たちは、教師の手を離れたところでも、自分たちで集団をつくり、動かしていく力を身につけつつあります」
 中川校長はこうした集団の力を、今後は学習習慣の定着に活用したいと考えている。中川校長は、
「家庭学習時間を調査すると、家庭学習時間はゼロという生徒が、本校でも5割強はいると感じています」
「生徒会を中心に、生徒が自分たちで『学習や生活を見直そう』という行動目標を立てるような方向に持っていきたいですね」
 中央中学校では、さまざまな教育活動に対する自己点検・自己評価にも力を注いでいる。
 毎学期、57項目にもわたる「生徒指導の自己点検・自己評価」というアンケート用紙を教師に配布。A~Dの4段階で活動を自ら評価している。
 評価項目は、
「生徒の実態や行動の変化を把握し、生徒指導に学校全体が取り組んでいる」
 といった生徒指導に関するものはもちろん、
「地域住民やPTAの諸会合等から積極的に意見や情報を収集している」
 といった家庭・地域・他機関との連携に関するもの、学級運営や教科指導、部活動にかかわるものなど、教育活動全般を網羅している。
 また生徒に対しても毎学期ごとに、「学校生活は楽しいですか」「授業はわかっていますか」といった質問項目から構成される「学校生活についてのアンケート」、
 さらには保護者にも生徒のようすと学校への要望についてのアンケートを実施している。中川校長は、
「こうした自己評価・自己点検、アンケートを通じて、学校が抱えている問題点を明確にでき、改善に結びつけていくことができます」
「また、学校の現状や、学校運営の方向性を地域や家庭に説明するときの根拠データにもなります」
(ベネッセ教育総合研究所:VIEW21(中学版)2005年4月号)

 

| | コメント (0)

不登校の子どもたちを対象とした取り組みにはどのようなものがあるか

 兵庫県生野学園高校は、不登校の子どもたちを対象とした、全寮制の高等学校(中学校も併設)です。
 不登校の子どもたちは人への信頼や自信を失い、不安や焦燥感あるいは無気力感の中で苦悩しています。
 こうした子どもたちにとってもっとも必要なことは信頼できる人と出会い、ゆったりと安心できる環境の中で、本来の自分らしさを取り戻していくことです。
 安心できる居場所を見つけ、信頼と自信を取り戻した子どもたちは驚くほど生き生きと活動するようになります。
 こうした子どもたちの人間的な成長は人とのかかわりの中からしか生まれません。
 人とのかかわりを避け、単に知識や資格を取得するだけでは問題の本質的解決にはならず、先送りするだけです。
 生野学園はこうした考えから全寮制としています。
 学習だけでなく生活をともにする中で子ども同士、子どもとスタッフの間に深い関係を築き、人への信頼感を育て、社会性を身に付けていくことが出来るのだと考えています。
 不登校の子供たちの親が変わっていったきっかけの多くが、自分の子どもとの対話ではなく、ほかの不登校の子どもとの対話であった。
 なぜそのようになるのかと言いますと、自分の子どもとは、最初からそれほど深刻な話はできません。
 しかし、他人の子どもだと、ある程度客観的に冷静に話をできますし、余裕を持って話を聞くこともできます。
 そのため、親の生き方の誤りという核心の部分について、少しずつ気づいていくことができるわけです。
 親の会(2ヶ月に一回)で、徹夜で話をしていくうち、親たちは、少しずつ自分の子どもがどういうことを不安に感じ、学校にいけなくなったかということに気づきはじめます。
 子どもの心に近づきはじめるわけです。
 親が気がついていく姿に、子どもも反応していくのです。
 そのようにして、親子のあいだで「心のキャッチボール」が始まり、「魂の出会い直し」が起きはじめることにより、子どもたちはみごとに立ち直っていくのです。
 親がその生き方を変えることで、子どもが変わっていったのです。
 いまの子どもの問題の大半は、親の責任です。
 親の問題が、子どもにとっていかに大きいかということです。
 神経症で不登校の子どもは、実は完璧主義です。
「ねばならない」ということに縛られています。
 文化祭の準備でリーダーが「完璧にできなくていいから、とにかくやってみよう」と言って、バンド演奏などを成功させました。
 その小さな成功体験が意欲にかわっていったのです。これはひとつのヒントになると思っています。
(高橋史朗:1950年兵庫県生まれ、思想家、教育学者。麗澤大学特任教授。親学推進協会理事長)

 

| | コメント (0)

「辞書引き学習法」で、子どもが辞書を引きたくてたまらなくなり、どんどん辞書を引くようになるにはどうすればよいか

 深谷圭助先生が「辞書引き学習法」を始めたのは、ある一人の子どもが国語辞典を机の上においてさまざまな授業の中で楽しそうに辞典を引いていたので、みんなでまねをしようかということからです。
 この学習方法の特徴は、自分で気がついて自分で調べる心構えができることです。
 子どもたちは気がついたことや疑問に思ったことを調べるようになっていきます。
 かな文字を習い始める小学校1年生から国語辞典を与えることで、日常生活における疑問や、子どもの生活上で登場するものやことを調べさせ、自ら学ぶ態度や自ら学ぶ学び方を習得させようとする学習法である。
 付箋紙に、辞書で調べた言葉を書き込み、辞書にはさむというプロセスに特徴があり、小学校1年生の児童でも、数千枚の付箋を辞書にはさむようになる。
 子どもが「辞書を引きたくてたまらない!」というところに持っていくには、大人の側の工夫、「種まき」が必要です。親や教師で上手な種まきをすれば、たくましい芽が伸びていきます。
 辞書を引きたくなる工夫は、 
1 引いた言葉に付箋紙を貼る
 1年生の辞書引き活動の最大の秘密が「付箋を貼る」ということなのです。
 1年生はものごとのとらえ方が単純で、「多い」「少ない」はわかりやすい。
 ですから、付箋を貼り、どんどん増えていくことは、子どもたちにとってうれしいことなのです。
 しかも付箋なら、自分のがんばりを、目に見える「量」として実感できます。
 達成感を感じ、さらに辞書引きに励むという好循環が生まれるのです。
 子どもたちは「言葉集め」というゲームに参加しているようなものかもしれません。
 付箋には、番号と調べた言葉を書き込むように指導します。
2 辞書のケースやカバーははずす
 辞書に対する抵抗が少しでも少なくなるよう、使いやすさを第一に考えましょう。
 カバーがかかっていれば扱いにくいですし、いちいちケースに入れていては、引きたいときにすぐ引くことができません。
3 つねに机の上にだしておく
 気になることがあったらすぐに辞書に手が伸びるよう、常に子どもの視界に入るところに出しておきましょう。
 学校では机の上、ご家庭でしたら食卓やリビングのテーブルのまわりに置いておくとよいかもしれません。
 深谷先生は辞書引き学習法のすすめかたをつぎのように述べています。
1 小学校一年生から始めるとよい
 小学校一年生は、言葉に対する興味・関心が非常に高まった状態にある特別な時期なのです。
 小学校入学前の子どもは、自分がすでに獲得して使いこなしている言葉と、自分の体験との間にギャップがあります。子ども自身は、見て知っているのだけれど、なんと表現したらよいかわからないといった状態にあります。
 ですから、小学校で自分の体験した言葉と出会うと、新鮮な喜びを感じるのです。まるでスポンジのように新しい言葉をどんどん吸収していきます。
2 辞書を自由に使わせる
 一年生に辞書を持たせると、何が書いてあるか興味しんしんで、辞書を調べるというより、いろんなことが書いてある読み物なのです。
 辞書というのは、世の中のことを簡素にのべようとしています。だからこそ、子どもにも訴えるものがあります。
 その説明を読むこと自体を楽しみます。子ども向け辞書にはイラストが多く、眺めているだけでも楽しいものです。
 自由に使わせて多様な活用の仕方を見つけさせることが大切なのです。
3 知っていることがどう辞書に書かれているかを知ることが学問との出会い
 子どもたちに辞書を持たせると、まず知っている言葉さがしにハマる子が多いのです。
 一年生の辞書の使い方の特徴として、すでに知っている言葉を探すというものがあります。
 ふだんの生活の中で見聞きしているものや、話している言葉、体験していることも、辞書に掲載されている。
 たとえば、自分が知っている“チューリップ”が、辞書の中で、説明されているようすに子どもたちは新鮮な驚きを感じます。
 これは、いわば「学問との出会い」、すなわち、世界を客観的にとらえる第一歩だといえると思います。
4 「学びのスタイル」を身につけることができる
 国語辞書は、生活の中で登場するあらゆる事柄や言葉を網羅しています。ですから、日常の中で子どもが疑問に思ったことをすぐ調べることができる、手軽なツールになります。
「疑問に思ったら辞書を使って調べる」ことが朝起きたら顔を洗うのと同じように、生活にとけこんでしまうのです。
 この「学びのスタイル」を身につけた子どもは、学ぶことを苦労と思わなくなります。
 生活を丸ごと網羅している国語辞典が、生活を知的にとらえ直そうとしている小学1年生の教材として最適なのを理解していただけると思います。
5 「自分だけ」の愛用の辞書を持たせる
 1年生が学校生活に少し慣れ始めるゴールデンウィーク前に「国語辞典購入の案内」を保護者向けに配布します。
 学校で一斉購入するのではなく、各家庭で、子どもに合った「わが子専用の辞書」を用意してもらいます。子どもといっしょに辞書を買うとよいでしょう。
 親が用意したものを手渡されるよりも、子どもが自分で選んだ辞書のほうが「自分の辞書」という愛着を感じられるからです。
 ただし、1年生にもっとも適した辞書は、総ルビつき、1万5千語以上収録の辞書で、辞書の本来の機能である語句の説明がしっかりとされていること。
 たとえば、「学習国語新辞典」小学館 19000語等があります。
 愛用の辞書を持たせるねらいのひとつは、好きなだけ線を引っ張ったり、付箋を貼ったり、書き込みをしたりと、子どもにどんどん辞書に手を入れていってほしいということです。
 各家庭であえて違う辞書を持たせるのは、同じ言葉を引いても、辞書によって説明の仕方は異なります。
 それで子どもが立ち止まり、考えます。「はてな?」を生み、いろいろな解釈を知り、自分なりの考えを追求する契機となり、探求活動のきっかけとなるのです。
 この点は非常に重要です。「自ら学ぶ力を育てる」うえでは、辞書によって書いてあることが違うことに気づかせる方が有効です。
 辞書がボロボロになっていけば、「自分はそれだけ勉強しているんだ」と誇らしい気持ちにもなります。
(深谷 圭助:1965年愛知県生まれ、愛知県公立小中学校教師、立命館小学校教頭、同校長を経て中部大学教授。こども・ことば研究所理事長、「辞書引き学習法」の提唱者)

| | コメント (0)

教師は情熱が第一条件だが、そこに技がなければいけない、エンカウンターを採り入れて生徒同士の関係を深め、荒れの克服をめざした

 鹿嶋真弓先生は、「エンカウンター」という手法を使って、生徒同士にコミュニケーションをとってもらい、クラスの絆を深めていくという教育で、有名な先生です。
 鹿嶋先生は、今では、いじめのない理想のクラス作りの第一人者ですが、やはりここまでの道のりは壮絶なものでした。
 鹿嶋先生が40歳のとき、異動して受け持ったクラスは、いわゆる学級崩壊状態。
 鹿嶋先生が教室に入ると「ウザイ」「ババア」「帰れ」と言われた。
 何かしゃべると「聞いてねえよ」と返ってきたそうです。
 授業中に机の上を走りまわる生徒、理科の実験中、火のついたマッチが飛んできたこともあったそうです。
 鹿嶋先生は、胃潰瘍になり、学校の校門をくぐるのが怖くて、帰ってしまったこともある。
 「人間やめますか?それとも、教師やめますか?」というような状況だったそうです。
 鹿嶋先生は、20年近く教師をやってきて、はじめて「教師を辞めたい」と思った。そして、友達に「教師を辞めたい」と相談したそうです。
 友達から帰ってきた言葉は、「鹿嶋さんらしくないね」でした。
 そこで、鹿嶋先生は、ハッとします。自分が20歳代の頃、ガムシャラに教師をやっていた時のことを思い出します。
 「今の私は、自分の苦しみから逃れるために、昔のように本氣で生徒に向き合っていない」
 「本当に一番苦しいのは、子どもたちじゃないだろうか?」
 「子どもたちに、何かしてあげられないだろうか?」
 と鹿嶋先生は考えました。
 子どもたちが担任を無視したのは、前学年の担任6人のうち5人が勤務継続年限のため他校へ異動となり、生徒たちは「見捨てられた」と感じ、教師を信頼できなくなっていたからだった。
 同じ学年の担任は皆、夜遅くまで学校に残り対策を話し合った。
 6月初旬の2泊3日の移動教室で、小さいころに親から「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」を思い出す「内観」をやろうということになった。
 担任がまず自分の思い出を話した後、内証で親から預かっていた手紙を生徒たちに渡し、生徒たちが壁に向かって読んだ。
 生徒たちが感動している様子が背中から伝わってきた。すすり泣く生徒もいた。
 そして、その手紙を、生徒同士で見せ合い、コミュニケーションを取り始めたそうです。
 一人の生徒が鹿嶋先生のところにやって来て「先生読んで」と手紙を差し出した。それまで「ババア」と罵っていた生徒だった。
 鹿嶋先生だけでなく参加した教師みんなが変化の兆しを感じた。
 ここで鹿嶋先生は気づきます、
 「そうか、先生と生徒ではなく、生徒同士がコミュニケーションを取れる方法を考えればいいんだ」
 そこから「エンカウンター」を使って、生徒同士がコミュニケーションをとれる方法を作っていったそうです。
 「思っていることは言う、書く」を継続することで関係性を深めていくことが大切だと考え、何かをしてくれた友だちにお礼のメッセージをあげるエクササイズ「あなたに感謝」を席替えの度に行った。
 次第にクラスの雰囲気がまとまっていくのを感じた。
 担任による日ごろの観察と合わせて「気になる子」をピックアップし、学年会やスクールカウンセラーなども交えた検討会で対応を話し合う。
 また、年2回の「ハートフルウィーク」では、自分の話したい先生を選んで相談ができるようにもなった。
 「エンカウンターの授業が生きるのは、仲間の教師の存在と学校全体での取り組みがあってこそ」と鹿嶋先生は強調する。
 受験への対応でしばらくエンカウンターの授業をできずにいると、給食の最中に一部の生徒たちが「勝手にエンカウンター」と称して、友人への感謝の気持ちを伝え合い、拍手をしていた。
 「自分のした行動が人から感謝される」→「自分の行動は人を喜ばせると自覚する」→「他の人にも同じ行動をしてみたい」→「他の人からも感謝される」と言う思考や行動が強化された成果だと、鹿嶋先生は感じた。
 「エンカウンターですぐに生徒が変容し、自己成長していくわけではありません。日々揺れ動く思春期の心に寄り添い、そうした揺れに対して臨機応変に展開していくことこそ、いまの中学で求められているのだと思います」
 生徒同士にコミュニケーションのきっかけを与える「エンカウンター」(構成的グループエンカウンター)は、アメリカで開発された考え方を、日本の教育心理学者・國分康孝氏が持ち込んだ。鹿嶋先生はそれを現場で実践した先駆者の一人だ。
 例えば、「愛し、愛される権利」「きれいな空気を吸う権利」「遊べる・休養できる時間を持つ権利」など鹿嶋が提示した10の権利のうち、何が一番大事かを生徒達に話し合わせる。
 6人ほどのグループに分かれ、それまで話をする機会の少なかった生徒同士も意見を交わす。
 大事にする権利も、その理由もそれぞれ違う。話し合うことで、互いの価値観を知り、関係が深まっていく。
 鹿嶋先生がこうした授業を取り入れる背景には、自身の教師生活の中で感じている「生徒の変化」がある。
 最近の生徒達は、コミュニケーションの力が落ちているというのだ。
 人付き合いが苦手で、ほっておくと、なかなかクラスメートと関わろうとしない生徒もいる。
 核家族化が進み、地域社会の結びつきが薄れている昨今、他人と関わる場として、学校の役割はますます大きくなっていると、鹿嶋先生は考えている。
 鹿嶋先生は、さまざまなエンカウンターのプログラムを駆使し、生徒同士を関わらせる。生徒一人一人が絆(きずな)の糸でつながっていれば、いじめや学級崩壊は起こりえない。
 生徒同士のネットワークが張り巡ったクラスを鹿嶋先生は常に目指している。
 鹿嶋先生は、
 「自分は独りよがりだった。私ばっかり、なんで私ばっかりこんな辛い目にあうの、と考えていた。けど、見方を変えた瞬間に、周りの人を支えたいと思った」
 「視点を変えれば、光は必ず見えるんだ」
 「教師は情熱が、まず第一条件」
 「情熱だけではダメだなっていうことを体験したので、そこにワザがなくちゃいけない」
 「立ち止まることなく、いつも研究をし続けながら、現在進行形で実践する人でなければいけない」
 と語る。
(鹿嶋真弓:広島県生まれ、東京都公立中学校教師(30年間)、神奈川県逗子市教育研究所長を経て高知大学教授を経て立正大学特任教授。文部科学大臣優秀教員表彰。日本カウンセリング学会賞受賞。専門は学級経営、人間関係づくり、カウンセリング科学。構成的グループエンカウンターなど教育現場に活かせるワークショップを展開。『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK)出演)

 

| | コメント (0)

教師に求められている能力とは何か、どうすれば身につくか

 教師に求められている能力は、
1 話術と専門的な知識
 従来の講義型授業で求められる専門的な知識や独演会的な話術である。
(1)話術
 話法が単なる技術として、その大切さが軽視されている。
 授業を成り立たせる要素の一つが「語りのうまさ」である。
 ベテランの教師に話術のたくみな人が多かった。
 例えば、語りの上手な次のような教師がいた。
 ある小学校の教師は、お話を低学年の子どもたちにして、45分間飽きさせなかった。
 話しの構成、間の取り方、声の強弱、身振りと表情に工夫をこらして話しをした。
 その教師は、大学生のときから、紙芝居、人形劇、寸劇などの表現活動を中心に行うサークルに入り、20年近く活動を続けている。
 話しの分かりやすさは、話しの構成力に負うところが大である。
 話しのおもしろさは、話し方と豊富な雑学的知識による。
2 子ども理解能力
 一人一人の子どもに対する的確な理解を行う能力。
 子どもの気付きや、驚き、感動や興味を尊重し、子ども独自のものの見方や考え方の筋道を重視する。
 教師が授業中、子どもの発言、行動観察、作品(ノート・ワークシート)等より、さまざまなことを把握すること。例えば、子どもたちは、
・何に関心をもっているか。
・何にこだわっているか。
・何がネックになって学習が進まないか。
・どのような発想をするか。
・どのようなことによって、考え方や見方が変わるのか。
・どのような筋道で物事を考えているか。
・どのようなことに学ぶ喜びや達成感を感じているか。
 授業の巧みな教師は、毎日の授業で、無意識のうちに子どもを理解し評価する活動を頭の中で行っている。
 将棋のプロ棋士は、一瞬のうちに最善の手を見つける。
 授業中の瞬時の判断こそ、力量の差が表れる場面である。
3 対応力(対話力)
 子ども理解に基づく臨機応変の対応力(対話力)である。
 コミュニケーション授業がうまい教師の授業に共通していることは、教師が自分も知らないこと・知りたいことを問い、子どもが知らないこと・知りたがっていることを伝える。
 教師が一方的に話すのではなく、子どもの話しを引き出し、それに応える。例えば、
(1)ある発見や気付きに導いていく能力
(2)一定の時間内に、一定の内容について対話を終える必要もある。
(3)クラス30人の勝手な思いと対話していくことができる。
 先輩の授業を参観して、実際に子どもの前に立って授業をして失敗し、もう一度やってみるという繰り返しが必要。
 対話を成り立たせるためには、相手の理解が不可欠である。
4 教師の能力向上のための研修
 「伝承」と「創造」の二つが必要である。
 将棋の格言・定跡のように、初心者は格言・定跡を使って基本を身につけ、「名人に定跡なし」とトッププロは、新しい手をひねりだす。
 教師の指導力向上のために、授業では、子どもとのコミュニケーションや、子どもの学習への評価(理解)などが重要である。
 小学校における指導力不足教員は、40~50歳代が多く、研修後、学校現場への復帰者が少ないことから、若手のうちに予防策を講じることが必要である。
 専門とする教科・領域を定め、時間外にも行える研究仲間との研究会方式が効果的である。
 教師の指導力向上のためには、
(1)「鉄は熱いうちに打て」と言われるように、素直に吸収できる教職5年目までの期間に、授業の基礎を身につけさせておくことが必要である。
(2)内容は授業研究に大胆に時間をおく
 若い教員が授業に集中できるよう、校務を精選する。
 服務事故の原因の多くは、指導力不足からくる、子ども・保護者・同僚とのストレスにある。
 経験を重ねるにしたがって、校務処理、学校運営などに比重を増やしていく。
 私の経験から言うと、学力の定着度が高い学校というのは、生活面でも落ち着きが見られ、学校行事や学級活動において、子どもがいきいき活動している。
(3)自己研修
 授業力の向上は、常に自分の授業の問題点を意識し、改善の努力を続ける姿勢が必要なのである。
 ある教科にしぼって、1年間、全授業を録音し、通勤途上に聴くという方法を勧めたい。
 私は、若い20歳代後半に、専門とする社会科のすべての授業について事前に学習指導略案を作成した。
 授業後、苦手であった話し合い指導の場面についての授業記録を起こした。
 板書を記録し、子どもの作品をすべてコピーして授業分析を行った。
 準備に3時間、記録と分析に3時間、計6時間かかった。
(4)授業が楽しければ学級崩壊はおこらない
 子どもは、「授業が楽しければ学級崩壊はおこらない」と思っている。(大阪大学の秦政春教授の調査)
 授業に自信をなくしている教師が多い。
 授業を苦痛に思うことが「よくある」「ときどきある」という教師が6割(同上)。
 授業がうまいと「あまり思わない」「まったく思わない」という教師が6割(同上)。
 忙しくて疎かになっている仕事の1位は、教材研究(39%)であった。
 大阪大学の秦政春教授は、
 「授業さえ、きちんとしていれば子どもはついてくるものだという自信が教師になくなったことが、学級崩壊に反映されていると思う」と述べている。
 子どもは、教師と子どもの人間関係づくりに精力を傾けるよりことよりも、授業の充実に力を注いでくれることを望んでいる。
 授業が充実すれば、教師に対する信頼感が生まれ、人間関係もよくなる。
 教師は専門職である。実際に何回も失敗を重ねながら、その資質や能力を高めていくものであろう。
 一心不乱に授業のことを考える、そんな毎日を過ごすことによって教員の授業力は高まる。そのことを後ろ押しする教員研修の在り方が、今、問われていると思う。
(鈴木義昭:東京都公立小学校教師を経て、元東京都教育委員会統括指導主事。指導力不足教員を対象にした研修に携わった後、問題を起こした教員を対象にした研修を担当した。多くの教員を見てきた経験から、メディアなどで提言を行った)

 

| | コメント (0)

大正時代に提唱した手塚岸衛の「自由教育」はどのようなものであったか

 手塚岸衛は、1919年に千葉師範学校附属小(現千葉大教育学部附属小)の主事となる。
 ここで教育の画一性を廃し、子どもの自発性、自主性を最大限に発揮させるという自由教育を提唱し、その名を全国に知られるようになる。
 1921年東京師範学校の講堂で開かれた八大教育主張の大会で、手塚は「自由教育論」の演題で「子ども自らが、自らの力を出して自己を開拓して進む力をつけてやるのが教育である」と主張した。
 その後、1926年、千葉県大多喜中学校校長となるが、配属将校の扇動によって校長排斥運動を生徒らが起こしたことが原因となり、辞職に追い込まれる。
 1928年、東京で、自由主義的教育の理想を掲げ、幼稚園・小学校・中学校からなる自由ヶ丘学園を創立した。
 大正デモクラシーの影響を受けた手塚は、試験や通信簿をなくし、子どもの個性を尊重した教育を行った。
 手塚は教育に没頭していきますが、資金繰りの困難さに加えて、生徒管理の難しさに失意のうちに病没してしまった。手塚の死去によって学園は苦境に陥った。
 大正期の教育は、大正デモクラシーの影響をうけて、明治時代の画一的な注入主義教育を、子どもの生活や学習を中心としたものに転換しようとする「新教育(自由教育)運動」が全国的に高まりをみせた。
 児童の個性の尊重と自由な学習を目指した「児童中心主義」的な方法であった。
 東京の成城小学校(校長:沢柳政太郎、主事:小原国芳)、児童の村小学校(校長:野口援太郎)、奈良女子高等師範学校附属小学校(主事:木下竹次)、千葉師範学校附属小学校(主事:手塚岸衛)、明石女子師範学校(主事:及川平治)などがよく知られる存在となっていました。
 この自由教育は県内から全国へと拡大してゆく傾向を示した。しかしながら、県教育行政部局、教育者などから自由教育に反対する者もでてきた。手塚は、
「その反対の多くは経過に等しい経験に基づく素朴なる常識論か」
「しからずんば、自由の語感を毛嫌ひして―あのカントの厳粛な哲学上の自由であるのに気づかずに―これを排斥する俗説か」
「または、たゞ何事も旧に泥み新を厭うて真をも捨てる守旧主義か」
「時には彼等が自由教育などゝは小癪な片腹痛い言分であるとする感情論さへ交つてゐるとさへ思はさせられた」
 と述べている。
 手塚じたいが反体制派の教育家であったかのような誤解をその後に生んでいったきらいもある。
 各学級の級長は校長による任命制から子どもたち自身による直接選挙での選出に改め、全校朝会を5,6年生による自主運営に委ねるなど、当時としては画期的な改革を試み、「分別扱」(小集団方式)と「共通扱」の臨機応変の展開による授業形態の改革などとともに注目を集めた。
(手塚岸衛:1880- 1936年栃木県生まれ、福井、群馬、京都女子の各師範学校の教師を経て千葉師範学校附属小学校の主事になり自由教育を提唱し、その名を全国に知られるようになる。千葉県中学校長となるが辞職に追い込まれた。1928年、東京で自由ヶ丘学園を創立するが道半ばで病没した)

| | コメント (0)

子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか

 子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか、カニングハム久子はつぎのように述べています。
 日本人駐在員の5歳の子どもがいた。ふざけてセラピーが進まない。甘やかしと叱らない無責任な子育てのためである。
 久子先生は厳しい声音で、
「大人も子どもも悪いことをすれば叱られます。久子先生も子どものとき、悪いことをするとうんと叱られて、良いことと悪いことを教わりました」
 子どもは驚いて久子先生の顔から目を放せない。
 その間にも久子先生は、子どもの脚に私の脚をくっつけて体温を通わせていた。
「先生は○○くんを大切に思うから、いけないことにはダメって言います」
 幼児とはいえ、まずは、しっかりと誠実に対応することしかない。
 子どもは気分を取り直してセッションを終えた。
 そのあと、久子先生は両親に懇々と話した。
「親も毅然として躾に関わらなければ、○○くんの一生を誤らせてしまいます」
 そして、○○くんにも、
「いつもほめられるような子どもになるために、久子先生のところにくるのです」
「久子先生は○○くんのことをとても大事に思っているのよ」
 次のセッションからはふざけが減り、「聞く」態度が少しずつ身についてきた。
 家庭でも遅まきながら躾をし、叱ったあとの慈しみに満ちたフォローをするようになった。
 親が変われば子どもも変わるのです。
(カニングハム久子:1934年長崎県生まれ、ニューヨーク在住の臨床教育スペシャリスト。
毎年来日し、自閉症、ADHD、学習障害などの発達障害、子育て・教育全般に渡るアドバイスの依頼を受け全国各地で講演を行う。日・米教育関連機関の教育コンサルタント、ニューヨーク臨床教育父母の会主宰、全米精神遅滞研究協会最優秀臨床教育賞)

 

| | コメント (0)

「遊び」の効用は限りなく大きい、遊びを活用して「元気はつらつとした子ども」を育てよう

 平成の初め、全国的に都市型過疎化が進行し、東京都台東区に統合して新しい小学校がスタートすることになった。
 そのとき学校が心配したのは「校区が広くなって子どもたちが登校をしぶるのではないか」ということであった。
 そこで、子どもにとって「魅力的な学校を創る」ことをテーマに掲げて、地域人材を活用する授業展開を様々に試みた。
 そうした活動の中で、子どものやりたいこととして選んだのは「遊び」の導入であった。
 毎朝15分間、子どもが好きな遊びを選んで行う。
 ただし、校庭が狭いことからサッカーのようなチームゲームは禁止し、1人で遊べることに限定した。その遊びの種類は、
 マラソン、鉄棒、なわとび、バスケット・シュート、お手玉、折り紙、読書、けん玉、あやとり、竹馬、一輪車、パソコン、自由研究である。
 実はこれらの遊びはすべて「腕が上がる」ようになっている。
 遊びを導入した結果、学校に新しい雰囲気が生まれたのである。
 学校で「好きな遊びができ、遊びを選ぶことができ」「遊びで腕を上げることができ」 「遊びで仲間ができる」という雰囲気が生まれた。
 腕をあげるために、子どもは次にここまで上達したいと「めあて」を決め、学級のボードに「見て見てカード」を掲げる。
 その遊びの時間を「チャレンジ」と名づけている。
 保護者も参加していいが、教えない。子どもが見よう、見まねで上達するのを見守る。
「魅力ある学校づくり」は効果があり、上野小学校に不登校児童がいない状況が何年も続いたのである。
「遊び」の効用は大きかった。遊びの効用とは、
(1)遊びには面白さとともに開放性と自由性があり、夢中になれる
 そのため心身がリフレッショする。朝の遊びは目覚めを促し、気持ちをシャンとさせ、情緒が安定する。
(2)遊びで仲間内での約束やルールを学び、社会性が身につく
 勝ったり負けたりすることで敗者復活の対処の仕方を身につける。
 だから、勝敗にこだわらなくなり、自他の力関係を客観的に判断できるようになる。社会性が自然に身につく。
(3)遊びは練習し、頑張ればできるようになるので忍耐力が身につく
 上達するためには繰り返し練習する必要がある。好きな遊びだから練習が苦にならない。
 自然な形で練習の大切さと、頑張ればできるようになる、という忍耐力や生き方の基本を身につけることができる。
(4)遊びは全身を鍛える
 けん玉や竹馬は全身のバランス感覚が得られる。手先と体と頭が一緒になった運動である。
 巧緻性が高まり、集中力が生まれる。体を動かすことと、精神を働かすことの統合が起こる。
(5)遊びを選ぶことの教育的効果も大きい
 きょうは何で遊ぶか、という「自分のやりたい」ことを選ぶことは子どもの主体性や個性を育てる。
 それは子どもの個々の生活感覚や学習への態度を豊かに形成する。
 小学生の暴力行為が増加しているが、子どもの遊びの減少が背景にあるのではないか。学校は遊びを積極的に生かすべきである。
 東京都品川区のある小学校の朝、登校すると15分間子どもたちは校庭で思いっきり遊ぶ。「生き生きタイム」の時間である。
 どの子どもも元気はつらつとした表情で明るい。「朝ごはんを食べてきたから」と口々にいう。
 校長は「子どもの目覚めが悪いことに気づいて、目覚めを促すために外に出て遊びをさせた。その結果、朝ごはんを食べてくるだけでなく、10時前就寝も多くなった、学力も高まった」と語っている。
 また、高学年担任の教師は、
「これまで朝の授業は反応がなかなか返ってこなかったのが、生き生きタイムを実施したあとは、いい反応が返るようになった」と言う。
 最近の子どものテレビ漬けや夜更かしはかなり深刻な状況であるが「早寝・早起き・朝ごはん」を提唱するだけでは十分でない。それができるための仕掛けが必要である。
 子どもの心に「早起きしなければ」と思わせる動機づけが必要である。「生き生きタイム」はそのための仕掛けである。
 最近の子どもは体全体を動かす遊びが足りない。子ども同士が群れになって行う遊びが少ない。
 遊ばないと、勝ったり負けたりの敗者復活の経験ができない。
 遊びはストレスを発散させる特効薬だが、その薬を与えられないため、すぐキレる、暴力を振るうなどの短絡的な行動に走る。
 遊びだけではない。多くの面で「子どもらしさ」が失われているのではないか。
 将来的には「人間力」形成は重要だが、今の子どもに必要なのは、元気はつらつとした「子ども力」ではないかと考える。
 その意味で、朝の15分間の「生き生きタイム」はどこの学校でも真似してほしいことである。
 それは子どもが1日通して学習も生活も有意義に過ごせることが最も重要だからである。「遊び」は活力の源なのである。
 しかし、最近の子どもはテレビゲームのような室内遊びに熱中するが、戸外で遊ぶ姿を見ることが少なくなっている。
「遊び」の効用は限りなく大きいのである。
(高階玲治:1935年樺太生まれ、北海道で小・中学校教師、北海道立教育研究所副部長、盛岡大学教授、国立教育研究所室長、ベネッセ教育研究所顧問、ベネッセ未来教育センター所長、教育創造センター所長を務めた。専門は、教育経営、学習指導、特別活動など、講演と幅広く活躍した)

 

| | コメント (0)

子育ての原点は安心感、親の愛は自立への出発基地、自然に育っていく子どもの力を信じ、家庭の機能を生かそう

 斎藤慶子臨床心理士は、医療という場を中心に、長いことたくさんの方々と継続的なかかわりを持った。
 ちょっと見には同じような子どもの実態でも、その背景は実に多様でした。
 けれども、あわてずていねいにときほぐしていくとき、いくつかの軸をもって検討していくと、必ず打開への糸口が引き出されていきます。
 実は子どもの暮らしに起こる、小さな一こま一こまが「自ら育つ営み」の資源となっていくのです。
 なにが子どもの不安を表している事柄なのか、子どもが大人になっていく自分に誇らしさを実感して満足するのはどのような経験からなのか、その実感が未来の自分にどのようにつながっていくのかは、子どもが自ら育つ営みの資源となっていく。
 子育てで、なにごともなく通り抜けられるはずという親の思いこみの中で、おもいがけない苦労を親が経験する。
 親が共通する苦労は、まわりの子どもたちとの摩擦、子どもへのじれったさ、先の見通しが見えない不安などである。
 なにか予想外の困難に遭遇したときに、ともするとだれか一人を悪者にして処理しようとする親自身の防衛反応が起こる。
 たとえば「子どもがいうことを聞かない」「教師が冷たい」などと、責任を逃れるための楽な言い訳を見つけようとする。
 子どもに対して大人が禁止や指図による働きかけにとどまってしまうと、子ども自身の自発的な動きはなくなり、成熟への手がかりも損なわれていく。
 ものごとの善し悪しに親が強くこだわらずに、ゆるやかな姿勢で子どもを見守る中から、子どもたちは息を吹き返し、よりよい適応に至っていく。
 子どもは「自ら成長し変わっていく」という発達のしくみがある。
 子どもを理解し、対応の指針が見えてくれば、親と子どもの関係が「親が変わることによって子どもが変わる」関係へと変化していく。
 子どもが自ら成長し変化していくことを信じ、注意深く見いだしていこうとする親の態度を、子どもたちは求めている。
 家庭でなければならない機能とはどのようなことが期待されるのだろうか。
「やすらげる」「巣ごもれる」「さ迷える」「羽ばたける」「巣立つ」これらの言葉が、家庭という場に求められる働きなのではないだろうか。
「やすらぎ」は、生命の安全が保障される営みが主流の乳児期は、まさにやすらぎの意味が大きい。
「巣ごもり」は、家庭の外で仲間や先生とのつき合いで自分を発展させていくが、自分が自分そのものと向き合って、なにかをする営みは、まさに巣ごもりであろう。
「さ迷い」は、家庭の中で無為に過ごしているのではなく、本を読んだり、ものをつくったり、一人になれるときに得るものがある。家庭でなんらかの模索、さ迷いが続いているのである。
「羽ばたき」は、まわりとのかかわりから、自分の在り方を揺さぶられて起こる、迷いを静かに暖め直し、新たな吟味を始める場でもある。
「巣立ち」は、自立への試みをする基地でもある。
 そのひとつひとつには、親や兄弟姉妹とのかかわりから得た智恵や力が働いていく。
 親が子ども時代の失敗を語るのもよい。
 少なくとも時間に追われている生活を、露骨に子どもにぶつけないように加減をすることが保障されていれば、子どもは家庭に満足する。
 そのうえで、基本的なしつけは、人格の成熟を助ける手だてのひとつとして、おりにふれて関心を向けるようにしたい。
「しつけ」とは、人々が集まって暮らしていくのに、お互いに認め合い、許せる基準を持てるようにしていくことである。
 その結果、人と調和して暮らしていける安定した情緒が発達していくのである。
 相手を思いやる気持ちを持たせるのは、家庭ならではの役割であろう。
 同時に、あいさつは強制的に子どもに言わせようとする前に、大人がいつも言っている雰囲気が大切である。
 社会の基本となる機能を持っている家庭生活で、お互いに尊重し合うことを大切にしていこう。
 子育てに失敗しないためには「ふだんの生活の中で子どもが安心感を回復していく」ことこそ、子育ての原点であると言い切れるのではないだろうか。
 親よりもはるかに小さく、弱く、力のない子どもが、実はいつも大きい問いかけやメッセージを送っているのではないだろうか。
 日常生活で子どもが安心感を回復するには、「やさしさ」に基づく親の援助が必要である。
 その「やさしさ」にはいくつかの側面があって、
「ひたむきさ(一貫した関心)」
「しなやかさ(柔軟性)」
「あたたかさ(感受性)」
「確かさ(かかわりながら観察し、蓄積された事実に基づいた判断:客観性)」
「さりげなさ(日常性)」
 が考えられる。
 安心感が子どもによみがえっていくことが子どもに幸せをもたらす。かかわる大人たちにも幸福をもたらす楽しみがある。
 子育てで、親が自らもいつのまにか人間がひとまわり大きくなっていく喜びを味わいたい。
 親しい人々との間柄を考えてみると、その人のそばにいることが安らぎになり、ゆとりを取り戻す。
 親しい人々がいないと寂しく感じ、いるとさわやかな満足があるといった間柄ともいえる。
 子どもが欲しいもの、食べたいものを充足するのが本来の愛の姿ではない。
 子どもには子どもなりの世界がある。
 やっかいでも子どもが必ず通らなければならない道筋を、外れないように見守るという親の包容力が、こどもにとっての最高の愛の保証ではないかと考えてみたい。
 大人の常識からすれば、大人が普通に進んでいる道を子どもに譲らなければならないことがおきる。
 大人にとっては多くの無理が生じるであろう。
 しかし、こどもにとっての意味を考えて、快く「どうぞ」と道を開いてあげるために、大人たちは大人にとって考えにくいことをたくさん考える努力をしてほしい。
 きっとその努力は、のちに子どもから親への「思いやり」という最高のプレゼントをもたらしてくれるはずです。
 愛とは、大人の弱みを正直にさらけ出せる生活態度にはぐくまれる部分が少なくない。
 愛や親密さは子どもにとって自立への巣立ちの出発基地である。
(斎藤慶子:1935年東京都生まれ、武蔵野赤十字病院、戸田病院で心理臨床に取り組む。障害児保育、病児の教育、ターミナルケア、老人問題、メンタルヘルス、精神障害者のケア、青少年の暮らせる場づくりなどの活動に関与)

 

| | コメント (0)

自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるeスクールとは、どのようなものか

 早稲田大学人間科学部eスクールは、スクーリングを除くほとんどの課程をeラーニング(インターネットを通じた授業)で行う日本初の通信教育課程です。
 eスクールの授業は、時間や場所の制約に縛られない。
 つまり、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 2003年に始まり、これまでに1500名以上の卒業生を送り出しました。
 講義をはじめ、レポート提出や小テストなども自宅のパソコンでOK。卒業すると学士(人間科学)が取得できます。
 教材は通学制の授業を撮影した映像をベースに、スタジオで新たに収録した動画や参考資料などを加えます。
 これを単元ごとに一定期間内であれば、同じ講義を何度でも繰り返し受講して理解を深めることができる。
 講義の受講をはじめ、電子掲示板での質問・議論、レポート提出や小テストまで、すべてインターネットでおこないますので、大学への通学が難しい人も自分のペースで卒業を目指すことができます。
 自分のペースで取り組むということは、ともすれば卒業まで孤独に頑張り抜くといったような印象があるかもしれません。
 しかし、実際の科目履修においては、クラスごとに電子掲示板が設定されており、履修学生同士による意見交換や教員への質問等のために双方向のコミュニケーション環境が整えられています。
 また、各科目には教育コーチが学びを支援してくれます。
 eスクールの学生は、30~50歳代の社会人が中心で、在籍人数の半分以上を占めますが、若い人は18歳から、上は70歳以上と、その裾野はすべての世代をカバーしています。
 そうした人々がeスクールで学ぶことを決心した背景は多岐にわたり、仕事に役立てたい、自分の仕事を学問的に見直したい、最新の知識を身につけたいといった具体的な動機から、自分の人生を見つめ直したい、夢を実現したいという抽象的なことまでさまざまです。
 eスクールは、社会に出て、新たに学びたいと思ったときにいつでも大学で最先端の科学と技術を学べる環境を整える役割を持っています。
 eスクール立ち上げから関わってきた野嶋栄一郎名誉教授は次のように述べています。
 eスクールを開始して改めて感じることは「社会人は優秀である」ということです。「私」が鍛えられているのですね。
 eスクールは、「対面授業ではないから通学生に比べ、ハンディキャップがある」と考えられ勝ちですが、これは大きな間違いです。
 講義は全く同じものであり、かつ、電子掲示板により個別の疑問に対応、議論は、リアルタイムではありませんが、24時間展開され、受講生全員が共有出来ますので、授業の中で展開する以上に、学びに広がりが生まれるのです。
 中には海外在住の学生や、社会人経験のある人が多く、議論の種となる経験が具体的でシビア、指摘が鋭い。
 ただ講義を受ける一斉授業よりはるかに質が高まる可能性が高いといえます。
 eスクールでは1講義につき最低1人、院生などが「教育コーチ」としてつき、講義後の電子掲示板での対応を行っています。
 eスクールの学生は、一人ひとりがウェブサイトの講義映像を見ながら学習を進めつつ、オンラインディスカッションで意見を交わして理解を深めていく、個人学習と協調学習である。
 従来、大学で一般に行われてきたのは、一人の教員が主導権を握って何かを伝える教え方である。
 例えて言うなら、馬にくつわを付けて「正しい方向はこっちだ」とぐいぐい引っ張るような教育でした。
 eスクールを進めるうちに、能動的な学びを引き出すのに適していると野嶋教授は確信しました。
 学生たちが行きつ戻りつしながらも、互いに触発しあって何かを見出していく。
 そんな授業の在り方こそが、人を成長させるのだという思いを強めました。
 そのために野嶋先生は、ある程度の方向性を示す以外は、あえて細々とした指導はしなかった。
 あたかも社会人が仕事を通じて能力を磨いていくような、自活力の高い学習の機会をつくりたかったのである。
 ネットワーク環境が能動的な学びを引き出すのに適していると確信した野嶋先生は、eラーニング、つまりインターネットを通じた授業で、キャンパスに通わなくても学位が取れる四年制のオンデマンド課程を創設しました。
 オンデマンドとは、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 教員や学生同士がほとんど顔を合わせずに卒業する。そう聞くと、無機質で冷たい印象を覚えるかもしれない。
 だが、「実は、ネット空間のほうが対面式の教室よりも濃密なコミュニケーションが生まれる場合もある」と野嶋先生は言う。
 eスクールでは、個人ベースで受講する講義に加え、教員との質疑応答や学生間のディスカッションの場として電子掲示板が用意されている。
 また、教育コーチと呼ばれる指導助手が各科目に必ず一名以上付き、学生たちのさまざまな悩みや疑問に応じている。
 そうした多彩な意見や情報をネット上で受講者全員が分かち合うことで、限られた教室内での交流をはるかにしのぐ緊密な関係が築かれるのである。
 ある学生のほんの小さな気づきが、別の学生にとっては大きな発見になるかもしれないし、数多くの考え方に接することが、新たな知的関心を呼び起こすことにもつながる。
 そればかりか、自分の授業がネットで公開されるという緊張感が、教員にとっても格好の刺激となり、教育の質がおのずから上向くことさえ期待できるのです。
(野嶋栄一郎:1946年生まれ、福井大学助教授、早稲田大学教授を経て同大学名誉教授、パナソニック教育財団評議員)

 

| | コメント (0)

校長のあり方が学校を変える

 野口克海先生の印象を一言でいうと「スクルウォーズからそのまま飛び出してきた先生」というのがぴったりでしょう。
 叩き上げの教育論は実が詰まった具体的な話が多く、講演会での講話に涙が出るほど感動する。
 熱血先生なので学校の荒くれどもとのエピソードが耐えません。
 中学校に赴任早々に、職員室の机でふんぞり返っていた生徒に灰皿で殴られ、血まみれになって取っ組み合いをした話。
 勉強を一切しなかった落ちこぼれが「俺やっぱり高校行きたい」という告白から、毎夜泊まり込みでの特別個人指導をした話など、下手な落語家よりよっぽど面白い。実体験だというのだからさらにすごい。
 全国各地から講演に呼ばれ、本当に教育熱心先生です。
 野口先生の実体験からの講演内容には必ずと言っていいほどの共通項があります。
 それが「絶対に生徒を裏切らない。どんな状況でも子どもを信じ抜く」という姿勢でした。
 野口先生には言葉では言えない「覚悟」の強さを感じます。それはその信念があるからでしょう。
 その信念があったからこそ、決断力もまた大きい力がありました。
 野口克海先生が中学校教師のときに仕えた三人の校長はタイプが全然違っていました。
 望ましい校長像というのは、それぞれの持ち味でいいのだと思うと野口先生はいいます。
 三人ともそれぞれ何か一つほれさせるものを持っていた。
 一人は「ハート」、二人目は「冷静な判断力と知恵」、三人目は「力」にほれました。
 校長は自分の持ち味のなかで、教職員に、なるほどと思わせるものを持っているということが、大事なのだと野口は思っています。
 この三人に共通していることは、自分のいる学校をよくしたいという情熱を持っていたことです。
 野口先生は、校長先生たちを前にして次のような話をされたことがあります。
 赴任したらまず校長室に入らずに、主事室や給食室に挨拶に行き、その後は不登校の生徒の家を家庭訪問して、
「今度赴任した校長です。きみが登校したときに、このおっちゃん、誰やと思わないように挨拶に来た」と、言いなさいとのことです。
 野口先生は、心がけが違うというか、本当に子どもたちのことを一番に考えている人なんだなあと思います。
 校長の哲学として「静」と「動」があると野口先生は次のように言います。
「静」というのは「動かざること山のごとし」です。
 野口先生は、全日本中学校長会会長の話を聞いて、なるほどだなと思いました。
「うちの学校はゴミ拾いで学校を立て直した。やんちゃな子も、近所の方からありがとうと言われ、ほめられたことのない子が地域でほめられる」、
 だから「学校の特色は何ですか」と問われたら、「ゴミ拾いです。それで学校を立て直しました」と答えています。
 いろんなことをしなくても、うちの学校はこれでいくという学校長の信念。それはすばらしいことだと思います。
 私はこういう学校をつくりたい、私はこういう子どもを育てたいという動かざること山のごとしという校長の信念です。
 もう一つは「動」でありますが危機管理の問題です。
 野口先生が教育委員会に勤務していると、学校の様々な事故や事件が起こったときの初期対応のまずさ、危機管理の不徹底で、こじれて教育委員会に問題があがってくるときがあります。
 そのときは、手のほどこしようがないほど、保護者の不満やら苦情が渦巻いているという状態で、教育委員会のところに来ます。
 じっと事件や事故の報告を見ていたら、ああ、これが起こった最初の日に、校長先生が足を運んでいてくれたら、全て解決していたのになあと思います。
 初期対応のまずさという危機管理の問題です。
 学校経営が非常に複雑な今の時代で、様々な保護者がおられ、どれだけ日頃から危機管理がなされているかどうかということが問われています。
 十分に学校の危機管理の体制は整えておくべきだと考えます。
 ある校長先生にお聞きしましたら、私は必ず保健室の保健日誌は、一日一回必ず報告させ、今日は何という名前の子がケガをしたか、目を通して印を押すことにしているということです。
 学校がきちっとしているということも、大事だろうと思います。
 そういうことも含めた危機管理の体制を整えることが、今日、非常に重要になり必要になってきています。
 野口先生の好きな言葉は、「骨太、信念、協調、細心大胆」です。日ごろ仕事上で野口が思っていたことは、
(1)ドンとこい、ということです
 どんなことがあっても、うろたえるなということです。
(2)部下の面倒はちゃんとみるということ
 きちっと面倒を見て、安心して働いてもらうこと。
(3)自分を開くということです
 自分の思いや願いは絶えず職員に全部、話をします。トップに立つ者がどっちを向いて走っているのかを、部下の職員が知らなかったら、みんな困ってしまうからです。
(4)人間としてのつきあいも大切にします
 自分の弱さやプライベートなことも職員の前で裸になるというふうにしている。
(5)人を信頼する
 人を信頼しきって任せていくということが非常に大切です。任せてどうするのか考えさせます。責任は私が取ります。とことん信頼します。
(6)五、三、二
「五つ教えて、三つほめ、二つ叱って人を育てよ」と言われます。
 これは、いろんな意味があって、叱るよりもほめる方を多くしなさいよという意味もありますが、同時に最低二つは叱れよということです。
 先輩教師が若い教師を叱らなくなったと言われています。
 私はできるだけ、明るく、ネアカで仕事をするように心がけ、みんなの前で明るく大声を出して怒りまくります。
(7)不安と孤独
 長のつく者は不安で孤独です。人からどう思われているか、非常に気になる。
 確かに気にはなりますが、お互い気の弱い人間ですから、割り切るようにしています。
 割り切って、好かれなくてもいいと思うようにしています。
 まず、優先順位は、職務をきちっとやり切ることが、本来の仕事ですから、好かれようが嫌われようが、仕方がないと割り切るようにしています。
(野口克海:1942- 2016年大阪市生まれ、大阪府公立中学校教師、大阪府教育委員会課長、堺市教育長、大阪府教育委員会理事、文部省教育課程審議会委員、園田学園女子大学教授、大阪教育大学監事、子ども教育広場代表)

 

| | コメント (0)

子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの信頼を得て自尊感情は育つ

 自分の子育てに自信をもてない親が多いようです。
 大阪府内の公立小学校で30年余年の経験がある大阪教育大の園田雅春教授は「子育て不安最盛期」といいます。
 親に自信やゆとりがあるかないかは、子どもの育ちにまともに跳ね返ります。
 核家族化が進み、地域とのつながりが薄れたことで、おばあちゃんらの「子育て知恵袋」に頼りにくくなっている。
 同世代とのヨコのつながりは多少あっても、異年齢とのタテの情報交換は不足しがちです。
 親としての自分を振り返ってみてください。
 ゆとりや自信のなさから、親の物差しに当てはめてやたらに指図していませんか。
 子どもの持ち味を生かそうとしていますか。
 子どもは敏感です。萎縮(いしゅく)したり、親の前でだけいい子になったりします。 
 砂場にスコップをたたきつける、給食をひっくり返す、家の外でのそんなキレぶりを告げられても、親は信じられません。
 フランスの思想家ルソーは教育論「エミール」で、「人は子どもというものを知らない」と述べています。
 この言葉をかみしめる必要があります。子どもは小さな大人ではないということです。
 いろんな情報は参考になりますが、子どものペースを見守っておおらかに考えてほしい。
 わが子にこそルールあり。子どもの目線や発見を共に楽しんだらいい。
 子どもが望んでいることは、大きく言って二つあります。表現と承認です。
 自分の話を聞いてくれ、受けとめてくれる人がほしい。
 求めているのは居心地のいい居場所というより、居心地のいいひと「居人」です。
「ねえねえ」と寄ってきたとき、「忙しいの」「後で」とついかわしたくなります。
 一息のんで「そうやったん」「へえー」と共感のメッセージを送りましょう。
 そうすれば子どもは納得し、親の話も聞くようになります。
 野菜や果物を食べてビタミンを摂取するように、
「親の言葉で子どもの自尊感情は育つ」
「自分の存在そのものに対する揺るぎない自信を高める」
 ここが子育てのツボです。
 園田教授は周囲からのプラスの言葉を、自尊感情の頭文字をとって「ビタミンJ」と呼んでいます。
 子どもの信頼なしでは、しかっても響きません。「切る」より「つなぐ」で。
 1日3分でも話を聞いて。甘やかしではなく共感を。
 自分の物差しに当てはめて、やたらに指図し、子どもの持ち味を消していないか。
 子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの自尊感情は育つ。
 自分への揺るぎない自信を高めさせることが、子育てのツボだ。
 授業中、中学校の教室にれんがを投げ入れ、走り去った男子生徒がいました。
 教師は職員室に生徒を呼びました。さてどんな言葉をかけたでしょうか。
「何やってんだ」「危ないだろ」こんな言葉が思い浮かぶでしょう。
 この教師がかけた言葉は「どうしたん」でした。
 とたんに生徒は涙をみせました。その子が泣くなんて同僚もびっくりしたそうです。
「何やってんだ」などは「切る言葉」。言ったほうはスッキリ。でも、言われたほうはストレスがたまります。
「どうしたん」は「つなぐ言葉」。子どもを受容して、そこから会話が始まります。
 子どもの信頼を得てからでないと、しかっても響かないんです。
 つなぐより、怒る方が効き目があるかどうかを、立ち止まって考えましょう。
 自分のムカッ腹解消のために言っていないでしょうか。
 数年前、園田教授の講演を聞いて、中学3年の息子をもつ父親が次のように言いました。
 その日は、テスト前なのに友だちに誘われてプールに行ったので、帰ったら叱るつもりだったそうです。しかし、
「お前は友情に厚い男やな。明日からの試験も頼むで」と言いました。
 子どもの立場を理解し、プレッシャーもかけられますよね。
 親が言い聞かせようとしても、ふだん耳を貸していないと子どもは応じません。ツケの代償は大きいのです。
 1日3分でも子どもの話を聞くようにしましょう。
 子どもと話しをするには、要領をつかむまで苦戦するでしょう。
「学校は最近どうだ」と聞いても、「別に」としか返ってこないとか。
 でも、大人だって「最近、会社どう」なんて聞かれたら困ります。工夫がいるんです。
 子どもがうれしそうにしているときなど、喜怒哀楽を現わしているタイミングで、
「おっ、いいことあったみたいだな」「どうしたん」
 と水を向ける。あとは話を遮らず、耳を傾ける。
 ただ、甘やかしと受容は違います。子どもに共感しての受容なのか、ベタベタなのかは違います。
 園田教授が小学校の教師だったとき、友だちに「髪の毛切ったら」と言われた6年生の女子の親が、「余計なことを」と抗議してきたことがありました。
 その友だちに話を聞くと、給食を配るときスープに長い髪が入るから注意したそうです。
 子どものもめ事は往々にして互いに言い分があるのに、わが子しかみえない。そんなケースでした。
 親の共感が子どもに伝わって好転した例は多くあります。
 ある中学3年の女生徒が、周りから悪口を言われているように思えて学校に行けなくなり、死ぬことばかり考えていました。
 仕事に追われる母親がある日の食事中、わが子に「みんなが敵になってもお母さんは味方だから」と言って、泣いてくれた。
 身近にこんなに寄りかかれる人がいると実感して、翌朝から登校できるようになったそうです。
 突然やってくる節目で、親の経験と底力が問われます。子どもがグッと伸びるチャンスに後押しできるよう、ふだんから備えたいものです。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)

 

| | コメント (0)

ユーモア詩の笑いがあってこそ学校に安らぎが生まれ、子育てに悩む親も心が温かくなり子どもが愛しくなるだろう

 増田修治先生が、その名を教育界に広めたのは、小学校の教師だったときに始めた「ユーモア詩」でした。
 NHK(2002年「にんげんドキュメント 詩が躍る教室』」)で取り上げられ、大きな反響を呼びました。
 学校は、教師も子どもも真面目で一生懸命に勉強をするべき場所と思っていないでしょうか。
 教師を長くやっていると、教師こそそのように思い込み「学校はこうあるべきだ」「子どもはこうあるべきだ」という考えにとらわれてしまいがちです。
 増田先生も、そういう教師になってしまっていました。でも、その思い込みを完全に打ち破ってくれたのが「ユーモア詩」だったのです。
 じつは、これは偶然に発見したものです。
 増田先生が小学校で4年生の担任をしていたとき、男の子が書いた詩を学級通信に載せたのです。それは「おなら」という詩でした。
「おなら」 
 だれだっておならは出る。
 大きい音のおならを出す人もいれば
 小さい音のおならを出す人もいる。
 なぜ、音の大きさが違うのだろう。
 きっとおしりの穴の大きさが違うんだ。
 増田先生はこの詩を見たとき、正直、「ばかじゃないのか」「くだらないことを書いて」と思いました。
 でも、事前に「どんな内容でも学級通信に載せる」と約束していたため、載せないわけにはいかない。
 この詩を見た子どもたちは15分も笑い転げた。
 じつはこの頃、増田先生のクラスは子ども同士の関係があまりうまくいっていませんでした。でも、この詩でみんなが笑い転げている。
 そのとき、気づいたわけです、
「子どもたちは、笑ってつながりたいんだ」
「学校にこそ、笑いが必要なんだ」と。
 子どもは、うんちやおしっこ、おならの話が大好きですよね。
 その子どもたちの「面白い」「楽しい」という感覚に教師が近づかなかったら、子どもたちといい関係が築けるわけがありません。
 そうして、はじめたのがユーモア詩でした。ルールはありません。なにをどう書いてもいい。
 そして、そのうち、ユーモア詩がびっくりするような出来事も引き起こしました。そのきっかけとなったのが、「弟ってすごい?」という詩です。
「弟ってすごい?」 Aくん
 こないだ弟が外を走っていました。
 弟が
「ぼく、すごいのできるよ!」
 と言いました。
 弟は走りながらぼうしやクツも
 ぬぎました。
 そしてクツ下もぬげて
 ズボンもぬげました。
 それから弟はぼくに
「まっ、お前じゃできねーな。」
 と言いました。
 そんなのやりたくねーよ!
 これを見て、増田先生はAくんに「面白い、見てみたい」と言いました。
 Aくんの弟は当時、保育園の年長さん。
 服を全部脱いで裸になって「すごいでしょ?」と自慢げに言う彼を、増田先生は「すごいね、たいしたものだね」と褒めまくりました。
 その2週間後、Aくんが「弟が技に磨きをかけたから、また見てほしいそうです」と。
 もちろん、見に行きました。今度は服を全部脱ぐまでの時間が大幅に短縮されていた。
 増田先生は「もう名人芸だね」と大絶賛しました。
 じつは、Aくんの弟は、保育園ではちょっと問題がある子どもでした。
 ところが、小学校に入学したらきちんと座って真面目に授業を受けている。
「僕は小学校の増田先生に褒められた、できるはずだ」と思ったそうなんです。
 そうして、6年生になったらなんと児童会長になった。
 増田先生は、ただ裸になることが早いと褒めただけ。
 それなのに、子どもにとってはそれが自信になる。
 どんなにばかばかしいことでもいいんです。
「いいよね、面白いよね」と言ってあげることが、その子どもを認めてあげることになる。
 大人は、子どもがいわゆる「いいこと」をしたときにだけ褒めます。そうすると、子どもはその「枠」のなかにしかいられなくなる。
 自己肯定というのは、「いいこと」のようなプラスのことだけに働くものではいけません。
 マイナスのことも含めて、「あなたはそのままでいいよ」と言ってあげなければ、本当の自己肯定感は育たないのです。
 ユーモア詩が影響を与えるのは、子どもだけに限りません。親同士、親子の関係も変えていきます。
 あるとき、保護者にユーモア詩の感想を寄せてもらったのです。親同士のつながりも深まることにもなりました。
 さらには、お父さんと子どもの関係も変わった。共働き家庭が増えているとはいえ、仕事に忙しいお父さんはどうしても子育てはお母さんにまかせがちです。
 たまに子どもに学校の話を聞くにしても「どうだ? 頑張っているか? しっかり勉強しているか?」というような内容になってしまう。
 もちろん、子どもからすれば面白くありません。
 でも、ユーモア詩を目にすれば変わる。「Bくんって面白いな、どんな子なの?」「ところで、おまえはどんなことを書いているの?」と、お父さんが子どもの友だち関係を知り、親子のコミュニケーションをしっかり取れるようにもなるのです。
 もちろん、「ちゃんとしたもの」を書こうとしなくていい自由な表現なので、言葉による表現力も格段に上がっていきます。
 わたしは作文の指導なんてしませんでしたが、作文の全国コンクールで優秀賞を取る子どもも出てきたくらいです。
 ユーモア詩は、家庭ですぐにでもできるものです。詩を例に見せて、子どもに自由に書かせればいいだけ。
 ただ「なにを書かれても絶対に怒らない」と約束してあげることがルールになる。
 普段の会話ではなかなか出てこない子どもの本音を知り、観察眼や表現力を伸ばすことにもつながるはずです。
 クラスでは口げんかがよくあったが、詩を通じて子どもがお互いをよく知るようになり、けんかがなくなったそうだ。
 増田先生は「笑うのは点数にならないが、点にならないことは学校から消えつつある。でも、笑いがあってこそ学校に安らぎが生まれる。子どもにとって、いやすい教室にしていきたい」と話す。
 かわいくて、おかしくて、ちょっぴり切ないユーモア詩は、子育てに悩むお母さん、お父さんもきっと心が温かくなり、今まで以上に子どもが愛しくなるだろう。
(増田 修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師を経て白梅学園大学教授。子育てや教育にユーモアを提唱している)

 

| | コメント (0)

子育てに失敗する親はコミュニケーションに障害がある人が多い

 一般的にいって、子育てに失敗する親は、親子間のコミュニケーションに障害がある人が多いといえます。
 それは、壊れた電話器で話をしているのと同じです。
 親は送信器だけ、子どもは受信器だけで電話をしているようなもので、話は一方的です。
 子どもは話が通じないので、しまいに「症状」や「行動」で示すことになります。
 このようなコミュニケーションのパターンは、その親と子どもとの間に見られるだけでなく、その親を育てた親との間でも同様だということが多く見られます。
 子どもの問題で困っている親のほとんどは、実は自分自身も多かれ少なかれ、自分の親との間の「コミュニケーション」ができていないという問題をかかえていることが多いのです。
 まず、親子間が許容的で、何でも話し合えるという「対人関係コミュニケーション」がスムースでなければなりません。
 子どもの成長にプラスになる育て方とは、親がまず、子どもの心を知り、子どもの心の中でおこっていることを理解することです。
 親は語りかけると同時に、子どもの「語りかけ」や「サイン」に敏感に応答することができなければなりません。
 子どもの「語りかけ」や「サイン」を待つことの方がはるかに重要です。
(黒川昭登:広島県生まれ、皇學館大学名誉教授・龍谷大学名誉教授。日本の臨床ケースワーク(臨床ソーシャルワーク)の第一人者)

 

| | コメント (0)

自分のことばや声を通して自分の身体に気づき、子どもを感じ取れる身体になるにはどうすればよいか

 自分のことばや声を通して自分の身体に気づくと、子どもを感じ取れる身体になると鳥山敏子先生は述べています。
 身体に気づくというのは、むずかしいけれど、何年かかけてやっているうちに、ある日「ああ、こういうことだったんだ」と気がつきます。
 鳥山先生は以前、竹内敏晴(演出家。演劇的レッスンを主宰)さんの「からだとことばのレッスン」で、大きなショックを受けました。
 竹内さんは次のように述べている。
 話しかけるとは、ただ声が音として伝わるということではない。
 声とは、聞き分けていると、単に空気の疎密波であるといわれるような、抵抗感のないものではないことが実感される。
 声は、肩にさわった、とか、バシッとぶつかった、とか、近づいて来たがカーブして逸れていった、というような感じのからだへの触れ方をする。
 声はモノのように重さを持ち、軌跡を描いて近づき触れてくる。生きもののようにと言うべきであろう。
 声が相手に届くには、声の大きさではなく、相手に届ける発声が必要である。
 身体で感じたままの感覚を大事に、声を相手の身体に届かせる。
 他人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが先ず出来ているかを問う必要がある。
 知らず知らずのうちに身についてしまった、形式的なコミニュケーション、不自然な習慣。そういったものに気づき、人との自然なかかわり合い方が求められる。
 ことばは身体の反応に呼応している。自信がないとき、声は小さく下向きになってしまう。
 身体に気づき、声に気づき、自分に気づくこと。
 竹内さんのレッスンは、基本的には、自分がどんな声を出しているか、自分のことばや声を通して自分に気づくレッスンです。
 自分が喋っているつもりでいるけれど、本当に話しているのだろうかということですね。
 他者に向かって喋っているのか、自分自身に向かって喋っているのか。
 自分の出している言葉は「本当に自分の話したいことなのか」それとも「儀礼的にやりとりしているだけなのか」という、自分の声に気づく、自分の言葉に気づくレッスンです。
 声を手がかりにして、自分がどういう人間であるか、どのような身体なのかということに気づいていく。
 身体のゆがみに気づいていく。自分では声を出しているつもりでいても、声になっていないということが起きているわけです。たとえば、
 声が上ずっているとか、
 本来はトーンが低いのではないかとか、
 息が出ていないとか、
 力が入りすぎて脱力できていないとか、
 脱力しすぎて腰がしっかりしていないとか、
 そういう声や言葉、姿勢、呼吸などを通して、自分の心の声、叫びに気づいていき、自分を取り戻し、自分を創りあげていく、レッスンです。
 自分で自分の体に気がついていくということは、人に言われても、なかなか容易ではありません。
 自分では出したつもりの声でいても、安定した声になっていないのです。
 身体に気づくというは、自分自身に正直になるということです。
 それは子どもを育てるときにも役立つ、大切なことです。
 子どもが親や教師に何を言おうとしているのか、ということを感じ取れる身体になる。
 それがないと「こうしなさい、ああしなさい」と、言うだけで、それがどのように子どもに響いているのか、感じ取れない親や教師になってしまいます。
 子どもが何を表現しようとしているのかということを感じ取り、子どもの表現を受け入れられる身体になる、ということですね。
 子どもはなかなか言葉で表現しませんから、子どもの様子から親や教師が感じ取ることが、まず必要なのです。
(鳥山敏子:1941-2013年広島県生まれ、30年にわたって東京都公立小学校で教え、子どもの身体と心に生き生きと働きかける革新的な授業を展開。1994年「賢治の学校」を創立。自分自身を生ききるからだの創造を目指した)

 

| | コメント (0)

「変わりたい」と切に願った瞬間、眠っていた良い遺伝子が目を覚す

「変わりたいと切に願った瞬間に、眠っていた遺伝子が活性化する」とは、新しい遺伝子が目覚めることであり、それまで活発だった遺伝子が影を潜めることに他ならない。
 子どもの頃はおとなしくて目立たなかった子が、大人になって有名になったということはよくあるし、その逆もしかりである。
 村上和雄は言う、
「ある環境に巡り合うと、それまで眠っていた遺伝子が『待ってました』と活発にはたらき出すことがあり、そういうとき人は変わることができる」と。
「新しいものにふれることは、OFFになっていたよい遺伝子を目覚めさせる絶好の機会」なのだそうだ。
 なるほど、「中学生デビュー」や「高校生デビュー」というものがあるのもうなずける。
 人間の能力を抑える最大の阻害因子は、マイナス的なものの考え方です。
 生き方の鍵を握っているのが「ものの考え方」だということです。
 マイナス発想は好ましくない遺伝子を働かせる可能性があります。
 感動で涙をこぼすと、人は良い気持ちになります。良い遺伝子が働くからです。
 人間の遺伝子の中には、代々の祖先だけでなく、過去何十億年にわたって進化してきた過程の記憶や能力が入っている可能性があります。
 極端に言えば一人の人間の遺伝子に人類全ての可能性が宿っています。
 だから優れた親は、パッとしない自分の子どもを見てガッカリしてはいけないのです。
 実際に働いている遺伝子は5~10%に過ぎません。つまり人間の持つ潜在能力はとてつもなく大きいのです。
 パッとしないのは遺伝子がONになっていないだけ。いつどこでどんな才能に火がつくかわかりません。
 遺伝子の働きは、それを取り巻く環境や外からの刺激によっても変わってきます。
 ある環境にめぐり合うと、それまで眠っていた遺伝子が「待ってました」と活発に働き出すことがあります。そういうとき、人は変わることができます。
 行き詰まりを感じている時、環境を変えてみるとよいようです。
 動くと人は伸びます。新しいものに触れることは、OFFになっていた良い遺伝子を目覚めさせる絶好の機会です。
 40年近い研究生活の結論として「人の思いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変えることができる」と村上氏は確信するようになりました。
 昔から「病は気から」という言い方があります。
 心の持ち方一つで、人間は健康を損ねたり、また病気に打ち勝ったりするという意味ですが、村上氏の考えではそれこそ遺伝子が関係しているということなのです。
 つまり、心で何をどう考えているかが遺伝子の働きに影響を与え、病気になったり健康になったりします。
 心を入れ替えると心の変化により、今まで眠っていた遺伝子が活性化します。
 阻害因子を取り除けば人間の能力は百倍も千倍も発揮できます。
 悪い遺伝子をOFFにし、良い遺伝子をONにする方法として、どんな境遇や条件を抱えた人にでもできるのは、「心の持ち方」をプラス発想することです。
 自分にとって不利な状況の時こそ、プラス発想が必要なのです。
 プラス発想をする時、私たちの体はしばしば遺伝子がONになるのです。
 どんなにマイナスに感じられる局面でも、結果をプラスに考えるのが、遺伝子コントロールのためには何よりも大切なことなのです。
 また、感動、喜び、笑い、などによっていきいきワクワクすれば、眠っている遺伝子の目を覚まさせることができると村上は確信しています。
 遺伝子をONにするもう一つの方法は、ギブ・アンド・ギブの実践であると村上氏はいいます。
 人間関係の基本はギブ・アンド・テイクと一般には考えられていますが、でも心構えとしてはギブ・アンド・ギブが正解なのです。
 遺伝子をONにもっていきたいのなら、ギブ・アンド・ギブの方がはるかに効果的です。
 本当に大きなテイクは天から降ってくる。そういうテイクをとりたいのなら、ギブ・アンド・ギブでいくべきです。ギブ・アンド・ギブでやっている人の周りには人が集まってきます。
(村上和雄:1936年奈良県生まれ、DNA解明の世界的権威、筑波大学名誉教授)

 

| | コメント (0)

大人の言ったことが、子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい

 子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい。
 上から目線に構えて、説教しないこと、他人数相手に話さないことである。
 多人数相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 教育相談をしている私に、家にきてほしいということでタカシの家を訪問した。
 タカシの父親は医者で、タカシに一流大学医学部への進学を強要した。
 二度の大学受験に失敗して部屋に閉じこもり、出てこない生活を二年も続けていた。
 母親の顔は見たくないし、父親が行くとナイフを振りかざして大暴れするので近づくこともできなかった。
 私が行ってもドアを開けないので、部屋の前に座り込んだ。
 二時間もたったころ、私に根負けしたのか「おい、おまえ、入ってもいいぞ」と、少しドアが開いた。
 部屋に入り、あれこれ話をするうちに自分の気持ちを少しずつ話し始めた。
 初対面の私に十時間にわたって怒とうのように話し続けた。
 外の空気を味わうためにドライブに誘ったあと、タカシの部屋に戻った。
 疲れたので一緒に寝ることにした。
 タカシがすりよって私に抱きついてきた。
 しっかりと抱きかえしてやると、安心して眠ってしまった。
 今まで、両親に自分の思いを抱きしめてもらえず、ずっと辛い思いをしていたのだろう。
 親からは指示や命令ばかりで、受容されたり認められたりすることが少なかったのではないか。
 その証拠に、タカシと私が抱き合って眠ったことを母親に話すと、ハッとしたように「私たちのこれまでの態度に非があったのですね」と理解してくれた。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え、一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤(なみ)川栄太:1943-2009年、小学校教師(20年間)、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者、教育相談(40年間)、悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

 

| | コメント (0)

集中力とバランス感覚は、子どもたちに小中学校を通じて身につけてほしい一番大事な力です

 社会に出て、自分のキャリアの基礎技術を得る、最初の大事な5年ぐらいが20~30代前半にあります。
 そこでは体力と耐力が必要なわけですが、耐力を支えるのが「集中力」と「バランス感覚」です。ぜひ小中学校で身につけてほしい力です。
 もし、子どもに集中力があるのなら、多少学力が低くても、夢は何かと語れなくても、大目に見てあげてほしいですね。
 集中力を養う方法は、百ます計算や音読がすごくいいと思います。
 今や世界中に広めようとしている陰山英男さんの百ます計算。
 これで養われる力は計算力だけではないですね。
 単純計算を繰り返すことで脳が刺激されて、脳の力、考える力が増すこともあるでしょう。
 それ以上に集中力が増します。
 あるいは「声に出して読みたい日本語」で有名な齋藤 孝さん推奨の音読も、毎日やることで、記憶力だけでなく、集中力が高まるすごくいい方法だと思います。
 また、これらの方法が広まる前から、跳び箱を使ったり、ロボットを作らせたりして、集中力を高めたり、引き出す技術を持った先生が日本中にたくさんいるわけです。
 こういう先生とぜひめぐり会ってほしいですね。
 集中力は、本当に子どものころに身につけることじゃないかと僕は思います。
 興味の対象が見つかったときに、集中力さえあれば、それが絶対に身につきます。
 もう一つのバランス感覚は、主に小中高を通じて身につける力です。
 昔は地域社会が豊かで、兄弟の多い子の兄貴分に鍛えられることがあったんです。
 僕は一人っ子だから兄弟では揉まれなかったんですが、住んでいた公務員住宅の隣に5人兄弟のあきちゃんという子がいました。
 あきちゃんが左利きだったもんですから、僕も一緒にお兄ちゃんに野球を教えてもらって左打ちになっちゃった。
 そういうことが昔はきっといっぱいあったのに、地域社会もごそっとなくなった。
 それに兄弟も親戚付き合いも少ないから、子どもたちは、親と子、先生と生徒という縦の関係と、友達の横の関係だけになりがちなんですね。
 学校がこぢんまりとして暴力的ないじめがなくなった一方で、ナナメの人間関係ができにくいわけです。
 世の中にいる厳しいおじさん、いろいろ教えてくれる優しいおばさん、お兄さん、お姉さん、そういうナナメの関係に揉まれていないので、人間の関係性や距離感が非常に学びにくくなっている。
 僕は、ナナメの関係というのはすごく大事で、地域社会を学校の中に復興させなきゃいけないと主張しています。
 とりわけ人間との距離感を学ばせるためには、今の社会はあまりにも過酷すぎます。
 あまりにも核家族化し、地域社会がなくなり、学校も小規模化しています。
 だから、人の関係に限らず、物やお金を含めた世界全体と自分との距離を学ぶ機会が少ないですね。
 そういう、昔は黙っていても育った、まっとうなバランス感覚が、現在は育ちにくくなっていることを親は非常に意識しなくてはいけません。
 小中学校を通じて、この集中力とバランス感覚はすごく大事です。これがあれば、周りにどんな人が現れても、そこから学びとる力が自然に育まれていきますから、自分の興味がどこへ向かっていっても大丈夫な子になると僕は思っています。
 これが、小中学校でぜひとも身につけたいことの話です。
(藤原 和博:1955年東京都生まれ、東京都初の中学校の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めた)

 

| | コメント (0)

挨拶は心の定期預金、必ず子どもの心に積み重なり、応えるようになっていく

 中村 諭先生は、教員生活31年のうちの23年間を、崩壊寸前の学校ばかりに教諭、教頭、学校長として派遣されました。
 中村先生は、
「組織や集団の秩序を回復したいと思ったら、一番最初にすることは挨拶じゃないか」
 といって、学校で生徒の顔を見るたびに、
「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」「元気?」
 などと言い続けた。
 最初は、生徒の方が変な顔をして、そっぽを向いて足早に去っていきます。
 そのときに「こら、待て。おまえは何で挨拶をしないんだ?」と言ってはいけないというんですね。
 そうではなく、それでも、ニコニコして「おはようございます」と言い続ける。
「挨拶は心の定期預金だ」と言うんですね。
「必ず相手の心に積み重なっていく」
「相手は気持ちの負担を感じて、小さい声で『おはようございます』と応えるようになる」
 というんです。
 中村先生は「教育というのは、火を点けることです」と言う。
 みなさんは、教師が子どもに火を点けることと思っているでしょう。
 そうではなく、子どもが教師に実践の火を点けることなのです。
 子どもたちからのメッセージを本当に教師が受けとめ、教師が、
「これまでの自分たちの実践を見直す」という実践の火を点けるというのが中村先生の持論です。
 中村先生の尊敬する山口良治先生(伏見工業高校ラグビー部総監督)は「子どもたちの問題行動は愛を求めるシグナルだ」と。
 中村先生の赴任された学校は、兵庫県宝塚市内の中学校で、20年間の犯罪件数が、毎年市内でナンバーワンという学校だったんです。
 それが、挨拶を続けていくことですっかり穏やかな学校になって、よその人が校門を入って来ても「こんにちは」と生徒の方が挨拶をするような学校になったといいます。
 中村先生に転任の時期が来て、いよいよ学校を去ることになりました。
 最後の卒業式で、生徒の代表が謝恩の辞を述べるのですが、途中で自分が感極まってしまって、全くのアドリブになってしまうんですね。少し読んでみますと、
「数え切れないほど言い争いをして、先生には迷惑を掛けてしまいました」
「でも、それも俺の中ではめっちゃ良い思い出になりました」
「先生の方も『良い思い出ができた』ということにしておいてください」
「これからも、俺みたいな問題児が現れるかもしれないけど、挫けずに頑張ってください」
 と言うんですね。
 その後、今度は生徒会長が立ち上がって、
「僕たちの気持ちです。先生、どうぞ受け取ってください」
 と言うんです。
「何だろう?」と思って立っていると、ピアノの前に生徒が座って『仰げば尊し』を黙って弾き、生徒の大合唱が始まった。
 もちろん、先生も生徒もボロボロ泣いてしまったそうです。
 昔から、禅のお坊さんは「一波は動かす、四海の波(一つの波が動けば、海全体の波が動き出す)」ということを言いました。
 この「波」というものを、「祈り」といってもよいし「思いやり」といってもよい。
「あの学校に行くとみんなが挨拶をするよ」など、何か特色をもった学校づくりができていくというのは、素晴らしいことだと思うんですよね。
 ひとつの波が動けば、海の波は動くんですよね。
 何もしないで、
「言葉つきが乱暴だ」「すぐキレる」「危ない」
 というだけで、子どもたちに対して距離感を持ってしまう。
 それが一番の大きな問題なんです。
 なぜ大人が踏み込んでいかないのでしょうか。
「この子はこんな良いところがある」という目で、子どもたちを見るということです。そうすると子どもたちの輝きが増していくのです。
 そうやって、分かってくれる子、つまり、お互いに心を交換できる子を増やしていくことによって、つっぱっていた子が、
「つっぱっていても、つまんねえよな。」
 と、必ず応えてきます。
 根っからの悪い子なんていないんですよ。 そこをもう一度考えてみたいという気がします。
(中村 諭:1948-2003年兵庫県生まれ、兵庫県公立小中学校教師、同教育委員会指導主事、同公立中学校校長、読売教育賞児童生徒指導部門優秀賞受賞)
(草柳大蔵(評論家):文参照)

 

 

| | コメント (0)

親の子育て方法が子どもの未来を左右する、最も効果的な子育てとは何か

 親のどのような子育てが子どもの将来にプラスにはたらくのか、神戸大学西村和雄特命教授と同志社大学八木匡教授らの研究グループが明らかにした。
 1万人の日本人のデータから、日本人の親に多い子育てのタイプを
1 支援型
  子どもを信頼し、関心を持って見守ることで、自立を促す。
2 厳格型
  子どもに関心はもってはいるが、教えて指導し、できなければ叱る。
3 迎合型
  子どもの好きなことを親も子どもと一緒に行い、叱ることをしない。
4 放任型
  子どもに関心をもたず、子どもと何か一緒にすることもない。
5 虐待型
  子どもに愛情もなく、信用もせず、合理的な理由もなく叱る。
 の5つに分類した。
 それぞれのタイプが、子どもが就職した後の所得、幸福感、学歴、倫理観にどのような影響を与えるかを調査したところ、いずれにおいても「支援型」が最も高い達成度や望ましい結果を示した。
 では、子どもに良い影響を与えるとされる支援型の子育てとは、どのようなものなのだろうか。
 端的に言うと、支援型子育ては「関心をもって見守る」というスタンスである。
 一方の厳格型子育ては、「関心をもって厳しく指導する」というスタンスだ。
 調査では、こども時代の親との関係を尋ねた20項目の質問に回答してもらい、子育てを特徴づける6つの因子「関心」、「信頼」、「規範」、「自立」「共有時間」「叱られた経験(厳しさ)」によって6つのタイプに分類している。
 支援型は、「親がこどもに高い関心をもち、子どもを信頼している。親子で多くの時間を共有している。子ども自身が自立している」という要素が強く、子どもの意志を尊重し、自立をサポートする姿が読み取れる。
 子育てタイプ別の平均所得は、最も高いのが支援型で、厳格型、平均型、迎合型、放任型と続き、虐待型が最も低い。
 幸福感については、「前向き思考」と「安心感」の側面から調査したところ、支援型はいずれも突出して高く、幸福感が高いことがわかる。
 学歴については、支援型の高学歴者比率が最も高く、続いて迎合型、厳格型となっている。
 興味深いのが、最も低いのが放任型だという点である。
 子どもへの関心が低く、親子の関係性が希薄な放任型の子育ては、学歴形成という観点では好ましくないことがわかる。
 社会性や遵法意識といった倫理観についての結果も興味深い。
 遵法意識(ルールは守るべきである、など)
 非社会性(面倒なことには関わりたくない、など)
 扶養意識(年老いた親の面倒はこどもが見るべき、など)
 打算的(収賄を認めるような思考傾向)
 の各因子において、支援型は最も高い倫理観(遵法意識・扶養意識は高く、非社会性と打算的傾向は低い)を示した。
 今回の調査結果を受け、西村特命教授は、次のように述べています。
 親から信頼され、関心をもって、見守られながら育った人は、所得、幸福感、学歴、倫理観がいずれも高いということが実証されました。
 一般的に、子育てのあり方の良し悪しというのは、親の一方的な思い込みで判断されることが多いものです。
 子育ての方法が子どもに与える影響についての実証的研究は、子どもをもつ親にとっては一つの判断材料になると思います。
 厳格型の子育てよりも、関心をもって見守る支援型の子育ての方が効果は高い。
 この調査結果は、子育て方法に悩む親たちには少なからずインパクトのあるものだろう。
 親子で時間を共有しながら信頼関係を構築し、こどもを見守りながら自立を促す。
 まさに、言うは易く行うは難しだが、具体的にはどのようなことを心がければよいのだろうか。
 西村特命教授は、次のようにアドバイスをする。
 どんなことでも、まずは、子どもにやらせてみることです。
 もちろん、危険があれば止めさせ、時には叱ることも必要ですが、基本的には挑戦するこどもの姿を見守りましょう。
 例えていえば、子どもと一緒に歩くときには、子どもを先に歩かせて、自分はそのすぐ後について行くようなもので、常に見守っていれば、危ない時には制止できます。
 また、子どもと勉強をするときには、まずはこどもに考えさせ、やらせてみます。
 そして、もし間違えたら、どうして間違いなのかを教えてあげましょう。
 ちなみに、歩くときに、子どもがついてくるかをいつも気にしている親、勉強するときに、親が先に解いてみせ、似た問題をこどもに解かせる親は、厳格型とのこと。
 親としての自分の行動を、一度振り返ってみてはいかがだろうか。
(西村和雄:1946年北海道生まれ、日本の経済学者。京都大学名誉教授、日本学士院会員。日本経済学教育協会会長、専門は数理経済学、複雑系経済学)

 

| | コメント (0)

子どもだけでなく、大人のほうもイライラし、キレる人が増えている、どうすれば防げるのでしょうか

 前橋 明(早稲田大学)教授は、子どもの疲労と体温・運動,乳幼児の生活リズム等について研究している。前橋教授は、次のように述べています。
 確かにキレやすくなっているように思います。
 子どもだけでなく、大人のほうもイライラしている人が増えて、簡単にキレて、犯罪に結びつくことも多くなったと思いますね。
 その原因というのは、いろいろ考えられるんですけれども、現代の生活リズムというものが、人間が本来持っている体のリズムと合わなくなってきている。
 そして、その歪みがいろいろな問題を引き起こしていると思っています。
 生活リズムの乱れが、キレる子どもや大人をつくります。
 動物というのは、太陽が昇ったら起きて活動して、日が沈んだら眠るというふうになっている。
 昼も夜もない社会になって、体の方の対応が追いつかなくなっているんですね。そのために睡眠のリズムが狂わされている。
 それから、便利になって体を使わないで済む社会になってきましたから、体にストレスがたまりやすい状況になっているのです。
 運動不足というのも、快い睡眠を妨げて不眠を招くようになります。
 食生活の方も、現代の飽食によって肥満を招き、糖尿病などの生活習慣病を生む原因にもなっています。
 つまり、キレやすい人間を生む現代の生活リズムというのは、まず「遅寝」なんですね。
「短時間睡眠」、それから「朝食の欠食」と「食事内容の悪さ」、こういったものが引き金になっています。
「早めの就寝」と「十分な睡眠時間」の確保、そして「朝食」をしっかり食べて、朝の快いスタートを心がけることが大事だと考えています。
 子どもの寝る時間が短くなっています。
 例えば、小学校に入る前の5歳くらいの幼児ですが、かつて午後8時には寝て、朝の6時には自然に起きていました。
 今は、夜10時を過ぎて寝る子が4割もいるんですね。幼児の頃から「遅寝・遅起」の習慣がついてしまっています。
 睡眠の問題が、体温とも関係してくる。
 通常、一番体温が高いのは午後3時過ぎで、非常に活動力旺盛なときです。
 ところが、遅寝・遅起の子どもは、その「体温のリズムが後ろにずれてくる」わけです。
 朝は眠っている時の低い体温で起こされることになります。機嫌は悪いですし、イライラしてきます。
 そうなってくると、学校に行こうと思っても、朝、起きれない。
 学校に行けないという状況で、不登校にも結びついたりすることも多いですね。
 体温リズムを整えて、イライラを防止しましょう。
 食生活も大事ということです。
 キレる子、イライラする子、疲れやすい子、そういう子どもたちに共通した特徴なんですけれども「食生活が乱れている」ということですね。
 こうした子どもというのは、1日のスタートの「朝食をとっていない」ということがあります。
 私の調査では、幼児の約15%が欠食しています。
 一方で、85%の子どもたちは、毎日朝ごはんを食べているかというとそうではないようです。
 うんちの状況を見てみますと、朝うんちをしているのは2割程度しかいないんですね。
 食べても菓子パン程度の朝食のようです。
 それでは、うんちの重さや体積といったものは作れないですから、排便にはなかなか至らないのです。
 朝って慌しいかもしれませんけども、食事というのは体のためにも大事です。
 食事というのは栄養素の補給という点で、もちろん重要なんですけれども「家族のコミュニケーションを図る」絶好の機会なんですね。
 心の栄養補給もしてくれるわけです。食という字は、「人に良い」と書きますよね。
 人を良くすることを育む貴重な機会なんですね。
 それから、食の場面でも、朝食をとらず、夜は一人で簡単な食事で済ます孤独な食事をしている「孤食」。
 家族一人ひとりが自分の好きなものばかりを食べて、勝手な食事をする「個食」など。
 そういったものが「子どもたちの心の居場所をなくし」て、ささいなことでキレて心を乱す子どもを作り出しているんではないかなと思っています。
「一家団欒のある食卓」がキレる子どもをつくらない。
 キレる子どもと運動について考えてみます。
 最近は場所もないせいか、外で遊ぶという子どもも減りましたよね。
 遊びという「空間」「仲間」「時間という3つの「間」が、子どもの遊びの世界から、かなり減っているように思っています。
 遊びの減少が進むにしたがって、気になるのは子どもたちの大脳、つまり理性をコントロールし社会性を育てて、高いレベルの心をつくるという、脳の前頭葉の働きが弱くなっているということなんです。
 遊びのための3つの「間」がなくなると、頭の働きも悪くなる。
 たとえば、鬼ごっこで、友達から追いかけられて必死で逃げ、対応策を考えて試みたりしますよね。
 そういう時に、子どもたちの交感神経は高まっていくんです。
 そういう体験こそが、大脳の中にフィードバックされていって、脳の働きや活動水準をより高めて、思いやりの心や、将来展望の持てる人間らしさが育っていくんです。
 遊びとしては「体を使った遊び」がいいと思うんですよね。
 生きる力の土台となる自律神経を育てて、大脳の活動水準を高める「戸外での遊び」ですね。
 鬼ごっこやかくれんぼ等の遊びがありますけれども、これは、安全な緊急事態が備わっている、ワクワクドキドキする運動遊びなんですね。
 こういった心臓がドキドキして汗をかく、友達とかかわる、戸外での運動ということがとてもいい遊びだと考えています。
 友だちと外で遊ぶことが人間らしさを育てます。
 前橋教授は、大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を積極的に行っている。
 先生は「親と子が、いっしょに体を動かすことを続ければ、子どもたちは、夜は早い時間からぐっすり眠り、朝はおなかがすいて食事をしっかりとるようになるので、生活リズムを正しくたもつことができ、低体温などにならないためにも有効」とおっしゃいます。
 体操は道具も広い場所も必要なく、ちょっとしたスペースでお互いの体重を貸し借りして行います。
 なんといってもお父さんやお母さんが自分のために遊んでくれるという、子どもを楽しい気持ちにさせるコミュニケーションの機会にもなります。
 今の日本の子どもが抱えている学力低下、体力低下、心の問題といった様々な問題を解決・予防する方法のひとつとして、小さい頃からのふれあい体操が位置づけられるのではないかと考えています。
 親と一緒に体操する子どもは、心の居場所もあるし、体を動かすことで体力づくり、また想像力の育成にもつながると思います。
(前橋 明:早稲田大学人間科学部教授。大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を行っている。日本幼児体育学会会長、日本幼少児健康教育学会副会長)

 

| | コメント (0)

「役者」として演ずることは、生きること

 仲代達矢さんの父親はすごく歌舞伎が好きで、仲代さんは小さな頃からだっこされたり、手をつないだりして歌舞伎を見ていました。
 後に、全く違う新劇の方に入ったわけですけど。歌舞伎には「型」というのがあります。仲代さんは新劇にも型があっていいんじゃないかと思っています。
 歌舞伎の型は300年から400年の長い歴史の中で、名優が一つずつ作り上げてきたものです。
 昔から芝居は「一声、二振り、三姿」といわれます。
 観客はよく歌舞伎役者の動きの美しさをたたえますが、新劇はせりふに頼るところがより大きい。
 しゃべりが崩れてしまうと、新劇というものは何だということになるので、少なくとも仲代さんの周りの若者たちには、それを一生懸命教えています。
 仲代さんが「無名塾」を始めたのは、月謝をとらず、少しでも理想を高くもつ役者が、ひとりでも出てくればいいと願う気持ちでした。
「無名塾」では、朝6時から夜9時まで芝居づけにして育てるのですが、「それじゃやっていけないだろう!」なんて、親や学校の先生が言うべきことも言ったりしていましたね。今は仲代さんも、やさしくなりました。
 役者商売の技術の一つは、観察なんですよ。
 例えば、電車の中で、前におじいさんがやって来たら、その人をじっと見て、どういう生活を送っているのか、どういう家族を持っているのか、どういう商売をしているのかと推察していくわけです。
 それが役者の一つの大きな勉強になるんですね。
 仲代さんは、その人の行為がどうしてそうなったのか突き止め、そこから演技の方法を探るのが好きです。
 仲代さんは他者を見て「この人はどういう生き方をしているのか?」と、盗んで演じます。
 つまり「芸」というのは、人間をみつめることが重要なんですね。
 仲代さんは、多くの映画監督と接してきました。
 黒澤明監督は、真っすぐな人です。例えば撮影しているとき「わぁ、ばかもの! どうしてそんなことができないのか。何なんだ。もっと勉強してこい」って言う。
 小林正樹監督は、ただ静かに「はい、もう一度。はい、もう一度」。ワンシーンを1週間ずっと繰り返して、オーケーがなかなか出なかったこともあります。
 岡本喜八監督とは、長い間、兄弟みたいに付き合っていました。彼は素晴らしい喜劇作家です。
 仲代さんがとても深刻な役を演じてきたにもかかわらず、彼はいろんな喜劇で、ぼやけた喜劇性を出すように私に要求してきました。
 仲代さんには、ぼんやりしたところがあることを、よく知っていたもんですから。
 演劇の中で、自分自身と戦い、自己主張する人間は、いい意味でも悪い意味でも「薄く」なったように思います。
 昔は「こういう芝居がしたい」と監督や共演者と言い合っていました。
 そんなふうにお互いの個性を出し合って生きていくことや、自分が本当に何をしたいかが、薄いような気がします。
 仲代さん自身は、演劇人・映画人に対しての想いがあります。
 演劇や映画、テレビがなくなったらこの世の中はどうなるのか?
 世の中から「うるおい」や、ものを見て感動することがなくなったら、すべてがそっけなくなるのではないでしょうか。
 今は「効率」の時代だと思いますし、文化や芸術は多少の退化をしていると思うけれど、最終的には「人間」が大事なんだと思います。
「役者」は体で人間を表現するプロとしての能力である「人間力」こそ、死ぬまでたたきこまなければならないでしょう。
「役者」は、厳しい職業です。定年はありませんが、年金もない。
 役者として生きていくことができる確率は、ほんのわずかでしょう。その厳しさは、仲代さんも同じなのです。
 プロ野球選手は「40歳になったら引退」とよく言いますが、役者は違います。
「私は役者のプロです」ということはない。いくら演技がうまくても芽が出ない役者もいれば、昨日までモデルだったような役者が人気になる場合もあります。
 そんな厳しさをもつのが「芸能界」なんです。
 仲代さんは、過ぎ去った過去をひきずることはせず、未来もわからないから考えない。今日一日をどう生きるか。どう「夢」をもつかが大切なのだと思います。
 演ずることは生きるということだと仲代さんは思っています。これは俳優という商売だけじゃなくて、全ての職業に当てはまるのではないでしょうか。
(仲代 達矢:1932年東京都生まれ、日本の俳優、無名塾主宰。劇団俳優座出身で演劇・映画・テレビドラマで活動を続け、日本を代表する名優の一人)

 

| | コメント (0)

「学びの共同体」の学校改革と、「いのちの授業」を命が尽きるまで子どもたちに伝えた

 大瀬敏昭校長は、新しく創設する浜之郷小学校を「学びの共同体」の理念に掲げて、東京大学の佐藤学教授と共に学校づくりに取り組んだ。
 浜之郷小学校の改革は徹底していた。ひとつは教員の意識改革だ。
 子どもを教え、導くのはあくまで教師である。教師こそが学校の根幹であり、教育の要である。
 「1年に一度も研究授業を行っていない教師は、公立学校の教師と認めない!」と徹底的に教師のスキルアップを断行した。
 それにより、報告書によると年間174回以上も研究授業が行われた。
 研究授業もユニークで、指導マニュアルを持たず、各先生が自由に考えて行った。
 授業を途中でやめても良いし、延々続けても良い。失敗したらもう一度挑戦する。
 授業公開も自由で、参観者も授業に参加しても良いという、かなりフリーな設定だ。
 研究協議という時間を設け、教師全員の発言を原則として、長い時間の討議を何度も繰り返した。
 また授業研究に時間を割くことを優先にし、職員会議以外の会議を禁止した。
 開校2年目に大瀬校長のガンが発覚し「いのちの授業」が始まった。
 大瀬校長は、ガンが再発し、余命わずかと宣告されながら、子どもたちに命の尊さを伝えようと、最後まで教壇に立ち続けた。
 命の終えんをどうやって子どもたちに見せるか。
「やせ衰えていく自分の姿を見せることで命の重みを伝えたい」と、自分の体を教材に「いのちの授業」をはじめた。
「ガン」と、大瀬校長は、黒板に書いて、静かに語りだした。
「校長先生が、がんを手術したことはみんなも知ってるね」
 子どもたちに緊張感が走り、教室は静まりかえった。
「実は校長先生は、がんが再発しました。明日死ぬかもしれない。とても恐ろしくて、怖い。けれども、お医者さんの指示に従ってがんと闘っています」
 大瀬校長は淡々と話を続け、もう一度黒板に向かって話のキーワードとなる言葉を記した。「生命」「からだ」「生」と。
 大瀬校長にとって、死への不安・恐怖を和らげてくれたのが絵本であった。
「いのちの授業」は、絵本の読み聞かせから始まった。
「いのちの授業」を始めたころの授業は、つぎのようなものであった。
 がんという病気について話す。自分ががん患者であることを知らせる。
 死の不安・恐怖から救ってくれたのが絵本であったことを知らせる。
 絵本は「わすれられない おくりもの」(スーザン・バーレイ)、「100万回生きたねこ」(佐野洋子)、「ポケットのなかのプレゼント」(柳沢恵美)を読み聞かせた。
 最初は、授業というにはあまりにも単純で、子どもたちは、ただ私の話と本の読み聞かせを聞くだけである。
 その後は、素材を教材化したり、話し合いの場面を組織したりして、いわゆる授業らしくなっていった。
 子どもたちに「いのちの授業」をするうえで、大瀬校長は命をつぎの三つの側面で理解したいと考えていた。
(1) 限りがある命
(2) 連続する命
  人間として、種として、家族としてのリレーされる命である。
(3) 心や魂としての命
  無限な命であり永遠の命。
 人間が生きていく中では、どちらかというと、辛いことや苦しいことが多い。
 そういうとき、自分を支えてくれる「もの」をもつということである。
 それは、何かを信じる心であり、あるいは家族である、ということを最後に子どもたちに伝えたいと願った。
 いのちの授業は答えを求める授業ではなく、自分だったらどうするかを自分なりに考えさせる授業である。
 大瀬校長の行った「いのちの授業」は、大瀬校長自身ががん患者であり、死が近いかもしれないということを、子どもたちも知っている中で行っている。
 そうした緊迫した中での授業であるから、子どもたちの心のもち方も変わってくるのだと思う。
 そういう状況でない場合「いのちの授業」はどのようにすればよいのだろう。
 それにはまず「いのちの授業」を行う教師自身が、どれくらい自らの命について真剣に向き合っているかということが求められる。
 もっと言うと、よりよく生きようとしているかを、自分の内面にもてるかということが、何よりも求められてくると思う。
「いのちの授業」は自らの生き方に目を向けることができる教師なら、誰にでもできると、大瀬校長は思っていた。
 大瀬校長はフランクルの言葉を思い出す。
「われわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者」であり、自分の人生に対して「毎日毎時、正しい行為によって必答してなければならない」のである。
 そして限りある日々に対して、自分自身を辱めることなく精いっぱい誠実に生きることである。
 このように生きてこなかった自分を恥じ入るだけである。
 死が不可避となったいま、何かと、そういう自分になりたいと思うようになっていった。
 私という個性を完成させて、死にたいと願うようになってきた。
 このように、死と対座することは、生を考えることである。
 その意味において、死というのは、人間として成熟するための最後のチャンスなのである。
「いのちの授業」をとおして、大瀬校長自身が「家族・いのち・愛」について多くのことを学ぶことができた。
 授業をしながら、子どもや保護者の感想文を読んだ。
 子どもたちの授業の感想文には、こうつづられていた。
「えいえんの命っていうのは、みんなが、こうちょうせんせいのことがすきだから、えいえんのいのちだとぼくはおもいます」
「ぼくは、えいえんって、とこに気がついたことが、いのちだとおもいます」
「死んだんだから、もうこの世にいないと、言いはる人がいますが、わたしはそうはおもいません。死んでしまっても、人の心の中で生きていると思います」
 感想文を読みながら、大瀬校長自身が変わっていった。まさに「学ぶことは、変わること」だ。
 それにしても、大瀬校長に遺された時間がどれくらいあるかわからないが、限りある時間を、
「いのちは神に委ね、身体は医師に委ね、しかし、生きることは自分が主体」
 という姿勢で、生きていたいと願っていた。
(大瀬敏昭:1946-2004年、茅ケ崎市公立小学校教師・教育委員会指導課長・浜之郷小学校初代校長。「学びの共同体としての学校」を創学の理念に掲げ、東京大学の佐藤学教授と共に学校づくりに取り組んだ。開校2年目に大瀬校長のガンが発覚し「いのちの授業」が始まる。ガンが再発し余命わずかと宣告されながら、子どもたちに命の尊さを伝えようと、最後まで教壇に立ち続けた)

 

| | コメント (0)

子どもの「分からなさ」から出発して、子どもの学びをつくる「学び合う学習」とは

 学校というところは、「できること」「わかること」が求められる。
 ややもすると、すぐできる子ども、すぐ分かる子どもが優遇される。
 そうして、いつの間にか、よく発言する子どもと、無気力な子どもに二極化してしまうことになる。
 それは、分からないでいる子どもにとって不幸であるばかりでなく、すべての子どもの学びを深める意味でもよいことではない。
 学びは様々な子どもが、かかわり合い、学び合うことで豊かになるからである。
 そのために「分からない」ということが遠慮なく言える教室にすることである。
 そして、その「分からなさ」を大切にして学び合うことのできる教室にしていくことが肝要である。
 グループによる学びにしても、それぞれの考えを出し合う段階、考えの共通性を確かめ合いながら、考えを積み上げられる段階と深まっていく。
 しかし、異質な考えを聴き分け、他者の考えを尊重しながらも、ではいったいどうなのか、と突き詰めようとする「擦り合わせ」ができるまでになるのは難しい。
 そこまでの授業をつくるためには、「学ぶ」ということは「自分を問う」ということになるという、その自覚が教師には必要なのだと思える。
 こどもたちが学び合う授業は、教師側からの発想した「学びあう授業」ではない。
 教師が「授業をつくる」ということから「子どもの学びをつくる」ということへの転換である。
 それは、教師の思いにより、子どもを引っ張るのではなく、子どもの考えから出発する学びである。
 教師の役割は、子どもの考えを「受信」することである。
 しかし、教師の仕事が「受信」だけではない。
 授業の中で、その時間に目指していることから、はずれそうな子どもの発言があったとき、板書してある言葉を指差し、その観点から語るよう子どもに促す。
 やはり、子どもたちの学び合いが、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしないよう、教師は絶えず留意しなければならない。
 ただし、発言を変えさせるわけではない。
 例えば、子どもがある登場人物の観点から語ろうとしたとき、そのことを別の登場人物の観点から語るよう促し、軌道修正がなされる。
 もちろんこれは、教師が子どもの考えを「受信」しているからできることである。
 しかし、それだけではない部分がある。
 このほかにも、子どもの発言に対して「どこからそう思った?」と聞くことで、テキストから離れないような配慮がされている。もっとも、確認の意味で使っているようではある。
 以上のような教師の役割のほかには、教師の授業観とでもいうべきものがある。
 ひとつの正解に向かうことを目的としない、ということである。
 たとえば、その場その場で子どもたちが作品と出会い、その時々に子どもなりの鑑賞をするのが大切なのである。ある解釈に到達させることが目的なのではない。
 子どもなりの考えを発表し、他人の意見を聞きながら、自分の納得のいく考えが作られればよしとする。
「学び合い」の授業では、最初の段階で、同質の内容を繰り返し何人もの子どもが語ることがある。
 それは一見、冗漫な感じに思えたり、子どもの考えが画一的に聞こえたりする。
 しかし、それは子どもたちにとって必要なことなのだ。
 まず、ある一定のことをみんなで確認する意味合いがある。
 そして、その確認に基づいた新たな発見が、その繰り返しの中で準備されるのだ。
 いわばお酒が発酵していく時間のようなものである。
 それを基礎として「新たな発見」が生まれる、というのである。
 そのうち「いっしょかどうかわからないんだけど……」という前置きで語る子が出てきたりする。
 その発言も、他の子どもたちの腑に落ちるような発言なら、同意的な発言が後に続くし、そうでなければそこで終わってしまう。
 そこで終わるのは時期が早すぎたという場合がある。その場合でも、その発言が伏線となり、後々生きてきたりする。
 授業の後半に子どもたちが必死になって取り組む、質の高い課題であるジャンプは、グループ学習こそがふさわしい。
 個人では届かないが、グループなら届ける課題がジャンプである。
(石井順治:1943年生まれ、「国語教育を学ぶ会」の事務局長・会長を歴任、三重県の小中学校の校長を努め、退職後は、各地の学校を訪問し佐藤学氏と授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」の顧問を務めている)

 

| | コメント (0)

甘やかされて育った子ども、愛情がなく、殴られて育った子どもは、どのような子になるか

 子どもをふつう以上に甘やかして育てた場合、暴力を生む母体にもなるのです。
 甘やかされるというのは、本来その子どもが自分でやるべきことを大人がすべて手伝ってやってしまう。
 子どもの判断でなく、大人が判断してやってしまう。
 したがって、歳相応の判断力がついていないのです。
 子どもが欲しいといえば、なんでも要求に応じて、買い与える。
 つまり、子ども自身が幼児期から、自分の手・足・体などを使って、成長のための自然な日常生活をしていない。
 自分の力を発揮した、経験が少ないのです。
 甘やかされて育ち、勉強でも体育的なことでも自己主張できないとき、強いものの形をかりてツッパリで自分を主張しようとします。
 そのような甘やかした育てかたをすることで、子ども自身の判断力や研究心が育たないと同時に、自分でものごとに挑戦をしてみる気力もなくなってしまうのです。
 いろんなことを判断する習慣を自分の経験として、少ししか持っていないのです。
 したがって、子どもの判断力は幼児的です。
 感覚や感情が育っていないので、思いがけずに大きな犯罪的なことを起こすことになります。
 お母さんが、うちの子どもは気が弱いからとか、うちの子は他人に引きずられやすいなどと、いう子どもたちは、子どもが自分でするべき生活をいつもお母さんが手伝ってやってしまう、甘やかして育てたせいです。
 小さいときから自分で判断する習慣の中で育てられた子どもは、一時的に迷うことがあっても、最終的には、自分の判断力で立ち直ることのできる子どもに育っていくものです。
 幼児期には、そのときどきにふさわしい自分の意志で決めた行動をさせて、判断を任せることが大切です。
 そうすることによって、子どもなりに自分の心で損得の確認をします。
 その体験をずっと続けないと、普通の感情を持った大人に成長できないのです。
 つまり、子どもの発達段階に応じて、自分のしたことへ責任を持つことを知るようになるのです。
 それをとかく親はやらせない。
 子どもが自分の手を使ってするべきことを、親のほうでやってやり、それが親の愛情だと考えちがいをしています。
 自分で責任を持たせないから、どんなときに、どんな我慢をすればよいか、感覚的に理解することができなくなってしまっているのです。
 だから子どもなりの我慢が身につかないまま大人になってしまう。
 倒れたら自分で起きあがるような、自分に責任を持った生きざまを、親は子どもにやらせなければならない。
 不登校の子どもの親と話し合って感じることは、親が甘いというか、子どものいいぶんだけを聞く、親自身の弱さがめだつことです。
 子どもが不登校になる一つの原因は、親が子どもの行動を管理することにあるのです。
 行動のみならず、子どもの心までも管理してしまっては、子ども自身の判断力がなくなってしまうのも当然といえます。
 子どもにすれば自分の判断ではないので、自分の失敗は当然、親のせいにします。
 子どもは親を困らすことで、ふだん管理されていることへ、復讐しようとする。
 その手段で一番てっとり早く、効果のあるのは不登校というわけです。
 子どもの自由な心を縛って親の思うような方向へと子どもを管理しても、子どもは納得していません。
 そこで、子どもが思春期を迎え、自我が芽生えると、親との戦いがはじまるのです。
 毎日の生活で、愛情がないと子どもの心は横道にそれやすい。
 非行の子どもの小学生時代のことなど調べますと、必ずといってよいほど家庭が不安定なんです。
 子どもが非行に走るには、周囲にいる大人に対して、非常な不信感を持つようなことが、過去に何回もあり、それも1年や2年のことではなく、長いあいだの積み重なりです。
 それだけに、思春期になってから直そうとすれば、大変な時間と犠牲が必要なのです。
 ある場合には、命にさえかかわってしまうこともあるのです。
 大部分の大人は、子どもが、自分たち大人を、小さくしたような人間であることを望んでいるのです。
 絵でいえば、親は自分の子どもが、大人の描くような上手な絵を描くようになることを望んでいる。
 いい絵というのは、その子ども独特の、技術、方法があり、工夫があると思います。
 自分で工夫して描いてみてはじめて、こうやればうまくいくんだなあ、という発見や、自分が塗る一色一色に、手応えや感動があることを、見つけているのです。
 それでこそ、子どもが一生懸命になれるし、絵を描くことが面白くなるといういい循環になってくる。
 こうした心の動きによって描かれたものが、いい絵といえるのです。
 大人を小さくしたのが子どもである、というのは間違いである。
 ということは、誰でも知っていることです。
 子どもは自分自身の生活体験の中から発見して、いろいろなことをやっている。子どもは大人とちがった感覚を持って生活し、工夫しているのです。
 絵を描く場合も、大人の描く絵とはちがう、ということをはっきり認めてやるべきなのです。
 子どもは子どもであって、大人のミニチュアではないんです。
 どんな子どもでも、必ずといっていいくらいに、問題を持っているものです。
 ほとんどの子どもは、どこか少しは曲がっている。
 けれども、みんな自分と戦っているのです。
 たとえば、ある小学生の子どもがスーパーで万引きしてしまった。
 それはそのときの家庭環境を含めて、子どもの精神状態が、なにかを持ってこざるをえない状態だったからです。
 子どもの心にも耐え切れない、ひどい環境に追い込まれているので、非行的なことまでしなければ心の健康を取り戻すことができない。だからやるんです。
 毎日の生活の中で、親からの愛、先生からの愛、友だちとのあいだの友情が十分でないと、子どもの心は横道にそれやすいのです。
 親に殴られて育った子どもは、将来他人を殴るようになりますし、弱い者いじめをやるようになります。
 親が子どもを殴ることによって、その恐怖で子どもを育てようとすれば、彼は自分より弱い対象を見つけて、自分が受けた圧力を発散させようとします。
 こうして、いじめられた子どもが、こんどは自分の番がくれば、弱い者を目標にしていじめ返す。
 自分が殴られた恐怖によって生まれた憎しみを我慢する知的な力があれば、他人をいじめることを抑えられます。
 ところが、殴られて育った子どもは感情が幼児的なので、知的な我慢をすることができない弱さがあるのです。
(高森 俊:1932年千葉県生まれ、1952年創造美術教育協会に入会。ホーマレイン「親と教師に語る」により子どもの心理を学ぶ。中学校の美術教師となり、幼児から大人までの絵にあらわれる心の研究を続ける。1993年退職。講演活動、子どもの絵を見ながらの子育て相談、著作活動などを続ける。児童美術教育研究所「小さな原始人」主宰)

 

| | コメント (0)

教師に必要な資質として大事なものは何か

 教師に必要な資質として大事なものは何でしょうか。
 教師に必要な資質を考えるということは、自分なりに教師の理想像を抱くことを意味します。
 自分なりの理想像をふだんから意識しながら、それを自らの行動の指針として機能させることは私にはとても大切なことのように思えます。
 こうした問いに絶対に正しい答えなどありません。
 年齢を重ね、経験を重ねるうちに少しずつ考えが変わっていくことはあるでしょう。
 自分の成長にしたがって修正していけばよいのです。
 私は教師生活20年を超えましたが、教師に必要な資質として大事なものは、つぎの5つだと思います。
(1)いつも笑顔でいること
 あなたが教育技術をいくら学んだとしても、いつも笑顔でいること以上に威力を発揮することはありません。
 教師は子どもたちにとってモデルとして機能しています。
 いつも和やかにすごす子どもに育てたいと思うならば、他ならぬあなた自身が常に上機嫌でいることです。
(2)孤独に耐える力をもつこと
 教師も人間ですから、他人に嫌われまいという気持ちが働いてしまいます。
 それが生徒指導を甘くさせてしまったり、保護者に事なかれ主義で対応してしまうことにつながります。
 どれも「孤独に耐える力」の欠如に起因しているのです。
 教師は孤独に耐える力が必要なのだという意識を持っていると、具体的な場面で驚くほど対応が異なってくるものです。軽視してはいけません。
(3)無駄とわかっていることに取り組めること
 教師の一つの指導や取り組みによって、すぐに効果があらわれるわけではありません。
 しかし、そうした指導や取り組みを続けることでしか、成果はあがらないのです。
 生徒たちを変えたい、成長させたいと考えるならば「無駄とわかっていてもやり続ける」という覚悟が必要なのです。
(4)子どもといっしょに馬鹿げたことを一生懸命にやるのを楽しめること
 人はいっしょに笑った分だけ人間関係を築くことができます。
 学生時代の友人とのやりとりを思い浮かべれば合点がいくはずです。
 行事やレクレーションなどでは、生徒たちとともに楽しむ姿勢が必要です。
 馬鹿げた取り組みを何度もいっしょに行うことが、少しずつ大きな意味をもち始めることもあるのです。
(5)いつでも変われること
 教師は成長することが重要です。
 それでこそ生徒を教育する資格があるのです。
 成長とは自らを変えることです。
 実は、変化を怖れる人、現状維持にどっぷりとつかっている人は教師に向いていないのです。
 常に自らを変化させようとアンテナを高くする。
 何か現状を一歩でも進める方法はないかと常に考えている。
 そういう教師だけが生徒たちを導く資格があると私は考えています。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」を設立、道内の民間教育団体でつくる「教師力ブラッシュアップセミナー」の代表も務める)

 

| | コメント (0)

不登校・高校中退をした経験から「自信こそが生きる原動力」と考え、シンガーソングライターなどさまさざまな表現活動をして教育にあたっている

 大野実先生は小学校、中学校と不登校の経験を持ち、京都の進学高に進んだものの、競争主義、学歴主義の教育のあり方に疑問を持ち、高校1年のときに不登校となり高校を中退した。
 中学時代の恩師の説得により、高校を再受験し、大学を卒業。
 表現することの楽しさを知り、大学時代よりミュージシャンをめざし、路上ライブをしたりして本格的に活動するが挫折した。
「人前で何かをする仕事」をキーワードに仕事探しをしているとき、教師の仕事にめぐり合い、その後、教員資格を取得し、教師として24年間教師生活を送った。
 京都市にある私立高校長就任中も、ラジオパーソナリティ、シンガーソングライターとしてさまざまな表現活動を行い、不登校、高校中退、と挫折をくりかえしてきた自身の経験を生かし、悩みを抱える若者の相談にのり、子どもたちに勇気を与えている。
 今の学校教育は、子どもの自信を失わせる作用の方がかなり大きい。
 子どもの能力を点数化して頑張らせる。
 頑張れる子は良い。結果を出せたなら、成功体験、達成体験になる。
 でも、どうしても数字を上げて行けない子だっている。
 自分が数字として、シビアに突きつけられていると感じもする。
 点数化できる能力だって、それはきっと限られたものだと思う。
 そんな一部分の能力で、それだけでその子を評価してしまうのはとてもこわい。
 学校は、子どもに成功体験・達成体験を積む場所であってほしい。
 大野先生は「あなた」は「あなた」のままで良い。そんなメッセージを送り続けている。
 教師の仕事は、子どもたちの心に「夢の種」を蒔くことである。
 夢は、諦めなければ必ず叶うもの、とオリジナルの応援ソングを弾き語りし、夢を持ち続けることの尊さについて語り、子どもに自信を、保護者に安心を与えるトーク&ライヴショーを催している。
 時代は、集団から個へと確実に変化してきた。
 実力や能力主義という個人の力が試される中で、どう生きていくのか。
 教育の果たす役割は、感性を育むことである。
 不登校や引きこもりの中にそのヒントはある。
 自己表現とコミュニケーションが夢を支え、活き活きと生きる力を生み出してくれる。
 大野先生は子どもの頃、不登校であった。だから不登校やいじめに真剣に向き合っています。
 大野先生は「歌う校長 夢の種をまく」の本の中でこう書いておられます。
 人は、だれか味方がいたら、死んだりできないものです。
 ほんまに、一人ぼっちやと思うから、死を選んでしまう。
 いじめている子、いじめられる子の間にいて、傍観している子どもたちに、勇気とやさしさを示してもらえたら、追いつめられて、死のうとしている子が、思いとどまるんやないかなと思います。
 そしてきっと、いまは傍観している子の中に、その子のことを、気にかけている子がいるはずやと思っています。
 その子たちに、勇気を出してほしい。
 いじめられている子に、自分はあなたの味方だ、というメッセージを伝えてあげてほしい。
 そんな思いで「明日はきっと晴れる」という歌をつくりました。
「明日はきっと晴れる」作詞作曲 大野実 編曲 大村篤史
 「ひとりぼっちじゃないよ わたしがついているよ」
 やさしい言葉が心に届く
 ただそれだけで生きていける
 かけがえのない生命 かぎりある生命
 なくさないで なくさせないで
 勇気だして やさしさ伝えて
 あなたのやり方で あなたの言葉で
 笑顔見せて 生命つないで
 あなたの生き方で あなたの声で
「あなたが心配だ、あなたが大切だ」
 熱い思いが心にしみる
 その人のために生きていける
 かけがえのないあなた この世に一人のあなた
 忘れないで 忘れさせないで
 勇気だして やさしさ伝えて
 あなたのやり方で あなたの言葉で
 笑顔見せて 生命つないで
 あなたの生き方で あなたの声で
 みんないっしょに明日創ろう
 明日はきっと きっと晴れる
 大野先生は、自身の経験や、これまでの長年にわたる教員生活での体験をとおして、子どもたちや保護者の思いを、歌にしている。生の演奏を聴いて感動します。
 電話相談にかかってくる子どもの声を聴いて、感じるのは自己肯定感の低さです。
 誰もほめてくれないのなら、自分で自分をほめればいいんです。
 自分で自分を、認めてあげればいいんです。
 そんな子どもたちに対して、大野先生の「自画自賛」という歌もあります。
 「自画自賛」作詞作曲 大野実 編曲 大村篤史
 自分なりに一生懸命やってきたことが
 他の誰にも認められなくても
 額に汗して築いたものが
 一瞬のうちにくずれ去ったとしても
 それはそれでいいじゃない
 やるだけのことをやったのなら
 自画自賛 自画自賛
 自分を精一杯ほめてあげよう
 自画自賛 自画自賛
 自分をもっと好きになろう
 失敗を恐れて何もしないより
 自分の可能性を試してみよう
 たとえうまくいかなかったとしても
 そのすべてを見てきた自分がいるから
 夢はいつか叶うはず あきらめさえしなければ
 自画自賛 自画自賛
 自分をほめれば輝き出す
 自画自賛 自画自賛
 自分に惚れれば夢動き出す
 成功したヤツらを 羨むよりも
 これからの自分をおだて育てよう
 生きているからくやしいこともある
 生きているからはじけることもある
 つまずいても立ち上がれる 勇気と力の合言葉
 自画自賛 自画自賛
 この世に一人の自分のために
 自画自賛 自画自賛
 最強の味方さ 自分のために
 大野先生の好きな言葉は「心の元気」、座右の銘は「生きていることと死んでいないことは違う」である。
(大野 実:1953年生まれ、京都市私立高校教師、京都市私立高校校長を経て社会福祉障害者支援センター所長、八幡市社会福祉協議会チャイルドライン京都理事。シンガーソングライター、フリーのラジオパーソナリティ)

 

 

 

| | コメント (0)

手のつけられない悪ガキが教師となったわけとは、授業や子どもの指導のポイントとは

 義家弘介先生は少年時代、哀しい不良少年でした。自分の弱さから目をそらし、誰にも心を開かない少年でした。
 義家先生が生まれてすぐに両親が離婚。すぐに父親が再婚するも、物心ついた時から孤独を感じ「反抗」という形でしか、自らを表現することができなくなっていきました。
 中学生になると髪を染め、酒にタバコ、更にバイクを乗り回し、喧嘩を売る毎日。強く見せたかった。
 高校進学後も孤独を紛らわせるために、暴れに暴れ、気づけば一年生で番長に。手のつけられない悪ガキでした。
 そして16歳の時、事件を起こし高校から追放され、生まれ育った家からも追われ、里子にだされました。
 全てを一瞬に失った義家先生は、何もできない、何も知らない「子ども」だったんだということを心の底から思い知らされました。
 私の何が間違っていたのか、これからどうやって生きていけばいいのか、里親さんに与えてもらった部屋に1年間、膝を抱かえながら、引きこもり、孤独の中で考え続けました。
 今までの生活から抜け出したい一心で、やり直そう、もう一度学校に行こう。本当の友だちを作ろう、大嫌いだった先生と、改めて心を開いて向き合おうと決心しました。
「やり直しを賭けようとする者の過去は問わない」という記事が新聞に掲載されているのを見て、高校中退生や不登校を受け入れる、北海道の北星学園余市高校の門を叩きました。
 先生たちは一生懸命だった。下宿の人も、あたたかく、地域の人たちもみな優しかった。
 私が問題を起こしたとき、担任の安達先生は、満面の笑みで、あなたは「宝物だから」と指導された。初めて心から温もりを感じたのです。私は変わり、先生や友と向き合うようになった。
 高校を卒業し、大学に進学して弁護士になろうとひたすら法律を勉強しました。しかし、司法試験を直前に控えて、バイク事故を起こしてしまった。内臓を激しく損傷し、意識不明の重体なった。
 事故の一報を聞いた安達先生は病院に駆けつけ、意識が朦朧としている私に、涙しながら「死んではダメ、あなたは私の夢だから」と、何度も何度も伝えてくれた。
 あの瞬間、苦しんできた全てが肯定された気がした。この事実だけあれば私は生きていけるって。何としてでもこの温もりに執着したいって思いました。
 救われた命だから、世の中に傷つき涙している子どもたちがたくさんいる。これからはその子どもたちに寄り添いながら生きていこうと。
 安達先生の歩いてきた教育の道を歩いていこう、教師になろうと思った。
 大学を卒業して北海道の大手進学塾に就職。塾の講師として、教育の場に飛び込みました。
 私は塾でナンバーワン講師になるぐらいでなければ母校の教師になる資格はないと思っていたので、必死になって授業のやり方を研究しました。
 きれいな字で板書できるよう練習をし、人気の高い講師たちの授業を聞きに行った。授業が面白く、子どもたちを引きつける魅力があった。
 他人の良いところはどんどん盗んだほうがいい。人気のある講師はみんな導入がうまい。無駄話から入るのだが、気がつくとそれが授業の本筋とつながっている。間を取り、息抜き時間も用意している。
 授業の技術ばかりに走らず、私が心から授業を楽しむようになってから、評価がどんどん上がっていった。
 教師が授業を楽しんでいると「先生がこんなに楽しそうに教えているんだから、きっと何か面白いことがあるに違いない」と、子どもたちが感じて意欲が上がるはずだ。
 今の教師が子どもに与えるのは「安心感」だと思う。そのためには、まず教師が子どもに近づいて「注目」してやることだ。
 今は、子どもたちは将来への安心感が持てない。だからこそ、大人たちが彼らに安心感を保証してやることが大事なのだ。
 誰にも注目されていない状態ほど、人間を不安にさせるものはない。だから子どもたちは、いつも誰かに自分のことを見てほしがっている。
 子どもというのは、将来の定まっていない存在だ。したがって、多かれ少なかれ不安を持って日々の生活を送っている。そんな子どもと距離を置き、なおかつ大人に対する畏怖感を与えてはいけない。
 教師は、子どもと一人の人間として本気で関わらなければ仕事にならない。
 全身から情熱を発して子どもたちに接するのが、教師の仕事だと思う。自分の持ち味を生かしながらやっていけばいいと思う。
 要は、子どもたちを心底「かわいい」と思えるかどうかだ。
 子どもがかわいいから「ダメなものはダメ」と熱くなって怒ることができる。
 かわいいからこそ、熱を持って抱きしめてやることもできる。
 かわいいからこそ、一緒に遊んで、心から楽しむこともできる。それが教育本来の営みのはずだ。
 「飴と鞭」は昔からの教育の基本的なあり方だった。
 たとえば家庭では、父親が子どもに対して「これ以上やったらタダじゃおかないぞ」と厳しいことを言い、その一方で母親が「大丈夫よ、私がついているから」とだきかかえる。
 これが伝統的なパターンだったと言えるだろう。「厳しさ」と「やさしさ」が車の両輪のように機能するのが、教育の原点なのだ。
 それに対して、子どもに媚びを売っているかのような現在の教育は、その原点を完全に見失っていると言えるだろう。
「つらいだろう、くるしいだろう、でも無理しなくていいんだよ、そばにいてあげるから」とホールディングする大人は大勢いるが、「そんなことではダメだ」と厳しく言う大人がいないのだ。
 これでは、いわば片輪走行している車のようなもの。よほど特殊な訓練を受けた腕利きのドライバーでなければ、そんなアクロバットのような走り方ができるはずがない。教育が成り立たなくなるのは当然だ。
 こんなことを続けていたのでは、子どもたちが大人に寄りかかるばかりで、自分の足で歩けるようにならないのではないだろうか。
 学校の教師というのは勉強を教えるだけが仕事じゃないはずです。その子と向き合って心を揺さぶることも仕事ですから。
 私は生徒たちと対立しても、気持ちでは絶対に引かない。自分が引いた線からは絶対に引かない。
 私は生徒たちに、情熱と正論で突っ張る。生徒たちは彼らなりの理屈で突っ張ってくる。
 その二つがガチンコになると、最後には絶対に、情熱と正論が勝つんです。教育の場では、絶対にそうなるんです。
 おまえの人生のために、おかしいだろうというのが教育の場では正論なわけです。
 今やっていることは正しいのか、正しくないのかは、生徒たちの心の中では、みんなわかっていますからね。
 しっかりと叱って、その子が涙を流した後に、黙ってギュッと抱きしめてあげれば、それでその子が変わってくる。
 問題児として、くくってしまったら、どんどんひねくれた方向に行ってしまう。
 私なりに気をつけていることは、叱りっぱなしではなく、叱った理由とか、私の本気の思いなどを、後からしっかり伝えてあげるということです。
 ほんとうに思いがあるなら、それはできるんです。
 もちろん、私が叱ったら、生徒たちはみんな泣きます。私は本気で叱りますから。
 でも、その後に「ちょっと来い」と。
 それで「叱った理由はわかるか?」って話をする。延々と説明します。
 そうなると方法論じゃないんですね。
 本当に、この子のことが大事だと思ったら、ダメなことはダメと言わなきゃいけない。
 なのに、今の大人は、子どもたちを叱らなきゃいけないときも「いいよ、いいよ」と言って、優しさと甘さの線引きをぼやかしてしまう。
 そうすると、必ず子どもは、ぼやかされた線のところを行ったり来たりする。
 思いっきりそのままの気持ちを伝えることのほうが大切だというのに。
 私は、教育にとって肝心なことは、今、自分の気持ちが子どもたちに届くときに、何をするかということに尽きると思うんです。
 先生が迷っていたら教育の答えは絶対に出ない。精一杯、動くほうが大切なんだと思います。
 知らない街を旅しているのが子どもで、教師はガイドだと思うんです。
 教師は「大丈夫だよ、この道だ」と言って、子どもと一緒に歩いていく。信念をもって共に道を探すガイドが、今の子どもたちに必要なんです。
 教育困難校などで、普通の教科書どおりの授業をしたら、間違いなく学級崩壊します。
 そうなると、ポイントになるのは、授業をする人、つまり教師の在り方になってきます。
 教師がどういう教材をつくって、どういう授業をするかになるんです。
 私なんかは、教科書を参考にしながら、生徒たちの興味を喚起するような身近な事例を織り交ぜたプリントを作成して、授業をすすめています。
「一年間、このプリントをしっかり学び、一冊のファイルが完成したら、それがおまえらの教科書になる」
「俺の授業では、教科書がはじめからあるのではなく、みんなで1年かけて、教科書をつくっていくんだ」と。
 日々の激務のなかで行う教材作成は、正直しんどいです。でも、学級崩壊が続くよりは、よっぽどいいですから。
 それに、本気で準備して、本気で授業をやれば、生徒たちに絶対に伝わるんです。
 やっぱり、授業こそが生徒たちの生活指導の中心です。
 その授業を適当にやっておいて、問題があったときだけ叱るなんていうのはダメで、不断の努力が必要になります。
(義家弘介: 1971年長野県生まれ、高校で退学となったが、北星学園余市高校を卒業し、塾講師、母校の教師となり活躍し2005年に退職する。横浜市の教育委員、教育再生会議担当室長を経て国会議員となる)

 

| | コメント (0)

いじめられ、自殺を考えた成績がオール1の生徒が有名大学に合格し高校教師となった、その経過とその思いとは

 宮本延春先生は、小学生時代に酷いいじめを受け、勉強も学校もすべてが嫌いになり、九九もいえない「オール1」の落ちこぼれになる。
 中卒で見習い大工として就職。16歳で母親を、18歳で父を亡くし、兄弟も親戚もなく天涯孤独の身となる。
 23歳の時、偶然アインシュタインのビデオを見て、物理学に興味を持ったことから勉強を始める。
 24歳で定時制高校に入学。27歳で名古屋大学に合格し、母校の高校数学教師として、生徒たちと正面から向き合う毎日を送っている。2007年、内閣教育再生会議有識者メンバーに選抜された。
 宮本先生は、小学校2年生の時に些細な事件をきっかけに嫌がらせを受けるようになり、それがだんだんとエスカレートするようになった。
 毎日のように無視や暴力など、陰湿ないじめを受け続けているうちに勉強に身が入らなくなり、いつのまにか落ちこぼれてしまった。
 先生も両親もそんな宮本先生を救う術を知らず、中学1年生で最初にもらった成績はオール1。
 いきなり突き飛ばされ、鼻血が出るまで殴られ、ものを隠され、無視される…。
 学校での壮絶ないじめは、幼い宮本先生を精神的にも肉体的にも傷つけた。宮本先生は自殺を考えた。 
 いじめられないために習いはじめた少林寺拳法で、初めて自分に自信を持てた。
 職業訓練校を経て、16歳で大工見習いとして就職するものの職場に希望を見いだせず、好きな音楽を生業とするためにフリーターとなった。
 はじめて親身になってくれた大人と出会った建築会社への就職。
 少林寺拳法を通じて後に妻となる女性と出会う。その彼女から手渡されたビデオで「アインシュタインの相対性理論」を知り、物理に強い興味を抱くようになった。
 そこで、宮本先生は1年間で小学校3年生から中学校3年生までの勉強をし、24歳で定時制豊川高校に入学し、必死の勉強の後、27歳で難関といわれる名古屋大学に合格し、大学院を経て母校の豊川高校に数学教師として赴任した。
 宮本先生は、
「絶望の淵をさまよった自分でも、人との出会いの中から生きる目標を見いだし、それに向かって努力、邁進することができた。その事実を知ってもらうことで、自分に自信が持てない子どもたちに勇気を与えたいと思った」
「確かに私は特殊な半生を歩んできたとは思います。しかし、教師として生徒に対峙する真摯さにかけては誰にも負けないつもりです」
 全国各地の講演に招かれ、自身のいじめ体験や教師となるまでの苦労話をする際にも、
「こうすべきだという教育論へと展開するのではなく、淡々と自分の経験や感じたことを語る中から、何かを感じてもらえば十分だ」という。
「自分がそうだったように、子どもの視野はとても狭いものです」
「学校でいじめられれば、世界のすべてが地獄のように思える」
「ほんの少しつまずいただけで、自分が本当に駄目な人間のように思えるんです」
「大人は、少なくとも子どもよりは世の中を知っているはず」
「ですから、先人として『大丈夫だよ』『きっとできるよ』『逃げたっていいんだよ』とメッセージを伝え続けることは大人の義務だと思うんですよ」
 宮本先生は「○○すべき」と断定的に正論として伝えるのではなく「こんなことがあった」「こんなふうに感じた」と自らを主語に、事実だけを淡々と語り、その上で、自分に置き換えたときの可能性を「感じてもらう」ことができれば本望と思っている。
「なりたいものがないといっている子どもだって、まだまだ目標となる可能性のあるものが、彼らの視野に入っていないだけなんです」
 迷い苦しみ続けた青少年時代を経て、そして今度は教師という導く立場に立って、宮本さんは改めて「大人の役割」の在り方とその大切さを痛感しているという。
 学校では壮絶ないじめに耐え、家庭では父親の暴力におびえる。その中で自分に自信をなくし「自ら物事を解決する力」を奪われていたという宮本先生が、そこからどうやって自らの足で立ち直ることができたのか。
 宮本先生は、その問いに対してまず「目標を持つことができたこと」をあげる。
「私が生まれて初めて持った目標は、少林寺拳法を習って強くなることでした」
「情けなくも『いじめられたくない』という一心からきたこと」
「しかしそれだけなら、なかなか上達しないことにしびれを切らして、やめてしまったかもしれません」
「でも『なかなか飲み込みがいいね』『がんばり屋だね』と誉めてもらうのがうれしくて」
「道場に通い始めた唯一の友人の存在もあって、続けていくことができました」
 大人にしてみれば、ごく些細な成功体験に過ぎないが、宮本先生にとっては大きな一歩だった。
 目標なく努力し続けることは、人間には難しいもの。
 憧れることは簡単だが「やればできるはず」という確信を持ち、実現しようと努力してはじめて「目標」となる。
 成功体験がなく、自分に自信が持てない子どもは、たとえ何かに憧れたとしても、あきらめてしまう。
「私自身も自信のない子どもでしたが、師範や友人の励ましがあったからこそ厳しい少林寺拳法の練習を続けられたわけです」
「意志が弱くても、周りの励ましがあれば、続けられる」
「人に助けられながらでも『やりとげることができた』という自信が生まれれば、次の目標に走り出すための原動力になるはずです」
「そう、それが成長するということでしょう。私も少林寺拳法に打ち込んだ結果、いじめられっ子には変わりがありませんでしたが、小説を読んだり、音楽に親しんだり、新しいことに対する好奇心が生まれてきたのです」
 しかし、技術と音楽が2、あとはすべて1の成績では高校進学は無理。教師に勧められて大工見習いとなったものの、親方の理不尽な扱いに疑問を覚え、職場での「目標」を見いだすことができなかった。
「目標のない人生を生きていかなくてはならないのか、1週間部屋に閉じこもって自問自答しました」
「それで考え抜いた末に『やりたいことをやって死にたい、やらずに後悔するより、夢に到達できなくてもやった方がいい』と思ったのです」
「母は亡く、父は入院中という不安定な時期でしたが、迷いはありませんでした」
「結果、大好きだった音楽の道を目指して仕事を辞め、アルバイトでわずかな収入を得るだけで、雑草や蟻を食べたほどの貧乏生活でしたが、精神的には充実していましたね」
 宮本先生は、その後、短期のアルバイトのつもりで就職した建設会社で、社長をはじめ親身になってくれる人たちと出会い、人に求められ、役に立ち、認められるという「働くことの楽しさ」を知ることになった。
 結局、人は「目標」がなければ生きてはいけない。そして、人は敬愛する人々との出会いや、ふれあいの中で成長する。子どもの頃のむなしさが何であったのか、宮本さんは身をもって実感したのである。
「『がんばれ』『やればできる』という言葉は、落ちこぼれには届きません」
「そもそもどうがんばっていいのか、どうやればいいのかわからないわけですから」
「また、どんなにやる気があっても、方法がわからなければ疲弊してしまうでしょう」
「建築会社では、孤独だった自分を家族のように受け入れてくれて、どうすれば役に立てるのか明確なアドバイスをしてくれた」
「そして、がんばったことに対して評価してくれたからこそ、働く楽しさと成長の喜びを実感できたのだと思います」
 仕事は充実し、少林寺拳法を通じて恋人もでき「このままこの会社で一生働いてもいいな」と思っていたある日のこと、宮本さんは新たな「師匠」と出会うことになる。
 のちに妻となる恋人に手渡されたドイツ出身の理論物理学者アインシュタインを特集したテレビ番組を録画したビデオだった。
「かけ算も満足にできない男がアインシュタインの相対性理論に感動したのか、と不思議がられるんですが、事実なんです」
「できるだけ数式を使わずに、映像で説明されていたこともあるのですが、自分がこれまで『当たり前』と思っていたことが覆され、新しい世界が広がっていたことに、ただただ圧倒されました」
 それをきっかけに、宮本先生はさまざまな物理の本を読みあさり、数学がわからないために理解ができないことに対していらだちを感じたという。
 そしてそれ以上に、あらゆる世の中の不思議に対して、純粋な興味がわいてくるのを実感した。
「おそらくちゃんと勉強してこなかったというコンプレックスがあったのでしょう」
「生活が充実して、精神的に安定した時、アインシュタインのビデオがトリガーになって『勉強したい』という欲求が吹き出したんじゃないかと思うんです」
「アインシュタインは9歳まで満足に言葉を話せなかったという説もあると聞いて、劣等生だった自分と重ね合わせたりしていましたね」
「いじめがあったから、少林寺拳法と出会い、妻と出会い、アインシュタインと出会えた。学ぶことへの渇望や勉強し続ける根気だって、いじめがあったからこそ養えたのかもしれません」
「あの痛みは決して無駄ではなかった。ある意味、心の成長痛だった
「でも、おそらく過ぎたことだからそういえるんです。決して、子どもたちには経験してほしくないですね」
 しかし、こうした経験があったからこそ「いじめは絶対に許さない」「どんなに落ちこぼれてもやりなおすことができる」という言葉が、真実味をもって子どもたちに届くのではないか。
「その気持ちだけは誰にも負けないつもりです。でも、教師としてはまだまだ未熟者です」
(宮本延春:1969年愛知県に生まれ、愛知県私立豊川高校数学教師)

 

 

| | コメント (0)

社会が変わり、教師がものわかりのいい、やさしい態度で接すれば、生徒はおしゃべりをやめない、それでは学校は成り立たない、どうすればよいか

 河上亮一先生は、1966年に中学校の教師になった。
 河上先生は、戦後の民主教育を受け、生徒をのびのび自由に育てたい、ものわかりのいい教師になりたいと思って教師になった。
 だけど、それでは学校は成り立たない。
 授業中、ものわかりのいい、やさしい態度で接すれば、生徒はおしゃべりをやめない。掃除だって放っておけば生徒はやろうとしない。
 現実には、教師が怒鳴って、生徒をむしやりやらせなきゃいけない場面がいっぱいでてくる。
 叱って育てる教育は必要不可欠であるにもかかわらず、日本の社会はそれを軽視している状況にある。状況は相当に深刻である。
 叱ることが大切だからといって、むやみに叱っても混乱するだけだ。叱るには、覚悟と戦略が必要なのだ。そのためには、
(1)学校の「大わく」をしっかり固める
 まず、学校は家庭や社会と違うことを、生徒にはっきりと示す必要がある。
 学校は生徒に基礎的学力、生活の仕方、人とのつきあい方を身につけさせ、一人前の国民にするところで、生徒はそのために来ているのだ、ということを示すことである。
 「おしつける」ところと、生徒が「大枠のなかで自由に活動するところ」をハッキリわけて生徒に示すことが大切なのだ。
 このことについて、教師の間に共通認識をつくることが出発点である。
 教師の間に共通認識をつくらなければ、教師が個人的にどんなに頑張って叱っても、トラブルになるだけで、ほとんど意味がない。
(2)教師と生徒の関係をハッキリさせる
 学校は、基本的に生徒が教師の言うことをきき、教え教えられるという関係が成立しなければ何も始まらない。現在、この根本がくずれているのである。
 やさしい、ものわかりのよい教師など論外だ。
 生徒との距離をとり、クールに生徒に接することを基本とすべきだ。
 べたべたと生徒にくっついていたら、叱ることなどできはしない。
 教師自身が自分の仕事を誠実に行うことが必要だ。
 例えば、いつも時間にルーズな教師が、生徒のチャイム着席を叱ることはとても難しい。
(3)教師がみんなで同じように叱る
 家庭でもほとんど叱られたことがない子どもが相手である。
 教師たちが共通の原理をハッキリ示して、同じような場面で、教師がみんな同じように叱ることが大切だ。
 教師がバラバラでは叱ることなど無理である。
(4) 学校の役割や目的は、学校生活では必要なことであることを生徒に訴え続ける
 学校を成立させる必要から、学校の役割や目的を生徒におしつけることだ。
 例えば、学校の役割や目的である授業をしっかり受ける。掃除をしっかりやる等である。
 クールに、ていねいな言葉でハッキリ叱ることが大切だ。
 それに違反したからといって、人間として悪いということではない。
 道徳的ではないからだ。生徒の内面には立ち入らず、外側だけを規制するということだ。
 言うことをきかない悪い生徒だと、ヒステリックに叱れば生徒と泥沼におちいる。
 だから、納得させようといろいろ説得すると混乱し、最もまずいことになる。
 教師はこの区別をきちんとしていない。ここが落とし穴である。
 守れない生徒がでてくるのは当然のことである。
 学校生活では必要なことであり、それを守らないと学校の目的が達成できないから努力してほしい、ということをしつこく言い続けることである。
 生徒との根くらべと考えていい。できれば全教師が一致して要求し続けるほうが効果が大きい。
 教師と生徒の力関係に左右されるので、時と場合によって戦術を立てる必要がある。
(5)人間の生き方にかかわる「道徳的なこと」について叱る
 人と人とのつきあい方について、叱らねばならないことがでてくる。いじめについてもこの分野に関することである。
 しかし、これは教師が子どもと人間として向き合うことになり、かなり難しいことである。
 叱る教師の人間的な力量が試されるからである。
 つまり、権威がなければ無理なのだ。
 教師は自分の人間の大きさをじゅうぶんに自覚したうえで叱らねばならない。
(6)すべての生徒を同じように差別をせずに叱る
 子どもは「えこひき」を最もいやがる。なかなか言うことをきかない子どももいる。
 すべての子どもに対して、同じように叱るのはエネルギーと根気がいる。仕事だと思って根気よくやることだ。
 ただし、力のある教師であれば、叱り方にバリエーションをつけるとよい。
(7)叱るということと、言うことをきかせることは別
 これをゴッチャにしている教師が非常に多い。
 叱るとは、学校としてのサインをハッキリだすということである。
 サインをだし続けることに徹する必要がある。
 言うことをきかせるためには、ある種の力が必要なのだ。
 教師個人として生徒に言うことをきかせるには、権威というものが必要である。
(8)教師が自分で権威をつくる
「子どもが教師を信頼すること」が権威のよりどころである。
 教師としての仕事をハッキリさせ、それを誠実に実行していくことが大切だ。
 難しいことだが、自分で権威をつくるしかないのである。
 生徒に言うことをきかせるためには、教師として生徒の前にしっかり立つ必要がある。
 生徒と距離をとり、ていねいな言葉づかいで、きちんと対し、要求することはハッキリ要求することが必要だ。
 生徒とベタベタして、ものわかりよく対応していたのでは、生徒におしつけることなどできはしない。
 権威は、親や地域社会の支持が不可欠である。
 子どもの危機的な現状を率直に親にぶっつけ、親と手を結んで子どもを育てるという方向が必要だ。
 以上の原則をもとに、学校の現状を冷静に把握し、自分としての戦略を立ててみよう。
 そのうえで、具体的な場面でどのような叱り方をすべきかを考えるのだが、これは個々の教師が、その場その場で生みだすしかなく、マニュアルに頼るなどできることではない。
 学校は、基礎的な学力や社会的な生活習慣を生徒に身につけさせて、一人前の人間として社会におくりだす。これが教師の役目なんだからね。
 たとえ生徒が嫌がっても、押しつけて教えなきゃいけないことはあるんだ。
 昔は、親も地域の大人たちも、
「おまえらは、まだまだ未熟なんだから、学校で頑張っていろんなものを身につけなきゃ大人になれないぞ」
「学校は家や町中とは違うところなんだ。嫌なことも我慢しなければならないよ」
「学校へ行ったら先生の言うことを聞くんだぞ」
 そういう地域の力に支えられ、教師の権威もその上に成り立っていた。
 その後、高度経済成長で、近所づきあいや地域のつながりがなくなり、地域が崩壊して、一軒一軒の家庭が孤立してしまった。
 子どもの教育の関心も「しつけ」よりも「進学」になった。
「学校にさえ行ってくれれば、嫌なことはしなくていい」と親が子どもに思うようになった。
 教師の権威も低下した。
 その後、マスコミの学校たたきが始まった。
 生徒の自由・人権を尊重しろ、生徒も教師も平等だ。
 学校のあらゆる教育活動を攻撃した。
 これで、教師たちは生徒を叱ることもできない状況に追い込まれていった。
 生徒の間にも「嫌なことなら、教師の言うことなんか、べつに聞かなくてもいい」という雰囲気が広まった。
 そして現在、日本の学校が完全に崩壊しないで何とかもちこたえているのは、真面目にコツコツやっている教師が日本中にいっぱいいるからだ。
 授業中に生徒が騒げば、根気よく注意するし、掃除しない生徒には「しっかりやれ」と叱っている。
 生徒がゆうことを聞かなくても、最後まで頑張って立ち向かっている教師に支えられている。
 今や、教師の力だけでは通用しなくなってきている。どうにかできるわけがない。
 授業中のおしゃべりを注意すれば「私だけじゃない、先生が命令する権利があるのかよ」と言う生徒もいる。
 みんなで取り組むことも、年々難しくなってきている。
 昔であれば、合唱コンクールでも女子生徒が男子のケツをたたいて、ケンカしながら合唱を作っていったけど、最近の生徒はそこまで、お互いに踏み込まないからね。
 放っておくと、我慢してつらいことに挑戦するなんてこともしない。
 教師が挑発したり、励ましたりしないとね。
 今、生徒たちは「自分のことが一番大事」「好きなことは何をやってもいい」と思ってるわけだよね。
 教育改革の大枠や柱は、政治が決めるわけ。私たち教師が決める立場にない。
 私たち教師にできることは、
「教育改革によって、現場の教師はこんなふうに生徒と対応するようになってきた」
「生徒は、こう変わってきた」
 という実態を、外に向かってアナウンスすることなんじゃない。やらなきゃまずいと思う。
 河上先生は、
「学校と生徒の現状を伝うようと、書けるだけ書いて、チャンスがあれば、テレビや新聞にも出たい」
「それは、やんなくちゃ、いけないことだから」と訴えている。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教師、プロ教師の会主宰、教育改革国民会議委員等を経て日本教育大学院大学教授。埼玉県鶴ヶ島市教育委員会教育長。マスメディアに多数出演し、著書多数)

 

 

| | コメント (0)

百ます計算は、どのような趣旨で生まれたのか

 百ます計算は、陰山英男先生が百ます計算を活用し、小学生の基礎学力向上に成果を見せたことにより話題となった。
 百ます計算は、縦10×横10のますの左側と上側に、それぞれ0から9の数字をランダムに並べ、1けたの数字の足し算、かけ算などのスピードアップを競う。
 教育現場に登場したのは1960年代。考案者は、神戸市で40年間の小学教師経験のある岸本裕史先生だ。
 68年の学習指導要領改訂で「詰め込み教育」が進み、岸本先生は「授業についていけない児童が多数出る」と、百ます計算を授業に組み込んだ。
 百ます計算のブームは、兵庫県朝来町立山口小学校の異変がきっかけである。
 岸本先生は、
「山口小学校は数年に1人程度しか有名大学進学者がなかった。ところがこの10年間、同小で百ます計算など反復トレーニングを集中的に実践。毎年、2割程度の難関大学合格者が出るようになった」と説明する。
 東北大学未来科学技術共同研究センターの川島隆太教授は、
「百ます計算や音読のときは、脳全体に血流が集まることが実験で明らかになった」
「小学生時に訓練された計算力や言語能力、記憶力、認知力は一生残る」と指摘。
 しかし、教育界には、小学生時の単純な反復訓練が大学受験時まで効果があるのか疑問視する声も多い。
 元教師の家本芳郎は、
「小学生の時につけた学力が、簡単に壊れることは長年の中学校教師経験で知っている。計算能力と考える知能は全く別ものだ。受験の学力を本当の学力と定義しているのが間違い」と言う。
 さらに、教師がストップウオッチ片手に子どもを競わせるスタイルも問題という。
 家本先生は、計算が早ければ偉いという一元的価値観を植え付け、受験戦争につながる。小学生の段階で、人との協調性より競争心を育てるのは時期尚早である。
 実は、百マス計算の生みの親の岸本先生も、考案の目的は受験対策ではなかった。
 詰め込み教育の、落ちこぼれ対策が出発点だったというのだ。
 百ます計算の利点は、勉強が苦手な子どもでも全問正解できる。
 自信をつけさせてくれた教師に、子どもは「先生、今度は何をすれば賢くなれるんや」と聞いてくる。
 理想論では、子どもたちは救えないと。
 教育界の百ます計算の批判に対し、岸本先生は、
「反復学習を批判するのは、自身が高学歴者ばかりじゃないか」と一蹴する。
「全国で学級崩壊どころか学校崩壊にまで広がっている危機的状況をみて、どう思うのか」
「子どもの能力を引き出すのは、子どもに基礎学力がある場合だけだ」
「勉強が分からないから、学校が楽しくなくて、荒れる子どもたちの悲しみが分かっていない」
 と反論する。
 競争が子どもの人格形成に悪いという意見については、岸本先生氏は、
「競争が駄目なら、運動会の徒競走で順位をつけるのも、コンクールで表彰するのもやめなければいけない」
「競争があってこそ、努力して成長できる」と言う。さらに、
「百ます計算で競争する相手は、友だちはなく、レベルが低かった過去の自分」
「教師が『よく頑張った』と褒めることで、みんなも祝福し、教室の雰囲気がよくなる」と。
(岸本裕史元:1930-2006年、神戸市生まれ、元小学校教師。百ます計算の生みの親。1985年 「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会(落ち研)」(現「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」)代表委員)

 

 

| | コメント (0)

ユニット学習で授業をすると、子どもたちは落ち着き、どんどん力を伸ばしていきます(その1)

 西村 徹先生が小学二年生を担任したとき、子どもたちがなかなか落ち着いて勉強できずに困りました。
 ある時、東京の杉渕鉄良先生に「ユニット学習」を教えてもらいました。
 この方法で授業をすると、すぐに落ち着き、子ども達がどんどん力を伸ばしていきました。
 ユニット学習とは、45分の授業時間をいくつかの小さな学習で構成するということです。
「ユニット学習、おもしろい」と、子どもたちは思います。
 やっていただくと「やってよかった」と思われるでしょう。具体的に紹介していきます。
1 ことわざ
 公文式の「ことわざカード」を買いましょう。ことわざが62載っています。
 さまざまな教訓に満ちていることわざを覚えることは、日本語の語彙を豊かにします。
 このカードを使って、ユニット学習を始めてみましょう。
 やり方は簡単です。次のようにします。
教師「ことわざ学習をやりましょう。最初の言葉を言いますから、続く言葉を言ってください」
教師「犬も歩けば」と、カードを見せながら言います。
子ども「棒に当たる」と、子どもたちは言います。続けて10ほど、ことわざを言います。
 初めですから、簡単なことわざを選びましょう。
 大切なポイントは、ことわざ62全部を一度にしないでください。
 これをすると、教師も子どもも一度でユニット学習が嫌になりますから。
 つまり、1日に5つから10までのことわざにすることがポイントなのです。
 これだと1分で終わりますね。「もうちょっとやりたい」ぐらいで終わるのです。
 1週間、毎日、同じことわざを教えます。
 次の週は、違うことわざです。6週間かけると62のことわざが終わります。
 1回に1分。1週間では5分指導していますから、それを6週間すると30分です。わずか30分で62のことわざが覚えられるのです。
2 慣用句
 公文式のカードには「慣用句カード」もあります。62の慣用句が紹介してあります。
 慣用句の場合、意味を言ってから答えさせます。意味を言わないと答えにくいからです。
 たとえば「耳を」と聴いて、後に続く言葉はいくつか思いつきます。
 答えは「すます」なのですが、「うたがう」でも正解です。
 まず、教師が慣用句の意味を言います。
教師「声や音がよく聞こえるように、注意を集中して聞くことです」 そこでカードを見せて、
教師「耳を・・・」と言います。子どもたちは「すます」と言います。
3 四字熟語
 四字熟語の指導も公文カードを使います。
 字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、公文カードを元に、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 次のように指導します。四字熟語カードを見せます。
教師「弱肉強食」
子ども「じゃくにく、きょうしょく」と子どもたちが読みます。これを10ほど続けます。
4 難読語
 難読語の指導も公文カードを使います。
 これも字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、公文カードを元に、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 難読語カードを見せます。
教師「烏」
子ども「からす」と、子どもたちが読みます。これを10ほど続けます。
5 対義語
 対義語は受験参考書から取ってきます。
 これも字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 表に熟語、裏に対義語を書きます。それを続けて言わせます。
 熟語とその対義語をワンセットで覚えさせます。次のように指導します。
 対義語カードの表を見せ、すぐに裏を見せて言わせます。
「主観客観」と子ども達が読みます。これを10ほど続けます。
6 季節の言葉
 梅雨の頃は、雨に関する言葉を、冬には雪に関する言葉を覚えさせます。
 難読語の指導と同じです。教室の後ろまでよく見えるように大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 季節の言葉カードを見せます。
教師「時雨」
子ども「しぐれ」と子ども達が読みます。その後で、
教師「秋から冬にかけて通り雨のように降る雨」と意味を言います。これを10ほど続けます。
7 復習する言葉
 各教科の中には、単純に覚え込めばいい言葉があります。
 しかし、教科書で一度学習した後は、復習しませんから子どもたちは忘れます。
 それを、カードにしてユニット学習で何回か言わせると覚えることができます。
 やはり、少し厚めの紙に書いてください。次のように指導します。
 教師が復習する言葉カードの意味をいいます。
教師「遠くの海に出かけ長い期間行う漁は?」
子ども「遠洋漁業」と子ども達が読みます。 これを10ほど続けます。
 ユニット学習を経験して、ある5年生の女子は、次のように述べています。
「私は、カードユニットを続けていて、初めは読めなかった漢字でも大きな声で毎日読んでいると、自然に覚えていって、自然に身に付くんだと思いました」
「ことわざでも、初めは覚えていなかったけど、ことわざカードをやり始めると、初めよりたくさん覚えていきました」
「そして、スラスラ言えるようになり、こんなに言えるんだーと思いました」
「私は、ことわざカードユニットをやっているうちに、すぐ覚えられました。覚えようとしなくても、すぐ頭にうかんできました」
「そのうち、ことわざが、好きになってきました。難読語も同じです」
「それは、ほとんど毎日やっているからだと思いました。どのカードユニットでも、覚えようとしなくても覚えられるから便利です」
(西村 徹:1960年兵庫県生まれ、小学校在席6年間の校長は東井義雄先生。兵庫県公立小学校教師。「東井義雄の言葉 こころの花がひらくとき」(致知出版社)を出版。地元で、やぶ読書会・教育サークル「カセッタ会」、但馬掃除に学ぶ会・教育立志会を主催)

 

| | コメント (0)

教育界に大きな影響を与えた大正自由主義教育「分団式教育法」とは、どのようなものであったか

 及川平治は、 明石女子師範附属小学校(1907年着任)を舞台として「分団式教育法」などを提唱した。
 明石附属小学校は、
「子どもたちが、自分から進んで学ぶ学校とし、子どもの多様性と個性を生かし、真理の探究法を授ける」
 という方針を立てました。
 この当時は、先生が子どもたちに知識を教え込む授業が多かった。
 及川は明石附属小学校に「分団式動的教育法」という、子どもたちが「自ら学んでいくグループ学習」や「教え合い学習」「体験学習」等を取り入れました。
 この教育法は、今では一般的ですが、当時としては大変先進的な授業であった。
 その反響は大きく、及川の授業を見学しようと全国各地から、年に一万人を超えるほどの参観者が訪れました。
「やってみたい、できるようになりたい」という子どもたちの気持ちを満たしながら、試行錯誤を繰り返させる及川の授業づくりに、参観者の多くが感心しました。
 及川が掲げた教育方針は「児童本位の教育」と称され、児童の「直接経験」を尊び、児童自身の「判断」に訴える教育を施すことが謳われた。
 及川は「子どもの要求=学習動機」こそが、教育の出発点だとした。
「生活体験」を通じて知識や技能を習得させようとの考え方であった。
 及川は、1875(明治8)年に宮城県で貧しい農家の次男として生まれ、苦学して教師となった。
 明治末年から大正、昭和10年代初期まで、兵庫県明石女子師範学校附属小学校で「万年主事」として初等教育の現場で教育改革に挑み続けた。
 及川の教育方法論は、日々の豊富な読書による国内外の教育思想の研究を基礎に構築されていた。
 それを支えていたのは附属小学校の教師・児童、保護者・地域社会、家族であった。
 彼をそうさせたのは及川の人間としての「人柄」にあった。
 及川が附属小学校主事として着任した明治末期には、我が国では「ヘルバルト主義教授法」の形式化、形骸化が顕在化していた。
 学校教育の内実は「人間不在の教育」であった。
 明治30年代から末にかけ、多くの教育改革思想が提唱された。
 及川は、国内外の教育思想を咀嚼し、より実践的な教育方法論の形成に努力した。
 教育理論を説いただけでなく、具体的な教育法も同時に提起した。
 及川の教育方法論と教育実践は、明治・大正・昭和の約40年にわたって展開された。
 最初の段階は、ヘルバルト派の画一的注入教授を克服するための「教育方法」が中心であった。
 1909(明治42)年の「為さしむる主義による、分団式教授法」の提唱である。
 この構想と試みは「分団式動的教育法」「分団式各科動的教育法」(1915)で著わされた。
 これらの著作は当時のベストセラーとなり、明石女子師範学校附属小学校は参観者であふれ、大正前期の教育界に大きな影響を与えた。
 及川の提唱した「分団式動的教育法」は、
(1)教育の動的見地に立つこと
(2)児童の能力不同という事実的見地に立つこと
(3)学習法(研究法)を訓練するという立場に立つこと
 という主張に立脚したものであった。
 彼は文部省の要請により 1 年 4 カ月間、 欧米の教育視察にも赴いている。
 欧米教育視察によって、世界の教育改革運動に触れた及川は、真の動的教育を行うには「カリキュラムの改造」が必要という見解に達した。
 帰国後は、研究対象を「カリキュラム論」に改め、実践的な研究に取り組んだ。
 及川の主張は一貫して「生活と学習との統一的結合」の観点で貫かれた。
 わが国の「個性」を生かす教育の原点は、明治末期からである。
 及川の「分団式動的教育法」は、児童の能力や特性の違いに応じた学習活動を展開した。
 及川の「個性」を生かす授業とは、教授=学習過程を一元化させる立場から、児童の自己活動を重視し、教師を実践者として授業の構成力を要求した。
 形式主義を批判し「指導の個別化・学習の個性化」をねらい、学級の全員がわかる授業をするという理念を念頭に構想された。
 及川の教育方法論と明石女子師範学校附属小学校の「個性」を生かす授業の実践は、大きな遺産となった。
 及川は、大正自由教育運動の先駆者、日本のデューイと評価されている。
(及川平治:1875-1939年、宮城県生まれ、明治末年から昭和10年代初期まで兵庫県明石女子師範学校附属小学校で主事として教育改革に挑み、わが国教育の発展に多大な功績を残した教育家の一人である)

 

| | コメント (0)

大人との出会いで子どもは変わっていく

 山口良治先生は、赴任からわずか数年で無名だった京都の伏見工業高校ラグビー部を全国優勝させた。
 山口先生は「自分に矢印、自分に矛先を向けられる、勇気ある人間を育てたい」という思いを持っていた。
 何か自分の身の回りで起こったとき、人のせいにしたり、自分に関係ないことと思わない。
 まず、自分を見つめ、どうしたら良くなるのか、どうしたら強くなるのか、どうすれば正しいのかを自分に問う、勇気を持った子どもに育てる。
 その方法はと聞かれれば、答えは一つ「私たち大人がそういう見本になる生活をすれば良い」のだと思いますと。
 山口先生は、教師ですけれど、まだ子どもたちに、
「先生のようになってみろ。そして追いついて、今度は先生より大きくなってみろ」
 とは、まだまだ言えるだけの実践も積んでいないし、見本になれる人間にはなれていません。
 保護者のみなさんも、そうではないでしょうか。
「お父さんのようになりなさい」「お母さんのように生きなさい」
 と言える大人が、どれだけこの今の日本にいるでしょうか。
 まずは、私たち大人が、自分に矢印を向ける勇気を持たないと、これからもっと荒廃が進むことでしょう。
 やはり、今です。今…。
「誰かのせい」、「自分は正しい」と、そんな狭い視野で、自分自身の成長の芽を自ら摘み取っていたのです。
「なんと愚かな俺」と、心からそんなふうに思いました。
 また、いくつか心に突き刺さる言葉がありました。
「本気で思わなければ、実現しない」
「組織で一番大切なことは、全員が心を一つにすること」
「小さなことを、見逃していないか」
「相手の視線で、物事をみているか」
 山口先生は、教育の本質を「人と人との間」にあると「出会い」を大切にしている。
 教育者の中には「子どもに期待をかけすぎてはいけない」と、いう言い方をする人もいる。
 だが、必ずしもその意見には賛成できないのである。
 周囲からの期待を、プレッシャーなどと表現する人も多いが、期待というのは重圧になるばかりではなく、大きな力にもなる。
 大切なことは、自分の存在に対する、多くの人の期待をどう受け止めるか、感じとれるかなのである。
 それを感じとれる子どもが、その期待を力にして頑張って力を発揮できるのだ。
 そうやって期待に応えようとする中で、見いだす「やりがい」や「期待に応えられたときの充足感」が、人間として大きな幸せになるのではないだろうか。
 だからこそ私たち大人は、子どもが周囲の人からたくさんの期待をかけられていることを、感じとれるような感性を、しっかりと植えつけてやらなければならない。
「負けを知らない、勝利者はいない」「失敗をしない、名選手はいない」「信は、力なり」
 自らの幼少時代から現在までを振り返り,苦しかったとき,辛かったとき,自ら動くことが大切だと気づき,これが自分を変える原点になった。
「感性のない人は不幸。自分より弱い立場の人に優しい声をかけられる人になり,それぞれが将来他人に喜ばれ必要とされる人になって欲しい」
「自分を愛せない人は、人を愛せない」
「目標に向かい、その目標がクリアできるようになるには、何が必要か考えて努力する」
「自分が何をやってきたか問え」「言い訳を探さない」「自分のめざすものを本気でめざせ」「自分の人生を鮮明に描けたらいい」「一つでも多くの感動を自分から作って欲しい」
 山口先生は、ラグビーの元全日本代表選手。現役を退いた後は教師として青少年の指導育成に力を注いだ。
 校内暴力が社会問題だった70年代。不良生徒がいた京都市立伏見工業高校に赴任。
 見るも聞くも、許せんことばかりやった。でも、許せんかったのは、生徒ではなく、注意しない教師やった。
 何ができるかを自問した。
 生徒たちには誇りが必要だ。
「伏見高校がラグビーで一番になったら喜ぶやろうなー」と、そう思っただけでも体が熱くなった。
 赴任からわずか数年後、無名だったラグビー部を全国優勝させる。
 その道のりは決して平たんではなかった。
「泣き虫先生」は、生徒たちと向かい合い何度も泣いた。
 山口先生は、講演中も感極まって涙をぬぐう。
 その熱血教師ぶりは、テレビドラマ「スクール・ウォーズ」のモデルとなり、NHK「プロジェクトX」でも取り上げられた。
 生徒たちを見ていて、寂しいんやろうなと思った。構って欲しい、見て欲しいと思っている。
 大人との出会いで、子どもは変わっていくもの。
 今の日本に欠けているのは、
「仲間や社会、子どものために自分に何ができるか」と思う気持ち。
 皆がその気持ちを出し合えば良い社会になる。
 その「出会い」をがんばる「力」にして、目標をもって頑張る。
 いかなる障害にも
「自分でやったことしか、自分の力にならない」
 そして、自問しながら、自分で決めて、自分で判断する力をつけていく。
 自分にベストを尽くすとは、そういうものなんですね。
(山口良治:1943年福井県生まれ、日本のラグビー元日本代表。京都市立伏見工業高等学校ラグビー部監督、京都市役所、伏工ラグビー部総監督、京都アクアリーナ館長、浜松大学教授・ラグビー部特別顧問を経て環太平洋大学の総監督。1984年TBSテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなった)

 

| | コメント (0)

木下竹次の大正時代の新教育運動「他律的教育から自立的学習へ」とは

 木下竹次は大正時代に、学習を、子どもの生活から出発し、生活の向上を図る自律的学習を説いた。
 学習即ち生活,生活即ち学習となる「他律的教育から自立的学習へ」を説き、大正時代の新教育運動を指導する一人となった。
 木下は、全国各地の師範学校を経て、1919(大正8)年,奈良女子高等師範学校教授・同附属小学校主事となった。
 1922年(大正11)に同校で学習研究会を組織し,機関誌「学習研究」を発刊した。
 機関誌「学習研究」の創刊号では、
「学習即ち生活であり,生活即ち学習となる。 日常一切の生活,自律して学習する処, 私共はここに立つ」とし、次のような記事を載せた。
「従来の教育法は、教授,訓練,養護とするのが、我が国に於ける通説であった」
「私は教育、訓練、養護に関する事柄を一括して、之を児童の側面から見て『学習』と称し研究を進めて行かうと思ふ」
 と「学習学」の立場を明らかにした。
 木下は「学習原論」「学習各論」などを著述し,独自学習・相互学習・合科学習・体操的精神・数学的精神・地理的精神などの考え方を呈示した。
 同時に同校で実践した。
 児童たちが身の回りから出発して、さまざまなことに疑問を持ち、自分たちの力で実験し、図書でたしかめていく過程で、児童相互の教えあい、学びあいができると考えた。
 学習教材は児童の生活に即してつくられ、しかも特定の教科の枠にとらわれない全教科学習であった。
「学習は、 学習者が生活から出発して、生活によって生活の向上を図るものである」 とし、分科主義による生活の分断を否定し「生活単位」を学習の題材にする「合科学習」(生活学習)を主張した。
 職員会では事務的な内容は最小限にとどめ、実践に関する論議を行う日常的な研究の場とした。
 月に2回程度、研究授業が行われ、 授業批評会が持たれた。
 一方、実践の基盤となる教養を豊かにすることが求められ、読書会や講演会、映画鑑賞などへの参加を積極的に勧めたといわれる。
 木下は「学習原論」では、
 学習は,学習者が生活から出発して,生活によって生活の向上を図るものである。
 人は人らしく生きるのが目的。学習材料は,自己建設の生活それ自身である。
 学級的画一教育法を打破した自律的学習法は,いずれの学習者も独自学習から始めて相互学習に進む。
 さらに、いっそう進んだ独自学習に帰入する組織方法である。
 実に児童の性質・能力の異なったものは、異なったように活動し,しかも,自由と協同とに富んだ社会化した自己を建設創造しようというのであった。
(木下竹次:1872-1946年福井県生まれ、大正期の新教育の指導者。奈良師範学校、福井県師範学校、鹿児島師範学校などを経て,奈良女子高等師範学校教授・同附属小学校主事。同校で学習研究会を組織し,機関誌「学習研究」を発刊した)

 

| | コメント (0)

笑いを授業に取り入れると、子どもと教師の距離を縮め、子どもたちに安心感を生み出す

 中村健一先生は授業に“笑い”を授業に取り入れている。
 突然かっぱの帽子をかぶって教室に現れた。
 中村:「らっぱって知ってる?ってきいて?」
 子ども:「らっぱって知ってる?」
 中村:「ああ、池で泳いでいて、頭の上に皿があって、・・・・それは俺か!・・・・いまいち、やったね」
 始まったのは国語の授業。その内容は“ボケと突っ込みを考える”というテーマだった。実は5年生の国語に「会話を弾ませよう」という単元があり、ならばみんなで漫才をやってみようというのだ。
 子どもたちの発表、
「サラダが残ったときにかけるのは?」「それはラップ」
「じゃあ黄色い果物は?」「それはパイナップル」
「いい加減にしろ、ラッパだぞラッパ」
「突き指とかしたときにはるやつね」「それはしっぷだろ」
「いい加減にしろ」
 中村先生が“笑い”を授業に取り入れた理由は、子どもたちのある“変化”に気づいたからだ。
「どうも子どもらの安心感が無くなっていると気づいたんです」
「今の子は距離が遠くなっている」
「子ども同士も、先生とも、ちょっと遠慮がちに、みんなつきあっている」
「そこに笑いというものを入れることで、安心感を生み出せると僕らは考えています」
 中村先生たちは、同じ志を持つ教師が集まり「お笑い教師同盟」を結成。それぞれが教室で鍛えたネタをメールなどで教え合って授業力の向上に取り組んでいる。
「批判はあるかもしれません。そもそも“授業が面白くなくてはいけないのか”という疑問は出てきますよね」
「でも、感覚的だが、笑いの無い授業をやっていたら授業は崩壊して、成り立たないと思いますよ」
 中村先生が講習会で話されたのは、フォローの大切さです。受講した先生の感想は、
 授業では子どものどんな発言に対しても、中村先生は子どもが笑顔になれるフォローをされていました。
「きみは、ここで僕に会うために生まれてきたんだ」
 と、褒められたときは、先生は褒めるための言葉の引き出しをたくさん持っておられるのだなぁと思いました。
 どんな言葉を言っても、先生にたくさんの褒めことばをもらえる子どもたちは嬉しいだろうし、安心して力を発揮できるのだろうと思いました。
 出会った子どもの中には、周りの目を気にして力が出せない子もいるので、このようなフォローは大切だと感じました。
 私も子どもにふった“フリ”を何らかの形で“オチ”を返してくれたら、意識的にフォローしていこうと思います。
 2つ目は、フォローと甘やかすのを一緒にしないことです。
 どんなことも、優しくフォローしてあげることが大切なのだと思っていました。
 しかし、5分前集合に遅れてきた子を中村先生は思い切り、叱っておられました。
 このとき、意外な展開で驚きました。
 だけど、確かに、教師は子どもを伸ばすことが仕事で、成長を褒めることが大切なのだと気付かされました。
 しっかり叱って、その後フォローする大切さを知れて、勉強になりました。
 中村先生は、着任式の挨拶は、いつも決まっている。
 全校児童を前に、次のような挨拶をする。
「せっかくマイクを持たせていただいたので、歌を歌いたいと思います」
「♪チョウチョ~♪チョウチョ~♪菜の葉にとま~れ~♪菜の葉にあいたら~♪桜にとま~れ~♪」
「さて、ここで問題です。チョウチョは、本当に桜の花にとまるのでしょうか?」
「そんなことを一緒に勉強していきたいと思います」
「中村健一です。よろしくお願いします」
 歌を歌うということは、子どもたちにとって、相当インパクトがあるらしい。
 中村先生が歌を歌い始めると、子どもたちは、耳を押さえるポーズをしてくれる。
 まさに“ツッコンデ”くれているのだ。お笑い教育の第一歩である。
 廊下を歩くと、子どもたちが声をかけてくれる。
「先生、チョウチョは桜の花にとまるよ。だって、見たことあるもん」
 中村先生は、笑顔で「本当?」とだけ答える。なぜなら、正解を知らないからだ。
 中村先生は、教室に入ると、とりあえずこける。これだけで“ツカミ”はOK!
 教室は大爆笑になる。
 ビートたけし氏もよくこけていた。コロッケ氏もツカミに使っていると話していた。
 そして、大笑いしている子どもたちに言う。
「きみたちみたいに、よく笑う子って、いい子なんだよ」
 笑う子は「明るい子」「頭がいい子」「話をよく聞いている子」「けじめのある子」であることを話す。
 そして「笑いの練習」をする。故林家三平師匠をイメージすればよい。頭に手をもっていけば、いつでもバカ笑いできるほどに鍛える。
 「お笑い」で教師と子どもの距離を縮めることができる。子どもと教師の距離を縮めることで、教室を安心感のある場所にすることができます。
 中村先生はキャラづけをする実践をしています。たとえば、
「うずら卵が死ぬほど好きです!」と宣言する実践です。
「それだけ?」と思われるかも知れません。しかし、効果はバツグンンです。
 たとえば、八宝菜が給食に出る日。
「先生、今日、八宝菜じゃけえ、うずら卵入ってるかもよ」
「うれしいじゃろう」と何人もの子が私に話しかけてきます。
「へへへ、楽しみ~!!」こう言って、よだれを拭く真似をするだけで子どもたちは大喜びです。
 こんな、ちょっとしたキャラづけが子どもと教師の距離を縮めてくれるのです。
「ドラえもんが死ぬほど好き」など、何でも好きなものをアピールすれば、それだけでキャラづけができます。
 逆に「ニンジンが苦手」「クモだけは嫌」など苦手なものをアピールルするのも子どもたちは大好きですね。
 教師のキャラづけは、子どもとの距離を縮める有効な方法です。
 ぜひ、あなたもキャラクターをアピールして、子どもたちとの距離を縮めてみてください。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ、多くの学生に向けて講演も行っている)

 

 

| | コメント (0)

授業が面白く、学校に来るのが楽しみになる、笑いのある授業をして授業力をアップをする方法とは

 田中光夫先生は「お笑い教師同盟」という団体に参加していました。
 そこでの田中先生の授業実践が評価されて、にTBSのイブニングファイブというニュース番組で実践が放送(2006年8月11日)されました。その授業は次のようでした。
 東京都羽村市の栄小学校3年3組担任の田中光夫先生は、国語の授業を行った。
 授業が始まると、突然、携帯電話が鳴り響いた。
「あ、わかりました。今すぐ向かいますので」
 電話を切った田中先生は子どもたちにこう切り出した。
「ごめーん、先生きょう急用が入っちゃった。代わりの先生呼んでくるね」
 そう言い残して教室を出て行った田中先生。
 後を追ってみると、廊下でおもむろに着替えを始めた。
 その直後、教室に入ってきたのは髭を生やして帽子とサングラスをつけた怪しい男性。
 田中先生が映画監督に変装してきたのだ。
「ここがオーディション会場かな。この夏の映画“夏の田中”のオーディションを行いたい」
 こう言って始めたのは、教科書を読む音読の練習だった。
「用意!アクション!」「夏の思い出…」
 田中“監督”の合図と共に、子どもが1人ずつ教科書を読み上げていく。
 途中で引っかかると
「カーット!台本をしっかり読み込んできてください!」
 という声が教室に響き、子どもたちからは大きな笑い声があがる。
 田中先生がこうした授業を始めたのは、月曜日の朝にクラスの雰囲気がいつも沈んでいることに気づいてからだった。
 田中先生は、
「ちょっと簡単なネタをやったところ、月曜日の最初からテンションがあがって授業がスムーズにできたことがあった。その時に『ああこれは使えるな』と思ったんです」
 “笑い”を授業に取り入れたことでクラスの雰囲気が明るくなり、子どもたちの様子が大きく変わったという。
 田中先生は、
「授業の中で『まちがってもいいんだ』『先生がうまくフォローしてくれるんだ』という気持ちを子どもたちがもてたようで、今まで静かにしていた子も、特に女の子がどんどん発表するようになりました」
 子どもたちに田中先生の授業の魅力を聞いてみると、
「普通の授業より、いろんなことができるから楽しい」
「田中先生の授業が、いつも面白くて、学校に来るのが楽しみになった」
 田中先生は、教師が授業力をつけるには、どうすればよいかを次のように述べている。
 授業の実践力をつけるには、実際に授業を見させて頂くのが一番いいですが、なかなかそんな時間はありません。
 田中先生は、本とか教育サークルとか。身のまわりのもの全てを「これ授業で使えるんじゃない?」という視点で見ています。
 そして、学んだ事を授業で実際に行う。
 サークルや本、インターネットなどで見つけた「これ面白そうだなぁ」「子どもたち、喜びそうだなぁ」「力がつけられそうだなぁ」というものを、授業でまねをして、追試(ついし)を行います。
 お笑いのネタの情報源は、田中先生の場合はテレビです。コマーシャルは子どもたちも大好きです。
 自分で授業の教材(ネタ)を探してきて、研究して、実際に授業してみて、記録して、反省して、また授業して、時に先輩教師にみてもらって、ダメ出しされて、でもまた教材研究していきます。
 その繰り返しを行うことで、初めて教師は力をつけます。
 これをさぼると、ダメダメ教師になってしまう、怖い怖い。
(田中光夫:1978年北海道札幌市生まれ、東京都公立小学校教師(14年間)を退職後、フリーランサーの教師(公立・私立学校で病気休職の教師に代わり学級担任を行う)になった。全国で教師の働き方改革を進める「アクティブ・ワーキングセミナー」を開催。イラストレーターとしても活動している)

 

 

| | コメント (0)

読み聞かせ合う学級づくりと、私の実践の根を太くしてくれたこととは

 石川 晋さんは、学生時代から教育系のサークル活動に取り組み、自信を胸に教壇に立ちました。
 しかし、初めて授業を持った中学校三年生の教室は、授業にならなかった。
 立ち歩き、授業妨害、トランプをする、「談笑」しつづける、激しく反抗し、時には机を投げつける。
 担任の先生が、何度も家庭訪問をしてくださるが、状況は好転しない。くやしさとみじめさに身の置き場もなかった。
 最後に教室に持ち込んだもの、それが「絵本」だった。半ばやけくそであった、と思う。
 石川さんがこの時、教室に持ち込んだ絵本、それは『急行「北極号」』(河出書房新社)である。ゆっくり読むと15分以上かかる作品だ。
 教室の前の席に座り、絵本のカヴァーをはずし、おもむろに読み始める。
 生徒はいつものように立ち歩きしているが、もうお構いなし。ひたすらただ読む。
 するとナント、立ち歩きしている男子たちがいつのまにか、読んでいるぼくの前に座って聞いているではないか。
 最初の5分で、騒然とした学級が静かになった。
 ふだんは大騒ぎをする男子生徒が、かぶりつきで読み聞かせを受けた。
 読み終わると拍手が…。
「石川、こういうんならまたやってもいいぞ」とかぶりつきの生徒がいった。その場面を今でもはっきりと覚えている。
 さらに「物語」の読み聞かせをしようと考えたきっかけは、大西忠治氏の文章との出会いである。
「読み聞かせの継続が教師を鍛える」というその文章に大変引きつけられた。
 今まで読んだ物語の中で、圧倒的な支持を得たのは、森絵都『宇宙のみなしご』(講談社)である。
 出会った時「あ、これだ」と思った。
 読みながら、夜ごと屋根に登る少年たちの姿が目に浮かんでくる。
 毎日五分間ずつ国語の授業の最後に読み聞かせた。生徒には大好評であった。
 教師には、学級づくりや授業づくりの中で伝えたいメッセージがある。
 でも、それが生徒の中になかなか通っていかない。
 しかし「読み聞かせ」で絵本や物語をはさみこめば、伝えたい内容が伝えたい相手に届くまでに「緩衝物」が入る。
 柔らかく教師からのメッセージを伝えることができる。
 強圧的な指導に従わない生徒の心に届く理由があるようだ。
 しかも、生徒も教師も気持がいい。本当に読み聞かせはすぐれた手法なのだ。
 生徒の誕生日には、仲の良い友達からの手紙を学級通信に載せることにした。
 本人から朝の会で直接読んでもらう。読む方も聞く方も照れくさい。
 だが、本人の肉声によって初めて伝わるものがある。ことばが輝いている。
「絵本」の読み聞かせも、生徒同士でさせたい。
「読み聞かせ合う」ことで、「聞き手」への関心が広がる。
 聞き手への関心の広がりが関わり合いの心を育てていく。
「読み聞かせ」は人生を豊かにし、人と人とをつなぐアイテムにもなるのだ。
 好きな絵本を読んで聞かせることの素晴らしさを体験した生徒は、大人になった時、きっと絵本を自分の子供達にも読んであげたいと願うはずだ。
 私は、教師になった当初は、向山洋一さんの法則化運動の影響を受けて、授業記録を書きつづりました。
 授業をいくつかに区切り、教師や生徒の発言や所作を克明に記録して、自分の分析を加えるという形式でした。
 それをサークルに配布して意見をいただくことを繰り返したことは、自分の授業力向上のために決定的な役割を果たしたと断言できます。
 書くことと並んで重要なことは、読むこと、聴くこと、対話すること、そして楽しむことでした。
 教師になってからは、教育書、詩集、絵本などを一生懸命読みました。何しろ私は「読み聞かせ教師」でしたので、教室でも絵本や物語をたくさん読み聞かせしていました。
 音楽はクラシックから洋楽、邦楽なんでも聴いていました。苦しいときに、自分を助けてくれたのは、ちょっとしたユーモアや笑顔と、すてきな音楽だったと思います。
 そして、とにかくたくさんの人と「対話」してきました。様々な市民運動に参加して、直接、学校教育とはかかわらない様々な職種の人たちと、いろんな話をしてきたことが、教師になって10年を過ぎたことから、教室に役立つようになってきました。
 楽しさをベースにした、書く、読む、聴く、対話する、楽しむといった営みが、知らず知らずのうちに、私の実践の根を太くしてくれたのではと思います。
(石川 晋:1967年北海道生まれ、北海道公立中学校教師。NPO法人授業づくりネットワーク理事長。教科指導と学級経営の連動を意識した読み聞かせ活動を展開中。また、教師の学びの場づくりを精力的に展開中である)

 

| | コメント (0)

担任を持ったとき、子どもを育てる1年間の戦略や戦術をどのように持てばよいでしょうか

 担任として自分の学級を持つと、4月の段階で自分の学級の子どもたちが学校生活の中で、どのように成長し、1年後にどういう姿になっていてほしいかを考えます。
 子どもの成長を戦略的に考えます。
 土作先生は、子どもが「成長する」ということは、具体的には
 「何事も自分で考えて、自分で行動していく力を身につける」
 ことができるようになることであると考えています。
 しかし、はじめから主体的に行動できる子どもはそう多くありません。
 日々の学校生活の中で、徐々に培っていくことになります。
 そのためには、最初から子どもに物事の判断や行動のすべてを投げるのではなく、まずは教師が子どもたちの行動を引っ張る、指示するなど、ある程度子どもの行動への介入が求められます。
 教師は年間を通して、だんだんとその介入の比率を減らし、子どもたちが物事に対して、自発的に動く比率が高まることが子どもの成長の証になります。
 そのための「戦略」と「戦術」とは、
 まずは1年間(4月~3月)で、どのような子どもになってほしいかいうイメージを持ちます。
 4月は新しい学級の子どもたちに指導しますが、子どもたちはまだ共通の規律や強制の中におかれていない、いわば寄り集まっただけの状態です。
 ですから、子どもの言動や姿勢に関してかなりの部分を教師がテコ入れし、あれこれ言うことが多くなります。
 この時期は子どもの主体性は低く、教師主導で学級が動いていきます。
 教師がどんな工夫を凝らしても、いきなり自分で考えて行動できるように子どもを変えることは至難の業です。
 かといって、1年という漠然とした時間を目標に、毎日の指導を行うのは容易ではありません。
 日々の指導を考える上で、子どもの成長した姿を考える際、具体的・実際的な「戦術」に対して、より中長期的な段階のイメージや枠組みのことを「戦略」といいます。
 「戦略」を遂行するために行うのが「戦術」です。
 つまり、「戦略」に基づいたあらゆる「戦術」を通して、子どもたちを育てていくのです。国語の実践を通して、戦略の過程と具体的な戦術を見ていきます。
 たとえば、
戦術1「漢字練習帳を使って子どもの自主性を育てる」
 年度の最初に、その学年の漢字練習の教材が配られます。
 漢字ドリルや漢字練習帳のようなものです。
 漢字練習帳を使った宿題では、漢字練習帳の指示通りに漢字の練習を行なってくれば、本来やるべきことは達成されていると言えます。
 しかし、教師に指示されたことのみを忠実にこなしているだけでは、子どもの主体性は低いままです。
 子どもの自主性を育てる教材として漢字練習帳を用いる時に、最初は教師が余白の使い方を指導したり指示したりする必要があります。
 徐々に子どもの主体性が高まってくると、漢字練習帳の余白に隙間がないほど自分で漢字の練習をしたり、漢字の意味を書いたりするなどの変化が見られます。
 土作先生は子どもたちにこう伝えます。
 「昨日をひとつだけ超えなさい。」
 「昨日から1ミリだけ前進しなさい。 」
 子どもに対し、最初から自力で漢字練習帳の余白を全部埋めることを求めるのは無理があります。
 しかし毎日、漢字1つの意味や成り立ちを余白に書いてくるようにさせ、少しずつでも進めていけば、1学期終わる頃には余白をだいたい埋めてくるようになるのです。
 土作学級ではゴールデンウィーク前後には、漢字練習帳の余白に意味を書いてくる子どもが出てきていました。
戦術2「自ら進んで辞書を使う子どもを育てる」
 辞書を使う習慣を子どもたちにつけさせたい時には、自主的に学習を進めていくためにも、普段何気なく使っている言葉について、辞書を使って改めて意味を確認させます。
例:「『赤』は辞書にはどのような意味が書いてあると思いますか?」と子どもたちに尋ねます。
 学級づくり改革セミナーでは土作先生が、参加した先生方一人ひとりを指名し、答えていただいてもらっていました。
 先生方の回答は、「血の色」「共産主義」というものでした。子どもたちからはどんな答えが返ってくるでしょうか。
 ちなみに辞書には以下のように書かれています。
あか【赤】[名]
 1 三原色の一つで、新鮮な血のような色。また、その系統に属する緋(ひ)・紅・朱・茶・桃色などの総称。
 2 《赤ペンで直すところから》校正・添削の文字や記号。赤字。「—を入れる」
 3 《革命旗が赤色であるところから》共産主義・共産主義者の俗称。
 4 (「あかの」の形で)全くの、明らかな、の意を表す。「—の他人」「—の嘘」
 土作先生は言います、
 「普段当たり前だと思って使っている言葉でも、実は辞書をひいてみれば、君たちが思っている以上に広くて深い意味があります」
 「思わぬものを見つけたら、漢字練習帳の白い部分に書いて持ってきましょう」
 最終的に漢字という分野で、子どもたちが自分たちで率先して学習を進めていくように育てるためには、子どもの学習へ向かう姿勢に対して、教師の介入の比率が高い最初の段階で何をする必要があるでしょうか。
 授業の中で子どもが分からない言葉が出て来た時に、教師が子どもに「これはどういう意味?」と質問します。
 例えば「プレゼンテーション」 という言葉が出てきたときに、この語の意味が分からない子どもに対して、
 「『プレゼンテーション』を辞書で引きなさい。」
 というところまで指示していては、子どもの自主性が育つとは言えません。
 どんな教科であろうと、分からない言葉が出てきたら、子どもたちが自ら辞書を引くような状態こそが、学習へ向かう子どもの主体性が高い状態と言えます。
 子どもが辞書を日常的に使う状態にするには、まず辞書そのものを子どもの身近に置く必要あり、そのためには、教師が「国語辞典使い方ゲーム」など、辞書を使ったゲームをたくさん持っておくことが必要です。
 授業のネタは持たなくていいものではありません。自分の立てた戦略を実行に移す時に、子どもたちの変化に直接作用する大事な道具です。
 小ネタは「戦術」であり「戦略」ではない。
 小ネタをたくさん持っていることは重要です。小ネタは戦術にあたります。
 しかし、戦術は戦略に基づいて利用されるものです。
 そのネタをどうしてこのタイミング・この時期に使うのかということに対して、きちんと説得力のある根拠をもたせるためにも、
(1)子どもたちの現状はどのようなもので
(2)子どもたちには次にどんなステップに進んで欲しいのか
(3)そのためにはどんなネタ使った方がいいのか
 ということをきちんと確認しておくことが大切です。
 土作先生がミニネタをつくるさいのコツは「テレビを観ている時とかに、面白いと思ったことを、いかにして教育現場に持ち込むか」ということを考えているのだそうです。
 子どもたちにとっては「面白い」から「わかる」。「わかる」から「できる」ということです。
(土作 彰:1965年大阪府生まれ、奈良県公立小学校教師。授業のネタを収集、何かが足りないと気づき、深澤久氏の学級を参観し衝撃を受け教師に必要な哲学を研究。
 学級経営を成功させるには「教える」「繋げる」「育てる」によって、知的に楽しくビシッとしまる「学級づくりの3D理論」を提唱し実践している。日本教育ミニネタ研究会代表、学級づくり改革セミナー主催)

 

| | コメント (0)

子どもたちと担任が一緒に遊ぶと、遊び通じて子どもたちは人間関係を学ぶようになります

 昼休みや放課後、子どもたちと一緒になって運動場を駆け回っています。
 ドッジボールや、野球に似たキックベース、リレー走など、みんなが参加できるゲームを楽しんでいます。
 子どもはゲームの中で「喜びと悔しさ」を味わい、「チームワーク」の大切さを学び、「人間関係」を築いていくのです。
 キックベースは、投手がマウンドから転がしたサッカーボールをけり、ベースを回り、得点を競うゲーム。
 一学期は毎日のようにキックベースをしていたので、校長から「またキックベースですか」とよく笑われました。
 私自身は幼いころ、休み時間に担任と遊んだ経験がありません。
 それが当たり前と思っていましたが、教育実習をした長崎市内の小学校では、子どもと担任が毎日のようにキックベースをしていました。
 笑顔いっぱいの姿を見て「先生になったら私も始めよう」と、心に決めました。
 私の事務作業などは後回しにしても、とにかく子どもと一緒に遊ぶことを優先し、クラス全員でゲームを楽しみます。
 私にしかられたり、友達とのささいなトラブルで、落ち込んでいたりした子どもも、遊びが楽しければ一日を終えたときに「きょうも楽しかった」と思えるものです。
 しかし「何となく元気がないな」と感じるときは、子どもの異変を知らせるサインです。
 遊びを通じて、子どもの感情の変化を肌で感じ、心の成長を知ることもできます。
 ある男の子は一学期のとき、ほかの子がミスをするたびに不満げな顔をしていましたが、三学期になると誰より先に「ドンマイ」と声を掛けるようになりました。
 遊びながら、他人を思いやる心が育っていった例だと思います。
 最近の子どもは習い事が増え、大勢で遊ぶ機会が少なくなりました。
 遊びの中で子どもたちがつながり、支え合い、人を信じる気持ちをはぐくんでほしい。
 そう願いながら「キックベースをしようよ」と呼び掛けています。
 中山先生は、長崎歴史文化博物館を利用した授業の実践で、小学校中学年の活用の仕方として、博物館の「施設や公共性」に着目した「公共のマナーについて学ぶ」「バリアフリーについて学ぶ」という実践をおこないました。
 同じく博物館を利用した中山先生の実践として、社会科見学で博物館の周辺施設の見学時に、博物館を昼食会場として利用し、見学の時間を確保している。これも新たな博物館の利用方法の一つであると思う。
(中山美加:長崎市立小学校教師を経て長崎県公立小学校教頭) 

 

| | コメント (0)

授業や子どもの生活の一部をエピソードとして蓄積し、発信すれば教室を楽しくし、保護者の苦情も少ない

 野口晃男さんは小学校長のとき「学校だより」を書いた。
 子育てに奮闘する保護者と若い教師にメッセージを伝えるためだ。
 小学生を持つ保護者は苦労もあると思うが、子どもに最もメッセージを送りやすい時期でもある。
 「一緒に成長するつもりで、子育てを楽しんで」という思いで野口さんは書いた。
 親が子どもに「学校、楽しかった?」と、親が子どもと会話を切り出すときによくする質問だ。
 しかし、野口さんは、
 「具体性がなく、子どもにとっては難しい質問」と言う。
 「きょうは誰と遊んだの?」の方が数段分かりやすい。
 親も子どもの様子が想像できる。
 最も大事なことは「親がどんな話題に関心を示すかで、子どもは話題を選ぶようになる」こと。
 楽しいことを話すという行為は、その子に「プラス思考」という素晴らしい力を育てる。
 その反対で、親がマイナス面にだけ関心を寄せると、子どもは自分の受けた被害の部分だけを学校から持ち帰ることになる。
 子どもの、わがままとのつき合い方、あいさつや手伝いの大切さなど、家庭で実践できる子育てのヒントが随所に書かれていた。
 たとえば「校長室の窓から62号」には「子どもを悪くする3つの方法」が次のように書かれている。
 入学式で入学のお祝いを述べたあとで、保護者の皆様方に子どもを悪くする3つの方法を話しました。
 一つ目の方法は、子どもの前で近所の人にあいさつをしないという方法です。
 近所の人だけでなく、知っている人にもあいさつをしないようにするのです。
 そうすれば、子どもは間違いなく陰気で礼儀知らずの人間に近づいていきます。
 二つ目の方法は、家の中で手伝いをさせないという方法です。
 家のみんなが働いているのに、遊んでいても平気でいられるような子にするのです。
 そうすれば、子どもは学校でもそうしますから、そのうちに多くの友達からの信用を失い、最後はひとりぼっちになってしまいます。
 特に掃除をさせないのがこの場合の一般的な方法です。
 三つ目の方法。それは子どもの頭を悪くする方法です。
 それは、子どもの前で友達の悪口や、近所の人の悪口や先生の悪口を言うことです。
 この方法が効果的である理由は、とてもはっきりしています。
 お父さんやお母さんが悪く言っている人の話は、どんなに素晴らしい話でも、その子の心に響かないのです。
 いま、皆さんに、子どもを悪くする3つの方法を話しました。
 反対に、子どもを良くする方法はたくさんあります。
 これから一つ一つ実践し、子どもを良くする方法を工夫し、ご家庭の皆様とともに協力して育てていきたいと考えています。
 「一部分でも心に残る部分があればうれしい」と野口さん。
 「学校への批判にどうこたえるか」は、家庭や地域との連携を目指す、学校経営者の目がうかがえる。
 心配する声も寄せられた、雨の中の水泳教室や自転車教室。
 保護者や地域住民の不安を解消するため、実施の狙いや当日の子どもたちの様子など情報公開に努めた。
 36年の教員生活。子どもの純真さは変わらないが、親を取り巻く環境は大きく変わった。
 「車社会によって目的地には早く着くが、手をつないでの親と子の会話などの楽しみをなくした部分も」
 「むだに思えるような時間こそ大切にしてほしい」とアドバイスする。
 野口さんが大切にしている写真がある。
 退職を迎えた中野小の校長室で、子どもたちの笑顔に囲まれた一枚。
 校長室のドアは常に開いていたという。
 「校長だから偉いわけではない。門構えや地位、服装などの見た目で人を判断したり、物おじする人にはなってほしくない」と言う。
 「大切なのは心。一対一で付き合える人間性を養ってほしい」と願う。
 野口さんの教師時代の学校実践の特徴は、次のようである。
 野口さんは、小さいころから叱られることがきらいだった。
 常に叱られない方法、自分が楽しむための方法を考えていた。
 野口さんは教師になっても「その場の中で、できるだけ楽しい方向へ」という発想で実践を行ってきた。
 そのような発想の土台の1つが読書。
 野口さん自身、小学校時代から多くのジャンルの短編本を読んできた。
 多湖 輝の「頭の体操」、「サザエさん」「ふりてんくん」などの本を読んできたことが生きている。
 いたずらや冗談といったことができる姿勢。
 瞬間的に演技し「教室の場を楽しく」するような担任でありたいと。
 そのような教師には保護者からの苦情も少ない。
 学級通信も、長い文章よりは、短くポイントを押さえて書き、発信するように心がけた。
 子どもたちの光輝くものを、忘れっぽいので日々メモをする。写真を撮る。
 そこからポイントを押さえ、瞬間、瞬間の価値を見つけて学級通信の記事にした。
 しゃべることが苦手なので、同じことを何度も言うのではなく学級通信で発信する。
 日頃から、そのようなトレーニングを積み重ねた。文章に赤ペンを入れてくださった先輩の存在も大きい。赤ペンを入れられることを嫌がらなくなった。
 野口さんは教師になってからいつもコンプレックスを持っていた。
 次の新しい学校でもうまくやっていけるだろうか?といった不安をかかえていた。
 そんな時に行ったのは、前任校の資料をとっておき、それを参考にしながら改善点を見つけていくこと。
 よって、資料は基本的に捨てずにとっておいた。
 野口さんのすごいところは、その蓄積力。
 いろんな形で細かく集めて、ためて、それが何かを生み出していく。
 教師になってからも、いずれ来るであろう様々な問題を解決、打開するいろんなアイデアを考えてきた。
 いずれくるであろう苦労を先にやっておく。
 そのようにしておくと、何があってもその場で対応できる。
 野口先生の実践を支えているキーワードは「蓄積力」です。
 授業や子どもの生活の一部を、短いエピソードとして蓄積する。
 そして、それぞれのエピソードの価値を分類・整理し、発信する。
 このようなシステムは、情報の発信を意図した蓄積であり、今後、身につけていきたい技能であると感じました。
(野口晃男:岩手県公立小学校教師、県総合教育センター研修主事・県教育委員会指導主事、盛岡市立小学校校長を歴任。子育て,保護者対応,若い教師の資質向上など役立つ「校長室の窓から」を自費出版、週刊教育資料で校長講話を連載)

 

| | コメント (0)

よい授業づくりをするには、どのように考えて授業をするようにすればよいか

 どんな教師になりたいか、どんな授業を目指すのかが明確でないとよい授業はできません。
 よい授業には、リズムとテンポがあり、子どもの動きは集中し、緊張感がみなぎっている。
 よい授業は、教師が全員の子どもに目を配り、動きを観察し、授業に張りがある。
 よい授業には、浄化作用がある。
 理想は、自分もやっていて楽しい授業。
 授業者に余裕がなければ、よい授業は生まれません。
 楽しい授業づくりを行うには、教師自らが学ぶ楽しさを知らなければならない。
 教材や方法を熟知し、それがあふれ出るようでなければ、子どもの動きを変えることはできません。
 子どもを主体にした授業作りを目指していきたいです。
 授業で大切なのは、子どもから学ぶことです。子どもの本音を引き出し、その本音から授業を作り上げていくことが教師の役割です。
 一流の授業ができるには、相手の気持ちを理解することが出来ること。そういう授業づくりを目指していって下さい。
 その場に応じた指導が出きるようになってはじめて、一体感のある授業ができます。
 板書しているときでも、教師は背中で子どもの空気を感じ、それに対応していく力が必要です。
 机間指導をしているときに、全体の雰囲気を感じながら、進め方を修正していくのです。
 子どもたち全員が出きるようになった喜びは大きいです。子ども同士の一体感、子どもと教師との一体感が生まれます。
 優れた演劇と同じような、感動のある授業づくりがしたいというのが私の長年の夢です。
 運動会のリレーで、声援をあげて応援する時には、子ども、選手、保護者が一体になります。
 勝敗は別にして会場全体が一つになります。そういうことを意識して演出していくことが、教育では大切なのです。
 授業で文句をいったり不平をいったりする子どもがいると、一体感を損ないます。きちんと指導していくことが大事です。
 教師の願いや思いをどのように教材化していくのかが、ネタ作りです。
 子どもに、生きる元気がでるというのは、最高の教材です。
 子どもに「元気」をもたらすことのできる教材づくり、授業づくりをしたいと思っています。
 到達目標がはっきりしていることが大事です。
 人間には得手不得手がある。
 勉強の得意な子ども、掃除の得意な子ども、作業の得意な子どもといろいろいる。
 一律に勉強だけを押しつけるのではなく、作業の好きな子どもはその面を伸ばしていけばよい。
 無理をして詰め込むのではなく、やさしい基礎・基本を指導して得意な面を伸ばしていくようにすればよい。
 大切なのは、子どもが楽しくできることである。
 みんなでワイワイしながら学習している中で、自然にできるようになっていくであろう。
 一人一人の子どもの、出来ない原因を分析していくことが大切です。
 子どものためを思って一生懸命に指導するのだが、効果はさほどあがらないのは、子どもが意欲を持っていないらである。
 授業で失敗しても失敗とは捉えない。やっているときは、私が一番と思うこと。反省は終わってからでいい。
 ネタを重視したシナリオが決まっている授業で、いつも私が思うのは、授業で発表できない子ども、意見を出せない子どもをどうするのかということです。
 そういう子どもが、何か意見を出せるような手立てを考えないといけない。
 自分が一番よかったという授業をモデルにして精進してください。必ず上達します。追試をして確かめていってください。
(根本正雄:1949年、茨城県に生まれ、元千葉県公立小学校校長。「根本体育」を提唱し,全国各地で体育研究会・セミナーにて優れた体育指導法の普及に力を注いでいる)

 

 

 

| | コメント (0)

面白くて、わかる教材「学習ゲーム」というのは、どのようにして生まれたか

 横山験也さんは「学習ゲーム」という新しい分野を創り出した人だ。
 横山さんが学習にパズルやゲームを取り入れた理由を次のように述べています。
 まじめに授業すると、子どもたちののりが悪い。
 それで、常に笑いをとるような授業したんです。
 そしたら、子どもたちが食いついてきた。
 また、パズルやゲームといった楽しみを取り入れたら、ものすごい喜びよう。
 やる気とは「楽しみをまぶすことで、引き出されるものかもしれない」と思って、パズルを作り始めたんです。
 つまり「わかる=おもしろい」というのが、それまでの教師の方程式だったけれど、横山さんは「おもしろい=わかる」を目指して教材開発をした。
 面白くて、楽しくて子どもが「もっとやろう」と言う活動を通して勉強ができるようにするのは簡単なことではない。
 面白いだけなら「エンタの神様」に出てくる人の方が圧倒的に面白いだろう。横山さんの場合は「おもしろい」仕掛けを学習の中に入れているのだ。
 横山さんの活動が全国区になったのは、小学館の学年誌がきっかけでした。
 横山さんが、ひょんなことで会った小学館の編集の人に、授業にパズルなどを取り入れていることを話したら「ぜひうちの雑誌にも!」といわれました。
「小学一年生」などに載せてもらったら、これが大好評。授業中の楽しみが、家庭でも受け入れられることがわかりました。
 それから、ゲームを絡めた家庭学習用のパソコンソフトやクイズ中心の児童書を作ったら、なんとすべて大当たりでした。
 そのころ、算数の学力向上にはパソコン教材が有効だと気付いたときだったので、大好きな算数のために、僕もなにかできるかもしれないと退職。
 退職したのは、伊能忠敬に感動したからです。
 横山さんが40代半ばに、江戸の測量家・伊能忠敬について知る機会がありました。
 50歳で天文学を勉強し、生涯かけて実測し日本地図を作った人。年をとってもやればできるんだって感動しました。
「デジタル算数の祖」といわれることが、横山さんの夢になりました。
 横山さんは「誰にでも分かって貰える教え方をみつけたい」「算数で泣いている子を算数好きにしたい」との思いから、自作教材などを作り続け、パソコンと出会う。
 コンピュータの持つ表現能力、高速な演算処理力で、横山さんの表現領域は一気に開花。
 自らプログラミングを学び「わかりやすい教材を自分の手でつくる」ことを続けて、開発したソフトは1700本を越えた。
 横山さんの教材を使っている教師は次のようにのべている。
 初めの出会いは書籍だった。教室ツーウェイの別冊で「楽しい学習ゲーム」というのが出ていた。その編集長をしていたのが横山さんだった。
 パズルやゲームを通じて学習を進めるという方法は面白い視点だと思った。
 教材が出る度にコピーして教室に行くと、いつも子どもが集中した。
 その子どもたちの姿を見ながら、これなら教科力がなくてもできるかもしれないと思ってしまった。
 私もいろいろ自作してみたけれど、上手くいかない。
 きちんと教材・教科を分析する力が無ければ、楽しくて学力のつくものなどできないのだった。
(横山験也:1954年生まれ、千葉市立小学校教師(24年間)を経て、教育ソフト開発研究所代表取締役、さくら社代表取締役。算数ソフト開発の第一人者。ICT算数研究会会長)

| | コメント (0)

魔法の言葉「AさせたいならBと言え」は、子どもたちの心を「自主的にさせる」指示である、どのようにつくればよいか

「おへそをこっちむけてください」
 子どもたち,特に低学年の子供たちを教師側に向けさせる,有名な指導言だ。
「熱いジャガイモをほおばるように口をあけて,声を出しましょう。」
 全校合唱を指導した時に,こう指導すると,子どもたちの歌い方がガラッと変わった。
 これもまた有名な指導言だ。力のある教師たちはこれまで経験の中で,このような指導言の効果を実感し,教室で使ってきたのである。
 そうした指導言を知らない教師が、こうした指導言によって子どもたちが動き出す光景を見ると,これらの指導言は「魔法の言葉」となるにちがいない。
 私たちは,こうした先達の素晴らしい実践を学び続ける必要がある。
「先生の方をむいてください」と指導するよりも「おへそをこっちにむけてください」と指導した方が効果的であること。
「大きな口をあけて歌いましょう」と指導するよりも「熱いジャガイモをほおばるように口をあけて…」と指導したほうが効果的であること。
「○班静かにしてください」と指導するよりも「△班の聞き方が素晴らしい。みんなにまねしてほしいな」と指導した方が効果的であること。
 これらの様々なパターンの「魔法の言葉」を明確に方向付け,価値付けをした第一人者が岩下修氏だ。
 岩下氏は,この「魔法の言葉」を「AさせたいならBと言え」と原則化し,多くの教室の教師の言葉指導を変えていった。
「魔法の言葉」の仕組みを岩下修氏は「AさせたいならBと言え」の中で次のように述べている。
 子どもたちの心を「自主的にさせる」指示の開発こそが必要なのである。
「AさせたいならBさせよ」は、まさに子どもたちを自主的にさせるために設けられた原則なのである。
 子どもへの指示は直接的なものより,間接的なものの方がよいということだ。
 これを意識するとしないでは,学級経営,授業運営も大きく変わってくるはずだ。そして,子どもの力も変わってくるはずだ。
 例えば、リコーダーの指導で「もっときれいな音でふきなさい」と指導しても、どうしていいかがわかりません。
 きれいな音とはどういう音なのか、イメージできていないからです。
 見本を見せればいいのです。イメージができます。
 聴かせればいいのです。まずは「きれいな音とはこういう音だ」ということを教えなければいけません。そうすれば、きれいな音というのがイメージできます。
 次は、具体的な方法です。
 きれいな音のイメージができても、それだけではダメです。
 どうやったらきれいな音が出せるかがわからないからです。
 たとえば、次のように指示します。
「シャボン玉を割らないように、そっとそっと少しずつふくらますようにふいてみよう」
 音がきれいになります。
 シャボン玉をふくとき、一氣に強くふく人はいませんね。そんなことをしたら、すぐに割れてしまいます。
「すーっ」というようにそっとふきます。このふき方が、リコーダーのふき方と似ているのです。
 子どもたちが経験したことがあるもの、つまり
「子どもたちにとって身近なものに例える」と、子どもは変化します。
 技術的なことも教えます。タンギング、運指(指使い)、息の入れ方。
「例え」を使うのもよいです。
(1)跳び箱運動、着地の指導をするとき、次のように指示します。
 ・「忍者のように降りなさい」
 ・「猫のようにふわーっと降りなさい」
 子どもたちの着地は、ドンからスッへ。音をたてない、柔らかい着地に変化します。
(2)「勉強しなさい」といいたいとき、
 ・「音読上手になったって、先生がいってたわ。お母さんに聴かせてね」
 ・「10マス計算、お母さんとどっちが速いかな。競争しましょう」
 ・「漢字カルタをやりましょう」
(3)「宿題をしなさい」といいたいとき、
 ・「終わったら、いっしょに『○○○○』(テレビ番組名)を見ましょうね」
 ・「終わったらおやつですよ」
 ・「今日は、何分でできるかしら」
 ・「わからないところは、聴いてね」
 ・「どんなお話しか、教えてね」
(4)「はやくしなさい」といいたいとき、
 ・「ビデオ、早送りー」
 ・「制限時間、あと5分です」
 ・「雷が落ちるまで、あと3分!」
 指示の仕方一つで、子どもはがらっと変わります。いろいろ考えてみてください。
(岩下 修:名古屋市生まれ、公立小学校教師、立命館小学校教師、立命館大学非常勤講師を経て、名進研小学校国語顧問教師、立命館小学校国語教育アドバイザー)

 

| | コメント (0)

どの子も発言したくなる授業をするには、どうすればよいか

 今、教師と子どもの「間違い観」が問われていると言えます。
 「間違い観」ひとつで、授業はまるっきり変わっていくのです。
 「間違い」が、深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくことです。
 そうすれば、今まで沈黙を守っていた子どもたちが、どんどん発言するようになります。
 発言することで、授業が何倍もおもしろくなることを、子どもたちは実感していくのです。
 すると、授業が活気に満ちたものになります。
 個性的な意見がつぎつぎと出されるようになります。
 ときには、対立意見が出されます。傍観などしていられなくなります。
 友だちがどう発言するか、ハラハラしながら聞くことになるのです。
 発言したくて、うずうずしてくる子もでてくるのです。
 ほんとうの意味で、共同の学びができるようになります。
 あすの授業を楽しみにする子どもたちが増えてくるのです。
 教師は、みんなで話し合うことに値する教材を用意し、授業のどこで、どんな話し合いをさせるかだけを準備しておくだけでよいのです。
 授業においての子どもの発言には、深い意味がある。
 授業中に子どもが発言するようになると、
(1) 授業だけでなく、子どもの生活も生き生きとする。
(2) 学ぶことが楽しくなる。「なぜ学ぶのか」について考えるようになる。
(3) 次第に、子どもたちの個性的な意見が次々と出されるようになる。発言しない子も傍観などしていられなくなる。
(4) 自分の間違った意見や、友だちの間違った意見などを聞いて、子どもたちがお互い協調するようになり、明日の授業が楽しくなる。
 教師が、子どもたちの授業中の発言を保障し、子どもたちが自発的に発言する環境を整えてあげることが大切である。
 そのためには、子どもたちが「間違うことを保障」してあげることである。
 子どもが、授業で生き生きできないのは「間違い」や失敗を恐れているからである。
 「間違い」をしないために、沈黙を守るのである。
 沈黙は、恥をかかないための最良の手段でもある。
 「間違い」が深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくとよい。
 そして教師は、みんなで話し合うことに値する「教材」を用意し、「授業のどこで、どんな話し合いをさせるか」だけを準備しておけばよいのだ。
 一人ひとりの発言に、大袈裟でも丁寧にはげまし、その個性を褒めることが大切である。例えば 「よくそんなところに気づいたね。すごい」と。
 「正しいこと」を求めるのではなく、彼らの頭に自然に浮かんだ疑問、意見、それ自体を求めればいいのだ。
 そして発言は強制せず、発言し出すのを待つことである。
 授業のリラックスした状態が、じっくり考えたり、自分の発想を練るためには大切である。
 そのためには、子どもを不安にさせないことがたいせつである。
 例えば、指名などを行ない、考えてもいなかったことを急に言わされたり、黒板にだされたりしたら、子どもはどきまぎしてしまう。
 不安は考えや発想の障害になるからだ。
 学ぶことが楽しくなると、子どもは頭脳の扉が開く。
 大人が考えてもいないようなすばらしい発想があふれ出てくる。
 だからどんどん吸収することが可能になる。
 発言はいつのまにか授業中だけでなく、いじめや暴力への反発の叫び、節度があり自由で楽しい生活にするためのものになるに違いない。
(今泉 博:1949年北海道生まれ、東京都公立小学校教師、北海道教育大副学長(釧路校担当)を経て松本大学教授。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う) 

 

| | コメント (0)

授業を成功させるために、教材の解釈と授業の展開は、どうすればよいか

 授業の展開を成功させるためには、授業が明確な方向性を持ち、単純化されていなければならない。
 それではじめて授業は力を持ち、リズムとドラマを持つ。
 根本的には、教材の方向性と授業の方向性をどこで一致させるかということが、授業展開を成功させる条件である。
 授業展開の方法を考えるには、
(1)教材の方向性を考える
(2)自分の方向を考える
(3)現実の子どもを考える
(4)子どもに実現したいことを考える
(5)教材のなかからもっとも適切なものを抜き出し拡大する
 一つの教材によって方法論を持つことが、授業での教師の方向性であり、授業に方向性があることである。
 授業展開を単純化しようとする場合は、何をどう切り捨てるかということが大事になる。
 授業の展開を成功させるためには、
(1)教材の解釈
 教材を一般的にわかるとか説明できるということではない。
 教材を分析し、自分に問いかけたり、疑問を持ち、発見・創造したりする。
 そのなかから新しい疑問、思考、論理とかを積み重ねていくことである。
 全人間的に教材と対面し、専門家に近い読みと解釈、自分の考えを持つこと。
 深く読みとることができるまでおこなう。
 血の出るような思いでつかみとったことが、生きた知識となり、授業で生き生きと子どもにぶっつけることができる。
 そういう解釈をするためには、すぐれた人生経験を持ち、職場に授業を中心とした研究体制ができていることが必要となる。
 荒い一般的理屈だけの読み方を、みんなに否定される職場体制があること。
(2)授業を構造化する
 教材の解釈を学級の一人ひとりの子どもとつき合わせ、かみくだいていく。
 現実にいる学級の一人ひとりの子どもを頭に入れての教材解釈である。
 子どもたちに何をどのように考えさせ、教えようとするか。
 教師がひとりの人間として読み取り解釈したものを、学級全体や一人ひとりの子どもと具体的につき合わせ対策を考えていく。
 具体的に教材が子どもとつながり構造化されるわけである。
 何を教え込まなければならないかを、現実の学級を対象にして考え決定する。
「何を取り上げ、何と何は切りすてるか」を決定する。
 教師が「読み取ったもの」「解釈したもの」「疑問に思ったもの」「発見したもの」のなかから、こんどの授業では「何を取り上げ、何と何は切りすてるか」を決定する。
 授業の展開に方向性を持たせるために、単純化し明確にするために惜しげもなく切りすてる。
 子どもに理解困難だと思われるところをみつけだしておく。
 そして、子どもの状態に即して教えたり、考えさせたりすることができるようにしておく。
 重要な問題について、子どもがどのような思考や解釈のあやまりをするか予想を立てておく。
 それに対して教師としての説明の仕方とか、反ばくの仕方とかを考えておく。
 この作業のとき、教師自身がそれまでの自分の解釈や考えを、もう一度疑ってみたり、幾つかのちがう考えや解釈をつくり出しておくことも必要である。
 これにより、授業展開を豊かにしたり、子どもの考えを否定したり、反ばくしたりすることもできるからである。
(3)教材を分析
 教材にはかならず授業展開の核とか中心とかになるものがある。
 授業はそれを手がかりにして展開していく。
 それを教師がしっかりとつかまえておかないと、授業展開はスムーズにいかない。
(4)授業展開のなかでの新しい発見
 実際の授業展開で教材に新しい発見をするときがある。
 例えば、教師自身が発見する場合、子どもの疑問を契機にして発見する場合、子どものすぐれた発言からの発見がある。
 授業で新しい発見ができるのは、教材を媒介にしながら激しく教師と子どもが体当たりし合うからである。
 そのことにより、教師や子どもを変えていかなければならないのが教育の仕事である。
 それができるためには教師が、
 1 ものを鋭くみぬく力を持っていること。
 2 相手の心の内側にはいり、相手の心の動きを的確に追っていくことができること。
 3 豊かで、大きく、強い追求力と実践力を持っていること。
(5)教材解釈と展開の関係
 教材の説明と思考を区分けする。
 教材の解釈と思考をする場合は、次の区分をはっきりする。
 1 教師が教材を明確に説明することによって、既成の法則・原理・知識をはっきりと教え込む。
 2 子どもに考えさせ・追求させる。
(斎藤喜博:1911年-1981年、群馬県生まれ。1952年に島小学校校長となり11年間子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践し、全国から一万人近い人々が参観した。退職後全国各地の学校を教育行脚、「教授学研究の会」を主宰した。多くの教師に影響を与えた昭和を代表する教育実践者)

 

| | コメント (0)

授業でどの子どももできるように机間指導するときの「○つけ法」とは

 愛知教育大学教授である志水廣先生が開発された「○付け法」とはどのようなものでしょうか。
 教師が授業中に「できた子どもからノートを持っておいで」という指示は、できない子どもはノートをもっていくことができません。
 教師が本当に手立てをしたい子どもは、できない子どもだと考えます。
「○付け法」は机間指導して、どの子どもにも手立てできるようにと教師が働きかけるのです。
「○付け法」とは、子どもが問題に取り組んでいるときに、教師が机間指導して、解決過程や結果に対して、ノートに○をつけていく方法です。
 即時評価し指導するのが基本です。
 ○をつけるが×はつけない。
 教室の空気が一気によくなりやる気になります。
 ポイントはスピード、声かけです。
 ノート等に問題を解く場面や気づいたことをかかせる場面で、子ども一人ひとりに対して、赤色で○をつけていく方法です。
 教師が子どもの机を回り、○つけ、声かけ等の支援を行いながら、全員の反応を把握していきます。
 子どもに〇をあげる、言い換えれば、子どもを〇にして学校から帰すのが教師の役割です。
 子どもを×にして、×の思いを持たせて帰してはなりません。
 このことを全国の教師に対して訴えたいのです。
 志水式「○つけ法」の精神は、子ども全員が「わかる」「できる」授業を保障することである。
 子ども一人一人に対して赤色で○をつけていく方法である。誤答に○はつけない。
 目標は全員に○をつけることである。「できる」ことの保障である。
 ○つけ法は指導と評価が一体化する技法である。
 授業の導入で、復習や適用題の場面では30人3分間で○つけすることが可能である。
 自力解決問題では7分間で30人の○つけを目標とする。
 〇つけのスピードは、正答だと一人5秒,誤答だと一人15秒の声かけが目標である。
 一人に30秒以上の個別指導をすると授業の集団が壊れます。
 声かけは重要で、声は大きく教室中に広げる。
 子どもの実態はデジカメのように記憶し把握する。
 ○つけ法のよさは、子どもの立場からは達成感,称賛が得られる。
 教師の立場からは、つまずきに即時指導すると、教室の空気が一気によくなる。やる気になる。
 〇つけ法の前提条件として、9割の子どもが解決への見通しを持っていること。
 ○つけ法の練習は,適用題や復習題からやってみる。スピードがついたら自力解決問題に挑戦してみるとよい。
 適用題とは,問題解決の方法を知っている状態である。例えば,筆算のひき算の手順をあてはめていって解決していく。つまり「わかる」の段階は済んでいて「できる」「身につける」ことにねらいがある。
 自力解決問題では問題解決の方法はわかっていない。各自の解決の見通しにしたがって,解決していくことになる。
 それは,成功する場合もあれば,失敗する場合もある。これらをぱっと見て判断して、助言の声かけを出していく。
 自力解決問題での○つけ法は、見通しが正解になっているかどうかを確認し、○つけする。この方法で9割の子どもが見通しを持つように高める。
 とりあえず3分間頑張って○つけ法をして,その時点で,○つけ法を続行するか,一斉指導に戻すかを判断する。
 ○つけ法がしやすい場所を視覚的に特定しておく。
(志水 廣:1952年神戸市に生まれ、神戸市公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師を経て愛知教育大学教授。 大学で学部生に算数・数学教育の教鞭をとる傍ら、各地の小学校・中学校のコンサルティングをし、各地の算数・数学の研究会の指導にあたっている。また、授業力アップのための教師塾を開催している)

 

| | コメント (0)

教師が子どもに魅力ある話し方をするには、どのようにすればよいか

 教師の話し方の基本は、声は全員の子どもに聞こえるように、しかも、明瞭で明るいトーンで発せられなくてはならない。表情や手振り身振りの豊かさも重要である。とくに、笑顔が欠かせない。
 こうした表現力は、意識して努力しないと高まらない。
 ときどき、自分の話を録音して聞いてみたり、大きな鏡の前で手振り、身振りやいろいろな表情をつくったりして、それらが子どもたちにどのような印象を与えるか分析的に検討してみたい。
 そうした努力なしに、魅力ある話し方はできないだろう。
 教師の話術の基礎は、子どもとの対話や会話にある。暇さえあれば、子どもたちと雑談して、おしゃべりを楽しむことを勧めたい。
 教師は多忙で、子どもたちと言葉をかわす余裕もなく、とかく命令的・指示的にふるまいがちである。たとえば「静にしなさい」「早くやりなさい」・・・・・。
 この命令的・指示的な話し方が、教育現場に習慣化し、子どもに向かって命令や指示はできるが、話し合えない教師を増やしている。
 教師の命令的な話し方は、子どもをいらだたせる。
 子どもたちがクラスの友だちにたいしても、同じような口調で接するようになり、攻撃的な人間関係をいっそう強める結果になる。
 そこで、すぐにできることは、指示的・命令的な口調から「勧誘(誘う)」話法に切り替えることである。
 たとえば「早くやれ」ではなく「早くやりましょうね」という「誘う」いい方に切り替える。
 こうすると、子どもと横並びの関係に立って、子どもたちの自発性にはたらきかける親しみのある表現にかわる。
 子どもに注意するときは、楽しいエピソードにして伝えるようにする。
 たとえば、教室のほうきが壊れていたとき、どのように注意すれば徹底するでしょうか。
「掃除用具をていねいに扱うこと。わかった?」と注意する。だが、こんな注意のしかたで徹底するわけはない。
 楽しい話に仕立てて伝えるのである。
 私が小学生のとき担任の先生がこんな話をしてくれた。
「先生が夜遅く教室の前の廊下を歩いていたら、教室のなかからだれかの泣き声が聞こえる」
「そっと戸を開けてのぞいてみたら、ほうきが泣いていたんだ」と、こわれたほうきを見せながら、
「見てくれ。このわたしのからだ。頭と胴体がばらばらだ。トホホホ」と泣き真似してから、
「ほうきだって痛がっているんだ。かわいがってやろうな」
 わたしたちは大笑いしたが、二度と掃除用具を乱暴に扱うことはなかった。
 こんなたわいもない話でも、子どもとは、おもしろがって聞くものなのである。
 いまは、なにごとによらず、あくまでも善意を尽くして子どもをとらえることが望まれる。
 たとえば、子どもが遅刻したとする。時間を守らない、規則を破る、だらしのない子ども、だととらえると、腹が立って叱りたくなる。
 しかし「熱をおして遅れて学校に来たのではないか」「なにかわけがあって時間には、間にあわなかった。だが、がんばって登校してくれた」とみたらどうだろうか。
 そうすれば、ちょうど長距離走で、一周遅れでゴールする子どもを拍手で迎えるように「よくがんばって学校に来てくれたね」と、ねぎらいの言葉をかけたくなる。
 遅刻した子どもを「規則を破った子ども」とみるか「遅れてまで学校に来てくれた子ども」とみるかのちがいである。
 やさしい態度で子どもに接するようにしたいものである。
 たとえば、入院したとき、お医者さんが注射を打ちにやってきた。
「注射ですよ」と医者はつとめて明るい声で告げる。
 そして注射をうつ前に「ごめんなさいね。痛いですよ」といいながら注射したのには驚いた。
 注射は痛いにきまっているが、患者のためにしているのであって、医師が勝手に好きにやっているのではない。
 だから、なにも「痛い注射をしてごめんなさいね」と謝ることはないのである。
 にもかかわらず「ごめんなさいね」といいながら注射をした。
 これが医療現場の患者にたいする接し方である。
 人間にたいする共感的な、かぎりないやさしさの話法である。
 ひるがえって教育現場ではどうだろうか。あまりにも権力的ではなかろうか。
 たとえば「朝からいやな話で悪いが」と前置きして暗い話をするといった、やさしい気配りがあってもいいのではないだろうか。
 教師の中には「子どもは教師のいうことを聞くのはあたりまえだ」と思い上がっている人はいないだろうか。
 教師も、たまには、授業の終わりに「今日はみんな、いっしょうけんめい勉強してくれて、ありがとう」と、いってみたらどうだろうか。
 教師の指導が上手に展開したのは、子どもたちが協力してくれたからだ。ありがたいことだ、こう思える教師になるということである。
 教師の「ありがとう」は、子どもたちに、自分たちは人に感謝される存在なのだということを教え、自尊感情を育てることにも役立つのである。
(家本芳郎:1930-2006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校教師。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

 

| | コメント (0)

担任すると「いいクラスにしたい」と入れ込んで硬くなり、すぐに怒り、子どもに嫌わる。どう改善すればよいのでしょうか

 学級を担任すると「いいクラスにしたい」と思うのか、私はどうも硬くなる。
 それがつまずきのもとであった。
 自分のクラスとなると、過度に指導責任を感じてしまうのだろうか。
 いざクラスの子どものことになると、気持のうえで「わが子」になり、愛し過ぎて、入れ込んでしまうのだろうと思った。
 学級が荒れて困っている教師がいる。
「いいクラスにしたい」という思い入れが激しい余り、逆に、子どもたちを追いこんでいって失敗する例も多い。
 そういう芽は昔からあった。
 それに近い状況に追いこまれている教師もいた。私はそうはなりたくないと思った。
 自分のクラスに対して甘くしようとしたが、だが、いざとなると、なかなかそうはなれなかった。
「だんだんとクラスの子どもたちに嫌われてきた」と感ずるようになった。
 これが高じると、指導拒否がおこり、指導不成立がおこってくる。
 クラスの子どもたちと親しく交わっている教師をみると、力んでいないことに気がついた。
 私のように「いいクラスにしよう」とあせって硬くなっていない。
 子どもたちに対しては「師弟」でも「親子」でもなく、「友だち」感覚で接していた。
 だから、多少、だらしないところもあったが、そこに親密な人間関係があった。
 見ていると、そういう教師は、自分のクラスには甘かった。
 たとえば、よそのクラスの担任が子どもに三回注意してのち怒るとすれば、自分のクラスの子どもたちと親しく交わっている担任は、四回注意してのち叱るというようにしていた。
 ところが、わたしは逆だった。自分のクラスの子どもには一回目の注意で、もう怒っていた。
 また、自分のクラスの子どもたちと親しく交わっている担任は、ほめることの上手な教師でもあった。
 よそのクラスではあたりまえのことも、それができたら「よくできた」とほめていた。
 これだと思った。
 クラスの子どもは「わが子」ではない「他人の子」なのである。
「自分のクラス」・「わが子」と思うから私物化し、自分の思いとおりにしようと力むのである。
 教師感覚・親子感覚はやめ、友だち感覚で接しよう。そうすれば、多少甘くもできると思った。
 怒るときにも、頭ごなしではなく、忠告ということになろうと思った。
 学級生活のみならず、授業のなかでも甘くした。
 たとえば、提出物も 「よし。そんなにたいへんなら、この提出物はあさってまでに延ばそう。でも、秘密だぞ」
 と、担任の授業だから得をするというようにした。
「そのかわり、忘れるなよ」というと、ほんとうに忘れずに提出した。
 結果的には、他のクラスより早く全員提出できた。
 こう気持を切りかえると、肩から力が抜けた。
 ほっとしたのか、他のクラスの子どもたちと接するように、自分のクラスの子どもとリラックスして接するようになった。クラスの子どもとの距離がぐんと縮まった。
 もともと子どもたちも、担任とは仲良く接したいと思っていたのである。
 教師の態度が変わったから、子どもたちもリラックスして接してくるようになった。
 授業も、少しずつ、自分のクラスが一番やりやすくなった。
 私の国語の授業が好きだという子どもがふえてきた。
 ときどき、けじめのつかなくなることもあったが、「気持を切りかえようぜ」「ここは、いいとこ見せようぜ」というと、その気になって、ほかのクラスに負けないようにとりくむことができた。
(家本芳郎:1930-2006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校教師(約30年)。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

 

| | コメント (0)

「もう終わり?」という声がでる授業をするには、どうすればよいか

 筑波大学附属小学校の研究授業を見ることができた。
 久しぶりにすごい授業を見た。特に算数の田中博史先生の授業。
 田中先生と目の前にいる子どもたちは毎日こんな授業を行っているのだろうか。いわゆる名人芸。とにかくすごい。
 授業スタイルは昔ながらの教師一人と子ども全員との一斉授業だ。
 ワークショップ型だなんだと、そんなことを考える必要もない。
 教師の圧倒的な力は、授業の雰囲気を動かしてしまう。
 子どもの発言をそのまま受け取り、それを子どもに返す。
 気づくといつの間にか本時の学習問題になり、知らぬうちに解決場面へと導いてしまう。
 60分もやっていたのに「もう終わり?」「まだ話したいことがあったのに」という声が聞かれたのが何よりもスーパーな授業だった証拠だろう。
 田中先生は「先生のための夏休み充電スペシャル」と題し、お笑い芸人とのトークイベントを毎年開催している。その目的は、
「これは、お笑い芸人が、ライブで観客の心をつかむためにしている工夫や技術を授業の中で応用してもらうために始めたことです」
 実は学校や家庭で子どもに教える時も、お笑いの人たちの技術は使える。
 彼らは、観客の反応を見ながら「今日の客はこの話だとノリがよくないな」と思うとネタを変えている。
 学校の先生、そして家庭学習でのご両親は、その工夫をしないことが多い。
 本来は、今自分が説明しているここで、子どもがつまずいているなと思ったら、そこで立ち止まって軌道修正をしなければならないんです。
 しかし、多くの先生や保護者は、とにかく「ここまでやらせなければ、わからせなければ」で突き進んでしまう。
 せっかく子どもの顔が見られるのに、もったいない。台本通りやるのはつまらないです。
 とくに中川家の礼二さんの相方が兄弟ということもあって、台本をまったく書かず、その場の雰囲気でシナリオを決めることが多い。アドリブの達人です。
 礼二さんは、学校の先生も、目の前の子どもが眠そうにしていたら「これじゃ面白くない、問題変えようか、と動きながら授業をしたらいいのにな」と言っていました。
 子どもがボケてたらツッこむ。そんなお笑い芸人的な技術が備わったら、先生の授業力も一ランクあがったと言えるのではないでしょうか。
 家庭でもどうか、子どもの顔をよく見てツッコミを入れてください。子どもをいじる、時には親が間違えることで、子どもの注意を惹きつける。
 こんな親子の勉強のひとときは子どもにとって楽しい時間になりますし、説明役をたくさん引き受けた子どもの学びは、実のあるものになります。
 学校や家庭で、相手のタイプや状況に合わせてコミュニケーションの方法を変えることは重要な気がする。
「子どもの表情に合わせて、次に何をしゃべるか考える練習が必要なのは、学校の先生、家庭学習での親も同じです。さらに言えば、ビジネスでも同じだ」と思います。
 一つ、意外な秘技をお教えしましょう。家で職場で、子どもや部下にフィードバックする時、思っていることを表情に出さない。ポーカーフェイスを心がけてみてください。
 少なくとも「ここはどうして足したの?」と聞いた途端、子どもが書いた答えを消すのを見たら、あ、表情に出してはいけないんだな、と気づいてアクションを修正する。
 そうでないと、消して引き算に書き直して正解を出せたとしても、その子の本質的な学びにはつながらないんです。
 あくまでも表情に出さず、中立を心がけて「まずは顔色をうかがわせず、自分なりの考えで進めさせる」ことも重要でしょう。
 逆に自分の軸があって、基本的に自分で決めてやれるような部下の場合は、早いタイミングでアドバイスしても一向に構わないと思います。
 やり方は一通りではない。人の性格や個性によって付き合い方を変えないと、ポテンシャルを引き出せないんです。
 私は「初めての単元などで間違えるのはあたり前」とつねづね言っています。
 間違える回数が多い子どもの方が、幅が広がる。経験が増える。
 次のチャンスで、失敗を思い出して「あれをやって失敗したことがある、今回は避けよう」と応用がきく。
 いつも一発正解だと、限られた経験しかできないから、何をやったら失敗するかを学べないと思います。まちがいの経験が重要である。
 例えば、子どものまちがいのままに進めてみる。
「なぜ、30分は0.3時間じゃないの?」という、子どものまちがいにはどう対応したらよいか、を考えてみよう。
「なぜ、30分は0.3時間じゃないの?」という子どもの声に答える時に大切にしたいのは、まずは子どものまちがいの道筋を一緒にたどってみるということ。
「0.3時間と答えた子どものまちがいのままに、いったん先を進めてみる」ということです。
 私は、子どもが持っていたテスト用紙をいったん脇によけました。
 そして、手近にあった白紙の用紙を机にひろげ、
「なるほど。30分は0.3時間なんだよね」と子どもにたしかめてから、その紙に30分=0.3時間と書きました。
 そうしておいて、子どもに「じゃあ、40分は?」とたずねると、子どもはすぐに「0.4時間」と答えました。
 私は先ほどの式に続けて40分=0.4時間と書きました。
 つづけて「なるほど。じゃあ50分は?」と聞くと、「0.5時間」
「60分は?」「0.6時間」
 その子どもの言葉をひろって、私が「60分=0.6時間」と紙に書いたと同時に、その子どもは「あれ?」と声をあげました」
 そして、この後、この子どもは「60分は1時間なのに、0.6時間じゃたりない!」と自分で気づくのである。
 田中先生は言う、
「子どもには、まちがった答えを出すに至った考えがあり、根拠があるわけです」
「大人の説明が子どもに伝わらない、そういうときは、子どものまちがいのままに進めてみること」
「そうすれば、子どもが自分でそのつじつまの合わなさに気づく瞬間が来るんです」
(田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師を経て同副校長。全国算数授業研究会理事・日本数学教育学会出版部幹事,隔月刊誌『算数授業研究』編集委員、基幹学力研究会代表・算数ICT研究会代表。また「課外授業 ようこそ先輩」を始め、多数のNHK教育番組に出演。)

| | コメント (0)

授業の目的は、子どもたちが受動から能動になるようにすること

 正木孝昌先生の偉いところは,毎日授業のテープを聴いていたことだ。
 名人と言われる人が毎日聴いているのである。そして,子どもの算数の世界に突入している。
 名人技は,日々の授業の反省から始まると行っても過言ではない。
 授業は、子どもたちを必ず受動から能動にしなければならない。
 授業で一番大切なことは、目の前の子どもたちが「生きている」かを見定める目があるかどうかである。
「生きている」ということは、何か物事に働きかける姿。言い換えると能動的になること。
 すなわち、授業の目的は子どもたちが能動的になることである。
 新学期の最初の授業に先生が子どもたちに声を掛ける。
 その場面では、全ての子どもが必ず手を挙げる質問でなければならないということです。
 このことを1年間続けたら、必ずその授業が好きになります。
 それはなぜかというと、子どもの立場に立ってみたら、授業の最初の質問で「分からない?」という気持ちになったら、残りの授業を不安な状態で受けることになってしまいます。
 子どもとは本来受身であるから、最初の質問は誰でもが分かるものにして、彼らを積極的に参加させる下地を作って授業を展開していくことが大事でしょう。
 子どもたちが受身の状態から積極的に授業に参加していくことにより、子どもの方から問題への働きかけを引き出すことができます。
 その結果、授業が楽しくなる。こうした一連の授業の流れを頭の中に留めておかなくてはいけないんじゃないでしょうか。
 授業は2段階です。スタートは受動的、それが能動となる。
 受動から能動とは、漠然としたものを明確にすること。
 微妙な違いのものを与えると、既習したことを使っていろいろな方法で調べだす。つまり能動的になる。
 その順序は、
(1)問題を与える(受動)
(2)問題を解く。命令されて動いているだけ。この段階ではまだロボット状態。
(3)解くうちに何かに気づく。
(4)今まで見えなかった「きまり」が見えてくる。
(5)いろいろな数で確かめようとする。ここでは、もうロボットではない(能動)
 授業は、必ず受動から能動にすることが必要。これは教師が作らなければいけない。
 例えば、
 
「今日から分数÷分数の計算を考えたい」
 「今の自分でも、自信をもって計算できる分数÷分数の計算ないかな?」
  と問いかける(受動)
 初めて学習する場面だが、わり算の意味と分数のイメージをもとに考えてみると、結構できるものがたくさんある。
 初めての問題や困難な問題に出合ったときに、自分に何ができるかを自ら問わせる。
 これから挑戦する問題に対するひとつの手がかりを見出すという意味で大切である。
 できないもどかしさを感じると、子どもは能動的になる(能動)
 また、「まちがい」を誉めないとだめです。まちがい大歓迎!
 例えば、ある子どもが、
「時速12kmで進んでいる自転車が、30分で何km進むことができるでしょうか?」
 という問題があって
「12×0.3=3.6km」という答えを出したんですよ。
 すごくいいですよね。
 1mが12円のテープが30cmだと「12×0.3=3.6円」と同じように考えたんですね。
 実際には間違いなんだけど、一人が間違うことによってみんなが気づく。
 そのことによって子どもたちの授業に対する働きかけが生まれてきて、
「じゃあ40分だったらどうなるの?」、「小数にならないよ。」
 とクラス中で話し合う。
 そうすると「12×2/3」という式がでてきます。
 分数の掛け算という新しい単元学習のきっかけが、ひとつの間違えから始まった。
 もし間違いが駄目だ、恥かしいという空気が教室で漂っていたら、このような授業は絶対にできない。
 子どもが間違ったとき、必ずいいものがあるんです。
 人間というのは間違いがある。
 わからないことがあるから正しいことが分かる。
 このことを教室の中で一番大事にしなければいけないと思います。
 算数はやっぱり楽しくなければならないですね。
 算数の楽しさとは、そこに問題があって働きかけていく楽しさだと思うんです。
 働きかけていくというのは相手を変えていくということです。
「2+4はなんですか?」と先生から問われて「6!」と答えるだけでは働きかけは存在しないんです。
「答えが6になる足し算はどんなものがあるかな?」という子供たちへ問いかける。
 すると、子どもたちは働きかけなければなりません。
 この答えをいっぱい集めていくことによっておもしろい決まりごとを発見していきます。
「7だったらどうなる?」「分数だったら?」というように広がっていきます。
 これが算数の楽しさなんじゃないでしょうか。
(正木孝昌:1939年高知県生まれ、高知県公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師、國學院大學栃木短期大学教授、算数授業研究会会長、算数科の受動から能動への「二段階教授法」を提唱)

 

| | コメント (0)

授業で学習を進める主体は子どもだ、教えたいという教師はダメだ、子どもに教わることばかりだ

「俺は教えたい、という先生はダメだ。子どもに教わる。子どもは教わることばかり」
 と、問題解決学習の生みの親として知られる荻須正義先生はそう語った。
 そう語る荻須先生も、子どもたちに考えさせ、発見を導くために、相当の時間をかけていたと聞く。
 授業で学習を進める主体は子ども自身である。その授業への反応は授業中に子どもによって表現されるもので、言葉のほかに行動による表現も含まれる。
 指導案を作る場合、何を教えるかという内容に沿って、好ましい教材を用意する。
 しかしこれだけでは指導案は作れない。それぞれの時点での子どもの反応を想定し、それを軸にして展開する。
 だから、子どもの反応を想定できる教師の力量が必要になる。
 実際に授業をやってみると前もって想定したような反応はなかなか出てこないが、経験を重ねると少しずつ想定したことが的中するようになってくる。
 的中することで満足してはならない。その反応がどんな意識のはたらきから表れ出たものかを考えることが必要である。
 意識は外からは見えないが、反応を手がかりに意識の流れを読み取るのである。それによって授業がより高次なものになっていく。
 適切な教材が用意されていれば、その教材によって教師の意図に沿って行動を開始する。
 教材が子どもの経験をたぐりよせ、それにふさわしいイメージを描き始めるのだ。
 例えば、天秤の授業で、子どもに棒を運ばせることから始めた。
 この棒は2メートルほどのものが適切である。2メートルもあると、長いし重いしで持ち方に工夫がいる。
 多くの子どもは、棒の中ほどの「つりあうところ」を持って運ぶ。
 なぜそこを持つかについてはもちろん無意識である。
 物を運ぶことは生活の中にいっぱいあるが、持つところによって何が起こるかについてはほとんど無意識に行動している。
 それを意識の中に持ち込んでやることによって学習は始まる。
 だから学習は無意識からの出発であり、子どもの経験からイメージを描く。
 ここに教材選択の大切な視点がある。
 棒を運ぶとき「持つ位置によって棒の重さが違うような気がする」という気づきから、意図的にいろいろなところを持ってみて、手に感じる棒の重さを比べるようになる。
「やっぱりそうだ。持つ位置によって棒の重さが違うような気がする」という気づきはより確かなものになって、意識の中に入り込んでくる。
 言いかえると、持つ位置によって棒の重さが違うというところに子どもの注意が集まったといえる。
 注意するものを対象の中から選ぶのは子ども自身であり、教師が指示してはいけない。
 この注意が持続するとき、関心を持ったといえる。
 子どもに関心を抱かせることは、授業を始める時点できわめて大切なことであって、これを「導入」という。
 棒は持つ位置によって重さが違うという事実の発見は、しばらくして子どもの疑問に変わる。
「おかしい、棒の重さが変わるはずがない。」と考えるようになるからである。
 手で持ち上げたときの感じは明らかに違うという事実と、棒の重さが変わるはずがないということの間に、ある子どもが矛盾をみつけると、それが次々とほかの子どもに波及する。
「きみもそう思うか、ぼくも同じだ」と、はじめの一人の子どもの気づきが、見る見るうちに他の子どもの意識の中に広がっていく。
 一人の疑問を共有するようになるからだ。
 このように、子どもの調べたいことが意識の中心部を占めるようになると、自我と調べたい対象とが対立するようになる。
 疑問をそのまま学習問題におきかえてしまうと、子どもの思考をさまたげるばかりでなく、子どもの意欲を衰退させる結果にもなる。
 これを学習問題として解決の方向に動き出させるためには、疑問に対して解決の見通しを持つことが必要である。
 その見通しを持つためには、2つの条件が考えられる。
(1)集団
 集団は教育には不可欠な条件であって、集団を離れて教育は存在できない。
 集団とは互いに認めあえる仲間で、集団の機能は互いに情報を出しあいながらみんなで考えることができるという点にある。
 この集団のはたらき、対話によって、関係づけられなかったものが関係づけられ、それによって意味づけをすることができるようになる。
 関係づけることによって生まれた意味づけは、その子どもにとって価値あるものとなる。
(2)学習の対象
 対象を見るときの認識のものさし(空間・純感覚・時間)も大切な条件になる。
 疑問は、関係づけようとしても関係づけられない状態、いいかえれば論理の組み立てられない意識の状態をさしている。
 対象から得た情報にもとづいて、自分で考えたことを集団の中で表出し、みんなで話し合うことによって疑問に対して意味づけができるようになる。
 その意味づけしたことが果たして正しいかどうか確かめれば、問題は解決できそうだという自信を持つことができる。
 そこに意欲の高まりを期待することができる。
 疑問を抱いた状態で「問題を持った」と判断してはならない。
 疑問に対してなんらかの関係づけ・意味づけがなされることによって解決の見通しが立った段階で、子どもが「問題を持った」ことになる。
 それには、集団での対話、そして対象(教材)を何度も見直し、情報を対話の中で役立てることを忘れてはならない。
 問題の解決は、まとめることによって終わる。
 まとめる仕事は教師がやってはならない。
 子どもにまとめさせることによって、子どもがどこまで理解してくれたかを知ることができるし、それは同時に自分の指導のしかたを評価することにもなる。
 持つ位置によって棒の重さが変わるということと、棒の重さは変わらないという矛盾は、棒を持つ位置と棒の重さ(手ごたえ)とを関係づけることによって解決の見通しが見えはじめる。
 手で持つかわりにひもでつるしてみると、どこをつるしても棒の重さは変わらないことがわかる。
 と同時に、つるす位置を先端に移すにつれて、棒の傾きが大きくなることを新しい情報として発見する。
 この傾きを平らにするには、別の力がいる。
 この力は、傾きが大きいほど大きくなる。
「うん、わかった。」と手をたたく。
 それを各自にノートにまとめさせ、何人かの子どもに黒板に書いて発表させ、よりよいまとめ方を話し合いで決めるように導けばよい。
 ひもで棒をつることが問題を解決してくれる。つり合いが入るからである。
 さらに、棒を肩に乗せて運ぶとき一番少ない力で運べるのは、平らになってつり合うところを肩に乗せればよいということにも発展する。
 また、支点の左右に物をつるしてつりあわせた場合に支点にどのくらいの力がかかるのかということにも発展していく。ただし、教師の支援の適切さが必要であることは言うまでもない。
 こうして授業がつぎつぎと発展し連続していかないと、認識の深まりは期待できない。
 発展・連続を可能にするのは、教材と子どもの思考のはたらきである。教材の選択が、まず何よりも大切なのである。
(荻須正義:1916~2008年、元東京教育大学付属小学校教師・常葉学園大学教授。問題や疑問を解決しながら理解を深めていく問題解決学習法を小学校の理科の授業で先駆的に実践した)

 

| | コメント (0)

優れた授業にするためには、具体的にどうすればよいのでしょうか

 すぐれた授業行為は、すぐれた教育技術に貫かれている。すぐれた教育技術は、すぐれた教育思想に基づいているのである。
 同じ教材で、同じ方法で授業をしても、人によって授業が異なるのは、力量の違いというより、教師の本質の違いであることが多い。
 まさに「教育は人なり」である。教師の本質とは、これまでの人生、個性・人生観の総和でもある。
 すぐれた教育思想は、その教師の人生によって培われた人生観の教育への照り返しである。
 すぐれた教育思想があれば、すぐれた授業が行われるというものではない。思想と行為の間には、大きな落差がある。
 すぐれた教育思想とは、
(1)教師はすべての子どもの可能性を信頼すること。子どもの個性、力量をよりどころとすべきである。
(2)教師はすべての責任をまず自分自身に帰すべきである。教師は絶え間なく反省し、常に修業し学び続けるべきである。
(3)教師はすべての子どもに生きていく勇気を与え、生きぬいていく知識と知恵と技を育てなければならない。
 授業が良いか悪いかの判断は、つぎの問いを自分自身に向けるのである
(1)子どもを本当に信頼しているといえるか
(2)本当に育てていると言えるか
(3)本当にすべての子どもを対象としているか
 教師のすぐれた授業中の行為は
(1)子どもの力をひき出す
(2)子どもに知識や技を教える
(3)子どもに知的興奮を与える
(4)子どもを包み込む
 教師は、子どもをやる気にさせ、自分から挑戦させ、追求させるようにしなくてはならない。
 すぐれた授業の具体的な授業行為は、
(1)教える内容が明快
 すぐれた授業は、教える内容が明快である。
 話しは整理され、短く明快に。文章は読みやすく、分かりやすい。
(2)教え方のポイントをふまえている
 教師はつまらない下手な説明をやめよ。問いと指示を出し、子ども自身に考えさせよ。
(3)発問の目線を低く
 目線が低い発問は、易しい問題だ。ゆっくりやると授業が濁り、だれる。
 だから、テンポを速くするのである。そして「変化のあるくり返し」して、たたみこんでいく。
 そして、一気に、本質の、むずかしい問題へ飛躍するのである。
(4)授業はリズムよく
 教師はできる限り明確な、よけいな言葉のない話し方をせよ。
 発問と作業指示が明確ないい方をせよ。
 授業のリズムをこわす原因は、一つひとつの指示、発問、解説が長すぎることだ。
 どうして、長くなるのか。よけいな言葉をつけ加えるからだ。発問は何を聞いているのか、どうするのかはっきりしない。               
 スッキリとした、明快な言葉つかいを教師はすべきなのである。
 指示はつぎのように、動きを生き生きとすること。
(1)指示・発問は短く限定してのべよ
 限定して、語尾をにごらせてはいけない。
(2)子どもが変化する言葉が必要
 どういう言葉によって子どもが変化するかは、自分でやってみるのが一番良い。それが身につけていく基本である。
 自分自身が苦労した体験がないと「言葉だけ」を知っても、身につかないのである。
(3)一度動き出した集団を、追加修正で変更させることは、よほどのことがないかぎりしてはいけない。
 一つの指示をして、子どもが動き出したら、修正してはいけない。クラスがぐちゃぐちゃになってしまうからである。
(4)まず、たった一つの明確な指示を与えよ。それができたのを確かめてから、第二のたった一つの明確な指示を与えよ。
 これを身につけるのは容易ではない。私は10年かかった。言葉を知ることと技術の習得は別である。
(5)指示の意味を短く語る
 10分も20分も指示の意味を語ったら、聞いてる方もだらけてきてしまう。
 たとえば「教室をきれいにします。ゴミを10個ひろいなさい」この程度でいい。
 短く、スパッと言うのがいい。こういう一言こそが、子どもを育てていく。
 子どもを動かす秘訣は「最後の行動まで示してから、子どもを動かせ」に尽きる。
「最後までどうやっていくか」ということが分からないから、子どもは場当たり的に行動するのである。
 子どもを動かす法則を補足すると
(1)何をするのか端的に説明せよ
(2)どれだけやるのか具体的に示せ
(3)終わったら何をするのか指示をせよ
(4)質問は一通り説明してから受けよ
(5)個別の場面をとりあげほめよ
 子どもを動かすのは、教師の人格と技術である。
 感性の鋭い子どもを動かすには、子どもを深く理解しようとする意欲を持つ教師の人柄と関係する。
 子どもを動かす技術の習得には年数がかかる高級な技術である。
(向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる。著作多数)

 

| | コメント (0)

教育技術を生み出す方法とは

 教育技術を生み出すためには、
1 あることをずっとテーマとして心に抱いていること。
 例えば、跳び箱が跳べない子どもをどう指導したらいいか。
2 自分が実践するとき「できる子」と「できない子」のちがいに注目する。
3 あれこれ方法を思いついてやってみる。
(1)いろんな発想をする。
(2)本を読む
(3)発問・指示・演示を変えてみる。
4 その結果「子どもに変化」が生じたら、めっけものである。
(1)この変化は、初めの頃はかすかである。
(2)「何か、ちがった変化」がでる。
(3)事実を見る目を養う。
(4)その方向をもっと多面的にして掘り下げてみればいい。
5 技術をまとめてみる。
6 教育技術に絶対だというものはない。
(1)教育技術は、常に修正され成長していく。
(2)絶えざる改良の追試が必要である。
7 授業中の教師の行為の中心は「発問・指示」である。これによって授業の良し悪しが生まれる。
 すぐれた授業ができるには、さまざまな技術や方法を持っていなければならない。
 基本は学ばなければならないし、我流を直すには、人から言われなければならない。
 師匠をもち、仲間をもつのは、とても大切なことだ。
 すぐれた教師が見せるさまざまな技術・方法を学ぶのはむろん大切なことだ。
 しかし、そのような技術・方法を身につけるまでにいたった、その教師の志も見なくてはならない。
 その意味で、すぐれた教師の本質は、すぐれた技術・方法を生むにいたった思想と行動力のすばらしさにもあるのである。
 だからこそ、すぐれた教師は、それぞれに個性的で魅力的で謙虚で勉強家である。それぞれに、包み込むような暖かさを持っている。
 仕事には、それぞれのコツがあるわけである。
 よくなる効果のあるコツは、単純、明快、だれでもわかり、どこでも実行できます。
 あらゆることに通用します。すばらしい効果があらわれます。
 「つき」がつきます。実行する人の人相がよくなります。
 子どもに多くのことを与え、子どもを自分の都合よりも第一に考える。
 成功する人の条件はただ一つ「やるべきことをすぐにやるひと」です。
(向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる)

 

 

| | コメント (0)

よい授業をめざすためには、どのようにすればよいのでしょうか

 一般に教師になる人は、それまで自分が学校教育を受けた先生のことが強く印象に残っている。
 だから、その先生の方法を真似してやっていこうとする傾向がある。
 しかし、それではなかなかうまくいかない。
 教師になってからもたくさんの授業を見て、たくさん感動し、そこから多くを学ぶ必要がある。そうすれば、おのずと授業のあり方が変わってくるものだ。
 つまり、教師は「日々前向きに授業のあり方を考えていく存在だ」と承知すべきであろう。
 同じことをし続けるようになってしまったら、成長はなくなるのだ。
 私の場合、新任教師のころに観た2つの授業が心に残っている。
 一つは算数の「式の表示」に関する授業であった。
 子どもが黒板の前に出て、その考えを説明している。
 先生は窓側に立って子どもの話をにこにこしながら聞いている。
 私には、当時、先生は教卓の所にいて、子どもの方を向いて説明するのが授業だという固定観念があった。
 それがくつがえされ、忘れられない授業となった。
 以後、私もそれを真似しだしたのである。
 子ども同士で授業が展開するようにした。
 今にして思うと、それが私の授業観の原風景にもなっている。
 もう一つは算数の「合同の概念」を扱った授業であった。
 大きな模造紙にいくつかの図形が描かれ、それを黒板上に貼りだした。
 その中に描かれたモデルの図形と「同じものはどれか?」と教師が尋ねた。
 すると、一人の子どもが「これが同じだ」という。
 教師は「なぜ、そう思ったのか」と問い返す。
 子どもは「重ねれば同じになるはずだから」と言う。
 そこで、教師が「実際にやっていないのに、それはわからないだろう。やってごらん」とたたみかけた。
 その子は、模造紙を切ってはまずいのではないかと躊躇した。
 ところが教師は「心配することはないから、切って、重ねてごらん」というのである。
 子どもはおそるおそるそれを切って、図形に重ねていた。
 この様子に、私は、ああ、子どもの側に立って、予定にはなくても実際にやってみることがとっても大切なことなのだなと強く感じたものだった。
 当時の私にとっては衝撃でもあった。
 そんな影響によって自分の授業が少しずつ変わってきた。
(坪田 耕三:1947 -2018年、東京都生まれ、東京都公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師、副校長、筑波大学教授、青山学院大学特任教授。全国算数授業研究会会長。ハンズオン・マス研究会代表)

 

| | コメント (0)

生きた話には命があり、必ず子どもから子どもに伝わるものです

 子どもを知るということが教育の命だと私は思っています。
 私がしてきた仕事にいいところがあるとすれば、子どもの心を知ることができたことでしょう。
 どういうふうにやったかというと、私のほうから、心から、いろいろな話を子どもたちにしました。
 そうしますと、何か話の雰囲気と言うんでしょうか、心が開けてくるような雰囲気ができるものです。
 教室の隅だったり放課後の廊下だったり、いろんな場所で、話をしました。
 それが子どもの心に入って、大事な役目をしてくれるのです。
 私は子どものころから話し好きで「おしゃべりはまちゃん」の名前がついていました。
 教師になって、それは自分の宝物のような気がします。
 子どもというのは、自分が心に響いたお話なら、黙っていることはないのです。例を挙げてみます。
 私は教室にいろいろなものを持っていきましたが、花もその中の一つです。
 そして、花を長くもたせるのが私の得意技の一つでした。
 コツはちょうど、花が生を終わりたいその時期に切るんです。
 そうしますと、また元気になって長くもつわけです。
 ですから、私は教室に花を置いて、毎日のようにはさみで少し傷んできた花を切り落としていました。
 その朝も、私は傷んだ花を落として、英気を取り戻すことができるように花を仕立てていました。
 そうしましたら、女の子がそばに来て
「先生、そんなことしたら花がかわいそうじゃないの」
「まだきれいよ、こっちから見ても」
 そう言いました。私は、
「そうね。だけどこれくらいの時期にこの花を切らないと、長く花はもたないの」
 と言って花を続けて切っていました。そして続けて、
「そうね。私なんかも神さまが、『この花、ここらで切ろうかな』って、はさみを持って待ってくるかもしれないね」
 って言うと、その子は「やあだ」と、どこかへ行ってしまいました。
 また、私はちょんちょんと花を切っていました。今度は男の子が、
「先生、今何考えているか当ててみようか」
 って言うんです。だから、
「どうぞ、当ててごらんなさい。当たらないから」
 って言いました。男の子はやがて、
「いいや、かわいそうだから」
 と言って走っていきました。
 私はさっきの女の子が何か話したな、ということに気がつきました。
 先生は歳をとったこと、やがてどこかへ行く日が来ること、そんなことを考えて
「先生はかわいそうなようだ」
 って話したんでしょう。
 それで、その話がその男の子に伝わっています。
 子どもは、何か肝心なときには黙っているっていうことができないものです。
 その女の子が男の子にどんなふうに話したんでしょうね。
 それを「ふうん」と男の子が聞いて、やや感ずるところがあったんでしょう。
 こういうふうに、何かがある話だったら、生きたお話だったら、必ず子どもから子どもに伝わるものなのです。
 話というものは、命のあるものです。
 すぐ伝わらなくても、「よーく聞いていなさい」と言わなくても、そのお話に命があれば、ちゃんと一人で子どもの心を訪ねていくものなのです。
(大村はま:1906-2005年、長野県で高等女学校、戦後は東京都公立中学校で73歳まで教え、新聞・雑誌の記事を元にした授業や生徒の実力に応じた「単元学習法」を確立した。ペスタロッチー賞、日本教育連合会賞を受賞。退職後も「大村はま国語教室の会」を結成し、日本の国語科教育の向上に勤めた)

| | コメント (0)

教師が「優れた授業をする」「生徒に人気が出る」ために大事なこととは何か

 まず第一に、自分の専門教科に精通すること。
 ただ単に答え合わせをするな。自分流の教授法の確立。いわゆる教科の商品化である。
 たとえば、長文恐怖症を吹き飛ばす速読速解法。簡単に解けちゃう数学など、生徒の目線でタイトルを考えること。
 授業をストーリーに組み立てよ。
 まず、授業の導入。今日は何を教えるのか、徹底してプレゼンすること。
 大事なことを最小に絞れ。
 最悪の教師は、全部大事だと言って、最後までべたべた、だらだら。眠くなる。
 生徒に「今日は何を勉強したの?」と尋ねたとき「英語、数学、国語を勉強した」と言わせたら、その授業は失敗である。各教科の具体的な項目を言わせることだ。
 もっと思い切って、これを覚えれば、後は忘れていいぞというぐらいのことを言え。
 プロの教師とアマチュア教師の決定的な違いは、教える内容を切って捨てられるかどうかである。
 もちろん切るには、プロとして、切っても大丈夫という確信と、過去のデータを熟知しておかねばならない。
 わかりやすく、繰り返すことで、知識が定着する。そこで生徒は、わかることの喜びを体験する。
 そして、エンディング。
 もう一度、今日の重要事項を繰り返して確認する。
 そして、次回の予告をして、次回も受けなければ、「せっかく今日覚えたことが無駄になる」と、ある種の不安感を抱かせる。
 要するに、腹八分で終わることだ。生徒は「わかる」ことの喜びを期待している。
 教科書をシナリオに。
 教師が予習する段階で、授業は終わったも同然。
 答えの列記は予習ではない。結構、答え合わせだけの教師が多い。
 シナリオ作りとは、
(1)教科書にその日の授業の流れを明記する。
(2)授業の初めに、その日のテーマをまず知らせる。
(3)次に強調するテーマを示す。
(4)そして授業の展開に入っていく。
(5)大事なことは、単なる答え合わせの説明ではだめ。
 答えを導くのに、なぜ、この答えなのかを立体的、論理的に説明し、その教師の個性を生かしたテクニックを駆使する。
 一つの問題に一つの答えを出すだけでは広がりがない。その問題、答えの背景を示すことだ。
 出題者は何の根拠もない問題は100%出さない。必ず、意図がある。出題者の意図を見抜け。
(6)授業の合間に、できたら、教科書の内容に沿ったエピソードを入れれば動機付けになる。
(7)全部教えるのでなく、腹八分で終わることだ。
 来週につなげることで、来週も受けなければ損をする、ある種の不安感を持たせること。これは難しいが、挑戦してもらいたい。できればプロである。
(8)エンディングは、もう一度今日の重要事項を再度確認。来週の予告。
 授業をショウ(show)仕立てに。授業は楽しくなければならない。
 お客様は生徒である。どれだけ楽しませるか、満足させるか。
 教えてやるんだという考えは即捨てよ。
 学んでいただくのだ。
 徹底したサービスである。これが、学校の教師との究極の差別化である。
 教科書をシナリオにした上で、パフォーマンスは大いにやるべきだ。
 わかりやすい授業、すばらしい授業、感動する授業の直後にパフォーマンスをする。効果的な演出になる。
 しかも短時間に。効果抜群である。
 亡くなった落語の名人、桂枝雀の緊張と緩和である。
 気をつけなければならないことは、やたらにやると生徒からブーイングが出る。
 雑談が多いという批判を受ける。
 パフォーマンスの種類は人によっていろいろある。
 自分の個性に合わせて、無理をしないで自然に出せるとよい。例えば
(1)笑い・ユーモア型パフォーマンス
(2)語りかけパフォーマンス
(3)ためになる説教型パフォーマンス
(4)ジーンとくる涙型パフォーマンス
(5)知識、知性型パフォーマンス
 生徒は変わらない、教師が変われ。
 学校であれ、塾であれ、教師は同じ生徒たちを毎日一年間教えることになる。
 自然と教師と生徒に飽きが始まる。
 生徒が悪い悪いという前に、教師自ら努力して己を変えよ。
 そういう意味で生徒が変わることを期待してはならない。
 教師が変わる努力と工夫が必要である。
 私は36年間、一度も授業で飽いたことはない。楽しいのである。
 今日はどんな授業をしようかと思うとわくわくする。例えば、
(1)今日は徹底して基礎をやろう
(2)難解な問題をわかりやすくやろう
(3)おもしろい話をしよう
(4)苦労した経験談をしよう
 ネタはいくらでもある。
 教師は教育以外のことから学べ。
 教師はもともと社会性が乏しい。
 生徒から「先生、先生」と、父母から「先生、先生」と呼ばれると何か、自分が偉くなったような気がする。
 特に、つい最近まで大学生であった若者が、教師になるといきなり先生と呼ばれると勘違いをする。何様だと思っているだと言いたい。
 生徒は社会性を親から学ぶ。教師は誰から学ぶんだ。
 一般社会でいろいろな分野で、それこそ汗水流して頑張っている人たちを見よ。
 親の悩み、子どもの悩みをもっと直視せよ。多くの人たちから学びなさい。もっと勉強しろ。
 教師は感性を磨かなければならない。
 感性が教師の最後の砦になる。
 情熱と努力ができれば、感性は身につく。
 赤ちゃんを見よ、わが子を見よ、若者を見よ、母を見よ、父を見よ、じいちゃん、ばあちゃんを見よ。必ず感性をくすぐる心がある、話がある。
 生徒の悩み、苦労、非行から学ぶときに、教師側に感性がなければ生徒と同じ目線に立てない。
 私は生徒を変えようと思わない。自分が変わろう。そして評価は生徒に任せよう。
 教師に限って人の話を聞かない。学ぶ姿勢、社会性がないのである。
 生徒に学べという前に、教師自ら学ぶべきである。
 生徒に「勉強しろ」というまえに、先生「あんたが、勉強せえ」
 人の話を真剣に聞け。そして真似よ。
 読書、音楽、映画、スポーツなど、仕事以外のすべてに関心を持て。
 私は、水泳、マラソン、カート、四国の88ヶ所巡り、熊野古道登山から学んだことは枚挙にいとまがないと言える。
 私は、生徒から学んだのである。
 だから人気があると自信を持って言える。
 教師自ら学ぶべきである。
(瀧山敏郎:元小学校・中学校・高校教師・教頭・予備校講師(代々木ゼミナール・東進ハイスクール)経て教師アカデミー主宰。元全国英語研究団体連合理事・京都私立中学・高等学校英語研究会会長。テネシー州等名誉州民)

 

 

| | コメント (0)

授業で教えたいものを教師がつかむにはどうすればよいか、授業での指導のコツは?

 授業とは「これだけは何としても教えたい」という内容を、子どもが「学びたい、調べたい、追究したい」というものに「転化」することである。
 教師の何としても教えたいもの「ねらい」を、子どもたちが学びたいと思って、学ばなければ授業とはいえない。
 学力低下などの問題がおこっているのは、教師が「これだけは何としても教えたい」という強い願いをもって、子どもを指導していないことからおこっているといってもよい。
「これだけは何としても教えたい」という内容を鮮明につかむには、教材研究をしっかりする必要がある。
 教科書を使うことが多いが、教科書に書いてあることの「何を」「どのように」教えるのかが問題である。
 教科書を教えるには、20~30回くらい読むことだ。
 そうすれば、教えなくてはならないポイントやキーワード、内容の中心などがみえてくる。
 いきなり「指導書」を読むのはよくない。自分なりの「考え」をもってから読むようにすると、考えの幅も広がり、深さも深くなる。
 教えたいことが鮮明になってくると、これをより効果的に教えたいと考えるようになる。
 その時、最も効果的なものが「現物」である。
 現物がないときは、レプリカや写真などでもよい。教科書だけよりはるかに大きな効果がある。
 例えば、コンセントの「プラグ」を準備する。なければ、絵を描くことだ。この場合は、絵の方がいい。
 教師は、3枚のプラグの絵を描く。
 1枚目は、A:さし込みの部分に「穴があいてない」もの。
 2枚目は、B:「片方だけ穴があいている」もの。
 3枚目は、C:「両方とも穴があいている」もの。
 である。
 教師の「ねらい」は3枚目のCであることをつかませ、その理由を考えさせることである。
 指導のコツは、教えることは、鮮明であるが、大事なことは「教えてはならない」ということである。
教師:「コンセントのプラグ知ってますよね」
 といいながら3枚のコンセントのプラグの絵を提示する。
子ども:「あれっ?どれが正しいの?」と、もう考え始めている。
 子どもたちは、AだBだCだといって、なかなか決まらない。
 ふだん、いかにモノをよく見ていないか気づく。
 ここで、もったいぶって実物を見せる。集中力抜群の場面である。
 Cが正解だが
教師:「なぜ穴が2つもあいているのか?」
 と、またもめる。
「鉄の節約のため」といった大人(教師)もいるくらいである。
 ここで教師が知ったかぶりをして教えるか。それとも
教師:「先生も理由がよくわからないんだよ」
 と、とぼける役者ぶりを発揮するか。
子ども:「先生も知らないの!」
 と、馬鹿にされても、軽蔑に耐えることがコツである。
 じらしておいて、
教師:「先生は、コンセントにヒントがあるような気がしてるんだけど、どうだろうな?」
 と、ヒントをさり気なく出し、あとは子どもに追究させることだ。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

 

| | コメント (0)

授業で、教師の話し言葉や教師の態度は、どのようにすればよいのでしょうか

「これは覚えなくてもよいいが、まあ言っておこう」「少し難しいことだが」など、言わないでもよいことを言うために、かえってわかりにくく興味を薄くすることが少なくない。
「アー」「ウーン」など用もない音声は用いないようにしたい。
 教師の動作が沈着であれば、子どもたちも黙って深く考えるものである。
 感化力とは、自分を磨き、成長させることで、まわりの人々によい影響を 与え、考え方や行動に変化をもたらす力です。感化力という偉大な効果は、言語を手がかりにしなければならない。
 言語は、教化を行うのに適している。
 古来、聖賢が教えを説くのに言語の力によるものが多いのは、感化力は言語だからである。
 われわれの舌によって第二の国民が作られることを思えば、人として肝要な武器である 言語は、これに比するものはない。
 言葉は流ちょうなのはよいが、相手が子どもであるから、わかりやすく、はっきりしていなければならない。
 教師の言葉は、活発と熱心で、その発音は怒気を含まず、悲壮を帯びず、要するに声高にして、聴覚しやすくすべきである。
 教師の言葉は「明晰」「生気」「品格」の三要素を必要とする。
 教師の言葉は「声高」「平易」「確実」「透明」「簡潔」の五箇条が求められる。
「ことばに生気がある」と、話しに魂があり、活力を備えているため、人々に感銘を深くすることができる。ことに人を感奮させようとするには、このことが多大な意味をもつ。
「言葉に愛情がこもっている」と、人を動かし人を感じさせることができる。他人から見て趣味ある言葉と認められて、自然と品格があるようになる。
 子どもに対しても、子どもの人格を重んじてやることは極めて重要なことであり、相当な敬語を用いることは大切である。
 ただ口のみで言うよりも、手まねをもって「こればかりの大きさです」というほうが、はるかに解しやすく、適度の態度を工夫することは、教師の大いに努めなければならないことである。
 教師の態度は、ゆったりと落ち着いて、あわてない大器であるなかに、しかも、こまごまとしたきまりにもよく注意の届く、爽快で心の微細な動きがなければならない。
 教室の子どもがあたかも凧の糸目が一点に集まるように、全ての子どもたちの注意が一点に集中するようにあってほしい。
 子どもは教師の望むところに注意をしない。その子どもの心を教科のほうに向けさせる工夫によって、心を傾けるようになる。
 一時間全部の授業を見なくても、数分間で教師の力量は知られる。というのは、教師が多くの子どもの中心に立ちうるか否かによって鑑別されるからである。
 教師は教職の威厳を保つだけの見識を備えたうえに、寛大な愛情のこもっているところがなければならない。
 教師の心は、すなわち子どもの心であって、子どもの心は、やがて教師の心とならねばならない。
「巧みなる教授には、教師と子どもとの間に、感情の交通あり」という言葉が先人によって発せられている。
 どの教科でも、教師が教える必要があると準備しても、もし子どものほうが、これの必要を感じないというのであっては、進んで学習しようという気持ちが起こらない。
 子どもの発達の程度を知らないために、彼らの趣味に投じないために、教師ばかりがみだりに持ちかけても効果は極めて薄い。
 ぜひとも、教師と子どもが相投合していなくてはならない。
 1時間の授業中に、教師が主となって働くときと、子ども自身が主となって働く場合とを適宜に配合する必要がある。
(加藤末吉:明治時代の東京高等師範学校付属小学校の訓導。教材や教科書を生かす伝達の仕事に教職の専門性を求め、それを「教順」(教授活動の形式・手順)と「教式」(教師-児童間の体裁、講演式・問答式・対話式など)を実行する際に教師が注意すべき言語・動作の技術を研究した)

 

| | コメント (0)

あなたは教師として、子どもたちの言葉や思いの本質を聴き取る力がありますか

 金森俊朗氏は「手紙ノート」の実践をしていました。その実践を次に述べます。
 金森俊朗氏のクラスの一学期は次の言葉から始まります。
「学校に来るのは何のためや?」
「ハッピーになるため!」
 クラスの一日は「手紙ノート」で始まります。毎日三人の生徒が、クラスメートに宛てた手紙を読み上げます。聞いた生徒は感想を述べるのです。
「大切なのは、手紙ノートがなければ知らなかった友だちの姿を、どんなささいなことでも発見することです」
 と、手紙ノートを読む目的を金森先生は語ります。
 自分の気持ちを伝える時間や場所があり、受けとめてくれる友だちや先生が確かにいること。それが金森学級の子どもたちをどこかのびのびとさせている。
 何よりも、楽しい時間を共有し、面白かったなと言い合えることで、クラスの中に仲間意識が生まれる。
 それは「みんなでハッピー」の土台となる。
 これは教師がいくら教壇でいくら頑張っても教えられるものではない。
 多くの教師が金森俊朗氏の「手紙ノート」の実践を真似たが挫折したという。
 その原因は、言葉にならない身体で表された言葉、言葉が不足がちな子どもの表現、表現に込められた思いや科学の素地を読み解く教師側が、貧弱だったからである。
 教師を対象にした講演会で私は次のような話題をだした。
 学級で朝の「手紙ノート」(仲間に伝えたいこと)の時間で、ある子が、
「昨日、家族でお鮨屋さんにいき、お鮨をたくさん食べました。とてもおいしかったです」
 と報告がありました。
「さて、あなたの学級ならどんな応答が生まれますか」
 と参加者の教師に問うた。
 たぶん、
「どんな鮨を食べたのですか」「どんなお鮨が好きですか」「ほく、トロが好きや」
 などの話で盛り上がるだろうが、ほぼ一致した意見であった。
 子どもたちの応答を聞きながら
「あ~あ、またこんな話題か、つまらないな、と思ってしまう教師は手を挙げてください」
 と言うとほとんどの参加者が挙手した。
 この報告で大切なポイントが二つあることを金森氏は強調した。
 一つは、家族そろって鮨屋に行くことは珍しいことである。このことに関して、うんと想像力を働かせる。
「何かのお祝い、ボーナスの支給・・・・」 などが思い浮かぶ。
 二つ目は、「鮨の種類」だと簡単に盛り上がる。
 魚介類をすべて板書すると種類の多さにみんながおどろく。
「板書した海の幸の漢字を調べてくるぞ~、という人」と聞くと、子どもたちは必ず手が挙がる。
「レストランで魚にあたるものは?」と問うと「牛・豚・鶏」と少ない。海の幸の多さと季節による違いに気づく。さらに、
「旬といえば、海の幸以外にも、今しか採れないものとは?」
 と問うと「山菜です」と子どもたちは旬の食べ物を挙げていくだろう。
 参加者がこの応答に感心している。
 参加者の教師は「貧弱」「つまらない」報告だと決めつけていた自分の「貧弱さ」に改めて気づいていた。
(金森俊朗:1946-2020年、元小学校教師・北陸学院大学教授。「仲間とつながりハッピーになる」教育や人と自然に直に触れ合う命の授業を行った。NHKで日本賞グランプリ受賞) 

 

 

| | コメント (0)

現場教師として困難を何とか乗り切ってこられた私の考え方と、教師が元気に生活を送る原則とは

 小学校の教師生活は分刻みの生活です。私が現場教師として心がけていたのは、つぎのような動きです。
 「よく見る」「それが何かと考える」「打つ手を処方する」「行動する」
 しかも、瞬時に考え、動くものですから、よく失敗もしました。これが私にとって「現場を生きる」ということでした。
「行動する」ことが現場教師であると私は考えます。失敗を恐れないことです。失敗すれば「ごめん、ごめん、間違いました。これから気をつけます」と礼を尽くしてあやまればいいのです。
 楽しそうに教師生活をおくる教師もいれば、いつも不平不満を口にして過ごす教師がいます。
 その違いは、教育の仕事を、どのような考え方で行っているかどうかに、かかっていると私は思います。
 元気に教師生活をおくるためには、考え方をきちんと持っていることが一番大事なことなのです。
 私は37年間の教師生活で、一度も教師を辞めたいという気持ちになることはありませんでした。
 私は悩まないようにしていました。
 悩みのほとんどは時間が解決してくれます。
 悩まないようにするには、行動することです。
 悩んでいないで、次をどうしていこうかと、考えのベクトルを変えていきます。
 現場の教師のみなさんは、できるかぎり機嫌良く仕事をしていただきたいと私は願っています。
 機嫌よく仕事をしている教師のそばにいると、自分も機嫌良く何かをしたくなるからです。
 もやもやした気持ちも軽くなります。
 だから、子どもたちの前でニコニコ笑ってみましょう。
 教師が機嫌よく振る舞い、
「心身がアクティブであることは、気持ちがいい」
 ということを自分自身が素材となって子どもたちに示し、伝えてほしいと思います。
 振り返ってみると、私はテーマを持って教師生活をしていました。
 自分の気になることをテーマしました。
 例えば、子どもたちへの音読指導をどうしたらよいか。漢字指導の効果的な方法など。これらのことについてコツコツと資料を集め、自分なりにまとめていくと、教師生活は豊かになります。
 私は教師としての資質を高めるために、もっとも大事なのは土台となるスタンスであると考えています。
 このスタンスは、仕事へ向かう姿勢や態度を意味します。
「素直さ」「責任感」「向上心」
 がスタンスになると考えています。
 このスタンスの上に、その教師がもつ「性格」(キャラクター)がのるのです。
 そして、その上に、教育技術がのっかる。
 ここをカン違いしないことです。教育技術だけをどんなに積み重ねても、しょせん限界があることを、心してほしいと思います。
 教師が元気に生活を送る原則は、次の四つである。
(1)自分が発揮できる
(2)他の人から認められる
(3)無理をしない
(4)知りたいこと、やりたいことができる
 テーマを持って教育の仕事をしなくては、これから大変ですよ。その日暮らしの生活は、これからとてもつらくなりますよと、いう言葉を含んでいます。
 大切なのは、教師の時間と自分の時間をきちんと区別することである。
 教師としての時間を長く取ることによって、確かに教師意識は増大する。しかし、やせ細っていくのが人間としての自分だ。
 教師の仕事とは別に、音楽も聴きたいし、映画も見たい。教育に関係のない本も読みたいし、友だちと旅行もいきたいではないか。
 ふつうの働き人が元気に生活をしていくには、きちんと仕事の時間と、自分の時間を区別する必要がある。
 私は、いつもそのように思っている。
(野中信行:1947年生まれ、元横浜市立公立小学校教師、横浜市の初任者教師の指導にあたり、全国各地で教師向けの講座やセミナーを行っている)

 

| | コメント (0)

子どもの荒れの原因は学力の欠如にある、つまずきを克服するには、どうすればよいか

 小河 勝氏は、長年公立中学校の現場で、つまずき克服の実践を続けてきた。  つまずきの原因は、算数と国語にあるとし、算数のつまずきを発見するための「小河式算数チェックテスト」を考案。国語では独特の転写法による実践を続け、多くの子どもを立ち直らせた。  こうしたつまずきを持つ中学生でも、家庭学習だけで、公立のトップ校に合格できる学力をつけさせる独自の問題集シリーズ「未来を切り開く学力シリーズ」のプロジェクトの中心となり、自らも「基礎篇」を執筆した。  小河 勝氏は、1970年代に新任新教師として過ごした公立中学校での日々を克明に覚えている。  校内に散乱するガラスの破片、たばこの吸い殻、便器にねじ込まれた空き缶…。  新任教師時代は、子どもの勉強ができないことと荒れることが、自分の中で深く結びついてはいなかった。  何が起こっているのかわからない状況の中で、 「なんでこの子たちは、こんなに荒れるのか」  という疑問をいだき、いろいろと調べていく中で、最終的に学力の問題に行き着いたのです。  勉強が「わかる」「わからない」というのは、子どもたちにとって、精神の健全さの軸をなす重要なファクターなんだということが「生活実態調査」からはっきり見えたのです。  わからないまま学校で勉強するということがどれほど苦痛であるか、自分たちの生活全体がいかにグレーになっていくか、そして、暗黒になっていくか。 「自分にはもう未来がない」というふうに彼らは思わざるをえないということが、はっきりと調査でわかったのです。  その後、算数の学習のつまずきの状況も調べました。大変な結果でした。  かなり初期の段階からつまずいて、苦しみ、のたうちまわりながら、学校で授業をずっと聞いてきたということがわかりました。 「種子植物」なんて読めない。「たねこ」と読んでしまう。そういう状況が現実にあるのです。  学力問題は、小河 勝氏は非常に重要な人権問題だと思った。  基本的な可能性を剥奪された人生を生きていかざるをえないことになるからです。  きっかけは米国の社会心理学者、エーリヒ・フロムの著書で読んだ次のような言葉だった。 「無力感の中で、永遠に人間は生き続けることはできない」 「彼らはやがて破壊を求めだす」  と書いています。  私はこの本に出会ったときに、本当に「あの中学生たちが荒れている根拠はこれだったんだ!」と心に響きました。  小河氏は「そうなんや、彼らは無力感の渦の中でおぼれ続けてたんやと、すごく鮮明に自分の中で結びついた」と振り返る。  すぐさま自前のアンケートを行い、授業の理解度と未来への意欲などの関係を調べた。両者は見事に比例した。  後に赴任した中学校で、小河氏は同じ学年を受け持つ教員たちと協力し、計算や文章トレーニングを毎日繰り返す取り組みに挑む。  すると、学年が上がっていくごとに子どもたちが落ち着いていった。どんな荒れた子でも最後はわれわれの懐に入ってきた。  荒れの原因は学力の欠如にある。多くの子どもが小学校時の積み残しを抱えたまま中学校のカリキュラムを受けている。  その打開策として、小中学校が一体でつまずいた子どもに基礎演算や小数、分数などの基本的な部分の力をつけてやることが重要である。  授業時間の一部や授業前の時間の確保や、つまずき調査などのデータの活用など、相互に意見交換をして取り組むこと。  勉強が分からない子どもに分からせてやるのは教師の務め。分からない子どもが抱える無力感を取り除いてやれば、学校の荒れも消え、落ち着く。  中学で新入生に3ケタの掛け算をさせると半分くらいは間違えてしまう。これが基礎学力崩壊の実態。  このような状態で頑張らせるのはサイドブレーキをかけたまま「走れ」と要求しているようなもの。大事なのは、まず基礎を徹底してやらせることです。 「5けた」÷「2けた」のようなわり算の中には、たし算、ひき算、かけ算の計算要素が約80弱もあるのです。  一定の速さでトントンと80弱の階段を効率よくたどっていける力がなければ、わり算はわかりにくい。 「ゆっくりでいいんだ、できたらいいんだ」というようなことを気楽に言われる方がいますが、その方々は、わからない子を教えたことがないということを自白しているようなものです。  わからない子たちは、遅いことによってものすごくやりにくく、しんどいのです。サイドブレーキかけながら、アクセルを踏んでいるようなものです。  つまり、基礎計算力をしっかりつくることが最も重要で、それによってしか本質的な改善は図れないということです。  中学校で理科を教えてきましたが、理科では、割合や比例を使います。ところがその定着状況は散々です。  こんな状態では、電流も密度も教えられません。  ではどうするかということですが、教師一人ひとりの努力の範囲を超えていますから、学校ぐるみで特別な時間編成で、取り組んでいくしかないのです。  中学校で、組織的に取り組むというのは、非常に困難でした。  教科担当制を超えて、みんなでスクラムを組まなければいけないのですから。  そのためにも、学力実態調査によって、データを集めて、よく分析して、どうすべきかということを協議して、各地で取り組んでいただけたらと思います。 (小河 勝:1944年大阪市生まれ、元大阪市立中学校教師・大阪府教育委員会委員。中学生向けの国語、算数の教材「小河式プリント」書き込み式の教材が基礎学力の養成に役立つとして、全国の中学校や学習塾で利用されている。中学生の自主学習を手助けする「小河学習館」の館長)

| | コメント (0)

すばらしい授業は「攻めと受け」が絶妙なバランスで成り立っている

 授業の目的は,学力を形成すること。  学力が形成されたかどうかは,子どもが変容したかどうか。  学力形成とは「獲得・習得(入手)」「訂正・修正(変更)」「深化・拡充(向上)」のどれかがあればその授業は学力が形成されたことになる。  すばらしい授業は「攻めと受けの論理」が絶妙なバランスで成り立っている。 「攻め」は計画。つまり指導案。  授業は計算して組織しなければならない。思いがけない質問に答えられないことが続くと授業は壊れる。だから、深い教材研究を。  指導案は5つも6つも作る。授業になったらそれをすべて捨てよう。  授業設計という人がいるがそれはダメ。設計図通りしなくてはいけないと思うから、設計図から狂ったら困る。情況にあわせて授業をするものだ。  教師は指導案の研究はよくやるが「受け」の研究はあまりしない。 「受け」は難しい。受けは、出た時の瞬時の判断。絶妙な状況の論理。  発問したあとの間。わずか2~3秒程度の短い時間だがこれで授業の緊張感を高めることになる。  笑顔、真剣な表情,遠くを見つめる表情,宙を仰ぐ表情など,答えに対して様々な表情で反応し,生徒の気持ちの高揚を図る。 「受け」のことは本にも書けない。 「受け」を鍛えるためには、経験を意図的に積んで整理するしかない。僕は寄席が好きで行くよ。落語から学べるよ。  子どもが発言したあとの一言,これには様々なバリエーションがある。たとえば、  「ふーん」「立派」「上手に逃げたね」「無難に逃げたね」「うーんと簡単に言えば」  「何か文句あるの」「OK」「ちょっとピント違うではないの」「へーーー」「へ」  「もう少し詳しく」「何だって」「なかなか」「うんうん」「何か出てきましたか」  「おーーーっ」「こりゃ複雑だ」「これはそうですよ」 「うーーんよかった」  「いいです」「そのとおり」「正解」  授業において,子どもが発言した時の教師の瞬時の言葉が重要である。  どの子どもにも同じ言葉をかけても、子どもの意欲は引き出せない。  答えの内容、姿勢などをビシッと評価できる言葉を数多く持っておくことだ大切だ。  語彙力をつけるために,本や映画,新聞,講演会,落語,コントなどなどで心のひだにひっかかった言葉をノートに書いている。  もっと話術を磨き,人を引きつける力を身につけることが教師の指導力向上の一つの条件である。  子どもを向上的な変容をさせないような指導ではダメ。授業は一人ひとりをきちんと参加させること。そして鍛えること。  全員参加の授業にするために、答が〇か×を問う質問をして、全員に○×かをノートに書かせる。  参加者全員に意志決定を強制する。「教育は強制である」という野口芳宏氏のポリシーが顕著に表れている。  ○×をつけることにより、次の展開が楽しみになるという学習意欲も向上できる。  そして、最初に必ずこう問う。 「○と×どっちが多いと思う」  これにより、子どもの緊張感を高め、次の展開の期待度をより高めることができる。  また、手を挙げたら、隣や全体を見てごらんと言う。  自分の意見と同じ人を確認させ、指名した時に○と×を急に変えて逃げないような布石を打っておくことも忘れない。ここが鍛えるということにつながっている。  抽象的な発問後、重苦しい空気が漂ってきたら「隣近所で答えを見せ合ってください」という指示を出す。  このことにより,空気が和み意見が言いやすくなる。しかし,間延び過ぎると授業の緊張感を崩す原因となるので要注意である。  小集団学習は授業の雰囲気を和らげる。子どもが固くなった時、公的私語を許す意味で小集団学習を入れても良い。  板書しながら声を出すと、子どもがノートを書くとき、助けることになる。  活動主義の授業はダメ。今の授業で先生は何を指導したのか分からないような授業ではダメ。  聞き慣れない言葉でも反対語を並べ書くことにより分かりやすくなる。  たとえば「利己的」と「利他的」,「即効的」と「遅効的」、「俗人」と「聖人」と「悲観と「楽観」 タイミングよく故事成語やことわざなどを持ち出すと,説明を分かりやすくすることができる。  たとえは「悪銭身につかず」「正直の頭に神宿る」  私の知っているすばらしい教師に共通しているのは、どの先生も、その年齢や地位にかかわらず「謙虚」であり、「素直」であることだ。 「謙虚」であり、「素直」である人の「心のコップ」はいつだって上向きに置かれている。  だから、教えをどんどん受け入れて自分の力を高めていけるのである。  心ない若い教師は、心のコップを伏せてしまっている。いくら価値あるものを注いでもみんな外にこぼしてしまう。身に入らないのだから伸びようがない。  学校の教師は、異がきらいである。野口芳宏氏は講演などの後の感想は「批判」のみしか目を通さないと言う。こうした、異に学ぶ姿勢には敬服されられる。 (野口芳宏:1936年生まれ、元小学校校長、大学名誉教授、千葉県教育委員、授業道場野口塾等主宰)

| | コメント (0)

教師が言わなくても、子どもたちが掃除をするようになる指導のやり方とは

 子どもたちに何か価値のある目標、充実感を持てる目標を発見させていきます。
 学級経営でいうと、掃除の分担です。これを「一人一役」で与えていくのです。
 掃除を一定期間(場合によっては一年間)、一人の子どもに担当させるのです。例えば、鈴木くんは黒板の掃除を一人で行います。
 黒板にクラス全員の掃除分担表を張っておくのです。
 掃除の時間はつくらず、休みの時間に各自でやります。
 子どもが帰ってから、私が必ず教室を見まわって掃除のチェックをします。
 できていれば○、できていなかったら×を分担表のところにつけておきます。
 ×のところは、私が掃除をしておきます。
 一週間もたつと、○がならんでいる子ども、×ばかりの子どもと、掃除の状況が明確になってきます。
 そのあたりで一回、指導をいれます。「なんで×ばかり並ぶんが、おるんや!」と、やるわけです。
 ×をなくすために、回数と時間のかかる忍耐をともなう指導を行うのです。
 しかし、なかには掃除ができない子どももいるのです。やり方がわからないのです。
 そこで、その子には個別に声をかけます。
「なあ、今日は先生も掃除するから一緒にしようか」
 やり方を教えながら、一緒に掃除をやりきって表に○をつけてあげるのです。
 すると、翌朝、その子は「あっ、今日は○やないか」と、みんなにいわれる。悪い気はしません。
「やった。おれにも掃除ができたんや」と、ほんの小さなことですが、一つのことをやり遂げた満足感や充足感、達成感を感じることができるのです。
 教師が手を抜くことなく、本気でつづけていくと、やろうと思うようになります。
 いわなくてもやるようになったことを、ほめてあげる。
 やがて、ほめてあげなくても、黙っていても自主的にやるようになる。つまり、自立型人間です。
 いつも×だった子どもが○になったとき、私は、その子をほめちぎります。「学級便り」などでもほめるのです。
 この○×の評価は、私と子どもたちの一対一の関係もつくります。
 一人ひとりが私のまなざしを感じる。
 自分の存在をわかってもらえるという実感を与え、それが子どもの癒しにもなっていきます。
 子どもたちは、自分の居場所を求めています。
 自分のことをわかってほしいと考えています。それに応えてあげるのです。だから「一人一役」なのです。
「できた」「やれた」という充実感や達成感を子どもにもたらします。
 子どもをそこまでにできるのは、忍耐とやる気さえあれば、だれにでもできます。これは「指導技術」だからです。
 求められるのは、教師が本気かどうかだけです。教師の「ド根性」です。踏ん張りといっていいかもしれません。
 教師自身が子どもをいついつまでにこういうレベルには持っていきたいという「目標」を明確にして、「やりきる」「やらせきる」のかかわりをつづけていく。
 その決意さえあれば、子どもたちはどんどん変わっていきます。
(原田隆史:1960年生まれ 20年間大阪市公立中学校教師、教師塾主宰等を経て原田教育研究所社長。元埼玉県教育委員、高知市教育アドバイザー、三重県政策アドバイザー、奈良市教育スーパーバイザーも務める。ビジネス・ブレークスルー大学教授。大阪市立松虫中学校を態度教育・価値観教育・自立型人間育成教育により建て直し、陸上競技では7年間で13回の日本一を達成した)

 

| | コメント (0)

授業の出だしの5分間がすべてを決める

 授業の出だしの5分間がすべてを決めると言っても、言い過ぎではありません。
 授業の導入はあくまでも入り口ですが、とても大切です。
 まず、教室に入るときは「おはよう!」と明るく、大きい声で入ります。
 笑顔と気合いの入った顔で入ります。
 やる気がないという顔で、暗い感じで入ったら、1時間の授業がそれだけでダメになってしまいます。
 第一印象は2秒で決まるそうです。
 長野雅弘がクラスを元気づけるために実際したことがたくさんあります。
 たとえば、進学をあきらめた暗いクラスの授業でした。
 なんとか生徒の心に火をつけようと、紙吹雪をつくって、ウチワを持って、パーッと紙吹雪をウチワで仰ぎながら入りました。
「きみたちに明るくなってもらいたい」という想いを伝えるためです。
 素直にウケている生徒もいましたが、さすがに高校生なので「アホらしい」なんて思っている生徒もいます。しかし、そんな生徒もどこか顔は、にやついています。 
 授業が始まっていきなり、
「はい、36ページ開いて!」
「今日はここからやります」
 と言う教師たちには
「そんな授業だったら、やっていただかなくて結構」
 と長野はいいます。
 うまく導入するために、長野は絶対に話をしてから授業に入ります。
 導入は、教師の人格が一番出て、どのような題材を選ぶかに現れます。
「今日学校に来る途中、電車のホームを見たら、みんな朝からメールをやっていたんだよ」
「メールばっかりしていて、会話しなくていいのかなあ?」
「と、思ったんだけど、みんなはどう思う?」
 生徒からは
「やっぱり、会話も必要です」
 という声があがります。
「そうだよねえ。メール好きでしょう?」
「でも、メールだけじゃなく会話も必要だよね」
「英語も一緒でね、やっぱり書いたり、読んだりするだけじゃなくて、話したほうがお互いの意思の疎通がよくできるんだよ」
「じゃあ、ちよっと今日は会話をしっかりやろうか」
というふうに日常と授業をつなげていきます。
長野は、1日に何回か教師たちの授業を見に学校を回ります。
そこで、いつも見ているのは、教師が教室に入るその瞬間です。その瞬間から、出だしの5分くらいをじっと見ています。
 導入の入り方で生徒の反応も驚くほど違ってきます。
 最初の5分間にちょっと生徒のハートをつかむかどうかで、授業のよし悪しが、変わってきます。
 生徒の心をつかまなければ、どんないい授業をしても意味がありません。
(長野雅弘:1956年名古屋市生まれ、高校英語教師、数校の校長を経て大学教授。入学者が激減してつぶれるとまで噂された女子高校を授業のみの改革で2年目に人気校にしてV字回復させた。学校再建校長として有名)

| | コメント (0)

学力向上の秘けつとはなにか

 広島県尾道市立土堂小学校は、2003年4月に新しい校長先生を迎えました。
 陰山英男さんです。陰山さんは、以前勤めていた兵庫県朝来町立山口小学校で子どもたちの学力向上を成し遂げ、全国の親や教師から注目を集めた先生です。
 陰山先生の実践の要は、学習の基礎・基本となる「読み書き計算」の徹底反復。
 特に計算練習として全国で行われている「百ます計算」(岸本裕史氏が考案)は、陰山先生の実践をきっかけに一躍有名になりました。
 そして、校長となった土堂小学校でも、陰山校長は「基礎・基本の徹底反復」をカリキュラムに取り入れました。
「モジュール・タイム」は、週に3時間、基礎・基本の反復練習を集中して行う授業です。
 この授業の導入から1年、土堂小学校の子どもたちは、ぐんぐん力を伸ばしています。
 多くの学校で活用されている標準学力テストの結果が、これまでにない伸びを見せました。
 土堂小学校名物「モジュール・タイム」のスピード感いっぱいの授業を紹介します。
 まず訪れたのは1年生の教室。大きな声で「あえいうえおあお!」と、発声練習から始まりました。
 土堂小学校では「授業中は大きな声で話す」ことを大切にしています。
 発声練習は、恥ずかしがらず大きな声ではっきりと話すための練習です。
 他にも「百珠」による数の基本の確認や、カードをつかった暗算、百ます計算の入門編として行われる「十ます計算」など、次々に移り変わるメニューを元気にこなしていく1年生の集中力には驚かされます。
 5年生の授業では、漢字練習、文学作品の暗唱、「百ます計算」、「百割り」などを紹介します。
 圧巻は「百割り」。これは計算練習の一つで、B4のプリントいっぱいに並んだ割り算100問をタイム計測しながら行います。
 余りが出る面倒な割り算100問をクラス全員が3分以内で解いてしまいます。
 子どもたちの様子は、ゲームでもしているように楽しげです。とても計算練習に取り組んでいるとは思えませんでした。
 こうした基礎・基本の反復練習は、子どもたちの集中力や記憶力、そして何より学ぶ意欲を育てます。
 計算時間が日に日に短くなったり、昨日できなかった問題が今日は出来るようになったり、そうした小さな達成感を積み重ねることで、子どもたちは「やればできる」ことを学ぶのです。
 小学生のうちにたくさんの達成感を味わうことが、人生に負けない自信を育てるのだと、陰山校長は考えています。
 学力向上を目指し陰山校長が行ったもう一つの取り組み、それは子どもたちの「生活改善」です。キャッチフレーズは「早寝、早起き、朝ご飯」。
 各家庭の協力のもと、子どもたちの生活を徹底的に見直しました。学力向上にはその土台となる健康が欠かせないという考えからです。
 その際、子どもたちの生活を知るため役立てたのが「生活改善アンケート」です。
 このアンケートは年1回、全校で一斉に行われます。
「寝る時間は何時か?」「起きる時間は?」
「朝ご飯は何をたべたか?」「朝うんちは出たか?」
「夕飯は誰と食べたか?」「家族と話す時間はあるか?」
 など、子どもたちの生活を細かく調査します。
 今では、土堂小学校の子どもたちのほとんどが、朝7時前に起き、朝ご飯をきちんと食べて学校に来るようになりました。
 こうした変化は、保護者を始め、地域の大人たちの協力があってこそ。
 学力向上は、学校を中心とした地域ぐるみの取り組みなのです。
「子どもが、伸びることに病みつきになって、ここまできた」と語る陰山校長。
 校長の意図をくみ取り、真摯に授業に取り組む先生たち。
 他の学校ではなかなか見ることのできない、活気あふれる授業となっています。
 学力とは「脳の元気」です。
 一定時間にどれだけの情報をより的確に処理できるか。そのために効果的なのは百ます計算に代表される読み書き計算の反復練習です。
 反復練習で脳の神経が太くなり、一つの課題に対して多様な判断ができ、的確な判断ができるようになります。
 今の教育は、基礎ができていないのに、応用力を身につけさせようとしており、うまく機能していないと思われます。
 教育を難しくしているのは、誰も現場をよく知らない。教師に求められる課題が多すぎる。地域が教師を立てない、教師を誇りに思っていないことなどです。
(陰山英男1958年生まれ、元兵庫県公立小学校教師、広島県公立小学校長を経て、立命館小学校副校長、立命館大学教育開発推進機構教授。元大阪府教育委員会委員長)

 

| | コメント (0)

すばらしい実践家は思いも、言っていることも、実践もすばらしい

 意識することによって、今まで見えなかったものが見えてきます。
 子どもも、教師も同様ですね。
 例えば、学級の力量を測るには、次の点を見てみましょう。
 あなたは、すぐに答えることができますか。
 (1)休み時間、子どもたちが出ていったあとの教室を見てみましょう。
  「いすはどうなっていますか?」「机の上はどうなっていますか?」
 (2)体育、着替え終わったときの机の上、洋服はどうなっていますか
 (3)給食後の片づけ、子どもたちの食器はどうなっていますか。
 (4)廊下歩行のときはどうですか。
  明確に答えられた人は、かなり意識して見ていますね。
  たいていの場合、答えられません。
  これらのことの重要性がわかっていないので、見ようともしないからです。
「そんなことはどうでもいい」と思う人もいるでしょう。
「細かいですね」
「もっと大切なことがあるんじゃないですか」
「心を育てることが大切じゃないんですか?」と、以前よく言われました。
 私が「心を育てるって、具体的にいってくださいませんか」と、問うと「…・・・」答が返ってこない。 
 行動が伴わない限り、きれいごとで終わってしまいます。
 具体的にいえない人は、意識していないのです。
 森信三先生は次のように言っています。
「知っていて実行しないとしたら、その知はいまだ『真知』でないと深省を要する」
 その通りだと思います。
「心を育てる」と、スローガンで止まっていませんか。
 口でいうのは簡単です。実践するとなると、そう簡単にはいきません。
 具体的なレベルまでおろさないと意味がありませんから。
 例えば、給食の後かたづけ。
 「洗い物をする人の立場に立つ」とは、どういうことでしょうか。
(例)「食べかす」をきれいに取って返す。
 そのために、
(1)ティッシュなどで「食べかす」を拭き取る。
(2)パンを小さくちぎり、最後にソースを集めて食べる。
(3)きちんとそろえて返す。
(4)音を立てないで食器を重ねる。
(5ご飯のときは、入れ物に水を一杯入れて返す。
(6)しゃもじは洗って返す。
 大切なことは、具体的に考え、実行することだと思います。
 具体的行動です。思いが行動を生みます。
 立派な思いを持っている人の行動は、例外なく立派です。
 逆にいえば、行動しない人の思いは、たいしたことがないのです。
 芸道で、一挙手、一投足がうるさく言われるわけは、心を養うためでしょう。
 教育についても同じだと思います。
 子どもたちの心を育てるために、行動から入ることも大切です。
 礼の仕方、歩き方、姿勢、かたづけ、整理整頓など。
 この文章を読んでいる方は、少なくとも、
 「子どもの力を伸ばす、価値ある教師になりたい」
 と思っている人でしょう。
 だからこそ、すばらしい学級を見ると悩みます。
 あまりの違いに愕然とします。
 私も悩みました。
「この違いは何か」と、ずっと考えてきました。
 あるとき、わかったのです。
 決定的な違いは、意識だと。
 昔からいわれる身口意(しんくい)です。
「身」…行為、行動
「口」…言葉
「意」…思い
 これらが一体になったとき、ものすごいエネルギーが生まれると言われています。
 すばらしい実践家は「思い」がすばらしい、「言っていること」もすばらしい、「実践」もすばらしいです。
 これら3つのことが、一致しています。
 逆の場合が多いですね。口(言葉)と身(行為)のギャップが激しい人が多いです。
(杉渕鉄良:1959年東京生まれ、東京都公立小学校教師。「教育の鉄人」と呼ばれる実践家、子どもを伸ばす為に命をかける熱血教師。ユニット授業研究会代表。その実践スタイルは全国の教師、保護者から支持を受ける。2003年夏、日経スペシャル「ガイアの夜明け」に出演。PHP「VOICE」や、経済誌「プレジデント」での教育シリーズに取り上げられ、各方面からの注目も高い。ユニット授業、10マス計算、表現読み、指名なし発言など、子どもの可能性を引き出すため、さまざまな工夫を凝らした教育実践を行っている)

| | コメント (0)

教育は学力形成か人間形成か、できるだけ異質なものを取り込んで学ぶことが求められる

 長くいっしょに研究活動をしていると、当初は異質であった教師たちもだんだんと発想が近づいてきます。井の中の蛙化していきます。自分たちが自覚できなくなってしまう。
「研究集団ことのは」は外部に異質なものを求め、取り込もうとし続けています。
 異質なものと響き合うときにこそ、人間の頭は最も機能します。
 異質なものと反発しあうときにこそ、人間の感情は最も大きな起伏を描きます。
 一人で独自の提案をしているメンバーがたくさんいる。指導主事、管理職になった者もいます。
 おそらく我々が常に異質なものを取り込んできたことによって、広い視野から物事を分析するとか、異なる領域・分野の理論・実践を融合するとか、そうしたことをごく自然に日常としているせいなのだと自分たちでは思っています。
 私は学生時代に共通点と相違点を整理するという思考を身につけました。
 この同時進行で異なる理論を学ぶという経験が、私の思考力を鍛えてくれたと実感しています。
 一人の人間の発想などというものは、時を隔ててもすべてが繋がっている、そういうものなのです。
 十年くらい前までの学校は「学力形成」派よりも「人間形成」派の教師が圧倒的多数でした。それが最近、急速に変化してきているのを感じます。その変化はおそらく、
・教師に対する行政の監理が厳しくなり、教員評価制度が定着して数値目標が設定されるようになったこと。
・保護者のクレームの増加によって、教師が個性を発揮しての教育活動がしずらくなったこと。
・2000年前後から「ゆとり教育」の反動として、「学力向上」が大きく宣伝されたこと。
・世論が「学力向上」路線を支持しているような空気が醸成されていること。
 など、様々な要因があるように思います。
「学力形成派」は、学力はどうしても一般教養や受験学力に重きが置かれがちです。
 これが子どもたちの実態から乖離したところで、カリキュラムが立てられてしまう。こういう弊害を招きやすい構造があります。
「人間形成派」は、経験を絶対視する傾向が強い。
 ですから、教育は人間形成だと強く叫ぶ教師ほど、子どもたちに自分の敷いたレールの上を歩かせたいという欲求を強くもつ傾向があります。
 部活動の熱心な指導者などは、ほとんどがそのタイプだと言って過言ではないでしょう。
 私は、自分の教育観はすべての生徒の特性に合致しているわけでない、ということに教職について5年が過ぎた頃に気づき始めます。
 私の教育観は、私という人間の個性に過ぎない。
 私は生徒たちを洗脳しようとしているのではないかと考えるようになりました。
「この生徒は、私でなく、あの先生が担任だった方が合っていたかもしれない」と思える生徒たちが一定数存在することに気がついたのです。
 それも、私と考えの合わない、ウマが合わない、そんな教師たちの方がです。
 私が自分と合わないと思われる生徒たちも包含できるような教師として大成長を遂げようと決心しました。
 私は意図的に振り子を振ったわけです。
 私は3年間だけ、自分の教育活動のすべてを「あちら側」から構想してみよう、そう考えました。 
 私はアクの強いタイプの人間です。そのくらいの気持ちでやった方が、バランスがとれてちょうどいいのではないかと思ったのです。
 転勤した学校の職員会議は私にとって、腹に据えかねるような発想ばかりを基準に決まっていきましたが、私はその発想を学ぶように努めました。
 管理職や教務主任ともたくさん話をして、彼らがどういう発想で教育活動に取り組んでいるのか、ひたすら学び続けました。
「学力形成派」の本質は「割り切ること」でした。
 生徒たちを集団として捉え、その最大公約数に力を発揮する手法を採ろうとします。犠牲者は少なくて済みます。
「人間形成派」は一人ひとりの生徒を無限の可能性をもつ存在ととらえ、一人ひとりに少しでも触媒となるような指導を与え続けようとします。
 一人ひとりを大事にしようとするあまり、他の生徒を犠牲にすることが少なくありません。
 生徒Aと生徒Bの利害が対立したとき、生徒Aに対する指導が生徒Bにマイナスの指導として機能することがあるからです。指導は安定感を欠きます。
 私はこの中学校で三度卒業生をだしました。どの学級もよい学級でした。
 私は教育技術、授業技術を身につけ、それなりの授業力、学級経営力を身につけていましたから、学力向上も生徒指導もいじめ指導も打った手だてはだいたい当たる、そんな毎日でした。
 行事や成績は担任である私が常にリードすることによってもたらされものでした。
 学級で起こったトラブルのすべてを私が間に入って説得し納得させて解決したのでした。
 しかし、この学級経営が失敗であったと気づきました。高校に進学した二割に近い七人の不登校生徒が出たのです。

 進学した生徒たちの問題行動の要因は、生徒たちが自らの行動の意味をメタ認知(自分自身を客観的に認める能力)ができないことに起因しています。
 生徒同士のトラブルは、双方が自分の世界からものを見て、相手に自分の行動がどう見えるか、周りから見てその行動がどう見えるかということを考えられないことから生じます。
 教師が指導するときにも、その生徒の世界観を壊し、周りの視点、他者の視点を理解させるのに随分と時間がかかります。
 保護者のクレームの多くも、そうした生徒個人の世界観のみで聞いた話を保護者がそのまま信じ込んでしまうところから起こります。
 私は再び振り子を振らなければならなくなったのです。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」を設立、道内の民間教育団体でつくる「教師力ブラッシュアップセミナー」の代表も務める)

| | コメント (0)

子どもの心をうち、子どもを変えるには、どのようにすればよいのでしょうか

 人の心をうつには、相手に感謝する気持ちを身につけることが必要です。
 感謝をする気持ちが謙虚さを生みます。それは人に伝わります。
 例えば、音楽ライブは演奏者と聴衆とのかかわりの中で音楽が創造されます。
 人を感動させるよい音楽は、その根底に主客合一(自分と対象者が一つになろうとする)の世界があります。自分のはからいを越え、演奏者と聴衆が一体となることです。
 感謝をするという行為を通して、他とのかかわりを意識し、自己を客観化できます。
「演奏を聴いていただく」という謙虚な心、素直な気持ちがあれば、よい音楽が生まれ、聴衆を感動させることができます。
 もっと突き詰めれば、祈りの心です。
 よい音を出し、みんなに聴いていただく、そのために多くの方々の協力をいただいていることを自覚し、感謝し、祈りにまで昇華されたとき、人の心をうつ本物の演奏ができます。
 授業も同じです。板書しているときでも、教師は背中で子どもの空気を感じ、それに対応していく力が必要です。
 机間指導をしているときに、全体の雰囲気を感じながら、進め方を修正していくのです。
 その場に応じた指導が出きるようになると一体感のある、すばらしい授業ができます。
 子どもの気持ちを理解することが出来ると授業も一流になれます。そういう授業づくりを目指していって下さい。
 子ども全員が出きるようになると、喜びは大きいです。子ども同士の一体感、子どもと教師との一体感が生まれます。
 運動会のリレーで声援をあげて応援する時には、保護者、子ども、選手が一体になります。
 勝敗は別にして会場全体が一つになります。そういうことを意識して演出していくことが、教育では大切なのです。
 人間には得手不得手がある。
 勉強の得意な子ども、掃除の得意な子ども、作業の得意な子どもといろいろいる。
 一律に勉強だけを押しつけるのではなく、作業の好きな子供はその面を伸ばしていけばよい。
 無理をして詰め込むのではなく、やさしい基礎・基本を指導して得意な面を伸ばしていくようにすればよいのである。
 人に伝えたいという「気」がないとメッセージは伝わりません。「気」を感じさせることが大切ですね。
 生きる元気がでるというのは、最高の教材です。
「気」をもたらすことのできる教材づくり、授業づくりをしたいと思っています。
 心にゆとりを持つことは教育にとっても大切です。
 授業者に余裕がなければよい授業は生まれません。
 教材や方法を熟知し、それがあふれ出るようでなければ子どもの動きを変えることはできません。
 子どもがやる気を出すのは、例えば、超一流のものに出会って感動した時である。
 私自身、感動や強いあこがれを常に求め、一流になるよう生きていきたいと願っています。
「至誠通天」という私の大好きな言葉がある。誠が人を動かします。課題に誠実に取り組み努力をすれば、必ず願いは叶います。
 子どもを変えるのは教師の人間性です。
 大変な子どもには「必ず良くなりますよ」と心の中で手を合わせて話を聞く。その時、目を見てじっと聴く。どれだけその子を思うかです。
 人間を根底から動かすものは、むずかしい理論や理屈ではなくて、全身(いのち)の感動であり、腹の底からの納得であると思います。
(根本正雄:1949年、茨城県に生まれ、元千葉県公立小学校校長。「根本体育」を提唱し,全国各地で体育研究会・セミナーにて優れた体育指導法の普及に力を注いでいる)

| | コメント (0)

教材研究の方法を林竹二との出会いによって、問い直しを迫られた

 伊藤功一の教師人生に大きな影響を与えたのが、林竹二との出会いであった。
 当時、古代ギリシャ哲学(ソクラテス)の研究者で宮城教育大学学長であった林は各学校を訪れ授業をする「授業巡礼」に力を注いでいた。
 林の存在を「授業 人間について」(国土社)で知った伊藤が、林にお願いして学校に招待して、「人間は動物だろうか」の授業を行ってもらった。
 林は「人間は動物だろうか」と子どもに問い、一人ひとりの子どもに、なぜそのように考えたのかをとことん問い詰めていった。
 子どもたちは次第に無言になり、後半は林の説明が続く授業となった。
 教師たちは、林の授業から何らかの奥深さを感じとっていた。
 林の授業は、子どもたちに問いと真剣に向き合い、自分で考え抜くことを求めるものだった。
 林は、授業が授業として成立するには、教師が自分自身の授業をあらためて問い直す必要があることを身をもって示したのであった。
 伊藤は、林との出会いからの四年間は、授業の問い直しを迫られ、自分の授業を否定することの苦悩に耐えながら、少しずつ自分の殻を脱ぎ捨てていった。
 教材研究は、授業を前提として教材から教えるべきものを取り出すのではなく、一人の人間として教師自身の興味のおもむくままに調べ「第一次教材解釈」がまずある。
 その後、教師として授業してみたいものを精選して授業案を立てる「第二次教材解釈」へと進むことが必要となることに気づいた。つまり、
(1)授業を意識しない、学問的追究の楽しさを感じる。
(2)その感動を胸にして、子どもたちへの授業の動機が生まれる。
(3)こんなことを考えさせたい、伝えてやりたいという意欲につながっていく。
(4)そこから、子どもたちの真剣な思考が生み出されていく。
 ことを見いだしたのである。
(伊藤 功一:1930-2009年、元青森県内中学校教師、教育委員会、小学校校長)

| | コメント (0)

授業で、95%以上の子どもたちに支持してもらうには、どのようにすればよいか

 予備校のマドンナ講師、荻野文子さんの人気の秘密は、入念な準備にある。
 90分の授業に3倍の時間をかけて準備する。
 見せ方にも気を使い、姿見で通しげいこもする。
「連続ドラマの脚本家、演出家、そして役者。すべてを兼ねているようなものです」と語る。
 少し鼻にかかった甘い声で、古文の受験勉強のツボを押さえていく。
 まっすぐな視線、整理された板書、明快な説明。
「マドンナ」の愛称で親しまれる荻野さんの映像授業は、モニター画面を見つめる受講生の視線を引きつけて離さない。
 代々木ゼミナールなどを経て東進ハイスクールで衛星放送授業、講師育成などに携わった。
「マドンナ古文」シリーズ、「ヘタな人生論より徒然草」など著書が多数ある。
 今は授業のほとんどが衛星授業だ。スタジオでカメラに向かって授業し、それを全国の提携塾や予備校などで1万人を超える生徒が画面を通じて聞いている。
 大きなホールで千人を超える生徒を相手に授業をしたことがある。あらゆるレベルの生徒がやってくる。
 高校3年生を中心に、浪人生、高2、高1、なんと気の早い中学生も。
 そんな状況の中、終了後に行われるアンケートで「支持率95%を取れ」という至上命令が課せられる。
 どうすれば、そんな大人数を相手に95%という支持率を取れるか。
 高い支持率の獲得をめざして、話をわかりやすくするために、生徒を次の四つのタイプに分ける。
「秀才君」:集中力、忍耐力があって思考力もそこそこある。
「ロボット君」:一生懸命暗記する。努力で、まずまずの成績を維持している。
「元気君」:好奇心旺盛。
「埴輪(はにわ)君」:何事にも無関心。
 これは、授業態度の印象を誇張したネーミングで、人格を指すものではない。その点は強調しておきたい。
 さて、この4タイプを同時に納得させるには、どうするか。
 結論的には、一つのテーマについて4通りの説明を重ねる必要がある。
 例えば、和歌にある本歌取りという修辞法。
 教科書では「有名な古歌の一部分を読み込むことで、その和歌を取り込んだ新しい歌境を表現する方法」と説明されているが、「新しい歌の境地」という意味が生徒にはよくわからない。
 私は、まず元気君ならどんな疑問を抱くかを考える。
「それ盗作と違うん。今なら著作権法違反。なんで褒められるん」と、元気君になったつもりで質問を投げかける。
 すると、元気君の耳がピッと立つ。ロボット君も「何を言うんだろう」
 埴輪君も「盗作? ふうん」と耳が動く。
 そこで和歌から離れて現代の歌の例を持ち出す。
 山口百恵の歌「プレイバックPart2」。
 フレーズを口ずさむと、五感に反応することが多い埴輪(はにわ)君が授業に参加してくれる。
 この歌の歌詞には、カーラジオから沢田研二のヒット曲「勝手にしやがれ」が流れる場面が盛り込まれている。
 これは本歌取りだ。わずかな文字を引いただけで山口百恵の歌に沢田研二の歌が二重写しになっている。
 男性のやせ我慢ではなく、女性のプライドを歌っているので、盗作ではなく、うまい表現と褒められる。
 こんな説明をすると、元気君は大喜び。
「古文も一緒」とパターン化すると、ロボット君も安心し、もっと知的な解説を加えると、秀才君も満足する。
 学校で元気君を育ててもらえると助かる。
 授業をちょっと改革して、素朴な疑問に答える工夫をしてはどうだろう。
「盗作と違うん」みたいな質問をどれだけ予測できるかが勝負。
 一つ一つの単元ごとに、みんなを抱き込んで興味づけできるものはないかと、1年間、その目線だけで教材を見てはどうか。ほかの科目の教師と話すのも参考になる。
 私は授業の準備をするときに、
 どうすればみんなが納得するかを考える。
 そのためには教師自身が「元気教師」でないといけない。
 子どもに好奇心を持っていないと、発想は生まれない。
 家で疲れてテレビを見ていても、何か使えるものはないかと考え、絶えずアンテナを張り巡らせている。
 授業を受けようという気持ちで学校に来ていない子どもには、素朴な疑問を大切にして、興味を引きつけることだ。
 授業のとき、言葉のテンポやリズム感、立ち居振る舞いのコツは、鏡の前で授業をして、自分の動きをチェックすること。
「変な動きをしている」と恥ずかしいが、自分の授業を直視することは大切だ。
 役者が舞台に立つのと同じだ。立ち位置や板書の場所なども全部シナリオと思っている。
(荻野文子:1957年兵庫県生まれ、元東進ハイスクール古文科講師、学研プライムゼミ古文科講師。大学受験単科塾TOY・Ans・navio塾長。講師アカデミー共同主宰)

| | コメント (0)

子どものときの遊びは、人間らしい人間になるために絶対に必要である

 遊びは、大人社会の縮図といえます。
 大人が実社会で経験する、葛藤や挫折、あるいは実際に使われている大人社会の技術のひな形が、子どもの遊びの世界でもさかんに使われます。
 子どもたちは群れ遊びのなかで、人と人との交わり方である「共感能力」「融合能力」「連帯能力」を、徐々に、しかし着実に身につけていくのです。
 それは、まともな人間になるうえで、欠くことのできない経験の蓄積でもあり、生きる知恵ともなるのです。
 不幸にして、幼児期から少年少女期にかけて、ほとんど群れ遊びをせずに育った子どもは「人を信頼したり」「本音で話し合ったりする喜び」を知らずに大きくなっていきます。
 そして、青年期にも親友を作るすべを知らないまま、社会人となります。
 勉強がよくできると、そこ、そこの大学に合格し、就職難のときでも入社試験に合格はします。
 しかし、そこからが大変です。初対面の人にはマニュアル的な対応しかできない。
 対人関係では「相手の心の動きが察知できず」に、後味のよくない結果に終わってしまうといった元秀才は少なからずいるのです。
 子どものとき、日光の下、集団のなかで毎日のように遊んだ子は、大脳の古い皮質が鍛えられ強くなります。
 いろんな人と親しくなったり、少々の挫折にへこたれない強靭さといったものは、大脳の古い皮質の働きです。
 たくましさ、バイタリティ、粘り強さといった、人間として生きる力の源ともいうべき野生は、大脳の古い皮質の発達に左右されます。
 群れ遊び抜きで成長したつけは、必ず回ってきます。
 幼児から少年少女期にかけての群れ遊び、外遊びは、人間らしい人間になるために、絶対必要な糧なのです。
(岸本裕史元:1930-2006年、神戸市生まれ、元小学校教師。百ます計算の生みの親。1985年 「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会(落ち研)」(現「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」)代表委員)

| | コメント (0)

生徒をやる気にさせるには1対1で向き合い、答えを教えず自分で見つけさせること

 中学1年生の英語の授業。
 いきなり英語で話し始めた。生徒を心から楽しませる。いわば準備運動である。15分後教科書を開かせた。
 英語を教える相手は中学生。田尻悟郎はまず「楽しませる」ことを大切にする。
 そのためには、あらゆる手を使う。ゲームやクイズ、歌や映画、そしてときには屋外での特別授業。
 巧みな話術と面白おかしい小道具、そして大げさなリアクションで生徒たちを盛り上げる。その姿は、まるで大道芸人のよう。
 漫才が好きだ。鏡の前で表情を作ったり声を出す練習する。
 しかし目的は、生徒を遊ばせることではない。
 授業を楽しませ、夢中にさせることで、慣れない英語を生徒たちの身近なものにしていく。
 英語を勉強することは、苦い良薬みたいなもの。そこに楽しさという糖衣をまぶすことが先生の重要な役割だ。
 田尻の譲れないこだわりは、生徒に答えを自分で見つけさせること。
 正解を教えない。生徒が答えを見つけるまで待ち続ける。
 正解をいわないまま授業を打ち切ることも少なくない。
 答えがわからない、教えて欲しいというストレス是非ためて欲しい。
 教えなければ、生徒は気になって自分で答えを探し始める。
 生徒をやる気にさせる方法は一つしかない。1対1で向き合うこと。
 子どもたちと一人ずつ対話する場面を意識的に作らなければ、彼らからの信頼を得ることはできない。
 しかし、一クラスの生徒はおよそ40人。どうやってその時間をねん出するか。
 解決策として考え出したのは、1対1で行う口頭の小テスト。
 単語の発音や会話の練習、あるいは短いスピーチなど、生徒と1対1で向かい合ってテストをする。
 そのなかで会話を重ね、その子のやる気を引き出していく。
 小テストをクリアして実力がついた生徒を先生役に指名して、ほかの生徒の1対1の小テストを全て任せる。 生徒同士での教え合いが始まるのだ。
 複数の先生を教室につくることで、教師は、それまで面倒を見られなかった生徒と1対1で向き合うことができる。授業に積極的でない生徒たちに直接指導する。直接、言葉を交わし合うことで生徒の心の扉を叩く。
 1対1で会話をしないことには彼らは信用してくれない。
 信じて、待ち続けるのが田尻悟郎流の人間育成法である。
 英語の知識を教えることだけはない。教える生徒は思春期の真っただ中に立つ。子どもから大人へと成長していく。接するなかで授業を通して大人になるための練習を課す。
 しかし、頭ごなしに生徒に「指導」することはしない。大切なのは本人が気づくかどうかだと考えるからだ。
 それまでは、ただ待ち続け、生徒を信じ続ける。友だちとトラブルを起こしたときや本人が気落ちしたときこそが、機が熟したとき。そのとき初めて動き出す。
 英語できるよりももっともっと大切なことは、自分一人が良ければいいんじゃない。生徒同士の教えあい。相手の気持ちをくみとりながら接すること。
 人の痛みを知る生徒になってほしい。悔しさ、みじめさ。それを味わっているから人の気持ちがわかる人間に。
 田尻の信念は「子どもたちの心を開き、やる気をたきつけること。答えは自分で見つけさせる。1対1で向き合う」こと。
 楽しめば、勉強が勉強でなくなる。
 教師が楽しそうに、夢中で一生懸命でいる姿は生徒に伝染する。
 田尻の若い頃はスパルタ教師だった。授業がうまくいかず、部活動の指導に入れ込んだ。
 スパルタ指導で野球部が優勝して結果を残すも、生徒たちに「先生への恨みから、勝とうとした」と言われ、田尻はショックを受けて、変わった。
 楽しいということが、ふざけて楽しむんじゃなくて、学習することが楽しいのなら良いんじゃないかと思った。
 ぴりっとした空気を持ちつつ生徒たちを盛り上げる手腕はすごい。
 厳しいだけではなく、優しく甘いだけではない。いかに学ぶ心構えを作るか、作ったそれを維持し続けるか。そのことをとても意識している。
 教師の目線が生徒と同じか下だと生徒たちが自分を出せる。
 教師が一方的に生徒を説き伏せても意味がない。本人が気がつき始めた、機が熟したタイミングに一声かける。  
 1対1の小テストに合格して先生役になった生徒が増えて来ると、田尻は教室を歩き回わる。勉強している生徒、生徒同士で小テストをしている生徒たちのようすをじっと観察している。
 教師はエンターティナーと思っているとの言葉のとおり、外に表れている田尻の姿と、内面、内心の計算、思考がかなり高速に動いていると思う。鋭い視線が、それを物語っている。
(田尻悟郎:1958年生まれ、神戸と島根県で公立中学校7校に勤務を経て関西大学教授。パーマー賞を受賞、『Newsweek』誌日本版の「世界のカリスマ教師たち」の1人に選出される)

| | コメント (0)

ミニネタで子どもの心つかむ授業とは、どのようなもでしょうか

 子どもたちの関心を引きつけ、理解を深めるための小道具やアイデアを、土作彰先生はミニネタと呼ぶ。
 ミニネタで授業が脱線していくように見えて、巧みに本題への導入になっている。土作彰の授業の真骨頂だ。
 土作彰先生は、話がおもしろく、たたみかけ、ボケつっこみでひきつける。
 面白いだけではなく、しっかりとした理論に基づいていて知的である。かなりの博識だ。
 教材開発、教材発掘に余念がなく、常に新しいもの、おもしろいものを探している。
 例えば、6年生の社会科の授業で、奈良時代を終えた次の社会科の授業に、大仏マスクをかぶって教室に入っていきました。
 騒然となった教室の雰囲気を、しばしマスクをかぶったまま見回してみます。その不気味さに騒然となります。
 次にいきなりクイズを出します。
「私はだれでしょう?」(→大仏)
「何時代に建てられたでしょう?」(→奈良時代)
「誰が建てたのでしょう」(→聖武天皇)
 などというふうにです。
 その他にも、先生が臓器の位置を描いた手作りTシャツを着たり、血液に反応すると青白く光る薬品を使った実験をしたり、手持ちのネタは200以上。
 先生たちの研究会の代表も務める。
「授業のスパイスですね。物事を少し違った角度からとらえることで、発問のきっかけになるんです」
 教室の雰囲気づくりや、集中力の持続にも一役買っている。
 6年1組の理科の授業が始まった。
 先生が、水滴が光る葉っぱの拡大写真を黒板に張る。
先生「カラーコピーに70円もかかりました」
 資料一つ示すにも、必ず子どもの笑いをとるのが土作流。笑いの後が本題だ。
 先生が植物の光合成の仕組みに触れた後に、問いかける。
先生「さて葉っぱは、なんで緑色なんやろ?」
 6年1組の29人は一瞬きょとんとしたが、すぐに手が挙がった。
子ども「葉っぱが日焼けしているから」
子ども「気温が高いと、緑色になると思う」
子ども「炭素を吸ったから」
 先生はその発言をひとつひとつ「なるほど」「確かにそうかもしれん」と引き取っていく。
子ども「日光にあたっているから」
 という発言の後、ひとりの男の子が「反論、は・ん・ろーん」と立ち上がった。
子ども「じゃあ、僕らも緑色になるんか」
 教室が笑いに包まれた。
先生「では、虹を見たことがある人?」
 いよいよミニネタが始まったようだ。一斉に手が挙がる。
 虹の写真のコピーを全員に配り「虹は、どういう時に見えるかな?」と尋ねる。
 先生が「雨上がり(水滴)」「日光(光源)」「適度な暗さ」「見る方向」といった条件を確認し、日光が水滴で屈折・反射し、元々持っている7色の光に分かれて見えることを説明した。
先生「じゃあ、虹を見に行こう」
子ども「えーっ」と歓声があがる。
 人工虹を観察できる「虹ビーズ」を黒い画用紙に張りつけて作った「虹シート」を持って隣の教室へ。
 このシートに光を当てると、虹のような光の帯が観察できるのだ。
 カーテンを閉めた暗い部屋の壁に張って、ライトをあてる。
 4、5人ずつ教室に入った子どもたちは、
子ども「おーっ、見えた、見えた」「きれい」「見えるで。ここ、ここ」。また歓声だ。
 再び6年1組の教室へ。
先生「話を戻します。葉っぱは、なぜ緑色なのか?」
 まとめに入ったようだ。
 虹で見た7色のうち、葉っぱは光合成のために赤色と青色の光を吸収していることを示すグラフを引用しながら、
先生「実は、葉っぱは緑色がほしくないんやね。緑色の光をはね返しているから、僕たちの目には緑色に見える」
 自然界が持つ色について「なんでやろ」と考えるきっかけになれば、この日は十分。
 葉緑素という言葉は使わなかった。
 終わり際、先生が言った。
先生「梅雨が明けたら、花壇の水やりのシャワーで虹を見てみような」
(土作 彰:1965年大阪府生まれ、奈良県公立小学校教師。授業のネタを収集、何かが足りないと気づき、深澤久氏の学級を参観し衝撃を受け教師に必要な哲学を研究。
 学級経営を成功させるには「教える」「繋げる」「育てる」によって、知的に楽しくビシッとしまる「学級づくりの3D理論」を提唱し実践している。日本教育ミニネタ研究会代表、学級づくり改革セミナー主催)

| | コメント (0)

著名な実践家である東井義雄は、どのような考え方で教育をおこなっていたのか

1 教育と愛
 愛は「私のもの」という意識のことだと私は思う。
「もの」が「人のもの」ではなくて、「私のもの」になると「あばた」も「えくぼ」に変わってくる。
「こと」が「人ごと」ではなくて「自分のこと」になると、無い力まで出てくる。そういう力まで出てくる。
 そういう不思議なはたらきをするものが「愛」だ。
 主体的な「愛」は、ものを自分ものもとして、かわいがり、育て、調べていく。行動的な学習を通してのみ、育て得るものだと私は信じている。
 それは、身のまわりの物事を、自分のこととして考え、処理をしていくような算数の形によっても育て得るだろう。
 かわいがり・育て・製作する理科というような形でも、育てられなければならない。
 国語では、作文がこの大事な仕事を受け持ってくれる。読みの学習においても読みの身構えの問題として「愛」が問題にされねばならぬ。
2 学習
 学習は、ものしりをつくりあげる教育体系でない。
 身のまわりの事物を、算数は算数の立場で学習する。
 はてな?と不思議がり、こうかもしれないぞと考え、こうしてみたらどうか、と実際にやってみて、なるほどとうなずき、でも、いつでもどこでもそうなるか、とためしてみるというような生き方を、もっと大事にしなければならない。
 理科は、理科の立場から、はてな、おやおや、なぜだろう、こうかもしれないぞ、こうしてみたらどうなるか、なるほど、でも・・・と考え、やってみる、というような在り方を大事にしなければならぬ。
 国語も社会科も、そういうふうな、生きて働いていくものに育てあげることで、宿命にさえ見える現実の壁をつきやぶることができるのだ。
 学習は、そういう学習にならねばならぬ。
3 命の触れ合い
 教師であることの、ほんとうの喜びは、子どもの命に触れないでは得られない。教師の喜びは、命と命が触れ合うところにのみ味わわれる。
 命に触れ得ないような教師は、子どもの命に影響を与えていけたりする道理がない。子どもに、何もしてやることはできない。
 子どもに、何もしてやることのできないような教師は、もはや、教師ではない。
 子どもの命に触れるには、私は教師が「ほんものになるより道はない」と考える。
 子どもが母親を慕うのは、それが「ほんもの」だからだ。
 生きていることのただごとでない底深さ、根深さは、たとえ感傷的にでもいい、知っておく必要があるようだ。
 そうでないと、子どもを守る運動も根のないものになってしまうし、人々の共感を誘うこともできないようだ。
 そして、なにより、教育という仕事が、根のないものになってしまう。
 子どものつぶやきが聞こえなくなっている先生は、先生の資格があるとはいえない。
4 ほんもの
「ほんもの」の親は、自分の子どもが、利口であろうがバカであろうが、いうことをよくきく子であろうがいうことをきかない子であろうが、ひたすら子どもを思いわずらう。
 その「ほんものさ」を子どもは本能的に感じとって、母親を慕うのだ。
「ほんもの」だけが、子どもの命にふれていき、子どもの命に影響を与えることができるのだ。
 私は「ほんもの」になるより道はないと考える。子どもたちが母親を慕うのは、それが「ほんもの」だからだ。
「ほんもの」だけが子どもの命に触れていくもののようだ。
 子どもの命にふれ得ないような教師には、何もできない、ということが本当のようだ。
5 教える教育には限界がある
 私は、はじめ、教育ということは子どもたちに「ああしろ」「こうしろ」「そんなことをしてはいけない」「それはこうするんだ」と、子どもを指図し、叱り、教えることだと、と思っていた。
「先生」と呼ばれるようになって25年、それは本当の教育ではなかったんだと、気づかせられはじめた。
 それなら「教える教育」の限界をつき破るものは何か。それは「ほんもの」になることだけだ。
 人を「ほんもの」にしようとして「教える」のではない。こちらが「ほんもの」になるのだ。
「ほんものでない者」が、子どもに「ほんものになれ」と指図したところで、ききめのあるはずがない。
「ほんものでない者」が「ほんもの」でない自分に対して言わなければならないことを、私たち教師は、教師顔して、他人に言いつづけてきた。
 そこに、私たちの長い間の考えの誤りがあったのではないか。
 以前、クラスに、ものを言わない、困った子どもがいた。
 私は、ものを言わせるように、話しかけ、ともに遊ぶようにしたり、クラスにも話しやすい雰囲気づくりに協力してもらったり、いろいろと働きかけたが、だめであった。
 しかし、よく見ると、その子は掃除で、ほうきの使い方や、片付けがクラスの中で一番うまいのに気がついた。
 ものは言わないが、掃除の動作は、ひとつひとつ美しい言葉ばではないか。
 こんな美しい言葉を毎日、自分の行動で語っている。
 私は、うれしい思いでその子を見るようになった。
 そのうち、その子の目が心なしか微笑んで見えるようになり、ほんのかすかであったが、声を聞くことができた。
 あれだけ、ものを言わせようとしても、私がそうすればするほど、口をつぐんだ子が、だれに強いられたのでなく、自分から口を開いたということはどういうことだろうか。
 指図し、教えることよりも、それを、そのまま抱きとることができるような教師になることこそ、子どもの命を開いていく唯一の道だ、ということが考えられないであろうか。
「ほんもの」の学力とは「子どもの感じ方、思い方、考え方、生き方、その論理の歯車にかみ合った力」でなければならない。これを「生活の論理」という。
 この上に、教科の道筋はあくまで教師が主導権を持つという「教科の論理」を加えて東井義雄の学力観は成立している。
(東井義雄:1912-1991年、兵庫県生れ、小学校教師となり綴方教育で認められる。元兵庫県公立小中学校校長。「ペスタロッチー賞」、兵庫県知事や文部省より「教育功労賞」など多数受賞)

| | コメント (0)

教師が実力をつけるためには、どのようにすればよいか

 一流の模擬授業を見ることが、授業の腕を上げる最高の方法です。私もいくつかの模擬授業を見ましたが勉強になりました。
 プロの厳しさを求めて努力できる人間は伸びます。師を持つと言うことはとても大切なことです。人生の師、教育の師を持つことができれば幸せです。
 場数を踏むことが腕を上げる最短の方法です。
 続けていれば必ず力がつきます。
 時間と労力をかけた分、力がつきます。
 圧倒的な努力をしたものだけが、圧倒的な力をつけます。
 学んだことは、できるだけすべてを追試したいです。追試する中で力がつきます。学んだことを吸収するには追試が一番です。
 人間が伸びるのは自分を鍛える場があることです。
 自分の足で出かけ、自分の目で体験することが、力をつける最上の方法です。私は自らその場を求め修行してきました。努力は必ず報われます。
 モーツァルトは、最初は自分の音楽の様式はなかったらしい。
 モーツァルトは、いろいろな音楽の様式や他人の作品を吸収し、自分のものにしてのオリジナルな音楽を創った。
 だから、A先生からも学ぶし、B先生からも学ぶ。そしていつか、A式でもない、B式でもない、自分の型・自分方式を創りだせばよいのです。
 学んだらすぐにやってみるというのが大切です。
 教師は自分たちで学ぶ場を作り、学びあうことが一番の力になります。
 授業の厳しい自己反省から素晴らしい授業が生まれます。
 我流が全て悪いわけではありません。我流の中でも理にかなっていれば正しいわけです。
 ただ、これから力を付けていくには、優れた実践を追試し、その中から自分でたしかめ、自分の実践を作っていけばよいと思います。
 力が伸びるときに、伸ばすというのが大切です。
 観衆の気持ちを瞬時に読み取る。これは指揮者だけではなく、漫才、落語、演劇の方も語っています。
 客の雰囲気、空気を感じて内容を変えたりして、引き込み、盛り上げ、笑いを作っているそうです。
 一つの仮説を立て、地道に実践し、仮説を確かめていくところに教師の苦労と喜びがあります。
 批評を受けて、磨いていくというプロセスが大切です。
 根気よく指導をしていってください。必ずできるようになります。私も最初はそうでした。
 何度も何度も、繰り返し指導していく中で、指導のコツをおぼえていきます。
 多くの実践を自分の目で見て鍛える。見る目を鍛えることが授業の腕を上げていきます。
 目標を常に高くして、実践をしていってください。目標があると人間は伸びていきます。
「全員できるようにする指導技術を身につける」ことを目標に、私は実践して来ました。
 回数を重ねれば余裕を持ってできます。
 自分で課題を解決していくことは大切です。
 上手、下手は問題ではありません。自分の世界を少しでも他の人間に伝え、人間というのは素晴らしいことを伝えていってほしいのです。
 研究会の講師の先生方の力量を直接勉強できる機会、貴重な体験を持つようにします。
 質の高い場をたくさん踏むことによって、力量がついていきます。
 実践の中から発見した方法が一番強いです。そのあと理論付けをします。そこに初めて、創造が生まれる。
 一番しんどい道だけれども、異質なものから学んでいく。軋轢に悩みながら、自分の実践を創っていく。そこに初めて、創造が生まれる。
 のめり込むとき、他から受け入れられればよいが、受け入れられないと身体がもたない。
 だから、熱狂ではなくて、自分を第三者の目で見る目が欲しい。「もっと別な方法、考え方はないだろうか」というように。
 授業の腕を上げるには優れた授業を真似することです。
 授業者のリズム、テンポ、間を理解することができます。
 我流にならずに授業者の意図に沿った授業をすることによって、さらに授業の腕は高まります。
 最終的には、独自の授業作りをすることです。
 そのためにも本や動画を通して授業のコツを掴み、腕を磨いてほしいです。
 直接、人に会い、直接、人の話を聞くことが最大の学びです。そういう生きた体験が実践を作ります。
 毎日、毎週、毎月の積み重ねが自分を成長させます。自分をいかに管理できるかが勝負です。
 一流のスポーツ選手に共通しているのは、目標を高く掲げ、その実現に向かって主体的に取り組んでいることです。
 そして、並外れた努力をしています。頭で理解するのではなく、体が無意識に動くまで練習をしています。その結果、一流になるためのコツを体得しています。
 ノーベル賞を取った江崎玲於奈氏が言っていたが、創造的な仕事をしたいという願望があるのなら、偉大すぎる師にいつまでもつきすぎないということ。
 偉大な師について学ぶことは勿論大切なことだが、ずっとついているとその中に収まってしまい、新しいことができずに抜けられなくなるということがある。
 厳しい評定に接することによって力が付きます。
 逆境の中で本物の実践が生まれます。
 地道な努力が成功への道です。
(根本正雄:1949年、茨城県に生まれ、元千葉県公立小学校校長。「根本体育」を提唱し,全国各地で体育研究会・セミナーにて優れた体育指導法の普及に力を注いでいる)

| | コメント (0)

子どもの発言を教師が復唱する、意味づけ復唱法の授業は、子ども食いつき、知識が緻密になり残る

 意味付け復唱法とは、子どもに学習内容の意味付けをはかるために、教師または子どもが、お互いの発言を復唱することによって、授業内容の確認、焦点化、共有、記憶に役立てることである。
1 意味づけ復唱の方法は、
 (1)基本は、子どもの発言を教師が復唱すること。
  教師が子どもの発言を受容しながら復唱する。あるいは、教師が子どもの発言を別の子どもに復唱させる。
 (2)子どもの発言を他の子どもに復唱させる
  子どもが、別の子どもの発言を復唱しながら自分の意見をのべる。
 (3)復唱は、丸ごと復唱、短区切り復唱、キーワード復唱などがある。
2 意味づけ復唱法のよさ
(1)子どもの聴く力が伸び、コミュニケーションが円滑になる
(2)授業に緊迫感がでて、言葉を真剣に聞くようになる
(3)理解の確認ができる
(4)誤答もありのまま受け止め、誤答を気づかせる
(5)復唱だけで発言をつないでいけるようになる
3 意味づけ復唱法の例
(1)悪い意味づけ復唱法の例
 平行四辺形の授業で、
教師「この図形は何と言いますか」
子ども1「これは平行四辺形です」
教師「なるほど、いいこといったね。もう一度言って」と他の子どもにふる。
子ども2「これは平行四辺形です」
教師「なるほど、いいこといったね。もう一度言って」と他の子どもにふる。
子ども3「これは平行四辺形です」
 こんな授業を参観したことがあるが、は悪い例である。
 これは単なるリピート、つまり繰り返しているだけである。
 また「受容」している感覚が弱い。
 同じ言葉が続くだけだから、意味も広がっていないし、深まっていない。
(2)正しい復唱法の例
子ども1「これは平行四辺形です」
教師「なるほど、平行四辺形なんだ。いいことに気がついたね」(子どもの発言でキーワードを教師が復唱する)
教師「○○さんはいいことに気がついたんだよ。わかるかな」
 3秒、間をとりながら、子どもたちを見る。そこで、
教師「もう一度言って」(他の子どもにふる)
子ども2「これは平行四辺形です」
 ここから、意味を深めるための発問をする。
 平行四辺形という言葉が、子どもたちみんなの頭に残ったら、
教師「そうだよね。平行四辺形だよね。ところで、平行四辺形ってどこで気がついたの?」
子ども3「2組の辺が平行だからです」
子ども4「向かい合う2組の辺が平行だからです」
教師「この図ではどこかな」
子ども5「こことここ。もう一つは、こことここです」(辺を指しながら)
 子ども3~5のような展開があるのが正しい意味付け復唱法である。
 いずれにしても、教師に子どもの発言の真意を明確にしようという意志がないと、無理矢理の復唱法となる。
4 意味づけ復唱法のポイント
(1)意味づけ復唱法は,次の2つのステップを踏む
ステップ1:子どもの発言を復唱することによって「授業の舞台」にのせる。
ステップ2:舞台にのった発言に対して,教師や子どもが切り返すことによって,本人または他の子どもが元の発言に対して補完,焦点化,確認,共有して,元の発言の内容が他の事象と関係づけられていき,より広く,より深く意味づけられていく。
(2)ステップ1で発言を「授業の舞台」にのせるということは、教師のみならず子どもたち全員の議論の対象,追究の対象とするということである。
 それは発言した本人にとっては,高い視点から認知することを促します。
 また,復唱した教師も実はその発言の意味を再度考えることになります。
 このとき,教師,子どもたちがその発言の意味を考え始めるのである。
 それはどういう意味か。これと関係あるのかな。別の例で言えばどうなるのかな。この場合はだめだよ、などと子どもの思考を促すのである。
 これは,優れた授業ではごく普通に行われていることなのだ。
(3)教師による一方的な説明による授業では、復唱そのものがない。
(4)また,教師が子どもの発言を都合のよい解釈をする授業は,子どもの発言を取り入れているようだけれど,教師の解釈の押しつけにすぎない。
(5)教師は解釈もするが,子どもたちの解釈によって意味を広げ,深めようとするのである。
(6)教師による復唱というのはある意味では,子どもたちの前に発言をのせ、しかも解釈しないでのせてみるのである。
(7)本当は教師の頭の中では解釈しているのだが,これを解釈するのは君達なんだよと示すことである。そのとき,子どもたちが食らいついていくのである。
(8)これらの作用によって,子どもたちの頭の中の知識構造がより緻密になっていく。
(9)そして,結果として記憶に残ることになるのである。単語の繰り返しで暗記するのとは異なる方法なのだ。
(志水 廣:1952神戸市生まれ、神戸市公立小学校、筑波大学附属小学校教師を経て愛知教育大学名誉教授。専門は数学教育学) 

 

| | コメント (0)

子どもに好かれている教師は必ず「ありがとう」と言い、子どもに自信を持たせるには「ほめる」こと

 よく見ていると、子どもに好かれている教師は、かならず「ありがとう」って言っています。
 たとえば、集会で話した時に、子どもが非常によく話を聞いてくれたとすると「きょうは、先生の話をよく聞いてくれてありがとう」と言って終わる。こういう先生いますね。
 授業もそうです。授業が終わったとき「きょうは、みんな一生懸命やってくれたね。先生はとっても嬉しかった。ありがとう」と言う先生。けど、そんな教師はまれでしょう。
 そういうまれな教師にあやかって、たまには「ありがとう」って言ってみたらどうでしょう。
「おしゃべりやめて、こっち向いてください」と言って、子どもたちは静かになった。「静かにしてくれて、ありがとう」と言ってみたらどうですか。
 子どもに対して「静かにしてくれて、ありがとう」と言うことは、子どもに「自分は、他人から感謝される存在なんだ」ということを教えることができます。
 そのことを通して、自分は社会の中で生きている一つの存在なんだということを自覚させ、自尊感情をも育てることができると思います。
 だから、教師の要求したことを、子どもがやってくれたら「ありがとう」と言ったらいいと思います。
 教師の指導がじょうずに展開したのは、自分の力がすぐれていたからではない。子どもたちが協力してくれたからだ。ありがたいことだ。こう思える教師になるということでもあります。
 だが「子どもは教師の言うことを聞くのは当たり前だ」と、思い上がっている教師には言えない言葉でしょう。
 今の子どもたちは、自分に自信をもっていない子どもが多い。
 子どもに自信を持たせるには「ほめる」ことです。
 しかし、なにをどうほめるか、なかなかむずかしいことです。
 ほめるというと、気のきいた感動的な言葉を用いなくてはならないと思いがちですが、そんなことはありません。
 すぐに「ほめる」ことできるのは、事実を認めてやることです。
 悪いことをしなかった、めいわくをかけなかった、これすべて「よいこと」なので「ほめる」ことなのです。
 それでもほめることがないというなら、ほめることをさせてほめることです。
 話術は話す術と聞く術からなります。教師は子どもの話を聞くのがへたなようです。
 上手に聞くには「子どもの感情を聞く」「くり返しの技法」を用いることです。
 例えば、子どもが転んで「痛い」と泣きべそをかいているとき「痛いのか。どこ、ぶつけた。・・・・・・」と、最初に「痛い」という感情をやさしく受けとめる。
「痛い」を繰り返して「の」をつけて送り返すのです。つまり「痛いの」です。
 こう繰り返すと「先生はきみの痛さを受けとめているんだよ」ということを子どもに伝えることができます。共感的な話法です。
 遊び心があると、教師の語法にゆとりが生まれます。指人形のようなものを用いて話をすると子どもたちの反応はよい。
(家本芳郎:1930-2006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

| | コメント (0)

子どもが興味を持つ教材をさぐる方法と、実際どのような教材で子どもが興味を示したか

 子どもたちは、一人ひとり、その子なりの興味(教材)をもっている。しかし、普通の状態では外から見えない。
 それが、何か物を見せたりすると、子どもがどんな興味(教材)をもっているか見えてくる。
 そのために、調査という名で、予備の教材を子どもにぶつけてみて、その反応をさぐる方法がある。
 子どもが動き出すか動かないか、動く場合、どんな動き方をするか、などをさぐって、子どもの中にどんな興味(教材)があるか推測するのである。
 また、ふだんの生活、特に遊びなどを注意して見たり、他の教科の授業をしているとき、子どもの興味・関心・欲求などが、どのへんにあるかさぐるのである。
 この意味で、授業は次の授業のための調査の時間、実態さぐりの時間でもある。
 どんな教材(ネタ)で子どもは実際に動くのでしょうか。
 授業で生きる教材(ネタ)開発の視点は、
(1)固定観念をひっくり返す
(2)思考のあいまいさをつく
(3)子どもの意表をつく
(4)教材と新鮮な出会いをさせる
(5)事実を確かに見させる
 などである。
 これによって、子どもに「驚き・困惑・葛藤・感動」を引きおこさせ、切実な問題をもたせるようにするのである。
 子どもを動かすことができたネタを分類すると、次のようになる。
(1)「実物」を教材(ネタ)にして導入
 特に社会科に弱い子ども、嫌いな子どもを引きつけ、積極的に学習させるのに効果がある。
(例) 長さ3mのさとうきび17本を教室に持ち込む。「どうして、みんな同じところで曲がっているの?」から沖縄地方の人々のくらしを追究する問題が出てくる。
(例)「これは、日本の重要な産業をあらわしています」といって、「五円玉」を配る。子どもは「まさか」と五円玉を必死でみる。
 五円玉は農業、工業、水産業をあらわしていることがわかり、社会科の学習の導入ができる。
(2)「意表をつく発問」を教材(ネタ)にして導入
 教材研究は、発問の「キーワードさがし」ともいえる。高学年になるほど効果的で、おもしろい問題を引き出すことができる。
(例)「小学生のみなさんは、税金をはらっているでしょうか?」「この学校には、便器の数は何個あるでしょうか」等、子どもの意表をつく発問で切り込むことがある。
(3)「絵・図・統計資料」を教材(ネタ)にしての導入
 子どもに絵などを見せて問いかける。ときには実物以上の効果をあげることができる。
(例)長篠の戦の絵、源氏物語の絵巻、統計「富士山が見える日」
(4)「構成活動やごっこ活動」を教材(ネタ)にしての導入
 低学年の「店づくり」「パンづくり」「バスごっこ」などの単元では、構成活動やごっこ活動を通して問いを深め、エネルギッシュな追究活動ができる。
(5)「体験活動」を教材(ネタ)にして問題を発見させる
 この方法は、時間はかかるが、学習問題も、追究も、子ども自身のものになり、学習意欲も高めることができる。
(例)「みかんづくり」の見学や「パンづくり」で本当にパンづくりを体験させるなかで問題を発見できる。
(6)「物語・民話・童謡・民謡」を教材(ネタ)にしての導入
「一寸法師」で戦国時代の様子や、「づいずいずっころばし」の歌で、江戸時代の身分制度や世の中のしくみを追究させたり、「お江戸日本橋」の歌で、江戸時代の旅の様子をクローズアップしたりした。
(7)「子どものアイディア」を教材(ネタ)にしての導入
 たとえば、伝統工芸の学習中、子どもが人間国宝にインタビューしてきて、それを発表しながら授業を進めたことがある。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

| | コメント (0)

一斉授業から「学び合う学び」の授業に変えるには、どのような段階があるのでしょうか

「聴き合う関わり」から「学び合う関わり」へ、そして「協同の学び」への筋道を獲得することによって教師は「一斉授業」の呪縛から自らを解放し「協同的な学び」を創造することができる。
 大切なのは教師の「聴く心」である。一斉授業からグループの協同的な学びへの変換を行い、教師は「教える人」というよりも学びの「デザイナー」になるべきである。
 学び合う学びへの段階は、次のような4段階が考えられる。
1 第一段階:「聴く意欲を作る」、「安心して話せる雰囲気作り」
1) 聴く意欲を作る
「教師が魅力的な語りをすること」で、子どもが聴くことは楽しいと実感する。
「教師が、まず聴き方の見本を示す」ことで、子どもの聴く態度を育てる。
 子どもの聴く態度のよいところを褒める。
 子どもが話を聴くことによって,自分がのびることを実感するようになる。
2) 安心して話せる雰囲気作り
 話せる子と話せない子を把握する。
 答えやすい発問にする。例えば、目の前の子どもにあった発問、育ちに合わせた発問にし、答えやすい発問にすることで,子どもたちに話す気持ちがわいてくる。
2 第二段階:「聴き方を磨く」、「話す意欲と話し方を高める」
1) 聴き方を磨く
(1) 何かを発見する聴き方をする
 例えば、自分の考えと似ている「共感する」、自分の考えと違う「比較する」
(2) 顔が見える机の並び方をする
 例えば、机を「コの字型」にする。
 なぜコの字型にするのか,子どもたちと話し合って考える。
 前向き,班の形など状況によって机の配置を使い分ける。
(3) 反応をしながら聴く
 まずは,教師がうなずくなどの見本を見せる。
 反応しながら聴いている子を褒める。
2) 話す意欲と話し方を高める
1) どの子も話す
 思ったことや感想の発表など,どの子も話せる内容で話をする。
2) 不必要な学習話型は使わない
「いいですか」「どうですか」など,最初は使ってもだんだんと減らしていく。
3) 自分の言葉で相手に分かる話し方をする
 一言発言や,オウム返しから,自分の言葉で語れるようにする。
3 第3段階:「子どもの考えから出発する授業」
1) 聴き手に向かって話をする話し方に
 誰に向かって語るのかを考える。
 教師の机を子ども用の机にして,子どもと一緒の目線に降りる。
2) 個人学習の取り組みをする
 自分の力で読めるように,学び方を教える。
 自分の読みを,ノートに書けるようにする。
 書いたことの発表会にならないようにする。
3) 連続発言
 子ども同士で発言をつなぐ意識を持つ。
 前の人の話につなげて発言する意識を持つ。
 教師が話すのではなく,子どもが話すことを重視する。
 子どもが話せることを,教師も,子どもも実感する。
4 第4段階:「話題からそれない話し合い」
 かかわり合って発言できる。
1) 仲間発言
 共感する。
2) 対立発言
 比較する。小さな違いから学ぶ。
3) 応援発言
 付け足し。手助け。
 授業づくりは、「仮説検証型」ではない。「反省的実践」を繰り返しながら、その豊かさを実現していきたい。
 協同的な学び(グループでの学び合う学び)を可能にする条件は、
1 何を追求するかという「課題」が明確になっていること。
2 グループでの学び合いに至る経過に必然性があること
3 子どもの考えから出発すること
4 子どもの考えや発見、つまずき等を敏感に把握すること
5 子どもの状況をとらえた上での「学びのデザイン」をすること
6 小グループによる学び合いの経験が十分にあること
7 グループ全員の考えの交流がなくてはならないという認識ができていること
8 わかることと同じくらいに、わからないことを大切にする認識があること
9 一つの結論を出すのではなく、互いの考えを豊かにするという認識があること
10 グループで考えたことが必ず生かされること
11 グループの学び合いから生まれたものを契機に学びを発展させることができること
12 「グループ」→「全体」→「グループ」→「全体」と、行きつ戻りつするケースもあること
(石井/順治:1943年生まれ、三重県内の小学校で主に国語教育の実践に取り組むとともに、氷上正氏(元・神戸市立御影小学校校長)に師事し「国語教育を学ぶ会」の事務局長、会長を歴任。四日市市市内の小中学校の校長を努め、2003年に退職。退職後は佐藤学氏と連絡をとりながら、各地の学校を訪問し授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」の顧問を務め、「授業づくり・学校づくりセミナー」の開催に尽力)

| | コメント (0)

授業力アップの秘訣とは

 学力低下などの問題がおこっているのは、教師が「これだけは何としても教えたい」という強い願いをもって、子どもを指導していないことからおこっているといってもよい。
「これだけは何としても教えたい」という教師の「ねらい」を、子どもたちが学びたいと思って、学ばなければ授業とはいえない。
 教師が教えたいという「ねらい」を鮮明にもつことだ。しかし、教えてはならない。
 子どもが「学びたい、調べたい、追究したい」という気持ちに転化させることが授業だ。
 授業力アップの秘訣の根本は、なんと言っても教師の人間性。技術と人間性のバランスがとれていなけりゃ、いい授業はできない。
 授業力をあげるための心得は、
1 あのような授業をしたいという強いイメージを持つ。
2 遠い目標と、近い目標をきちとんと持つ。
3 教材研究をしっかりやる。教材を自分のものにする。
「これだけは何としても教えたい」という内容を鮮明につかむには、教材研究をしっかりする必要がある。
 教科書を使うことが多いが、教科書に書いてあることを「どのように」教えるのかが問題である。
 教科書を教えるには、20~30回くらい読むことだ。そうすれば教えなくてはならないポイントやキーワード、内容の中心などがみえてくる。
 いきなり「指導書」を読むのはよくない。自分なりの「考え」をもってから読むようにすると、考えの幅も広がり、深さも深くなる。
 何と言っても、面白くて深い内容のある教材が必要であり、これを見つけることが教師の大切な仕事でしょう。
 教科書を教えても、教師が自分の内容にしておれば、面白くでき、子どもを惹きつけることができます。
 教えたいことが鮮明になってくると、これをより効果的に教えたいと考えるようになる。その時、最も効果的なものが「現物」である。
 現物がないときは、レプリカや写真などでもよい。教科書だけよりはるかに大きな効果がある。
4 ヒットでよい。ホームランをねらわない。
5 毎日1時間だけでよいので、授業を考える工夫する。
 ノートの左に工夫をかく。右側にその結果をかく。毎日、向上の記録を残す。
6 いい授業をしたら学級はよくなるはず。学級づくりをきちんとする。
 授業力アップために大切な5つの技術とは
1 教材・発問・指示
(1)教材
 提示される教材は、はっと思う内容である上に、しかも身近にその事実があるもの。
 教材は「おもしろいこと」「基礎基本的なことが含まれていること」「学習方法がよくわかること」
(2)発問・指示とは
 発問というのは「これだけは何としても教えたい」という「ねらい」にそって考え、「問い」という形でさり気なく子どもに知らせ、子どもから多様な反応を引き出す触媒のようなはたらきをするものをいう。
 授業は、多くの子どもを対象とするので、発問で多様な反応を引き出し、それを「集約・焦点化」するのが教師の授業技術である。
 指示は、命令に近いもので、1つのことを「このようにしなさい」と、指し示すことである。
 たとえば「ノートに書きなさい」「3回音読しなさい」などと、明確な活動のしかたを示すことである。
 指示の多い授業は、民主的な授業とはいえない。
 発問も指示も、ブレないことが大事である。何回いっても同じでなければいけない。
(3)教材研究から発問・指示を
 いい発問・指示は、教材研究をしているときに考えつくものである。というより、「発問・指示」を思いつくまで教材研究をすることである。
「教材研究をする」ということは、「発問・指示」をさがし求めるといってもよいのである。
 授業のうまい人は、発問・指示がうまいので、記録をとってみたりしながらよく見ることである。例えば、
 A「バスの運転手は、どんな仕事をしているでしょう?」
 B「バスの運転手は、どこを見て運転しているでしょう?」
 AとBの発問は、どちらがよいでしょうか。
 Aは、優秀児しか答えられない。大人でも答えに困る。
 Bは、全員挙手できる。つまり全員反応できる。前も、後ろも、横も、バスの中も、見ていることに発展するから Bのような発問を考えることである。
2 板書
 板書をきちんとし、子どもにノートをきちんと書かせて欲しい。 
 子どもの反応を集約・焦点化する。チョークの使い方にも基礎・基本あり。
3 資料作成の工夫
 作り方、見せ方の工夫を。手がかりをつけさせる。
4 話し合い
 明確な話題。共通基盤を持つ。
5 話術・表情
 内容のある話術・表情・パフォーマンスが大切です。内容のないパフォーマンスだけでは、子どもを惹きつけることは出来ません。
 教師がゆとりを持ち、もっと楽しく、笑いのある授業を。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)


| | コメント (0)

教師に不足する授業力と、子どもたちが意欲的に授業に参加する方法とは

 今泉先生の授業法には、いま、多くの教師に不足している二つの力をとらえ直すヒントを発見することができます。
1 教材を深く解釈する力
 一つは、教師自身の「教材を深く解釈する力」です。
 もちろん、教えるにあたっては指導書もあれば過去の先輩の蓄積もありますから、それに従えば授業を進めていくことはできるでしょう。
 けれども、生きる力に結びついていくような深い学びを導くためには、単元の系統的なつながりや本質を押さえたカリキュラムをつくる力が必要です。今泉先生は、その点を常に意識されている。
 この単元で「譲れないものはなんなのか」と、その「中核」を見極め、不要な部分を削っていくから、最も「本質的な部分にスパッと切り込む授業」が可能になっているわけですね。
 中核がきっちり押さえられれば、「素材も広く日常のなかに求めていく」ことができるし脱線してもポイントがぶれない。
「具体的な一つの点から、問いを立てて世界を見る」という授業展開に、なぜ子どもたちが面白く参加できるか。
 それが、教科書による理科・社会科の枠を超え「本物につながっていく」という実感があるからでしょう。
 その意味では、どんな手順で何回発問して…というような指導案にこだわる必要はないのです。
 自在に授業を組み立てる今泉流は高度な技ですが、そこから学ぶべきことは、「子どもが出してくる問いに徹底的につきあいながら教材を深めていく」姿勢です。
 素材は、教科書であってもいい。
 最初は年に一つでもいい。
 自分ではうまくいかなくても面白いと思う教材を同僚と共有しながら、その可能性に一緒に取り組んでいくのもよいと思います。
 同僚間の見せ合い、語り合いのなかで、授業での工夫が具体的に見えてくるでしょう。
2 子どもの発言を解釈する力
 もう一つは「子どもの声を聴く力」です。子どもの発言を解釈する力と言い換えてもいいですね。
 この力があれば、「子どもの言葉から背後にある考えを読み取って、教材に結びつけていける」のですが、この力が不足していると、教師が関係ないと聞き逃してしまう。
 子どもの声を聴く力がないと、授業場面でも、一問一答で少しでも指導案と違うところがあると切っていきます。
 本当は、指導案以上に「大切な思考や発言」が子どもの側から起きている。
 今泉先生はそこを見逃さないから、子どもが集中を切らさず参加できるのでしょう。
 子どもの声をよく聴ける先生というのは、子どもの言葉を安易に置き換えません。
 子どもが教師の問いを受けて、子ども自身の言葉で置き換えをしていく。
 今泉先生が実践されているグループ討議も、それが可能なやり方です。
 子どもが発言しやすくなるし、思いもかけない多様な意見が出てきます。
「問いを全員で共有」しながら、一緒に授業を練り上げていくことができるのです。
 声を聴くというのは、簡単な実践から始めることができます。
 私はよく「声のトーンを下げましょう」と言います。
 教師が一方的にコントロールし、しかも大きな声でしゃべるだけだったら、子どものつぶやきは出なくなるし、聴き取ることもできません。
 また、子どもが発言しやすい環境づくりも必要です。
 板書ばかりしていないで、例えば子どもと向き合えるよう、机の配置を変えてみる。
 そうしていくうちに、子どもがハイハイと手を挙げなくても自然につぶやいたり、発言をしたりできる関係ができていくのだと思います。
 子どもの学びが難しくなっているのが現代です。であればこそ、今泉先生が言われるように「子どもから学んで、一緒に追究していく」授業こそが大切なのだと思います。
3 子どもたちは、本来深く学びたいという願いをもっている
 一見、学びから逃避し、学ぶ意欲など微塵も感じられなかったような子どもたちでも、深く学びたいという要求をもっています。一定の取り組みをするなかで、状況は変わっていきます。たとえば、
「教材との出会わせ方を少し工夫する」ことで、反応がちがっていきます。
「自然や社会や人間をリアルにとらえられるような教材」のときには、むしろ意欲的に参加するのです。
 子どもたちとともに、授業を創造していく可能性があるように思います。たとえば、
(1)「子どもたちが、想像・推理しながら課題に迫る」ような授業
(2)「自分たちで知恵を出し合い、対話や討論しながら、物事の本質を解き明かし発見していく」ような授業
 体験から、私は「教えたいことは教えない」のが授業の本質ではないかと思います。
 子どもたちが創造や推理・対話や討論を積み重ね、体験や知恵を総動員しながら、課題や本質にたどり着くようにすることが授業であるととらえるようになりました。
 子どもたちが意欲的に参加する授業をするには「説得・誘導の授業」から「納得の授業」に転換すると、子どもたちの学習への集中や意欲が、まるで違ってしまう。
 教える意識が強すぎると、子どもたちの発言や発想に共感する上ではマイナスに作用する。
 発想や視点のちょっとのちがいで、授業が違ってくる。
(今泉 博:1949年北海道生まれ、東京都公立小学校教師、北海道教育大副学長(釧路校担当)を経て松本大学教授。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う) 

| | コメント (0)

教師は子どもに「ベストな姿」のイメージ持たせ、気づかせることが非常に大事

 人間は、自分のベストの姿をイメージして、そこに向けてどのようにマネージしていくか、という能力が必要である。
 学習能力のない人は、絶対に一流にはなれない。同じ失敗を平気で繰り返すからね。ミスを知らない名選手はいないし、負けた悔しさを知らない勝利者はいない。
 でも、努力をしない天才もいないんだ。努力なしに素晴らしい勝利や感動は絶対に得られない。
 だから、そういうことに気づかせてやれるかどうかが指導者は非常に大事なんだ。
 言葉で言って、それがそのままその人の力になるんなら苦労しないよ。
 そこで大切なのがイメージなんだ。
「どうしてやったら、その本人にとってベストなのか、同時に周りの人間にも喜んでもらえる存在になれるのか」
 という青写真を指導者がきちっと自分のなかに焼き付けないと、現実からかけはなれた指導をしてしまうことになる。
 本当に「この子にこうなってほしい」というイメージがあれば、おのずとわかるはずなんだ。わからないというのは、愛情が足りないんだよ。
 何でもやってやるのが愛情なのではない。子どもを信じて、任せる。
 自分で気づくことができるまで、追い込んでやる。
 そういう気持ちが、本当の愛だと思うよ。
 やっぱり、「どんな自分がすてきなのか」ということは、子どもたちみんなは、わかっているんだよ。
 そういう「すてきな自分」に出会えるように誘ってやるのが、その子に関わる人間の責任であり、使命だろう。
 教育において強制される時期があって当然だし、それなくしてははじめから終わりまで自由にさせて、本当に社会に必要な人間になれるのかなっていう気はするね。
 何をしていいか、わからない子にはきちんと目的を与えてやらせる。目的がはっきりしていれば、「これさえやれば、こうなるんだ」とう意識につながっていくんだ。
 逆に、自分の目的に向かって自主的に取り組んでいけるような子は、そのまま見守ってやればいい。そういう子は、何かのときにちょっと手をさしのべてやるだけでグーンと伸びるからね、後からポンと押してやるだけで。
 その意味でも、イメージを与えてやることが大切なんだ。
「おまえ、こうなったらいいな」とか「がんばったら絶対日本代表になれるぞ」というように、夢を語ってやったり、目標を語ってやる。
 そういうイメージをその子のなかにぼやっとわかせてやるわけ。それも、個々に全然違うイメージをね。
 そう言いつづけていくと、本人もだんだんそう思っていくんだよ。
 そのなかで、徐々にイメージが鮮明になっていく。
 そうなれば、どんどん自分からそのイメージに近づこうとするようになるんだ。
 そのためには何が必要か自分で考えるようになるんだよ。
「やらされてる」のか、それとも「自分でやっている」のか、子どもにどう思わせるのかというのは非常に大事なことなんだ。
 教育に限らず、どんなことでもそうだけど、やっぱり「こういう人になってほしい」とか「こういうチームをつくりたい」というイメージやビジョンを描けない指導者やリーダーは、人を育てることができないんじゃないかなと思うけどね。
 そこでもうひとつ大切なのが、それぞれの段階、段階で「よし、いいぞ」って、きちんとほめてやること。評価してやることだ。そういう達成感の喜びがなかったら絶対ダメだね。
 もちろん、怒ったあとには、ちゃんとアフターケアーをしてやることは言うまでもない。
(山口良治:1943年福井県生まれ、ラグビー指導者で元日本代表。高校教師として京都の無名の公立高校をラグビーで全国制覇させた。ラグビー部生徒への体当たりの指導が多くの反響を呼び、TVドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公のモデルとなった)

| | コメント (0)

新学期が始まったとき、学級担任や子どもが期待することは何か

1 学級担任が始業式の日に話すこと
 私の勤務している地域では、4月5日が始業式です。新しい出会いがあります。私達教師も新鮮な気持ちになります。
 子どもたちも、「新しい友達は?」「今度の担任の先生は?」と、ワクワクした気持ちで学校にやって来ます。
 そんな出会いの日に、私はいろいろな話をするのですが、
「先生は、みんなと楽しく生活したいと思っています。でも、こんなときは厳しく叱るよ」
 と、言って、次のような話をします。
「先生がみんなを叱る時は、3つあるよ」
「一つ目は、『いじめ』をした時」
「二つ目は、命にかかわるような危険なことをした時」
「そして、三つ目はね、同じことを3回注意しても、それを改めようという姿がみられなかった時」
 この3つの中で、3つ目を少し詳しく子どもたちに説明します。
「先生は、できないということを叱るんじゃない」
「やろうと思えばできるのに、できるようになろうと努力しないそんな態度を叱るんだよ」
 と、説明するのです。
 1年間の始まりの日。わんぱくな子どもたちも神妙な顔つきで聞いてくれます。
「できなくても頑張ることが大切なんだ」と、思ってくれます。かわいいですね。
 その後、一人ひとりと握手をして、さよならをします。
 小さな手を握りしめながら、
「一年間、楽しい学校生活にしようね」
 と言って教室から見送ります。
2 子どもが考えるよい先生とは
「もしも、あなたが先生になったら、どんな先生になりたいですか」と、いうアンケートの結果があります。各学年の上位3つをみてみると、
(1)小学2年生
「悪いことをきちっと注意し」「わかりやすく教え」「宿題をよく出す」先生。
(2)小学4年生
「おもしろくて」「わかりやすく教え」「悪いことはきちっと注意する」先生。
(3)小学6年生
「おもしろく教え」「だれにでも公平で」「わかりやすく教える」先生。
 これを読んで、どんな感想をもちましたか。
 発達段階から、このデータを見ると、学年が上がるほど高くなっているのは、
 1 「おもしろく教えること」(21%~46%)
 2 「一人ひとりのよさを認めること」(8%~34%)
 3 「子どもの言い分をよく聞いてくれる先生」(7%~23%)
 などです。
「子どもの一人ひとりのよさを認め」
「子どもの言い分をよく聞いて」
「子どもがおもしろい」
 というような授業や、学級経営が大切なんですね。
 子どものほうが、大人が書いた教師論よりも、はるかに的確に学年の発達に応じたタイプを射当てているようです。反省させられます。
 時には、子どもに聞いてみることも大切ですね。
3 子どもの言葉づかい
 新しいクラスを担任したり、新学期が始まったりした時に、子どもたちに次のようなアンケートをとり、教室内に結果を掲示します。
 内容は「学級にあふれさせたい言葉」「学級からなくしたい言葉」というものです。ある年のアンケート結果では、
(1) あふれさせたい言葉
1位「ありがとう」
2位「おはよう」
3位「一緒に○○しよう」
4位「○○くん、○○さん」
5位「はい」
(2) なくしたい言葉
1位「ばか」
2位「死ね」
3位「何しよるんか」
4位「あんたには関係ない」
5位「どっかいけ」
 毎日、一緒にいる教室。あたたかい絆で結びつく、そんな学級集団をつくりたいと思っています。
 掲示するとき「あふれさせたい言葉」はあたたかい色(ピンク)の紙に、「なくしたい言葉」は冷たい色(ブルー)の紙に書いています。
 学級の子どもたち、一人ひとりを育てていくときに「言葉」のちょっとした指導はとても大切だと思います。
4 家の人にしてほしいこと
 新学期が始まって2週間。学習のほうも本格的にスタートしています。
 多くの子どもたちは、新しい学年、学級、担任の先生のも慣れてきて、元気いっぱいに過ごしています。
 そんな子どもたちは、学習についてどんなことを思っているのでしょうか。
 つぎのようなアンケート結果があります。
「Aくんは、計算が苦手なので、毎日毎日、がんばっています。もし、あなたがAくんなら、このような時、家の人にしてほしいことは何ですか?」と、小学生に聞いたものです。結果は、
1位「困った時は相談にのって欲しい」(45%)
2位「がんばっていることを知って欲しい」(24%)
3位「黙って見ていて欲しい」(12%)
4位「励ましたり、ほめたりして欲しい」(11%)
5位「何もして欲しくない」(9%)
 です。
「困った時は相談にのって欲しい」は、学年が上がるにつれて下がっていきますが、
「がんばっていることを知って欲しい」は逆にどんどん上がっていきます。
 特に、女子が高いです。認めて欲しいのでしょうね。
「興味や関心」を起こさせて「がんばっていることを認めて」あげると「勉強が得意になる」と、子どもたちは言っているのですね。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

| | コメント (0)

子どもたちに毎日「家庭連絡」「見たこと」「はてな?と思ったこと」をノートに書かせる

1 おたよりノート(家庭連絡ノート)
 私は、学級通信は、よほどのことがない限り、出さない。そのかわり「おたよりノート」を全員にもたせ、毎日、連絡すべきことをくわしく書かせる。
 黒板に少しずつ書いては「おたよりノート」に写させる。
 学級通信にのせて知らせたいことを、全部子どもに書かせる。これは書く学習である。
 書いたものを読ませる。音読の練習である。
 保護者も、子どもの「おたよりノート」を毎日見る。学校の様子を知り、あす準備するものを知る。
 つまり「おたよりノート」を通して、子どもと親がコミュニケーションできる。
 子どもも、わたしが検印をおし、親が見るので、読めるように書こうと努力する。詳しく書いて親に知らせようと工夫する。
「おたよりノート」を書くことを通して、大切な指導ができるのである。
 それを学級通信として印刷したものを渡したのでは教育の機会をなくすことになる。あまりにももったいないのではないか、というのが、わたしの考えである。
2 「見たこと」帳
 小学校1年生には「研究文」は無理である。自分の目で、耳で確かめたことを書かせたい。
 テレビでの聞きかじりを書かせたのでは弱い。何としても自分で苦労して入手したことや、自分で追究したことを文章にさせてみたい。
 こうして、考えた末に「見たこと」を書きなさい、が誕生した。1年生の子どもに、
「自分で見たことなら何でもよいから書きなさい」
「一行でもいいよ。そのかわり、自分の目で見ていないものはダメだよ」
 と話し、できるだけ毎日書くようにはげました。
 1年生から始めると「書くものだ」という意識がはたらくのか、毎日書く。こちらが驚くほど書いて書きまくる。
 はじめは「見たこと」を、事実だけを書いていた。
 書き慣れてきたころから、それについて「思ったこと」を付け加えるように指導した。「○○を見て、××と思った」というように。
 さらに「予想」を入れることや「調べたこと」を書いていくように、段階に応じて指導していった。
「見たこと」帳を通して、追究する子どもが育った。
3 はてな帳
 一年生に入学したばかりの子どもたちは、無意識のうちに、いろんなものに「はてな?」と思っている。
 これをほうっておくと、意識的に「はてな?」と思うことは極めて少なくなる。
 そこで、できるだけ早い時期に「はてな?」精神を引き出し、問題を発見する技能を育てていくことが大切になる。
 入学して早い時期、わたしの場合は入学式の翌日、
「この教室で『はてな?』と思ったり、おたずねしてみたいと思うことはありませんか」
 と、問いかけ、列ごとに全員、言わせるようにしている。
 どんなことを言ってもよい雰囲気をつくりながら言わせる。
 毎日、口頭で「はてな?」を言わせる。言いぱっなし、聞きぱっなしである。
 だからこそ、子どもたちは自由に言うのである。毎日言わせているうちに、
「先生『はてな?』を書いてきていいですか?」と言うようになる。
 私が「どうして?」と問うと、
「毎日『はてな?』を言わせるでしょ。だから、家でみつけて書いてくれば、いちいちみつけなくていいから、めんどうくさくないよ」
「おたよりノート」を書いているので「はてな?」を家で書いてよいかと言うのである。
 私は、こう言い出すのを、今やおそしと待っていたのである。このために「はてな?」帳を40人分つくって待っていたのである。
 しかし、そんなことはおくびにも出さないで、「まだ、君たちには無理だよ。自分では書けないよ」
「書けるよー。書ける。」と、合唱のように言う。「そんなに言うなら、書かせてやるか!」と言うと、大歓声である。こういう演出をするのである。
 子どもたちが書きたいと言い出すのは、たいてい四月末である。
「さあ、がんばって、毎日『はてな?』と思ったことを、一行でよいから書くのだよ」
「朝、学校にきたら、書いたところ開いて、先生の机の上に置きなさい。いいものにはマルもあげるよ」
 こうして「はてな?」を書くことにより、記録も残り、成長の様子もこれでよくわかるようになる。ちょうど5月に入るころであった。
 6月ごろになると「こう思っていたら、実際はこうだった」という、「予想や答え」を入れるように指導する。
 そうすると、文がふくらみ、内容が豊かになって、おもしろくなる。
 成長にあわせ「おもしろい、はてな?」を見つけなさいと働きかける。「ものごとをおもしろく見る」というユーモアのセンスをみがくことになる。
「はてな?」を書くことで、何を見ても問題を発見できるようになり、おもしろく見ることができるようになるのです。
 教育というのは、子どもの見る目を広げたり、深くしたりすることでしょう。そのようなことを、保護者にも理解を求めていく。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

| | コメント (0)

新任教師が教室での戸惑いやショックを乗り越えるには、どのようにすればよいか

 新任教師は、これまで学び手として経験している教室の風景と、教える側として経験する教室の風景は全く違っていることに戸惑います。
 子どもたちのさまざまな学びの要求が渦巻く教室で、すべての学び手に配慮し、各々の学びを高めていくということは、決してたやすいことではありません。
 さらに、新任教師がこれまで育ってきた文化と、子どもたちが今生きている文化の間には、世代的にも、ギャップがあります。
 それをすり合わせながら、学びの空間をつくっていくことが教師には求められます。
 教師は異文化の子どもたちからショックを受け、教師は自らの世界を広げることが必要なのです。
 このことは、ひとつの危機であるとともに、教師になるための必要な最初のイニシエーション(通過儀礼)であるともいえます。
 このショックを乗り越える方法は、2通りあるように思われます。
 1つの道は、新任特有の親しみやすさを大切にして、たとえ拙くても、目の前の子どもたちと格闘しながら、ともに歩む道です。
 そして、先達の教師たちの励ましの中で、これまでの子どもについての見方、教師の役割についてのとらえ方を見直しながら、自らを育てていくあり方です。
 そして、もう1つの道は、子どもたちにナメられないよう、主観的に教師らしくふるまい、自分の、子どもについての見方、教師の役割のとらえ方に固執するあり方です。
 このように、子どもたちや年輩の教師たちから学ぶ回路を閉ざしてしまうと、成長の機会を自ら失うことにもなりかねません。
 つまり、主観的に教師らしくふるまうことが、子どもたちからの信頼を得られる「本当の教師らしさ」を育てることを妨げるというパラドックスが生まれるのです。
 教師が自分の授業を確立し、常識より一段深い子どもの見方を身につけるには、多くの場合、15年から20年の歳月が必要です。
 その間、量的な積み重ねだけでなく、質的なものの見方が変わることもまた求められます。
 自分の授業を確立して、教育実践記録を綴っている教師たちの多くは、新任期から数多くの試行錯誤と格闘の経験をもっています。
 新任期は、ショックという危機への対応をめぐって教職生活のひとつのターニング・ポイントを形成しています。
 新任期における、教師の仕事、教師の役割のとらえ方の深さが、この後の教師としての成長の可能性を大きく規定しているように思われます。
(秋田喜代美 :1951年生まれ、東京大学教授。世界授業研究学会(WALS)副会長。内閣府子ども子育て会議会長)

 

| | コメント (0)

私が学級担任になったとき、最初の学級通信に必ず書くこととは

 私は、学級担任になったとき、最初の学級通信に必ず次のような詩と解説を載せます。
1 詩
「学校は子どもの国です」 ますだ しゅうじ
 学校とは
 賢い子どもになるために
 勉強するところです。
 勉強するということは
 なんでも なぜ? と考えることです。
 考えたことを
 先生や友だちに話してみることです。
 まちがってもいいのです。
 まちがいをいっぱい出せば
 その中に正しい答えも たいがい入っているからです。
 知らないことは「知らない」と言えばいいのです。
 知らないことは、少しもはずかしいことではありません。
 はずかしいのは、大切なことを知ろうとしないことです。
 勇気を出して、見たり、聞いたり、ためしたりしてごらん。
 それが勉強というものです。
 学校とは
 人間というものを知るところです。
 みんなと仲良く遊んだり
 ときには ケンカしたり いたずらしたりしながら
 いろんな人がいるんだなと知るところです。
 人間のもつ不思議さと、すばらしさと
 美しさを知るところです。
 学校は 子どもの国です。
2 担任をしたときに必ず学級通信にのせる解説
 ぼくは、まだ君たちのことをよく知りません。昨年はどんなだったかはわかりません。でも、きっとどの子も、うんといい子にちがいありません。
 勉強があまりわからなかった子は、えんりょなく言ってください。わかるまで、何度でも何度でも教えてあげます。
 よくわかっていないのに、わかったふりをしないでくださいね。ぼくも一生懸命教えるけど、自分でもうんと努力をしてくださいね。
 人は生まれつき、頭のいい子、積極的な子と決まっているのではないのです。
 自分はこんなふうになりたい、変わりたいと、本気になって思うことです。願うことです。
 思い続ければ変わります。すぐは変わらなくても、いつかは変わります。それが人間というものです。
 ぼくは、みんなの一人ひとりの力を信じようと思います。
 みんなも自分の力を信じてください。自分の可能性を信じられるようになると、不思議と人にもやさしくなれるものです。
 一年間、いっしょにがんばりましょう。そして、みんなで力を合わせていきましょう。
(増田修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師(28年間)、白梅学園大学教授。「ユーモア詩」を通じた学級づくりを進めた。2002年にNHKにんげんドキュメント「詩が踊る教室」放映。小学校教師を対象にした研修に力を注ぐ)  

| | コメント (0)

授業で、教師の話し方技術を高めるには、どのようにすればよいか

 教師が授業や教室での話し方の技術を高めるということは、そのまま教師の識見や、人格を高めることを意味する。どのように話すようにすればよいか。
1 授業の導入
 命令調でなく、誘いこむような口調で語りかける配慮が欲しい。たとえば、
「ここ10年ばかりの間に、こんな急速に農家の数が減っていったのはどうしてなんだろう。この一時間でそれをはっきりさせてみようね」
 このような話し方は、子どもたちの立場に立って、やる気を起こさせる話し方だと言えよう。
 一人残らず、子どもたちを同一線上にそろえることが大切である。
「よし、やるぞ」という期待をすべての子どもに持たせるように、親しみやすく述べることを目指さなければならない。
 課題についての説明を聞いたら「何をすればよいのか」が子どもにイメージされるようでなければいけない。「鳩は、心の中でどんなことばを言いながら飛んでいったのでしょう。ノートに書いてごらん」この指示のしかたならば、子どもたちが何をどうすればよいかが具体的によくわかる。
 子どもたちの興味や関心に合うように提示していく。たとえば、一つの事実をめぐって判断が対立するということは、子どもたちにとっていやおうなく関心を持たざるを得なくなる。
2 明快に話す
 はっきりしていて、よくわかるということである。
 明快に話にするための配慮は、まず「何を話すのか」を自分がはっきりととらえていることである。
「これとこれを教えよう」というように整理されていなければならない。
 つぎに「平易なことば」で話すということである。たとえば、
「雑沓」は耳で聞いただけではよくわからない。「人ごみ」と、なるべくやさしく言いかえるようにしたい。
 さらに「構造的」に話すことである。たとえば、
「時間的経過に沿って述べる、具体的事例から一般化して」話す、など構造化していく習慣を身につけることがじょうずな、効果的な話し方を身につける早道なのである。
3 簡潔に話す
 話す内容を簡単にして、要領をつくすのである。
 話そうとすることの内容を、本当に理解している人の話は必ず簡潔である。
 複雑なことがらも、要領よく整理してまとめられていれば話はずっとわかりやすくなる。
 簡潔に話すためには
(1)短く話す
 必要なことだけをできるだけ短く話すことである。一言で言ってみることである。
 深い理解、正しく豊かな知識も必要であるが、一言でずはり言えるまで取捨選択され、要約されていなければ本当にわかっているとは言えないのである。
 授業時間の中ては、あれもこれもと話すことはたくさんあるのだが、つまるところこれ一つというところがおさえられていなければならない。そうすれば話は簡潔になり、授業運びも簡潔になる。
 子どもたちは全員が勉強好きで授業が好きであるわけではない。
 つまらなさや、苦痛を忍んでいる子もいる。そういう子どもたちに、せめて簡潔ですかっとした話をプレゼントしたいものである。それによって、子どもたちは新しい興味や関心を育てられることにもなるだろう。
(2)箇条的に話す
 上手な話し手は「三つのことを話す」とかの予告をする。聞き手は心の準備ができて、話はうまくつたわることになるのである。
(3)横道にそれない
 授業中の脱線はしばしば子どもたちに喜ばれる。
 脱線できる教師は話題を豊かに持っている教師であり、脱線できない教師よりはましであるが、脱線によってしか子どもを惹きつけられないというのでは情けない。
4 具体的に話す
 具体的に話すには、つとめてくだいて話すことが必要である。たとえば、
「りっぱな人になりなさい」よりも「誰からも好かれる人になれ」という方がわかりやすい話し方である。
 具体的に話せるということは、教師が本当にわかっているということでもある。それを支える豊かな実力を高めることが大切なのである。
 例示は、なるべく身近なものをとりあげるとよい。わかりやすくなる。
 子どもたちに歓迎されるものに「先生の子どものころの思い出の話」がある。目の前にいて、親しみやすいのである。
 つとめて子どもたちには具体性を持った話し方をするようにと心がけたいものである。
5 沈黙と間を生かす
 聞き手は疲れるので、ときどき休まなければならない。
 のべつ幕なしにしゃべる人があるが、こういう人の話は、案外、話を聞かれていないものである。時には騒音でもある。
 話には適当な沈黙と間が必要で、話がわかりやすくなり、話上手な人ほど、この沈黙と間を生かして話すことができるのである。
 話の中に沈黙と間をとり入れる効果は、聞き手を話し手の側に引き込むことにある。
 話し手が沈黙している間に、聞き手は話の内容を咀嚼しているのである。そして次の話し手のことばを期待する。話してと聞き手とが結び合っている。
 一方的なおしゃべりは、聞き手を単なる受動的で消極的な立場に追いやる。
 授業中の沈黙に不安を覚えるのは、教師が、まだ未熟な証拠である。ベテランの教師は沈黙の中で行われている活発な思考活動を見ぬいている。
 有効な沈黙とは、たとえば次のような場合である。たとえば、
「どんな本を読んでいますか?」、「こんなことでよいと思いますか」、「重大な発言をした後」、「主張や意見の後」
 この他にも、いろいろな場合がある。
6 聞き手を分析する
 話し手は、常に聞き手に、受けとめられ納得されているか、察知することが大切である。
 反応が最も鋭敏なのが、子どもである。楽しければ引き込まれ、つまらなければ見向きもしない。飽きてしまってよそ見をしたり、無駄話をしたりする。
 子どもたちのさまざまな反応は、そのまま「教師の話し方に対する注文である」ことを知るべきである。
 教師は話者としての反省を忘れてはいけない。
 教師はつねに子どもの聴衆反応を鋭く察知し、話題を適切に転換したり、話法を変えたりして、自分の話し方をよりよい方向に変えていくように心しなければならない。
7 視線を合わす
 真剣な話は必ずお互いに顔を見合ってする。私は子どもたちに「話は目で聞け」とよく言う。話す人の顔を見つめながら話を聞くようにしつけることが大切である。
 教室には多勢の子どもがいる。最も理想的には全体を見わたしていて、しかも一人ひとりの子どもの表情が見えていることである。修錬を積めば誰でもその域に達することができる。
 そこまで行かないうちは、せめてどの子どもにもかわるがわる視線を向けるように気をつけるとよい。教師の話し方はかなりよくなるはずである。
7 ぶらずに、らしゅうせよ
 「ぶらずに、らしゅうせよ」というのは芸の道を教えたものである。
 「ぶる」とは「いい気になる」「いばる」というような感じである。
 先生ぶった話し方というと、傲慢、思いあがり、独善、偏狭、形式的、教条的、威圧的というような悪い傾向が浮かんでくる。
 これでは聞き手に反感を持たれ、受け入れてもらうようなことはまずなるまい。
 「らしゅう」というのは「ふさわしい」「似合う」「自然である」というような感じである。
 先生らしい、誰にも好感をもたれるような話し方というと、誠実、丁寧、やさしさ、識見の高さ、公平、謙虚、温和、というような、教師というものの良い点が私の頭には浮かんでくる。
 「ぶらずに、らしゅうせよ」というのは、話し手の態度の心得であり、この一点を踏みはずさなければ、たとえ技術的にまずい話し方をしようとも聞き手は話し手についてくる。それほど根本的で重要なことである。
8 時に応じて、ことばの社交機能をとり入れる
 ことばは、交わし合うことによって楽しみを得るという側面を持っている。お喋りの楽しさは誰でも知っている。
 教師が子どもたちに最も多く繰り返すことばは「静かにしなさい」という一語であり、子どもたちがどんなにお喋りが好きかわかる。
 お喋りは、認識とか伝達とか思考とかいう堅苦しい目的のためにのみ成り立つのではない。屈託のない、目的の明らかでない一種の社交である。それによって人々の心は明るくなる。
 授業の中にも時に応じて、この社交機能をとり入れ活用することは、ゆとりのある教師のよくするところである。
 杓子定規で融通のきかない、こちこちの先生の授業は、もっぱら認識と伝達と思考の機能のみに依存するからかえって子どもに、うとまれることになるのである。
(野口芳宏:1936年生まれ、元小学校校長、大学名誉教授、千葉県教育委員、授業道場野口塾等主宰)

| | コメント (0)

思春期の子ども(小学校高学年)は、どのような点に配慮して子育てすればよいのでしょうか

 小学校高学年になると、思春期に向かい、親から離れて自分の人生を歩み始めます。
 この時期の子育ての指針は「自分の考えで行動でき」「目標を自分で選択し」「仲間のなかで自分を表現していける」子どもを育てるという3つがあります。
 だから、これからは一方的に知識を詰め込むのではなく、どうしてそうなるのか、リサーチする学習が大切になります。
 この時期に伝えたいのは、人間のすごさです。
 職人さんのワザを見せたり、仕事への思いを聞いたりして、人間にとって仕事とは何なのかを考えさせたいのです。
 その人の素敵さを感じることで、自分はどう生きるべきかと、そこに自分の身を置いて考えるようになります。
 これまで外の世界に向いていた目が、自分の内側に向くようになると、なりたい自分と今の自分とのギャップに気づき、コンプレックスを抱くようになります。
 そのなかで自分を支えてくれるのは「今のままのあなたでいい」と言ってくれる人の存在です。
「ゆっくりでいいからやっていこう」と応援し、「できた」実感を積み重ねていくことが、自己肯定感を育てます。
 からだが変化する思春期の時期に、人間のからだを知ることです。
 早く成長する子は早いことに、遅い子は遅いことに悩みます。
 この時期に、どうやって人間は命をつないできたのかを知ることで、子どもたちは、人間の神秘やすごさを知り、自分のからだに起こる変化を、肯定的にとらえることができるようになります。
 思春期に入り、まわりの大人の生き方に共感や反発を感じ始めます。
 子どもは大人を客観的に観察し、大人の権威を押しつけられることを嫌います。
 この時期の子どもは、純粋なほんもの志向です。ほんものに出合ったときの子どもの受けとめ方の深さには、すばらしいものがあります。
 自分のなかに起こっている、からだや心の変化をもてあまし、イライラして、暴言や暴力などの行動を起こしてしまうこともあります。
 このとき、親が理路整然と言い聞かせようとするよりも、自分の感情で、正面から子どもにぶつかっていいと思います。
 たとえば「今、こういう状態になっているあなたが悲しい、親として手を差し伸べられないことが悲しい・・・」と、本音でぶつかりながら、分かり合っていくほかありません。
 性教育は、きちんと説明するより、おおらかに接するのが正解です。親から子どもにきちんと説明する、というのはなかなか難しい。
 子どももそれを望んでいないことも多いもの。人間の成長や生命につながっていくしくみをきちんと扱った本を、子どもの目に触れるところに置いておく、テレビをみているときなどにさりげなく話題にする、というようにおおらかに接していきましょう。
 子どもたちには、「読書」を強くおすすめします。この時期の子どもには、人間の奥深さを学んでほしいと思っています。
 ずるさや弱さ、情けなさをも含んだ、人間の“味”が読みとれる作品にめぐりあってほしい時期でもあります。
 小学校高学年ともなると、思春期の第二次性徴の時期となり、多感で不安定になります。女の子は、初潮にともなう感情の起伏があり、男の子にも、精通にともなうモヤモヤ感で悩んでいる子がけっこういます。突然カーッとなる子どもの多くが、自分の感情をどう処理してよいか分からず、悩んでいるのです。
 思春期の感情の揺れや、それによるトラブルは、大人になる過程で必要なことなので、過剰に反応しすぎないほうがよいのですが、足元をしっかり支えてあげる姿勢は大切です。
 基本的には、まず生活を整えることです。朝きちんと起きること、夜しっかり寝ること、バランスのよい食事をとること。このように、ふつうの生活をていねいに送ることで、時間が解決していくこともあります。
 そのあいだは、親がいつでも子どもに対して「開いた」状態でいることが大切です。よくないのは、子どもに無関心なこと、逐一、聞き出そうとすることです。
 子どもをつらくさせます。「言いたくないなら、今は言わなくていい。でも、あなたに何かあったことには気づいているし、いつでもあなたの助けになりたい」というメッセージを伝え続けてください。
 最近は、子どもがほけんの先生に相談することが増えています。保健室は、小さなカウンセリングの場です。「ほけんの先生」(養護教諭)だからこそ言って相談できる、という子どももいます。
 ですから、心や身体のことで、誰に相談していいか分からない場合は、ほけんの先生に相談することで、お母さんの感じていた悩みと結びついて、解決に向かっていけることもあります。
 また、不安やストレスを抱えている子どもにはホッとする場所でもあります。
 高学年の子どもは、自分の身体の変化に興味と不安を持っています。子どもの性に関することは親として説明するのが難しいこともあります。
 そこで、親が「お母さんにはじょうずに説明できないけれど、学校で、ほけんの先生が教えてくれるから、聞いておいで」と言ってもよいでしょう。
(黒笹慈幾 1950年生まれ、元小学館 家庭教育雑誌『エデュー』の編集長)

| | コメント (0)

学級でゲームを楽しむためのうまい展開の仕方とは

 学級活動の時間に学級でゲームをして楽しもうとするとき、子どもたちが喜びそうなゲームをただやみくもにおこなうだけでは、教室がさわがしくなったり、学級全員が楽しめなかったりして、うまくいかないことがよくある。
 授業と同じように、時間配分とゲームの展開構想を次のようにしっかりもっておこなうことが大切である。
1 導入
 始めは、子どもたちのからだをほぐし、学級全員を楽しいゲームの世界に引き込むようなものを持ってくる。
 パートナーを必要としない、一人で踊ったりするゲームや同じ動作をくり返して楽しむゲームが適している。
例:「落ちた落ちた」「アブラハムの子」「大工のきつつきさん」
2 展開
 子どもたちがゲームの世界に乗ってきたところで、体と体をぶつけ合い、競い合うようなゲームを行い、子どもたちを夢中にさせる。
(1)友だちといっしょに遊ぶ
「ジャンケン列車」「ジェンカジャンケン」、
(2)ペアを組んで遊ぶ
「おちゃらかホイ」「アルプス一万尺」、
(3)グループ対抗で遊ぶ
「子とり鬼」「人間知恵の輪」「集団ジャンケン」
3 山場
 学級全員で1つの輪をつくって遊び、学級全員が心を1つにして楽しめるようにする。
例:「震源地」「フルーツバスケット」「ゴロゴロドカン」
4 おわり
 最後は、拍手遊びやかけ声遊びをして学級全員の心を1つにしてまとめたり、燃えた気持ちを静めるようなゲームをおこなったりする。
(1)学級全員の心を1つにするような
「団結コール」「拍手遊び」「かけ声遊び」
(2)燃えた気持ちを静めるような
「知能テスト」(目を閉じて時間をあてるゲーム)
5 ゲームとゲームのつなぎ
 ゲームとゲームのつなぎもゲームでつないでいけると、集中がとぎれず、時間も有効に使うことができる。
 例えば、展開のゲームで「ジャンケン列車」「ジェンカジャンケン」で長い1つの列ができたら、先頭の子どもを誘導して学級全員で1つの輪をつくる。この大きな輪を使って、山場の「震源地」「ゴロゴロドカン」などを行う。
(加藤辰雄:1951年生まれ 名古屋市立小学校教師定年退職後、愛知県立大学非常勤講師、「読み」の授業研究会運営委員)

| | コメント (0)

教師が子どもの心のひだをつかめば、一人ひとりの子どもに適した指導ができる

 大人は昔、子どもだったので、子どものことは何でも知っているという気持ちがどこかにあって、あえて子どものことを知ろうなどとは思わない。
 事件が起きてはじめて「子どものこころがわからない。昔の子どもはこうではなかった」などと言い出す。
 特に教師たるべき者は、子どもの心をつかむ努力をいつもしておくのが当然である。
 子どもの見そうなテレビ番組を見るとか、子ども向けのマンガを読むとかして情報を得ることなど、よくやる手である。
 また、子どもと休み時間に遊んだり、清掃を一緒にしたりすることも、多くの教師がやっている。
 子どもと一緒に遊ぶと、教室では見られない子どもの生き生きした顔が見られる。
 まじめに清掃に取り組んでいる子どもには、感激さえ覚える。子どもをほめる材料はあちこちにある。
 子どもを「勉強ができる」ということだけで「良い」の評価を得て、行動が悪くても、あまり叱られないというのが社会通念としてある。
 授業中の子どもしか見ていないと、子どもの一面しか見ていないので、成績至上主義的な子どもの見方をしかねない。
 特に子どもの心のひだをつかんでいないので、学級崩壊状態になっても、なぜこうなったのか、教師はつかむことができない。
 このごろ何か学級の子どもの様子がおかしいなと感じたら、子どもと遊ぶとか、子どもと行動を共にして、内面の心のひだをつかむことが必要である。
 子どもと一緒に教師が遊んだり、話したりするのは教師が自己開示することである。
 子どもは教師の人間性にふれることができ、安心する。
 子どもの心のひだをつかめば、教師は子ども一人ひとりに適した指導ができる。
 このことが「個を生かす」ということであり、今の教育ではこのことが大切である。
(飛田貞子:元東京都の公立小学校校長)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«学級づくりで担任が学級で話をするとき、どのように話せばよいか、そのポイントとは