学級通信で保護者とよい関係をつくるには、どうすればよいか

 保護者が参加する行事は早めにしらせるようにします。
 最近は共働きの家庭が増えています。間際になってからの休暇の申請はしづらいものです。早めに伝え、計画的に休暇が取れるようにします。
 大事なことは強調して伝えるようにします。
 保護者は授業参観でしか授業の様子を知ることができません。
 学級通信に授業記録を載せることで、授業での子どもの様子を伝えることができます。
 子どもたちの様子を臨場感を持たせて伝えるには、子どもたちがしゃべったことをそのまま書くとよい。
 出来事の説明をしながら、その途中に子どもたちが話したことを書いていきます。教師と友だちとのやりとりを書いていくと、さらに臨場感が出てきます。
 子どもたちの写真を載せると、忙しい保護者でも、数秒で見ることができます。子どもたちの写真にほっとする保護者もいるでしょう。
 写真を載せる場合、事前に校長と保護者に許可を取っておきます。
 学級通信にも保護者から感想をいただいたら、担任との関係もよくなっていくでしょう。
 学級通信に感想記入欄を設けたり、感想記入カードを配ると、保護者も感想を書きやすくなり、関心も高まります。
 保護者から感想をいただいたら、お礼の返事を書きます。
 いただいた感想は、前もって学級通信に掲載することを伝えておきます。その際、名前は出さないこと、文字の訂正をすることもあることを伝えます。
 実際に掲載する場合は、事前に連絡帳などで、掲載してもよいか確かめます。
 感動するエピソードは、子どもたちにも保護者にも喜んでもらえます。
 明るく希望に満ちた感動話を子どもたちに語り聞かせ、学級通信で紹介します。
 時には子育ての情報を載せる。
 ちょっとした失敗談と、それをどのように乗り越えていったかを紹介しましょう。
 保護者の参考になると同時に、同じ悩みを抱かえる親として、親しみを覚えてくれると思います。
(山中伸之:1958年生まれ。栃木県公立小・中学校教師。実感道徳研究会会長 日本群読教育の会常任委員)

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授業も学級経営もたいへんなことばかり、うまくいかないと感じたらどうすればよいのでしょか

 授業も学級経営もたいへんなことばかり。何よりも大切なのは、困ったときに相談できる相手がいるということです。
 同僚教師は、現場をよく知っているので具体的な相談ができます。
 前任校の教師、サークルやセミナーで出会う他校の教師なら、技術やネタなどのアドバイスももらえるでしょう。
 また、趣味の合う人や家族、友だちからは、教師とは違う視点で助言してもらえるかもしれません。
 相談できる人がいることが、何よりなのです。相談できる相手を持つと、前進できます。
 私はクラスがまとまらないとき、先輩教師によく相談します。
 そのとき言われたのは「教師としての力」が足りないということです。
 それは、教師らしく生きる、生き方が試されているということなのでしょう。
 私は、失敗して、くよくよしても元気に学校に行く教師は、教師力があると思います。
 教師はみんな失敗しながら成長しています。
 失敗する教師は、失敗する子どもの気持ちがわかります。くよくよする教師は、授業や学級経営を振り返ることができます。
 そして、それでも元気でいる教師が、子どもたちは大好きです。その姿から子どもたちは学ぶのです。
 私は、教師力は「共感する力、振り返る力、リセットする力」だと考えています。
 できないと悩む子どもの気持ちを理解して、その子どもに寄り添う。それは教師にとって大切な力です。
 やんちゃな子は、どんな気持ちでいるのでしょうか。きっと何かうまくいかないことがあって、その気持ちをわかってほしいのです。
 どんな言葉をかければ、その子の気持ちに寄り添えるか。できないことで悩む教師であればこそ、わかるはずです。子どもの気持ちに共感できてこそ、次の一手がうてるのです。
 うまくいかなかったことを、くよくよしながらも振り返り、何がうまくいかないのかを整理する視点が必要です。例えば、
「授業の目標はどれだけの子が達成したか」「授業の時間配分は適切だったか」「気になるあの子は授業に参加できたか」
 など、振り返る視点をはっきりさせると、つぎの授業に具体的に活かすことができます。
 教師になって15年の中堅教師になった私も、悩んで、くよくよする日々です。
 くよくよしているだけでは教師を続けることはできません。どこかで「リセット」して気持ちを切り替えることが、一番大切な力です。
 さっと切り替えられるワザを、ぜひ身につけてください。
(桔梗友行:1977年宮城県生まれ、兵庫県公立小学校教師。ユニット授業や学び合いに取り組む。「学び合うin神戸」主宰)

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クラスの子どもたちのコミュニケーションを高める授業

教師:「朝、学校に来たら、みんなに何て言いますか?」
子ども:「おはようございます!」
教師:「そう、挨拶だね。なぜ挨拶をするのかな?」
 菊池省三先生の問いかけに、5年1組の子どもたちは、さっそくノートに向かいます。
 子どもたちは、3つ理由を考えたら先生に持っていきます。○をもらったら、その理由を黒板に書き込んでいきます。次のように板書していきます。
<言われたほうも言ったほうもいい気持ちになれるから>
<1日、友だちと仲良くなれる気がするから>
<「がんばるぞ」という気持ちになれるから>
<教室の雰囲気がよくなる>
 黒板に書かれた理由を見ながら、菊池先生が問いかけます。
教師:「みんながあげてくれた理由を3つに分けたいんだけど、どうやって分けようか?」
 子どもたちは、少し考え込みながら、みんなで導き出した答えは、「自分」「相手」「みんな」の3つ。
教師:「そうだね、挨拶のよさは、この3つの視点から考えることができるね」
教師:「それじゃあ、『おはようございます』以外に、『自分』『相手』『みんな』がプラスになれる言葉を考えてみよう」
 次々と子どもたちが菊池先生にノートを見せに行き、今度は後ろの黒板に次のように記入していきます。
<ありがとう>
<どういたしまして>
<どうぞ>
<元気?>
<お願いします>
<すごいね!>
<ごめんなさい>
<大丈夫だよ!>
<一緒にしようよ>
<あきらめないで>
<1人じゃないよ!>
<がんばるぞーっ!>
 魅力あふれる言葉がいくつも並び、みるみる黒板はいっぱいになってしまいました。
 子どもたちが書き終わった後、菊池先生が空いているスペースに「5年1組にあふれさせたい言葉」と大きく書き込みました。それを見た子どもたちはニッコリ。
 授業の締めくくりは、みんなの前で感想の発表です。
教師:「挨拶をすると、みんながいろんな思いで聞いてくれることがわかりました」
教師:「これからも自分の考えた言葉をいっぱい使って、気持ちいい1日を過ごしたいと思います」
 クラス全員がはきはきと発表している姿に驚かされました。
「みんなの前で発表するのが苦手な子もたくさんいますが、普段そういう機会が少ないんですね。ですから、1人で何分も話すのではなく、一言で終わるような短い時間で、しかもクラス全員が発表するところからスタートしていきます」
「もちろん、クラスの中で、みんなの発言を認め合える人間関係を作ることが大前提ですけれどね」と菊池先生。
「子どもたちの言葉をいかに引き出すか。教師にとっても親にとっても、とても大切なことです」と力を込めます。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

 

 

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教師は自分を演じなければプロとしてやっていけない、どうすればよいか

 私が小学校に勤めていたとき、新任の若い女の教師が4年生の担任になった。
 言葉遣いや身のこなし方など魅力的なセンスをもっていた。
 ところが、どうしたことか子どもから嫌われ、多くの保護者から「うちの子どもの担任をやめて」と言われるようになった。
 髪の毛が抜けるくらい悩み、放課後、3階の教室のベランダから飛び降りようとしたこともあった。
 幸い、同じ学年の教師に止められて大事にはいたらなかったが。結局、1学期の終わり頃から教室に入れなくなって、そのまま退職してしまった。
 周りにいた私たちは、オロオロするばかりで、どこからどのように話しかけてよいのか迷って、適切なアドバイスができないまま状況が悪化してしまった。
 彼女は、なぜそのようになったのか、私なりに次のように分析をしてみた。
(1)表情が硬く、子どもと一緒に笑ったりくやしがったりすることがなかった。
(2)声が小さく、平板なので、聞いている子どもたちも話の内容に興味や関心がもてないようで、私語が多かった。
(3)感情的になることが多く、子どもたちは何で怒られているのかが、わからない時があった。
(4)子どもを評価したり、ほめたりすることが非常に少なかった。
(5)子どもの話を聞かず、命令調の言葉や指示的な言葉が多かった。
 これらのことは、彼女が気がつくように何回も話した。当然分かってくれていると思っていた。
 しかし、学級のスタイルや子どもたちとの関係ができ上がってしまうと、なかなか崩せないのが学校現場である。
 彼女自身が納得したところは直そうと努力したことは強く感じられるが、やろうとすればするほど、子どもとの関係は「あり地獄」のような状況に陥ってしまったのである。
 私が自分の経験をふまえながら、大切にしていることは教師の「演技力」である。
 私の先輩教師は
「教師はどんな状況でも、どんな子どもたちの前でも、自分を演じなければプロとして生きていけない」
「教師は、役者、医者、易者、芸者、忍者、学者を演じなければならない」
と、教えてくれた。
 教師は次のような演技をすることで、自分を変え、子どもたちとの関係を組み替えることをしたい。例えば、発声について次に述べる。
 私は、子どもたちが気持ちよく身体に染みこませていけるような発声を絶えず研究している。
 体育館の壁に円を描いた的に目がけて発生する。発声を磨くと言葉にメリハリが生まれる。間を取り、歯切れよく発生すると、子どもたちの心に響く声が出せるようになる。
 声量と声質を使い分けられるようにしておくことが大切である。
 例えば「大小・強弱・長短」「明るい・元気・やさしい・厳しい・渋い」
 これらを使い分けるように教師としての技を磨いておくとよいであろう。
 そのお手本として落語が参考になる。一人で何人もの話し方を使い分け、巧みに表現し、聞き手の客を引き寄せている。寄席に通うことを勧めたい。
(志賀廣夫:元埼玉県公立小学校、愛知教育大学教師)

 

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授業開始のチャイムがなっても席に着かずに遊んでいる子どもがいるとき、どう指導すればよいか

 授業開始のチャイムがなっても席に着かずに遊んでいる子どもは、どこの学級にもいるものです。そんな時に次のような「指導」をします。以外と子どもたちにはききます。
 5分ほど席につかないで遊んでいた子どもを指名して、
「1週間にみんなは30時間ほど授業を受けます。1時間の授業で5分無駄になると、1週間でどのくらいの時間が無駄になりますか」
と問いい、黒板に計算させます。
子どもは黒板に、5分×30=150分、と板書します。
「みんなはこの1年間で35週ほど授業を受けます。1週間で150分無駄になると、1年間でどのくらいの時間が無駄になりますか。」と問い、黒板に計算させます。
子どもは黒板に、150分×35=5250分、と板書します。
「5分無駄にすると、1年間で5250分無駄になるわけです。授業117時間分です」
「1年間の体育の時間が105時間ですから、たった5分無駄にしていけば、体育を1年間できなくなるのと同じことになってしまうのです」
 ここまでさせると子どもたちは、たった5分ザワツイていただけで、1年間では、(自分たちが一番好きな)体育の総時数以上の時間が無駄になることを感じとります。
 この指導は効果が高いです。「けじめをつけよう!」という理念の固まりみたいな言葉より、数字を出す話のほうが、はるかに効果があるのです。
 もちろん授業がおもしろければ、子どもたちは授業を待つようになるので、このような指導もいらないのですが・・・。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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教師と子どもが危機的関係にならないよう、教師が日常すべきこととは

1 子どもと共に遊び、語り合う教師
 子どもについての理解を深め、子ども一人ひとりの興味や関心、悩みや不安、考え方や行動の特徴を把握するために、子どもたちと日常から触れ合いを深めることが大切である。
 教師が子どもたちと遊んだり、雑談できる機会を作るように心がけたい。
 そのとき、教師が1人の人間として心を開いて語りかけると、子どもも心を開いてくる。
 また、教師は、子どもの話を真剣になって聞くように努め、途中で口をはさんだり、説教しないようにしたい。
 触れ合いを通して、子どもたちは少しずつ心を開いてきて、話しかけたり、相談するようになるものである。
 教師が子どもたちの良さや可能性を伸ばすように努めると、子どもは教師に期待されていると感じ、期待に応えようと行動し、問題を起こすことは少ない。
2 教師が生き方のサンプルを示す
 教師として、社会の一般常識をしっかりと身に付けて行動し、教師が1人の人間として真摯に生きていく姿を子どもに示すように努めたい。
 そのためには、教師が教養を深めるように努める。
 そして、教師は服装や言葉遣い、行動等に常に注意を払うようにする。
 さらに、子ども一人ひとりを1人の人間として尊重する姿勢を忘れない。
 子どもの意見もよく聞き、その考えが子どもの生き方に深く影響していることを理解して接するようにしたい。
「だめ」「間違い」と教師がすぐに発言を否定するようなことは、やめたいものである。
3 子ども一人ひとりの居場所をつくる
 子ども一人ひとりの存在を大切にし、子ども自身が存在感を抱くようにしなければならない。
 子ども自身が学級に必要とされていると意識したとき、学級への所属感が高まり、自分の居場所が学級内にできるのである。
 子どもたち一人ひとりが役割を分担し、遂行することにより、自己存在感を抱くようになる。また、友だちの役割遂行に協力することにより、学級の一員としての連帯感を高めることになる。
4 失敗を生かす力を培う
 人生は、ある意味では失敗を乗り切っていく過程でもあると言える。
 教師は、子どもが失敗しそうな時、すぐ手を出してしまう傾向が強いが、適度な失敗も必要である。
 子どもが失敗した時、別の方法を考えることが大切なことを教え、子どもと一緒になって解決する姿勢が大切なのである。
(荻野一郎:元東京都公立中学校長)

 

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思春期の子どもの子育てに悩む親たちの救いになることとは

 あんなに素直だったわが子が思春期に、急激に変わってしまうことに戸惑ってしまう親たち。
 子どもたちは思春期に何が起きているのでしょう。子どものSOSってどうすればわかるでしょうか。
 全国各地の教育カフェに集まった母親たちから子育ての悩みが率直に語られました。
「28歳になる娘がいる。小学校までは『いい子』だったが、その後はずーと悩みっぱなし。自信がないようで、家でストレスを発散するので、地雷を踏むような感じです」
「中学3年の息子が3学期から不登校の学校へ。学校へ行っても授業がうけられない。出席をとってもらって帰るだけ。不安を聞いてもあまり語らないので、結局、私が誘導してしまう感じ。どう対応したらよいかわかりません」
 思春期は自立の時期といわれています。自我を確立してひとりあるきできることが求められます。
 しかし、今の子どもは、生活の自立は後回しにされて、学校の体制に乗り遅れないように追い立てられるのです。
「中学生と高校生の子どもがいるが、進路の話をすると火に油。自己肯定感を高めるって、どういうことなんですか」
 思春期の子どもたちは「嫌いな自分」「学校や親が評価している自分」と向き合えない自分に苦しんでいるのではないでしょうか。
 親たちだって同じような出口のない現状に苦しんでいるのです。
 村上康彦(「母親の孤独から回復する」講談社の著者)氏は、わが子からの虐待に追い込まれている母親たちの回復支援に最も有力な解毒剤は「グループの連帯性である」と述べています。
「孤独だと思っていたが、自分だけではなかった」
「孤立の中で、自分のものとしては引き受けることができていなかった出来事が、グループを媒介とすることで引き受けられる」
「他の人が語り、仲間が『聴いて受けとめる』ことが『私も話してよい、話してだいじょうぶだ』という安心感を与えてくれる」
「つながりの安心感を内面化することが回復の仕上げである」
「安心感の獲得と、自分の過去とつながることは、自分自身とのつなぎ直しのことでもある」
 他者から受けとめてもらうことから生れるつながり合う安心感は、虐待に追い込まれた親たちだけではなく、不登校の子どもを持つ親でも、引きこもりの子を持つ親にも、思春期の子育てに悩む親にも大切な意味を持っているのでしょう。
 話し合う中で受けとめてもらえたという、つながり合う安心感を力にして、子どもとの新しい関係を見つけ出し、創り上げていくでしょう。
(村上士郎:大東文化大学名誉教授)

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小学校低学年の子どもたちの指導のポイントとは

 低学年の子どもは、かわいらしくて、人懐っこく愛嬌があります。
 ささいな失敗や荒っぽい行動も、少々のことは許すことができてしまいます。
 しかし、そのままにしておいては、いけません。
 子どもは無邪気な「天使」ではありません。
 特に、低学年のうちは「ならぬことは、ならぬ」と、ことあるごとに、しっかり指導しなければなりません。
「何が悪くて、何がよいのか」という善し悪しの区別がつかなくなった子どもは「悪魔」に豹変してしまいます。
 低学年の子どもの指導は、手をかけすぎないようにします。
 低学年の子どもは、何をするにも時間がかかり、まどろっこしく感じてしまうことも多く、口を出してしまいそうになります。
 しかし、大人が子どもに口や手をかけすぎることは、子どもの成長のチャンスを奪うことになります。
 非効率で時間がかかるのが低学年の子どもであると考えて、じっくりと構えて、見守ることが必要です。
 低学年の子どもを「押さえつけて指導する」のは危険です。
 子どもたちの、ささいなことにも、目くじらを立て、押さえつけて指導し続けることは危険です。
 やがて、子どもたちは「また、何か、おこごと言っているよ」「へっちゃらだ」と、必ず指導に従わなくなってしまいます。
 力で押さえようとすれば、どんどん強い力が必要になり、歯止めがきかなくなります。
 低学年の子どもが教師を軽んじ始めると、制御不能の騒乱状態になってしまいます。
 いざという時の厳しい指導が、クラスを安定させます。
 低学年の子どもほど、ささいな言動をどんどんほめることで、よい行いがクラス全体に広がっていきます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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授業で、子どもの意欲を喚起させる、おもしろい発問をつくる心構えや視点とは

 若い教師の授業を見ると、教師がやみくもに「発問」を繰り返し、子どもたちは「ちんぷんかんぷん」という場面があります。
 教師の発問には「ねらい」「意図」「方向性」などが問われます。
 にもかかわらず、それらがない発問が繰り返されてしまうと、子どもたちの思考を著しく混乱させるばかりとなってしまいます。
 逆に、何の感動もなく、無味乾燥な発問を繰り返す授業に出くわすことがあります。たとえば、
「ここからわかることはなんですか?」
「筆者は、どんな気持ちでしょうか?」
「どうして、こうなるのですか?」
といった発問です。
 平板なトーンの発問を繰り返して聞くと、子どもたちは「またか!」という思いに支配されてしまいます。
 大方の子どもたちは「もう、うんざり」とばかりの表情で思考を停止させ、だんまりを決め込むことでしょう。
 それが、1時間の授業だけでなく、次の授業も、その次の授業も、同じように繰り返されたら、子どもたちはすっかり意欲を失い、ひたすら「忍耐」を覚えることになってしまいます。
 こんなとき、教師は子どもたちの無反応に腹を立てて「授業に意欲がない」とばかりに、子どもたちに責任を被せてしまうこともあります。
 発問で失敗する原因で考えられることは、
(1)発問が子どもたちの興味をそそるものではなく、子どもたちが自ら考えることを放棄するものになっている。
(2)発問そのものが、子どもたちの実態と「ズレ」ているために、意欲が湧かなかったり、発問に真実味がなかったりする。
(3)子どもたちにとって、発問のことばが難しく、発問の内容を十分に理解できない。
 こうした発問の問題点を振り返って、分析してみる必要があります。
「おもしろい発問」づくりは、次の視点をもとにつくりましょう。
 マニュアル化した発問では「おもしろい発問」は成立しません。
 教師自身が発問を工夫してこそ、おもしろい発問はつくられます。
(1)その発問は、教師にとっても「おもしろい発問」ですか。
(2)授業の目標に照らし、どんな順序でどんな発問をしたらよいですか。
(3)子どもの実態と教材にどんなズレがありますか。
(4)発問に入れ込むべき要素が考えられていますか。
(5)どんなことばを使えば子どもたちにわかりやすいですか。
「おもしろい発問」は、様々な条件を慎重に吟味して、はじめて成立します。
 まずは、自分で作った発問が「教師にとっても、子どもにとっても、おもしろい発問か」を考えることから始めます。
 常に、子どもたちの存在を忘れないで作ることが大切です。
 教師は発問にこだわらなくてはなりません。講義式の授業では、子どもたちが主体的で対話的な深い学びを実現することができない。
 教師は発問によって、子どもたちの学習意欲を引き出し、主体的な学び合いをつくりながら、確かな学力を身に付けさせることをめざしています。
 効果的な発問によって、学びが動機づけられた子どもたちは、自ら解を求めて学習するようになります。
 授業の中で成果が見えるようになれば、成功感・成就感が喚起され、よりいっそう学びを深めることができます。
 だからこそ、発問づくりは重要なのです。
「こう聞いたら、このように反応するかなぁ」
「こう問えば、きっとこう答えてくるだろう」
など、子どもたちの実態に応じて発問は変化します。
 子どもたちが意欲的に取り組むための発問の技術を身に付ける必要があります。
(大畑利則:1952年生まれ、元静岡県公立小学校校長)

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学級崩壊しないようにするには、崩壊学級の特徴をださないことだ、どうすればよいか

 私の学級も、いつ学級崩壊という現実になってもおかしくないと思っている。私は学級崩壊が怖い。だから学級崩壊しない学級づくりを全力で行っている。
 最近、気をつけているのが、崩壊学級の特徴をださないことだ。
 数々の崩壊学級を見てきた。それらの学級には共通した点が多くあることに気がついた。その特徴さえ出さなければ、学級崩壊をある程度防げるということだ。例えば
(1)教室が汚い
 崩壊学級では、多くのゴミ、プリントなどが散乱している。
 汚れた教室だと、子どもたちは汚すことを躊躇しない。ゴミは捨て放題である。あっという間に教室は荒れていく。
 だから、私が掃除をする。整理整頓する。教師がそこまでしてでも、崩壊学級の特徴は絶対に出してはいけない。
(2)子どもたちの動きが遅い
 崩壊学級の子どもたちは、動きが遅い。給食の準備だけでも30分かかる。帰りの会を始めるのにも10分以上かかる。
 だから、私は時間にうるさい。いろいろなことに目標タイムを設定し、キッチンタイマーで時間を管理している。
 目標タイムさえ設定できれば、子どもたちはがんばるものだ。
 私のクラスでは給食準備は10分以内。帰りの会前にランドセルを片付ける時間は2分以内。それが当たり前になっている。
 動きの素早いクラスは崩壊しない。スピード感を大切にしよう。
(3)ゲームが成り立たない
 崩壊学級では、教師の指示が通らない。子どもたちはルールを守らない。ゲームが成り立つはずがない。
 だから、私のクラスでは、どんどんゲームをする。そして、教師の指示に従うこと、ルールを守ることを教えているのだ。
 私はゲームが大好きである。授業の最初に、合間に、最後に時間を見つけてはクラスみんなでゲームを楽しんでいる。
 楽しんでゲームをすれば、子どもたちの仲が良くなる。ゲームは子どもたち同士を、つなげる。
 ゲームが成り立つのは、学級が崩壊していない証拠である。どんどんクラスでゲームをしよう。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

 

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4月に、百人一首で、クラスを盛り上げ、まとめる

 百人一首は小学校・中学校・高校でも必ず役に立つため、教え子やその親から感謝される。
 できれば、4月中に始めたい教材である。これ一つで、クラスは盛り上がり、まとまるからである。
 子どもに国語力をつけさせるための有力な方法の一つに、名文をたくさん読ませることがある。
 百人一首などは、名文ばかりである。教材としてのすばらしさは、あらためて言うまでもない。
 学校でやる時は、時間が約10分でできる五色百人一首(1色が20枚)であれば、1日のうちのどこか、すき間の時間に行うことができる。
 教室での試合は、ペアになって実施する。教室の座席をもとに、試合を行うのであるが、教室が騒然となるほど盛り上がる。
 勝った子どもは上位グループへと進み、負けた子どもは下位グループへと進む。
 負けたら、1つ下の机へ移動する。勝ったら、1つ上の机へ移動する。しばらくして、チャンピオン席を逆転させると、気分転換になり、大興奮で盛り上がる。
 小学校高学年になると、異性を意識するが、自然と手も触れながら、男女の仲も良くなっていく。クラスの雰囲気も、和気あいあいとして楽しい。
 子どもたちには、100首を印刷した用紙を配布し、毎日少しずつ覚えてくるようにしている。
 東京教育技術研究所の五色百人一首は、取り札の裏に上の句が書いてある。一首終わった後、次の句に移る前に、裏返して覚えることができる。
 試合になると、みんな勝ちたいために、裏返して確認している。こうやって自然と覚えていく。
 覚えれば、やりたくなるのが本能で、子どもたちは百人一首を楽しみにしている。
 私のクラスでは、毎日、百人一首コールが起きる。
(古川光弘:1962年生まれ、兵庫県公立小学校教頭。「教材・授業開発研究所」MLを主宰。サークルやまびこ所属)

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大変な子どもたちがいる学級が荒れないようにする授業づくり、学級づくりとは

 今、子どもたちが荒れたり、学級崩壊をするクラスが多くなっています。
 どのクラスも崩壊してもおかしくない状況になっているように思うのです。
 そうしたとき、教師は「なんとかしよう」と強権的な手段に出ることがあります。
 しかし、子どもたちは「自分の思いを聴いてもらえない」と思っているのですから、逆効果にしかなりません。
 そんなときのヒントになる実践を紹介します。例えば、次の詩を取り上げます。
「一ばん、みじかい抒情詩」
「なみだは」
「にんげんのつくることのできる」
「一ばん小さな」
「海です」
 この詩で、子どもたちを変える授業の工夫をつぎのように行います。
(1)最後の「海です」のところを「水たまりです」と変えて提示します。
(2)題名から「一ばん小さな」までの4行は、模造紙に書いておく。
(3)最後の1行は「水たまりです」と「海です」の2枚用意する。模造紙に書いて磁石で貼れるようにする。
(4)最初に「水たまり」を提示したときに、子どもたちは「アレ?」と思って「おかしいよ!」「ちがうじゃん!」といろいろ言ってくるから、
「おかしくないよ」と言って、水たまりから、考えられるイメージを言わせていくようにする。
(5)「水たまり」だと、「きたない」「小さい」「すごく浅い」などと出てくるはず。
(6)それと比較させるように、「水たまり」を入れ替えて「海です」を提示して、海のイメージを考えさせる。
(7)「きれい」「青い」「魚がいる」「広い」「深い」「大きい」などと出てくるはず。
(8)出てきた海のイメージの中で「なみだ」とつながるものを考えさせる。
(9)その後、海となみだをつなげてイメージを広げていくようにする。
 子どもが「思いを聴いてもらえていない」と思っていたり、教え込むだけの授業をしていたりすると、子どもの不満が高まり、授業が成立しなくなったり、学級崩壊につながる可能性があります。
 そのような状況になると、子どもたちは授業の中で「いちゃもん」をつけたくて仕方がなくなります。何かしら文句を言って、授業の邪魔をするのです。いわば「私的ないちゃもん」です。
 荒れたクラスであったとしても、大変な子どもたちをいかに引き入れるかを考えることが大切なのです。
「私的ないちゃもん」を「水たまりです」という言葉を使うことによって、
「おかしいよ!」「間違っているんじゃない」などという、
「公的ないちゃもん」に位置付けてあげることが、授業の邪魔をする子どもたちを引き入れる大きなポイントなのです。
 そうして授業の中に引き入れていきながら「水たまりじゃいけないの?」とわざと開きなおり、
「水たまりだと、どんなイメージ?」と問いかけることで授業にのめり込ませていくことができるのです。
 子どもの実態を考えながら「いちゃもん」に対するアプローチを考え、学習課題に向わせていく。
 これは「授業づくり」と「学級づくり」の両方を視野に入れた「学級マネジメント」といってはよいのではないでしょうか。
(増田修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師(28年間)、白梅学園大学教授。「ユーモア詩」を通じた学級づくりを進めた。2002年にNHKにんげんドキュメント「詩が踊る教室」放映。小学校教師を対象にした研修に力を注ぐ)  

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学級づくりは4,5月の教師と子どもの関係づくりがポイント

 現代の子どもたちは、教師が指示や指導をしても、従順に受け入れようとする傾向が著しく低下しました。
 最初は、静かに教師の指示に従っていたとしても、徐々にそのような傾向がなくなり、反発や不服従的な行動や態度が見られるようになってきます。
 学級づくりは「教師と子どもたち一人ひとりとの二者関係の形成」がスタートです。
 対人関係の持ち方に、独特の傾向をもつ現代の子どもたちには、教師からの適切な働きかけが不可欠なのです。
 現代の子どもたちは、教師との人間関係を、友だち関係の延長線上、私的な二者関係のレベルから捉える傾向があります。
 したがって、学級の中での子どもたちの行動の傾向は、教師に対しても向けられるのです。
 教師と子どもたち一人ひとりとの親和的な二者関係が形成されていない中で、教師と児童という役割関係を前面に出しすぎると、子どもたちは抵抗感を持ってしまうのです。
 学級集団づくりの第一歩が、教師と一人ひとりの子どもとの二者関係づくりです。この関係づくりがうまくいくと、子どもたちは精神的にも安定し、子ども同士の関係づくりも促進されるのです。
 二者関係は新学級で出会ったはじめの2か月がとても重要です。の仕方は次のようにします。
 4,5月の段階で、子どもたちに教師の人間的魅力を感じてもらえるかが、キーになります。それがうまくいくと、子どもたちは自ら教師に心を開いてくるのです。
 教師の人間的魅力とは、教師に対する親近感や、先生は自分を受け入れてくれるという受容感があります。
 同じようなもので、教師といると楽しい気分になれるという明朗生もあります。
 さらに、教師に対する好意や信頼感、ある種のあこがれなどもあります。
 そして、教師の専門性にもとづく教え方のうまさ、熱意などの熟練性も含まれます。
 小学生はこれらの教師の人間的魅力を、混ざり合って感じるのです。
 そして教師の人間的魅力にひかれ、教師との二者関係の形成を望み、関係が形づくられていくのです。
 したがって、どんなに教育技術の高い教師でも、親しみや受容感、楽しさがないと、現代の子どもたちはその教師の教え方がうまいとは感じないので、注意が必要です。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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4月から始める学級崩壊しないクラスづくりとは

 新学期がスタートする4月には、教師の誰もが自分のクラスが学級崩壊するとは思ってもいません。
 しかし、現在では、どのクラスも崩壊する危険性をはらんでいます。
 担任のリーダー意識の希薄さが崩壊を招きます。
 日常の些細な指導から逃げておきながら、学級が乱れはじめて「やめなさい」「言うことをききなさい」と目をつりあげて言ったところで「今さら何を言っているの」となってしまいます。
 教師は、子どもを指導する立場にあります。担任はクラスのリーダーなのです。教えるべきことは教えなければなりません。それが人を育てる者の責任です。
 子どもは、リーダーだと認める人の言葉には素直に耳を傾けます。
 反対に、教師にリーダー意識が希薄だと、子どもは教師をリーダーと認めることはなく、教師の発した言葉を軽く受け流すようになります。
 これが、学級崩壊の原因になることは間違いありません。
 前年度のクラスでうまくいった方法も、今年度のクラスではまったく通用しないということがよくあります。
 教師が「ねらい」を達成するためには、方法をたくさん持つことです。
 選択肢が広がり、より効果的な方法でねらいに迫ることが可能になります。
 学級づくりでも授業づくりでも、多くの実践の知識をもつことで、子どもの実態や場の状況に応じて対応することができます。
 特に若いうちは、特定の団体や人物の実践に固執せず、さまざまなところから幅広く学んで多くの実践を知り、多様な教育論や主張に触れることが必要です。
 自分とは考え方や方法が異なることこそ、大切にする必要があります。そこから学ぶことが視野を広げ、力量を高めるのです。
 表面的な技術を真似するだけでは、クラスは荒れます。
 実際に子どもを指導するためには、子どもの実態に応じた方法であることはもちろん、自分に合った方法で行うことが必要です。
 完全に崩壊してしまってからでは、立て直しは非常に難しくなりますから、崩壊の前兆を見逃さず、早い段階で手を打たなければなりません。
 例えば、授業に真剣に参加しない、平気で忘れ物をする、宿題を怠る、学校のきまりを破る、時間にルーズになる、掃除を真剣にしない・・・・・。
 そのような子どもが増えてきたら、クラスの統率が乱れている証拠です。すぐに対応しましょう。
 クラスに落ち着きがなくなると、悪いところばかりに目がいきがちです。「当たり前」にできていることにも目を向けるようにしましょう。
 統率がとれていないと、子どもとの関係がしっくりいかなくなってきます。
 子どもたちが教師を敬遠するようになり、指導を受け入れなくなります。
「しっくりこないな」と感じたら、子どもと触れ合う機会を増やすようにしましょう。
 休み時間に一緒に身体を動かしたり、会話を交わしたり、教師から子どもに近づく努力が必要です。
 一緒に遊び、話をするうちに、互いに知らなかった一面に気付き、親しみを感じるようになります。
 授業に集中できない子が増えてきたと感じたら、努めて子どもを引き付ける授業づくりの工夫をしなくてはなりません。
 子どもの興味・関心を引く題材や教材を準備して、子どもが意欲的に参加できる楽しい授業を行います。
 その中で、話を聞く態度や授業を受ける姿勢、挙手の仕方や発言のきまりといった授業規律を丁寧に指導して、教師の指示通りに活動できるようにしていきます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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保護者からの苦情対応はどうすればよいか、弁護士から学校や教師へのアドバイス

 弁護士として学校関係者から相談を受けるたび、先生方が「誰のために何をしたいと考えているのか」という疑問を禁じえません。
 また、明らかにダメなものには、はっきりとダメだと言えばいい、そうすればもっと楽になるのに、どうしてしないのかとも思います。
 また、法律的に白黒の判断がよく分からない場合、真っ白なところと真っ黒なところをまず知ってください。それが分かるだけでも、楽になるのではないでしょうか。
 そう見ていると、先生は線引きが非常に下手だと思うのです。
 この保護者はクレーマーなのか、それとも訴えを聞くことで、幸せにつながる大事な宝物をもってきてくれている保護者か、という判断が、学校や教師ができていない、しようとしていないということです。
 保護者からの苦情を、目の前にいる子どもへの教育的配慮として、学校はどうするべきなのか、を考えることだと思います。
 つまり、子どもの成長、学習の保障という部分から見て、その保護者の訴えが正当か正当でないかということです。
 常にこの発想に立って学校は対応するべきです。
 この発想がしっかりとできていて、それをきっちり説明できれば、ほとんどの場合はうまくいきます。
 ただし、これが通用しない少数の保護者もいます。そういう人たちへの危機管理を意識して学校経営を考えなくてはいけないと思います。
 先生はすぐ保護者をクレーマーにしようとします。その理由は、保身や対人関係スキル不足が大きいのではないかと思います。
 もう少しちゃんと対応すればいいものが、出てくる保護者をクレーマーだと言うのは「私には、もう扱えません」と告白しているも同然だということです。
 ダメなことはダメだと言うことは「是々非々」を判断して実行するということです。
 この「是々非々」の線を、教師や管理職も含めて、実行に移すという「術(すべ)」が必要なのです。
 目の前に起こっていることが是か非か分からなくては困ります。
 その線が分かったとしても、判断に従って行動する際に、障壁や支障が出てくる場合もありますので、そこをどう具体的に対応していくかを含めて「術(すべ)」がなくてはなりません。
 最前線に立つ現場の先生方が、トラブルの際に孤立しないで教育活動を遂行できないといけません。
 そこでは、誰かに支えてもらうことが必要な場面が出てきます。校長や教頭の役割の重要性に焦点があたります。
 同時に、クレーマーのような人たちに対して、まっとうな要望の出し方がどういうものかを理解してもらう視点も必要なのかとも思います。
 また、人がそれぞれ寄って成り立つ人間社会では、うまく関係をとっていくには、相手のことを考えないとけないという根本的な視点、また学校は子どもたちに何をすべきかという視点も必要だと思います。
(三木憲明:大阪弁護士会)

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黄金の3日間における学級開きは、どのようにすればよいか

 教師は1年で結果をださなくてはならない。その鍵を握るのが「黄金の3日間」である。「黄金の3日間」こそ、教師の仕事開きとも言える。
 この3日間は、少々の腕白坊主も耳をこちらに傾ける。この3日間で、担任は気概をもって、クラスを統率しなければならない。どうすればよいのでしょうか。
1 インパクトのある自己紹介をせよ
 学級開きで、子どもの最大の関心事は「今年の担任は、どんな先生だろうか」ということである。
 最初の出会いが重要である。教師の自己紹介で、どれだけ子どもの心をつかめるかが重要である。
 子どもの固定観念を破壊するくらい、教師自らが、逆転現象を起こすような自己紹介をすることが大事である。
2 明確な方針を示す
 学級開きのときは、学級の子どもたちは「群れ」の状態である。
「空白」の時間をつくると、子どもたちは自分勝手な行動をするようになり、学級集団は崩れていく。
 学級の統率者である担任ができるだけ早く「方針」を示す必要がある。例えば
「みんなに身につけてほしいのは「けじめ」です」
「同じ教室で集団生活をしていくためには「けじめ」が必要です。一人ひとりが勝手な行動をしていては、学級生活は成り立ちません」
「次に、先生が絶対に許せないのは『いじめ』です」
「先生は差別を絶対に許しません。差別はする方も、される方も人間をだめにするからです」
「先生は、みんなのお父さん、お母さんから、みんなを1年間預かりました。誰か1人だけ楽しくても、先生の責任は果たせません」
「先生は全員が楽しく過ごせるようにしたいと思います」
3 子どもが動ける「しくみ」と「システム」をつくる
 方針が示されても、何をどうすればいいのか分からなければ、子どもは動くことができない。
 子どもが動けるようにするためには「しくみ」と「システム」をつくりあげることである。例えば、
「みんなが学級生活を送っていくためには、3種類の仕事を役割分担していく必要があります」
「1つ目は、掃除や給食当番など、毎日のように繰り返される仕事で、何人かで分担する仕事です」
「2つ目は、黒板係や掲示係など、必要に応じて、みんなで分担しないといけない仕事です」
「3つ目は、レクレーション係や新聞係など、みんなが楽しく学級生活を送れるようにするために、自分たちで工夫しながら取り組んでいく仕事です」
「自分たちの力で、自分たちの学級生活をつくっていきましょう」
4 アドバルーンはたたく
 この黄金の3日間は、教師と子どもたちとの主導権の取り合いなのである。子どもたちからのアドバルーンは、たたかないといけない。
 例えば「鉛筆を出しなさい」という指示を出したとき「先生、シャーペンでもいい?」と言ってくる子が必ずいる。
 実は、これが担任としての勝負の始まりなのである。1年間を左右する極めて重要な場面である。
「今、質問した人、立ちなさい」
「質問は、手をあげて、きちんと立って行いなさい」
「もう一度、言ってごらん」
「シャーペンを使ってもいいですか」
「先生は何と言いましたか。鉛筆を出しなさいと言いました」
「シャーペンについては、また考えます。今は鉛筆を出しなさい。無い人は貸してあげるので取りに来なさい」
 このように毅然と対応するのである。若い先生は何でも許してしまう傾向にある。
 これができないから、ルールがなくなり、クラスが崩れるのである。
 教師がクラスを統率すれば、子どもたちの表情はみるみる穏やかになる。
 可愛がることは、後からいくらでもできる。
 クラスが崩れてしまえば、後から立て直すことは至難の業なのである。
 最初の3日間は大切にしないといけない。
 子どもたちに好かれよう、楽しい先生と思ってもらおうと、見栄のために、ゲームなどで3日間が終わってしまうと、とんでもないことになる。
 最初の3日間は、クラスが動くシステムをつくり上げる大切な時間なのである。
5 授業のシステムを確立する
 授業はフラッシュカード等を使って全員がそろうのを待つ。
 全員がそろったところであいさつをして、例えば
「今日の日付けを4/9と書きなさい」
「次に、今から学習するページP3と問題番号1と書きなさい」
「書けたら立ちなさい」
「きちんと書けているか、隣どうしで確認し合いなさい」
「合格した人は座りなさい」
 大切なことは、子どもたちのノートを必ず全員、何らかの方法で確認することである。
3日間ともノートをきちんと確認する。
 落ち着かないクラスを担任したときは、次のような10分間パーツ教材で授業を組み立てる。 
(1)10分前後で完結するか、区切りをつけることができる教材
(2)シンプルかつ単純明快な教材
(3)必ず全員が取り組むことができる教材
(4)授業のねらいに沿う教材
 この条件を満たす教材を、45分の授業の中に、ねらいに迫るような形で効果的に配置する。
 何も難しいことはない。たったこれだけのことだが、子どもたちを引きつけ、子どもたちの集中力を飛躍的に高めることができるのである。
 ただ、10分間教材は、子どもたちが落ち着いて学習に取り組むための手段であるということだけは強調しておきたい。
(小田光治:長崎県公立小学校教師)
(古川光弘:兵庫県公立小学校教師)

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新任教師でもうまくいく授業づくりの基本とは

 授業は学力形成の場であると同時に、友だち関係や規律を学ぶ場であると意識しましょう。
 授業には、忍耐力、協調性、集中力、勇気といった人として大切な力の形成に関わっています。
 授業が教師力の本丸です。
 子どもにとって、学校生活の約7割の時間が授業です。
 授業の楽しさは、子どもが「分かった」「できた」「がんばった」という、自信を得ることです。
 良い授業には「子どもに考えさせ、苦労させ、解決させる」というところがあります。
 勉強が大好きという子どもは、そういるものではありません。
 授業のとりかかりは気分が乗らなくても、子どもが夢中になる授業であれば、子どもは自分から進んで学習に取り組むようになっていきます。
 そして、知らず知らずのうちに「勉強は自分でやるもの。能動的にやるから楽しい」と、感覚的に覚えていきます。それは自律の基礎を育んでいるのです。
 若い教師には、子どもたちが話を聞いてくれない悩みがあります。
 教師の話し方に原因があるかもしれません。
「間」のない話し方は、子どもたちは飽きやすく、頭の回転をストップさせます。
「ここは聞いてほしいな!」と思う部分の前に「間」(5秒以上)を取ってみてください。
 子どもは「次は何を話すのだろう」と思わず身を乗り出すくらい「間」を取ってみてください。
 授業の際、自分の話し方を録音してみましょう。再生してみると、大きな改善点が見つかります。
 子どもが間違いを恐れない、上手な教師の聞き方だと、子どもたちは活発に発言します。
 大発見は、すべてたくさんの失敗から生まれています。間違いや失敗があるからこそ、人は成長するのです。
 教室は間違うところ、たくさん間違えると賢くなる、ということを教えてあげましょう。
 教師はやさしい表情で、子どもが「発表してよかった」と思えるように受け止めてあげましょう。
 授業は何と言っても、開始5分間が重要です。子どもが学習する姿勢になれば、その後の学習もスムーズになります。
 チャイムと同時に授業を始めます。教師が待たないと分かると、子どもも早く準備をするようになります。
 それは自分が困るからです。待っている子どもからの不満もなくなります。
 授業の始めに行う「オープニングテスト」が有効です。前時の復習テストをするのです。
 授業の最後の5分間は「ノートまとめ」が効果的です。自分の言葉で、絵や図を用いてまとめさせるのです。
 学習したことが整理でき、自分の学習を振り返ることができます。
 板書は、学びの足跡になります。
 授業終了時に黒板を見て「こんな勉強をしたんだなあ」と、子ども自身が振り返ることができるよう、黒板1枚で板書案を具体的に考えて日々の授業に取り組んでみましょう。
 黒板に書く内容は、教科書のまとめなど「ノートに写させる事柄」と、話し合いの際に出された意見や理由といった「ノートに写さなくてもよい事柄」に分かれます。
 写す、写さないは、授業のルールとして4月中に決めておきましょう。
 板書の文字の大きさは小学校低学年は10cm、中学年は8cm、高学年は6cmの大きさで書くといいとされています。
 チョークの色は、白や黄色はよく見え、この2色を中心に板書案を考えましょう。
 発言力をつけさせるために、教師の発問について、自分の考えをノートに書かせます。書けた人は発表するようにします。
 こうすると、どの子も無理なく発表することができます。
 授業に緊張感がなければ子どもたちはだれます。
 いつ、当てられるか分からない空気は、子どもたちの気持ちを引き締めます。
 例えば「この意見に賛成ですか? 反対ですか? この列、起立して答えなさい」というだけでも、緊張感を与えることになります。
 始めから終わりまで、目一杯緊張した状態で行うのは、子どもたちにとっても、教師にとっても、しんどいものがあります。
 そんなときは、ユーモアを加えて小さな笑いを入れると、楽しく集中できます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

 

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子どもに「先生嫌い」と言われたとき、どうコミニケーションをとればよいですか

 子どもが教師を嫌いというのは二次感情です。一次感情は私を見守って、支えてというリクエストです。
 子どもが「嫌い」と言ったら、何をしてほしいと願っているのかを考えるようにしましょう。
 女子と男子では「嫌い」の意味合いが異なります。女子は注目してほしいというリクエスト、男子は敵対するという宣言です。
 人は関わりを持つと、大きく分けて「好き」「普通」「嫌い」の3つの感情をもつようになります。
 好きと嫌いには、共通している思いがあります。それは「認められたい」です。つまり、相手に振り向いてほしいのです。
 私自身、出会ったばかりの4月、心当たりがないのに「先生、嫌い」と言われたことがあります。
 彼女の様子を見ていくと、友だちとの関係がうまくいかなかったり、前の担任との違いによる戸惑いがあったりしました。
 それに気づいてほしい、というサインが「嫌い」という言葉になったのです。
 男子は不満があっても、いつまでも根にもちません。
 しかし、誤解や不満が積もり、それが限界に達すると、嫌いという感情に変わります。
 積もり積もった感情ですから、慎重に対処したほうがいい。そんな時は「嫌いにさせてごめん」と謝ります。
 良好なコミュニケーションを築くには、教師から声をかけることです。女子は量、男子は質を意識します。
 小学校高学年の女子は、話しかけるとそっけない態度をとりますが、多くの場合、それは周囲へのポーズです。だからといって、教師が声をかけないでいると、相手にしてもらえないと不安になります。
 女子への声かけは、時間よりも回数で、こまめに声をかけるようにします。
 特別なことを話題にすると友だちの目が気になりますが、立ち話で日常の話題なら気兼ねなくできます。5秒もあれば十分です。
 男子は教師に話しかけることは稀です。男子は男子と一緒にいるほうが楽しく、安心できるからです。
 男子への声かけは、教師と話をしたという満足感が大事になります。そのポイントは、男子にとって重要な話題を一つに絞ることです。
 そのためには、男子が気になっていること、気にしてほしいことを事前に下調べをし「把握」しておきます。
(城ケ﨑滋雄:1957年鹿児島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会、不登校対策教員として不登校児童と関わる。荒れた学級の立て直し、小学校教師として教育情報雑誌「OF」等で情報発信している)

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授業力を上げるにはどうすればよいか

 有名教師の動画や本から学び、そのとおりやってもうまくいきません。
 有名教師は人一倍努力して積み上げた考え方や技術の長い蓄積があります。安易なものまねでは通用しません。どうすればよいのでしょうか。
 結論を言えば、即効薬はありません。
 地道な努力をかさね、あなたのよさを生かす授業づくりに取り組むことが大切です。そうすれば授業力がついていきます。そのためには
(1)多くの授業をみる
 他の教師の授業を参観したりして多くの授業を観るとよい。他校の研究授業では高いレベルの授業を参観することができます。
 そのとき観察するポイントは、授業の流れを細かくチェックし、子どもの様子を観察し「自分だったらどうするか」と考えてみることです。
(2)授業をみてもらい、助言を素直に受けとめる
 自分の授業を同僚教師に観察してもらい、きたんのない意見をきかせてもらうようにします。自分では「クセ」や、気づかないことを知る機会になります。
 そのとき、謙虚に耳をかたむけると授業の指導力が向上していきます。素直さは、飛躍の第一歩と言えます。
(3)授業公開して子どもや保護者、地域の人から評価してもらう
 授業を公開して、保護者、地域の人から授業の感想や意見も役立ちます。
 子どもからの評価も随時受けるようにします。具体的な指摘は、次回の授業から改善できるようにすると、子どもからの評価意欲が高まります。
(4)本や雑誌から学ぶ
 教育書の中には、先輩教師が長年かけて蓄積してきたノウハウがぎっしり詰まっています。
 実践本は参考となる考え方や技術、経験などが書かれています。ぜひとも活用してください。
(5)幅広く学ぶ
 授業方法だけを学んだのでは、十分とはいえません。幅広く学ぶ中に、思わぬ収穫があります。雑学精神をお忘れなく。
(6)楽しい授業の意味を取り間違えない
 子どものご機嫌取り優先で、ジョークを連発したり、授業規律に目をつむるような授業を続けていたら、やがて子どもたちに飽きられます。
 子どもが楽しみに待つ授業は、子どもが好き勝手なことをやって、面白おかしく進行するものではないということです。
「新たな発見をした」「知らなかったことを教えてもらえた」など、学びの本当の楽しさを伝えることが教師の役割です。
(嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師、教育研究所指導主事、中学校長、日本学校教育相談学会会長等を経て神田外語大学教授)

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学校の異動は精神的に不調になる危険がある、どうすればよいのでしょうか

 G教師は40歳代半ばのベテランである。異動先の学校では学年主任としてリーダー的な役割を期待されていた。
 担任した学級は最も難しいクラスで、課題のある子が多数いたが、経験5年未満の若手教師中心の校内では誰にも相談できない状況であった。
 初めての地域で、異動してきた直後で分からないことばかりです。
 当然、仕事は時間も手間もかかるようになってきました。
 こうした中で、学年主任として仕切るのには、大きなプレッシャーがありました。
 4月下旬になると早くも学級経営に暗雲が立ち始めたのを感じるようになりました。
 しかし、相談相手がいません。長い教師人生で初めて不安に襲われました。
 G教師は高学年を担任することが多く、強い指導を持ち味として学級経営を進めてきました。
 早い段階から規律を浸透させ、ルールを守らない子には少し強めの言葉で指導し、厳しさの中で、力を伸ばす学級づくりをしてきました。
 それだけに4月に規律が乱れ始めたことに動揺したのです。不安で眠れなくなることがありました。
 5月の連休明けには、明らかに数人の子どもが指導に従わなくなりました。
 子どもたちのふざけた態度に、ますます厳しく指導しますが、厳しい指導が通用しないことへの焦りで、どうしたらよいのか分からなくなっていました。
 1学期の保護者面談で「うちの子に厳し過ぎるのではないか」という声が複数の保護者から寄せられました。
 そして保護者会で、一番手を焼いていた子どもの保護者がこれに同調し、あっという間にG教師を糾弾する場と化してしまいました。
 G教師にとっては初めてのことです。その晩は、寝つけず眠りについたのは明け方になってからでした。
 そして翌朝は身体が重く、強烈な頭痛に襲われ、起き上がれませんでした。1学期もあとわずかという時期でした。
 学校を休み始めて数日後、病院で「適応障害」と診断されました。通院しながら自宅で療養することになりました。
 これまで、教師として順調なキャリアを歩んできたG教師にとって、精神疾患となって出勤できなくなるとは、到底受け入れがたいものでした。
 社会から取り残されている寂しさと焦り、何もできずに休んでいる自分への情けなさ、こんなはずはないと自分の現状を否定する思いが交錯し、葛藤する日々が続きました。
 休み始めて2カ月ほどすると、現状を受け入れる気持ちが芽生え始めました。
 徐々に症状は軽くなり、年明けの復職を考え始めました。
 しかし、いざ復職を考えた途端、自分の置かれた立場が頭に浮かんできました。
 言うことを聞かない子ども、大きな声で責める保護者、他人行儀な同僚。
 教室に戻ったときの光景が頭に浮かぶと、再び不眠と頭痛に襲われました。
 自分の指導スタイルが通じなかった挫折感はまだ生々しく、子どもとの関係が修復できるとは思えませんでした。
 医師と話し合い、年度末までの休職を決意しました。
 学年が変われば状況も変わる。新しい年度になったら、また一から頑張れるのではないかと考え、G教師は翌年度に復職しました。
 異動は精神的に不調になる危険があります。どうすればよいのでしょうか。
 学校を異動すると、前任校で得られていた自分への信頼がゼロからのスタートになります。
 当たり前だった日常が、当たり前でなくなります。G教師のように対処しきれず、不適応に陥ることがあります。
 わからないことは素直に認め、相談して教えを乞い、新たにキャリアを積んでいく気持ちを持つ姿勢が必要なのかもしれません。
 初年度は、自分になるべく負担を課さないように心がけるとよいでしょう。
(真金薫子:東京都教職員互助会三楽病院精神科部長、東京都教職員総合健康センター長、東京医科歯科大学臨床教授)

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聞く態度が身についていない子どもがいるとき、どう指導すればよいか

 授業中に、担任や友たちが話をしいても聞いていない。「話を聞きなさい」と注意しても効果がない。どうすればよいでしょうか。
 聞く態度を身につけるためには、聞く態度とともに、聞く技能を高める必要がある。
 聞かざるを得ない状況をつくり出すことによって、聞くことの必要感が出てくる。
 それとともに、聞く技能を子どもたちにしっかりと身につけさせることも必要である。
 聞く態度を育てるポイントは
1 後で話の内容を誰かに発表してもらうと予告する
 話したことを、後で話の内容を誰かに発表してもらうと予告し、聞かざるを得ない状況をつくり出す。
2 目で話を聞く
 教室に「目で聞く」と書いた紙を掲示し、目で聞くことの大切さを話す。
 話している子どもの方を向いて聞いている子どもをほめるようにする。
3 話している人に反応しながら聞く
 うなずきながら聞いたり、納得がいかない場合は、首をかしげることも大事である。
4 書きながら聞く
 連絡帳に、聴写をさせることで、毎日のトレーニングになる。
 そして、書き取らせた文章を、確認のため読ませるとよい。
「先生、もう一度言って」と、子どもが聞き返しても、二度は言わないことを事前に約束しておく。
(山田 一:山口県公立小学校教頭)

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手におえない生徒に関わり続け、信頼されるには、どうすればよいか

 クラスには、担任の言うことを聞かないやんちゃな生徒が必ずいる。言われたことが出来ない生徒もいる。
 そんな、生徒への対応の基本が「生徒を一度は受け入れる」である。
 どんなにやんちゃな生徒にも必ず言い分がある。どんな問題行動でも、まず生徒の言い分を聞くということだ。
 ただし、法に触れること、命に関わることであれば、どんな理由があろうと止めねばならない。
 問題行動の原因の多くが、生徒間のトラブルであったり、教師への不満、授業への不満だったりする。
 そのような生徒の考えを聞く耳を持たず、頭ごなしに正論だけをぶつけても生徒は納得しない。
 生徒の話を聞くことが教師には必要なのだ。
 目の前の生徒の思いと気持ちを理解する方法を教師は持たねば、生徒の思いを知ることはできない。
 生徒への対応の方法や技術を20通りは身につけなければならない。
 生徒は、納得しないと動かない。
 生徒の納得を得るには「担任が生徒に信頼されていること」が必要だ。
 信頼できる教師の言うことなら、生徒は変えていこうと動き出す。
 そのために必要なことは、生徒との信頼関係をつくることである。その第一歩が「生徒を一度は受け止める」という教師の姿勢なのだ。
 信頼関係を築くためには、生徒の良さや行動を認めることだ。自分のことを認めてくれる大人の言うことなら生徒も従う。
 生徒は認めて育てることが基本だ。
 生徒を認めるには、生徒を丸ごと受け止めることが必要となる。
 どうにもこうにも手に負えない生徒がいても、目の前の生徒を丸ごと受け止める度量を持たなければならない。
 私は毎日「どの子も大切にされなければならない」「どの子も一人の例外もなく可能性を持っている」とノートに書き続けた。
 あきらめそうになる自分をこの言葉が何度となく救ってくれた。手におえない生徒に関わり続けることができたのは、この二つの言葉があったからだ。
 生徒も人間である。自分のことに一生懸命になってくれる人の存在を決して忘れない。
 生徒は認めて育てるのだ。
(垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表)

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4月の始め頃は学級担任を試すような発言がある、どのように学級づくりをすればよいか

 子どもたちは4月始め頃に、学級担任を試すような発言が多い。
「この担任は、どこまで自分たちの要求に応えるか」を試していると言っても過言ではない。
 なんとなくあいまいにしたり、あまり考えずに子どもたちの要求を取り入れたりすると、エスカレートしたりして、後々、クラス運営で困ることがよくある。
 それは、教師不信や学級崩壊などにもつながっていく。
 担任は、子どもの要求に対して「正しいか」「一部の子どもだけの意見になっていないか」「後になって困ることにつながらないか」を見極める必要がある。
 子どもに担任の姿勢をはっきりと示していくことが重要となる。
 もし、子どもの要求を取り入れない判断したときは「取り入れない理由」を、はっきりと子どもたちが納得するよう語る必要がある。
 このことが、これから1年間、担任を信頼するかどうかを大きく左右する。
 子どもたちに説明するときに重要なことは
「すべての子どもに公平なものかどうか」
「子どもをよい方向に伸ばすことにつながるか」
という点を考えるべきである。
 しっかりと子どもたちに伝えていくことで「この先生は、自分たちの勝手な思いに乗せられない」と、子どもたちは気づくことになる。
 けじめのある学級づくりにもつながるのだ。
 担任に自分の要求を突きつけてくる子どもは、よきにつけ悪しきにつけ、クラス運営に重要な役割を果たす子どもである。
「子どもの要求」を受け入れない場合は、クラスづくりのために、しておかなければならないことは、意見を言ってくれた子どもを、ほめてあげることである。
「クラスのことを考えて意見を言ってくれたことは、先生はすばらしいことだと思うよ」
「これからも、みんなのことを考えて意見を出してください」
と言って、他の子どもたたちの「クラスづくり」に参加する意識を高めるとともに、意見を出した子どもに恥をかかせないようにするとよい。
 担任としてぶれてはいけないことは「クラスのみんなのことを考える」という視点である。
「クラスのみんなが安心して、学習や生活していくこと」視点からすべての物事を考えていくと、だいたいの判断はつく。
(成瀬 仁:公立小学校教師。オーストラリア公立小学校での勤務経験がある。また、幼稚園の経験もあり、多彩な教職経験がある)

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教師の成長にとって、どのような場が必要なのでしょうか

 教師の実践的力量を高めていくには、教師一人ひとりが「自分の力をもっと高めよう」という強い意志がなければいけない。

 教師が最も意義があると感じているものとして「自分の意欲や努力」「学校現場の雰囲気や人間関係」「現任校での研修」をあげている。

 また、フォーマルな研修よりも、子どもとの日常的な関わりの中で行われるインフォーマルな自己研修や実地経験のほうが有効だと認識されている。

 特に初任者の場合、自分の力量形成に役立ったものとして「子どもとの日常の交流」「同じ新任教師、年齢の近い若手教師との経験交流」「経験豊かな年輩教師の日常のアドバイス」が上位を占めている。

 力量形成の契機になったものとして、学校内での「研究会、研修」「すぐれた先輩や指導者との出会い」「自分にとって意味ある学校への赴任」「教育実践の経験(学級指導、生活指導、特定の子どもとの出会いなど)」「学校外でのすぐれた人物との出会い」をあげる教師が多い。

 このように、日常的かつ自主的な研修の意義は大きいといえる。

 子どもの事実に基づいて、絶えず自分の実践を省察・吟味し、同僚や先輩の教師たちと語り合い、学び合いながら、新たな課題に挑んでいくことが重要である。

 いわば、学び続ける教師、学び合う教師であることが教師の成長にとって不可欠である。

 歴史に名が残るような教師は、例外なく生涯学び続けている。蔵書も半端ではない。

 いろいろな教室を訪問して、そのたびに痛感するのは、よく学んでいる教師のクラスは、子どもたちもよく学んでいるということである。

 発言も論理的で、追求型の学びが成立している。

 たくさん本を読んでいる教師、身銭を切ってさまざまな研究会に参加している教師、サークルの仲間と学び合っている教師など、そうした教師の姿は授業に反映する。

 教師自身も一人の聞き手・学び手として、子どもたちの発言や出来事に開かれている。

 そして、その事実の意味を省察して、適切に対応している。

 子どもたちは教師のそうした姿を見て、学びの態度や方法を吸収していくのである。

(鶴田清司:1955年生まれ、都留文科大学教授、全国大学国語教育学会常任理事、日本教育方法学会理事)

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授業を楽しくするための工夫と、授業の自分用の指導案づくりの工夫

1 授業を楽しくするための工夫
〇子どもたち一人ひとりに小さなホワイトボードを渡し、クイズ番組のように私が問題を出して、その答をホワイトボードに書かせて、みんなで「せーの」で出します。
 盛り上がって楽しく復習したりできます。
〇小学校の低学年の時は、人形を使って授業をします。子どもたちは、人形が登場するだけで大喜びです。
〇「こまったくんキャラクター」がいて、授業の導入で「困った問題」を子どもたちに相談します。
 授業の最後の確認の場面で、わざと間違った答をいったりします。
 子どもたちは「違うよ!」とむきになって説明します。うまく説明できると「わかったくん」になって帰っていきます。
〇授業のノートに感想を書いて提出してもらいます。私は子どもとキャッチボールできるような返答を書きます。
 私にとって、子どもの学習の理解度が把握でき、子どもにとって先生にノートが見られるので書く意識が高まります。
〇デジカメをテレビにつないで、挿絵や教科書など映します。お手本になる子どものノートも撮って映します。
〇算数は、子どものつまずきそうなところ、引っかかりそうなところを、ヒントになるカードを用意します。
 例えば、式や表を穴埋め式にしたり、具体的な図を書いておいたり、簡単な数字に置き換えた問題にします。
〇子どもは実際に見て感じると興味を示すので、できるときは具体物を用意したり、写真を見せたりします。
〇社会科ではクイズを出しながら、授業を進めることもあります。
〇国語の物語文などを手書きでつくり直します。
 子どもたちが行間や段落ごとに、感想を書き込めるようにします。
2 授業の自分用の指導案の工夫
〇ノートに大まかな流れを書いておきます。
 そして、授業の時に子どもが、輝いた発言、悩んでいる発言などを座席表にメモします。子ども理解に役立ち、つぎの授業の発問のもとになったりします。
〇板書案を書いて、展開を整理し、ポイントをはっきりさせます。
 視覚的な図が頭に入りやすい。実際の授業中に、子どもとのやり取りで、予期せぬ展開になっても脱線せずにできます。
〇ノートに授業の流れをメモします。なるべく細かい発問まで書くようにしています。
〇子どもと同じノートに、子どもに何をどのように書かせるか、実際書いて授業をねります。
(佐藤/隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

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悩んでいる教師の悩み方にはパターンがある、悩まないためにはどうすればよいか

 私は多くの教師の「悩みの相談」を受けて、悩みを聞いていく中で、
「悩みを抱かえる人たちの悩み方にはパターンがある」
「いくつかの知識があれば、悩んだ時の傷つき方は異なってくる」
ということに気がつきました。
 悩み方のパターンと、悩みのパターンに陥らないためにどうすればよいのでしょうか
1 悩み方にはパターンがある
(1)「自分だけが」と思い悩む
 悩みを抱かえている教師たちは、周りの教師はうまくやっているのに、自分だけがうまくいかない。自分だけがこんなに悩んでいる、と思っています。 
 そして、自分の悪いところを探し、見つけたところを無理に直そうとする。ところが、うまくいかず、さらに苦しむ。
 そんな思いの中で「自分には能力がないんだ」「先生に向いていないかも」と自信がなくなっていくのです。
(2)エネルギーの不足
 教師にとって学校に行くということは、子どもとの関係、保護者との関係、同僚との関係など、さまざまな関係を切り回すことになります。
 そのために相当なエネルギーがいります。
 何らかの原因で自分が傷つき、さらに自分を責めたりするようになれば、関係を調節していくのに必要なエネルギーが、どんどん失われていきます。
2 悩みのパターンに陥らないためには、どうすればよいか
 まず「悩んだときに、自分の悪いところばかりを責めてもいいことはない、ということを知る」ことが大事と思うのです。
 悩み始めると、自分に悪いところがなかったか反省したくなります。しかし「反省しても元気はでない」ものです。エネルギーが失われていきます。
 まじめな人ほど、そのパターンに確実にはまってしまいます。
 エネルギーをなくせばなくすほど、問題への対処能力は下がっていき、ますます解決困難になっていきます。
 問題を解決するためにも、まず一番に考えるべきは「自分が元気でいること」なのです。
 自分を落ち込ませないよう「自分を守るための努力」がとても大事なことだと思うのです。
 私がよくするアドバイスは、
1 信頼できる人に話を聞いてもらい、グチる。
 話をしっかり聞いて、共感してくれる人を持ち、その人に頼ることが必要です。
 弱い自分をそのまま認めてもらえる安心感は、何ものにも代えがたいものでしょう。
2 自分の楽しみごとを大事にし、気分転換を図る
 深刻な悩みごとがあると楽しみごとはおあずけという感じになりがちです。そうすると、ますます閉塞感が高まります。
 問題を解決するときに必要なのは「心の余裕」です。
 大変なときにも、少しでも自分の好きなことをやっていくようにしたい。
3 目標を下げる(再設定する)
 このくらいできるはずだと思っていても、叶いそうになかったら、その時の状況で適切に再設定してやっていかなければならない。それがプロの力量だと思うのです。
4 先のことより、今日の1日を考える
 悩んでいるときは「もっと悪くなりそう」と、悪い予想ばかりが立って、心配になり、どんどん疲れてしまいます。
 それより「先のことを考えてもしょうがない」と、あきらめるのが一つの極意と言えるでしょう。
 そして「今日が終われば、それでよし」と、毎日を終わらせるだけを目標にするというのが、私の最大のアドバイスです。
「これだけ大変な1日が終わった。ほんとよくやったよ」と、自分をほめるのです。
 いつも、その日、1日を終えることを目標にしていると、不思議と目標も低くおさえられ、しかも毎日の頑張りも見えてきたりします。
 私がもっとも活用し、実際に救われている考え方かもしれません。
(中 一夫:1960年鳥取生まれ、東京都公立中学校教師。仮説実験授業研究会会員)

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新任教師は、教材研究で何をすればよいかよくわからない、教材研究をするときのコツとは

 先輩教師に「教材研究している?」と言われても、新任教師は何をすればいいかよくわからない。教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 教材研究をするときの効果的なポイントは
1 とことん教科書を調べろ
 当たり前のことですが、教科書を隅から隅まで読み込みましょう。
 教科書というのは、学習指導要領をふまえ、系統性を考え、緻密に構成されています。
 教科書のすべての問題、すべての資料、すべての文章には、意味が込められているのです。
 教科書は指導事項に漏れ落ちがありません。
 教科書会社は緻密に教科書をつくっています。
 その意図が分からなければ、100%の効果は得られません。自分なりに意図を考えることをおすすめします。
 その意図を考えることが、教科書「を」教えるから、教科書「で」教えることにつながります。
 私は、新任の頃、少なくとも10回以上は必ず教科書を読んでいました。
 その中で分からない言葉や、少しでも自信のないことは、すべて辞書やインターネットを使って調べました。
 図画工作なら、まずは作品を自分で描いてみるべきです。そこではじめて、何を指導するべきなのかが分かってきます。
 子どもに教える前に、教師が自分で実際に考えたり、やってみたりする。これは、どの教科の授業でも基本です。
 次に、1時間の授業を見開き2ページのノートに、必要な知識、どのように教えるか、などを具体的に書いていきました。
 そうすると、1時間の授業がパッとイメージができるようになります。
2 授業の「型」をつくれ
 どんなに教材研究をしても、授業の流し方ができていなければ、宝の持ちぐされになってしまいます。
 例えば、国語科ならば「漢字→音読→教科書」、社会科ならば「調べ学習→発表→話し合い」などのような「型」をつくっておくと、きちんと授業が流れていきます。
 また、そうすることによって、子どもたちも何をすればいいのかが明確になっていきます。
 やみくもに教材研究をしても意味がありません。その流し方に合った教材研究をするべきです。
3 授業は必ずメモする 
 教科研究をしても、授業は失敗することがあります。
 上手くいった点と、上手くいかなかった点を、必ずメモしておきましょう。
 それがあなたを成長させてくれます。
4 さまざまな実践に学ぶ
 先輩教師に「教材研究をどのように行いますか?」と聞いてみたり、指導案を調べたり、書店に行って実践を探したりしてみましょう。
 すると、自分では考えられなかった教材研究を知ることができます。
 人間は、いつだって学ぶことが大切です。足で稼ごう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

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新任教師は、教材研究で何をすればよいかよくわからない、教材研究をするときのコツとは

 先輩教師に「教材研究している?」と言われても、新任教師は何をすればいいかよくわからない。教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 教材研究をするときの効果的なポイントは
1 とことん教科書を調べろ
 当たり前のことですが、教科書を隅から隅まで読み込みましょう。
 教科書というのは、学習指導要領をふまえ、系統性を考え、緻密に構成されています。
 教科書のすべての問題、すべての資料、すべての文章には、意味が込められているのです。
 教科書は指導事項に漏れ落ちがありません。
 教科書会社は緻密に教科書をつくっています。
 その意図が分からなければ、100%の効果は得られません。自分なりに意図を考えることをおすすめします。
 その意図を考えることが、教科書「を」教えるから、教科書「で」教えることにつながります。
 私は、新任の頃、少なくとも10回以上は必ず教科書を読んでいました。
 その中で分からない言葉や、少しでも自信のないことは、すべて辞書やインターネットを使って調べました。
 図画工作なら、まずは作品を自分で描いてみるべきです。そこではじめて、何を指導するべきなのかが分かってきます。
 子どもに教える前に、教師が自分で実際に考えたり、やってみたりする。これは、どの教科の授業でも基本です。
 次に、1時間の授業を見開き2ページのノートに、必要な知識、どのように教えるか、などを具体的に書いていきました。
 そうすると、1時間の授業がパッとイメージができるようになります。
2 授業の「型」をつくれ
 どんなに教材研究をしても、授業の流し方ができていなければ、宝の持ちぐされになってしまいます。
 例えば、国語科ならば「漢字→音読→教科書」、社会科ならば「調べ学習→発表→話し合い」などのような「型」をつくっておくと、きちんと授業が流れていきます。
 また、そうすることによって、子どもたちも何をすればいいのかが明確になっていきます。
 やみくもに教材研究をしても意味がありません。その流し方に合った教材研究をするべきです。
3 授業は必ずメモする 
 教科研究をしても、授業は失敗することがあります。
 上手くいった点と、上手くいかなかった点を、必ずメモしておきましょう。
 それがあなたを成長させてくれます。
4 さまざまな実践に学ぶ
 先輩教師に「教材研究をどのように行いますか?」と聞いてみたり、指導案を調べたり、書店に行って実践を探したりしてみましょう。
 すると、自分では考えられなかった教材研究を知ることができます。
 人間は、いつだって学ぶことが大切です。足で稼ごう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

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小学校の学級崩壊のようすを目のあたりにして、何がいけないのか感じ取ったこととは

 埼玉のある小学校で学級崩壊のようすを目の当たりにしました。
 1年生のクラスです。30歳代の男性教師の国語の授業でした。
 教師は教科書のページを指定して、そのページを読んで、気がついたことをノートに書くように指示しました。
 その後は、教師による個別指導です。
 何とか授業は5分間はもちました。しかし、すぐに教室のあちらこちらから、おしゃべりが聞こえてきました。
 そして、立ち歩きです。子どもたちは「消しゴムを落とした」「トイレに行きたい」など、さまざまな理由をつけて、教室の中をふらふらと歩き回ります。
 いつもの、普通の教室の風景のようでした。授業がまったくコントロールできていません。
 実は私は、この授業を教員養成大学の学生数人と見ていました。
 初めて学級崩壊を目撃した学生はフリーズしていました。
 後で学生たちと、この授業のことで話し合いました。
 学生は「もっと面白い授業をすべきだ」と、さかんに言いました。「あれじゃ、子どもたちが立ち歩きをしても、しかたがないような気がします」と。
 私も同意しました。しかし、授業の面白さだけでこの混乱を改善するのは難しいだろうと話しました。
 私は教室には子どもたちが気持ちく過ごすことのできるルールが必要だろうと考えたからです。
 一斉授業では、最低2つのルールが必要だと話しました。
 1つは、教師に許可なく席を立たない。もう一つは、発言は教師の指名を待ってする。
 私の話に学生もうなずいてくれました。
 ルールは教室の子どもたちが居心地よく学習するためのルールです。
 1980年代までは、いきなり「ルールづくり」をすることが多かったようです。
 しかし、子どもたちの個人主義的な傾向が強まってきた1990年代以降は、最初に「子どもと教師」「子どもと子ども」の関係づくりの作業が必要になりました。
 最初の1カ月ぐらいは、教室内が仲良しになるための工夫が必要なようです。
 教室の基本的なルールづくりは、4月に集中して行うことが多い。
 単にルールを提示するだけではありません。
 なぜそのルールが必要か説明し、実際にそのルール通りに動けるかどうか試してみます。
 そして、そのルールが実際に運用できるかどうか見守ります。
(上條晴夫:1957年山梨県生まれ、小学校教師(10年)、作家、教育ライターを経て東北福祉大学教授。お笑い教師同盟代表、専門は教師教育学、教育方法学、ワークショップ)


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教師は忙しくて疲れやすい、教師の仕事を効率的して、元気な教師になるにはどうすればよいか

 教師は忙しい。忙しさが教師の心身を疲れさせています。
 教師の疲れは、目の前の子どもたちに影響します。
 教師が疲れて元気がなければ、子どもたちもまた元気がなくなります。
 教師が元気はつらつならば、子どもたちも元気はつらつになります。
 ですから、教師が仕事の忙しさから解放され、疲れを癒し、心身ともに元気はつらつとして子どもの前に立つことは、子どもたちが元気になるためにとても大事なことなのです。
 では、そのためにどうしたらいいのでしょうか。
 少しでも教師の仕事を効率化し、教師に時間的なゆとりを作り出すとよい。
 時間的なゆとりは心のゆとりを生み、健康的な身体づくりを後押し、元気な教師になるでしょう。
 教師の仕事を効率的にするには、
1 仕事を「見える化する」と、見通しが立つ
 何となくたくさん仕事があると、気が滅入ります。はっきり見えないと、大変そうに思えるものです。
 そんな時は、仕事を「見える化する」とよい。
 はっきり見えると、先が見えて計画が立ち、すっきりします。
 具体的には「しなければならない仕事のリスト」を作ることです。やるべきことがはっきりします。意識していなかった仕事に気付くこともあります。
 リストは、1行に1項目を書き、期限があれば書きます。(例:① 3/20 仕事名)
 その仕事が終われば、〇数字を塗りつぶす(●)と、やるべき仕事と終わった仕事が一目でわかります。
2 仕事を分ける
 仕事を緊急性に従って3段階に分けます。
 仕事を「すぐやらなければならない仕事」「早めにやる仕事」「後でやればよい仕事」に分けて、仕事の書類を机の上3か所に分けて置きます。
「すぐやらなければならない仕事」の一番うえの仕事を迷わず取り上げて処理を始めます。
 始まると意外に片付いていくものです。
3 疲れている時は、まず単純作業から始める
 疲れている時、嫌なことがあった時などは、頭が働かず仕事に取りかかれないものです。
 こんな時は、頭をあまり使わなくてすむ、単純作業から始めてみましょう。
 どんな仕事でも、1つの仕事が終わると気分がいいものです。達成感が気分を高揚させ、脳の働きを活発にし、面倒な仕事でもやる気になってきます。
4 仕事のアイデアが出なくなったら、別の仕事をしてみる
 仕事をしていてアイデアが出なくて困ったら、思い切って中断して別の仕事をしてみるとよい。
 別の角度から物事を見ることになり、最初の仕事のアイデアが浮かんでくることがあります。
 新鮮な気持ちで仕事に向かうことができ、集中力を生みます。
 切り替えた仕事がある程度、区切りがついたところで、最初の仕事にもどります。
5 よくわからない仕事をしなければならない時は、その道の専門家に教えてもらう
 よくわからない仕事は、仕事の処理の仕方がよくわからずに、あれこれと考えたり、試行錯誤することがあります。
 よくわからない仕事をしなければならないときは、自分であれこれと考えず、その分野の先人や、その道の専門家が近くにいれば、聞いて、教えてもらったりすればよいと思います。
 その代わり、助けてもらったその教師に、自分の得意分野でお役立てをするようにします。
(山中伸之:1958年生まれ、小・中学校教師。「渡瀬にこにこサークル」代表を務めるほか、実感道徳研究会会長、日本基礎学習ゲーム研究会研究部長)


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子どもたちは、どんな叱られ方だと素直に聞け、どんな叱られ方だといやな気持になるのでしょうか

 私は、子どもたちに、
「どんな叱られ方だと素直に聞けますか?」
「どんな叱られ方だといやな気持になりますか?」
と、聞いてみました。
 子どもたちの答えは
〇熱血的なお説教がダラダラ続くと、最初は「悪かったな」と思っても、そのうちに「ハァー、謝る気なくなった」って思う。
〇一気に「ビシッ」て、叱ってくれれば、納得さえいけば「あ、本当に悪かったなって思う」
〇全然、言い分を聞いてくれないガミガミタイプはいや。
「そうか、そういう気持ちでやっちゃったのか」って共感してくれて、
「でも、それはこういうことで、まずかったよな」って話してくれるとちゃんと直そうって思える。
〇自分のその行いが、どのようなところで迷惑をかけているのかが、ちゃんと分かれば直せる。
〇具体的に、どこが悪いのか教えてくれると直せる。
〇人と比べたり、昔の悪い(本人の)話を持ち出してくるといやだ。
 それより「〇〇やって楽しい?」とか反省させるのがいいな。
〇やさしそうに言うより、ビシッと厳しく、はっきり叱られた方がいい。
 子どもたちの答をまとめると、
(1)
核心をついて的確に、短く、ビシッと叱る。
(2)
子どもたち本人が「何を直せばいいか」がちゃんとわかるように叱る。
といいってことでしょうか。
(
滝本 恵:埼玉県公立中学校教師
)

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学級内で物の紛失があったときや、紛失が頻繁に起こるとき、どうすればよいか

 生徒の物がなくなったと連絡を受けたら、教師はすぐに対応することが大切である。
 例えば、消しゴムがなくなったという訴えであっても、そのままにしておくと、紛失が当たり前になり、生徒は教師に何もしてくれないと期待しなくなる。
 こうなる前に、教師は誠実な対応を行うことだ。
 紛失物の訴えがあったときは、必ず帰りの会で全員に呼びかけ、みんなで探す。
 例えば、
「〇〇さんの筆箱が今日の3時間目からありません」
「誰かが、間違えて持っているのかもしれませんし、〇〇さんが置き忘れてしまったのかもしれません」
「理由はいずれにせよ、物がなくなったのは事実です」
「困っているので、みんなで探します」
「まずは、全員、カバンの中、自分のロッカーを探してみてください」
「その後は、教室の中、清掃用具入れ、などを見てください」
 例えば、誰かが物を隠したとき、みんなで放課後に探し、帰る時間が遅くなることを学ばせる。
 悪いことをすると、自分が困る状況を作り、つまらないことを二度とさせないようにしたい。
 物が頻繁になくなるときには記録をとっておいて、いつ、どのような状態でなくなっているのか、状況を正しく把握する必要がある。
 場合によっては、休み時間に教師が巡視を行う。
(
垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表
)

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生徒の保護者から生徒の成績表の記載をよい内容にするよう変更を要求された、どう対応すればよいか

 成績表の記載内容の前提となる事実やその評価にかかわらず、単に成績をよい内容にするようにとの要望は、単なる意見の範囲を超えている。
 内容的に不当な要求であり、生徒の成績表の記載を変更する要求に応じず、拒絶すべきである。
 通知表などの学校からの成績表は、保護者に対して子どもの学習指導の状況を連絡し、家庭の理解や協力を求める目的で作成しているものである。
 この通知表などの成績表の作成について法的な根拠はない。
 作成、様式、内容等はすべて校長の裁量である。ただし、自治体によっては校長会等で様式の参考例を作成している場合もある。
 そのため、成績表の記載内容について、学校は広範囲な裁量を有している。
 そこにいかなる記載をすべきかについて、学校が何らかの法的義務を負うことはおよそ考えにくい。
 したがって、学校は保護者の要求に応じる法的義務はない。
(近畿弁護士連合会 民事介入暴力及び弁護士業務妨害対策委員会)

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自分の長所とか短所にこだわる必要はない、持ち味を生かしていけばよい

 人の長所とか短所にこだわる必要はない
 お互い人間は、程度の差こそあれ、長所と短所を併せもっています。
 そこで人は、ときにその長所を誇り、短所を嘆いて、優越感にひたったり劣等感に悩んだりします。
 しかし、考えてみれば、お互いの日々の生活においては、長所がかえって短所になり、短所が長所になるようなことが、しばしばあるからです。
 長年のあいだに接してきた、たくさんの経営者の人たちについても、そういう例をよくみかけます。
 経営者の中には、知識も豊富で話もうまく、行動力も旺盛といった人がいます。
 そういうすぐれた能力を備えた人が経営者であれば、その会社はまちがいなく発展していくようにも思われます。
 しかし、実際には必ずしもそうでない場合が案外に多いのです。
 反対に、一見、特別にこれといったとりえもなく、ごく平凡に見える経営者の会社が、隆々と栄えていることもよくあります。
 どうしてそのようなことになるのか、非常に興味があるところですが、それは結局、経営者の長所がかえって短所になり、短所が長所になっているということではないかと思うのです。
 すぐれた知識や手腕をもつ人は、何でも自分でできるし知っていますから、仕事を進めるにあたっていちいち部下の意見を聞いたり相談をかけたりということをしない傾向があります。
 また部下にまかせても、いちいち細かく口出しをする。そういうことでは、部下はやる気をなくしてしまいます。会社の発展が妨げられるわけです。
 一方、一見平凡に見える経営者の会社が発展するというのは、その反対の姿があるからでしょう。
 部下の意見をよく聞き、仕事をまかせる。そのことによって全員の意欲が高まるといった経営を進めているわけです。
 そういうことを考えるとき、お互いにあまり長所とか短所にこだわる必要はない、という気がするのです。
 基本的には、長所と短所にあまり一喜一憂することなく、おおらかな気持ちで、自分の持ち味全体を生かしていくよう心がけることが、より大切なことではないかと思うのです。


(松下幸之助:18941989年、パナソニック創業者、経営の神様と呼ばれ、日本を代表する経営者)

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集団で便器を壊したり、黒板をスプレーして使用不能にするなど悪質な器物破損が頻発し、他の生徒も脅かされています、彼らは逮捕・補導はできるでしょうか

 明白に器物破損罪に当たります。
 刑法第261条では
「他人の物を破壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する」
と器物破損罪について規定しています。
 生徒指導の原則
心情(心理的事実)の温かな受容・客観的事実への厳しい対応」
に立つと、器物破損を繰り返す生徒の心情(心理的事実)に焦点をあてた教育的指導が大切なことはゆうまでもありませんが、
「非なる言動には責任をとらせる」ことも生徒指導の原則の一つです。
「見捨てない・見逃さない」粘り強い個別指導を続ける一方、懲戒・出席停止の措置や損害賠償の
請求も考えなければなりません。
 器物破損罪は刑法第264条の規定により、親告罪とされている点には留意する必要があります。
 器物破損罪は、被害を受けた被害者(代理人も可)が捜査機関に告訴することにより、はじめて刑事訴追の対象になるのです。
 学校としては、生徒の立ち直りをめざして全力を尽くすことになりますが、残念ながら「指導の限界」を感じざるをえないことがあります。
 他の生徒の安心・安全を守れない状況においては、校長が告訴権者となることも仕方多ないでしょう。
 刑事訴訟法第239条には
「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」
とあります。
 そのような場合には、逮捕・補導もありえます。
  
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師、教育研究所指導主事、中学校長、日本学校教育相談学会会長等を経て神田外語大学教授
)

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保護者が担任に電話で教育委員会に連絡すると言ったとき、どう対応し、また防ぐにはどうすればよいか

 学校で何かあったり、教師の指導に不満を感じたりしたときに、教育委員会に連絡しますと口にする保護者が増えています。
 そのようなときは、担任はあわててしまいがちです。あわてず対処し、担任として直接会って話をうかがいたいと伝えるなど、ていねいな対応に心がけます。
 保護者からの訴えに、担任1人では解決できない内容だと考えたら、1人で悩まず、学年主任や管理職に相談することが大切です。
 保護者がどのようなことに納得していないのか、担任に話しづらいことがあったのかなど、保護者から聞き取った話の内容を管理職に伝えます。
 具体的に、どうすればよいのでしょうか。
1 担任としての対応のまずさをまずおわびする。
 保護者から厳しい言葉をあびせられるかもしれません。
 まず、保護者の不安な気持ちをじゅうぶんに聞き、わびるところは素直にわび、保護者の気持ちを受けとめる姿勢を示し、不安を少しでも軽減させることが求められます。
2 話し合いの場をもうけ、子どもへの対応方法を確認する。
 直接面会して、保護者が担任や学校に望む対応を確認し、お互いの認識の差をうめることが大切です。例えば
「学校にお越しいただき、ありがとうございます。私の対応に不備がありましたことをおわびいたします」
「今日は、私の指導についてお話し、担任として改めるべきことをご指摘いただきたいと思います」
3 確実に対応することを伝え、信頼関係の構築を図る
 保護者はわが子が毎日、元気に学校に通うことが喜びです。
 担任は確認した指導内容をきちんと保ちつつ、過度な指導にならないように注意します。
 保護者に連絡帳でこまめに子どもの様子を伝えたり、保護者に学校参観を促したりするなど、指導の様子を発信する努力が必要です。
 子どもの学校での様子を見てもらうだけで、保護者の理解を得られることがあります。
 保護者会で担任が自己開示することも、保護者が担任に相談しやすい関係をつくることにつながります。
 なぜ、保護者は教育委員会に訴えると考えるようになるのでしょうか。
 保護者は当初、すぐに対応してもらえると考え、担任に問題の改善を訴えます。
 しかし、担任が期待したような努力をしてくれない、問題の重大さを認識していないと感じると、学校への不信感が急速に高まります。
 担任に訴えても無駄で、解決するには、教育委員会に訴える以外のないのではないかと考えてしまいます。
 保護者から教育委員会に連絡すると言われた時、よくない対応は
「ちょっと待ってください。私もがんばって、努力しているではないですか」
といった、あいまいな返事をくり返し、保護者のせっぱつまった思いに添って対応できないことなどが考えられます。
(
齊藤 勝:東京都公立小学校教師)

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教師たちの仕事上の悩みの声を聞いてみた

 教師として生きる日常をもう一度振り返り、教師仲間たちの声を聞いてみましょう。
〇新任のとき、クラスがまとまらず、課題を抱かえる何人かの子どもにうまく対応できず、学級懇談会で、
「隣のクラスと比べて、落ち着きがない」「もっと細かく連絡してほしい」
など、かなり厳しい意見が出た。
〇教職2年目、病的にクレームを言ってくる保護者に「担任を降りてほしい」と日曜参観の授業中に言われた。
〇校長に「若い女性の先生はダメ」と、最初から決めつけられ、子どもの前でどなられたり、校長室で説教させられた。
〇机の上に物を置いて金曜日に退勤したら、月曜日、机に赤マジックで「机上整理!」と書いた紙が貼ってあった。
〇先輩の教師が「力で抑えつけろ」的な考えだったので、パワハラの恐怖で子どもたちを抑えつける指導をつい、してしまうことがあった。
 理想と現実の間で悩み、自分の人格が歪められた気がして、教師を辞めようと思ったことがあった。
〇同学年を組む教師と進度や掲示物をそろえないと責められる。
〇初任者の1学期、クラスがまとまらず、保護者からの不信感で、臨時の保護者会と、授業参観を開きました。
 授業もへただったので、管理職が授業を監視していました。
 一度、授業の最中に割って入って、
「この授業をこの先、どうやるつもり。私が続きをやるから、あなたは見ていなさい」
と、子どもの前で言われ、シッョクでした。 
〇とにかく仕事量が多く、かなりの負担です。
〇クラスがうまくいかなくなると、管理職から責められる。
〇初任者の年、しんどい時に、養護教諭や事務職員に話を聞いてもらいました。「一人じゃない」と思える環境に自分からしていくことができました。
(佐藤/隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

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どうすればよいかわからないときは、他の人に意見を聞き、自分の行き方、性格をしっかりとつかんだ上で、参考にするとよい

 日々、常に「いかにするべきか」という迷いが生じてくるのが人生だと思います。
 例えば、自分はこの仕事に向いているのだろうかといった基本的な迷いをもつこともあれば、新しい仕事にどう対処していったらいいかというような具体的な悩みにも出会います。
 どうすればよいかわからないときや、迷ったときには、他の人に意見を求めてみるとよいと思います。
 自分をしっかりつかみ、素直な心で耳を傾けていく。そこから確かな人生の歩みが始まります。
 私たちは、日々の生活の中で、さまざまな迷いによく直面します。一生を左右するほどの決断から、日々のこまごまとした選択まで、常に「いかにするべきか」という迷いが生じるのが人生だと思います。
 そこで、その迷いを解決するときには、一つにはやはり、ほかの人に意見を求めてみることだと思います。
 自分をよく知ってくれている人に尋ねてみる。そうすると、そこに具体的な方向がしだいに明らかになってくる場合が多いと思うのです。
 私もこれまで、自分でわからないことがあると、できるかぎり他人の意見を求めるよう努めてきました。
 自分だけでは判断がつかないこともしばしばあります。そんなときには、事情を説明して「あなたなら、どう思いますか」と尋ねるわけです。
 そうすると「それは松下くん、ムリやで」とか「きみの今の力ならやれる。大いにやるべきだ」とかいろいろ言ってくれます。
 そのとき、自分がすぐ納得できたら、そのとおりに実行します。
 しかし、どうもピンとこない場合には、また他の人に聞いてみると、また違った立場からの意見を言ってくれます。
 そうした意見を参考にして自分なりによく考え、結論を出すようにしてきたのです。
 意見を求めてみると「それは、よく聞いてくれた。見ていて、内心こうしたらよいと思っていたんだ」と、言ってくれる人が案外多いのではないでしょうか。
 ですから、ちゅうちょせず、思い切って尋ねてみることだと思います。
 ただ、その場合に忘れてはならないのは、あくまで自分というものをしっかりつかみ、そのうえで、素直な心で聞くということでしょう。
 自分をつかんでいないと、相手の言うことがみな正しく思えて、聞くたびに右往左往することになりかねません。
 また、私心にとらわれて、自分の利害や体面などが気になって、自分に都合のいい意見ばかりを求めてしまうことにもなるでしょう。
 それでは、聞く意味がなくなってしまいます。
 こうしたことは、人に意見を聞く場合のみではなく、本を読んだり、テレビを見たりする場合でも、同様に大切なことだと思います。
 他の人の意見を取り入れて、その通り自分でやってみても、人それぞれに天分、個性が違うのですから、同じようにはいきません。
 人には人の行き方があり、自分には自分の行き方がおのずとあるわけです。
 だから、やはりまず自分の考え、性質を正しくつかんで、そのうえで他人を参考としていかなければならないと思うのです。
 人間一人の知恵才覚というものは頼りないもので、だからこそ、迷ったときは何ごとにも積極的に他の人の知恵を借りることが必要です。
 自分のカラに閉じこもったり、頑迷であったりしてはならないと思います。
 しかし、人の意見を聞いてそれに流されてしまってもいけない。聞くべきを聞き、聞くべかざるは聞かない。
 そのへんがなかなかむずかしいところですが、それができれば、お互いの人生の歩みは、より確かなものになっていくのではないでしょうか。
(松下幸之助:18941989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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人間は信頼されれば応えようとするものです 

 人間は信頼されれば、それに応えようとするものです。
 信頼してだまされるならば、それでも本望だというくらいの気持ちに徹したい。
 
 私は今日まで、いろいろな人とともに仕事をし、さまざまな方々とご縁をもってきました。
 しみじみと感じるのは、やはり人間というものは、大きくみればすばらしいもので、信頼すれば、必ずそれに応えてくれるものだということです。
 また、信頼し合うことによってお互いの生活に物心両面の利がもたらされ、人間関係もよりスムーズになるということです。

 私は、できるかぎり従業員を信頼し、思い切って仕事をまかせるようにしてきました。
 すると、おおむね期待以上の成果をあげてくれたように思うのです。

 そのような体験を幾度となく重ねる中で人間が信頼しあうことの大切さを身にしみて感じるようになったのです。
 もし、ともに働いてくれている人に不信感をもっていたら、どのようになっていたでしょうか。
 きっと、私自身、精神的にも苦痛であったでしょうし、いろいろ仕事の面で非能率な姿が生まれてきたのではないでしょうか。

 確かに人間の心には、愛憎の念とかさまざまな欲望があります。
 ですから、そういったものにとらわれて他人をみれば、自分の持っているものを奪おうとしているのではないか。
 あるいは自分の立場をそこなおうとしているのではないかという疑いの気持ちも起こってくるかもしれません。
 しかし、そうした不信感から生まれてくるのは、不幸で非能率で、悲惨な姿以外の何ものでもないという気がするのです。

 大切なのは、やはりまず信頼するということ。
 信頼することによって、だまされるとか、それで損をするということも、ときにはあるかもれません。
 かりにそういうことがあったとしても、信頼してだまされるのならば自分としてはそれでも本望だ、というぐらいに徹底できれば案外、人はだまされないものだと思います。
 自分を信じてくれる人をだますということは、人間の良心がそうは許さないのでしょう。

「人間というものは信頼に価するもの」と、そう言ってよいのではないかと思うのです。
(
松下幸之助:18941989年 パナソニック創業者、経営の神様と呼ばれ、日本を代表する経営者)

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子どもの心をわしづかみにするには、どうすればよいのでしょうか

 子どもは教師が笑顔で接することで安心する。
 教師は、毎朝、鏡に向かって笑顔の練習をするとよい。特に大事なのは目である。目で笑っているかをよく見ることだ。
 教師が笑顔で話しかけてくれるだけで、子どもはその教師に心を寄せ、関心を持つようになる。
 教師にとって、いつでも笑顔でいることはかなり難しい。「なめられてはいけない」という思いがあるからだ。
 子どもに、なめられないために必要なことは、子どもを納得させるだけの力を身につけること。教師が言ったことは、やってみせ行動で示すことだ。
 子どもは納得しないと動かない。そのために必要なことは子どもと信頼関係をつくること。そして、その第一歩が子どもを一度は受け止めるという教師の姿勢なのだ。
 子どもに信頼されるには、教師自身が教育技術や、なぜそのように指導するか、考え学び続けることは言うまでもない。教師が成長を止めたら、絶対にその教師を信頼しない。
 そのために必要なのは、教育書やビジネス書などを読書することだ。
 それと、セミナーに参加し、指導法と共に、講師の考え方と人生観を学ぶことだ。
 子どもが納得する教師の語りとはどんなものか学ぶ必要がある。
 子どもに「〇〇しなさい」「〇〇してはいけません」「〇〇をやめなさい」と、注意しても納得しなければ、子どもは動かない。
 そのためには、教師は日常生活で「ハッと感じたこと」は、メモしておくことだ。
 休み時間や授業中の出来事、清掃の姿や給食配膳の姿など、ハッと思ったことはすぐにメモして、子どもに語って聞かせる。そのうえで
「私は、こう考えるけど、みんなはどう思う?」
と、投げかけてみることだ。
 そして、それに反応する子どもの姿をよく見ることだ。
 子どもの考えを知り、教師が何を考えているかを理解し合うチャンスにもなる。
 このとき、大事なことは、子どもの考えを、まず一度は受け入れる度量だ。
 教師と考えが違う子どもも出てくる。それを一度は受け入れ、そこからお互いの考えを納得するまで語り合うことだ。
 子どもは自分のことを理解してくれる人のことは信じるようになる。
(
垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表)

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子どもがいやになり、子どもの言うことを聴くのが苦痛に感じます、どうすればよいのでしょうか

 教師は子どもを相手にする仕事であるため、とてもエネルギーが必要です。
 いろいろな行事や校務分掌の仕事が重なると、さらに大変です。おまけに、保護者との対応などにも精神的なエネルギーをとられてしまいます。
 ですから、教師であるためには、なによりも余裕が必要です。
 教師は自分に余裕(エネルギー)のない時は、子どもたちのペースに合わせられず、授業がうまくいかなくなり、イライラして、ついきつい口調になったり、全体を見通したり、見渡す力が弱くなるために学級がバラバラになったりします。
 余裕のない状態が続くと悪循環におちいってしまい、エネルギーを浪費して消耗しきってしまいます。
 いったんそうなると、以前は子どもたちのことが大好きだったのに、教室に行くことさえ苦痛に感じるようになったりします。
 そのことで、保護者から疑問の声が出てくるようになると、ますます追い込まれたように感じて自分を責めたり、子どもや保護者たちを責める気持ちが生じてきます。
 常に疲れやすく、イライラしやすいわけですが、その根底には憂うつな気分があります。
 自分のことで精一杯になっていて、何事もうわの空で集中できなくなっています。
 もともとイライラしやすいタイプの人にもよくありますが、真面目で不器用な、少し融通性に欠ける性格の人にも生じやすい状態です。
 一人で問題を抱かえこんでしまい、周囲の同僚教師がアドバイスしにくい雰囲気になっていることもあります。
 こうした状態が長く続く場合には、精神的な疲労による「抑うつ状態」が疑われます。
 こういう時は、自分自身へのエネルギー補給が必要です。
 問題解決に努めるために、管理職や同僚教師、家族に相談することは大切です。
 話を聴いてもらうだけでも、疲れた心が癒されることでしょう。
 懸命になればなるほど、悪循環におちいりやすく疲れをためてしまうこともあるので、時には仕事と距離をおくことをお勧めします。
 一人で静かに過ごしたり、学校とは全く関係のない人たちと趣味を楽しむことが有効です。
 いつもと違った新鮮な気持ちになり、ゆとりを取り戻すことができるかもしれません。
 そして、子どもたちの笑顔を見たり、成長に気づくことでエネルギーをもらえることが目標と考えてみましょう。
(
中島一憲:19562007年、1990年より東京都教職員互助会三楽病院勤務し部長、東京医科歯科大学教授を歴任した。精神科医師)

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教師たちが同僚教師対して抱く感情とは

 私たち教師が、同僚教師に抱く感情の中で、人間関係のうえで一番問題となるのは、結局嫉妬の情念だと思うのです。
 われわれ教師は、この人間の情念世界における普遍的法則を忘れないようにしたほうがよいと思います。
 嫉妬に悩まされる教師は、その人の生き方や考え方が、まったく自己中心的だからである。
「自分の学級さえよければよい」とか、さらには「自分さえよければよい」という考えが、支配的なところから起こる現象だともいえましょう。
 すべて、卓越したものに対して、虚心にその卓越性を認めえないのは、自分の心性が卑小なことの何よりの証拠である。
 結局は、その学校の教師たちすべてが、教育そのものを根本として考えるようになる外ないでしょう。
 もし、同じ職場の中で、お互いに心の通うような同性の同志を見出すことができるとしたら、それはこの世の中における一つの大きな恵みであり、祝福だといってよいかと思います。
 一つの学校に、考えを同じくする教師が3人でき、それら3人がお互いに心を合わせて、何とかして、自分たちの学校に1つの動きを起こそうと努力したら、それは必ずや成功するといってよいでしょう。
 また、学校づくりに当たって校長として一番やり易くて、ありがたいのは、若手教師の中堅級でしっかりした3,4人が、心を合わせて積極的に音頭を取り出してくれることであります。
 その際、とくに大事なことは、自分はつねに「縁の下の力もち」的な役割に甘んずるという覚悟だといえましょう。
 要するに、華やかな役割はなるべく他人にゆずって、一向に目立たない仕事の方に廻るということであります。
 人生における開眼とは、われわれの生命が根本的によみがえるということです。
 それはどういう事かというと、これまで物事をすべて自己本位の立場から考えてきたのに対して、物事をできるだけ相手の立場に立って考えるとか、第三者の立場に立って見直すようになることだと言えましょう。
(森 信三:1896年-1992年、愛知県生まれ、哲学者・教育者。全国を教育行脚した。神戸大学教育学部教授、神戸海星女子学院大学教授。1975年「実践人の家」建設)

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子どもの指導で、「温かさ」と「厳しさ」のバランスがわからない、「温かく、厳しい」指導の極意とは

 子どもを叱ると、子どもの心が離れてしまう気がします。
 優しすぎると、子どもにバカにされるのではないかと不安です。
 この問題は、ほとんどの教師が同じ経験をしています。
 この問いに答えるには、子どもの「心理的事実」と「客観的事実」を考えるとよい。
「心理的事実」は、子どもの気持ちです。 
「客観的事実」は、子どもの発言や行動です。
 これが同じなら、子どもを理解するのに苦労することはないのですが、やっかいなことに、違う場合が多い。
 例えば、ある子が遅刻して教室に入るなり「おもしろくねー」と、大きな声を出しながら、前列の子の机の上にあった筆箱を窓の外に放り投げてしまった。
 その子は家を出るとき、ささいなことで父親に殴られていました。どう指導しますか。
A教師
教師:「どうしたんだ?」と尋ねると
その子:「朝、父ちゃんに殴られてムシャクシャしてるんだ」と答えた。
教師:「それじゃ、仕方ないね」と言った。
B教師
教師:「バカもん、筆箱を拾ってきて、しっかり謝れ」と言った。
 どちらも、いい指導とは言えません。
 子どもの「心理的事実」を受け入れ、「客観的事実」には責任をとらせる。
 これが「温かく、厳しい指導の極意」なのです。
「心理的事実」には耳を傾け、子どもの気持ちをしっかり受け止める。「客観的事実」には責任を果たさせるようにするのです。
 例えば、ある日、教師の注意に腹を立てた生徒が故意に窓ガラスを割りました。
 どうすれば、「温かく、厳しい」指導になるのでしょうか。
C教師
教師:駆けつけると、窓ガラスを割った生徒に大きな声で「ガラスの破片を全部片づけろ」と、叱りました。
生徒:C教師の迫力に、その生徒はしぶしぶ破片を拾い始めました。
教師:少したつと、その生徒と額をぶつけるようにして手伝い始めました。
「ところで、何でこんなことしたんだ」と語りかけ、その生徒の辛い気持ちには大きくうなづいていました。
D女教師
D教師:ガラスを割った生徒の手を握り
「どうしてこんなに興奮しちゃったの。ダメじゃない」
「まずは片づけ。手伝ってあげるから」
「このガラス高いんだから、自分の小遣いで弁償するのよ。お母さんには先生から言っとくから」
 C,D教師に共通していたのは「心理的事実」には耳を傾け、子どもの気持ちをしっかり受け止めるが、「ダメなことはダメ」と「客観的事実」には責任を果たさせている点でした。
「温かく、厳しい」指導とは、こういう指導を指すのではないでしょうか。
(
嶋﨑政男:元東京都立中学校教諭・校長、日本教育相談学会事務局長)

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子どもとつい「なあなあ」になってしまう、どうすれば改善できるか

 教師が子どもたちと馴れ合いになり「なあなあ」になってしまう関係である。
 子どもたちと馴れ合いになってしまう教師は、子どもたちの要求に流されたり、教師自身の迷いに子どもたちを巻き込んだりして、悪循環を続けてしまう。
 こうした状況では、学級の秩序や規律を保てず、授業が成立しない。
 子どもたちの教師に対する不満や不信、反抗が増大し、子どもたちの対立や孤立、いじめ、不登校など、負の連鎖を招くことが多い。どう改善すればよいのでしょうか。
1 叱る力とほめる力を強くし、子どもたちと対峙する力を伸ばすこと
 叱るときは、どうしてそれがいけないことかを、感情的にならずに、冷静に説明することが大切であり、ほめ言葉でそれをフォローしたい。
 教師が自らに自信がないと、子どもたちを叱ることも、ほめることもできない。
 叱る力(目標達成力、父性)とほめる力(組織維持力、母性)を磨き、強くしてほしい。
2 子どもたちの個に応じ、興味・関心を喚起する教材や学習活動を準備し、子どもたちを指導する感覚を強くすること。
3 教師は自己成長の志を高く持ちたい
 教師が陥る落とし穴に、自らの問題点に気づかず、いつまでも成長しない点があげられる。
 若いうちから、校内の研究授業をはじめ、教育センターや自主サークル等の研修に積極的に参加し、他の教師たちとの交流を深め、力量を高めなければならない。
 同僚や先輩教師との出会いやネットワークを広げ、人間力の向上もはかりたい。
 教師の仕事は、自らチャレンジし、苦悩した分、確かな力量となっていく。
 20歳代で頑張った分が30歳代に生かされていくのである。前向きに取り組みたいものである。
4 子どもたちとの距離感を持つ
5 意図的、計画的に仕事を進める感覚を持つ
6 授業づくりに真正面から取り組み、子どもを夢中にさせる授業を実践することにより、指導者としての感覚を獲得したい。
7 失敗を恐れることなくチャレンジする態度を身につけたい。
(
光武充雄:元佐賀県公立小学校長、臨床心理士)

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なぜ学級崩壊が起きるのか、どうしたらいいのか、その実体験とは(座談会)

 小学校教師(教職1~4年目)の座談会で話し合われた内容です。
A教師:教室に行っても子どもたちは座って聞いてくれない。聞く耳を持たないのです。
 楽しい授業をすると何とかなると思い教材研究をしました。教育サークルに行って他の教師の実践を聞いたりして理科の実験を準備しました。
 ところが準備した実験道具を子どもたちはグチャグチャにし収拾がつかない。授業するのが怖くなりました。
 授業のはじめにゲームをして楽しい気持ちになればスムーズに授業に入れるかなと思いゲームをしたのですが「おまえのせいで負けた」とけんかになってしまう。
B教師:あるベテラン教師の話なのですが、ルールに厳しい教師で、子どもを叱ることが多かった。
 運動会の練習の時、学年全体の前で、一人の男の子を引っ張り出して叱ったんです。
 その時から雰囲気がおかしくなって、男子たちが反抗的な態度をとったり、女子もこそこそ話をしたりすることが目立つようになり、授業も成立しにくくなりました。
 保護者が学校にやって来て、校長に「クラスの雰囲気を変えて欲しいと言っているのに、何も変わってないじゃないか。これでは困る」と訴えた。担任は泣いて職員室を飛び出して行きました。
C教師:クラスに何人か反発する子どもたちがいて対応が難しかった。高学年の担任は始めてで慣れていなかった。
 他のクラスの担任に、遅れをとらずについていかなくてはならないと思って、つい子どもたちに厳しく規律を守らせようとムリに押し付けていた。
 私がそんな思いでやっていたので、子どもたちと心が離れていっているなということは感じていました。
 男子2人が、私の言ったことにことごとく反発して言い返してくるようになりました。
 それに対して、ひるんではいけないし、弱いところを見せてはいけないと対応するんですが、スキをついて言ってくる。
 今、考えて見ると、ムリをしていたと思うんですね。合わせないといけないんだと気づく前に、引っ張っていかなくてはと思い込んでいた。
 自分でも反省して、席替えも「みんなにとって、クラスにとって、一番いい方法を考えて」というスタンスに変えたことで、少しはわかってもらえるようになったかなと思っています。
 4,5月のいちばんつらかった時は、誰も私の気持ちわかってくれないと思っていました。
「うまくいかないのは、自分のせい」と、そう思うと、胸のあたりに重いものがあって、一人で泣いて、死にたいと思っていました。
 なんとか前向きになりたいんだけど、自分の力だけではどうしようもないから、誰かに「大丈夫だよ!」と言って欲しいというのがずっとありましたね。
 運動会が終わった時「最近、元気ないけど、大丈夫?」って言ってもらえた時、すごくうれしくて。「あっ、気づいてくれてる人がいるんだな」って、それがすごく救いでした。
D教師:初任者で3年生の担任をしました。指導が未熟で揺れることから、子どもたちとの間がギクシャクしてすごくつらい1年間でした。
 2学期頃から様子が変わったんです。とくに1人の男子が暴言を吐くようになりました。そういう子どもの変化に何をやったらいいかわからない。
 初任者だから、その他のことでも、どこまでやってよくて、どこまでやっていけないのかもわからない。
 他のクラスの担任に「こういう時、どうしたらいいんですか」と助言を求め、教えてもらったことを、やってもうまくできないんです。
 教育サークルで「こういうのがいいよ」ではなく、「これだったらできそう?」ということをていねいに聞いてもらえて、それをやってみようという気持ちになって救われました。
E教師:学級経営って4,5月が土台作りで、その土台の上に子どもたちの意見で種を植えていって、花を咲かせていくのかなと思っているんです。
 例えば、楽しいゲームでも土台がないとできませんよね。話し合いも人の話が聞けなかったらできない。
 掃除や子どもたちが並ぶことも、ルールがあるのとないのとでは大違いです。崩壊したクラスでは並べない。
F教師:初任者の時、教師を辞めずに何故もったかというと、指導教官が必ず私のことをほめてくれたから。
 厳しいことを言うんだけど「あなたのここが良かった」とか。そして、つらいことがあると「大丈夫よ」という言葉をかけてくれたり、お菓子を置いてくれる教師だったんです。
(
吉益敏文他編著:1952年京都市生まれ、東大阪大学講師。元京都府公立小学校教師。教育科学研究会副委員長)

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すぐれた教師になるためには、どのようにすればよいのでしょうか

 教師であれば誰でも「よい授業をしたい」と願う。どのようにすれば教師としての専門的な力を身につけることができるのでしょうか。
 今の教科書は必要最小限のことしか書かれていない。
 したがって、教師は「生きた教科書」として、文化・科学・社会への理解を深めておく必要がある。
 すぐれた教師は教育書だけでなく、さまざまな分野にも関心が向いている。
 これが教師自身の教養となって、人間としての幅広い知識、豊かなものの見方・考え方を形成していく。
 斎藤喜博は、授業者としての力の前に、教養や経験の蓄積によって生じる人間的な力の必要性を説いている。
 何よりも教師自身が知的かつ魅力的な人間でなければならないのである。
 毎日、子どもたちと接して教育活動を行っている以上、教師はコミニケーションの熟達者でなくてはならない。
 授業で教師の「発問・指示・説明・板書」などは明確でわかりやすいものでなくてはならない。
 また、子どもたちの発言を聞き取り、意見をつなげたり、まとめたりすることが適切にできなければならない。
 大村はまは、話し方の修業のために、話し言葉の本を多く読んだり、自分の授業の録音を聞いたり、社説の朗読を続けたり、よい講演を聞いて耳を養ったりしたという。
 佐藤学は、教師たちが日頃から授業を公開し、学び合う同僚性の関係をつくることが重要だと述べている。研究授業も1年間に1人最低5回は行うべきだという。
 確かに、自己流で授業をしていたら進歩や変革はない。他者からのコメントを受けることで、気づかなかったことがわかってくる。
 他の教師の授業を見ることでさまざまな知見が得られる。
 向山洋一は、プロ教師になる条件として、研究授業100回をあげている。「指導案を書く」「検討会をする」「文章で分析する」ことが前提になっている。
 稲垣忠彦が提唱する「授業のカンファレンス」は、授業者以外の多くの人の目を通して授業を多面的に検討する方法である。授業の録画を見て意見を述べ合う点が特徴である。
「授業づくりネットワーク」が開発した「ストップモーション方式」は、授業の録画を自由にストップをかけて、教師の意図や授業行為の意味・代案などについて話し合う。
 村川雅弘らが提唱する「ワークショップ型の授業研究」は、参加者一人ひとりが付箋紙にコメント(成果と課題)を書いて、それを整理・構造化するなかで授業を検討する。
 こうした授業研究によって、授業を改善するための情報を得ること、さらに実践力量を形成することが重要である。
 そのためには「本当に自分の授業の腕をみがきたい」「少しでも授業者として成長したい」という強烈な願いを持っていることが必要である。
 校内で授業を見せ合うだけでなく、外部の研究会に出かけて自分を高めるということも必要になる。
 自主的に民間の教育研究会に参加することは、身銭を切ることで「少しでも授業の腕をみがきたい」という意気込みに変わる。
 その場合、1つの研究会だけでなく、できればさまざまな研究会に参加し、そこから自分なりの授業スタイルを形成していくことが重要である。
 つまり、1つの授業スタイルに固定化することを避けるのである。
 授業に、絶対の方法はありえない。いつでもどこでも同じようなパターンで授業をすることは有害である。
 さまざまなものから、幅広く学んで、よいところを摂取していくという姿勢がよい。長所だけを取り入れて自分なりの授業スタイルをつくっていくのである。
 これまで、民間の各教育研究会は、それぞれの理論・方法を絶対視する傾向があった。これが実践の閉塞化を生んでいた。異質なものから学び合うことが求められる。
 研究会の参加だけでなく、教育書、教育雑誌や、さまざまな専門情報誌を読み、理論的・実践的な研究成果から幅広く学ぶことによって、自分の合った授業スタイルをつくっていくことが望ましいのである。
 教師修業の道に終わりはない。「これで十分だ」と自分の授業に満足してしまうと、思わぬ停滞を生むことになる。
 絶えず高いところに目標を設定して、自ら学び続けることが最も重要である。
 自分の身のまわりに「話し方」の上手な教師がいたら、その技を盗んで自分のものにするというようにして、さまざまなものから学んで最終的に自分なりのスタイルをつくっていくようにしたい。
(
鶴田清司:1955年生まれ、都留文科大学教授、全国大学国語教育学会常任理事、日本教育方法学会理事)

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ある保護者が生徒の生活状況について質問や不満を毎日、午後8時を超えても電話対応を強いられ、1時間以上となることがある。電話に出られない場合は激昂する。どうすればよいか

 教師は保護者に対して必要な説明をすることが校務であるので、対応することが必要である。
 しかしながら、保護者が毎日1時間以上の話を強要したり、電話口で怒鳴る等の不相応な対応を続けるのであれば、それ以上の対応を打ち切るといった対応をすべきである。
 特に、勤務時間外に保護者との電話対応に応じることは、教師の法的義務の範囲外であり、教育的配慮からの自発的行為である。
 ただ、保護者との信頼関係を維持するために、法的義務がないことを前提に対応方針を確立することが求められる。
 教師は、対応時間を区切って対応すること、対応の注意点マニュアル等を整理し、マニュアルに沿って対応する。
 教師単独での対応が困難であれば、速やかに管理職による対応を開始する。
 教師一人で対応を強いられる電話での協議は可能な限り避け、複数の人による面談で対応するなど、バックアップの態勢を整える必要である。
 解決の糸口が見えない場合には、早期に弁護士に相談して対応を検討することが求められる。
(近畿弁護士連合会 民事介入暴力及び弁護士業務妨害対策委員会)

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授業づくりは、最初に板書(教材内容、方法、授業の展開順序)を考え、指導案(「発問」「指示」「活動」)を考えるとよい

 板書内容を考えて指導案を考えると、教材研究は焦点化されたものになることがわかってきた。
 授業を行うとき、おぼろげに「こんなことをしてみたい」と考えるのが最初だろう。
 教材研究をしながら「こんな教材・内容をやりたい」ということが決まれば、しめたものである。
 しかし「何をやったらよいか見当がつかない」ということもある。
 こんなとき、ふと思いついたのが「板書計画から授業づくりを考える」という方法もいいと気づいた。
 つまり「指導案」を書く前に、黒板に板書をしてみるということである。
 板書には「教材(内容)、方法、授業の展開順序」が出てくる。
 これをもとにして、教材研究をすると焦点化されたものになることがわかってきた。
「板書」を検討しながら「教材研究」を行うのである。
(1)
順序はどうか
(2)
子どもは、わかるか。くいつくか
(3)
授業は盛り上がるか
(4)
遊びを少し入れるとすれば、どこに、どんなものを入れるか
といったことを「板書」を中心に検討するのである。
 授業が始まったら、子どもの動きに合わせて自由自在に変えることもある。
 計画通りいったときより、少し変わったときの方が、よい授業になることが多い。
具体的には
1 板書計画は少し多めにしておく
 教材研究は、調べてはそれを否定し、否定してはまた新しいことを調べる。
 否定すると新しいことが見えてくるし、関連することが見えてくる。
 こういうことを繰り返して、やりたいことを板書する。例えば、
「量が多すぎる」「何をどのようにカットするか」「新たに書き加えることはないか」「書き加えてはカットする」「カットしては書き加える」
この繰り返しをする。
 私の板書は、いつも少し多すぎると思っているので、常に何をカットするか考えている。「多めの板書計画をたてて、カットする」というのがいいようだ。
 欄外に「?」として、子どもの動き、考えに応じていろいろと幅広く対応できるように計画をたてておく。
2 板書をもとに指導案を書く 
 板書をもとに指導案を書かねばならない。
 板書は「内容」が中心であるが、指導案は「発問」「指示」「活動」が中心になる。
「発問」「指示」は、内容を引き出すものだから「板書」を書き、これをもとにして「発問」「指示」を考えた方がよい。これに、活動を考えて指導案にしあげる。
 最後に「ねらい」を書く。こうすると、活動と「ねらい」がピッタリする。
 私の「バスの運転手」「ポストづくり」などは、みんな板書から内容を考え、それを指導案にした。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)


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何でもうち明けられる教師になるには、どうすればよいのでしょうか

 教育という仕事は、相手の生命に火を点じて、目覚めさせる点にある。
 それには、何よりも先ず教師たるわれわれ自身が、みずからの生命に火を点じなくてはならない。
 子どもたちの心をつかむには、子どもたちが、自分の考えていることを、何の遠慮もなく、自由に話させるようにさせることだといえましょう。
 そのためには、まず教師自身がその根本において、自分も子どもも、共にひとしく一人の人間であるという自覚に立って、子どもたちに接することが、基盤だろうと思います。
 生徒たちから、何でもうち明けられる教師になるために、
 第一に必要なことは、教師が生徒と人間的に同一の基盤に立つということではないかと思うのです。
 そのうえに、さらに必要なものとして、教師は何よりもまず人間的な暖かさが必要だと思うのです。
 それには、生徒のために、常に親切に尽くしてやるように努力することでしょう。
 そのうえに、今一つの条件はといえば、相手の心の扉を「開けるこつ」とか、テクニックとでもいうものを、身につけることでしょうね。
 もちろん、生徒から信頼されることが必須の条件となってきます。
(
森 信三:1896年-1992年、愛知県生まれ、哲学者・教育者。全国を教育行脚した。神戸大学教育学部教授、神戸海星女子学院大学教授。1975年「実践人の家」建設)

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子どもたちのおしゃべりで授業が進まないとき、若い教師はどのような工夫をしているのでしょうか

 子どもたちのおしゃべりで授業が進まないとき、若い教師の工夫をしている方法は
1 とにかく待つ
(1)
おしゃべりに教師も混ざって、楽しみ、話の空白で瞬時に
「さて、この楽しい雰囲気で授業を進めよう。次は」
などと言って、教師のペースに戻ります。
 とにかく待つ。静かになるまで絶対に始めない。
(2)
無理に進めない。しりとりとかして、落ち着いたら始める。
(3)
気づくまで黙ってみんなを見る。
(4)
教師が子どもの目を見て黙る。
(5)
教師が話さず待っている。
2 しゃべってはいけないことを「きまり」する
(1)
なぜしゃべってはいけないのか、きちんと説明します。
 教師や友だちの話を聞きたい人や、学習したい人がいるので、じゃまをしてはいけない、ということを「きまり」と位置づけます。
(2)
始めに「このカードが出ているときは、だまって話を聞こう」と約束して、しゃべってしまう子がいたときに「お静かにカード」「聴く時間カード」のプラカードを掲げる。
(3)
教師が「グーのハンドサイン」をしたら注目するという約束を4月にしておく。
 黙ってハンドサインをする。
3 授業に時間の区切りを入れる
「聴く時間」「書く時間」「話し合う時間」などのメリハリをつける。
 45分間ずっと黙っているのではなく「ここは全員聴いて」「今は書く時間だから、おしゃべりはいりません」「隣の人と2分間、話し合って」とわける。
4 よく聞いている子どもをほめる
 早く静かにできた人や班をほめる。
5 音を鳴らす
(1)
旅先で買ったベルを鳴らします。すぐに静かになり注目します。
(2)
チャイムや楽器の音を鳴らし、静かにする合図にする。 
6 ゲームをする
(1)
「これ何本?」と言って指を立て、「じゃあこれは?」と続けるうちに、子どもたちのほとんどが「〇本」と反応してくれるので
 そこで「いい集中力じゃん! そのまま聞いてね」というようにしていました。
(2)
簡単なゲームをして、注意をこちらにむけ直す。
7 叱る
 静かになるまで待つ。うるさいときは、思いっきりしかります。
 そして説明します。「勉強したい人がいるのに、その権利を奪うな」と。
8 小さな声で静かに語る
(
佐藤/隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

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«学校に厄介な要求・苦情を言う凶暴な保護者の4タイプと、どう対応すればよいのでしょうか