国語(小学校):作品は長い時間をかけず新鮮なうちに 持田俊介
教科書教材というのは、あくまでも資料のひとつです。漢字だけはちゃんと教えておかないといけないでしょうが、教科書の作品ばかりをしなくていいと思います。そして、浮いた時間で、やっぱりいろいろな名作を読ませてあげてほしいのです。そのことは実は、読書指導につながる国語の授業だと思いますと持田俊介(注)がつぎのように述べています。
たとえば、あまんきみこさんの「ちいちゃんのかげおくり」をするなら、あまんさんの他のいろんな作品を用意しておかなければなりません。勉強したあとに「いいお話でしたね。あまんさんの作品、他にもこんなのがあるよ」と言ったら飛びついて読みます。このことの積み上げが、自然に子どもたちを本好きにするのではないかと思います。
私は読み方の授業の延長線上に読書指導があるんだと考えています。教科書にある、いい作品一つで勝負しようなんてことはダメだと思います。一つの作品だけにシャカリキになる人に限って、長時間やる傾向があるようです。一つの教材を9時間も10時間もかけるのです。私はせいぜい5、6時間でいいと思います。
「くまのこウーフ」などの作者・神沢利子さんは、以前、講演でこんなことを言われていました。
「私たちの書いた作品は、作者の手をいったん離れたら、読み手がどう読んでもいいんです。だけど、私たちが書き上げた作品というのは、子どもたちの手に届くときには新鮮なはずです。おすしにたとえたら新鮮なネタです。ところが料理人の先生が、ああしたりこうしたりしているうちに、だんだんネタが古くなってしまって、子どもが興味を失ってしまう。そんな授業はしてほしくない」
私は、これを一つの作品は長い時間かけず、短時間でしてほしいということだと受け取りました。
私の娘が4年生のときです。2学期のある日、「今、国語で何勉強してるの」と聞いたことがあります。そのとき彼女は「今日から『ひとつの花』やねん」と実にうれしそうな顔で答えました。それからずいぶんたってから、また同じように「今、国語で何勉強しているるの」と聞いたら、今度はイヤそうな顔をして「まだ『ひとつの花』やねん」と言うのです。私はこのことばをいまだに忘れることができません。これは神沢さんが講演で言われていたこととピタリと重なります。それ以来、私はいよいよ、そう思うようになりました。
(注)持田俊介:元大阪府公立小学校長
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