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東井義雄(小学校)  「村を育てる学力」

 東井義雄は、1912年に兵庫県の浄土真宗の寺の長男として生まれた。綴方教師サークルに参加し生活綴方による教育実践を行ない、戦中は子どもの臣民感覚を感じ、国家に忠誠する教育に全力投球をした。
 戦後は、教え子が戦死したのに自決、退職できなかった自分を反省し、十余年にわたって執筆活動を停止した。
 日本の教育に能力主義が広まり、自分やわが子さえ勝ち上がればよいという利己的な雰囲気が学校を覆いかはじめたときに、「村を育てる学力」(1957)を発表し、生活綴方教育や思想界に衝撃を与えた。
 東井は、村を捨てて、自分一人が立身出世することを助長するような教育ではいけない。むしろ自らの共同体を守り、発展させることのできる学力形成こそめざさねばならないと強く主張した。
 このような学力は、子どもが生活で得た主体性と素朴な認識を基盤にしてこそ身につけさせることができると断言した。実践の中から高い学力を形成する契機を見いだす東井の実践は日本の教育に大きな影響を与えていった。
 「村を育てる学力」の基盤になるのは「生活の論理」である。「生活の論理」とは、子どもの考えや行動というものは、親・地域・経済・文化・歴史・伝統・これまで受けた教育・世の中や学校や学級の雰囲気にまでつながっているという論理である。
 この「生活の論理」は、子どもの生き方の根底をなし、一人ひとり違うものだが、東井はこれを「教科の倫理」つまり、学問の論理をふまえた教科の系統性を教えるためのベースとなるものである。
 子どもたちがそれぞれの「生活の論理」を磨きあうことで、客観性のある論理も発展するという。
 ただ単に子どもの「生活の論理」に根ざすだけでは、狭い価値観に閉じこもってしまい、未来を切り拓く力を育てることはできない。そのことは、子どもの実感をもとに戦争協力の教育をした戦中の経験から東井は知っていた。
 だからこそ、「自己の真情に対してだけでなく、相手の真情をも理知に照らして認容が出来るような、理性を育てられる「教科の論理」の必要性を主張した。
 「生活の論理」を基盤としてこそ、「教科の論理」が確かなものになることを示していった。
 たとえば、「どうして雑草を頻繁に除草しなければならないか」という子どもの生活上の疑問から出発して、「雑草のふえかたの研究」を実践させた。
 ある畑に雑草が何本生えているか。一本の雑草からタネがいくつ落ちるか、それが育つのに何日かかるかを観察させる。
 その観察結果をもとに計算させる。そして、どのくらいの頻度で畑の除草を行わないと、雑草がはびこってしまうかを認識させるのである。
 このような学力形成が可能となったのは、東井の授業方法があったからである。板書法、学習帳(ノート)活用法、「ひとり調べ学習」などがある。
 「ひとり調べ学習」は、集団思考を行う前後に、必ず子ども一人ひとりに考えをまとめさせるというものである。東井は、「ひとり調べ」を書いたノートに必ず目を通していた。
 授業を通して、子どもの「生活の論理」を太らせる「教科の論理」が発明されるという東井の実践は教育学の探求に、実践家の立場から挑戦したものだともいえるだろう。
 さて、東井は村を育てる学力について、学校と家庭、地域が連帯してこそ身につくととらえていた。学校での指導を家庭や地域に理解してもらうこと、また家庭や地域から学校に意見を出してもらうことがなければ、結局、学校で学んだことは、学校のなかだけでしか役に立たないと考えた。
 このため、学校通信を積極的に発行し、保護者だけでなく地域の人々にも配布し、皆に発言してもらえる通信としながら、学校の役割を探求していった。時には学校の方針に反対する住民もいたが、その発言も受け入れながら、じっくりと話し合いをすることで、住民から信頼をよせられる学校となっていった。
 このような東井を支えるのは、「いのちの思想」である。浄土真宗の僧侶でもある東井には他力本願の思想が流れている。いのちとは、人間の心や生物的生命を根本のところから支え、包むものだという。「いのち」の全面的受容によってしか教育は成立しないと考えていた。
 その後、多くの教え子が離村していったが、決して村を忘れない人物「どんな場合にも、下位集団から決して抜けないリーダー」となっていると高く評価されている。

(「時代を拓いた教師たち 戦後教育実践からのメッセージ」田中耕治編著 日本標準 2005年)
田中耕治 1952年 京都大学教授、専門分野は教育方法学・教育評価論

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