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岸本裕史(小学校) 「落ちこぼれを出さない実践」

 岸本裕史は縦10×横10のますの左と上にそれぞれ0から9の数字をランダムに並べそれぞれ交差する合計を記入する計算トレーニングである「百ます計算」の生みの親である。
 1950年に母校である神戸市立平野小学校の教師になったときは、無気力な教師であった。
 1968年の指導要領の改訂により内容が高度になり、子どもたちはどんどん落ちこぼれていった。岸本はそうした危機的状況のなかで、ふくちゃんという落ちこぼれの子どもと出会った。家は非常に貧しく、目を患っている養母の付き添い通院をしていたため、年間100日も学校を休んでいた。授業中にある質問したが、ふくちゃんには分からないだろうと思い、答えは期待していなかった。ところがふくちゃんのすばらしい答えに衝撃を受け、岸本は自らの教育観を揺すぶられた。そのとき岸本は「子どもの中にもあったし、私自身にもあった、できん子はある程度しゃあないわ、という姿勢が、鋭いセンスや潜在的な能力を示す、ふくちゃんの答えを契機にして正された」
 「アホな子はいません。アホな子は、ただつくられているだけです」という言葉を実感したふくちゃんとの出会いを契機に岸本は、成績の良い子と悪い子、サボリの子とまじめな子、そうしたさまざまな子どもたちすべてが、つなぎとめられ、力いっぱいがんばれる学習活動を模索しはじめた。
 岸本は、子どもたちの生活環境の改善などを保護者と協力しながら「見えない学力」を豊に育む一方で、「読み・書き・算」の力を学力の基礎と位置づけ、徹底した錬磨を追究していった。
 岸本は、読み書き算という基礎学力の技能の熟達は、思考力の発達と不可分の関係にあり、人間が人間たり得るための土台となる能力であると主張する。
その読み書き算の力を鍛える方法は、
・計算力:百マス計算、4桁十回し算(桁数は可変)、往復計算、マラソン計算
・読み:音読
・書き:聴写、視写真
 反復練習は「計算はできる」けれども「内容を理解できない」子どもを生み出す危険性がある。そのため、岸本実践では、反復練習の前には、必ずさまざまな教材によって内容を理解し「わかる」ことを徹底的に追及している点を見落としてはならない。算数では、水道方式に学びながらタイルやお金、おはじきなどを利用して計算の意味を教えていた。また、漢字の語源や例文などで考えさせる漢字指導を行っていた。
 このように岸本実践では、「わかる」ことを中心に授業が組織されている。百マス計算等の反復練習が授業開始10分程度を利用して実施し、反復練習は理解したことを身につけ、使いこなせるようになるための訓練として行われ、「(計算)できる」ことは「(内容を理解し)わかる」ことを前提にして追究されている。
 岸本によれば、基礎学力の徹底錬磨によって、子どもたちは三つの力を身につけることができる。
(1)
読み書き算の力:どの子どもも努力に応じて、必ず一定の成果を収めることができる。
(2)
集中力:反復練習は、集中的な努力を一定期間続ける。続けることが苦にならなくなったとき、集中してやり抜く力を身につけることができる。
(3)
自信や意欲:やれば必ず成果が返ってくるので、達成感を味わうことができる。学習活動で成功経験を味わったことのない落ちこぼれの子どもでも、読み書き算の徹底反復を行えば、必ずその力がつく。その「できる」経験の積み重ねが、そうした子どもたちがもつ過去の負の体験を克服する契機となり、誇りと自信を生み出す土壌となっていく。
 迅速に計算ができるようになったからといって、算数のすべての力がつくわけではないように、読み書き算の力が養われたからといって、それがすぐに各教科の力に転移するわけではない。けれどもその獲得は、人間の知的活動の本質的な土台であるために学力全体の確固たる基礎となる。
 また、この学習のなかで子どもたちが味わう「できる」喜びは、子どもたちが意欲的に学習に取り組む契機となる。そして子どもたちの「自己教育運動」能力を高めることにつながる。
 岸本は自らの実践を通して、こうした読み書き算の発達的意義、特に低学力の子どもにとっての意義を経験的に確信していった。それゆえ、読み書き算の徹底を中心にした実践を展開したのである。

(「時代を拓いた教師たち-戦後教育実践からのメッセージ」田中耕治編著 日本標準 2005年)
(二宮衆一:和歌山大学教育学部 附属教育実践総合センター准教授)

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