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今泉 博(いまいずみ・ひろし)(小学校)「教えたいことは教えない」

 今泉博は、1949年に北海道で生まれ、北海道教育大学を卒業した後、上京し小学校の教師となる。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う。その後、北海道教育大学の教授となる。
 今泉は教師になりたてのころは、授業とは「わかりやすく教えること」だと信じていた。しかし、子どもたちに、たくさんの資料を用意し、わかりやすく教えようと努力しても、子どもたちが生き生きと授業にのってこないときがある。そんな経験をするなかで「わかりやすく教えること」に疑いをもちはじめた。
 子どもたちが目を輝かして学習する授業を創るためにはどうすればいいのか。そんな模索を続けている時に、日本に旧石器時代が存在したことをはじめて明らかにした考古学者の相沢忠洋についてのつぎのような工夫をした授業を行った。
今泉は子どもたちに、
「相沢忠洋は、この日、きっと大昔の生活を知る上で手がかりになるものが発見されるかもしれないと、わくわくとした気持ちで出かけた。さてこの日はどんな日だったろう?」
と問いかけた。
そうすると子どもたちは
「台風がきて、間もなくの日じゃない」「だって台風がくると、ものすごい雨が降り、土砂崩れなんかがおきるから」
と、想像と推理を働かせながら、旧石器を発見する場面について生き生きと学んでいったのだった。
 このときの授業で今泉は「いくつかの事実を提示し、想像や推理をかきたてるようにちょっぴり工夫すれば、歴史の学習が楽しいものになるような気がした。あれもこれも、事実をいっぱい扱うことは、かえって歴史を見えないものにしてしまうのではないかとさえ思うようになった」。
 こうした歴史の授業での経験を糧に「子どもたちは教師が教えなくても、一定の事実さえ提供されれば、本質的なことを発見していけるのだ」と今泉は確信していく。そして、子どもたちのそうした力を無視して、教師が一方的に学習内容をわかりやすく教えるために教材を工夫し、資料を準備し、指導の展開を考え、板書計画をすることは、かえって子どもたちが力を発揮する機会を奪うことになるのではないかと考えるようになった。
 こうした経験をもとに「教えたいことは教えない」という授業の原則を確立する。発言の自由を保障し、子どもたちが推理や想像をふくらませ、ものごとを探究していくことができる窓口を教材として提示する。それだけで、十分に子どもたちは自らの足で学びを進めていけるという考えである。
 教材研究は、わかりやすく教えるために行うものではない。それは価値ある教材と子どもを出あわせるため、授業中に飛び出てくる子どもたちの多様な発言の価値を理解できる素地をつくるために行うものであると今泉は主張する。
 教材に対する幅広い理解がなければ、子どもたちがもつ豊かな学びの力に耐えうる値打ちのある教材を探しだすことはできない。また教材に対する深い理解がなければ、子どもたちの発言が教材とどのような接点をもつのかを見いだすことはできない。
 今泉は、子どもたちにわかりやすく教えるためではなく、子どもたちの学ぶ力を生かすために、教師は教材研究を行わなければならないと主張する。

(「時代を拓いた教師たちⅡ 教育実践から教育を問い直す」田中耕治編著 日本標準 2009年)
(二宮衆一執筆:和歌山大学准教授)


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