教材研究とは何か
教材研究こそが授業を支えるのだと私もそう考えている。教材研究には、三つの段階がある。「素材研究」「教材研究」「指導法研究」がそれである。これら三つが本当に確かになされた時、授業はけっして失敗しない。すばらしい授業になる。もし、授業が失敗したならば、やはりそれは教材研究が不足しているからである。
あまりにも一般的な原理であるために、その大切さの自覚が希薄なことがある。
教材研究の大切さという点で忘れられないのは、私が新任教師のころである。同僚に熱心な女教師がいた。勉強もよくするし、授業にも熱が入っていて子どもをぐいぐいと引きつけていた。
その教師が、研究授業で珍しく失敗した。教師の問いと子どもの思考が噛み合わなくて、一人舞台を演じ、立ち往生した。授業後の失意は見る目も痛々しかった。
指導助言に当たられた講師は、「教材研究が不足していましたね」と言った。この言葉だけは当たっていない!と思ったのであろう。講師に対してその教師は「私は、教材研究には、ありったけの努力をしました。このとおり、大学ノート一冊のほとんどをこの教材研究にあてたほどです」と言ってノートを開いて見せた。誰も同僚でそれを疑う者はいない。じわっと涙がにじんでいるのが分かる。そして「教材研究は十分だったけれども、指導の技術が至らなかったのだと思います。そう言っていただかないと、私は立つ瀬がありません・・・・・」涙をふいて、口惜しさに興奮しているのが誰の目にもよく分かった。
これを聞いていた指導講師の高橋金次先生は、「気持ちはよく分かりますが、それは、やっぱり教材研究不足です」と言われた。高橋先生は温厚な方で、あからさまな否定は滅多にされない。一同はびっくりした。
高橋先生はこの様子を察して、次のように話された。「教材研究というのは、教材を分析することだけではありません。その教材を使って、子どもたちに、どのような力をつけていくかということの総合的な研究なのです。きょうの授業で、いつもの先生の力を出しきれなかったのは、やはり教材研究の不足ということなのです。もう一度、きょうの経験を生かして、先生の教材研究の仕方をふり返ってみてください」
私は、今でもあの光景を思い浮かべることができる。教材研究とは何なのかを、これほどに感動的に語ってくれた場はなかったし、教材研究ということのたいせつさを、これほどまでに深く悟ったこともなかった。
(野口芳宏:1936年生まれ、元小学校校長、大学名誉教授、千葉県教育委員、授業道場野口塾等主宰)
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