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教えたいことは教えないのが授業の本質

 私自身も「荒れた」六年生の子どもたちを担任したことがあります。そのときの光景が今でも鮮明に思い出されます。授業中、ふんぞり返って机に足をあげて座っている子、友だちが間違ったりすると茶化す子、紙飛行機を飛ばす子、わざと大声をあげる子、勝手に廊下へ出ていく子、それはそれは大変な状況でした。
 一人が話し出すと、おしゃべりが瞬く間に広がってしまうのです。「いま授業中だから、静かにしてね」と話しても、まったく効果はありません。そんなとき教師としての自信は、急速に失われていきます。胸がキューンと締めつけられます。こんなことがたびたび続けば、倒れるのではないかと不安が募っていきます。教室へ向かう足どりも重くなります。
 そんな子どもたちが、深く学びたいという願いをもっていることなどまったく想像できないことでした。一定の取り組みをするなかで、状況は変わっていきました。教材との出会わせ方を少し工夫することで、反応がちがっていきます。自然や社会や人間をリアルにとらえられるような教材のときには、むしろ意欲的に参加するのです。一見「学びから逃避」し、学ぶ意欲など微塵も感じられなかったような子どもたちです。その同じ子どもたちが、こんなにも深く学びたいという要求をもっていることを知ったときは、驚きでした。
 子どもたちは、想像・推理しながら課題に迫るような授業、自分たちで知恵を出し合い対話や討論しながら物事の本質を解き明かし発見していくような授業には、目を輝かせて学習します。ここに、現代の子どもたちとともに、授業を創造していく可能性があるように思います。
 このような体験から、私は「教えたいことは教えない」のが授業の本質ではないか、子どもたちが創造や推理・対話や討論を積み重ね、体験や知恵を総動員しながら、課題や本質にたどり着くようにすることが授業であるととらえるようになりました。
(今泉 博:1949年生まれ、元東京都公立小学校教師、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う。北海道教育大副学長(釧路校担当)

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