多様な価値観で子どもを見る
昔は、おとなしくて先生の言うことを何でも「ハイ、ハイ」と聞き、利発で勉強ができる子が良い子であった。みんなが同じ価値観を持って、良い子になるように努力した。学校も、家庭も、地域もそうだった。
しかし、今はどの子も良い子である。どの子も何かしら良いところを持っている。こうした見方で子どもを見るのが教師であり、家庭であり、地域社会である。
だから、教室で子どもを見るとき、一つの価値観、例えば勉強ができるというだけで、子どもを評価してはいけない。勉強ができなくても、人を笑わせるのがうまいとか、マンガを描くのがうまいとか、いろいろな子どもがいるのだから、それを認めることである。どの子どもも気持ちよく学校生活を送れるようにすることが大切である。
多様な価値観をもつということは、多様な子どもを認めるということである。そのためには、教師がいろいろなことを経験し、苦労し、多様な人間の生きざまを知っている必要がある。何も経験したことがなく、苦労も知らずにいい子いい子で大人になった教師では、多様な子どもを認められないことが多い。
ここで、教師の人間性が大きくクローズアップされるわけであるが、しかし、教師もはじめから完璧というわけにはいかない。教師になってから、子どもと共に学んでいくことである。学ぼうとする謙虚な態度が人間の幅を広くする。
人を育てる教師であれば、幅広い価値観をもつ人間こそが、これからの教師としての資格をもつのだろう。
(飛田貞子:1966年大学卒、東京都の公立小学校教諭を経て小学校校長)
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