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授業は生活の論理と教科の論理をかみあわせる

 子どもひとりひとりは、その子どもの感じ方、思い方、行ない方を持っている。その底には、その子どもをして、そう感じ、そう思い、そう行なわせるような論理的なものがはたらいている。
 その論理的な必然をさらに、堀り進んでいくと、父母の感じ方、思い方、教師の感じ方、思い方にも続いていく。
 それから、家の財産だとか、地域の人たちの生活様式だとか、風習だとか、伝統だとかも重要な関連を持っている。これらのものに支えられながら展開している子どもの感じ方、思い方、行ない方の筋道を「生活の論理」とよびたい。
 子どもに教えようとすることがらは、客観化された「論理性」「法則性」を持っている。そして、それは、そのことがらの中だけでなく、他の教えたいことがらの「論理性」「法則性」ともつながっている。算数には算数の、国語には国語の、学問の筋道がある。それが「教科の論理」である。
 授業は「生活の論理」と「教科の論理」の効果的なかみあわせがないとだめである。
(
東井義雄:19121991 兵庫県生まれ 小中学校長、ペスタロッチ賞を受賞、地域の生活を取り上げる生活綴り方教育の代表的な実践家)

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