つまずいている子の目が光る授業でないと、つまずいてない子もたいくつなものだ
子どもはつまずきの天才である。
3と3は5だとつまずく子は、その子なりの理屈、論理が必ずある。
「子どもの論理」を知らないでは、私たちの仕事は実を結ばない。
3と3は6だということを、感動をもって分からせる授業をしようと思ったら、3と3は5だとつまずく子を大切にすることだ。
授業は「つまずいている子」の目玉が光ってくるようなものでないと、「つまずいていない子」にとってもたいくつなものだ。
(東井義雄:1912~1991年兵庫県生まれ、小中学校長。ペスタロッチ賞を受賞、地域の生活を取り上げる生活綴り方教育の代表的な実践家)
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