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追究と創造のある実践をしないかぎり教師も子どもも変革することはできない

 私は教師をしていることがあまり好きではなかった。しかし実際には教育の仕事に力を入れ、36年間もの長い間、教師だけで過ぎてしまった。
 絶えず不安になり、孤独になり、「教育の仕事ははかない」と思いながら、続けてきたわけである。
 しかし、私は少しも悔いてはいない。今の時代の中で、教育という「はかない」それだけに「きびしい」仕事と対決してきたからである。
 人間はだれでも、自分を持ち、自分の仕事を持ち、自分の仕事と対決し、自分の仕事をつくり出さない限り、一人の人間としての自分をつくり出すなどということはできるものではない。仕事をつくり出すことによって、自ら傷ついたり、他に傷つけられたりして、より一層孤独になり、不安になり、その中からさらにつぎの自分の仕事を生み出していかないかぎり、自分をつくり出すなどということはできない。
 そう考えるとき私は「教師になってよかった」と思った。教育の力が「はかなく」「弱い」ものであればあるほど、そういうものをつくり出している根源と、ぎりぎりのところで闘かわなければならないからだ。
 ぎりぎりの対決をし、そのなかで相手をくつがえすような現実を、仕事の中でつくり出さなければならないと考えるからだ。
 私がこんなふうに教育の仕事をやり続けられてきたのは、やはり私が実践者だったからだ。とくに教師という創造的な仕事での実践者だったからだ。
 他の創造的な仕事においてもそうなのであうが、教育の実践はいつでも連山を越えていくようなものである。見えている一つの山を越えてほっとしたときは、つぎのより厳しい高い山が見えてくる。創造的な仕事であるということが、教育という厳しい、しかもいやな仕事に、堪えることができたし、やり甲斐のある仕事だとも思ったのである。
 実践者である教師は、そういう仕事のなかで人間を変革していくのである。また、人間を変革することによって、そのときどきの子どもと対決する実践も創り出せるわけである。
 教育の実践は、現実のなかでの、絶えざる追究と創造のある仕事であるから、またそれをしないかぎり、教師をも子どもをも変革することなどできない仕事だから、芸術の仕事をやりたかった私ではあったが、とにかく教師をやり続けてこられたわけである。
(斎藤 喜博:1911年~1981年、島小学校校長となり11年間島小教育を実践し、全国から一万人近い人々が参観した。子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践した。昭和を代表する教育実践者)

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