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自分の実践を持ち学校で実施者として対決し、否定されれば捨て去り新しいものを創りだす

 学校の職場が、感情論だけが横行すると、おたがいを発展させることはできない。それどころか、萎縮させたり、生意気にしたり、非人間的にしたり、感情的な分裂が職場のなかに起こったりするだけである。
 こういうことが多いということは、教師の一人ひとりが、自分の実践を持っていないからである。自分の実践から出た主張を持っていないからである。実践から出た主張と主張をぶっつけ合わせ、自分が否定されたり、他を否定したりすることをふだんしていないからである。否定されれば捨て去り、よりよい新しいものを創りだせばよい。
 そういう実践者としての対立、対決をしないでいるから、成長もなく、強力な主張や実践を持った教師も生まれてこないことになる。
(斎藤 喜博:1911年~1981年、1952年に島小学校校長となり11年間島小教育を実践し、全国から一万人近い人々が参観した。子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践した。昭和を代表する教育実践者)

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