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社会科の授業づくりの変遷

 1947年に社会科が新設されたころは、「仕事を通じて人々はどんなふうに協力するか」などの単元からなり、「ごっこ遊び」や調べ活動など、生活経験のなかで知識・技能を獲得する「経験主義」が重視された。
 現在でも、初志の会は「子どもが生活の中で直面する切実な問題をとりあげ、主体的に追究していく学習活動を守っていこうとしている。しかし、経験主義は、「はいまわる経験主義」といわれ、基礎学習の成果が得られないと批判された。
 これに対して、1955年以降は、社会科、地理、歴史、公民といった各分野に分化する「系統主義」の色彩を強めていきます。教科内容の系統を重んじる実践が展開されました。もちろん、系統を重視するといっても、それは単なる教えこみを意味するものではなく、たとえば「人間の歴史を創る会」では、ものづくりなどの学習活動、「実物大の原始人の絵」などの教材・教具を豊富に開発しています(久津見宣子「人間ってすごいね先生」)。
 1960年代以降、受験競争が激化するにつれ、社会科は「暗記教科」というイメージを強くもたれるようになってきています。
 こうした状況を克服する努力が重ねられてきました。
 たとえば小学校では、子どもの好奇心を刺激する「授業のネタ」を開発する(有田和正)。中学校では、歴史上の人物や社会問題への「共感」を通じて社会へ目を開いていく(安井俊夫)。
 高校では、歴史資料の読み取りにもとづく討論を行う実践などがあげられます(加藤公明)。さらに生徒による授業を積極的にとりいれた実践(加藤好一「教師授業から生徒授業へ」)なども注目されています。
(山崎雄介:1964年京都府生まれ、群馬大学准教授、専門は教育内容学・方法学)

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