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教師として必要な資質とはなにか    斎藤喜博

 教師として必要な資質とは何でしょうか。斎藤喜博はつぎのように述べています。
(1)
子どもを組織力し構成力する力
 学校教育の仕事、授業という仕事は、一人が一人を教えるのではなく、一対一の関係で成り立つものではない。一つの学級のなかにいる何十人かの子ども、一つの学校のなかにいる何百人かの子どもを、授業という事実によって組織し構成し、相互に交流し影響させ合わせることによって成立する。
 したがって教師に組織力・構成力があるかないかによって、授業や行事の質は一変したものになってしまう。
 組織力があり構成力のある教師は、すべての子どもを生かしながら授業や行事を発展させ、そのなかで一人ひとりの子どもが育つのを見守り助けていくが、組織力・構成力のない教師は、授業や行事が平板になり、むしろ逆に、子どもの成長を抑えつけたり押しつぶしてしまったりすることが多い。
(2)
子どもたちへのすぐれた働きかけや手入れをする力
 授業や行事は、教師の働きかけや手入れによって出発し成立していくものである。教師のすぐれた働きかけや手入れがないかぎり、子どもたちは、どの子どもも、それまでの日常的な世界にとどまっているのであり、それまでの自分を捨てて、別の世界へと入り込み、自分を別の人間にしていくことなどできないのである。
 そういう教師の働きや手入れとかは、ほとんど教師の言語や身体での表現によってされていくものである。教師の言語とか身体表現とかによって直接に子どもに働きかけていくものである。子どもたちは、そういう教師の表現によって、触発されたり、深く考えたり、自分を変えていったりすることができるのである。
 そういう教師の表現活動の背後にあり、また表現活動の内容となり力となっているものは、教師の豊かな知識とか経験とかであり、また教師の持っているすぐれた感覚である。
 教師が豊かな知識とか経験とかを持っているとき、教師の表現は豊かで明確になり、子どもを豊かに楽しくしたり、子どもの内部にあるものを触発し、生き生きと表に出させるような力となる。また、教師がすぐれた感覚を持っていることによって、子どもの表現のなかにあるものを見わけたり、他とつなげたり、さらに子どもの内部にあるものまで掘り出したりすることができるようになる。
(3)
子どもの具体的な事実に即して指導方法を創造し事実を動かす力
 教師は授業とか行事とかのなかで、目の前に具体的にいる子どもを対象にしながら、そこにある具体的な事実に即して、方法をつくり技術を使って、事実を動かしたり新しくしていくという仕事をしている。したがって教師の仕事は、きわめて具体的であり直接的である。
 しかも教師の仕事は、一人の教師が、さまざまな異質のものを持ち、そのときどきに変化していく何十人かの子どもを対象にして、子どもの相互の関連をもみながら対処していかなければならない複雑な仕事である。同時に何十人かを対象にし、組織し構成し、そのなかで一人ひとりに対処していかなければならないとう点においては、複雑な仕事をしている。そういう意味で教師は専門職なのである。
 だれにでもできる仕事なのではなく、組織力や構成力を持ち、知識や感覚や表現力を持ったうえに、直接に働きかけ手入れをするための、指導の技術や技能を持っていなければできない仕事である。
(4)
豊かな人間性・教育観・子ども観・教材に対する考え方をもつ
 しかし、教師の技術や技能は、単なる職人的なものだけではない。背後に教師の人間性とか教育観とか、子ども観とか、教材に対する考え方とかがあり、それを内容としての技術や技能である。教師の技術や技能がそういう人間的なものを持ち内容を持ったとき、教師の技術や技能は生きて働くものとなり、子どものなかに豊かにはいっていくものとなる。そういう技術や技能がないことには、事実が豊かに確実に動くなどということはない。
(
斎藤 喜博:1911年~1981年、1952年に島小学校校長となり11年間島小教育を実践し、全国から一万人近い人々が参観した。子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践した。昭和を代表する教育実践者)


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