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子どもを包み込むにはどうすればよいか

 自分に対しやさしくしてくれる人は、包むことができます。普通の場合も、包むことができます。
 しかし、今まで出逢ったことがないくらいものすごく私を攻撃してくる人を、包むことはできませんでした。
 現象面に目を向けると、難しいですね。相手と同じ次元にいると、けんかになります。ついつい、「どうして」と思ってしまいます。
 ものごとの裏にあるものを見ないと、包み込めないように思います。少なくとも、違った見方・考え方をしなくてはいけません。発想の転換が必要ですね。
 見方・考え方を高く、深く、広く、厚くというように基本的には、私が修行してきていることでいいと思いました。
 子どもを包み込むことは、私にとってものすごく難しい課題でした。今でも、できているとはいえません。しかし、若いころにくらべるとかなりキャパシティーは大きくなりました。器の大きさが問われます。
 相手に非があるときも責めない、受け入れる。難しいです。「どうしてそこまで。相手が悪いのに。私は悪くない」と、このように思ってしまいます。
 ある本で「相手の不完全さをそのまま受け入れる」という言葉を見つけました。不完全だから、人間なのだということにはじめて気づきました。
 それから、変わりましたね。子どもを責めなくなりました。全部は無理でも、その子の多くの部分を受け入れるようになりました。
(
杉渕鉄良:1959年生まれ 東京都公立小学校教師 子どもの力を引き出し、ひとりも落ちこぼれさせず「 すべての子どもに学力を 」身につけさせる学級づくりと授業を展開しています)


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