どんなに窮地に陥ろうとも歩くことをやめてはいけない
私は15歳のとき広島で被爆しました。原爆病に30歳を前に発症したのです。常に体がだるく、立ちくらみがして食欲もない。調べてみると白血球が平常の半分に減っていました。自分はそう遠くないうちに死ぬのだという予感が、やり場のない焦りを高めました。
このままでは大学の職を辞めなければなりません。妻や子どものことを考えると絶望的な状態でした。
最悪なことには、この頃は絵の面でも大きな壁にぶち当たっていました。目指す方向や何を目的に描き続ければいいのか、まだ見えていなかったのです。健康面と経済的な焦りと不安が拍車をかけたのです。
そのとき、例年行われている八甲田山へ学生を引率してスケッチ旅行にいくことを決めました。体力の衰えが著しい私は、医者から「無理すれば、本当に死んでしまうぞ」と強く止められていたのですが、この旅に自分の人生を賭けてみようと思ったのです。
想像以上の目まい、動悸や吐き気で何度も歩くことをやめようと思ったかもしれません。全身を使って一歩一歩前へと足を進めたのです。燃え狂う思いで歩き通したおかげで、旅から帰った後は、体力は回復に向かいました。このときの必死の体験が私に光明をもたらすことになったのです。
心身ともに絶望的な状況の中で、それを打開するにはどうすればいいのか考えました。一つのことに気がつきました。それは自分の中にある根本的な「不安」です。すべてのことが「不安」によって引き起こされている、と気がついた。不安さえなくなればきっと状況がよくなる。これこそが「救い」に違いない、と考えるようになったのです。
そう考えていたある日、突如として天啓のようにイメージが私の中に降りてきたのです。過酷な砂漠を一人で苦しい旅をしている僧侶が息絶え絶えでたどり着いたオアシスのイメージです。旅をしてきた者にとって、その喜びはいかばかりのものであろうかと想像したのです。
私はこの旅僧のイメージを国禁を犯してインドへ旅立ち、辛苦の旅の末に仏教経典を持ち帰った玄奘三蔵に託しました。彼の「かんなん辛苦の末の喜び」を表現してみようと思ったのです。そしてでき上がった作品が「仏教伝来」でした。私の生涯のテーマとなった仏教伝来の源流シルクロードへとつながっていきました。
どんなに苦しくても、また、どんなに窮地に陥ろうとも、歩くことをやめてはいけません。先が見えなくても、また、目標がまだわからなくても、とにかく止まってはいけない。半歩でも一歩でも、とにかく全身を使って足を前へ進める。いつかは報いられる時が来る。そう信じて歩き続ければ人生は扉を開いてくれるものだと思います。後日になってわかったことですが、私はこのことを八甲田山のスケッチ旅行で経験していたのです。
(平山郁夫:1930年-2009年、広島県生まれ、東京美術学校卒、前田青邨に師事、「仏教伝来」が注目を浴びる、シルクロードをテーマに旺盛な創作活動を続けた。東京芸術大学学長、日本美術院理事長を務めた。文化勲章受章)
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