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マスコミの学校たたきで学校の教育力が後退した

 地域社会の共同性がほぼ完全に崩れたころから、マスコミによるはげしい学校たたきが始まった。個人・自由・人権・平等を大切にするという理念で、校則、管理教育と、学校のあらゆる問題をやり玉にあげてきた。
 学校が地域社会の支えもなく、自由・平等という理念に教師が立ち向かうことなど無理な話であった。こうして学校から教育力が後退していくことになったのである。
 個人・自由・人権・平等を大切にするという理念は、生徒は好きなことはなにをやってもいい、嫌いなことはやらなくていい、という形で広まった。
 人間は平等だから、教師の言うことなど聞かなくていい、という雰囲気も広くいきわたってしまった。大多数の生徒が、その時その場によって、わく組みからつぎつぎとはみ出しはじめたのである。
 だが教師は生徒を教育することが仕事である。授業中騒いだり、そうじをしなかったり、弱い者いじめをしたとき、そのまま放っておくことなどできはしない。ところが最近は、生徒を静かにさせたり、そうじをさせることがより難しくなってきたのである。
 これは必ずしも教師の個人的能力が昔に較べて低下したというわけではない。教師を支える地域社会の共同性や、家庭の規制力がなくなってしまったことが根本的な原因である。昔も今も教師の個人的な力など、たかが知れているのである。
 私たち現場の教師は、この状況のなかで、ギリギリできることを誠実にやりぬくことが大切である。そして、現場の状況と、その状況から考えたことを素直に、世間の人たちに語ることが大切なのである。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)

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