教師と生徒の立場をはっきりさせる
一生懸命に生徒のことを考え、理解してつきあっていけば、生徒はわかってくれる。そして、教師の言うことをきいて立ち直ってくれるはずだ、という考え方がある。
しかし、他人の説得に納得しないこともあるのが人間なのである。現実の生徒の姿と自分の姿をクールにながめるところから出発すべきなのに、自分の思い込みから出発するから、生徒にふりまわされることになるのである。
教師が個を大切にし、ものわかりよく対応すると、生徒の欲望はふくれあがり、本人ですらコントロール不能となり、他の生徒や学校というわく組とぶつかりあって混乱をまねく。
教師と生徒は平等である、というつきあい方をするからいけないのだ。教師と生徒という立場をハッキリさせるところから出発しなければならない。
同じ人間なら、言うことをきくか、きかないかは生徒の自由ということになる。それを説得しようとしても無理な話である。
子どものなかには、自分ではどうしてもおさえられない衝動があり、それはその時の気分で、どのような方向にも爆発するものだから、言葉で説得して何とかなるものではなく、有無を言わさずおさえてやるしかないのである。おさえこまれることによって、子どもは自分の世界のわくを知り、そこで安定するのである。これがなければ、教育は始まらない。
学校(社会)というところは、生徒が何でも好き勝ってにしていいところではない。個は無制限に自己を主張することはできず、いつも、社会のわく組との調和をどこでとるかを考えながら行動しなければならないのである。
個と社会はせめぎあうものだから、まず、子どもを社会のわくのなかにおしこめてやることが必要なのだ。わくを越えようとしたとき、説得ではなく、子どもの前に立ちはだかって正面からぶつかってやることが必要なのだ。
そうすることによって、個はきたえられ、他人や社会を学んでいくことになる。
社会は今までの大人たちがつくりあげたもの(文化)であるから、善とか悪とか言うべきものではない。教師としては、社会をはみだせば制裁を受ける、ということを具体的に教えればいいわけで、納得させることなどできはしないし、必要ないのだ。
しかし、ただ学校のわくのなかに生徒をおしこめておけばいいわけではない。そのうえで、生徒が、自分で考え、決定し、実行して責任をもつという実践が必要であり、最終的に自分の行き方をつかみとっていくことが大切になるだろう。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)
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