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教師の運命を決するのは豊かな話を多く持っていること

 教師の運命を決するのは豊かな話を多く持っていることではないでしょうか。
 先生のそばへ行くと、お小言とか、ためになる話とか、そういうのは聞けるかもしれませんが、何か心のそうっとあたたまるような話はあまり聞けないというような状態が多いのではないでしょうか。
 いわゆる「ためになる話」というと、だいだい子どもの嫌いな話が多いですね。そうじゃない豊かな話を子どもに何気なく話していく。
 そういうことをもう少し考えないと・・・。学級が崩壊するとか言われていますけれども、そういう場がないからではないでしょうか。
 幸せな家庭は何かいろいろ話しているのと同じようなふんわりした暖かなものが、子どもには必要だと思うんです。でも、そんな話をたくさん胸に持っていない教師がいるということに、私は最近、気がつきました。
 どのような話ですか、と改まって聞かれると困るけれども、子どもが何気なく気楽に聞き流しながら、何かを受け取っていくというような、つまり話の力ですね。話にはそういう、何がためになるかならないか、上手か下手か、そんなことに関係のない、話し言葉の作る雰囲気というものがあるんです。
 30人なり40人なりの子どもを並べて「これからお話をしますから、よく聞いているんですよ」なんていうのは、教師として本当につまらないことです。
 「よく聞いてください」と言わなければ聞けないような話しかできないんでしょうか。教師の話し言葉は、じかに意志を伝えていくものです。ですから、これを豊かに持っているか持っていないか、持つことを志したか志さないか、それが教師の運命を決すると私は思います。
 それから絶対、子どもに感想を聞くべからずです。人の話を聞いたあとで、その直後に感想を聞かれて何か言えるなんてことはないし、本当のことが言えることもない。何も聞くことはありません。感想がどうであるかは教師が見抜くべきで、聞くことなんかじゃありません。
 私はそういうふうに思って、たくさんのお話を胸に持っている先生を尊敬しています。子どもの数だけいつでも胸に話があったら、どんなにいいかなと思います。
大村はま:1906-2005、長野県で高等女学校、戦後は東京都公立中学校で73歳まで教え、新聞・雑誌の記事を元にした授業や生徒の実力と課題に応じた「単元学習法」を確立した。ペスタロッチー賞、日本教育連合会賞を受賞。退職後も「大村はま国語教室の会」を結成し、日本の国語科教育の向上に勤めた)

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