« 数値目標による学校経営管理と教員評価        佐藤 学 | トップページ | 誰かのために何かをしてごらん、苦しんでいる君たちの生きる力になります »

教育委員会は基本的には学校をたたく側にまわってしまった

 教育委員会は世論をすごく気にするようになった。たとえば、親から教育委員会に電話が一本でも入ると、言っていることが事実かどうかはほとんど無視して、一方的に学校に対して指導が入ることになる。
 たとえば、教師がA君を叱ったとする。A君はいたく傷つき、家に帰って母親にそれを訴える。母親は、とんでもない話だと言って教育委員会にパッと電話し、教師の指導の仕方が悪いと訴える。子どもがあんなに傷ついている、なんとかしろというわけである。
 そうすると、教育委員会から校長経由で、その教師に指導が入ることになる。具体的に事実関係を確認してから、ということはほとんどない。
 いまや教育委員会は、親やマスコミといった外からの力に動かされて学校を指導し、校長はそれを受けて教師を指導するようになってしまった。現場の教師の立場に立って、教師の悩みをいっしょに考え支えようとする校長はほとんどいなくなったのではないか。
 教育行政は、本来なら、学校という前線を支えることが基本的な役割だと思うのだが、マスコミの学校たたきで、教育委員会は、基本的には学校をたたく側にまわってしまったのである。
 外部に支えてくれるものがなくなったのだから、教師たちはまず自分たちで共同性をつくろうとするしかないだろう。
 学校にはいろいろな教師がいて、たとえば力のある教師もあまりない教師もいるわけだが、それがひとつのかたまりになって生徒たちと向かい合っていくしかないだろう。小学校ではいぜんとして担任一人で立ち向かわなければいけないという考えが強いが、それではとても事態に立ち向かえないと思う。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)

|

« 数値目標による学校経営管理と教員評価        佐藤 学 | トップページ | 誰かのために何かをしてごらん、苦しんでいる君たちの生きる力になります »

教育行政(国・地方の教育委員会)」カテゴリの記事

コメント

 河上亮一氏の「教育委員会は学校をたたく側にまわってしまった」という趣旨の文章は、どの図書または文献の何ページに書かれているのでしょうか。教えてください。
→「学校崩壊」河上亮一著 草思社 1999年です。
 同様に、家本芳郎氏の「最近の教育委員会は教師を守ろうとせず攻めたてる」についても教えてください。
→「教育力をみがく」家本芳郎著 子どもの未来社 2004年です。

投稿: 高橋寛人 | 2013年8月21日 (水) 13時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教育委員会は基本的には学校をたたく側にまわってしまった:

« 数値目標による学校経営管理と教員評価        佐藤 学 | トップページ | 誰かのために何かをしてごらん、苦しんでいる君たちの生きる力になります »