教師の仕事は絶えず追究し創造し、新しい目標をつくり出していく仕事である
学校とか教師とかの仕事は、絶えず追究し創造し、新しい目標を子どもたちのなかにつくり出していかなければならない仕事である。
一つのものをつくり出したときには、つぎのより高いものを目ざして、追究をはじめ、新しい創造をしていかなければならないものである。それは、山にへばりつくようにして、大きな石を頂上まで石を押し上げていったときには、そこに新しく見えた高い山に向かって、また石を押し上げていくようなものである。
学校とか教師とかは、そういう仕事を休みなく続けていかなければならないものである。
一時間の授業からつぎの一時間の授業へと、また一学期から二学期へと、さらに今年の一年間からつぎの一年間へと、新しい課題をつくり出してはそれを突破し、そこに生まれた新しい事実から、またつぎのより新しい事実へと追究し創造していかなければならないものである。
学校とか教師とかは、授業とか行事とかのなかで、そういう創造をつづけないかぎり、子どもたちの成長を助け、子どもたちの可能性を引き出すことなどできない。
そういう仕事は、きびしいことであり苦しいことではあるが楽しいことでもある。そこには創造する喜びがあり、追究者・創造者としてのかけがえのない体験をすることもできるからである。
また、課題を突破した結果生まれた、子どもたちの新鮮な姿にふれる喜びがあり、それによって自分を新鮮にしたり、またそこから、教育なり子どもなり人間なりを豊かに学びとることができるからである。
教師の仕事にはそういう喜びがある。また、教師がそういう喜びを持ち、子どもから学ぶことができるようになったとき、教育の仕事は成立したと云えるのであり、子どもの成長を助けることができたとも云えるのである。
しかし日本のいまの教師は、そういう教師としての本質的な仕事に専念できるという状況のなかにはおかれていない。むしろそういう追究的で創造的な仕事は白眼視される傾向さえ強い。
これは、そういう追究的で創造的な仕事がまだ一般化されておらず、実現が困難だという事情もあるが、それだけではない。教育界なり教育行政なりのなかに、無難で形式的なことをよいとしているところがあるからである。
また、教育の仕事には値しないようなものを教育の世界に持ち込む力が大きく働いているからである。
(斎藤喜博:1911年~1981年、元小学校校長。島小学校などに優れた実践を残した昭和の代表的な実践者)
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