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社会科:「ポストとゆうびんやさん(2年)」の授業に感動した

 授業が始まって五分もたたないうちに、脳天をぶんなぐられたような強いショックを受けた。そして感動した。ものごころついて以来、これほど感動したことはなかった。
 「グループで作ったポストの模型について発表し、くらべ合う」というわずか二行の文だが、内容の豊かさに驚かされた。
 Aグループは「屋根がくっついてないポスト」、Bグループは「投かん口の上のひさしのないポスト」、Cグループは「採集時刻のないポスト」、Dグループは「鍵穴を忘れたポスト」・・・・・というように、それぞれみんな何らかの「欠陥のあるポスト」であった。
 これら欠陥ポストを使っての発表である。そして、欠陥があると「どのように困るか」を考えていくのである。だから、教科書や参考書にあるような一般的なことをいう子どもは一人もいない。みんな自分の体験にもとづいたものばかりで、実にユニークな発言で、わたしはゆさぶられっぱなしであった。
 私はそれまで教材や資料は完全なものでなければだめだと思っていた。不完全なものは目につきやすい。それを発見させて、どうしたら完全なもの、本物のポストのようになるか考えさせることが、子どもの思考のすじ道からしても自然であることに気づいた。
 授業をしている長岡文雄先生(当時奈良女子大学附属小学校教官)の「発問」も、ポストの模型と同じように、どこかに「欠陥」(落とし穴)のあるものばかりで、わたしは意表をつかれるばかりであった。
 「どうしてこんなとぼけた発問のしかたをするのだろうか」と思った。この疑問に対する答えは、子どもたちの反応や活動が出してくれた。子どもたちは必死で先生にくいさがり、抵抗した。その過程で、多面的な思考力や追究する力が育っている。
 私は、「ごっこ」をするには、それなりの道具の準備がなければできないものと思っていたのに、一つも道具なしに「ごっこ」をするのである。口で動作の説明をしながらするのである。
 「今、自転車を止めました。鍵を出して、ポストをあけているところです」といいながら教師が動作をする。すると、子どもたちは、すかさず「鍵はどこから出しましたか。そんなところから出すのはおかしいと思います。ぼくの見た郵便屋さんは、ズボンのポケットから出しました」などと、不備なところをついていく。
 動作をしている子どもも負けてはならじと「ぼくの見た郵便屋さんは、上着のポケットから出しました。おとさないようにひもがついていました」とやりかえし、意見が対立する。
 意見を聞いた教師は「どちらも正しいことにしておく」という。すると、子どもたちは大声で「ダメー」という。
 こうして「指導の要点」の「郵便屋さんの仕事の実際について見ないとだめだ。よし見よう、と思わせる」という項が生きてくる。子どもたちは、早く見たくてしかたがない状態になっている。
 「これこそ低学年の社会科だ」、いや「本物の授業だ」と思った。それまで私のしていたことなど「授業」の名に値しないと思った。
 授業というもの、発問というものに、目が開けた。これは、私に「授業を求める心」があったからこそ、この出会いがあったのだと思う。
(
有田和正:1935年生まれ、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授を経て,東北福祉大学教授。教材・授業開発研究所代表。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し授業の名人といわれている)

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