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子どもたちを指導するときの私の魔法の言葉「わかるけどあかん」

 教師として十年が過ぎたころ、竹内和雄は自信をなくしていました。「この先、ずっと教師としてやっていけるのか」と竹内は不安で仕方がなかった。
 そこで、竹内は二年間教師を休んで、いろんな勉強をしました。心理学を勉強したり、カウンセラーの資格を取ったり、いろんな本を読みました。また、思春期の子どもたちと接している教師以外の人々から話を聞かせてもらったりもしました。
 中学校の子どもを持つ保護者や塾の先生にも話を聞いたが、竹内にとって最も刺激的だったのは、少年院や児童自立支援施設の方々の言葉でした。竹内がそのころ、問題行動を繰り返す少年たちの指導に迷っていたこともあるが、それ以上に、それらの施設で働く人達の言葉の真意が手に取るようにわかったからです。
 竹内が最も感銘を受けたのは、ある児童自立支援施設の寮長の言葉です。
 竹内は、無理を言って、ある児童自立支援施設に住み込みで働かせてもらった。竹内が住み込んだのは、夫婦が寮で七から十人の子どもたちと生活をともにする所でした。いろんな寮に行っては、いろんな話を聞かせてもらっていました。
 児童自立支援施設には、様々な子どもが暮らしていますが、その多くは、非行や不良行為を繰り返した子どもたちです。また、少年院と違って、塀はありません。逃げようと思えば簡単に逃げられます。当然、逃亡する子どもたちもでてきます。
 ある日、寮を無断で抜け出した子の指導に竹内は立ち会わせてもらった。四十代の女子寮の寮長(男性)でしたが、子どもに非常に信頼されていた。普段は口数が少ない人で、なぜ彼がそんなに信頼されるか、その指導を見てその秘密がわかった気がした。
 その指導は十年近く前でしたが、竹内はつぎのように鮮明に覚えています。
 寮を無断で抜け出して、友だちの家で捕まり、再度連れ戻されてきた女の子の前に、寮長は「どん」と座りました。腕組みをして、少し前屈みになって座っています。
 しばらくして「なんで、無外(無断外泊)したんや? 話してみなさい」。
 その子は一切話しません。反抗的な目で、ブスッとしています。無言の時間が長く続きます。横にいた僕が心配になるくらい長い時間です。正確な時間はわかりませんが、きっと二十分近く経っていたと思いますが、寮長はもう一度「なんで、無断外出したんや? 話してみなさい」。
 その子はやっと話し出します。友だちに会いたかったこと、寮での生活が厳しくてつらかったこと……。次から次へとその子は話し出します。寮長は「うん」「うん」とあいづちしながら聞いています。しばらくすると、その子の言葉が途切れ、沈黙が続きます。長い時間が流れましたが、寮長は無言のままです。その子が、ちらっと寮長の顔を見たとき、寮長は、「で?」と次を促します。
 また、その子は細かく話し出します。
 友だちと久しぶりに話して、とてもうれしかったこと。たばこを勧められたけど、それは断ったこと。寮長や寮母さん(寮長の奥さん)が怒っているかな、と思ったこと。いろいろ話します。
 また、沈黙。長い時間の後、寮長の「で?」。
 その子はどんどん話します。寮で、人間関係がうまくいかないこと。けんかしてしまって、なかなか仲直りできないこと。自分で掃除するのが面倒くさいこと。いろんな話をどんどん話します。寮長が「で?」……。
 この繰り返しがずっと続きました。三時間以上続きました。その子は、お母さんのことを話し始めます。お母さんに会いたかった……。お母さんのことをずっと話しました。やっぱりお母さんと一緒に暮らしたい。そう話しました。
 寮長が「で?」。その子は「これで全部」。
 寮長は、ゆっくりとした口調で、しっかりとこう言いました。
 「わかる。わかるけど、あかん」。
 その子は、みるみる泣き崩れました。鳴き声が嗚咽に変わりました。「寮長、ごめんなさい」「ごめんなさい」。…………。
 この間、寮長の発した言葉は、「なんで無断外出したんや? 話してみなさい」と「で?」だけ。そして最後に「わかる。わかるけどあかん」。
 その子は、泣き続けました。「寮長、ごめんなさい。もう無外しません」。寮長は、その子の隣に座り、肩を軽くさすっていました。
 その後、「○○子、お前が無外したかった気持ちはよくわかった。わかるけど、あかん。俺はゆるさん。もう二度と無外するな。わかったな」
 「うん」
 しばらくして、寮母さんが来られました。寮長は、竹内を促して、一緒に部屋を出ました。
 隣の部屋で、竹内は寮長にいろんな質問をぶつけました。なかなか多くを語ってくれませんでしたが、要約すると次のようでした。
 「いくら頭ごなしに怒っても、しばいても(叩いても)効果はあがらない。まず、しっかり子どもの気持ちを聞いてやること。徹底的に聞いてやること」
 「子どもは、自分の気持ちを自分でもよくわかっていないから、話すことでだんだん、わかったりする。だから、黙っていても待ってやること。黙っていて、言葉はなくても、頭の中では、一生懸命考えているもの」
 「すべて聞いてやってから叱ったら、『わかってくれた上で、叱ってくれた』と子どもの心に響く。子どもは自分が悪いことをしたことは最初からわかっている。だから、きっちり叱られたいと思っている……」
 竹内は、言葉がでなかったのをはっきり覚えています。
 竹内は、クラブ活動では大阪大会で優勝させたこともあるし、生徒指導でも、ある程度できる自信があったのですが、自分のそれまでの指導がいかに表面的で甘いものだったかが理解できた。
 寮長が言っていることは竹内にとっては決して新しいことではありませんでした。
 「共感的理解を指導の前提にすること」、教科書で何度も読んだことです。
 「待つ指導」、本音を語るまでじっくり話を聞くこと。
 このことは、竹内は指導のイロハのつもりで、実践しているつもりでした。しかし、竹内がしていたそれらは、「ままごと」ほどのレベルだったと痛感した。
 竹内は現場に戻って子どもたちを指導するとき、必ずこの言葉を使うことにしました。
 「わかる。わかるけどあかん」は魔法の言葉だと竹内は言います。
 この言葉を有効に使えるようになると、子どもが問題行動をして、その指導を終えたら、その子どもと自分の関係がよくなる。そんな魔法の言葉だと竹内はいいます。
 それ以来、竹内は、子どもが問題を起こした時がチャンスだと考えるようにしています。
 問題を起こす子どもは、必ず心の中に、大きな何かを抱えています。その何かを言葉にできる時間を共有できたら、こんな幸せなことはありません。
 問題を起こしたことだけを叱ってもしようがない。なぜ、問題をおこしてしまったか。なぜ、そんな心理状態になったのか。一緒に考える機会にしようと竹内は思うようになりました。
 残念ながら竹内は、あの寮長のように子どもから信頼されていないと思っています。
 だから、寮長が「で?」、だけですんだ言葉も、もっと慎重に選ぶ必要がある。
 子どもの代わりに問題の根本を焦点化してあげる手伝いをしたり、焦点化した問題を再度、子どもに直面させて葛藤させたりします。いろいろな試みで最も重要なことは、子どもが自分で考える時間を大切にしてあげることだ。
 子ども自身も充分に自分のことが言葉に出して理解でき、その言葉を聞いて大人が理解できれば、あとはしっかり叱ってあげることです。自分のやり方で叱ってあげることです。
 竹内はいつも、子どもの顔をしっかり見て、子どもの目をしっかり見つめて、やっぱりあの言葉を使っています。「わかる。わかるけどあかん」
(
竹内和雄:1965年大阪府生まれ、中学校で20年間教師、大阪府寝屋川市教委指導主事を経て2012年より兵庫県立大学准教授。生徒指導を専門とし、いじめ、不登校等への対応方法を研究。学校心理士。ピア・サポート・コーディネーター)

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