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「やめろ」のひと声でやめさせるにはどうすればよいか

 教師である以上、注意することからは逃げられない。教師は「やめろ」と注意したとき、その一声で制止できたら言うことはない。
 やめないのは、教師が子どもになめられていて、こわくないからだという説がある。そう思っている教師が多い。だが、そんなことはない。もし、それが事実なら、教師全員がこわい教師になる必要がある。おっかない教師が見ているところではやらないが、見ていないところではやるかもしれない。どうせ「やめろ」と言うなら「それから後もずっとやめる」ようにしたいものである。
 生徒が教師の「やめろ」の一声で、その行為をやめるには、つぎの条件を満たせば、こわくない教師も、やめさせることができる。
(1)
子どもを窮鼠(追い詰められて逃げ場を失ったネズミ)にしない
 どんな場面で叱られるかが子どもにとっては大問題である。子どもにもメンツがある。みんなの前、好きな女の子前で「やめろ」と言われたりすると、すなおにやめない。したがって、やめさせる場合、その子どもの立場も考えながら注意し、その後で、きっちり指導する。
(2)
教師の言葉の力
 教師の「やめろ」と言う声に、すぐにその行為をやめさせる強い響きがあることだ。「これはよくないことなんだ。すぐにやめなくては」と思わせる響きがある場合、子どもはハッとわれに返ってやめる。
 教師は「やめなさい」を13通りに表現できなくてはならないという人がいる。いろんなニュアンスで「やめなさい」が言えなくてはならないという意味だろう。
 ところが、教師はそういう訓練をほとんどしていないから、「断固として叱りなさい」と言うと、威嚇的な大声でしか発声できない。昔はそれでよかったが、今日では、その中にやさしい響きと怒りや悲しみや嘆きや痛ましさの表情をともなわなくては、強い抑止力を発揮できなくなった。制止や禁止の言語能力を高めることが求められている。
(3)
モラルに反する行為
 やめさせる行為がモラルに反している場合である。例えば「人を殺傷する」「人のものを盗む」「人の権利をふみにじる」「弱い者をいじめる」といったことなどである。
 「きまり」は日頃から取り上げ、子どもたちにもよく理解させておかなければならない。教師の「やめろ」に呼応するモラルを子どもの内部に育てておくためでもある。
 この「きまり」に反する行為にたいしては、即座の有無を言わせぬ禁止を求める。
 ところが「髪の毛を染めてはいけない」という校則は「規則」であって、人類普遍のモラルではないから「有無を言わせぬ禁止」項目にはならない。ここをよく間違えるので区別をしなければならない。これを同じレベルで指導しようとするから、無理がおこり、破綻する。
(4)
教師が好かれている
 「やめろ」と言った教師が好かれている場合である。好かれている教師が言うと子どもはやめる。嫌いな教師はなかなかやめない。教師は子どもに好かれ、信頼され、尊敬されるようにつとめなくてはならない。
(5)
納得できる指導を受けた経験がある
 今までに子どもが納得できる指導を受けた経験があるということである。
 「先生が『やめろ』と言ったので、自分はやめた。その後、先生は自分の気持ちも聞いてくれるし、慰めてくれて、納得のいくように説明してくれた」という信頼感である。そういう姿勢をもった教師であれば、子どもはやめる。
(家本芳郎、19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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