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教師になろうとする人のために

 いまの学校の雰囲気はけっしてバラ色だとはいえないようです。職員室で教育論をたたかわす雰囲気さえなくなったといわれています。そういう中に入っていくあなたに言いたいことは、平凡なことですが、“子どもとともにあれ”ということです。
 新しく教師になる人びとにまずお願いしたいことは、子どもの遊び相手になってほしいということです。
 そして、私がみなさんにお願いしたいのは、“楽しい学校をつくれ”ということです。学校が楽しいところになるためには、子どもだけではなく、教師も楽しくなければなりません。どうか、そのための努力をしてください。
 子どもたちをどういう人間に育てたらいいでしょうか。私は、“おもしろい人間をつくってもらいたい”と言いたいのです。おもしろい人間とは、度量が広く、思いやりがあり、ユーモアを解し、強いが、優しく、頼りがいのある・・・・・そんな形容詞をいくら重ねても、この“おもしろい”という言葉の内容をいいつくすことはできないでしょう。
 “おもしろい人間”をつくれるのは、人間しかありません。しかも“おもしろい教師”でなければなりません。そういうおもしろい教師がだんだん少なくなりつつありますが、いることはいるのです。
 そういうおもしろい教師は、明るい顔をしています。それはなぜでしょうか。
 それは、子どもたちといっしょに楽しい学級をつくっていて、毎日の授業のなかにいつも新しいものを発見しつつあるからです。
 そして、教育が画家や作曲家の仕事に少しもひけをとらない創造的な労働であることを知っているからです。あなたたちも、それを知ってほしいのです。
(遠山啓:1909年~1979年、数学者。元東京工業大学教授。1951年数学教育協議会を結成、数学教育の「水道方式」による計算体系を樹立、学校現場に大きな影響を与えた)

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