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教えて考えさせる授業がなぜ必要なのか

 これまでの教育が教師による知識の教え込みになっていたのではないかとの反省から、1990年代に、とくに小学校では、教師が教えるのではなく、子どもに考えさせ、話し合いをさせ、気づかせるという授業へと転換しました。
 私は当時、地域の子どもたちを大学に呼んで、学習のカウンセリング活動をしていました。当初、授業がわからないというのは、教師が一方的に教え込んでいく授業をするからだと思っていました。ところが、子どもたちは「先生が教えてくれないからわからない」と言うのです。
 授業は自力解決や協同解決の時間がやたら長くとられ、教師がわかりやすく説明してくれる時間がほとんどないと子どもたちは言います。私自身、授業を見学しても「確かに、これでは子どもたちは、わからないだろう」と思わざるをえませんでした。
 まずいことが起きると、マスコミも教育学者も徹底的に批判し、まったく逆の方向に、極端から極端へと方針が振れやすいのは教育界の特徴です。
 公教育で最も大切なのは、バランス感覚であろうと私は思っています。
 教師が教える知識はゴールではありません。出発点なのです。知識があるからこそ、新たな疑問や興味も生まれ、さらにすすんだ問題解決や話し合いができるのです。
 少なくとも、知識・技能の習得をめざした授業では、教師が基本的なことをわかりやすく教え、子どもたちが共通の知識をもったうえで、クラス全体で問題解決や討論を行って理解を深めるという、「教えて考えさせる授業」がオーソドックスな原理です。
 日常的な教科の授業の大半は、何らかの意味での習得をめざしているので、適用範囲はかなり広いものといえます。
(市川伸一:1953年生まれ、東京大学大学院教授。心理学者。学習過程の分析と教育方法を研究)

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