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教師は子ども好きの名人にならなければならない

 教師は子ども好きの名人にならなければならない。
 クラスがうまくいかない年をふりかえると、最初は指導にしたがわない子どもに手をやくことからはじまる。その指導につまずくと、それがクラス全体の乱れを引きおこしていく。どのクラスにもそういう核になる子どもがいる。「こいつさえいなければ」と思える子どもである。
 だが、そこがつまずきであった。子どもがきらいというのは、そのことがすでにつまずきなのである。そうなったら、もう緒戦において失敗しているのである。そのことがわからず、ひどく苦労した。
 「きらいになったらおしまい」「教師は、子どもの好ききらいがあってはならない、たとえあったとしても、ぜったい口外してはならない」と教師になったとき、先輩教師に教えられた。
 教師は子ども好きの名人にならなければならないということだった。それには、まず全身全霊を傾けて嫌いな子どもを好きになることだった。好悪は表裏、愛憎は紙一重ということだった。欠点と美点は裏表の関係にあるということだった。
 今、わたしが好きな子どもがいる。わたしのいうことをよくきくすなおな子どもである。しかし、やがて、そのすなおさが自主性のなさとしてもり足りなく感ずるようになる。事実、そういうことがあった。
 反対に、嫌いな子どもの、そのきらいだと思えることが、やがて、頼もしく思えるようになるかもしれない。逆もまた真なりである。
 とすれば、今、欠点とみえる、そのことのなかに好きになる種があるのではないか。その欠点をこそ愛すべきではないか。
 そうなれば、教師にとって嫌いな子どもも好きになり、やがて教師にとって嫌いな子どももわたしを好きになるかもしれない。
 「よし、欠点を好きになろう」そう決意して嫌いな子どもの姿を見ると「生意気」「反抗的」「だらしない」「粗暴」「タバコを吸う」といったことも、あまり気にならなくなった。
 その生意気や反抗のなかに自己主張する、規則にとらわれない自由さがみえるようになった。
 それは、わたしのスタンスを変えたからである。立場をちょっと変え、きまりきった教師の目から、子ども好きの目に変えたからである。
(家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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