沢柳政太郎が求めていた校長は実践者としての校長
沢柳政太郎は管理主義の校長ではなく実践者としての校長を求めていた。
校長は、学校の総ての働きの原動力であり、先生の研究上の活動の中心である。
先生の責任は平等で、上下関係は関係なく、校長は先生を統率することが求められている。校長の統率は、職権による統率ではなく、学識、人格、徳望に基づくものである。
先生を鼓舞奨励し、相談相手となり、研究をうながし、教授法を批評しその工夫をうながすこと。
各先生の特徴を発揮させつつ調和を図ること。
授業を観察し、忠告を与え、もしくは相談相手となって教授の進歩を図り、各教科の連絡を図る。
学校を子どもの成長を目的とする場とすること。
(澤柳政太郎:1865年長野県松本市生まれ-1927年、文部官僚、教育者、貴族院勅選議員。文部官僚のとき小学校令を改正し4年から現在の6年の課程にした。京都帝国大学総長、成城小学校を創設し大正時代の新教育を推進。帝国教育学会の会長)
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