« 仕事を進めるうえで大事な、根回し経営術「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談) | トップページ | 沢柳政太郎が求めていた校長は実践者としての校長 »

学校にとって求められる望ましい校長とは

 もっとも一般的で革新的な校長のイメージは、教師としての見識を学校の運営に注ぐような人物ではなく、個人の力によって変革をもたらす大胆で無情なカリスマ性のあるリーダーだろう。しかし、このようなヒーローはせいぜいカリスマ性のあるごろつきに過ぎない。
 ほとんどの学校は別の校長像で妥協してきた。それは、冷静で事務的で管理的なマネージャー的リーダーである。校長が優れた授業をしていたかは関係ない。たいていの場合、校長に求められるのは、操縦者になって学校が沈まないようにすることである。なんと悲しい現実だろうか。
 しかし、何か別のビジョンはないのだろうか。
 それは、学校の規模を小さくし、監視やアカウンタビリティに頼らず、校長が自分の学校を把握できる学校づくりである。このような学校では、教師や保護者や子どもたちの信頼を得ている人がその運営にあたることになる。
 このようなリーダーの仕事は、問題を提起し、省察を促し、人々を鼓舞し、学習達成基準をしっかりと示すことである。そこから生じる問題、つまり基本的にはすべて授業と関わるような問題と真剣に取り組むことになる。このようなリーダーに必要な要素は、教師として長期にわたる経験があり、教えることの複雑さを十分に理解しているということである。
 校長に選ばれた私は、管理者としてではなく教師としての考え方を重視した。学校全体が自分の教室だと思えるようにしたいと考えた。生徒たちを7年もの長期にわたって在籍できるようにした。生徒がどのような子どもであり、将来どのようになっていくのかを、教師全員が時間をかけ、広い視野でしっかりと見届けることができるようにしたかった。
 私は教師にとってやっかいな制約を取り除き、教えやすいよう時間割を調整し、必要な物を購入した。保護者と長期にわたって関わったりすることを可能した。
 私はふだんから気軽に教室を訪れた。教師のやり方を尊重し、役に立つ忠告はあとで伝えるようにした。気がかりだという得定の子どもについて観察したり、教室の様子を観察した。ときどき私はクラスを引き取り、担任が休みをとれるようした。
 教師が私を信頼してくれているとき、教師は気になることを私に話し、アドバイスを求めたので、解決策が見つかりやすかった。私と信頼を築くことが最も教師を育てる有効な形であることを学んだ。
 教師と保護者が対立し危機的な状況になったときは、双方の話を聞きくことができる外部の人をいれるようにした。ふだんでも、保護者や学校が第三者の耳を必要とするとき、いつでも気軽に連絡を取り合える関係を築いていった。
(
デボラ・マイヤー :1931年ニューヨーク生まれ、幼児教育で得た経験を生かして小学校・中等学校を創立した。最も教育が困難とされるニューヨーク市ハーレムの高校で驚異的な成果をだし、最も成功した教育改革の実践者として全米に知られている)


|

« 仕事を進めるうえで大事な、根回し経営術「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談) | トップページ | 沢柳政太郎が求めていた校長は実践者としての校長 »

学校経営と組織」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 学校にとって求められる望ましい校長とは:

« 仕事を進めるうえで大事な、根回し経営術「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談) | トップページ | 沢柳政太郎が求めていた校長は実践者としての校長 »