義務教育の目的とは何か
学校には、公(社会)にとっての意味と、私(個人)にとっての意味の二つがある。みんなが住みやすい日本の社会をつくるために、子どもを教育して公民(国民)にするのが公的な目的である。
義務教育の柱は二つである。一つは授業であり、もう一つは特別活動である。特別活動には、生活、行事、集団行動、儀式など、授業以外のあらゆる教育活動が入る。そして、その二つが有機的に展開されて、はじめて「調和のとれた人間」の育成が可能になる。これが、中学校の具体的な目標と考えていい。
授業の目的は、子どもが将来一人前の国民として生きていくための基礎的学力を身につけさせることにある。すべての生徒に、基礎的な学力を身につけるために勉強することを要求する必要がある。授業にしっかり取り組むこと。そして、それがどのくらい身についたかを調べるテストにも、しっかり取り組むことを要求すべきである。
しかし、授業に集中できなかったり、努力できない生徒はたくさんいるのだが、それはそれでいいのだ。学校は勉強する所だ、ということを生徒の前にハッキリさせることが大切なのだ。
授業を限定的に考えるためには、特別活動が重視されねばならない。クラスでの毎日の生活をどのようにやっていくか、友だちとの関係をどうつくるのか、行事で生徒が自分の役割を引き受けてどのくらい頑張れるのかなどに、教師が必死に取り組み、生徒の状況をきちんと評価することが大切である。
特別活動は学校五日制で行事が大幅にけずられた。生徒の生活能力が極端に落ち込んでいる。個人の自由・人権を優先する主張のため、学校から教育が後退している。このような状況にあるので特別活動での教師の活動は非常に苦しいものになっている。
しかし、人間を学力だけで評価しない、という雰囲気を学校のなかに取り戻すためには、特別活動の強化がどうしても必要なのだ。
この点について、教師は、親に対して、生徒の現状を率直に説明し、生活面での立て直しに、親の協力を要請する必要があるだろう。
生活面での自由・人権最優先の考え方に対し、生徒の実情をぶつけて、個人と社会との考えをどう考えるべきか、もう一度教育について考えてもらわなければならない。困難ではあるが、これは避けてとおれないことである。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)
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