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語りかけ心の内に何ごとかを起こすことが教育    竹内俊晴

 学ぼうとするものに向かって語りかけ、相手とふれ、対話し、相手のこころの内になにごとかを起こすこと、これが本来教えるということだろうと思うのです。
 わたしは演劇の世界に入って30年以上になりますが、私を最も考え込ませ悩ませたのは、日本人の対話の成り立たなさでした。
 会話はほとんどが言いっぱなし、すれちがいで、相手に働きかけてこれを変え、あるいはその過程で自らが変わっていくという志向を持たないのです。
 これではドラマなど生まれようがない。心のモヤモヤや孤立することはあっても、人と人がきびしくふれ合い、別の次元へ高まっていくドラマはない。
 ということは、演劇だけでなく、教育の分野においてこそ最も致命的なことではありますまいか。
 ある教員から苦渋に満ちた手紙をもらった一節に「授業中に必死に話をしていても、だれひとり聞いていなくて、だれにも声がつたわってないという経験がたくさんあります」とありました。
 国語の授業でも最近は詩の朗読が重視され始めているようです。だが私の知るかぎり、それは教員の文学的解釈に基づく、センチメンタルな声の抑揚の形成に過ぎぬ場合がほとんどです。
 そうではなく、まず、
 向かい合った聴き手に話しかける。
 聴き手の内にことばが入り、リズムとイメージが動き始める。
 すると、それに支えられて読み手の呼吸は変わる。
 聴き手に受け入れられたと感じたところから、次のことばが生き始める。
 詩の回復は、ことばの生きる力のよみがえりであるようです。
(竹内俊晴:1925年-2009年、元演出家(竹内演劇研究所主宰)・元宮城教育大学教授。独自のからだとことばのレッスンを展開しレッスンを行った)

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