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生かされている者の使命

 太平洋戦争の末期に私は海軍に入隊しました。仲間たちは次々と出撃して死んでいきました。しかし、私が出撃しようとしたとき終戦になり、どうして自分だけが生き残ってしまったのか。死ななかった私の心に負い目が残りました。
 しかし、自宅に帰るとそこには信じられない光景が広がっていました。アメリカ兵士が和室の中で正座をし、私の父からお茶のおもてなしを受けていたのです。自分たちが命を賭けてまで戦ってきた敵であるアメリカ兵士が、静かに父がたてた茶をたしなんでいる。そして驚くことに、彼らの目には父を対する敬意が宿っている。頭を殴られたような衝撃が走りました。文化がもつ力。戦うことで解決するのではなく、文化の心でつなぎ合うことができるのです。
 私は大学を卒業して、お寺で修業をすることになりました。ある日、お寺の庭で草むしりをしているとき、老師が言いました。「あんたが何気なく抜いている草も、生きているんやで。他の草を生かすために、あんたがその命を奪っているわけや。生かされているということが、どんなに尊いことなのか、そのことに心を馳()せなさい」と。
 老師の言葉は光のごとく私の心にしみこんできたのです。失った仲間たちに恥じない生き方に気づきました。自分が為すべきこと、それは茶道という文化の力で、世界を平和に導くこと。それが私の天命であると。
 人は誰しも「情」というものをもっています。「情」とは、相手に対する思いやりや優しさ、相手の悲しみを我がものとしてとらえる気持ち。そして互いを慈しみ合い、尊敬し合う心です。人と人とが温かな情によって結ばれる。茶道を完成した千利休が茶道を通じて伝えようとしていたのは、この心だったのです。
 ひとつの碗(わん)に点てたお茶を、みんなで分け合い感謝していただく。身分の高低や人種など何も関係ない。言葉など通じなくてもかまわない。そこには人間としての「情」が通い合っているものです。
 日本の東北地方を襲った大震災の被災地に私は幾度となく訪れました。たくさんの人たちは私が点てたお茶を飲んでくださった。涙を流すお年寄りもいました。私が被災地のみなさんに届けたかったのは、物やお金ではなく人としての「情」だったのです。その「情」を受け取ってもらえた。情で結ばれたつながりはけっして消えることはない。私はそう信じているのです。
 自分のことよりも、まずは相手の身になって考える。相手に仕えることを考える。もしもみんなが仕え合う気持ちを持てば、きっとそこには温かな情が生まれてくる。それが幸せにつながってくるのだと思います。
(千 玄室(せん げんしつ)1923年生まれ、1964年から2002年まで茶道の裏千家15代家元。世界60か国以上を訪問し、茶道を通じた世界平和と日本文化の国際的な理解の促進につくす。ユネスコ親善大使にも任命されている)

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