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授業の本質は「まちがえかたを教える」こと

 授業の本質は「子どもたちを新しいことにチャレンジさせて、まちがえかたを教える」ことだと思っています。
 新しいことをやれば必ずまちがうんです。まちがえず全部あたるというのは、はじめから知っていたという証拠ですよね。
 まちがえるということは、いつかは「あたる」ということなんです。新しいことを見つけることができるようにするためなんです。だから、まちがえかたを教えるということは、どのようにすればいつかは新しいことを見つけられるか、ということを教えることです。
 クラスで討議すると、みんなが、いろんなところでまちがえますね。仮説実験授業ならみんなまちがえますよ。まちがえても、「まちがえた」ということは、あとでわかるんですから。
 「ああいうふうに、いろいろな考え方をしていくと、正しいことがわかってくるんだな」「ああいうまちがいをしてもいいんだな」という進み方がわかるようになるんですね。
 それと、いろいろな考え方をだしてくれる「他人を大事にする」ということの大切なことがわかる。
 「まちがってもかまわんのだ。まちがえることの中で正しいことが見つかるんだ」そういうこと、これがわかってきます。
(
板倉聖宣:1930年生まれ、国立教育研究所物理教育研究室長を経て「仮説実験授業」を提唱。仮説実験授業研究会で教師の協力を得て「授業書」(テキスト)を多数執筆、私立板倉研究室室長)

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