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劇団の先輩に言われた「思えば出る」のひと言が私の一生を決めてくれた

 私は五十年以上女優をやっていることを自分で驚いている。始めたときは女優になる気はなく、劇団の中で舞台装置や衣装を作る人の手伝いをしたいと思っただけだった。
 それがちょっとしたきっかけで舞台に出る方になってしまった。性格的にも技術的にも、ほど遠い女優だった。
 女優として役に恵まれても、それに追いついていけない情けなさ、逃げ出したいが、途中で放り投げるのも悔しい。
 そんなイジイジした時期に救われたひと言が「思えば出る」だった。劇団の大先輩の宇野重吉(劇団民藝の創設者で演劇界をリードした名優)さんの言葉だった。
 上手にやろうとするな、役の人物を深く思いなさい。きみは下手なんだから、他人の百倍、五百倍、この人はどういう人なのだろう、ということを思うのだ。
 すると、その人が自分の中に入って来て、その人物の思いが客席に伝わるのだ。「思えば出る」ということを信じて、女優生活を続けていきなさい。とおっしゃってくださった。
 このひと言がなかったら、とても続けることは出来なかっただろう。不器用な私は、ただその言葉にすがってやってきた。女優生活もだんだん楽しくなり、女優を続けてきてよかったと思っている。私の年齢で、まだ仕事が出来るというのは女優のおかげだ。ありがたい職業を身につけたものだ。
 すべては、あの宇野重吉さんのひと言だ。言葉がその人の一生を決めてしまうのだから、すごいことだと思う。
 私も心で人と交わっていきたいと思っている。うわべの美辞麗句のお付き合いはお断りだ。他人を大切に、そして自分も大切にして人生を送っていくのには、心のつながりが一番だ。心の通じる人が何人かいてくれれば、毎日が楽しくなる。
(
吉行和子:1935年東京都生まれ、女優、エッセイスト、俳人。民藝の舞台『蜜の味』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。映画『愛の亡霊』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。エッセイ集『どこまで演れば気がすむの』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した)

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