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素直な心になればすべてに学ぶ心があらわれてくる

 何事も経験であり、勉強である、ということをいいますが、そのような心がまえをもって人生をすごしてゆくならば、月日とともにいろいろなことをおぼえ、学びとってゆくこともできるでしょう。
 だから、そこからは限りない進歩向上の姿も生まれてくるのではないでしょうか。
 学ぶ心をというものを保っていたとするならば、相手のふとした言葉の中からハッと学ばせられるようなものを見つけ出すこともあると思います。自分では気づかなかったような事柄を知ったり、知らなかった知識を得たり、さらには何らかの教訓を得たり、というように、学ぶ心さえあれば、日々の会話であろうと何であろうと、お互いの生活、活動の中からいろいろなことを学びとることができるのではないかと思うのです。
 たとえば、何か人の気にさわるようなことを口に出して言ってしまったとします。けれども、その後の考え方なり身の処し方が大事だと思います。つまり、学ぶ心をもっている人ならば、自分の非をさとって直ちにわびるでしょうし、あのようなことを口に出していってはいけないのだな、ということを自分なりに悟り、二度と再びそういうことをいわないようつねづね心がけるようになるでしょう。だから、そういう失敗を再びくり返すことは防げるだろうと思います。
 他の人の失敗や社会のいろいろなできごとを見ても、学ぶ心がなければそれらを他山の石とするといったことができにくいと思われます。
 学ぶ心があれば、この世の中の一切の人、もの、あらゆる物事のすべてが、自分にとって貴重な教えとなってくるでしょう。だから学ぶ心からは、お互いのたゆみなき向上、進歩の姿というものも生まれてくるのではないかと思うのです。
 この学ぶ心というものも、素直な心になるところからあらわれてくるものだと思います。というのは素直な心というものは、まだ、何もかかれていない白紙のようなもので、吸収すべきは何でも吸収する心だからです。
 だから、素直な心になれば、おのずと、人といわずものといわず、いっさいに対して、つねに学ぶ心で相対するようになると思うのです。人と話をすればその話の中から何らかのヒントを得るとか、草木をみてもその動きや姿の中から何かを感じるといったことにもなっていくのではないでしょうか。
 要するに、素直な心になれば、すべてに学ぶ心があらわれて、いっさいに対して学ぶ心で接し、つねに何らかの教えを得ようとする態度も生まれてくるでしょう。
 素直な心になったならば、そのような謙虚さ、新鮮さ、積極さというようなものもあらわれてくるのではないかと思います。
(松下幸之助:18941989年、パナソニック創業者、経営の神様と呼ばれ、日本を代表する経営者)

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