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加藤末吉(かとう すえきち) (小学校)  「先生が共有すべき技術」

 東京高等師範学校付属小訓導であった加藤末吉先生の授業は、的確な授業技法で手綱さばきは軽快・明朗であざやかであった。
 著書の『教壇上の教師』(明治41(1908)年)や『教師たらんとする人のために』(明治44(1911)年)などにおいて、先生が共有すべき技術を追求しました。
 そのなかで、授業は、先生という活きた人格を通して、子どもに接触するのであるから、子どもに接する先生の言語及び態度のいかんが、生きた知能を伝え、生きた徳性を養ううえに、大きな影響をおよぼすこと。
 小学校の先生として備えなければならないことは、崇高な人格をもっていること。子どもを導く知識と技術を備えていること。子どもに対する言語・態度の研究ができていること。
 そして、先生が教室に臨むときは、戦場に臨むように一種の戦闘力がなくてはならないこと。授業の大秘術は、先生が身をもって子どもの地位に降り、子どもの世界に入ること。すなわち、先生は識者たる身をもって、しばらく子どもとなり、子どもたちを、先生の達し得た修練達識の境に登らせることにある。
 授業の技術を他から研修することは難しい。多くは先生自身の工夫経験によって自得するものである。
 教材・教具の準備は、授業の成功の半ばに値するものである。
 先生の感化力という偉大な効果は、言語の表現に負うものである。言語は、教化するのに適している。ことばは流ちょうなのはよいが、相手が子どもであるから、平易明晰でなければならない。そして、先生のことばは生気があり、話しに魂があり、活力を備えていて、子どもたちが感銘を深くすることができること。
 また、ことばに愛情がこもっていて、子どもを動かし、先生の教育愛を子どもに感じさせること。子どもに対しても、その人格を重んじてやることは極めて重要なことであり、適当な敬語を用いることは大切である。

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