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授業を変えると荒れていた学校も変わった

 授業を変えると荒れていた学校も変わった。
 東京都内のある中学校に二年間、関わったことがある。生徒はひどく荒れていて一年間のガラス代が百万円近くもかかる状況だった。それまで中学校で授業改革に協力していたが、いつも不十分にしか達成できないもどかしさを覚えていた。
 同校の教師たちに提案した方針は次の四つである。
(1)
生徒がいくら荒れていて授業が成立しなかったり、非行が起ころうとも、職員室や学校外で生徒に関する愚痴はけっして口外しないこと。
(2)
授業の改革の具体的な指針として、すべての授業のなかで、たとえ数分であっても、生徒が活動する作業を入れ、生徒たちが小グループで協同して話し合う活動を入れ、生徒がわかったことを互いに表現し交流して吟味する活動をいれること。
(3)
週一回は校内研修の時間を設定して、授業の事例研究と、学年会か教科部会でも事例研究を行なうこと。
(4)
授業づくりを仕事の中心にするために、校務分掌と委員会とを廃止して、すべて週一回の職員会議で話し合うようにすること。
 私の大胆な提案をよく受け入れていただけたと今でも思うが、それほど同校の状況は危機的で、教師たちは何とかしたいという思いが強かった。むしろ、もっとも不安を覚えたのは私のほうであった。職員会議だけで学校は運営できるのだろうか、と。しかし、どうしても授業研究の時間を確保したかったのである。
 授業を変えれば、学校は変わるのである。その成果は三か月もたたないうちに現れた。授業のなかの生徒たちが明るくなっただけでなく、あれほど荒れていた校内暴力がほとんど姿を消し、ガラスなどの器物破損が見られなくなった。
 最初は、生徒たちの変化よりも教師たちの変化のほうが著しかった。ぎこちなく始まった毎週の校内研修における授業研究と隔週の学年・教科ごとの授業研究が、数か月もたつと、笑い声のあふれる楽しい会合として定着した。
 中学校の授業研究では、教科の壁が厚く、他教科の授業について率直に意見を言い合う関係を築くのが困難なのだが、この学校では、最初に私が授業に入れるよう提案した「活動」「協同」「表現」の三つの要素をたえず共通の話題にすることで、この教科の壁を軽々と乗り越えていった。
 そうして三学期の二月、小学校の教師たちを招待して全クラスの公開授業を行うことになった。かつての子どもたちの成長した姿を公開し、批評をあおぐ研究会である。当日は感動的だった。どのクラスも生徒たちが誠実に明るく学び合っており「小学校以上に小学校的な授業」が実現していたからである。
 そして、二年目。提案したなかで変わったのは、教務の分掌など、最小限の分掌は復活した。それは好ましいことだった。二年目には、学校内からいっさいの暴力事件がなくなった。
 私自身も驚く成果だった。それ以上に驚いたのは、どのクラスを訪問しても、生徒たちは誠実に学び合っており、どの生徒も表情は明るく個性的である。これまで20年間、たくさんの中学校で授業の改革に協力してきたが、同校の生徒たちほど、授業のなかですばらしい姿を見せてくれた学校はない。
 この二年目の三学期の二月には、区内の中学校の教師たちを対象として公開研究会を開いた。校内暴力で有名な学校であっただけに、参観者の衝撃と感動は大きかった。私にとっても得がたい体験であった。
(
佐藤 学:1951年生まれ 東京大学教授を経て学習院大学教授 学校を訪問(国内外2800)し、学校現場と共に学び合う学びの改革を進めている)

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