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生徒の不満を教師が聞かなければならないのか

 生徒が学校生活に不満がある場合には、生徒の不満をよく聞いて、納得するまで説明したり、学校を生徒に合うように変えなければいけないという人がいる。
 しかし、これは基本的にちがうと思う。もちろん、学校生活のなかで、生徒の言うことを聞かなければならない場合だっていっぱいあるが、まず、学校そのものが生徒の自由になる場ではないということをわからせることが先決だ。
 最近のいろいろな議論がそうなのだが、学校というのは社会や生徒にとってどういう場なのかということを、もう少し整理して考えないと、混乱するだけである。
 また、学校は子どもに大きなストレスになっており、それが問題だと言う人もいる。しかしまず、ストレスとは何かということを考えてみなくてはならない。
 人間は生まれてからずっと、家庭もふくめて社会の中で生きていかなければならず、外部からの強制力がいっぱいはたらく。それに対して、いやだなと思ったり、ストレスが生じるのは、ある意味ではあたりまえのことだ。生きていくにはさまざまなストレスに直面せざるをえない。
 だから、現実的な問題としては、いろいろなストレスに対して、それをくぐり抜けたり、耐えたり、はねとばしたりする力を身につけなければならない、というように考えなくてはいけないと思う。
 ところが、生徒がストレスで悩んでいると、ストレスを取り除いてやろうというような発想が主流なのである。しかし、それでは子どもは社会に出て一人で生きていくことはできない。
 子育てをするときに、ストレスをはねとばせるような子どもに育てていくことが肝心なのだ。そうでないと、外部からのいろいろな圧力-他人からのはたらきかけにうまく対応できず、自分のなかに引きこもってしまうとか、外部からの刺激にものすごく敏感になって、相手に対してひどく攻撃的になったりするようになるのである。
 また、子どもの意見をよく聞いて理解しなければいけないと言い方をする人が多い。しかし、ほんとうにそうだろうか。近ごろの子どもたちの意見というのは、マスコミをふくめて大人たちが言ったことのたんなる口うつしである場合が多いのではないか。
 子どもの意見をやたらありがたがる人たちには、私は、大人の責任で子どもの状況を判断しろ、と言いたい。
 私は、生徒と対するときに、生徒の心を理解しなくては、などと大それた考えはもっていない。問題にするのは、その生徒が何をしたかということだけである。
 私はそのときその生徒がどのようなことを思っていたか、感じていたかというようなことを聞こうとしない。外面的な行為だけを問題にするのである。だから、私は、生徒の内面に立ち入って悩みを聞いたりすることは基本的にやらないようにしている。
(河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)

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