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単元学習の出発点になったできごと

 大村はまは単元学習をはじめた、その出発点についてつぎのように述べています。
 戦後、何もないときに教材づくりに新聞紙をかき集めて、コピー機もないので、一つひとつの教材を作り、学習の手引きのようなものを書いて用意しました。
 人間というのは、ギリギリになってくるとどこからか智恵や力をいただけるのではないでしょうか。
 教室に入ると生徒はわんわん騒いでいます。私はどうすることもできず、教室のすみに立っていました。
 追いかけられて私のほうにきた生徒をつかまえて、「これをやりなさい」と言いました。十人くらいを捕まえて手作りの教材を渡しました。
 ふと、後ろの一角が静かになった気配がしました。窓枠の鉄の平らなところで、教材の紙をあてて、一生懸命に書いています。その隣でも紙のしわを伸ばして読んでいます。そのときの子どもの真剣な目が鋭く光っていました。
 私はそのとき、本当に感動しました。生徒というのは、自分がやれることがあって、その方法が授けられたとき、犬の子ではないかと思っていた生徒がこんな顔になるのだということを身にしみとおるほど知りました。
 そのとき、隣の小さな職員室にはいり泣いてしまいました。人間の子どもの尊さ、学ぶということの本能的な尊さに胸がふるえるを感じました。
 先生は、本当に適切な教材を与えているのか、やらせ方に問題がないのか、子どもが駄目というのは、何かわけがあったとしても、先生の不始末によるものだということを、本当に知ることができました。
 一人ひとりに合った授業だとか、子どもの扱いとかは、自然に生まれた工夫なのです。何より深く肝に命じたのは、いかなることがあっても、生徒の不始末は、決して何かのせいにしてはいけない、言い訳してはならないということだと思います。
(大村はま:1906-2005 長野県で高等女学校、戦後は東京都公立中学校で73歳まで教え、新聞・雑誌の記事を元にした授業や生徒の実力と課題に応じた「単元学習法」を確立した。ペスタロッチー賞、日本教育連合会賞を受賞。退職後も「大村はま国語教室の会」を結成し、日本の国語科教育の向上に勤めた)

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