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運命を自分なりに前向きに生かしていくと、そこに一つの道がひらけてくる

 人生というものは、そのほとんどがいわゆる運命というものによって決められているのではないではないか。これまでの歩みをふり返ってみるとき、どうもそんな気がしてなりません。
 たとえば、なぜ自分は家庭電器製品の仕事を始めたのか、幸いにしてある程度成功することができた、ということ一つを考えてみても、どうもそうなるような運命が与えられていた、という以外に説明がつかないように思うのです。
 というのは、世の中には、すぐれた人がたくさんいます。からだが丈夫、高い学問がある、素質才能に恵まれている等々、そのどれ一つとっても、私はずっと下の方だと思います。
 にもかかわらず、多少とも事業で成功している面があるとすれば、運命というものを自分なりに、あるいは自然のうちに前向きに生かそうとしてきたということです。
 家が貧しかったために、幼いうちから商人として働き、躾を受け、世の中の辛酸を味わうことができた。生来からだが弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。学歴がなかったので、常に人に教えを乞うことができた。あるいは何度かの九死に一生を得た経験を通じて、自分の強運を信じることができた。こういうように、自分に与えられた運命をいわば積極的に受けとめ、それを知らず知らずのうちに前向きに生かしてきたからこそ、そこに一つの道がひらけてきたとも考えられます。
 いうまでもなく、運命というものは、人間の意志や力を超えたものです。自分ではどうすることもできません。
 しかし、それでは、運命として与えられたものは、すべて全く人間の力ではどうにもならないかといえは、必ずしもそうではないと思います。そこが運命の実に不思議な、妙味のあるところだと思います。
 自らの意識や行動いかんによっては、与えられた運命の現れ方が異なってくる。つまり、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、お互いの生き方次第で、自分に与えられた運命をより生かし、活用できる余地が残されているとも考えられます。私のこれまでの生き方も、与えられた運命を生かすものであった、とは言えるような気がするのです。
 では、その人間に残された余地とはどのくらいなのか。私なりに推測すると10%~20%ぐらいあるように思います。つまり、この10%~20%の人事の尽くし方いかんによって、自らの80%~90%の運命がどれだけ光彩を放つものになるか決まってくるということです。
 とすれば、お互いにとって大事なのは、その10%~20%なりの範囲において精いっぱいの人事を尽くすということだと思います。自分の人生にはどうにもならない面があるけれども、その範囲において、こうだという信念をもって、自分自身の道を力強く歩むよう努めていく。そうすれば、たとえ大きな成功を収めても有頂天にはならないし、失敗しても失望落胆しない。あくまで坦々とした大道を行くがごとく、処世の道を歩んでいくことができるのではないかと思うのです。
(松下幸之助:18941989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)


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