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「こわさ」を知らないと滅びの道へと進んでしまう、「こわさ」を知ることで正しい道を的確に判断しやすくなり、謙虚な態度で努力するから人間としての実力も養われる

 「こわいもの知らず」ほど危険なことはない。こわさを自ら求めて、それに恐れを感じつつ身を慎んでいくことが大切である。
 お互いがよりよい人生を生きるためには「こわさ」というものを感じつつ日々を送ることが大切ではないかと思います。
 ここでいう「こわさ」とは、臆病であるがために感じるこわさではなく、もっと積極的な意味での、謙虚な態度に通じるこわさです。
 精神的な意味での「こわさ」というものを常に感じることが大切ではないかと思うのです。
 それはなぜかというと、お互い人間にとっては、もしそういう「こわさ」というものが何もないならば、自分の思うようにふるまうことはできても、考え方がしらないうちに甘く、尊大になり、結局は自分をダメにしてしまうことが少なくないと思うからです。
 あのナチスのヒットラーにしても「こわさ」を知らなかったがために自らの力を過信し、権力をふりかざし、その果てに滅んでいくことになったのでしょう。そのようなことを考えると「こわいもの知らず」ということほど危険なことはないように思います。
 ですから私たちは、そういう広い意味での「こわさ」というものを自ら求めてでも、常に「こわさ」を心に抱いて、それに恐れを感じつつ、日々努力を続けていくことが大切だと思います。
 そうすれば、そこにおのずと謙虚さというか、一種の慎み深さが生まれてくる。
 また、自らの行動についていろいろと反省する心のゆとりが生まれてきて、自分のとるべき正しい道はどれかということを的確に判断することもしやすくなる。
 つまり、そのように「こわさ」を知って謙虚な態度をとりつつ前進への努力をするというところから、人間としての真の実力も養われてくるのだと思うのです。
 そしてこのことは、単に個人の人生についてばかりでなく、会社や国についてもいえることではないかと思います。会社でも政府でも「こわさ」を知らないと必ず自らの力を過信するようになり、そのうちに暴力や権力に頼って事を進めようとしています。
 その結果は、やがて遠からず、自ら滅びの道へと突き進んでしまう。そういう実例が多いのではないでしょうか。
 最近の世の中を見ていると、個人においても団体においても、どうも、この危険な「こわさ知らず」が多すぎる、そんな気がしてなりません。
(松下幸之助:18941989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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