人との出会いが今の私を作ってくれた
私は、人生でいろいろな壁にぶち当たりました。いじめや落ちこぼれをはじめ、両親との死別や社会の荒波、それらはとても厳しく辛いものでした。
私は無口で気が弱く、転校を繰り返し、小学校のときから「いじめ」を受け、勉強ぎらいになりました。九九や分数がわからず中学生のとき成績がオール1になりました。
中学を卒業して大工になるため工務店に就職しました。そこでも私はいじめにあいました。16歳と18歳のときに病気で母と父を亡くしました。職を転々とし、生きていて何が楽しいのかと絶望に襲われたことが何度もありました。
しかし、人生は悪いことばかりではないのです。いつか良いことがあるのです。きっかけは「人との出会い」でした。人との出会いが今の私を作ってくれたのです。私の人生で最も大きな意味をもつ出会いは、23歳の時に今の妻になる人との出会いでした。
その彼女から借りたアインシュタインの相対性理論のビデオを見て、世界を見る目が一変したのです。物理学を本格的に学びたいという気持ちになったのです。
そして「小学三年のドリル」で勉強を始めました。人間とは不思議なもので、嫌いだった勉強が、物理学を学ぶために大学進学をするという目標をもったとたんに楽しくなったのです。
苦しい生活をしていても、社会のどん底で生活をしていても「夢」や「希望」を捨てなければ幸せになれるチャンスはやってくることを知りました。
九九の言えない私を支え、献身的に寄り添ってくれた妻。「小学三年生のドリル」を勉強している私を励ましてくれた妻。定時制高校のパンフレットをもらってきてくれた妻。彼女の存在を除いて今の私はありません。「ほんとうに、ありがとう」、心より感謝しています。
(宮本延春:1969年生まれ、愛知県私学高校教師。小学生のときいじめで学校嫌いになり、九九は2の段しか言えず、中学校1年「オール1」の成績をもらう。23歳の時 アインシュタインのビデオを見て感動し、小学校3年のドリルから勉強し24歳に定時制高校入学、27歳で名古屋大学合格した)
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