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授業は教師の人間としのあり方そのものが決めてになる、教師はどのようにすれば自分づくりができるか

 授業は、最後は教師の人間としのあり方そのものが決めてになる。この意味において、教師が自分自身をどう創りあけていくかという問題は、非常に重いものと言わねばならない。
 単なる「教え屋さん」ではなく、子どもの師としての教師であろうとするならば、広い読書が欠かせないであろうし、常に自己反省するする習慣も欠かせないであろう。目前の必要に迫られての「ハウ・トゥ」物の読書をするだけでなく、優れた先人から学ぶ努力が不可欠ではないだろうか。
 本を読む習慣を持つということは教師にとって特に大事ではないか。本を読むことは二つの意味がある。
(1)
求める心が常にある
 子どもの教育に全力を傾けることを通じて、自分自身を人間として深め高めていく気持ちを堅持する必要がある。教師に向上心がなくなったら終わりであろう。
(2)
自分の感覚や思考をリフレッシュする
 本を読む人は常に新鮮である。本を読んで知識を得るだけでなく、感覚がしだいに新しくなる。自分に今までなかった思考のチャンネルもできてくる。
 何かを常に求め続ける教養人でない限り、本当の意味での尊敬を得ることができないであろう。
 子どもも小学校の高学年になれば、自分の先生が、そういう人であるかどうかということは、感覚的にわかってくるのではないだろうか。教師にとって、これは非常に怖いことである。教育者であることの重荷を積極的に引き受けることによって、人間としての成長を図る、という姿勢を常に持ちたいものである。
 教師が自分自身の中に本当の自分のものといえる拠りどころを育てるには、自分に合った本を捜して読みふける、といった読書習慣をつけることが大切になる。また、自分の感性にあった音楽や美術作品を見つけて、できるだけ多くそれに接するということも大事になる。さらには、自然の中や社会環境の中でさまざまな体験をし、それを自分なりに振り返って吟味検討してみるといった体験の経験化を図ることも重要な課題になる。
(
梶田叡一:1941年島根県生まれ、国立教育研究所研究員、京都大学教授、兵庫教育大学学長等を歴任して奈良学園大学長。中央教育審議会副会長、教育課程部会部会長。人間教育研究協議会代表。教育心理学者)

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