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「学びかた」教育のめざすものはなにか

 「学びかた」の教育の基盤となるものは、どれほど勉強を嫌い、問題児といわれる子どもであっても「その心底には、学んでよくなろうと求める宝を秘めた人間である」と、子どもを認めることである。学ぼうとする宝の存在を信じない限り、育てるという教育は成立しない。「学びかた」の教育は、教えるより、育てる教育にその基本をおこうとするのはそこにある。
 「学びかた」のねらいは、個の確立である。個の確立とはやる気を持つことである。やる気こそ「学びかた」の水源である。そのあふれでる水が流れ、響きあわせて「ひとり学び」(個人学習)の川をつくり、それをふれあわせ「みんなで学ぶ」(集団学習)にひろめていく。
 学ぶということは、学ぶものの意志に支えられて行う学習である。やる気は興味ばかりでなく、学ばねばならないという必要感に支えられて生まれるものである。
 こうした意欲は、年齢が高まるにつれて薄れていく。何が原因なのであろうか。その原因の一つに教師が教えることにせっかちな余り、子どもの好奇心や欲求を摘みとり、いつも教えられて学ぶ学習を強要してきたことに原因があるように思われる。
 学ぶ意欲を高めるためには、自ら学ぶ学習の方が、楽しく充実したものになる。自ら学ぶ場面を設けて、子どもたちをそこへ突き放してやることである。
「学びかた」を学ぶことで得られると考えられることは
(1)
学びを魚釣りにたとえると、釣った魚を与えるよりも、魚を釣る、釣り方を身につけることが、人生を創造する鍵である。
(2)
学びかたを身につければ「いつでも、どこでも、だれでも」が学習できる。
(3)
たしかな学びかたは、その基本を学び、独自の経験と創意によって無限に成長していく。
 学ぶための必要条件は、どんなに学ぶ意欲があっても、文字の読み書き、文章を読解する力、数量の計算や処理、辞書のひき方、地図の見方、グラフの読み方がうまくできなかったならば、知識を学びとることは困難となる。
 知識の学び取りかたの「さしすせそ」は、「さ」探す(問題把握)、「し」調べる(学習計画)、「す」筋道を立てて考える(思考方法)、「せ」整理して確かめる(総括・評価)、「そ」そうかどうかためす(応用・生活化)
 授業は教材の論理を学びとることが本命で、それを少しでも、子ども自らの手で学習できるようにかるのが、学びかたのねらいである。
(
柴田義松:1930年愛知県生まれ、東京大学名誉教授。専門は教授学。教育内容・教科内容と教材の区別を提起し教授学研究に革新をもたらした)

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