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「学び合う学び」の大切な考え方とは何か

 子どもが互いの考えや疑問を交わしながら学ぶ、それが「学び合い」です。主体は学ぶ子どもにあります。子どもは教師から学んだことをもとに自ら学びの世界に分け入っていくのです。教師は子どもの学びの促進者ということになります。
 私は、教師から子どもに一方向に教える知識伝達式の一斉授業では、子どもたちの未来を切り拓く学力は形成できないと考えています。本物の学力は、与えられるものではなく、獲得するものだと思うからです。
 子どもが思考し探求し、探りあてたとき、それは子どもの内に力強く根づきます。その子どもによる学びを可能にするのが「学び合い」です。
 私が提唱する「学び合う学び」には、欠くことのできないつぎのような基本的な理念があります。
(1)
一斉授業から脱却する
 最も中心的な理念は、授業を一斉授業から転換し、本来の「学び」を実現するという点にあります。暗記と機械的な習熟を求める一斉授業は、本来の学びも学ぶ喜びももたらしません。
(2)
子どもがアタックする学びにする
 教えられる学びから子どもを解放し、自らアタックする学びへの道を拓きます。自分はどう考えるか、どこがわからないか、どんなことを知りたいのか、仲間と学び合い、考え抜くこと、それがアタックです。
(3)
グループ学習を軸にする
 少人数のほうが、子どもとのかかわりが生まれやすく、子どもの思考と探求と発見が可能になると考えられるからです。グループの学びは、一人ひとりの子どもがアタックする学びを可能にする必須の学び方なのです。
(4)
すべての子どもが安心して取り組める学びにする
 わからないことがあっても、間違った考え方をしても、寄り添ってくれる学び合う仲間のいる教室は安心できます。わかっていると思っている子どもも、別の考え方をする他者とかかわることで、その理解が豊かになったり新たな発見をしたりします。
(5)
「教え合い」ではなく「学び合い」にする
 教える、教えられるという関係ができてしまうと、優越感と劣等感が生まれ、そのことにより、学びたいという気持ちが萎えてしまう可能性があります。
 「学び合い」は「学ぶ」ことが軸になります。自らを開いて、周りの子からいろいろなことを受け取り、自らを豊かにしていく行為です。学びたいという欲求によって生まれる「学び合い」でなければならないのです。
 それには、わからないで困っている子ども、仲間の考えと擦り合わせを望む子どもが自らはたらきかけようとする教室にしなければなりません。わからない子どもが「わからない」と言える教室にしなければなりません。
(6)
話し合いに偏った意識を転換する
 話し合い方を指導し、子どもたちが話し合えば学び合えるようになると考えている教師がかなりいます。こうした教師の授業では、考え合う中身が吟味されないままで、発言と発言のつながりが生まれず、学び合っていないという状態を引き起こします。
 本物の学びは一人ひとりの頭の中に生まれるものです。話し合いの表面に表れるものだけしか見ようとしない教師のもとでは、学びのレベルは下がり、学びから遠ざかる子どもをつくってしまいます。
(7)
話すことよりも、聴くこと、つなぐことを大切にする
 自分の考えを語ることも大切ですが、それ以上に大切なのは、他の子の考えをしっかり聴くことです。双方向性が生まれないと学び合いの世界には至らないのです。
 他の子の話を聴き、自分の考えと比べ、どんな探求をしているかが大切なのです。「学び合い」の最も基本なことは「聴くこと」と「つなぐこと」なのです。
(8)
学校が学び合う生活の場になる
 学び合うよさを実感した子どもは、学校生活のあらゆる場面で、仲間とつながり、仲間から学び、仲間とともに生きようとするでしょう。困ったことは誰かに相談し、相談を受けた子は、聴く心が育っていますから、相談に乗り、その実現に向けて考え行動するでしょう。学び合う意欲は、あらゆるところで発揮されるようになるのです。教室を他の子どもとともに豊かに生きてゆける心を育む場にしていきます。
(9)
学校を「学びの共同体」にする
 教師自身も、自らの授業を磨き、教師として育つために、同僚と学び合う存在にならなければ、学び合いのできる子どもを育てることなどは、できはしないのです。つまり、教師の体の中に、他者とつながって生きる実感が必要なのです。教師も学び合う一人になって、職員室で「学び合う学び」を実践する。子どもも教師も学校にいるすべての者が互いに学び合うという学び方なのです。
(石井順治:1943年生まれ、「国語教育を学ぶ会」の事務局長・会長を歴任、三重県の小中学校の校長を努め、退職後は、各地の学校を訪問し佐藤学氏と授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」の顧問を務めている)

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