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叱るときは、熱い感情を持って叱る

 叱るのは疲れる。叱らないですめばそれに越したことはない。なぜ叱るか。子どもが良くなると考えるからだ。
 子どもを叱っている親を見ていると、その親が感情的になっているのが、そばから見てよく判ることがある。そんな親子を見ていると思わず笑いだしてしまう。しかし、気持ちをぶつけて叱ることは悪くない。ひとつの立派なコミュニケーションだと思う。
 感情的にならないように理性的に叱ると、叱られる方は、敏感にそれを感じとり、「あんたはそんなにエライのかよ」と内心でウソぶき、反発する。自分が悪いと思っても、素直にはなれない。言葉が心の奥まで届かないのだ。
 とりわけ、自我が確立しかけている若者を叱るには、注意が必要だ。心の奥に言葉を届けようと思えば、キレイゴトでは済まないし、エネルギーを込めて叱らなければ、かえって距離を作ってしまうだけではないだろうか。
 叱りの中には、必ず感情が含まれている。だから迫力もあるし、相手に通ずるのだ。問題はその感情が憎悪でなく愛情であることが大事になってくる。愛情さえあれば、感情を込めて、どんどん叱るべきだ。当然ながら問題となってくるのは、叱り、叱られる嵐のような時間が過ぎ去ったあと、どうするかだ。
 叱った側は、自分が感情的であったこと、その感情は愛から出発していたことを相手に伝えなくてはならない。「ごめんな、思わずカッとしてしまって」
 そうされれば叱られた側も、叱る側が高みから打ちすえたのではなく、叱る苦痛とリスクを負っていたことを知る。相手も同じ人間だったのだと知ることができる。
 叱り上手な人というのは、その心得がある。叱ったあとからの手当てに、叱ると同じだけのエネルギーが費やされる。
 感情をぶつけるとき、人はそのぶん弱点をさらすことになる。その姿は、感動を与える。精神のエネルギーをふりしぼって相手に訴えようとする。相手を変えようとするのだから。
 私は人一倍自己主張が強く、子ども時代は叱られても謝らず、大人のウソにも敏感だった。ただそれでも、親が涙を流しながら怒ったときは、こたえた。決してできのよい親ではなかったので、支離滅裂な叱り方もあった。出て行けと怒鳴られて家出したことも数知れず。
 それでも自殺せず、孤独にもならず、親の愛情は疑わなかった。マイナスを補う、プラスの行為も沢山あったからだろう。
 たとえ自分の子どもであっても、相手を変えようとするなら、自分も無傷で安全ではいられないのだと思う。叱るのも叱られるのも、人間同士なのだから。
(
高樹のぶ子:1946年山口県生まれ、作家。出版社に勤務、「光抱く友よ」で芥川賞受賞、その他多数の賞を受賞)

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