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私が授業を創るうえで大事にしていること

 私は共同の学び、とりわけ討論することを大事に授業をしています。その理由は
(1)
討論することによって初めて、ものごとが認識可能な具体物になっていく
 実物を教室に持ち込んだとしても、それだけでは認識可能であるとは言えない。一度実物をバラバラ(分析)にし、再構成(総合)していくことが必要です。授業における討論は、事物・実物を具体物にする過程です。対象をとらえるさまざまな視点が出されます。子どもたちが深くよくわかるようになるのは、そのためです。また、討論によって、生活とのつながりが見えてきます。生活経験が語られるからです。
(2)
学習が活気づき、おもしろくなる
 子どもたちのさまざまな意見が聞けておもしろい。誰がどう発言するか、じいっと聞き入っています。どの子も発言したくなってくるのです。話し合いながら考え学ぶと楽しくおもしろくなってくる。
(3)
共感し合う関係や、おかしなことを批判し合う関係がつくられていく
 教室が子どもたちにとって安心できる空間になっていることは重要なことです。注意や指示、要求ばかりされていると、どうしても落ち着かなくなるものです。子どもたちを励ますことで、子どもたちは意欲的になっていく。子どもを励ますことが教育においては大切です。あたたかい言葉は安心して授業に参加し生活できるようになる。
 私は、子どもが発言した場合、できるだけひと言、私なりのコメントをつけるようにしています。そのコメントが子どもたちの視点や発想や学習観を豊かにします。ほめる・励ますことは毎日の授業の中で大いにしていくべきものだと思います。そのためには、子どもたちの発言を瞬時瞬間に分析し解釈する力が求められます。これは難しそうに見えますが、子どもの発言を注意深く聞いていたり、子どもたちの姿をよく見ていると、意外にできるようになるものです。
 授業でも生活指導でも、ものごとを分析・解釈する力が教師の指導力を高め、子どもたちへの評価を豊かなものについてくことにつながっていきます。
 私は以前、授業は準備をすればするほどうまくいくものだと思っていました。発問をどうするか、板書をどのようにするかなど、綿密に準備して授業に望んだ時期もありました。ところが、必ずしもそうではないという思いがしてきました。それはきっと、細かいところまで準備しすぎて教師の思いが先行し、子どもと切り結ぶことのないまま授業がおわるからではないか、と思うようになりました。
 授業というのは子どもの発言に寄り添って深めていかざるを得ないことに、あらためて気づいたのです。臨機応変に子どもの発言・思考をもとに展開していくことで、授業が深まっていくということです。このとらえ方は、授業をつくっていくうえで重要でした。
 子どもの意見を大事にする授業にしていくには、こまごましたことよりも、より本質的な準備の方が大切であると考えるようになったのです。教材そのものに対する深い理解や解釈が、結局子どもたちの意識や発言と対応する授業につながるということです。このような考え方から、私の教材研究は、教材そのものの本質的な理解を重視するものになっていきました。子どもたちの議論が起こりそうな学習の入り口を探りあてたときは、子どもと授業するのが待ち遠しくなるものです。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)

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