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よい授業には必ず理論があり技術がある

 よい授業には必ず理論があり技術がある。私は、長い間、実践はあるが理論がないといわれ続けた。福岡教育大学附属小倉小学校時代は、理論とは何かということに悩まされ続けた。
 大学院を出て小学校に勤務している教師がふえてきている。よろこばしいことである。ところがそれを鼻にかけ、理屈をいって、現場の教師をまどわしている人もいるらしい。
 そういう人の授業を見せてもらった結果は、がっかりであった。指導案はとにかく立派である。スジが通っている。こんなのを理論的というのであろう。授業は、そんなにうまくいくものではない。
 その人は資料の作成技術など、基礎的な力がまったくないのである。発問もめちゃくちゃである。声だけやたら大きい。ことばははっきりしていたが、意味不明である。板書は何と一文字もない。
 この話をあるところでしたところ「むつかしいことを書いたり、いったりする人は、わかっていない証拠だよ」というのである。なるほどと思った。もし、意味が十分に理解できるならば、やさしくかみくだいて言ったり、書けるはずである。
 「よい授業には必ず理論があり技術がある」のである。
 つまり、実践者は「自らの実践で理論を語るべき」なのである。誰かの借りものの理論ではだめである。
 わたし自身をふりかえってみると、少しユニークな実践の事実を創り出すようになると、いつの間にか「理論がない」といわれなくなった。それどころか「理論家だ」という人も出てきた。
 わたしは「理論を創り出そう」ということを、あまり考えたことはない。しかし、ユニークな、子どもが熱中する授業を創り出そうと考え続けてきた。それが、結果としては、実践の事実から技術や理論がみえるようになってきたのである。
 わたしがやってきたことは、授業の事実、子どもの事実、教材の事実から、理論や技術を創り出したのである。実践の事実を創り出し、そこから理論化をはかれと言いたい。
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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