大学の研究者が担任に助言し協力することによって学級崩壊が治っていった
「学級崩壊をいっしょに考えてもらえないか」と私は依頼を受けました。参観日に四年の学級を見ました。荒れていて、いわゆる学級崩壊の状態だった。私は引き受け、担任と話しをしました。精神的に追い込まれ参っていたが、担任は、自分は変わらなければいけないという自覚がありました。学級崩壊を治していくには試練が伴う。担任は大学で部活動のキャプテンとして苦労した経験があり、なんとかなりそうだという感触を私は得ました。
私は信州大学で精神生理学を研究し、オリンピック強化スタッフとして選手のメンタルサポートをしてきた経験が今回の学級崩壊のサポートに非常に役立った。選手再生プログラムを応用すると何とかなると確信した。選手再生プログラムについて述べると、
変わろうというエネルギーが強ければ強いほどスポーツ選手は見事に変わっていきます。目標をその人の実力の一つ上に設定してあげることがポイントになります。あとは設定した目標を一つ一つ獲得していくことです。どんな些細なことでも「できないこと」が「できる」に変っていくと、選手は自信を取り戻していきます。
選手が必ず陥る危険は、どうにもならない過去や、わからない未来にこだわることです。今の自分を見失っていれば勝つことができません。今を生きるかないわけです。成功を手にするためには、目の前にある課題を地道に一つひとつやり遂げていくしかないのです。
世界のトップ選手はミスをしません。そういう選手はミスを宝にして、ミスから学ぶことによって、二度と同じミスをしなくなります。大切なのはミスをしないことではなく、ミスから学ぶことなのです。
学級崩壊を改善するには、担任にも同じようなことがいえます。「わかりました。とにかくやってみます。目の前のことを一つひとつ片づけていくことに全力を尽くします」と、担任の顔に生気がもどりました。
私がお願いして、担任が書いた目標は、授業で子どもに分かってほしいことを一つ伝えることができるようにする。授業の20分は集中できる、おもしろい授業を心がける。子どもの間でもめたとき、公平に対処する。ダメなことは、はっきりダメと言う。そのかわり、良いことはしっかりほめる。「姿勢を正す・席を立たない・お喋りしない」のチェック表を配り、子どもに評価させる。
ことでした。
学級を改善するために、この状態に至った過程をたどることを考えました。おそらく初めの授業で、してはいけないことを一つひとつ注意し、その芽を摘んでおけばなんとかなったと思われますが、中途半端になって、何をやってもよいという状況になったように思えました。つまり時間がかかっても「いけないことはいけない」と理解させ、やってはいけない芽を一つひとつ摘んでいくことを考えたわけです。
そして三週間後、一回目の保護者会を開きました。92%の出席で、私はいけると感じました。学級崩壊を治すには保護者の協力は不可欠だと感じていたからです。学級の指針を「お互いに授業ができるクラスになるよう努力をする」とし、毎時間できたか各自で確認する。二人組でお互い注意しあう。保護者が子どもの授業の様子を聞く。授業の始め、まず姿勢を正し、全員で「授業中は姿勢を正す。お喋りしない。立ち歩かない」と言うように提案しました。
まずは、授業を抜け出す子どもを何とかしようと考えました。一人が抜け出した時点で、子どもたちに「その子をどう思うか」話し合いをさせます。次に帰ってきた子に「自分の気持ちと教室の子どもの気持ちをどう思うか」聞きました。そのようにして、相手のことを考え、思いやる気持ちを育てたのです。徐々になくなっていきました。
次に、立ち歩く子を何とかすることです。席替えのとき、立ち歩く子と注意できる子をペアになるように考えました。学級で、本人はどう思うか、見ている子はどう思うかを話し合いました。この効果も少しずつでてきました。授業中、マンガ本等を見ている子の気持ちを確認することで少なくなってきました。この頃になると、担任も私の助言がなくても自分で解決していくようになっていました。担任がたくましくなっていくのが感じ取れました。
三カ月が過ぎると、学級はさらに落ち着きが見られるようになってきます。しかし、今ひとつピリリとしません。数人の子どもがまだ、席を立ったり、お喋りをするときがある。担任と話し合った結果、家庭にも問題があるのではないかということになり、家庭訪問して、その子のクラスでの状況と、家庭での子どもの様子を担任と話し合ってもらいました。家庭でさまざまな問題を抱かえていることがわかり、担任がわが子のことをここまで思ってくれているのを親は感謝していました。その後、落ち着きがみられてきた。
学級は随分良くなったものの、お喋りが気になりました。そこで、「担任の先生にお喋りを三回注意された子は、次の10分間の休み時間はトイレに行く以外、教室で過ごすこと」という規則をつくりました。この試みは、結構うまくいきました。いじめも、その都度お互いの言い分を聞いて、担任が公平に納得のいくように解決していきました。これで、さらに学級も変わっていきました。問題を一つひとつ解決することによって、子どもたちが自発的に決まりをつくっていくように感じられました。
四カ月後、二回目の保護者会を持ちました。87%の出席率でした。終了間際に、一人の母親が、放課後わが子が暴行受け、顔を腫らして帰ってきたと報告があり、会がざわつきました。いじめ問題で保護者の不満が一気に爆発しました。出つくした後、私は「よく学生や選手に感謝の大切さを教えます。感謝のない人は努力をしません。なぜなら、自分はちっとも悪くはないからです。監督が悪い、仲間が悪い。結果的に物事がうまく運ばないのです。それは努力しないからです。皆でできることを一つひとつやっていってはどうでしょうか。一致団結して、アンテナを高く置き、学校内外で連絡を取り合ってください。どんな小さなことでも結構です。担任と迅速に対応していきたい」この呼びかけで保護者は納得した様子でした。このことが功を奏して保護者間でコミュニケーションがはかられるようになっていきました。担任がいないところで数人の子が一人の子を無視した事件は、親同士の電話連絡で把握し、皆が納得できるように解決しました。
学級で起きた事件を解決していくことで、担任や子どもたちに自信ができ、本当に成長し、たくましくなっていきました。保護者が加わり歯車がうまくかみあって、子どもたちは変なことはできなくなったと感じ取っていったように思います。
(寺沢宏次:1960年広島県生まれ、信州大学教授。専門は、脳・精神生理学、環境生理学、運動生理学。現在の子どもたちに広がる「キレ」・「荒れ」がなぜ起きるのかを研究。40年間に渡って子供たちの脳の発達の具合を調査)
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