アナウンサーになる夢が破れ「でもしか」先生から、教育本に学び、やりたいことが見えてきた
学生のときになりたかったのはアナウンサーでしたが不合格になりました。親の進めもあり、大学卒業後、学童保育のアルバイトをしながら、通信課程で教員免許をとりました。私がアルバイトを辞め教師になるとき、学童保育の子どもたちがお別れ会をしてくれ、いろいろなプレゼントをもらったことが非常にうれしかった。いま思うと、私が教師としてここまでやってこられたのは、これが原点だったのかもしれません。
教師になって初めて教室に入ると、子どもたちはみんなパッと目を見開いて、私を見ました。子どもたちの私に対する熱い期待感がひしひしと伝わってきた。「いつまでも自分の失敗を引きずってはいられない。自分の人生は今はじまったんだ」と自らを奮い立たせました。こうして、私の「でもしか」教師としての人生がはじまりました。
初めての授業は国語でした。しかし、何から話していいのか言葉が浮かびません。「何もない自分」に、そのとき気づいたのです。「これはまずい」と思い、以降はいろいろな教師の授業を見せてもらって「あ、そうか。こうするのか」というような感じでマネをしながら授業を行っていきました。
しばらくすると試練が訪れました。二人の子どもが休み時間にケンカをはじめました。ケンカをどうやって止めたらいいのかわからない。自分がよほどしっかりしていないと、どうにも収拾がつかなくなることがよくわかりました。教師の仕事は半端じゃできないと痛感しました。
私は、自分に力がないものですから、ふつうの授業を何の工夫もなくやるしかありません。そういう授業では子どもたちが全然わかってくれないのです。私自身も追いつめられてきて、苦しまぎれに「もう、しょうがない、わからない子は前へ出ておいで」と言って、子どもたちを前に呼びました。そこで、第一ヒント、第二ヒント、第三ヒントと順番に出していき、わかった子から席に返していきました。第四ヒントくらいまでいくと、ほとんど私が答えているようなものなのですが、ほとんとどの子はわかってくれます。
このときに、子どもに応じてわかる段階が違うんだということを教えられました。「子どもから学ぶ」ということがよく言われますが、まさにその通りでした。子どもから学んで、教師が成長しないかぎり、何もはじまらない、ということがわかりました。
転勤した小学校で六年の担任になったとき、ある学力の低い子がいました。三年生のとき、九九が満足にできず漢字もほとんど書けない状態でした。生活がおもしろくないから問題行動を起こしていました。何とかしてあげたいと思い、ふと開いた本が「見える学力、見えない学力」でした。著者である岸本裕史(注)の講演をきくと「読み書き計算の実践をやると、何とかなる」という話でした。これなら自分でもできるのではないかと、この子に読み書き計算をやらせました。秋ごろになったとき、きちんと本を読もうとし、漢字も間違えながらも一生懸命に書こうとするようになった。
百ます計算もこのときはじめたのですが、これはきわめて短期間に子どもの計算能力を高めるということがすぐにわかりました。「読み書き計算で学力をつけようとすることが、何らかの形で子どもたちの進歩を導くものだ」ということが徐々にわかってきました。
私にはようやく自分のやりたいことが見えてきました。自分のやるべきことは「子どもたちにきちんとした学力をつけてあげることだ」と実感したのです。
何よりも一番つよく感じたのは、学力が伸びてくると子どもたちが落ち着いてきて、どこか大人びた雰囲気も出てきます。そして、前向きに何かに取り組もうという姿勢が出てくるのです。
(注) 岸本裕史:1930年~2006年、元神戸市小学校教師、百ます計算の生みの親、「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」を結成し代表委員に。
(陰山英男:1958年兵庫県生まれ、兵庫県公立小学校教師、広島県尾道市立小学校長(公募)、立命館小学校副校長、国の教育再生会議委員、大阪府教育委員長を歴任した。兵庫県の朝来市立山口小学校で保護者を巻き込んで基礎学力向上のための、岸本裕史が提唱した百ます計算や日常の生活を見直すチェックシートの活用などで成果を上げた)
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